十

 新学期前の最後の家庭訪問で、下椋先生は私の勉強に不満な点があると言った。ふだんの授業の理解度からして、こんな成績のはずがないと言うのだ。母は三学期の通知表に目を落としながら、しばらく考えこむようにした。国語と体育が5で、あとはすべて3と4だった。母は、勉強しないせいではないでしょうか、とあたりまえのことを言って鬢(びん)を掻いた。
「八時には寝てしまいますしね」
 たしかに私は勉強をしなかった。授業に出、野球部の練習をし、事務所の前でバットを振る以外、いっさい学校の勉強に関わることをしなかった。名古屋に転校してからは、宿題すら一度もやっていったことがなかった。野球がすべてだった。
 しかし私は頭の悪い子供だとは思われていなかった。それどころか、教師が模範だと思っているほかの子供たちよりは、ずっと利口だと買いかぶられていた。教師たちの見るところでは、私は教えられたことを反復して覚えようという気がないのだった。実際、私は教科書に書いてあることを教室以外で覚えようとはしなかった。あまりにも教科書は味気なかったし、野球や飯場生活や康男との友情に対して心が希求するもののほうが、教師が私に求めるものよりはるかに興味深く、切実だったからだ。
 味気ない勉強を強いる学校とその希求がぶつかり合うのが煩わしくて、私は学校のほうを軽んじた。それだけのことだった。興味は持てなかったけれども、無機的な勉強が嫌いなわけではなかった。それはそれで、秩序正しく教室で励むかぎりでは、非現実的な鍛錬に頭が切り替えられて、心に清新な風が吹くことが多かった。だから、退屈な勉強を克服してそのすがすがしい風に吹かれながら手に入れる優秀な成績という勲章に対しては、私なりに感嘆の気持ちを持っていた。だから、勉強のよくできる数少ない仲間たちのことを好ましく思いこそすれ、軽蔑することはなかった。
 教師は、私にものを覚える意欲がないとこぼしたけれども、それどころか、私の心はひそかに知識への渇望であふれていた。私はクマさんや荒田さんや小山田さんや吉冨さんから日々の興味を満足させる知識を得て、味気ない教科書からは得なかった。彼らの語る言葉はよく心に留め、記憶した。私はまだ十歳で、ほんの子供だった。けれども私は自分自身の嗜好を知っていた。自分の嗜好は私にとって貴いものだった。私はそれをちょうどまぶたが目を護るように護っていた。そして、子供であれ、大人であれ、興味という鍵なしにはだれも自分の心の錠を開けるのを許さなかった。
         †
 五年生になった。あごの大きな下椋先生と別れ、クラスメイトもほとんど顔ぶれが変わった。うれしいことに、寺田康男と別れずにすんだ。クラスは二年単位でつづくので、五年生、六年生と、彼といっしょにすごすことができる。おまけに康男の席は、私のすぐ斜め後ろだった。
 学級担任は桑(くわ)子(こ)敏道といい、三十二、三のヒゲの濃い男で、背が低く、脂肪のついた福々しいからだつきをしていた。体格とは対照的に、ときどき片頬をゆがめて笑う顔つきに癇癪持ちの雰囲気があった。だれかが宿題を忘れたり、注意に従わなかったりすると、彼はその生徒を手招きして教壇の前に呼び寄せ、やっぱり冷めた微笑を浮かべながら、教鞭にしている竹竿の握りのほうを頭のてっぺんにコツンと落とした。これがかなり痛かった。私はこの仕置きをつづけてされているうちに、仕方なく宿題をやっていく習慣がついてしまった。
 そんな桑子も、康男のことだけは関心の外にうっちゃり、ふつうの生徒の義務から解放してやっていた。つまり彼は、授業中、康男には決してあてなかったし、宿題を忘れても罰を与えなかった。たぶん桑子にしてみれば、寺田康男という少年には、なぜか子供でいて子供でないような威厳があり、万一質問をして、
