十一

「あしたは運動会だよ」
 夕食の卓袱台で言った。
「運動会なんかいけるはずないでしょ。仕事なんだから」
 母がうるさそうに応えた。私はただ、ふだんの授業がないことを教えただけなのだ。毎年この問答を繰り返している。別に催促しているわけではないので、私は母がこなくてもちっとも残念な気はしないし、かえって伸びのびしていられるのだ。
 翌朝起きると、母の姿はなく、卓袱台の上にバターを塗って砂糖をまぶした食パンが一枚、それから例年のとおり三十五円置いてあった。そのうちの二十円を持ち、トレパンのポケットにしまった。紅白の運動帽をかぶり、白足袋を握って外へ出る。食パンを齧りながら、楠町を目指していく。このごろではいつも『鶴乃湯』の柴山くんを誘う。
 柴山くんとは二学期の初日、登校の道でたまたま知り合った。北楠町と鶴屋町陸橋のあいだに鶴乃湯がある。道路に面して焚き口に通じる裏戸があり、かわいらしい柴犬がいつも忠実そうに番をしていた。道を挟んだ空地に薪が山のように積んである。ちょうど登校の時間に、きまってその空地で筋骨たくましい五十年配の男が斧をふるっていた。
 ある日、立ち止まってそれをじっと見ていたら、裏戸から背の低い少年が出てきて、
「あれ、きみ、神無月くんでしょ」
 と声をかけた。見たこともない子だった。
「うん」
「ここ、通り道なの?」
「いつも通るよ」
「じゃ、これからはいっしょにいこうよ。朝、こっから声かけてね」
 裏戸を指差す。
「どうしてぼくのことを知ってるの?」
「千葉くんから聞いたんだ」
「さぶちゃんに?」
「そう。三年生でクラスがいっしょになってさ。よく神無月くんの話をするんだ。猿にやられたこととか、自転車こわしたこととか。いつか神無月くん、昼休みに千葉くんたちとソフトボールしてたでしょ。ずいぶん遠くへ飛ばしてたね。ぼくもあんなふうに打てたらいいなあ」
 ソフトボールといえば、去年の夏、一度テルちゃんに誘われて宮谷小学校の校庭で試合をしたことがあった。サーちゃんや、ター坊や、近所で何回か見た顔も混じっていた。どっからきた、とサーちゃんの弟が尋いた。
「高島台」
 テルちゃんがニヤニヤしながら、
「青森の高島台からきたんだってさ」
 と、意地悪そうに言った。
「イナカッペじゃん」
「なんだい、その黒い靴下」
「カッコつけんなよ。生意気じゃん」
 口々に罵る。ター坊にバットの先で背中を小突かれ、サーちゃんの弟にふくら脛を蹴られた。サーちゃんは見ないふりをしていた。
「新米、おまえ九番な。ライト」
 とだけ言った。九人の中でいちばん最後に打つ、守るのは右の奥、と教えてもらった。テルちゃんが三番ショートで、サーちゃんが四番ファーストだった。グローブなしでライトを守らされた。運よく打球は一度も飛んでこなかった。自分の番が回ってくるまでのあいだに、ルールはあらかた覚えてしまった。
 ようやく打順がまわってきて、生まれて初めてバットを握ったとき、全身がぞくぞくした。これまで感じたことのない興奮だった。バッターボックスに立つと、
「ギッチョパー、ギッチョパー」
 とはやされた。みんなと逆の位置に立っていることがわかった。福原さんの家で何回か観たプロ野球中継でも、たいていの選手はピッチャーから見て右の打席に立っている。でも左利きの私には、こっちのほうが上手に腕を使える感じがした。一球目のボールを思い切りひっ叩いたら、ボムッ、という手応えがあって、自分でもびっくりするくらいボールが高く舞い上がった。ボールはぐんぐん伸びて、ライトの後ろの生垣まで飛んでいった。
「クソぢから!」
「マグレ野郎!」
 ベースを回っているあいだ、彼らは口々に罵った。ホームインすると、とつぜんサーちゃんに、
「帰れ」
 と言われた。それきり二度とソフトボールに誘われなくなった。そんな話をさぶちゃんにしたら、昼休みのソフトボールの仲間に入れてくれたのだった。
 きょうも鶴乃湯の裏戸から呼びかけると、手回しよく赤い鉢巻して白足袋を履いた柴山くんが出てきた。風呂敷に包んだ弁当を持っている。
「おいなりさんと、鮭のおにぎり。神無月くんの分も作ってもらったからね」
「ありがとう」
 ポケットの二十円は貸本に回そうと思った。
「歯笛、吹けるようになったかい」
「だいぶね」
 登下校の道々、彼に歯笛を教えてもらっていた。奥歯に舌の両側を挟むようにするのがコツで、その形を保ったまま舌を緊張させるのが難しい。柴山くんほどいい音は出ないけれど、それでもふつうに流行歌が吹けるようになった。鶴田浩二の『好きだった』はとくにうまく吹けた。きょうは『バス通り裏』をいっしょに吹きながら歩いていった。


「柴山くんちも、だれも運動会にこない?」
「こられたら、恥ずかしいよ。幼稚園じゃあるまいし。ぼくは授業参観にもこないでって言ってるんだ。恥ずかしいからって」
 私はうれしかった。
 五人ずつで走る徒競争で柴山くんは二等になり、私は四等、さぶちゃんはもちろん一等だった。昼めしは三人で食べた。さぶちゃんは玉子サンドと交換に、柴山くんの弁当箱からおにぎりを一つつまんだ。
「あそこに、すごいデブがいるだろ」
 柴山くんが仲良く弁当を食べている家族を指差した。さぶちゃんがうなずいた。
「台町の高島か。高島台だもんな、笑えるよ」
 高島の運動着が左右に引っぱられ、隙間から腹の肉が見えている。そういえば鶴乃湯から坂道を登っていくとき、彼が大きな門から出てくるのに何度か出会って挨拶の声をかけたことがあったけれど、いつも無視された。おはようと声をかけられて、おはようと応えないやつがこの世にいると知って、私は肝が冷えた。柴山くんが眉間に皺を寄せて、
「金持ちなのを鼻にかけてさ、しばらくいっしょにかよったけど、やめた。運動も勉強もぜんぜんできないくせに、えばってやがるんだ」
「だから、えばるしかないんだよ」
 さぶちゃんがいつものすがすがしい眼で決めつけた。赤玉白玉の放送が流れたので、三人紅白の帽子にかぶり直し、校庭の真ん中へ走っていった。
 運動会が終わると、校門でさぶちゃんとアバをした。帰りは歯笛ではなく、コロムビア・ローズの『どうせ拾った恋だもの』を合唱しながら歩いた。
「いつも薪を割ってる男の人、だれ?」
「おとうさん。年とってるでしょ。ぼくは遅く生まれた子だから」
「ふうん」
「お風呂入っていきなよ」
 初めての誘いだった。柴犬の頭を撫でながら裏戸を入り、焚き釜の熱でむんむんしているコンクリートの路地から、狭い板の間に上がった。柴山くんに倣って服を脱いだ。パンツを脱ごうとしているところへ、とつぜん腹巻姿の柴山くんのお父さんが飛びこんできて、フルチンになると、小さな木戸を開けてくぐった。大きな浴槽が見えた。
「いこうぜ!」
 柴山くんは木戸を走り抜けて、ざんぶと飛びこんだ。私も同じように飛びこんだ。すでにお父さんは小さな湯船のほうに浸かっている。
「おとうさん、神無月くんだよ」
 ちらとこちらを見たきり、目をつぶって浪曲のようなものをうなっている。柴山くんと二人やかましく笑い合いながら、お湯のかけっこをした。柴山くんのお父さんは洗い場に上がると、何回も腕立て伏せをした。腕と尻の筋肉がもこもこ動くのに合わせて、サツマイモのようなチンボがタイルにくっついたり離れたりした。
「はい、こっちきて!」
 お父さんは柴山くんと私を二人並べて、石鹸を塗りたくった。ときどき彼の胸が私の肩や背中に触れた。ベッドで触れる母の肌とはちがう、疎遠なのに、包みこむような安心感があった。
 その秋の終わり、柴山くんはとつぜん転校していった。川崎のほうで新しい風呂屋をやることになったらしいと、さぶちゃんから聞いた。浪曲をうなっていたときのお父さんのさびしそうな顔を思い出した。お風呂に誘ってくれた柴山くんの気持ちがしみじみわかった。
 秋から冬にかけて、私は一人で歯笛を吹きながら登校した。鶴乃湯の煙突のペンキ文字が消されて、別の風呂屋の名前に書き換えられていた。
         †
 去年四宮先生から代わった担任の高辻先生に率いられて、反町東映へ年の瀬恒例の映画鑑賞会にいった。今年は『米』という映画だった。琵琶湖のほとりで農業と漁業をして暮らしている一家の話で、働き者の母親が生活の苦しさから密漁か何かをして、罪の意識に耐え切れずにとうとう自殺してしまうというストーリーだった。どうして死ななければならないのかよくわからなかったけれども、夜風にさざ波が立つ湖の岸に揃えて置かれたゾウリが哀しかった。
    

