六十四

 二人で下駄を履いて表に出た。星のない夜空が深い。青高の裏門から駒込川沿いに出て、ぽつりぽつり路灯の点っている土手道を歩いた。夜の川は泡を浮かべながら冷えびえと流れていた。丈高い草が流れのままになぎ倒され、揃って河口のほうへなびいている。岸の途中に石段があって水辺まで下りていける場所があった。下りていって草の斜面に腰を下ろした。水音のする川面を近くから眺めた。
「忙しくても詩はきちんと書いていたということだな」
「ときどきね。センチメンタルな駄作ばかりだ」
「またそれか。評論を読みすぎて、詩というものに失望したんじゃないのか? せっせと買いこんでたろ。騙されちまったな。教室でも、本を読んでる姿をあまり見かけなくなった……。それって、ただの間抜けじゃないか。体のいい詐欺セールスに遭ったようなもんだ」
「詩には失望していない。詩人という集団に失望した。詩人は生まれながらに〈ある〉んじゃなくて、学習の不気味な階段を登って〈なる〉ものだとわかって、未来の展望を失った。そんなあたりまえのことに気づいてガッカリした―アホだ」
 山口はよく私の本棚の詩集を借りていって、熟読し、その多くに冴えた評価を下してみせた。それは的確だった。世間の話をするとなると無理やりの毒舌を吐く彼も、芸術に対する感覚は鋭く、ほんとうのものや、すぐれたものに対する判断に狂いがなかった。詩は最高の表現形式だ、と彼は言った。そして、まだ読んだこともない私の詩に、彼なりに意味づけし、共鳴しようとした。
「すぐれた詩は、ひたすら芸術であって、学問じゃないぞ」
「学問は、詐欺セールスか」
「ああ、詐欺を働くのは学者だ。さもなければ学者詩人だ。芸術家は詐欺を働かない。詐欺集団からは常に落ちこぼれてる」
「くどいけど、詩に失望なんかしていない。詩を学究的に極めようとする学術を煩わしく感じるだけだ。ぼくは、学術的でない、つまり学究的に研究されることのない下手くそなものしか書けないけど、詩を書くことは生甲斐でさえあるんだ。ただぼくには、山口のような芸術に対する鑑識眼がないし、寸鉄の人にもなれない。野球以外は何をやっても一人前になれない。小さいころからとっくに落ちこぼれてたんだよ」
「おまえというやつは! いらいらするな。それでいいんだ! 俺は落ちこぼれじゃないと芸術家じゃないと言ってるんだ。才能以外の勲章はいらない。ほんものの芸術家は〈ただ〉の落ちこぼれでいい。本来的に人間として落ちこぼれてはいないんだが、それはわかりきってることだから措いておこう。どうのこうの言ってもおまえは、野球は一番だからな。〈ただ〉の落ちこぼれじゃない。いずれ野球の才能を極めて落ち着けば〈ただ〉の落ちこぼれになるだろう。だからいまはきちんと詩を書き貯めて、きちんと詐欺集団から落ちこぼれていればいいんだ。何も詐欺集団に属せないことに絶望する必要はない」
 山口の言いたいことはよくわかった。彼は友に人間的な箔を求めているのだった。
「でも、詐欺集団に属さなければ、作品の発表が……」
「その集団の中で発表できなければ、人生の落ちこぼれか? 科学的精神がたどり着いた最後の安息の信条だな。そういう自己放棄というのは、だれの胸にもストンと入りやすいもんだ。しかしな、そういう考えは、一般の人間の信頼する休息の思想というやつで、死が必然であるのと同じくらい頼りになる考え方なんだ。ほんものの詩人は、そんな安息の思想は偽りの御託だと断定しなくちゃいけない。そのうえで、数多い一般のためではなく、数少ない真の人間のために活動するんだ。じゃないと、真の少数を啓発しないまま、偽りの多数の通念に巻きこまれ、絶望して死ななくちゃいけないことになるぞ。……いいかげんに、おまえの詩を一つだけ読ませろ。俺の直観を確かめさせろよ」
「……人が読むのに値するものかどうか。いちばん新しいものなら暗誦できる」
「ああ、聴かせてくれ」
 山口は膝に両手を置き、構えるようにうなだれた。私は、数日前に書いたばかりの詩を暗誦した。

  もっといい子でいられたろうに!
  すなおに背骨をただし 野心もなく
  いまでは緘黙(かんもく)の腐った水だ
  その澱んだ水の上を
  さまざまな人びとの哀歌や情熱歌が
  楚々と運ばれていくばかりだ
  この景観を どの瞳に納めて
  ぼくは祈ろうというのか?