「つまらんことを訊くな」
 と突っぱねられたり、仕置きをして反抗されたりなどしたら収拾がつかなくなると考えたうえで、とぼけた態度を通すことに決めたのだろう。しかし、寺田康男は、ただその存在自体が校内に睨みを利かせる役回りを務めているだけのことで、だれに迷惑をかけるというのでもなかった。実際の話、彼は授業には興味を示さなかったし、叱られるような不手際な行動もいっさいしなかった。
 桑子はヘビースモーカーで、体育の時間になると、授業をうっちゃって職員室で煙草を吸っていた。いつか校庭でマットの前転をやっていたとき、康男が仲間たちに向かって、
「桑子のいいあだ名を思いついたで。―桑キンタン」
 と抑揚のない声で言うと、みんなドッと笑って、そのあだ名を口々にはやし立てた。いつの間に忍んできたのか、脂ぎった丸い顔が康男の肩越しに突き出した。例の薄笑いに気づいたとたん、みんな大あわてでマット運動に戻った。
「おまえがつけたのか」
 桑子はその場に居残った康男に訊いた。
「おお」
「どういう意味だ」
「キンタマ袋に似とる」
「しわしわで、垂れとるのか」
「感じだがや」
 桑子は康男の自若とした顔から目を逸らし、ニヤニヤ笑った。
         †
 桑子が植木算の説明をしていたとき、
「わかったな」
 という教室全体への問いかけに、
「ワカリマセーン」
 からかうような声が聞こえた。桑子はたちまち烈火のごとく燃え上がり、目を剥いて怒鳴った。
「出てこい、木下!」
 妙につんつるてんの、季節はずれの厚い学生服を着た木下という生徒は、いつもなめた態度で桑子に接するのだ。校庭で仲間といっしょにいるときはそうでもないが、授業の椅子についたとたん、うらぶれた辛気くさい空気をからだ全体にただよわせる。桑子は康男と同様、一度も彼を叱ったことがなかった。木下の根拠のない強気が、どこか憐れな感じがするからだろう。それはクラスの連中も同じ気持ちだった。何か木下の家庭生活にくさくさする事情があるのにちがいないと思い、康男でさえ彼を指導したことはなかった。
 木下は桑子のいつもの寛容をあてこみ、わざとらしく胸を張って、樟脳のにおいを振りまきながら教壇の前に進み出た。そのとたん、桑子は力いっぱい、木下の頬に二回、三回と往復ビンタを喰らわした。
「ヒーッ!」
 笛を吹くような声が木下の喉から洩れた。だれも同情しなかった。横目で見つめ合うこともしない。康男が後ろの席から、
「ああいう弱っちいのをお仕置するのは、根性いるで。木下はな、去年火事で焼け出されて、掘立て小屋みたいなとこに住んどる。ふつう、手ェ出せんで。腹が据わっとる」
 気の毒な木下にとうとう手を出してしまった桑子を見て、感心したよう言った。私は驚いた。
「だから、いままで強く文句も言えなかったんだね」
「桑子も考えたんやなあ。同情しすぎもあかんちゅうわけやろ。桑子、俺んちに家庭訪問にきたときよ、母ちゃんと話しながら、なんでか知らん、泣いとった。ええやつやで、桑キンタンは」
 その桑子が贔屓にしている女の子がいる。高橋弓子という名前で、下椋先生のようにえらが張り、唇が薄かった。動きがごつごつして、からだ全体から男っぽさのようなものがにじみ出ていた。ヘップバーンというあだ名だった。
 朝礼の行進のとき、高橋弓子は肩を男みたいに上下に揺すって歩いた。それでも、からだといっしょに揺れる小さい白い手は、女らしく華奢だった。だから、給食係の白衣姿はぴったり板についていた。桑子は授業中も、休み時間も、彼女にだけは甘い声で、