         十二

 青木小学校から浅間下に帰りつくころ、バットや竹竿を手にした連中が電信柱の陰からバラバラと現れ、私の前に立ちはだかる。肥柄杓をかついだテルちゃんの顔も混じっている。
「なんでおまえ宮小にこないんだ? 嘘八百野郎。嘘ばっかしつくんで入れてもらえないんだろ」
 竹竿でふくら脛を打たれ、バットで背中をどやされる。ドブの水が勢いよく胸にかかる。私には自分がなぜそんなことをされるのか痛いほどわかっている。
「ドン百姓、田舎へ帰れ」
「田植えでもやってろ」
「また嘘ついたら、チンボ切るぞ」
「サー兄ちゃんが生き埋めにするぞ」
 竹竿がシュッとしなる。バットが脇腹に食いこむ。くさくて冷たい水が学生服にかかる。私は両足を踏ん張り、一滴の涙も流さずに彼らの制裁を甘んじて受けた。
 制裁―
 あることがきっかけで私は嘘つきの烙印を捺されてしまい、サーちゃんの手下たちから村八分の制裁を受ける破目になった。それは母の寝物語が発端だった。
「あのオカズ屋のガキ大将ね、あの子がしゃべって飛んだ唾がつくと、そこから腐るんだよ」
 私はしばらくベッドの中でもぞもぞしていた。ふと見上げた天井に冬のゴキブリが貼りついている。この世でいちばん恐ろしい生き物だ。私が身もだえすると、それはぞっとするような早さで隅の暗がりへ疾走していった。やがて母のいびきが聞こえてきた。私は彼女のしわの寄ったまぶたや、うっすらとうぶ毛の生えた唇を眺めながら、サーちゃんの唾のことを考えて眠れずにいた。
 あくる日の夕方、空き地で模型飛行機を飛ばしていたテルちゃんに事実を知らせた。テルちゃんは目を大きく剥いて、それから不機嫌そうなため息をついた。
「みんなに教えてあげてね」
 いいことをしたという満足感で私は胸がいっぱいになった。
 ところが次の日になると、私の笑顔の挨拶に応える仲間は一人もいなかった。密告者を置き去りにして、みんなで楽しそうに遊んでいた。私は庭の檜をズック靴で蹴りつけ、感謝のない彼らの態度を憎んだ。
 母が帰ってきて、いつものようにサーちゃんの惣菜屋へおかずを買いにやらされた。しばらく店の外にたたずんでから、おそるおそる、不潔なものに近づくようにウィンドーに寄っていった。
「これ、ください」
 売れ残ったコロッケを指差した。コロッケなら熱い油で消毒してあるからだいじょうぶだろうと思ったのだ。店じまいにかかっていたサーちゃんのお父さんが、無愛想に奥へひっこんだ。入れ替わりに母親が勢いよく出てきた。私を睨みつけ、
「うちのものには、サーの唾がついてっから、気の毒で売れないね」
 太ったあごを反り上げ、断固とした調子で言った。めったに機嫌を崩したことのない女が不気味な怒りに燃えている。
「食べたら舌が腐るし、飲みこんだらハラワタが腐るよ。へたな仏心出して、お縄になっちゃたいへんだ。なんとしても売れないね」
 私は一瞬のうちにすべてを理解した。母は嘘を言ったのだ。いわくありげに、さも重大な秘密を教えてやるとでもいうふうに母は話した。彼女の言葉に一度も疑いを抱いたことのなかった私の耳に、それは真実そのものに響いた。母が嘘をつくなど、ありえないことだった。でも、人間が蛇やトカゲの毒を持っているという話は荒唐無稽のきわみで、いくら信頼している人の言葉でも、少し考えればでたらめだとわかりそうなものだった。目の奥がキリキリ痛み、いちどきに涙が湧いてきた。
「耳が聞こえないのかい。帰んな、帰んな」
 私はベソをかきながら、いつまでも店先に立っていた。おかずを買いそこねて手ぶらで帰るのはじゅうぶん恐怖に値することだったけれども、それよりいますぐサーちゃんに謝らなければいけないと思った。
「ごめんなさい!」
 私は、その場にいないサーちゃんに向かって、大きな声で叫んだ。
「嘘にもタチのいい悪いがあるからな」
 奥から引き返してきた父親が、母親と顔を並べて無情に言った。
「帰れ、ドン百姓!」
 いつのまに出てきたのか、二人の肩口からサーちゃんの弟が怒鳴った。私はあわてて彼らに背を向けると、暗い道へ引き返した。そうして、涙をこすりながら浅間下の商店街を目ざして走っていった。
 母はふだんから、近所の子供たちを好かなかった。レベルが低いと軽蔑していた。だから、彼らにまぎれてレベルの高い私が遊ぶのを嫌ったのだ。でも、そんなことがわかったからといって、もう取り返しがつかない。
 以来ずっと彼らの制裁がつづいている。ちょうどたくさんの犬が一匹の傷ついた犬をいびるように、みんなで私を圧しつぶそうとしている。抵抗ができないせいで、傷はいっそう深くなる。自分がいじめられるのはいい。私は母の名誉を守るただ一つの方法は、事実を母に知らせないで制裁を受けつづけることだと覚悟した。口惜しくて、悲しかったけれど、私はそう決めたのだった。
 それは母子の絆にできた最初のほつれだった。私はその夜を境に、枝が幹にすがるような、母に対するゆるぎない信頼をぼんやりと失いはじめた。恨みに思うことはなかったけれども、幼い心に少しずつ貯えてきた感謝の思いや、折に触れて感じてきた濃(こま)やかな愛情が薄れていき、だれでもいい、母から少しでも遠く離れていて、頼りになる別の幹を探さなければという、焦れたような気持ちになった。
 努めて表情に出さないようにはしたけれど、それ以来、母がそばにいるというそれだけのことが耐えがたい苛立ちを引き起こすようになった。父の像が急に大きく膨らみはじめたのも、そのころからだった。しかしどんなに父に憧れていても、彼を懐かしむような言葉を口にすることは厳禁だった。そんなそぶりをチラリとでも見せようものなら、かならず母は目に角を立てて、
「とうちゃんのところにいきたいなら、いってもかまわないんだよ。私にはおまえを止める権利はないんだから」
 と、私の感情を父親か母親のどちらかへ真っ二つに断ち割るように、尖った声で言うのだった。
         †
「キョウちゃんの作文、表彰されたんだって?」
 隣部屋のおばさんが炊事場で母に話しかけている。
「ええ、横浜市から賞状をもらったんですよ。うちのかあちゃんは工場から帰ると、晩ごはんよりも寝たいといつも言う、って書いただけなんですけどね」
「なかなか書けることじゃありませんよ。つづり方兄弟みたいなもんだねえ。でも、最近へんな事件が起きたでしょ。作文の上手な女の子が栄養失調で死んじゃったって、聞きました? その子も母一人子一人だったんですって。『どろんこ天国』って映画にまでなって、五万円という大金が手に入ったとたん、母親の生活扶助は取り消されるわ、あっちこっちから無心されるわ、愚連隊に盗まれるわで、気の毒に、最後は餓死しちゃったらしいじゃないの」
「ですってね。その女の子の作文は、新聞公募の立派なものでしょ。『かあちゃんはチンドン屋』でしたっけ? この子の作文は、市のコンクールに学校が出品した程度のものでしてね、そんなドラマチックな内容でもありませんから、映画化なんかされるはずもないし、まったく心配はいりませんよ。それにしてもタカリ屋って種族は、人を食い殺しても平気なのね。一度の臨時収入ぐらいで、生活保護を取り消しちゃった国も国だけど。……母親は生き延びたんでしょ?」
 口ぶりがどこか冷やかだった。私は、大金をいっぺんにもらって、周囲の金の亡者たちに食い殺されてしまったその女の子を、心から気の毒に思った。


         十三

 学校の帰り道、さぶちゃんがランドセルを背負ったまま浅間下に遊びにきた。
「この十字路まで、片道四十分だよ」
「かようの、たいへんじゃん」
「平気だよ。一度、市電にタダ乗りしたことがあるんだ。かあちゃんのむかしの定期見せて降りたら、何も言われなかった」
「アハハハ……」
 さぶちゃんは私のいちばんの理解者だ。
「キョウちゃんが引っ越したから、メンコの相手がいなくなっちゃった。弱いやつとやってもつまんないよ」
「ぼくもあんまりメンコしなくなった。みんな相変わらず空き地でメンコやビー玉やってるけど、よく飽きないもんだね」
「弱いからだよ。強いと上がないから、飽きるしかないもの」
 なるほどと思った。高台の住人であるさぶちゃんは、玄関と道が接しているような浅間下の家並や、ドブを流す石堀をめずらしそうに見つめながら歩いた。
「だれだい、あいつら」
 電信柱の陰からテルちゃんたちの顔が覗いている。彼らは、堂々と胸を張って歩くさぶちゃんに恐れをなしたのか、近づいてこない。
「あいつらいつもぼくを待ち伏せして、竹竿で叩いたり、ドブの水をかけたりするんだ」
 さぶちゃんは胸が痛むような表情をした。私はそうされる理由を言わなかった。正義漢のさぶちゃんの眉を曇らせたくなかったし、何よりも母の名誉を傷つけたくなかったからだ。
「ぶっ飛ばしてやる!」
 さぶちゃんが目をいからせてずんずん近づいていくと、テルちゃんたちは一目散に走って逃げた。
「今度へんなことされたら、青木橋の千葉三郎が仕返しにくるぞ、って言っといて」
「うん」
 大家の玄関脇を抜けていくとき、テルちゃんが二階の窓から尖った眼で見下ろしていた。さぶちゃんが見上げると、テルちゃんの首が引っこんだ。
「さっきのやつじゃん」
「うん、大家さんの子」
「弱っちい感じだ」
 さぶちゃんは、のしのし薄暗い三帖の板の間に入ってきて、好奇心に満ちた目で部屋を見回した。私は窓を開けた。
「いい部屋じゃんか。あ、六球スーパー。うちにもあるよ」
  