  あせを ひとよ
  そんなさびしい寝顔をやめて
  もう ぼくは唄わない
  ぼくは 見つめる人になるだろう
  埴生の庭のみどりはわらい
  青空をよるべと 花を落とした葉は揺れ
  この日 高とぶ鳥もはるけく
  空は澄みわたっている

   私はあなたを信じています
   心をもとめる心は
   愛ののぼりをかかげたのです
   私は あの夜のしとねから
   とりとめて たづきもなく
   ものうい記憶の迷路を脱けはじめました
   恋に牽かれたしこめが
   涸川(ワジ)に似た愛を唄うように

  いまぼくは さめた頬をして
  木々の戦ぎを青い眼で迎えられる
  再生したぼくは
  うすみどりの大気と蒼い埃から成り
  微風にもおぼつかないでいる
  ぼくも あなたの歌を信じている


 山口はごろりと草に仰向いた。涙で頬が光っていた。
「……しばらく泣かせてくれ」
 私も草に寝転んだ。山口の涙はヨードチンキように私の心に沁みた。世界が新しい彩りに燃え上がった。
 やがて山口はボソボソ言いはじめた。
「神無月、おまえはこれからも何も言わずに、ただ生きていればいい。おまえが生きていることが、そのまま、詩だ」
 山口は藍色の空をしばらく見つめてから、手のひらで頬を拭って立ち上がった。
「あなたの歌を信じるか……すばらしい。女神に贈る願いの詩だな。いこう。おまえは人のいないところにいる。もう、詩を見せろなんて言わない。見せたいときに見せればいい」
「ありがとう」
「礼は自分に言え。馬鹿やろう……」
 小さな声で言った。
「意味もなく悩むのは、おまえの宿命みたいだな。病気かもしれないな。おまえを悩ましたり苦しめたりする考えは、ときどき強くなったり、弱くなったりするんだろうが、おまえから離れることはないんだ。せっかく宿命としていただいたものに、雑ぜ物を入れないほうがいい。読書やそれから引き起こされる思索はたしかに励みになるとは思うけど、読めば読むほど、考えれば考えるほど、ますます自分の追求している目的から遠ざかる」
「どういうこと?」
「他人の経験や思索の跡をたどる努力をするより、自分のそれをたどる努力をしたほうがいいってことだよ。〈自分〉から遠ざからないためにな。自分で〈ある〉ことが人生の目的だろう? ……ショーペンハウエルをすばらしいと言ってたな。そいつはプラトンとかカントとかスピノザの仲間で、非唯物論な哲学者だから、たしかに読み応えはあるだろう。しかし、おまえの現実の苦悩の救いにはならなかったはずだ。やつらのあいまいな言葉の定義で理解する何ごとかよりも、実際の人生のほうが人工的な理性以上に重要だし、温かみがあるし、複雑だからだよ」
「たしかにそうだね。でも、愛を感じたな」
「それは、やつらの自分に対する愛だよ。哲学者が他人を愛して、自己を滅ぼしたって話は聞いたことがない。学者の書く本は学者肌の人間の宝石で、芸術家にとっては一文の値打ちもない」
 二人、とっぷり暮れた土手道を引き返した。遠く八甲田の連峰が希望の峰のように白く浮き上がって見えた。
「……クラスの連中の名前は覚えたか?」
「何人かはね」
「女は?」
「うん、やっぱり何人か。木谷、鈴木、梅津……。藤田が福島って女に振られたことは古山から聞いたけど、円卓で見たはずなのに顔は覚えられない。なぜか木谷の顔は隅々までしっかり記憶できる。男は気に入った女の顔しか記憶できないんじゃないのかな。男のメカニズム」