「きれいで頭がいいというのは、天が二物を与えたということだぞ」
 ふだんほかの生徒には言わない調子のいいことを口にし、ことあるごとに、
「弓子ォ、弓子ォ」
 と猫撫で声で呼んでいた。きれい、という桑子の鑑識眼は狂っていると思った。美人というなら、クラスに校内一と言われている杉山啓子がいる。彼女は人形のようにきれいな顔をしている。それなのに桑子の目には留まらない。私と同様、日本人離れした高い鼻が嫌いなのかもしれない。
 不思議なことに、杉山啓子は教室の男連中にも人気がない。授業中に、ときどきゲゲッというへんな咳をするせいだ。痰が絡んでいるふうでもないし、風邪を引いているわけでもないのに、なぜだか三十分に一回くらい切羽つまった声でゲゲッとやるのだ。一度彼女がゲゲッとやったとき、私は振り向いて、色の白い、ひよわそうな顔を見つめたことがあった。杉山啓子は顔を赤くして、きまり悪げにうつむいた。彼女は平畑商店街の杉山薬局の娘だ。何度か店先を覗きこんだことがあったけれど、キリギリスみたいな細い顔に眼鏡をかけた白衣の男が、薬局のカウンターの中から通りを見ていた。外人顔だった。杉山啓子はそのお父さんによく似て目鼻立ちがはっきりしている。彼女が美人だとは思うけれども、その顔を見るたびに白けた気分になるのは、どこか面ざしが私の母に似ているからだ。
 高橋弓子のきれいさは私には納得できないし、心持ちのほうはもっと疑わしい。給食のあとや放課後など、桑子はなれなれしく高橋弓子に近づいて、
「適当に育ってきたな。いい女になるぞ」
 胸のあたりを見つめながら、スケベったらしい感想を言いかけたり、後ろから巻きつくような格好で抱きしめたりする。桑子の感想とちがって、彼女の胸は痩せて平べったい。でもそれは、角張った風貌とよく釣り合っている。高橋弓子はいやがりもせず、笑いながらくねくねとその毛むくじゃらの腕から抜け出す。いつもの骨ばった印象とはちがい、彼女のからだの中にみだらですべすべした女が息づいているように感じて、なんだか気持ち悪い。


         十一

 そんなある日、不思議なことに、とつぜん高橋弓子がきれいに見えはじめた。彼女が私の食器に惣菜を盛りつけようとしたとき、走り回っていた男子生徒が彼女の背中にぶつかった。高橋弓子は股の付け根を机の角に強く打ちつけた。
「イタッ!」
 高橋弓子は顔をしかめ、しゃもじを持ったまま盛りつけの動きを止めた。それからすぐに気をとり直し、ふと私の視線に気づいて、妖しい微笑をした。表情も仕草もひどくきれいに見え、たちまちふだんの桑子の執心がわかったような気がした。
 彼女はステンレス缶を提げて後ろの机へ移動していき、やがて中身の少なくなったころに教卓へ戻った。桑子にサービスの盛りつけをする。
「桑キンタンも、あんなヘップバーンのどこがええんかなあ」
 康男はそう言うと、真ん中をくりぬいた食パンを手裏剣のように窓の外へ投げ飛ばした。桑子はそれを見て見ぬ振りをした。
 高橋弓子は桑子が監督しているソフトボール部のサードをしていた。今年から私はレギュラーでレフトを守っているせいで、彼女たちの練習風景を間近に見ることができる。
「いくわよォ!」
「ハーイ!」
 桑子のノックを順繰りに受ける女どもは、信じられないほど下手くそだ。その中で、サードを守っている高橋弓子のグローブ捌きだけは多少マシに見える。左右の膝を小刻みに繰り出してボールを掬い上げ、一塁へ送球する。勢いを残したまま、怒り肩を弾ませながら守備位置へ戻ってくる。どこかぎこちないけれど、なんとかサマになっている。彼女はよく発達した脚をしていた。その両脚をバネにして前後左右にからだが弾むたびに、なんだかわくわくした。
