五章 千年小学校





         一

 十月十九日。初めての登校の日、母がよそゆきの紺のスカートを穿いてついてきた。私は新しい学校の帽子をかぶった。鶴が翼を広げた形の徽章がついていた。屋根の平らな帽子は頭をぴたりと包みこみ、鍔(つば)はちょうど目のすぐ上の高さにおさまった。からだがピンと伸びた。
 飯場から五分ばかりで千年小学校の裏門に着いた。道を隔てた反対側に、あのこぢんまりとした公園があり、周囲に住宅がちまちまと固まっていた。得体の知れない背高のスレート張りの工場も探索の日のままだった。
 門を入ると、背の高いバックネットが右手にあり、広い校庭の隅々にまで真っ白い粉が敷きつめてあった。探索の日とは様子がちがっていた。
 予想どおり、ライトの三階建ての木造校舎からLの字に一塁側へ折れ曲がっている校舎の一階が職員室だった。木造校舎全体の裾を花壇が縁どっていた。ジャングルジムも、土俵も、砂場も、鉄棒、雲梯まで一式そろっている。青木小学校のような揺り椅子はなかった。職員室の窓からライトの木造校舎まで目測すると、バックネットからおよそ九十メートル、三階の屋根を越えていけば百メートルは優にある。レフトの鉄筋校舎までは七十メートル、右の長距離打者ならガラスを割ってしまいそうだ。
 担任の先生は下椋(しもむく)といった。少し出っ歯の、白くて四角い顔をしていた。彼女はさっそく、なぜ母子で姓がちがうのかと尋いた。母はわけを言った。下椋先生は、校庭を熱心に見つめている私に、
「伊勢湾台風でここも冠水したから、伝染病防止の薬がまかれているんです。ひと月に一度、今年いっぱいまくらしいわ。この台風で五千人も亡くなったのよ」
 と言った。
 よろしくお願いしますと頭を下げて母が帰ると、私は下椋先生の背中に導かれて、ライトの木造校舎の二階へつづく広い階段を昇った。廊下にも教室にも生徒があふれていた。青木小学校の倍はいるかもしれない。
 教室に入り、教壇の隅に立って転校の挨拶をした。青木小学校よりも冷えびえとした空気にたじろいだ。机は一人掛けの五列で、一列に十一人座っていた。
「じゃ、あの空いている席にお座りなさい」
 右から二列目の六番目の席についた。教壇に立つ下椋先生の四角い顔と、目の前に居並ぶ仲間たちの静かな後頭部を念入りに眺めた。青木小学校では一度もしたことのないことだった。おそらく私はこの日から、顔を上げて明るく生きはじめたのだ。
 一時限目は国語だった。すぐに漢字の書き取り試験が始まり、私はお茶の子で解いた。青木小学校でも国語はただ一つの得意科目だった。下椋先生は答案を前送りで集め、みんなに教科書を黙読しているように命じると、そのまま教卓で採点して返した。私一人だけ満点だったと先生は発表した。野球以外のことで頭を撫でられてもちっともうれしくなく、かえって窮屈な気がした。才能が関わっていないことは、努力という偶然の力でどうにでもなるからだ。
 給食というものを初めて食べた。アルマイトの四角い盆の上に、銀紙で包んだマーガリンを添えた食パン一切れ、アルミの椀に盛ったナポリタンや肉ジャガの惣菜二種類、牛乳が一本載っている。白い帽子をかぶり、口にはマスクをし、全身をエプロンふうの白衣で包んだ給食係が、ステンレスの大きな缶を二人で持ち合って机と机のあいだを進む。一人ひとりに柄杓で盛りつけて回り、最後に教壇の担任の器に盛りつける。学級委員長が「いただきます」の発声をし、唱和し、一斉に食事が始まる。違和感があった。横浜では昼めしというものを食べたことはなかった。昼食代として母からもらうお金は、貸本や映画に使っていた。その習慣にすっかり染まっていたので、食欲が湧かなかった。食わなければ罰則があるようなので、無理やり食った。ひどくまずかった。
 昼食時の校内放送というのも初めて聴いた。ドラマチックなクラッシック音楽で始まり、