「それもまた極端な話だ。たった九人しかいないのに……」
「山口は、人を憎いと思ったことはない?」
「ない……な。煩わしいと思ったことはあるが」
「じゃ、人のことを思って、幸せを感じたことは」
「幸せ、か。よくわからんな。幸せなんて、網で引っぱった水みたいなもんで、引っぱれば一瞬ふくれあがるけど、たぐり寄せてみると何もない―。カタラーエフがピエールにそう言ったんだった。幸せなんて幻だとね。トルストイの戦争と平和だ」
「何に書いてあったか知らないけど、そんな比喩で人間の感情はくくれないよ。幸せというのはまちがいなくある。それは、だれにもじゃまをされずに思いを遂げることさ。引っぱり上げて、何もなくてもいいんだ」
 私は宙に向かって〈北村和子〉と唇だけで唱えた。その実体のない名前は、幸福という名で何百回も予感され、たぶん声に出しても何十回もつぶやいたものだったけれども、呼びかける歓びをからだに感じたのは初めてだった。目が潤んできた。山口は立ち止まって私の顔を覗きこんだ。
「女神はおまえの幸福という〈悪〉の元凶だな。おまえは幸福を身に合わない贅沢品と思ってる男だからな。ある意味、重荷だろう」
「そうかもしれない。ぼくは幸福に慣れてない。いつも分不相応なものを感じてる。でもぼくは、それをありがたくいただいて幸福になるつもりだし、彼女に向けて感謝を捧げるつもりだ」
「……わかったわかった。しかし、そんなに一途にならずに、もっと気持ちをクールダウンしたほうがいい。神経がくたびれちまうぞ」
 そんなことがあってからは、山口がそばにいると、どうしてこんなにと思うほど、明るい気分になってくるのだった。そのせいで、私は何も考えずにランニングや素振りにも勉強にも励むことができるようになったし、読書や詩作の精力も回復させていった。山口は寺田康男とまったく同じように急速に私に近づいてきて、私の心に棲みついたのだった。
         † 
 二十七日月曜日。雪のち晴。気温マイナス二・五度。九時からの講習に出る。教室をたがえてさまざまな科目が四コマ組まれている。一時間授業。四コマ組み合わせて取っても二時には終わることになっている。山口も私も二時終了だ。
 私は九時から山口といっしょに数T、一コマ空いて、十一時二十分から英文法、四十分の昼休みを挟んで、一時から古典文法。二時過ぎに山口といっしょに帰って、学生服のまますぐ復習。三科目でだいたい一時間半。
 ジャージに着替え、雪の裏庭に出て裸足でバットを振っていると、山口が誘いにきたので足を洗って食堂へいった。おやつのキツネうどん。これが意外にうまくて毎日の楽しみになっている。
「このごろパンツ一丁はやめたのか」
「ユニフォームの抵抗を忘れないようにね」
 五、六人集まっていた。みんないつものように私と視線を合わせないようにしている。ものを言えばおかしなことを言うし、シーズンオフの野球バカに話しかける話題などないと考えればあたりまえのことだ。
「相変わらずうまい!」
 山口が褒めると、ユリさんは身をくねらせるようにして喜んだ。お替りをするよう強要された。二人でお替りをした。ほかの連中は、寡黙を通していた。
 山口の部屋でコーヒーを飲む。
「おまえは、一般のやつらには居心地の悪い男なんだな。気の毒だ。気にするんじゃないぞ。畏怖は悪意じゃないからな」
「こういうのがスターなら、けっこう暮らしやすいな。プロでもやっていけそうだ」
「いや、プロとなったらこうはいかない。匿名のやつらが安心して群がってくる」