 水屋の上のラジオを撫ぜる。六球スーパーどころか、さぶちゃんの家にはテレビだってある。私はベッド箪笥の抽斗を開け、
「もうこのメンコ使わないから、あげる」
「へえ! 千枚以上あるね。でも、いらないよ。ぼくも二千枚くらい貯めたから。また勝負しようぜ」
「うん」
 さぶちゃんはどっしりと腰を落ち着け、ベッドに寄りかかった。私は六十ワットの電灯をともし、部屋を明るくした。さぶちゃんの眼が本箱に向いた。
「キュリー夫人、野口英世、シュバイツァー、か……」
 めずらしそうに一冊一冊引き出しては、ぺらぺらやる。
「かあちゃんが、こんなものばかり買ってくるんだ」
「あれは?」
 彼はベッドの枕もとに置いてあった漫画にも気づいた。
「貸本だよ」
「寺田ヒロオ、スポーツマン金太郎、か」
     
「それ、とってもおもしろいよ。貸してあげようか」
「いいよ。青木橋にも貸本屋があるから、自分で借りて読む」
 さぶちゃんの帰っていく時間を少しでも遅らせるために、私は親切な白髪のお婆さんのことを話した。五円で何冊も借りられるようになったと言うと、さぶちゃんは目を丸くして微笑んだ。
「もう三百冊以上は借りたよ」
 さぶちゃんは感心したように私を見つめた。
「凝り性なんだね、キョウちゃんは」
「K・元美津とか小島剛夕とか、ぜんぜんおもしろくないものもあるよ。平田弘史、臣(おみ)新蔵、白土三平はおもしろい。でもやっぱり辰巳ヨシヒロがいちばんすごいな。幽霊タクシーなんか読んだら、きっとびっくりすると思う。劇画って言うんだ。絵に迫力があるよ」
     
「ふうん、なんでも知ってるんだね」
 さぶちゃんは、卓袱台の上にのっている五十円硬貨を見つめて、
「五十円もお小遣いもらってるの?」
「細かいのがないからって、きょうだけ特別に置いていったんだ。使えるのは十五円だけ。……何か、おごってあげようか」
 五十円玉を手に取り、ドキドキしながら尋いた。
「キョウちゃんが大切に使いな。そんなふうに、気前よく人におごったりしちゃいけないよ」
 私は内心ほっとした。
「そろそろ帰ろうかな。お腹がすいちゃった」
「ご飯食べていきなよ。もうすぐかあちゃん帰ってくるし。ご飯を炊くの、ぼくの役なんだ。いっしょにおかず買いにいこうよ」
「ご飯くらい自分の家で食べなくちゃね。いつかキョウちゃん言ってたろ、ご飯どきに人の家にいっちゃいけないって。ぼく、忘れないよ」
「でもあれは、ひろゆきちゃんちだったから……」
 語尾が口の中で融けてしまった。さぶちゃんは腰を上げずに話しかけた。
「自転車、痛快だったねえ」
「ひろゆきちゃん、どうしてる?」
「塾に通って、中学受験の勉強。お祖父(じい)ちゃんが早稲田でお父さんが東大だから、どうしても勉強しなくちゃいけないんだって。座布団腐らすんだって」
「ふうん、なんだかよくわかんないな。あのこわれた自転車、どうなったんだろう」
「気にしなくていいよ。あんなけちん坊の自転車のことなんか。このごろ、キョウちゃんの気持ちがわかるんだ。イヤなやつさ、あいつは。あれ? おサルの傷、少し残っちゃったね」
 毎日学校で会っているのに、いま気づいたように言う。そのことはときどき母の姿見を覗きこんで、知っていた。西脇所長はやさしい嘘をついたのだった。さぶちゃんは、話すことがなくなってしまった様子で、
「でも、少し離れると、ぜんぜん目立たないよ」
「かあちゃんが、この傷のせいで人相が悪くなったって」
「そんなことないったら。キョウちゃんは、めちゃくちゃ美男子だぜ」
 窓の外が暗くなり、電燈をつけた。沈黙がやってきた。
「じゃ、いくね。今度はぼくんち、遊びにきなよ」
 そいつ飯場の子だろ、と言って、家に上げてくれなかったアッちゃんことを思い出した。
「うん、いつかね」
 とっぷり暮れた道を宮谷小学校の正門まで送っていった。道の途中でさぶちゃんが思いついたように言った。
「ソフトの監督が、キョウちゃんのことを天才だって言ってたよ。ふつうの打ち方じゃないって。このまま野球をやりつづければ、日本を代表する選手になるだろうって」
「ふうん。うれしいな」
「ぼくもそう思う。ぜったいプロ野球選手になってね」
「なれるかなあ……」
「キョウちゃんみたいな子しかなれないんだよ。つまり、天才というやつしかね。キョウちゃんがプロ野球選手になったら、ぼく、いつも応援するからね。野球場にも試合を観にいくよ。楽しみだなあ」
 プロ野球選手―去年の春、映画館で長嶋の四打席連続三振のニュースを見たときと同じように、耳の後ろがザワザワした。それは遠い夢のような話だった。しかし、生まれて初めて、もろ手を挙げて自分の存在を肯定されたこの瞬間、その夢は私の胸の奥深くに棲みついたのだった。
「アバ!」
 さぶちゃんは大声をあげて手を振った。
「アバ!」
 暗い道を帰ってきて、六十ワットの下にぽつんと立った。お米を研いで、おかずを買いにいかなければならない。さぶちゃんを送るついでに、浅間下の商店街で買ってくればよかった。卓袱台に目をやると、置いてあったはずの五十円硬貨がなかった。
 私は転がるように表へ飛び出し、浅間下の交差点めざして走った。三ツ沢坂下の通りまで一息に走り、楠町のほうを遠く見やったけれど、忙しそうに行き交う自動車のヘッドライトしか見えなかった。
 さぶちゃんの輝くような笑顔が浮かんだ。
 ―さぶちゃんが、お金を盗むなんて! 
 そんなことがあるはずがない。でもさぶちゃんが盗ったのでないとしたら、五十円玉はどこへ消えてしまったのだろう。私は肩を落として引き返した。
 三畳の板の間が寒々としていた。床にさぶちゃんの読み差した貸本が何冊か散らばっている。ぼんやりその本をつまみ上げた。チャリン、という涼しい音がして、ニッケル硬貨が卓袱台の下へ転がっていった。私は身もだえするような思いで床にへばりついた。
「あった!」
 みるみる喜びが押し寄せ、五十円玉を握りしめながらごろりと仰向いた。電燈の光がまぶしくて、部屋の明るさが急に増したように感じられた。さぶちゃんの切れ長の明るい瞳が、私を責めるようにじっと見つめている。たまらず立ち上がると、明るい電燈の下の自分の影影が急に縮んでいった。
 ―ごめんね、さぶちゃん……。
 心の中で呟いたとき、これまで自分を支えてきた生活の芯がはっきり意識され、母といっしょに乗り継いできた列車がゴトリと停まった。私の顔は、今度こそ、母から離れていく決意に苦しく歪んだようだった。