「きょうも楽しいお昼ごはんの時間がやってまいりました。どうぞ、お昼ごはんをお楽しみください」
 へたくそな重ね文句を言ったあと、小さい音でクラッシックをかけつづけた。みんな昼めしを早々とすますと、校庭へ出ていった。私は窓から見下ろした。敷きつめた消毒粉の中で、ドッヂボールやゴム跳びをやっていた。ソフトボールをやっている連中はいなかった。見飽きて机に戻った。おとなしそうな女の子が二人残っておしゃべりをしていた。私は話しかけた。
「さっきのお昼ごはんのとき、最初にかかった音楽知らない?」
「知らんわ」
 一人がそっけなく答えた。
「チャイコフスキーだがね。題名は、交響曲一番やなかったかな」
 もう一人が答えながら親しげに近寄ってきた。背の高い不細工な女だった。
「どうして?」
「なんだか、いい感じだったから」
「下校のときは、ショパンをかけるんよ。別れの曲。あんた、ええ男やね。めちゃくちゃ勉強もできるし、モテるでしょ」
「モテるって、どういうことだい」
「女の子に好かれるってことだがね」
「じゃ、モテない。好きになったことはあるよ。好かれたこともあるけど、責任をとってもらったことはない。好きになられるだけで、責任をとってもらえないなら、モテたことにならない」
「何言ってるかわからん。責任て?」
「心がずっとそばにいることさ。好きになったけいこちゃんは死んでしまったし、福田雅子ちゃんはいつのまにかいなくなっちゃったし、好かれた京子ちゃんはいろいろ裏切ったし、内田由紀子もお別れのとき知らんぷりしてた」
「……あんた、変人やね」
 チャイムが鳴るまで、校庭からにぎやかな声がいつまでも立ち昇っていた。
 午後から算数の試験があった。私はしばらく思案してから、手つかずのまま問題用紙を教壇に持っていった。分数という言葉を知らなかった。
「これ、習ってません」
 下椋先生の広い顔が一瞬張りつめ、それからすぐに気を取り直したふうに微笑んだ。
「それじゃ、国語の教科書を読んでらっしゃい」
 私は自分の席に戻り、教科書を開き姿勢を正した。下椋先生はしばらく大きな顎を上向けて教室じゅうを眺めわたしていたが、思い切ったふうに言った。
「みなさん、ごらんなさい。神無月くんの姿勢のいいこと。いいですか。知らないことを知らないと言うのは、とても勇気のいることです。神無月くんはいま、その立派なお手本を見せてくれました」
 後ろのほうから、鋭い舌打ちにつづいて、アア、という咳払いが聞こえた。私は耳を澄ました。振り返ると、いちばん後ろの席に座っている少年が、するどい目つきで睨み返してきた。両脚を机の下に投げ出していた。
 ようやく一日が終わり、私は帽子をかぶった。がまんしていた小便をしたくて便所に寄った。勢いよく小便がほとばしり出た瞬間、人影がからみつくように追ってきて私の脇に立った。
「くされチンボ野郎」
 私のチンボをじっと見ている。私は彼に向けた視線を目の前に戻した。小窓から、埃をかぶった常緑樹の葉が見える。ちょろちょろと終いに近い小便の音が響く。チンボを振って水を切った。少年は去ろうとしない。
「なんや、さっきの眼(ガン)は」
 私はまともに声の主を見た。すらりとしたからだの上に、武者人形のようなめりはりのはっきりした顔が載っている。一重まぶたなのに大きな目だった。なんて美しい顔だろうと思った。
「ガン、て?」
 少年は不機嫌そうにゆっくりと瞬きした。私は目を伏せて立ち去ろうとした。武術めかした手刀が帽子の鍔を弾き飛ばすのと同時だった。帽子はくるくると回転しながら小便だまりへ落ちた。フェルト地がたちまち汚水を吸って光りだした。
「この帽子、買ったばかりだぞ!」
「ほんなら拾わんかい。小便が沁みてまうが」
 屈みこんで手を差し出そうとすると、少年は帽子に真っ白い唾を吐きかけた。怒りがたちまち脳髄を貫き、腕と脚に痙攣するような力がみなぎった。
「このやろう!」