         六十五

 少女の訪(おとな)いの声に山口といっしょに出た。ミヨちゃんだった。
「どうしたの、ミヨちゃん! とつぜんだね」
 ミヨちゃんは深々と頭を下げた。ウールの格子縞のシャツの上に白いセーターと紺色のオーバーを着こみ、灰色のスラックスを穿いていた。清楚な身なりだ。雪まみれの赤い長靴も愛らしい。カールした髪を垂らした白い顔が妖しく輝いている。山口もしばらくぽかんとしていた。大きな紙袋を差し出し、
「母からです。南部煎餅と干柿。お二人でどうぞ。津軽漬は管理人さんにあげてくださいとのことでした」
「ありがとう」
 山口が、
「きょうは同席していいかな?」
「もちろん。ぜひそうしてください」
 山口は満足そうに笑い、
「じゃ、俺、コーヒーいれていくから」
「うん。まず津軽漬を管理人さん届けてから部屋に戻るよ」
 ミヨちゃんといっしょに食堂の勝手口から管理人夫婦の離れへいく。玄関で丁寧な挨拶を交わす。ユリさんは、先回会っていなかったミヨちゃんの顔をじっと見つめながら、丁寧に頭を下げて津軽漬を受け取った。
「母ともども、お世話をおかけしています」
 ミヨちゃんの言葉にユリさんはやさしい笑い方をし、ちらりと横目で私を見た。亭主は出てこなかった。
 部屋に入ると、きょうのミヨちゃんは私の生活環境に対する観察気分が横溢していているようで、まず机の周囲を見回し、りんご箱の本立てを見つめ、折り畳んだ万年布団を見つめ、それからガラス窓の向こうの八甲田山を眺めた。
「クルミの机、大きなスタンド、山の眺め……郷さんにぴったり」
 スラックスの尻が大きく、どうしても小学六年生に見えない。
「暖房がないんで、少し冷えると思うけど、適当に坐って」
「はい」
 横坐りになった。山口が小さな盆に載せてコーヒーを運んできた。
「うまいですよ。飲んでください」
 いつもと変わらない濃厚な味だった。ミヨちゃんは、おいしい、と素直に声に出した。山口はうれしそうにうなずき、
「神無月は無愛想な男でしょ。これで喜んでるんですよ。ギターでもお聴かせしましょうか?」
「わあ、うれしいです。ぜひ聴かせてください」
「じゃ持ってくるか」
 山口が去ったとたんに、ミヨちゃんは私に抱きついてキスをした。舌で舌を探る。すぐに離れ、
「赤井さんは、神無月さんを学校の廊下で何回か見たけど、声をかけられない雰囲気だったって言ってました。何か考えこんでるみたいだったって」
「そう見える顔のようだね。カラッポなのに」
「入るぞォ」
 山口が戸を開けた。手にギターを提げている。ミヨちゃんがにっこり笑った。
「山口、グルックの精霊の踊り、頼む」
「オッケー」
 山口の指が動きだすと、たちまち世界が自然界のものとはちがった静謐に満たされ、人間の静かな魂以外のものが存在しなくなった。ミヨちゃんの目が潤みはじめる。たぶん彼女が初めて経験する音の世界だ。
「悲しい……」
「芸術家ってすごいね。山口とグルックが同化してるんだよ」
 山口はにこにこしながら、
「気にしないほうがいいよ。芸術家はグルックのほうだけだからね」
 ミヨちゃんの頬からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
 山口はその涙にうなずきながらねんごろに弾き終え、干柿を一つ舐め齧ると、
「よし、青高を見せてやろうや」
「うん、そうしよう」
 長靴を履いた。
 正門を入って、三人で校舎の玄関まで長い雪道を歩く。ミヨちゃんは立ち止まって、校舎をしばらく眺めた。
「真っ白!」
「そこまで感動されると、中の汚い教室は見せられないな」
「見せてください。私、この高校にぜったいきますから」
 ミヨちゃんは振り返って八甲田の山並に目を細めた。
「受かるよ、そんな力まなくても。筒井中にいくの?」
「浪打中です」
「ああ、花園は合浦の学区だもんね」
 三人長靴を脱いで靴下になり、曲がりくねった廊下を歩く。足裏が冷たい。ミヨちゃんは、開け放した教室の戸口からめずらしそうに内部を覗きこんでいく。用務員に遇うと、驚いて頭を下げた。
「見学?」
 私は、
「はい、三年後の受験生です」
 三階の五組の教室を見せる。
「この教室で勉強してるんですね。神無月さんの席はどこですか」
 私が指差すと、ミヨちゃんは机に近寄り、板つらを指先でなぞり、掌でさすった。それから黒板を眺めた。
「ありがとうございました。きょうはこれで帰ります」
「もう?」
「はい、神無月さんのお顔をじゅうぶん見ましたから」
 駒込川の岸を送っていった。ミヨちゃんは道の途中で、ここでいいですと断った。
「一家の人によろしく。連絡しなくてすみませんと伝えてください」
「気にしないでください。神無月さんにすばらしいお友達がいて安心しました。機会があったらいっしょに遊びにきてください。みんな喜ぶと思います。また中学生になったら遊びにきます」
「そんな先?」
「はい。でも、その前に一度くらいは……」
 ミヨちゃんは真っ赤になってうつむいた。
「じゃ、よいお年を」
 ミヨちゃんは一度だけ振り返って手を振った。
「徹底的に惚れてるな。おまえの机をさすってるとき、マリアのように微笑んでたぜ」
「応えつづけなくちゃいけないね」
「だろうな。つらくないか」
「彼女が幸福ならね」
         †
 十二月二十八日火曜日。雪の晴れ間、快晴。冬期講習の二日目に、冬休み前に行なわれた実力試験の結果が廊下に貼り出された。英・国ともに全校の首席だった。数学は五十傑にも載らなかったが、総合成績は梅田滋に次いで二位。東奥日報模試の憂さは晴れなかったけれども、一年生同士の試験なら集中力と勘は鈍っていないと感じた。だれよりもこの結果を喜んだのは山口だった。彼の成績も期末試験や東奥日報模試よりも上昇し、地理はナンバーワン、国語は九位、数学も二十七位に顔を出した。