 加藤雅江という、放送部を掛け持ちしている勉強家がショートを守っていた。色白で背が低く、ポニーテールの揺れる様子が幼児のように弱々しく見えた。みんながブルマーを穿いている中で彼女だけが長トレパン姿だ。小児麻痺の後遺症のせいで短く萎えた片方の足を隠しているからだ。ひょこひょこと片脚を振り上げるようにして、残酷なくらい不様に動き回る。そして不器用にぽろぽろとボールを取り落とす。そのたびに高橋弓子は心のこもった励ましの声をかけた。
「ドンマイ、ドンマイ」
 バックアップに駆け寄る高橋弓子の両脚の筋肉が、頑丈に引き締まってすっきり伸びている。加藤雅江と好対照だ。ごく自然に弱い仲間をかばって励ましの言葉をかける高橋弓子を見て、私は胸を打たれた。
 ソフト部は野球部よりかなり早めに練習を切り上げる。きょうも高橋弓子が仲間たちとのんびり部室へ帰っていく姿を眺めた。加藤雅江はからだを上下に揺らしながら職員室の隣の放送室へ入っていった。あの愚にもつかないアナウンスをするためだ。
 ―下校時間が迫ってまいりました。教室や校庭に残っているみなさん、気をつけて下校してください。
 スピーカーからショパンの『別れの曲』が流れ出す。それから野球部は一時間も練習に精を出す。日が暮れてボールが見えにくくなるころ、
「練習終わり!」
 服部先生の合図と同時に、店じまいの校外ランニングに出る。キャプテンの長崎が音頭を取っている。キャッチャーの吉村は最後尾につける。六年生十四人、五年生十人。総勢二十四人。これが夏までに十五人くらいになると先輩たちが言う。五年生レギュラーはレフトの私と、ファーストの関と、控えピッチャーの岩間だけ。ノッポの関も、医者の息子の岩間も、五年生から野球部に入ってきた。関は守備の名人で、どんな難ゴロもひょいひょい掬い取ってしまう。彼をファーストに抜擢した服部先生の目は高い。
 イクゼ! オッ! イクゼ! オッ!
 掛け声に合わせてスパイクがカチャカチャ鳴る。正門から千年公園を走り抜け、平畑へ出る。西松建設の事務所前から商店街を通り、堀川運河にかかる大瀬子橋を目指す。小山田さんや吉冨さんが見ているときは手を振る。橋までの長い坂はほどよい勾配で、ゆるやかなカーブを描いている。くさくて黒い水を見下ろしながら、木の歩道を足並み揃え、急いで渡る。ゆっくり渡ると、インク色の川面から昇ってくる悪臭をモロに嗅ぐことになる。
「くっせえなあ」
「マルハチとんとん組合」
 関が内田橋のほうへ下っていく屎尿処理船のことをそう呼んだ。○に八の字は名古屋市の紋章で、とんとんというのはうんこのことらしい。私はこの群青色の運河の眺めが好きだ。筏や伝馬船や達磨船が上り下りするたびに、コンクリートの岸に汚らしい塵芥(ごみ)が打ち寄せられる。垂直に切り立った岸壁の喫水線の縞模様で、この運河にも潮の干満があることがわかる。名古屋港が河口になっているのだ。
 橋のたもとの神社の石段を登り、いただきから折り返す。神戸町の宮の渡しまで足を伸ばすことはめったにない。大瀬子橋を引き返して、一分間の休憩。といっても、だらだら坂を競歩で下るだけだ。
「よし、いくぞ!」