 私は怒声をあげると、少年の首に腕を巻きつけ、そのまま校庭へズルズル引きずっていった。待ち構えていたらしい手下どもが異変に気づき、何やら声を上げながらわらわらと寄ってくる。五人、十人。またたくまに円陣が張りめぐらされた。私は彼らに向かって叫んだ。
「こいつの首をへし折るぞ!」
 円陣の外の生徒たちは、残酷な結末を期待するようにしんと静まり返っている。輪が狭まってきた。私はさらに強く少年の頭を締め上げて彼らを威嚇した。とたんに背中を板で打たれ、思わず片手をそちらへ振り上げた瞬間、少年が腕輪をしごいて跳びしさった。
「おまえら、動(いご)いたらあかんぞ。手出すな!」
 少年の甲高い声が立ち昇った。彼はいやな構図で立っていた。子分たちを背中に従え、顎を反り上げた格好で見下ろすようにしている。サーちゃんの構図だった。しかし私はあのときの私とちがっていた。
「かかってこんかい!」
 私にはかかっていく気がなかった。手下を後ろへ控えさせたというところで勝負はもうついている。浅間下でも最初からこうすればよかったのだ。しかし私には、嘘をついたという引け目があったし、母をかばう気持ちもあった。
 私がじっとしていると、少年は唇を微笑にゆがめながら近づいてきて、いきなり私のみぞおちを蹴り上げた。ズック靴の先がめりこんだ。私は驚いて、からだをくの字に折った。不思議に痛みは感じなかった。残酷で、目新しい方法だった。私はその方法を脳裡にしっかり刻みこんだ。少年は自分の攻撃の効果を確かめるように、不敵な笑いを浮かべて見つめている。私もにやにやと笑い返した。
「格好つけんと、かかってこんかい、クソたわけが!」
 私はとっさに少年の学生服の両袖をつかみ、思い切り反動をつけて引いた。成田くんがときどきやる手だった。少年の両脚が浮き上がり、鞭のようにしなって膝から地面に落ちた。一瞬、何が起きたのか私にもわからなかった。
「テテテ……」
 少年は四つん這いになったまま、しばらく立ち上がる気配を見せなかった。人だかりがざわめいている。
「馬鹿力が……。おまえなあ、だれと喧嘩しとるかわかっとるんか」
 両手を地面につけたまま言う。私はあらためて人だかりを眺めた。賞賛の表情を浮かべている生徒は一人もいなかった。みんな何かを恐れている顔つきだった。
「わかっとらんやろなあ。気に入ったわ」
 少年が立ち上がると、手下たちが私に向かって押し寄せてきた。
「散らんかい! おまえらも、散れ、散れ!」
 少年は周囲の生徒たちもまとめて追い払った。そのとき彼が眼をすがめて私の肩越しに焦点を合わせたので、振り返ると、職員室の窓から教師たちの鈴なりの顔がこちらを不安げに眺めているのだった。中に下椋先生の四角い顔も混じっていた。
「気にすな。あいつらはなんも言えん」
 少年は笑いにまぎらせながら、やさしい眼差しを私の顔全体に注いだ。私は生まれて初めての自分の立ち回りに感激して、胸がいっぱいになった。自分がほんとうにそんなことをしたとは信じられなかった。
「帽子とってこいや」
 と少年が言った。
「うん」
 帽子はまだ小便だまりの中にあった。
 水飲み場で私が帽子を洗い終えるまで、少年はそばに立って待っていた。とまどい顔をした子分たちが校門の陰にちらちら見えた。私は最後まで油断なく構えた気分で歩いた。
「気張らんでええて。あいつらはおまえに勝てんわ」
 少年は彼らといっしょに飯場までついてきた。
「ここがおまえん家(ち)か。ぼっこいな」
 平べったいバラックを眺めながら、少年は笑いながら言った。子分たちも彼に合わせて親しげに笑った。


         二

 少年の名は寺田康男といった。みんなから番長と呼ばれていた。私は少年の名を康男と呼び捨てにし、少年は神無月と私の姓を呼んだ。
 寺田康男は、その後ただの一度も、私の勝利にケチをつけなかった。登下校の道で遇えばかならず肩を抱き、くどいくらい私の馬鹿力を褒め、機会さえあれば回復できたはずの屈辱を忍んだ。やがて私を見る彼の目つきに何か信頼できる身内を眺めるようなところが出てきて、