         十四

 大家の庭の外れは低い崖になっていて、長屋と福原さんの裏手に接している。崖の上は鬱蒼とした杉林だった。短い丸太を埋めこんだ階段が崖の斜面から杉林へ登っていき、登りきると、林を削った切り通しが杉の秀(ほ)に陽射しをさえぎられながらゆるい坂道になってつづいていた。
 ある日私は、その坂道をたどっていった。坂は意外なほどすぐ終わり、突き当たりに鹿島建設に似た飯場があった。高島台とちがって事務所らしいものはなく、山賊の隠れ家のような感じがした。探検してきたのにはわけがあって、切り通しをときどき上り下りする女の子がとてもかわいいので、その正体を見定めようと思ったのだった。女の子は私よりだいぶ年上に見えた。
 相変わらず私は母といっしょに女風呂に入っていたけれど、その子と母親が仲良くからだを沈めている湯船に、たまたまいっしょに浸かったことがあった。いち早く女の子が上がろうとして浴槽を跨いだとき、私は彼女の股間にはっきりと、バッタの頭のような突起物を見た。大人の女のそこは毛に隠れていて、そのうえ股をすぼめて跨ぐので、見えなかった。あれは何だったのだろうと不思議に思い、それからも風呂へいくたびに、同じように浴槽を跨ぐほかの女の子のそこもちらちら覗いてみた。大小のちがいはあっても、みんな同じものをつけていた。私は自分しか知らない秘密を握ったような気がした。
         †
 共同炊事場で米を研いでいると、崖の上からヤンボーマーボー天気予報の歌が聞こえてきた。そのコマーシャルを高島台の一郎ちゃんの家の庭で聞いたことがあった。なつかしくて、崖の階段を上った。
 小暗い坂をたどって飯場の窓辺に寄っていくと、もみ上げの長い角刈りの男が卓袱台に向かって、テレビを観ながらしきりに箸を動かしていた。壜詰めの海苔を飯に塗りつけては口に運んでいる。もぐもぐ動くあごが頑丈そうだった。男は私の気配に気づくと、顔だけ振り向けて、
「テレビ、観たいか」
 と言った。眉が太かった。
「ううん」
 男は笑いながら立ってきて、作業服のポケットを探ると十円玉をつまみ出し、私の手に握らせた。
「いらない」
「いいから、とっとけ。下の長屋の子だろ?」
「うん」
「東京タワー、連れてってやろうか。できたてホヤホヤだぞ」
「いい」
「年末からだったかな、一般公開は」
「さよなら」
 研ぎさした米のことを思い出して、駆け戻った。
 夕飯のとき、私は十円玉のことを母に告げた。
「ほいどみたいなことしちゃだめよ。あした、返してきなさい」
 母は汚いものでも扱うように十円玉をつまみ上げ、窓敷居の上に置いた。
 翌日は日曜日で、男の隣にもう一つ床を並べて、仕事仲間らしいのが朝寝をしていた。声をかけると、角刈りの男は、オッ、と言って起き直った。
「かあちゃんが、返してこいって」
 男は私の差し出した十円玉を受け取らなかった。
「そうか。ちょっとかあちゃんを叱ってやらなくちゃな」
 男は寝ている仲間の背中を気にするふうに言った。そうして、きのうと同じ笑いを浮かべながら私のあとについてきた。母に引き合わせると、彼は卓袱台の前にあぐらをかき、
「坊主がかわいらしくてな。十円なんて、どうせチリだ。積もったって山にもならないよ」
 母はふっと微笑んだ。
「現場は、どこなんですか」
「宮谷小の裏手。あの丘に二つばかり市営住宅を建てたら、またおさらばよ」
「私も何年か前、高島台の鹿島建設の現場で賄いをしていたんですよ」
「鹿島か。大手だな。うちは零細だから、賄いのめしが粗末なんだ。どうせタコ部屋みたいなところだから家賃は取られないけど、近くに食い物屋はないし、仕出し屋もないから、腹がへるとけっこう面倒だわ。仲間とめし炊いて食ってる」
 空地の隣に支那そば屋があるじゃないかと思った。
「賄いというのは、あの娘さんの?」
「そう、おたくと同じ母一人子一人というやつ。えらく勉強のできる子らしくて、いつも娘自慢してるよ」
 それから母と男のあいだにどんな会話があったのか、私は知らない。いつものとおり十五円もらうと、貸本屋へ出かけた。出店の戸を引いたとたんに、お婆さんに言われた。
「ボク、三ヶ月も返してない本があるよ」
「え、なんていう本?」
「暗闇五段」
     
 あっ、と思い出した。いつだったか貸本屋からの帰り道、テルちゃんが寄ってきて、
「ごっそり借りたじゃん。俺にも一冊貸せよ」
 と言って無理やり引き抜いたのが、たしかそれだった。
「だめだよ、あさってまでに返さなくちゃいけないんだから」
「あした返すよ」
 それきりだった。私は恐くなってお婆さんに尋いた。
「延滞料……たまってるの」
「いいんだよ、そんなの。返してさえくれれば」
「わかった。待ってて!」
 私はすぐさま駆け戻り、坂本さんの玄関から大声で呼びかけると、テルちゃんが階段を降りてきて、何の用だという顔をした。
「本を三ヶ月も返してもらってないよ。すごい延滞料になっちゃった」
 大げさに言うと、
「ああ、あれか」
 彼は謝りもせずに居間を振り返り、テレビの上に置いてあった暗闇五段を取ってきて玄関の式台にポンと投げてよこした。そしてすぐ階段を上っていった。まったく腹は立たなかった。自分が何者であるかを知った瞬間だった。サーちゃんの唾と暗闇五段―私は生涯にわたって、生活の列車を停めたまま、この二つに押しつぶされて生きるだろうと直観した。
         †
 男は毎日かよってくるようになり、一週間もしないうちに三帖の部屋に寝泊りするようになった。私は一人でベッドに寝かされた。
「やめなさいったら。子供が起きるでしょ!」
 ベッドの下の蒲団から母の押し殺した声がするのを、ときどき夢見心地に聞いた。
 母が毎日料理をするようになった。母が作るものは、玉子焼きとか、きんぴらごぼうのような質素なものだったけれども、おかげで私はお使いに出る義務がなくなった。卓袱台の上に、彼女の作ったおかずに並べて、壜詰めの江戸紫が置かれた。男の好物だった。彼はそれに箸を突き立て、飯に塗りつけてはうまそうに食った。ある日、学校から帰って、卓袱台にぽつんと置いてある海苔の壜を窺きこむと、干からびた飯粒が一つ、こびりついていた。この瓶も私を押しつぶすかもしれないと思った。
 日曜日になると、男は私に二十円を与え、めし食ってこい、と言った。私はそのお金をぜんぶ使って支那そばを食べた。店の隅の高いところにテレビが据えてあって、昼はたいていロッテ歌のアルバムがかかっていた。それまでも福原さんの家でスーパーマンや、やりくりアパートを観ていたけれど、私は歌番組のほうが好きだった。朝丘雪路の『星は流れる』や三船浩の『男のブルース』、藤山一郎の『ブンガワン・ソロ』が気に入って、登下校の道でよく歯笛を吹いた。
 母が鏡を覗きこむ回数が多くなった。男が現場に出た昼、母はときどき工場を休んで、姿見に向かって日がな黒ニキビを潰していた。母が爪を立てると、黒い油かすがチュッと出てくるのだ。私はその赤くふくらんだ爪跡に見入った。
 何週間かして、夜になっても男は帰ってこなかった。姿見の表面に真一文字に亀裂が走っている。鏡の中に見える母の目つきが険しかった。私はラジオで巨人広島戦を聞いていた。長嶋がせっかく鵜狩から二十八号を打ったのに、一塁ベースを踏み忘れ、藤井にアピールされて無効になってしまった。それで流れが変わって、大和田の二本のホームランで広島が勝った。
 めずらしく母が電灯の下の卓袱台に向かって本を読んでいる。表紙に『挽歌』と書いてあった。母はぼんやり本を閉じて卓袱台に頬杖をついた。
「おじちゃん、どうしたの」
「あんな酔狂なやつ、追い出してやったよ。手クセが悪いんだから。何でもかんでも質草に持ち出して」
 じっちゃがばっちゃを怒鳴りつけるときの目に似ていた。
「仕方ないねえ。教養のない男は」
 母が吐き出すように言った。
 それからもときどき、切り通しのほうからヤンボーマーボーのコマーシャルが流れてきたけれど、私は崖の道を登らなかった。
 角刈りの男とはその後一度だけ風呂屋で遇った。彼は私を認めると、バツが悪そうに耳の後ろにタオルを使いながら、湯づらに視線を落とした。私はそんな彼を別段憎いとは思わなかった。
 一月ほどして、私は学校を休まされ、母と野毛山へいった。母は朝から憂鬱そうにしていて、一言も口を利かなかった。動物園に向かう坂の麓に毒々しい看板を揚げたストリップ小屋があった。《美女のよろめき! 決定的瞬間!》と赤いペンキでべたべた描いてあった。
「動物園なんて、生まれて初めてだな」
「そんなとこいかないよ。病院だよ」
「病院?」
「いいから黙ってついてきなさい」
 病院の薄暗い廊下はまだ掃除の最中だった。母は受付の看護婦とぼそぼそ短い言葉を交わした。それから廊下の黒くて長いベンチでしばらく待った。
 名前を呼ばれた母は、私といっしょに白壁の小部屋に入った。部屋全体の調度が固光りしていた。私が物珍しげにあたりを見回しているうちに、母は細長いベッドに寝かされ、一言、二言、医者とやりとりをした。それから腰にシーツをかぶせられ、数をかぞえるよう言われた。
「はい、ひとオっつ、ふたアっつ……」
「ひとつ、ふたつ……」
 医者が横目で私を見た。とつぜん、刺すような不安が襲ってきた。私は母の枕もとに立ち、だんだんかすれていく彼女の声を聴いていた。医者がシーツの中を覗きこみ、ガチャガチャ金属を鳴らした。
「痛くないですかァ、だいじょうぶですかァ」
 母はかすかにうなずいた。目をつぶっていた。看護婦が私の手を引いて廊下に連れ出した。ベンチに坐らせ、
「すぐに終わるから、ここで待っててね」
 と言った。そしてゆっくり白い部屋へ戻っていった。
「すみましたよオ。はい、もうだいじょうぶですよオ」
 という医者の声が聞こえ、しばらくしてさっきの看護婦に脇を抱えられた母が出てきた。彼女は三時間ほど別室で眠った。私は廊下のベンチで、看護婦に与えられた『週刊ベースボール』をぺらぺらやりながら、ずっと母を待っていた。長嶋がホームラン王と打点王を獲ったことが書いてあった。
 やがて別室からひとりで出てきた母の両目は、いくぶん濁って見えた。
「何の病気だったの」
 母はそれには答えず、やつれた顔に笑いを浮かべながら、
「ライオンを見にいこう」
 と言った。母に手を引かれて、知らない町の坂道を登っていった。道にはほとんど人影がなかった。最初に目についた喫茶店に入って、母はコーヒーを注文した。私はソーダ水を頼んだ。ストローでちびちび青い水を飲んでいる息子から顔をそむけ、彼女はコーヒーに口をつけずに窓の外を眺めていた。ここにも雑誌があったので、宣伝だけを拾い読みした。ライカM3と並ぶ名機ニコンSP(九万八千円)新発売・時代はいま35ミリへ。小回りのきく軽三輪自動車・ダイハツミゼット。
 そういえば、『やりくりアパート』のコマーシャルで、大村崑と佐々十郎が、
「ミゼット、ミゼット」
 と両手を広げて五回も六回もくどく繰り返していたっけ。青春サイクリング―近郊サイクリングはミヤタ自転車で。ステンレス流し台設置・応募するならいま!(日本住宅公団)。一家に一台・高さ調節自在扇風機を(一万二千八百円)。デラックス時代開幕―トヨタクラウン・デラックス。コカコーラ全国発売開始。積水ポリバケツ15リットル千二百円・東京都家庭用ゴミ容器に指定。