 その夜一時を回って、予想どおりユリさんが忍んできた。ほぼ二十日ぶりなので、予想はしていた。私は机から離れるとすぐ全裸になって、蒲団に横たわった。ユリさんはネグリジェを着ていた。どこか後ろめたかったのだろう、彼女は微笑みもせず、スタンドの明かりを消して部屋を暗闇にすると、すぐに私のものに口をつけた。含み、丁寧に唇と口蓋を使う。勃起すると、ごそごそ動き、背中を向けて跨る。私の両足首を持って、尻を上下させる。
「う、気持ちいい、ああ、いい気持ち」
 カズちゃんほど反応は早くなく、その分、私も摩擦にじゅうぶん時間をかけられた。やがておもむろに膣が狭まりはじめ、
「……ああ気持ちいい、とろけそう」
 下から突き上げてやる。
「あ、だめ、イッ―」
 足首をしっかりつかんで、あわただしく腰を上下させる。極端に狭まってきた空間を私のものが往復する。
「あ、だめだめ、イッ―」
 私は突きつづける。
「だめよう、あ、あああ、出して、出して、早く出して、つらい! あ、ク!」
 機械的に吐き出し、機械的に律動する。
「気持ちいー、クククウ!」
 足首を握り締めながら前屈みになり、しっかりと局部を結び合わせたまま、何度も丸い尻を突き出して痙攣する。私はその切なそうな尻を目の奥に記憶した。さびしい戦慄がきた。このさびしさを請け負って、女とさびしく共生し、さびしく孤独に死んでいく―。  
 ティシュを当ててやり、私の傍らに横たわらせた。
「ああ気持ちよかった。神無月さんは?」
「ぼくも」
「神無月さんの大切な恋人も、私と同じ?」
「同じだよ」
「嫉妬で訊いたんじゃないんです。なんだか不思議。神無月さんを見てるとやさしい気持ちになるの。自分には何もつらいことがないんじゃないかって、私の考えすぎなんじゃないかって……。いままで、こんな伸びのびした気持ちになったことはなかったわ」
「やさしくなったんだね。女がやさしくなれば、男はとても生きやすくなる」
「男がやさしくなれば、女も生きやすくなるわ」
「男はもともとやさしい生きものだよ。女の機嫌に左右される骨のない生きものだ。人に翻弄される以上のやさしさなど、考えられない。世の中、男と女って言うけど、実質、女しかいない気がする。たしかに男はいるにはいるけれども、彼らが望むのは女に愛されることだけ。名誉も権力も、ただ女に愛されるために求めたがる。学問や芸術に寝食を忘れるような変人は例外だ。何百万人に一人の突然変異。でも、彼らは女にやさしくないと思う。もともと頭に女がいないからね。ぼくのような平凡な男は、根っからやさしい生きものだよ。女の顔色に翻弄されて生きてる。愛されるチャンスは少ない。だから、女に愛され、やさしくされれば、この世はずっと生きやすくなる。女がぼくのような平凡な男を愛してくれるようになれば、馬鹿なやつは名誉も権力も求める必要がなくなる」
 ユリさんは頬で笑い、
「……本気で言ってないでしょ。神無月さんこそ、突然変異っていうものじゃない? 女に愛されることなんか求めてないし、求めなくても女から愛される。名誉も権力も求めてないみたい。そんなもの求めてたら、こんな危ない思いをして私みたいなオバチャンを抱くはずがないわ。私がしゃべりまくったら、退学になるかもしれないんだもの。……それに、自分で思ってるほど神無月さんはやさしくないわ。何かに寝食を忘れてるようには感じないけど、いつも上の空だもの。私を抱くのだって、やさしさからじゃなく、ぼんやりと、行きがかりを面倒くさがってるだけでしょ」
 自分の平凡さを人に納得させることは難しい。本人にしかわからないし、わからせる努力も空しい。私は、権力はほしくないが、野球に関する名誉はずっと求めてきた。母という〈女〉にも翻弄されてきたし、いまも翻弄されている。たぶん、私に関わってくる人びとを拒否しないという意味では、やさしい人間なのだろう。何よりも、ユリさんの言うのとはちがって、上の空でいたことはない。関心のないものにあまり神経を尖らせないだけのことだ。私は頭の先から足の先までふつうの人間だ。そういう平凡性を愛される幸運にめぐり合ったという意味でだけ、異例なのだ。突然変異種だからではない。
「やさしさからでも、行きがかりでもなく、ごくふつうの好色からだ。ユリさんはぼくの好色の餌食になったね」
「……神無月さん、あなた、つくづく変人ね。そこまで自分が平凡だってことを主張して何かいいことがあるの? そうじゃないって言ってほしいの? ごめんなさい、そんな意地の汚いことを考えてないことは、ふだんの人柄を見ればよくわかります。もう、自分を低く見せて、人を安心させるのはやめてください。あなたは飛び切りの変人で、突然変異です。やさしくないことはほんとよ。ほんとにやさしい人は、恋人だけを抱いてあげるものです。でも、そのおかげで、私はこうしていい思いをしてるんだけど、いつでもあきらめられるわ。愛する人にそんな思いをさせちゃだめ。……ちゃんと私の顔を見てくれる? あなたは私を夢の中にいさせてくれる。……結婚が恐ろしいのは、人生が現実になるからです。計画や、夢や、希望じゃなくて、現実になるの。人は夢でしか真剣になれない。現実では、人を裏切ったり、裏切られたり、いいかげん。……あなたは夢を与える人よ。だれもあなたと結婚したいなんて思わないわ。夢が見れなくなっちゃうもの」
 とつぜん結婚のことを言いだした。自分の人生をよほど後悔しているのだと思った。
「ああ、好きなんです、いいかげんな気持ちじゃないの、それだけは信じて」
 ユリさんは遠慮がちにキスをした。雪明りが窓から射している。