「神無月は俺の弟分やで」
 と、手下のだれかれに言うようになった。教室や廊下では、あたりを睨(ね)め回しながら番長らしく幅を利かせているけれども、私に向かって何かをしゃべるときは、口調に少しも剣呑なところがなく、番長という肩書きが嘘のように思われた。
 そうして、私たち二人は、俗な言い方をすれば、つるんで歩くようになった。ただ、康男のほうが、影に日向に私にぴったり寄り添っている格好だった。彼は二人だけで歩いているところへ手下どもが近づくと、
「ぼってくんな!」
 と大声で遠ざけた。仲間や教師たちは、初めはひたすら驚くばかりだったが、やがて二人の交友を訝しがりながらも、微笑ましい顔つきで見るようになった。こんなふうにして私は、この上ない強力な庇護者を手に入れたのだった。
 寺田康男は、鋭い刃物のような雰囲気を持っていた。彼が実際に暴力をふるっている現場は目撃したことがなかったけれども、その実力のほどは校内に知れわたっていて、仲間のだれもが一歩引いた恐怖の眼で彼を見つめていた。しかも彼の兄は、名古屋で最大の暴力団組織の幹部であることも有名な事実だった。つまり、彼の威光は相変わらず、千年小学校の連中をあまねく照らしているのだった。
 私は、もう一度寺田康男と喧嘩したらまちがいなく勝てないと、とっくに肌で察していた。康男はただ驚いたのだ。そのへんのことは仲間たちにもよくわかっていて、私におもねてくるような連中は一人もいなかった。彼らの心の中で、私のことをあくまでも康男の添え物扱いにしていたけれども、いざ私が廊下や校庭を通りかかると、いつも反射的に道を開けた。
「康男は家来がたくさんいて、いいね」
「あいつら、がっつきだでいかんわ。おごる金も馬鹿にならんで」
 彼は子分どもと校内や道で遇うと、向こうから挨拶するのを待ってから、いかにも勢力家らしく帽子の端をちょっと上げて挨拶を返した。やがて、帽子に手を触れることさえしなくなった。すっかり悪童どもと縁切りをしてしまおうというわけだった。しかし、まったく気質のちがう二人が結びついて、ひそかに心が通じ合っているというのは、彼の威信にひれ伏してきた子分たちにとって、どう考えてみても納得のいかないことだった。その一方で、親分から見捨てられたために、かえって奴隷生活の呪縛から解き放たれたみたいにホッとした表情になって、ふつうの生徒に戻っていく連中もいた。
 あるとき私は、康男が鼻にシワを寄せてすがめるみたいに目を細めたり、するどい表情に不釣合いなやさしさを唇に含ませながら遠くを見たりするのが、彼に似合わない当世ふうのやり方に感じられ、ひょっとしたら裕次郎を真似ているのかもしれないと思って訊いてみた。
「ねえ、康男は、石原裕次郎が好きなの?」
「タフガイは好かん。マイトガイだがや」
 康男は歯切れよく答えた。小林旭のことを言っているのだった。
「ぼくは、裕次郎のほうが好きだな」
「裕次郎は女っぽくていかんわ。神無月は裕次郎に似とるな」
「まさか、似てないよ。でも、大好きなんだ。横浜では、よく一人で裕次郎の映画を観にいった。主題歌もほとんど歌えるよ」
「俺も、アキラの歌はたいてい知っとるで。歌ったろか?」
「うん」
 彼は大声を張り上げて歌いはじめた。
「命もかけりゃ、意地も張る、男と男の約束だ、いくぜ兄弟、カンシャク玉だア、ダイナマイトが、よー、オ、オ、オ、ダイナマイトが百五十トン、カックン、ショックだ、ダムの月」
「なんだかへんな歌だね。由利徹も、カックンとやったっかな、チョイサッと、て言うよ」
 クマさんのまねをして両手の指を組み合わせ、からだを揺すって見せた。康男は思わず笑みを洩らしながら、
「そんなふざけたものとちゃう。二連銃の鉄いう映画の主題歌や」
 たまたま同じにおいをかぎ当てたせいか、康男は私だけには心を開いた。うわべは冷めた口を利くことがあっても、心の中では私に熱中していることがその態度からよくわかった。