 それから二人は動物園へつづく長い坂の残りを上った。母は動物園の出口の売店で私にソフトクリームを買って与えた。そうして坂道の薄くて冷たいベンチに腰を下ろし、いつまでも無言でいた。
「動物園はタダだよ。入ろうよ」
「ここから見下ろす景色がきれいなのよ」
 そう言いながら、やっぱり地面を向いたままでいた。私はソフトクリームを舐めなめ母の横顔を見ていた。
「いつかきっといいことがあるからね。……がまんしてね。負けちゃだめだよ……」
 母はとつぜん胸を抱えて、獣のようなうめき声を絞り出した。そうして私の手を握りしめながら、苦しそうに涙を流した。私は、昂ぶった母に何も声をかけずにじっと見つめていた。


         十五

 毎年ひどく寒い一月、二月になると、卓袱台の下にアンカを置き、その上から毛布をかぶせて暖を取っていたけれども、今年は母が奮発して、やぐら付き電気炬燵を買った。卓袱台代わりにもなるし、置き板の上で漫画も読める。
 母は食事の後片づけを終えると、炬燵に足を入れたままうつらうつらするようになった。私もやっぱり眠くなる。漫画を読むことさえ億劫になるので、やっぱり電気炬燵は好きになれなかった。
「少しぐらい寒くても、蒲団にもぐっているほうがいいや」
 私がベッドに戻ると、
「大吉は爺さんにくっついて熊本から朝鮮に渡ったんだって。ソウル工業高専を一番で出て、それから戦争中に日本へ戻って、西松建設に入ったんだよ」
 とつぜん問わず語りに母はしゃべりだし、私を炬燵に招いた。彼女は最近父のことを大吉と呼び捨てにすることが多くなった。その話自体は何度か聞かされていたけれども、私には詳しく知りたいことがほかにあった。
 故郷が遠く離れている母と父が、いつ、どこで、どんなふうに知り合ったのか、そしてなぜ別れることになったのか。母は父とのこれまでのいきさつをちっともしゃべろうとしなかった。問い質したい好奇心はあっても、思い出話をするときの彼女の渋い表情を浮かべると、引いた気持ちになった。
 思い返してみると、私がものごころついて以来、母は父との出会いはおろか、熊本での新婚時代のことも、私が生まれた当時のことも、熊本から東京に出てきて戸山あたりに暮らしたいきさつも、何一つ語ってくれたことはなかった。まるで過去のない人のようだった。
「かあちゃんはいつ、とうちゃんと会ったの?」
 私は親身な答えをあきらめながら尋いた。しかし、どういう風の吹き回しか、この日にかぎって母はぽつぽつと語りはじめた。
「……うーん、あのころはかあちゃん、古間木の軍需工場にいて、機密書類の係をしてたからね」
「キミツ書類って?」
「古間木の軍需工場で、暗号解読の手伝いみたいなことをしてたんだよ。昭和十九年」
「じゃ、古間木で会ったの?」
「そう。大吉とは、働く部署がちがってたし、いつも顔を合わせるわけにはいかなかったしね」
 母の回りくどい物言いにめげずに、一所懸命アタマをめぐらす。なぜ軍需工場で働いたのか、どうしてキミツ書類の係になったのか、またそのせいで父と母にどういう不都合があったのか―やっぱり見当がつかなかった。だから、いま、どういういきさつからここに母子だけで暮らしているのか、その時間の経過を想像することは難しかった。
「部署がちがうって、どういうこと?」
「工場の部署よ。大吉は戦争の終わるころに、熊本の支社から技術社員として派遣されてきた人だったから。入社したあと一級建築士の資格を取ったらしいんだけど、ほんとは建築士になんかなりたくなかったんだって。親の犠牲になったって、しょっちゅうこぼしてた」
 話が逸れていく。私は根気よく問いつづけた。
「何になりたかったの?」
「歌人らしいよ」
「カジン?」
「短い詩みたいなものを書く人。若山牧水にあこがれてた。―しらとりはかなしからずや、そらのあお、うみのあおにもそまずただよう」
「ふうん」
 わけもわからずにうなずく。
「声もよかった。灰田勝彦の『きらめく星座』なんかよく唄ってたね。男純情の、愛の星の色、さえて夜空にただひとつ……」
 細い声で歌いはじめる。母は自分と関わりのない父その人だけの話になると、たちまち饒舌になるのだった。彼女は父のことを、表情ひとつ変えず、頭の切れる人だったと評した。言葉の調子から彼女がいまもどれほど父の能力を高く買っているかわかった。




「でも、金と女にだらしない人でね。それで身を滅ぼしたってことは言えるかな」
 すでに父の人生は終わったとばかりに頭を振る。結局、二人がどんなふうにめぐり遇って、どういう境遇に暮らし、どんな事情で別れたのか、まったくわからずじまいなのだった。
 母は父の容姿の描写はこれっぽっちもしたことがなかった。そこで私は未知の人への思い入れよろしく、空想をたくましくして、骨細の、背の高い、苦み走った好男子を思い描いてみた。想像の中の父は、光沢のある黒みがかった皮膚をして、けぶるような目のあたりに、長い髪が形よく影を落としていた。
         †
 寒さがいよいよ増すにつれて、炬燵の会話も濃密なものになってきた。ただし、それは父の奇妙な素行のエピソードが加わるだけのことで、母との来し方が語られることはなかった。たとえばこんなふうに―
 結婚して私が生まれるまでの二年のあいだ、父はギャンブル漬けの毎日で、よくマージャン仲間を家に連れてきた。そのほとんどが同僚の建築士や労務者だった。母は父に怒鳴られながら、せっせと飯を握り、味噌汁を作った。
「勝ち負けにこだわる人でね」
 清算のときの父の要求は苛烈をきわめた。相手が支払いに窮すると、
「泥棒を捕まえてからだって縄をなえるんだ。いますぐ、金を工面してこい。ぐずぐずしてると、付け馬でついてくぞ」
 と脅し、それがかなわぬときは、
「時計でも、背広でも、金目のものはぜんぶ置いていけ」
 とか、
「社員証を預かっておく」
 と厳しい顔で言った。
「仲間なのにねえ。どういう心持ちだったんだか」
 私にはそのときの父の燃え立つような眼差しが目に見えるようだった。真剣に戦って勝ち取ったものを要求するのはあたりまえのことだ。べつに勝ち負けや報酬にこだわった態度とは思えなかった。契約の真摯な履行を要求したにすぎない。そうでなければ勝負ごとは意味をなさない。
「搾り取ったお金は、ぜんぶ置(おき)屋(や)で使っちゃったのよ」
「オキヤ?」
「芸者の元締のようなもの」
 正当に勝ち取った金をどう使おうと、それは父の勝手だ。
 あるとき父は、いい人生勉強だ、と切り出して、いやがる母を無理やり鉄火場へ連れていった。礼儀正しく出迎えた男の案内で式台から小上がりへ導かれ、木の賭け札を買い、二階へ上がった。まぶしいほどの白布を敷きわたした盆ゴザを挟んで、ゆったり構えた裕福そうな人たちが、二列に向き合って笑いさざめいていた。一閑張(いっかんばり)の机で背筋を正した座長が一席弁じ終わると、青みがかったタバコの煙の中でさっそく勝負が開始された。
 母は所在なく父の背中を見ていた。ふいに胴元の札師が、三本そろえた指で強く花札を叩いたかと思うと、その手を高々と天に向かって差し上げた。一直線に舞い上がった札が、ピシャッと音立てて天井に吸いつき、そのまま数秒落ちてこなかった。
「おっかなかったよ。震えが止まらなかった」
 ギャンブルでなければ、酒だった。父はよく酒を飲んで遅く帰ってきた。帰ってこないこともあった。酔って道がわからなくなり、よたよたと知らない家の土間に入りこんで、そのまま一夜を明かした。朝、酔いから醒めて下着一枚の格好で胡坐をかいている見知らぬ男に驚いた家の者が、親切に所番地を尋いて、使いをよこした。案内されて父を請けとりに出かけると、丹前を着せかけられた父がチョコンと居間の座布団に坐って茶をすすっていた。
「怪しい者じゃない、一晩泊めてくれと、ちゃんとことわったんだ」
 母は家の者に気を使いながら、ただただ頭を下げた。上着やズボンはどうしたのか、と訊くと、
「暑苦しかったから、途中で井戸に放りこんだ」
 とすまし顔に言った。二人のやりとりを眺めながら、家の者たちが人のよさそうに笑っているのが、せめてもの救いだった。
 母の繰り言の中に、父が私をかわいがったという話は混じらなかった。しかし、波をけたててやみくもに進んでいくモーターボートのような彼の人柄に、私はこの上ない好感を抱いた。父に対する淡い印象は、豪宕(ごうとう)を気取ってはいるけれども、すれちがうとかすかにさびしげな風の立つ男―というものだった。
         †
 三年生も終わりに近づいたころ、私は毎週土曜日に置手紙をして映画を観にいくようになった。あんなに夢中で読みふけった日の丸文庫も食傷気味になった。すると同時に、セロファン貼りのやさしいお婆さんのいる貸本屋の狭苦しい土間にたたずみながら、私は野辺地の銀映の暗がりをなつかしく思い出したのだった。
 横浜にきてからは、西口地下街で『赤胴鈴之助』と『スーパージャイアンツ』を何本か観たほかは、年に一度の学校行事で、こぞって教育映画に連れていかれただけだった。『つづり方兄弟』『マラソン少年』『米』―反町東映で観た映画は、どれもこれも、なんだか辛気臭くてつまらなかったし、赤胴鈴之助もスーパージャイアンツも勧善懲悪の筋立てがあまりにわざとらしくて、夢中になれなかった。もっと現代ふうで、それでいてどこか人間くさい、晴れ上がったような映画が観たかった。
 浅間下界隈には一軒も映画館がないので、横浜駅か、保土ヶ谷か、桜木町までわざわざ足を延ばさなければならない。距離にそれほどのちがいはなかったけれど、広くて殺風景な市電道を横浜駅や桜木町まで歩いていくのは退屈な感じで、気が進まなかった。
 九歳の私が目をつけて踏みこんだ映画館の名前は、保土ヶ谷日活といった。いきあたりばったりではなく、並びの何軒かの映画館のスチール写真をじっくり吟味して決めた。
 小人(しょうじん)の入場料金は、ちょうど母の置いていくオヤツ代と同じ十五円だった。横浜地下街より五円安かったけれども、私にとっては大金だった。宇宙人や怪獣ものはあまりに非現実的だし、戦争や動乱ものは政治背景の説明が難しすぎるし、文芸ものは理屈っぽいし、時代劇は科白の意味がさっぱりわからない。そんなものにお金を払うのはもったいないと感じた。
 通路の上壁に、スターの顔写真が掲げてあった。見上げながら薄明るい廊下をたどっていったとき、一枚の写真の前で私は電気に打たれたようになった。短髪の若者の明るい眼が見下ろしていた。石原裕次郎と書いてあった。言うことなしの無頼漢というのではなく、駄々っ子のように、素人の雰囲気さえただよわせながら、八重歯を剥いてさわやかに笑っていた。なぜだかわからないけれども、彼のおおらかな笑顔は私の作り上げていた父のイメージに抵抗なく重なった。
 よく見ると、その顔に見覚えがあった。去年、ドラムを叩く男の看板に惹かれて反町日活に入ったことがあったが、まさにその男だった。あのときは長嶋茂雄のニュースフィルムに感銘を受けて、映画の本編に入ってもなかなか没頭しきれず、男の名前すら憶えられなかった。それに、看板のペンキ絵の顔とスクリーンで動き回る顔があまりにちがいすぎた。廊下で静止している写真には、男の結晶したような美と細やかな性格がすべて現れていた。
 それからというもの、石原裕次郎の出演する映画がかかるたびに、一本逃さず観にいくようになった。明日は明日の風が吹く、赤い波止場、嵐の中を突っ走れ―。それどころか、同じ映画が何週間か連続して上映されているあいだも、土曜日ごとに十五円を持ってかよいつづけた。そして、最終の上映まで繰り返し観ているうちに、主題歌をそっくり記憶した。
      