         六十六

 山口と十二月の講習最終日に出る。講習に出ながらも相変わらず講堂のランニングと裸足の素振りをつづけている。
 おやつのうどんを食い、山口の部屋でコーヒー。
「神無月、いいか?」
「なに」
「おまえの幼いころから島流しまでの話を聞かせてくれないか」
「いいよ。長くなるけど」
「長くてけっこう。俺の話はいずれする。大学へいってからでも遅くない。ドラマのない人生だったから、大して話すこともないんだよ」
「わかった。ぼくも、戦争体験や原爆体験のような大したドラマなんかないけど、かいつまんで話してみるよ」
 晩めしまでのあいだ、思いつくまま、時間を戻ったり進んだりしながら、野辺地の祖父母のもとで暮らしたころから、ふたたび野辺地に送られるまでの話をした。カズちゃんのほかの人間に身の上を長々と語ったのは初めてのことだった。山口は驚きもせず、合いの手も入れずに、じっくり聞いた。コーヒーを三度もいれた。
「おまえの思春期をなぞらせてもらった。思ったとおり、常人の歩かない道を歩いてきたんだな。おまえの人生が起伏に富んでてホッとしたよ。それにしても、その滝澤節子という看護婦は大魚を逃がしたものだ。もう取り返しがつかないし、彼女も取り返そうと思わないだろう。悪夢を見たと思ってるにちがいないからな。……俺の勘だが、康男さんにはもう会えないだろう。康男さんの役回りは、おまえを励まし導くことじゃない。暴力組織の手足になることだ。神無月郷は彼の胸底にしまいこんだ永遠の宝物だ。組織の中で個人に立ち返るたびに、彼はいつもおまえをなつかしく思い出すだろう。―おまえがこれからただ一つなすべきことは、和子さんをまるごと全力で愛することだ。彼女がおまえを裏切ることはない」
 それが山口の結論だった。うれしかった。
 晩めしのあと、神無月郷が部屋に戻ってから、山口勲は彼のことをいろいろと考えた。
 自分の本性や天賦をぼんやり認識し、それを宿命として感得する彼の受容力については自分なりに納得できた。問題は他に対する彼の特殊な受容力だ。おそらく積極的な受容の形をとる〈あきらめ〉だろう。いま聞いた身の上から明らかなように、彼の人生はあきらめる歴史の繰り返しだった。あきらめながらここまで破天荒に振舞ってきた。彼の否定する知性においても、むろん感性においても、豊かで力強いものがあり、いずれにしても大きな愛の力を備えた人間のあらゆる特徴が備わっている。それとあきらめはどう結びつくのだろう。気質、体質と言うしかないのか。
 この種の愛の男の幸福は、燃え上がり、身を投げ出してしまうことにある。それなのになぜ、この細やかで豊かな感覚と驚異的な行動力の持ち主が、野球というたった一つのスポーツに自己を解放することさえ他に気遣い、残りの時間をじっと机にこもって生きようとしているのだろう。
 たしかに、なぜそうしているかのわかりやすい理由は聞いた。しかし山口勲はこの点について、深く頭を悩ました。母親がこの男のいまの遠慮した生き方に大いに関わっていることは、話の内容から察せられる。しかし、母親ごときに、これほどの男が生来の情熱を抑えこまれてしまうなどということがあり得るのだろうか。いったいどんな魔法を使って彼女は息子から奔放な行動を奪ったのか。いったい神無月の母親とはどんな女なのか。山口にはどうしてもその人となりをはっきり思い浮かべることができなかった。
 目を刳り抜かれて垣根に吊るされていた猫の様子を沈痛な面持ちで語ったり、楽しそうにプロ野球選手のバッティングフォームの真似などしながらその長所を説明したり、スカウトが初めてやってきたときの社員たちの驚嘆を得意げに話したりするときには、そういったことがらの実像がはっきり焦点を結んで、目に鮮やかに見えてくるものがある。もの心つく以前に行方をくらまし、ある種の伝説でしか知らない父親に会いにいった顛末はとりわけ鮮やかだった。わけても、父親を母親の問わず語りという遠近法から想像の焦点を結んで、本能的に恋い慕っていたという話は興味深かった。それが母親の人物像となるとまったく何も浮かんでこない。それは影のように実体のない、しかも神無月の語ったところでは〈くだらない〉女だった。
 すぐれた読心家である山口は、しだいに、友の心に、その一部分を削り取られて血が滴っているような深い傷口があるらしいことを、それを治癒させるために、過去のある部分を忘れることにしなければいけないような、そういう類の傷があることを感じ取った。親と縁を切るにはどうすればいいかと訊ねられて、自分が答えた〈対処法〉ではどうにもならないような、深く化膿した傷口を想像しようとした。