 ふたたびランニングを促す吉村の声。熱田高校のサッカーグラウンドを眺めながら、平べったい家並を抜けていく。市電通りへ出た。レールを埋めこんだ路面が夕日に染まっている。路肩のコンクリートの電柱の下に、だれが手向(たむ)けたのか菊の花束が供えられてあった。何日か前、私たちはランニングの途中で悲惨な交通事故を目撃した。声を出し合いながら、ちょうどこのあたりを走っているとき、よほど急いでいたのだろう、猛スピードで一台のオートバイが自家用車を追い抜き、市電のレールを越えて少し反対車線へはみ出した。後ろに幌つきの大きな荷箱を積んでいる。飯場にもときどき出入りしている蒲団屋の小僧だった。その瞬間、とんでもなく大きな衝突音がして、オートバイが宙に舞い上がった。小僧がオートバイから捥(も)ぎ離され、回転しながらコンクリートの電柱に激突した。そのまま真下の舗道にドスンと落ちた。
「ウオー!」
 私たちは往来する車を避けながら、走って道を渡った。小僧はピクリとも動かなかった。片方の足首がくの字に折れ、薄桃色の肉がはみ出している。ヘルメットは吹き飛び、黒い長髪の頭頂がぱっくり割れていた。覗きこむと、淡い雲丹(うに)色の脳味噌が見えた。
 みんなその事を思い出している。
「三番町を回っていくか。あっち側は走ったことがないで」
 市電通りを横切り、住宅街へ入りこむ。広い一本道の両側に、立派な表玄関のある家が軒を並べている。
「高橋弓子の家だがや。めちゃんこでっけえが」
 関が走りながら、門構えの大きな家を指差した。切妻の下に色褪せた破風のついた古い二階建ての屋敷だ。庭木にしては大きすぎる樹が何本も伸びている。ツツジの生垣に沿って、白木門の前を走り抜ける。木々のあいだに冷えびえとした庭が見えた。踏み石が玄関までつづいていて、玄関の両脇に人工的な形をした松の木が立っていた。
「高橋は高蔵(たかくら)女子へいくらしいで。公立の中学校はレベルが低いってよ」
 岩間が言った。
「何のレベル?」
 私はいやな気分で訊き返した。
「さあ、勉強でにゃあか……」
「金のレベルかもな。あいつんとこは、千年一の金持ちやで」
 関が言う。この大きな家から、高橋弓子はあの怒り肩を揺すりながら学校へ通ってくるのか。市電路のこちらにこんな古びた住宅地のあることなどまるで知らなかったし、高橋弓子が金持ちだという話もいままで聞いたことがなかった。給食の盛りつけをするふっくらした指が浮かんだ。あの手だけは怒り肩に似合わなかった。
         †
「ちょっと用があるんだ。校舎裏へきてくれない?」
 放課後、部室へ向かおうとする高橋弓子に声をかけ、渡り廊下へ出た。彼女は不安をあからさまに顔に出しながら、少し離れてついてきた。渡り廊下のスノコが、踏むたびにギイギイ鳴った。六月の薄曇りの空がしぐれてきて、すっかり暗くなっている。細かい雨が落ちはじめた。鉄筋の校舎裏に誘った。
「なに、用って」
 雨を避けるように校舎塀によりかかる。上目で見ている。給食のときとはぜんぜんちがう寛容でない表情だ。
「高橋さんの家は、金持ちなんだね」
「わからん。人と比べたことあれせんから」
「高蔵中にいくの」
「そう」
「桑子にあんなふうに触られて、気持ち悪くない?」
「べつに。気にしとらん」
「桑子なんかにへらへらしちゃだめだ。高橋さんだってイヤなはずだよね」
 彼女はうつむいたままだった。たったこれだけ言っただけで、もう胸が破裂しそうにどきどき拍った。
「どうして、そんなことを言うの?」
 薄い唇を噛んでいる。
「好きだからさ」
 私はいきなり彼女に近づくと、両手で怒り肩をつかみ、
「ぼくの嫁さんになれ」
 と命令した。意外に柔らかい肩だった。顔を覗きこみながら、精一杯明るい眼差しを注いだ。彼女は私の手を振りほどき、一歩、二歩校舎塀を擦るようにうごいた。
「怖がることないだろ」
 四角いあごを引いて私を見つめながら、めそめそ泣きはじめた。