 石原裕次郎は美しかった。剛(こわ)そうな短髪の顔立ちはするどく逞しいのに、形のいい唇から吐き出されるかすれた柔らかい声が、その精悍さを和らげていた。長い脚を引きずる癖もしっくりサマになっていて、私の趣味に合った。とりわけその面立ちと動きの調和からやってくる無機的で澄みわたった印象は、持ち前の明るさを打ち消す不思議な翳りを帯びていた。不幸の匂いさえした。
 閉館の時間がきて、仕方なく内の闇から外の闇へ押し出されると、私は上目がちに鼻をしかめ、半ズボンの片足を引きずりながら、
「ふざけんじゃねえよ」
 とつぶやき、喉をこするように笑ってみた。たちまちこだまが返るようにスクリーンの感動が甦ってきた。主題歌を口ずさみながら、夜道をたどって浅間下に帰り着くころには、たいてい深夜になっていた。
「何時だと思ってるの。早く寝なさい」
 私は眠気に酔ったふりをしながら、服を脱ぎ捨て、だるそうにベッドに潜りこむ。ベッドに逃げさえすれば、日曜休みをひかえて高島易断の本など読みながらくつろいでいる母は、面倒くさがって叱らないのだ。しかし、息子の遅い帰宅を常々気にはかけているようで、福原のおばさんに、
「最終まで映画を観てくるんですよ。眠くて、電信柱におでこを打って、こんな大きなコブを作っちゃいましてねえ」
 と、笑いながら作り話をしていたことがあった。眠くて電信柱にぶつかりそうになったと、一度だけ私が母に言ったからだ。


         十六

 ガスコンロを点けるマッチを探していたとき、水屋の抽斗の底から赤茶けた写真を見つけた。唇の薄い見覚えのない男が写っていた。年のころは三十あと先、太くふくらんだズボンに、袖をめくった開襟シャツ、オールバックの髪がほつれて、まぶしそうに細めた目に庇のように垂れている。あごを反り上げたポーズで岩場に立ち、左手に和紙、右手に毛筆を持ち、歌でも書き出す風情だ。裏を見ると登別温泉と記してあり、脇に太いペン字で、

いく五百野(イオノ)こえさりゆかばかなしみのはてなむくにぞ(牧水本歌)

 と書いてあった。薄れかけたインクの文字は母の手ではなかった。牧水本歌の見当はつかなかったけれども、漢字に振ってある『イオノ』というルビの響きが頭に残り、ふるえるような悲しみを覚えた。
 男は父にまちがいないと思った。気取った表情の奥に、無邪気な男だけがそこに安住していられるような澄んだプライドをたたえていた。顔の造りも髪型も、裕次郎とは似ても似つかなかったけれども、裕次郎よりも静かで知的な人物に見えた。私はその写真を、そっと抽斗の奥に戻しておいた。
 母はこの一年ばかり、保土ヶ谷のコウフクジの森とか、自転車屋の二階の小汚い六畳とか、よく口にした。父の下宿は、もしかしたら保土ヶ谷日活の道なりにあるのかもしれない。私は浅間下を抜けていく市電の額に《洪福寺》と書いてあったことをあらためて思い出し、線路沿いの道を歩いていけばかならず父の下宿にたどりつけると確信した。
「大吉には養育費の支払い義務があるからね。ちゃんと居どころをかあちゃんに教えるようにってオカミから命令されてるの。住所を知らせてきたのはいいけど、養育費はさっぱり送ってこないのよ」 
 話のついでに、父と同居している芸者上がりのサトコという女をおとしめることも忘れなかった。ある夜サトコは泥酔した父を送ってきて、遠慮がちに茶の間に上がった。そうして彼に強いられるまま、母を挟んで川の字に寝た。以来、何度かかよってくるうちにようやく振舞いが図々しくなり、やがて私が生まれて半年ほどして、こっそり父を連れて出ていった……。
「芸者というのは手練手管が半端じゃないし、稼ぎもいいしね。きっと大吉は、女のふところが目当てだったのよ」
 私は、稚い直観から、父はもちろんのこと、父を愛したサトコという女にも、金とは縁遠い、何か頑なで、気高い性質を見ていた。
         †
 灯ともしごろにかかって、町並が明るみ、浅間下の店通りが一本の銀色の線になって走った。裸電球に集まる人たちを避けながら歩いていくうちに、だんだん人影がまばらになり、西陽の射す土の道になった。浅間神社の林を透かして、道の上に太陽が長い冬の条を引いている。神社のふもとの空地で子供たちがフラフープをしていた。電器店に人だかりがしている。近づいてみると、明るい店内に、五、六台のテレビに並んで、白く輝く洗濯機や冷蔵庫が何台も展示されていた。店の外の高いところに据えられたテレビに、相撲中継が映っている。見覚えのある力士が台形の顔を反り上げ、勢いよくまわしを叩いた。
「栃錦!」
 彼の金剛力を示すように、尻に貼りついた絆創膏が筋肉といっしょにコリコリと動いた。
「若乃花!」 
 
 ポケットに十五円があった。私は電器店の並びのパン屋で、甘食(あましょく)を二個とコーヒー牛乳を買った。人混みからドッと歓声が立ち昇った。最後の一口を頬張り、牛乳を流しこんだ。ふと、母に置手紙をしてこなかったことを思い出した。