 その傷がたぶん、友の生活を引いたものにしているのだろう。彼にその傷をこしらえた凶器は、おそらく母親の迫害が誘因となった不本意な転変にちがいない。あまりの不運に自己信頼が崩壊したのだ。しかしこの天才にとって、人生の風の吹き回しなど問題にならないように見える。それは彼の際立った美点だ。ただ、不如意な転変に微笑する性癖が根づいたままだと、その美点はいずれ彼を絞殺する強力なロープになるだろう。ロープをかけられる前に彼は歯ぎしりし、燃え立たなくてはならない。もし憤怒が、神無月の人生に力強い愛情に満ちた支配的な姿で君臨しはじめたら、彼はもうあんなふうな哀切な色調で希望の詩など書かずに、もっと生きいきと、全幅の人間信頼を謳い上げるようになるだろう。
 神無月は、俺たちと同じ人間ではない。彼のような資質の人間、つまり愛に生きる人間は、あらゆる点で俺たちのような人間よりもすぐれている。彼は豊かに力強く奔放に生きる人間だ。人を愛し、人から愛されることに耐性のある人間だ。俺たちのような、社会的目標とやらを持って生きるしかないヤカラは、たとえ他人を支配できるような立場になっても、彼のように豊かで力強い人生に恵まれることはない。愛のない干からびた人生行路が約束されているだけだ。愛に満ちあふれる人生、果汁のような人生、社会的な目標など必要のない人生―それは神無月のような人間のものだ。
 もし、世間常識を持たない神無月のような者が、世間人の言葉ではなく、みずからの言葉でものをしゃべり、そのことがすべて彼の行動を阻害しないとしたら、つまりそのことのせいで、心ある人びとに感銘を与え、愛されるとしたら、神無月の環境はなんと理想的なものになるだろう。しかし世間一般の人間はそいつを天才だとは思うだろうが、許せないにちがいない。神無月のように常識を持たない者でも世間を渡ることができるとなったら、それはつまり、世間智など存在しないということになるからだ。往古現在に至るまで一般の人間の行動は、個人の天分とは無関係に、多くの人びとの集約された知恵に基づいてなされてきた。一般を逸脱した才人が、たまたま世渡りも円滑にできるとなったら、到底許せるものではない。
 世間常識に重きを置かない人間にとっては、自分の天分がどんな言動をするか、どんな信念を持っているかは大きな問題ではない。自分自身を楽しく客観的に見物することすらできるだろう。しかし、世間常識を信仰し、その絶対性を願う人たちにとって、それを蹂躙する非常識人の存在は物見の種ではなく、脅威だ。心は抹殺の方向へ動く。かいつまんで神無月の来し方を聞いただけでも、彼は暴力的と言えるほど非常識な人間だ。
 常識人は、自分たちの信念からはみ出る異端児を憎み、排除しようとする。特に、排除の行為が権威的な賛同者の後ろ盾を得られる場合は、弾圧という形にすらなる。だからこそ、彼の存在は多くに知られてはならない。彼のように静かに、地道に生きることは、もちろん無意識だろうが、そういうことを直観しているからにちがいない。しかし、天賦を持つ者がそれをまったく秘密にしてふつうの人生を送るのは、非常に困難なことだ。母親と共存するためには、天才でなかったという虚構を示して安堵させるか、彼女の信念に賛同するかしかない。許せない。
 山口勲は腹の底から深い息を吐いた。
         †
 机に向かって勉強しながら、私は、遠く八甲田連峰に立ち昇るかすかな霧が銀色に輝くのを見つめた。その瞬間、いまやっている勉強の礎であるすべての〈知識や知恵〉につくづくイヤ気が差した。文法や、定理や、発見や、発明や、計算を好んでいないことに気づいた。
 ふと、中学一年のときのメンタル・テストを思い出した。あれはほんとうのことだったのにちがいない。びっくりしてうろたえ、自分にも他人にも、いろいろもっともらしい言いわけをして、ほんとうのことではないと思いこもうとはしたけれども、まぎれもない事実だったのだ。真剣にペーパーをめくる清水明子のポニーテール? 保健婦の嘘? そんなものは幻だ。この数年が愚かだったのではなく、おそらく、私のこれまでの全人生はこの悪いアタマに蹂躙されて方向を決められてきたのだし、これからも方向づけられていくにちがいない。
 ―馬鹿のくせに気取るなよ。
 私はドキッとしてあたりへ眼を走らせた。いま囁いたのは自分ではなく、だれかが自分の首根っこを押さえて言い聞かせたように思ったからだ。私はたまらない恥ずかしさに襲われたが、そのくせ、その身の縮む感覚がまた、一種奇妙な、えも言われぬ快感を私に与えた。いのちの記録を開いた。