 彼は気分よさそうにいろいろと話題を持ちかけた。それはおもに母親のことや(彼には私と同じように父親がいなかった)、やくざな兄と付き合いのある荒っぽい男たちのことだった。
「兄ちゃんの仲間内に比べたら、みんなガキに見えていかんわ」
「ぼくも?」
「おお。ただおまえはガキやけど、おもしれえガキや」
 あれ以来康男は、学校の連中と口を利く調子が投げやりな感じで、感情を溶け合わせようとする気配がなかった。彼が私だけを一段生ぬるく扱うのはたぶん、ほかの生徒より二人とも周囲と馴染まない性質で、どちらかといえば貧しくて、似たような家庭の事情を抱えていることが原因だったかもしれない。
「康男もおもしろいよ」
 私は、恐ろしげな寺田康男が気安いツレであるおかげで、毎日の学校生活にハクをつけることができたのはうれしかったけれど、それ以上に、幼いころから少しずつ心の中に蓄えてきた感情や、考え方や、自分だけの体験を、心おきなく吐露できる友だちを得たことのほうがいっそううれしかった。
「康男のような番長は、前の学校にはいなかった。ちょっとブルジョアな学校だったから」
「ブルジョア?」
「金持ちの学校」
「おまえ、金持ちなんか」
「貧乏だけど―かあちゃんに無理やりいかされた。でも、そこに康男みたいに強い子が一人いてね。でも、番長じゃなかった」
 康男は私の言葉を非難と受け取ったらしく、
「俺みたいな極悪人がおらんと、学校はまとまれせんのよ。喧嘩の弱い悪人がのさばって、むちゃくちゃになるんや」
「その子はさぶちゃんというんだけど、いつも助けてくれた。学校にも家の近所にも、そんな子は一人もいなかった」
「何人もおってたまるかい。一つところに、一人ぐらいおればええんや。一人もおらんと周りが腐る。ヤクザというのは、そういうもんやで。知っとるか、こういうのを必要悪いうんや」
「必要悪?」
「悪いやつだが、必要なやつってことよ」
「でも、康男は悪人じゃないよ。ヤクザというのはよくわからないけど……」
「俺なんかダチにしたら、おまえ、やばいかもな」
「ヤクザだって何だって、関係ないよ。友だちだもの。ぼく、横浜では、こんなふうに話ができる友だちがいなかったんだ。かよってた学校がブルジョアだったし、母ちゃんがああいう人だから、だれともうまくいかなかった」
 康男は私に強い視線を当ててきた。
「神無月、おまえにダチができんかったのは、学校やおふくろさんのせいでないで。おまえが、キンムクだからや。だれだって、おまえとタイメン張るのは気ィ張るでェ。ダチがおらんのあたりまえや」
 言葉の意味がよくわからなかった。でも、何か晴ればれと愉快な気がした。私はその気分のまま、調子に乗って言った。
「よくいじめられたなあ。ドブの水をかけられたり、ベルトで叩かれたり、バットで背中を殴られたこともある。ぼくの態度がエラそうだって。……いつか浅間(せんげん)祭りのとき、町をねり歩く山車(だし)の行列がとても楽しそうだったから、みんなに混じって綱を牽いたんだ。ワッショイ、チロリン、て。そしたら道ばたで大家の息子が見てて、馬鹿にするみたいに笑ってた」
「忘れろ。おまえに、怨みつらみは似合わんで」
 こんなふうにして、夜の道で、二人のあいだにいくつもの話題が交わされた。それは思いがけず幼い孤独の核心に触れ、未来にまで新しい光を投げかけた。
 寺田康男の日々の言動を目にしているうちに、私は、彼のからだから滲み出てくる男くささや、腹の据わったものの言い方にますます魅了され、抑え切れないほど惹かれるようになった。その場かぎりでない親密な思いが生まれ、彼の気持ちや性質が理解でき、またそれに同感するようになった。そして彼の顔を見たり、話を聞いたりするだけで、これまで経験したことのないような幸福感を覚えるのだった。


         三