 きた道を振り返ると、灯りを点した電信柱が心細く連なっている。あごを上向けた写真の男が浮かんだ。私は、長いあいだその男を捜し求めてきたような気がした。とりわけ写真を目にしてからは、痩せぎすで、少し気取ったオールバックの男はだれでも父に見えた。そんな姿を見かけるたびに、何とも言えないやさしい気持ちになり、ぼんやりと目に涙がにじんできた。そして、いまにも父が笑いながらそばへ寄ってきて、
「郷じゃないか。大きくなったな」
 と声をかけてくれるだろうと、じっと心待ちにしていた。そのときには父の顔がすっかり見えて、笑い返すと強く抱きしめてくれるのだ。私は照れながら男の香りをかぎ、骨ばった手ざわりを感じるのだ。そんなふうに想像したときの父と比べた母の像は、急に小さくて不快な、ほとんど厭うべきものにさえなった。
 母はときどき父のことを、人でなしとか、敗残者と罵ったけれども、そんなことは信じられなかった。わけても私は、乳飲み子を半年で振り捨てるという思い切った行動に並々ならぬいさぎよさを認めていた。どういう理屈で父の背徳をいさぎよいと感じるのかはわからなかったけれども、ただ私は、男というものは、スクリーンの中のあの若者と同じように、ほとんどみんな何か好みの姿勢を持っていて、そういう姿勢をとりさえすれば天から授かった自分の長所がはっきり人目を惹くのだと信じて生きていくものだ、父もそういう男の一人なのだ、とごく自然に胸に落ちたのだった。
 映画館街の青っぽいネオンが見えてきた。文化劇場の『地球防衛軍』の看板を横目に過ぎ、保土谷日活の前に立つ。スポットライトを浴びた裕次郎の手描き看板が明るくまぶしい。父を訪ねる決意をしなければ、きょう観るはずだった『若い川の流れ』だ。青年の大きな目が中空を見つめている。ガラスケースに歩み寄り、何枚かのモノクロショットを舐めるように見つめた。それから穴場の〈小人十五円〉という入場料に目をやって、深いため息をついた。
 道がまた暗くなった。ここから先へはいったことがなかった。明かりを求めて市電通りのほうへ折れ、オーバーを着て前屈みでやってくる中年の女に洪福寺の場所を尋いた。
「コウフクジって、お寺じゃないのよ。町の名前。お寺は順忍寺っていうの」
 彼女が指差した方角へもう一度引き返す。すぐその寺は見つかった。蒼い木立の中に石の門が沈んでいる。白壁に沿って歩き、大きな交差点に出た。そのまま道なりにあてもなく過ぎて、小さな川に架かる橋を渡った。
 橋のたもとから、めくら探しに自転車屋の店構えを捜しはじめる。軒燈のない家がほとんどだったので、何度も闇に目を凝らさなければならなかった。川沿いにいくつかの街灯の下を過ぎた。そのたびに自分の影が長く伸びて岸へ滑り落ちていくのが心細かった。影法師を映す水面に、ゆっくりと縮緬(ちりめん)のようなせせらぎが動いている。川筋にかたまっている小さな区画に見当をつけ、中の二筋、三筋を左右に見て歩き、もう一度川端に戻って一息ついてから、さらに遠巻きに残りの横丁を詳しくめぐっていった。
 自転車屋は見つからなかった。勾配のゆるい川沿いの坂道に立ち止まり、遠く眺めると、紺色の空の下にぼんやり果てしなく、何百軒もの屋根が並んでいた。
 ―あとどれくらい歩かなくちゃいけないんだろう。このまま歩きつづけて、そしてもし探し当てられなかったら。
 向こう岸を見やると、ちょうど坂のいただきの橋のたもとに、派出所の小さいランプが燈っていた。ゆっくり坂を上り、橋を渡って赤い灯に近づいていった。白くひび割れた掲示板に貼ってある人相書きが眼に飛びこんできた。巡査が外に出て胸を反らした。私は少し離れたところから声をかけた。
「あの、このへんに、自転車屋さんはありませんか」
「自転車屋?」
 それ以上近づけずにいる私に寄ってきて、
「山下サイクリングのことかな。あそこは閉めるのが早いんだ。ここからだとちょっと歩くよ。地図を描(か)いてあげよう」
 警官についてポリスボックスの中に入った。
「自転車屋さんは、そこだけですか?」
「このあたりじゃ一軒だけだな。自転車屋に何か用があるの?」
「はい、とうちゃんに会いにいくんです。そこに下宿してるって、かあちゃんが言ってたから」
「ふうん……」
 鉛筆を動かしながら、もっと事情を知りたそうな顔をした。
「送ってあげてもいいけど、いま相方が警邏中なんでね」
 紙きれを受け取り、お辞儀をすると、そそくさと赤いランプを後にした。
 入り組んだ小路を巡査の描いた地図どおりに歩き、川筋からかなり隔たった場所にようやく自転車屋を見つけた。看板の下の表戸は閉まっていたが、脇戸からうっすらと明かりが洩れていた。覗きこむと、土間に接した階段の足もとが見えた。框のあたりは広々として、じかに店とつながっているようだ。明かりはその店からきていた。
 ―とうちゃんは、よくきたと言って、肩を抱いてくれるだろうか。もし、そうしてくれなかったら……。何も言わずに、冷たく当たったりしたら。
 胸があわただしく拍ちはじめた。初めて父親というものに対面する恐怖に、からだがすくみ、呼びかける言葉が出てこない。母の声が耳の中でこだました。
「とうちゃんのところにいきたいのなら、そうすればいい。私にはおまえを止める権利はないんだから」
 あこがれの父親に一目会うことだけを願って、とうとう彼の住む軒先までやってきた息子が、願いがかなう肝腎のときになって、みすぼらしく尻ごみしていることは許されなかった。
 私は敷居をまたいで土間に入り、階段を見上げた。
「こんばんは!」
 オオ、というドスの利いた返事が、土間につづく店舗のほうから聞こえた。障子を引いて、ゴマ塩の頭が斜めに出た。炬燵にでも入っているのか、肘をついたまま首を伸ばし、面倒くさそうに言った。
「あしたにして。もう閉めたから」
「ぼく、神無月、郷っていいます。とうちゃんに会いにきました」
 男はまじまじと私を見つめ、やがて、むかしから見知っている人に遇ったような微笑を顔全体に浮かべた。
「争えないもんだ、やさしい目してるわ」
 彼は自分にしかわからない感想をもらすことで、父の存在をほのめかした。
「神無月大吉に会いにきました」
「おうおう、しっかりした子だ。大ちゃんソックリだ」
「とうちゃんはいますか」
「ああ、いるよ。―ひとりできたの?」
「はい」
 どこかで父がこの対話を聞いているような気がした。そう考えるだけで、胸が苦しく高鳴り、まともに呼吸ができなかった。私はからだを硬くして、父が階段に現れる気配に耳を澄ました。すると、空耳だろうか、遠く咳払いのようなものさえ聞こえてきて、ぶるぶると膝頭が意地悪くふるえた。 
「どこからきたの?」
「浅間下から」
「ほう、そんなに遠くから。市電にはちゃんと乗れたかい」
「歩いてきました」
「へえ! それはご苦労だったねえ。こりゃ、よっぽどのことだ。おおい、大ちゃん! とんでもないお客さんが見えたぞ」
 彼は肘を突いたままの格好で、二階に向かって大声を投げた。