 あるがままに、愚かな心の命じるままに生きる。経験だけに終始する愚鈍さしか持ち合わせないとするなら、いさぎよく鑑賞者となる天命に従え。
 カズちゃん、寺田康男、クマさん、荒田さん、小山田さん、吉冨さん、山田三樹夫、そして山口……。あなたたちは何者だ? こんな馬鹿者があなたたちにこれほど愛されるとは、なんという僥倖だろう!

         †
 昭和四十一年一月一日土曜日。雪。朝方氷点下六度。私と山口以外の寮生は帰郷している。年賀状はヒデさんからのみ。私はだれにも書いていない。無理やり米粒にした細字。

 明けましておめでとうございます。四月から中学二年生になります。青高受験まであと二年と四カ月。担任の先生にも父母にも、早々と青高を受けると告げました。神無月さんと同じ高校で学ぶ決意を失わないためです。ドシドシ勉強しています。どうぞ神無月さんもおからだに気をつけて、野球と勉強に励んでください。サバランの味、忘れられません。元旦 ヒデ 郷さま

 朝から山口と二人でカズちゃんの家に出かけていった。深い雪の中を長靴でいく。玄関に入ったとたん、綿雪に変わりそうな雹(ひょう)が降りはじめ、半時ばかり屋根を鳴らした。山口が、
「一月に入ると、晴れる日なんて四、五日で、あとはひたすら雪ですよ」
「雪、大好き。静かで、落ち着くわ。何より、雪はきれい。お正月を雪の中で迎えるなんて、シアワセ」
 山口はキッチンテーブルに肘を突いて、コーヒーをうまそうにすすった。雑煮を温めている鍋からいいにおいがただよってくる。
「イソベもちを五個、それが俺のリクエストです」
「もっともっと食べてもらうわよ。居間にオセチの用意がしてあるから、テレビでも観ながら適当につまんでて」
 重箱が三つ広げてあった。テレビを点けると、巨人の王が婚約するという芸能ニュースをやっていた。長い顔の女と、人のよさそうな王の顔に盛んにフラッシュの光が当たっていた。
「顔はセックスに影響しないのかな」
「それは大問題だと思うが、俺は暗闇でばかりしてるからな」
 山口はキントンを重箱から箸でつまみ上げ、一口に放りこむ。
「ぼくは顔が気に入らないと、勃たない」
 昆布巻をつまむ。イセエビを切り身にして入れているのが心遣いだ。
「あそこは似たようなものだから、風呂敷をかぶせるという手もあるが、現実的ではないな」
「射精する瞬間は似たようなものかもしれないけど、そこまでの過程は一人ひとりぜんぜんちがう。カズちゃんは満点。勃たなければその感触を経験できない。風呂敷をかぶせるような女にはまず勃たないから、経験自体が不可能だ。野辺地中学校の同級生に、西舘セツという、顔もからだもゴリラ女がいるんだが、あいつを将来妊娠させるやつは英雄だ」
「名前からしておっかなそうだな」
 冷えた瓶ビールとコップ三つを持ってきて、 
「正月の朝っぱらからなに不謹慎なこと言ってるの。少し、ビールでも飲んでみる?」
「いただきます!」
 たがいにつぎ合い、コップを打ち合わせる。
「あけましておめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
 大皿に盛られたイソベがドンと出、雑煮も出た。山口はイソベにかぶりつき、私は熱々の雑煮餅を噛んだ。うまくて箸が止まらなくなった。
「和子さん、うまいです。醤油の具合がぴったりだ」
「雑煮も飛びきりうまい。名人だ」
 カズちゃんは伊達巻を頬張り、それからゆっくりと雑煮をすすった。
「ほんとだ、おいしい! 上手な味つけだったわ」
 山口はビールを少し入れただけでポッと上気し、口が軽くなる。
「和子さん、神無月が東大へいかなければならない理由はよくわかってます。じつのところ俺は、東大は好きじゃありません。まず、業績を上げもせずに長年の名声に甘えたそのありように真剣味を感じない。それから、勉強だけの秀才ばかり集めて、百分率に頼って偉人を出そうとするありようにも真剣さが感じられない。当然、昨今なかなか学問的な業績も上げられず、なかなか偉人も出せない。しかし、俺も神無月といっしょに東大を受験することにしました。あだやおろそかな決意じゃありません」
「予想どおりね。きっとそうなるだろうって思ってたのよ」
「山口はぜったい受かる。前からそう思ってたんだ」
「そうか、おまえのお墨付きもらえるならだいじょうぶだろう。東京に実家があるんで、受験も気楽にできるんだよ」
「そうなの。じゃ、東京は詳しいのね」
「はい、けっこう詳しいです。オヤジが出向を終えて東京に戻るときに、俺だけ面倒くさがってついていかなかっただけですから、家族は俺を大歓迎しますよ。と言うより、神無月と一蓮托生でいきたいんです。この気持ちは変わらない。手っ取り早く言えば、惚れたんですよ。神無月、俺はついこないだまでは、おまえが東大へいったら東京の傍系の大学にでもいって、おまえのそばで四年間ぶらぶらしながら、好きなギターを極めたいと思ってた。イタリアのギターコンクールを目標にな。しかし、東大もいっしょのほうがいまと同じように、ぴったり離れずに暮らせるし、ギターにも精が出せると気づいた」


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