「あたしたち、まだ小学生だがね」
 高橋弓子はまた一歩一歩横に這っていき、渡り廊下の手すりに貼りついた。
「自分が小学生だって、ほんとに感じたことあるの? 感じてもいないことをしゃべっちゃだめだよ」
 それには答えず、
「小学生は、結婚できんのよ」
「いまじゃなくてもいいよ。大人になってからでも」
「そんな先のこと、約束できんわ。お父さんやお母さんも反対すると思う」
 言うことがぜんぶ紋切りだ。泣き面に向かって無理に微笑んでみせたけれども、なんだか思った以上に知恵のなさそうな顔つきを眺めているうちに、急に熱が冷めてきた。
「わかった。もう何も言わないよ。ぼくが嫌いだって、ひとこと言えばすむことじゃないか」
 私は平静を装いながら言った。
「神無月くんに、ほかに好きな人ができるかも知れへんし」
 高橋弓子は両手を胸の前で組み合わせ、女らしいシナを作った。私はその顔をいまいましい気分で見つめた。
 ―なんだこいつ。もうこんな女と口を利くのはやめだ。
 愚劣なものに対するやりきれない憤りがこみ上げてきた。
「ソフトボール、がんばれよ。高橋さん、いいセンスしてるから」
 私はわざと元気な声で言って、部室目指して霧雨の校庭へ走って出た。
         †
 遅い夕飯を食べながら、カズちゃんの肩口から『スター千一夜』を観ていたら、あの貴子さまが出ていた。やっぱり美智子妃殿下よりきれいだったし、もちろん高橋弓子よりもきれいだった。そういえば浅間下の三帖間の壁に貼ってあった彼女のスケッチはどうなっただろう。引越しのときにたしか剥がしたはずだけれど、こっちにきてから目にしたことはない。母が荷物を整理したとき捨ててしまったのかもしれない。


         十二

 土曜日と決めて康男が飯場に遊びにくるようになった。下校のついでに寄るのでなく、いったん東海橋の家に戻ってから九時近くに手ぶらでやってくる。たいてい社員たちは自室か娯楽部屋へ引き上げていて、母とカズちゃんが台所で洗い物をしていた。康男はきまって口笛で私を呼び出し、表へ出ていくと、これといった用もなく、ただもときた方角へ並んで歩きだすだけだった。彼は私を必要としているのだ。私も同じだった。
 ある夜、道の途中で康男が言った。
「かあちゃんがこないだ、若い男連れてきてよ。もう何日も居ついとる。稼ぎもねえくせにめしはようけ食うし、金の無心はするし。アタマきたもんで、顔にパンチ食らわしたった。部屋の隅に逃げてって、べそかいてやがった」
 口惜しそうな声だった。私は康男の横顔を盗み見た。おそらく初めて意識して、しみじみと見た。切れ長の目にさびしげな光が宿っていた。私は康男が家庭の事情を暴露するつもりでそんな話をしたのではないとすぐわかった。それは友情の告白だった。康男は自分を見つめる共感の眼差しに気づくと、わざとらしく鼻を鳴らし、陽気に笑った。
「なんでかあちゃんも、あんな男がええんかなあ。出目金で、歯が汚くてよ。とうちゃんのほうがよっぽど美男子やったぜ」
「お父さんは、死んだの?」
「生きとるけど、死んどるようなもんだ」
 康男の言いたいことはよくわかった。
「ぼくの父ちゃんも生きてるけど、会えないんだ。横浜にいたとき、一度会いにいったことがあって、帰れって言われて、すぐ帰った」
「もともと、生きとらんかったようなもんや。そう思えばええ」
 私の胸に一かけの疑問が生まれた。康男の父も、私の父も、ほかの人にとっては死んでいないかもしれないということだ。だれだって生きていれば、かならずだれかのために生きることになる。保土ヶ谷の父にしても、母や私のためには生きていなかったけれども、サトコのためには生きていた。