 別棟の酒井人夫頭の長女はリサといい、目の大きい、下ぶくれの、どこかおっとりとして野暮くさい子だった。それでも、うつむいたり笑ったりする具合で、かわいらしく見えることもあった。リサちゃんと私はクラスちがいの同学年で、登校の集合場所の公園や学校の廊下でしょっちゅう顔を合わせる。
 リサちゃんは一年じゅうズボンを穿いている。昼休みのドッヂボールやゴム跳びのときも、一人だけズボンなので、かなり目立つ。飯場の近所の評判だと、頭のいい子だという話だけど、ふだんから何を考えるともなくぼんやりした表情をしていて、ぜんぜんそんな感じはしない。たまに廊下で偶然目が合ったりすると、向こうから近づいてきて、まじめなふうにいろいろ話しかける。
「もう、名古屋には慣れた?」
「うん」
「横浜より、勉強むずかしい?」
「むずかしくない。前の学校では、世界の首都の名前や、聞いたこともない天皇陛下の名前まで暗記させられた。それよりはむずかしくないんだけど、勉強なんかする気しないから、結局成績は悪い」
 感心したように目を輝かせる。そんなとき、かわいらしいなと思う。
 リサちゃんと同じように一年じゅうニッカボッカを穿いた酒井頭領は、飯場の血気盛んな土工たちからオヤジと呼ばれ、チョビ髭を生やした茶色い顔にいつもサングラスをかけている。だから、リサちゃんと目鼻立ちが似ているのかどうかわからない。葉巻を吹かしながら、一服吸うたびに喉をゲッと鳴らして、ゲロを吐くような咳をする。ときどきサングラスを外す顔に、愛嬌のある大きな目が窪んでいる。リサちゃんとそっくりだった。きっと酒井頭領は、いかつい顔に似合わないこの目を隠すためにサングラスをしているのだろう。
 酒井さんの配下の男たちのほとんどは、どこかに身寄りはあるにしても、家庭らしいものは構えずに、一年じゅう労務者用のバラックを生活場所にしている。夜になると、飯場の食堂か商店街の居酒屋あたりで、腰を据えて飲んでいる。表通りまで彼らの声が聞こえてくる。ときどき事務棟の食堂にやってきて、社員たちの酒盛りに合流することもある。
 小山田さんがいつか彼らのことをおもしろそうに話していた。
「たまに金があると、駅裏の太閤通りにいくんだ。でなけりゃ土古(どんこ)の競馬場なんかに出かけて、大穴を取りまくったようなことをほざく。そのわりには、いつもスッカラカンだ」
 酒井頭領についてもこんなふうに言った。
「演歌好きでな、飲みにいくと、しょっちゅうピアノの弾き語りを困らせる。演歌がピアノに合うわけないだろ」
 するとクマさんが、
「そうクサしたものでもないぜ。下手の横好きというわけじゃないんだから。俺はあの声、好きだな」
「クマはオヤジにいつもかわいがられてるからな」
「もともと俺は、あっちの棟にいたから気安いんだよ。いい人だ、頭領は」
「まあな、八方あけっぱなしのいい野郎なんだけど、酒癖が悪いんで、これまで二人の女房に逃げられちまったって話じゃないか。いまので三人目だ。大須あたりの飲み屋で引っかけたらしい。これが若くて垢抜けした美人で、うらやましいくらいだけど、娘二人もいることだし、教育上どうなんだろうな」
「いい教育だ。総合教育ってやつだな、うん」
 それでだいたいリサちゃんの家の様子はわかった。
「神無月くんのお母さんの口癖、知っとるよ」
「何」
「女手ひとつ」
「ああ、すぐ言うんだ。恥ずかしくなっちゃう。でも、リサちゃん、いつ、かあちゃんと話をしたの?」
「お母さん、ときどき、こっちの棟の賄いを手伝いにくることがあるから」
「酒井棟は、すごい人数だもんね」
 日曜日、リサちゃんに誘われて、季節労務者用のバラックとは別建ての、庭に夾竹桃が植わっている酒井さんの家へ遊びにいった。別建てといっても、ベニヤとトタンで組み立ててあることに変わりはなく、ただ壁や畳の設えと、トタンの葺き具合が労務者棟よりは少し念が入っているというだけのことだ。その家は、隅々まで掃除がいき届き、三和土(たたき)の土間にも、台所の板の間にも風が通ってさわやかな感じだった。
  