         十七

 薄暗い階段の突き当たりに灯りの点る気配がして、手すりから男の顔がのぞいた。光を背にした痩せた顔が、数秒のあいだ、私の正体を見きわめるように階段の下を見下ろしていた。私はよく見えない父の顔に笑いかけた。ほつれた髪を額に垂らした細身の影が、ゆっくり階段を下りてくる。いやに太いズボンが一段一段近づいてくるとき、私はすぐさまその熱のない足どりに気づいた。父は土間でふるえている息子の前に立った。うなだれたまましばらく視線を自分の足もとに落としている。そして、髪をかき上げ、何の感情もない目で、
「郷か?」
 と尋いた。しゃがれたさびしい声だった。
「うん!」
 私は笑顔を崩さず、元気な返事をした。
「そうか。……帰れ」
 一瞬、耳を疑った。しかし、顔を伏せたまま立ち尽くしている父の様子から、聞きまちがいではないとわかり、急にからだが冷たくなった。そして、その命令が何か崇高な、幼い頭ではうかがい知れない境地から出てきたもののように思いなおして、あわててうなずいた。
「……ほら、これをやるから」
 彼はポケットを探ると、息子の手をとって硬貨をのせた。出回りはじめたばかりの鳳凰銀貨だった。その真新しい百円玉を握りしめるとき、私はかすかにさびしい心持ちがした。一瞬、私の胸に、ひょっとして父は母の言うようなつまらない人間なのかもしれない、という疑いがよぎった。
「もうくるんじゃないぞ」
 父はそう念を押して、ふたたび同じ速度で階段を戻っていった。父子の再会を気がかりな眼で眺めていた男が、納得のいかない表情で土間までやってくると、父の背中を見送った。彼は痛ましそうに私の頭を撫ぜると、炬燵の部屋へ戻っていった。私はあきらめきれず、父の心変わりを願いながら、その姿が階段の奥に隠れるまで、ずっと視線を当てていた。
 父とすれちがいに、二階の手すりから、姿勢のいい太った女が身を乗り出した。彼女は私から眼差しを逸らさなかった。そうして、父をやりすごす格好で小走りに階段を降りてきた。
「キョウちゃんね!」
「はい」
「お父さんからお手紙でも」
「ううん」
「そう。ごめんなさいね、せっかくきてくれたのに」
「ぼく、なんともないよ」
「……出ましょう」
 私が父の音信によって呼び寄せられたのではないとわかると、女は少し安心したふうに手を引いて外へいざなった。私は女に手を引かれながら、地面に吸われるように落胆していた。未来を思って楽しかった子供の空想が、何もかもこの女の手のぬくもりといっしょに反故になったように感じた。
 下宿から少し離れた道に出ると、女は私の手を離し、先に立って歩いた。私は夜の道にはっきりと目を見開き、あこがれていた男に愛を与えられなかった絶望を噛みしめていた。
「これ、いらないや。かあちゃんに叱られるから」
 女は振り向き、心底困ったという表情をした。
「ほんとに、いけないお父さんだ。どうしたらいいかわからなかったのね。……でもおばちゃん、受け取るわけにはいかないわ」
 私の差し出した手を包みこんで、やわらかく押し戻した。不思議にも、父をおとしめる感情は湧いてこなかった。それどころか、いつの間にか、彼がつまらない男かもしれないと一瞬疑った心は消え失せ、そうして、彼の静かな立ち居を、ひっそりと暗がりに息づく美しい昆虫に重ねて思い返した。すると、急に、もう二度と父に会えないだろうというさびしさが、からだじゅうに沁みわたった。
「よくわかったわね、ここの家」
「かあちゃんに聞いた」
「……キョウちゃんのお母さんには、どうしても住所を知らせなくちゃいけないことになってたから。ここ何カ月か、いろいろとあってね……。てっきりお父さんが手紙を出したのかと思っちゃった」
「とうちゃんは、手紙なんかくれないよ」
「ごめんなさいね……。そうだ、キョウちゃんはご本が好きなんだって? お母さんが言ってたわ。すぐそこに本屋さんがあるから、買ってあげる」
「かあちゃん、よくくるの?」
「何度か、きたわ」
 父が自分につれなく当たったのは、母から約束ごとを申し渡されていたからではないかと閃いた。すると、とつぜん、その約束ごとを中心に結束している大人たちの思惑がうとましいものに思われてきた。
「本なんていいよ。ぼく、帰るから」
「それじゃ、おばちゃんの気がすまないわ。そのつもりで出てきたのよ。お願いだから本を買わせてちょうだい」
 女がまた背を向けて歩きはじめた。私は不機嫌な声で彼女の背中に言った。
「おばちゃんは、サトコっていうの?」
 彼女は背中のまま答えた。
「そうよ。ひどい女だって、教えられてるんでしょう」
「うん」
 豊かな尻がスカートの下で交互に揺れている。母の気丈なイメージがサトコのたっぷりとした肉づきに押しつぶされて、心もとなく消えていくようだった。彼らが陰で母と意を通じているなどということはどうでもよくなり、私はわけもなく母の味方をしたくなった。そこで、耳に記憶していたことを隠さずに、あてこするような調子で彼女の背中に言った。
「とうちゃんは、おばちゃんのお金が目当てだったんだって」
「そう、お金が。ふふ……」
 サトコは足どりをゆるめながら、清潔な笑顔を振り向けた。
「おばちゃんにお金があれば、お父さんも、もう少し元気になってくれるかもしれないわ。キョウちゃんには、元気なお父さんに会ってほしかったのにね」
 そう言って、私の先に立ち、川沿いの道を生きいきと歩いていく。サトコは全身で自分自身の思想を語っていた。しかもそれは、その場かぎりの成りゆきから取ってつけたようにひねり出したものではなくて、おそらく父との長く苦しい逃避行の中で培った切ない想いから滲み出てくるもののように思われた。私は、この下心のなさそうな太った女に心から親しみを感じた。
「とうちゃんは、そんな人じゃないよね」
「もちろんよ。それに、おばちゃん、貧乏だもの」
「よかった。ぼく、ぜったい、ちがうって思ってたんだ」
 大人びた受け答えにサトコは驚いたふうに足を止め、私の肩に両手を置いた。
「お父さんを怨まないでね。弱い人だから……」
「弱いって?」
「いい人なの」
 サトコは父をかばおうとしていた。
「ぼく、とうちゃんのこと、好きだよ」
「まあ―」
 サトコの目からみるみる涙が流れ落ちた。私の胸に、階段を平然と戻っていった父の背中が甦った。母に軽蔑されようと、息子に憎まれようと、そんなことは知ったことではなく、だれの思惑も気にしないで突き放したように戻っていった背中が、意外なほど父の人格を練り上げて見せた。それは強い生きかたにあこがれる私の目にはほとんど人間の理想像とまで思われた。
 サトコは涙を拭いながら、出店を黄色く照らしている本屋の前に立った。何種類もの新刊雑誌が私の目にきらびやかに映った。厚手の増刊号も混じっている。私はサトコの後ろに立ち、もの欲しそうな表情をしないように努めた。
「どれが欲しい? 何冊でもいいのよ。おばちゃん、奮発しちゃおう」
 玩具や小間物を雑然と置いてある店の奥から、眼鏡をかけたおやじが揉み手をしながら出てきた。私は『ぼくら』と『幼年ブック』を指さした。おやじはサトコの表情を覗いながら、それを丁寧に厚い紙袋に入れた。
 サトコは別れがたい様子で、私が最初に渡った橋のたもとまで送ってきた。
「ひとりで帰れるよ」
 彼女は私の頭を撫でた。
「残酷なことを言うようだけど、もうきちゃだめよ。キョウちゃんの名前は、もうすぐお母さんの苗字になってしまうんだから」
 そう言って、そっと私の手を握った。
「苗字はぼくが決めていいって、かあちゃんが言ってた」
 サトコはそれには何も応えなかった。
「気をつけてお帰りなさい。おばちゃんも、ここから帰る。遅くなると、大ちゃんに、お父さんに叱られるから」
 紙袋を胸に抱え直し、深くお辞儀をした。サトコは何度か小刻みにうなずいた。
「キョウちゃんのこといつまでも忘れないわ。きれいなお顔。お父さんもびっくりしたと思うわ。……さようなら」
「さよなら」
 私は彼女の後ろ姿が最初の辻を曲がって見えなくなるまで、サンダルの立てる音に耳を澄ましていた。
 橋を渡りはじめた足もとに寒さが回復してきた。いつか工場に母を迎えにいったとき、ボルトを洗いながら輝くように笑いかけた彼女の白い顔を思い出した。抱えている紙袋の重みが、母に対するひどい裏切りに思えてきた。私は橋の途中で立ち止まり、黒い川面を見下ろした。
 ―捨ててしまおうか。
 いくら後ろめたいとはいえ、買ってもらったばかりの雑誌を捨てるのは忍びなかった。おまけに、その袋には、父を愛する女の言葉と真剣な眼差しがしまいこまれていた。
 たしかに、ついさっきまで私の心の中には、父やサトコが教えようとする課題よりももっと単純で差し迫った課題があった。
 ―母の憎しみの種に、母よりも高い価値を与えること。
 しかし、その課題のための一日が運んできた結果と、いまとなっては苦しく戦うしかなかった。
 私は橋の欄干から紙袋を暗い川面に差し出した。そうして、サトコの大きなからだを思い出しながら、そっと手を放した。浅い水を打つ音が聞こえた。
 帰り道がもどかしかった。父を訪ねた証拠の一つは捨ててしまった。百円銀貨の始末が問題だった。なぜだろう、階段の暗がりの中で見た実際の父の顔は、ひきだしの写真と重ならなかった。あのときの父の面差しには特長がまったくなかった。しゃがれた声と、暗くうつむいた目だけが思い出された。
 ―そうだ、裕次郎の映画を観て帰ろう。残ったお金はメンコの抽斗に隠しておいて、貸本と支那そばにぜんぶ使ってしまおう。きょうからはとうちゃんのことを、秘密の思い出として記憶の宝箱に閉じこめてしまうのだ。もうかあちゃんではない人のことを考えながら、まじめ腐って悲しんだりする遊びは許されないのだ。
 保土谷日活の青みがかったネオンが見えてきた。私は走っていった。息を切らしながら看板を見上げると、裕次郎の顔はさっき見たときよりもずっと溌溂とした、天真爛漫な表情を浮かべていた。呼吸を整えて切符売場の前に立った。指でポケット探ると、空しい穴に突き当たった。鳳凰の銀貨はなくなっていた。
 それを掌に載せたときに、一瞬触れた父の手のぬくもりを思い出した。私は胸を締めつけられるような思いで、売場の前を離れた。
 灯りを落とした浅間下の商店街を歩いていった。三ツ沢の坂下から左へ折れると、砂利道の向こうに宮谷小学校の正門の常夜灯が点っていた。髪を上げた特徴のある輪郭が灯りをよぎって、こちらの道の暗がりに溶けこんでくる。シルエットが私に気づいて立ち止まり、何かを待つように動かなくなった。やがてゆっくり私のほうへ近づいてきた。
「どこへいってたの」
 問題の核心に触れようとする息づかいが顔に触れた。
「映画……」
「嘘言いなさい。映画ならこんなに早く帰ってくるはずないじゃないの。とうちゃんのとこだろ。手紙は置いてないし、こりゃ映画じゃない、てっきりあいつが連れ出すかなにかして―」
「ちがうよ」
「……自分から会いにいったのかい」
 私は小さくうなずいた。歩きはじめると、母が並びかけてきた。私は少し道の肩に寄った。息苦しい沈黙があって、砂利を踏む母の足音に悲しみがこもった。
「そう……。元気だったかい、とうちゃん」
「女の人しかいなかった」
 私は嘘をついた。母の足音がますますこまやかになった。
「かあちゃんより大きくてね、太ってて。……お金くれようとしたけど、いらないって言ったら、すぐ帰りなさいって。ぼくの苗字は、もうすぐ変わるからって」
 お腹がすいた、と言いかけて、私は口をつぐんだ。ひどくわざとらしいと思ったし、母が泣いているようだったからだ。
「ほんとによかった。連れてかれて、もう、これっきり戻ってこないんじゃないかと思ったよ。でも、親権はかあちゃんにあるんだし、そんなことになったら、ただじゃおかなかったけどね」
 私は、シンケンという言葉を口にするときの母の毅然とした顔を見上げて、わざと明るくうなずいた。
 常夜灯の前を通りかかるとき、母の影法師と私のそれが並んだ。さっきまで心の片隅に捉えていた母の小さなかたちが、水っぽい光に拡げられ、すっぽり私を包みこんだ。

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