 玄関つづきの絨毯を敷いた居間に通され、焦げ茶色の光沢のある四角いテーブルにリサちゃんと向き合って座った。窓ぎわにテレビが、壁沿いにはステレオがでんと鎮座していた。
「かっこいいステレオだね」
「歌は好き?」
「うん」
「じゃ、見せてあげる」
 リサちゃんは手造りの白木の立派なレコード棚から、美空ひばりや、島倉千代子や、三波春夫、三橋美智也、春日八郎などのジャケットを引っ張り出してきて、私の前に拡げた。知らない双子姉妹の顔がある。和服を着て三味線を持っている。
「これは?」
「こまどり姉妹。いま、すごい人気なんよ」
「ザ・ピーナッツみたいな声?」
「演歌やから、きれいな和音は出さんの。でも、双子が演歌を歌うのって珍しいんやて」
「ふうん。聴かせてくれる」
「妹が怒るから、勝手にかけられへん」
 あらためて居間を見回すと、ステレオやテレビのほかにも、ベニヤの壁を背に、きちんと整頓された食器棚や、大小のケースに入った日本人形がピカピカ輝いている。でも私の目には、紫のビロード布で顔を隠したテレビも、レースを垂らしたステレオも、どれもこれも退屈そうなただの置物に見えた。
「いいよ。もともと演歌は聴かないから」
「何を聴くの」
「外国のポップス。ニール・セダカとかティミ・ユーローとかコニー・フランシスとか。コニー・フランシスは〈泣き節〉っていうんだよ。どんなににぎやかな曲を歌っても、声が泣いてるみたいなんだ」


「へえ、よう知っとるね」
 リサちゃんは目を丸くして、うっとりと微笑した。
「クマさんが言ってたんだ。クマさんは何でも知ってる」
「ああ、あの鼻が曲がった人やね」
「けんかして、曲がっちゃったんだ」
 大柄な女の人が、剥き身の林檎を皿に盛って出てきた。リサちゃんは迷惑そうに眉をしかめた。私の母よりもずっと若い。きっとこの人が小山田さんの言った三人目の奥さんだろう。
「いらっしゃい。あんた、佐藤さんの息子さんね。勉強できるんやてね。お母さん自慢しとったよ。リサにも教えてほしいわ」
 この土地でも、母はポチポチ嘘をつきはじめた。父兄面談で、転校生を気遣う下椋先生にオーバーに持ち上げられたのだろう。早いうちに否定しておかなくてはならない。
「ぼく、勉強は得意じゃありません。国語だけです」
「謙遜しなくてええわ」
「ほんとです。野球は得意だけど」
「毎晩バット振っとるよね」
 リサちゃんが言った。
「ほうなの? 愛知県は野球が盛んなんよ。がんばってね。リサ、あたしちょっと賄いの手伝いにいってくるから」
 リサちゃんはなぜか知らんぷりをきめた。そうして、母親がいなくなると、鴨居の納戸からアルバムを出してきた。丹念に集められた彼女だけの一代記。赤ん坊時代や幼稚園時代、どのページの写真にも彼女一人がいて、そしてどの写真の下にも、子供のつたない字で何か書きこみがしてある。母親や父親の姿はなかった。きっと、もともとあったものを取り払ったのだろう。気乗りのしない私の様子を窺っていたリサちゃんは、テレビの幕をめくってスイッチを入れた。
 
 ママとパパ あなたとわたし きみとぼく
 みんな つんつんツノダのТ(テー)U(ユー)号

 飯場のテレビからいつも流れてくるコマーシャルだ。高くて手が出ないという噂のテーユー号には乗ったことがない。アタリマエダのクラッカーも、黒ンボ印のオリエンタルカレーも、どんな味がするのか知らない。コマーシャルの品物というのは、ただ発明した人の手柄を讃えるだけで、実際には手に入らないものなのではないだろうか。いや、そんなはずはない。それではコマーシャルの意味がない。ひょっとしたら、母がときどき作るカレーはオリエンタルカレーなのかもしれない。


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