 これまでも私は、康男の言葉の節ぶしに痛ましいものを感じていたけれども、その謎がすっかり解けたと思うと、いっぺんに晴れ上がった気持ちになった。するとかえって透きとおった切なさのようなものが湧いてきて、急に康男のことがいとしくなった。
「ぼくたちのためには死んでても、だれかのために生きてるってことだよね」
「……なるほどな。おまえは頭がええ」
 ―康男はぼくを親友だと思って、大切な秘密を話したのだ。ほんとうの友だちになるためには相手を信じなくちゃいけないから、大切な秘密をプレゼントしたのだ。
 私はそんな自分の発見を噛みしめながら黙って歩いた。その場にたった二人きりで、二人のまわりに夜が立ちこめているのがうれしかった。
 康男は最近覚えた曲や、と言って、水原弘の黒い花びらを歌いだした。私もその歌手をテレビでよく観ていたし、しゃがれた声も耳にこびりついていたので、彼に合わせて歯笛を吹いた。康男はふと歌うのをやめて、
「器用な男やな」
「横浜でいっしょに学校へかよってた子が教えてくれたんだ」
「仲よかったんか」
「風呂屋の子で、一度風呂に誘ってくれた。仲がよくなる前に転校しちゃった」
 康男は安心したふうに、また歌いはじめた。私も歯笛を吹いた。
「……兄ちゃんは松葉会の幹部なんや。若頭(がしら)の下についとって護り役をしとる。俺が組員になるのはぜったい反対なんや。兄ちゃんはしっかりした考えを持っとるでな」
 クマさんの言った、ヤクザ者は実がある、という言葉を思い出した。
「お兄さんて、いくつ?」 
「十も年上や。俺と弟は、かあちゃんが三十過ぎてからでかした子でな。二人目のとうちゃんの子や」
「じゃ、出ていったのは二人目のお父さん?」
「二人ともや。兄ちゃんはギターがうまいんやで。玄人はだしや。聞いとると惚れぼれするわ。若頭から栄の店まかされとるんやけど、客の伴奏ばっかりしとる。兄ちゃんも気の毒やで。将来はギターの弾き語りの店を持ちたいんやと。一国一城のアルジにならんと、人間は奴隷根性のまま死んでしまう言うてな」
 唇の端を上げ、目もとを染めるようにした。私は彼の心で鳴っている、兄の弾くギターの音色を聴き取った。そして、康男と私は、二人以外に寄る辺がなく、同じちぐはぐで一風変わった生活の中に生きていて、それを互いによくわかり合っているように感じた。
「松葉会って、なに?」
「名古屋でいちばんでっかい組織や。本部は東京やけどな。縁日のホーヘーやら、焼き栗売っとるヒラビとちがうで。本物のヤクザや。俺もいつか盃もらうんや」
 サカズキという新鮮な響きに、思わずからだがふるえた。
「……ぼくも、サカズキもらえるかな」
「冗談こいたらいかんが! おまえにヤクザが勤まるかい。くだらんこと考えんと、野球だけしとればええ」
 康男は、今度は小林旭のギターを抱いた渡り鳥を歌いはじめた。私も歯笛で合わせた。
「風呂屋の息子かなんか知らんが、おまえと付き合えるのは、俺しかおらんわ。だれもおまえのことわかっとらん」
 千年の十字路へ出、ヤマモモの枯れた並木に沿って交差点を五つ、六つと越えていった。
「ぼくのふるさとは、たぶん青森だと思うんだけど、康男はどこ?」
「たぶんて、なんや」
「熊本で生まれて、青森で育ったんだ。生まれて半年で熊本を出たらしいから、憶えてない」
「なら、ふるさとは青森やろ。俺は尾鷲(おわせ)や。三重県の下のほう。熊野灘って知ってっか」
「知らない」
「密林みたいなもんや。先祖はそこの樵(きこり)やと。一度墓参りにくっついてったことがあったけど、星がきれいやったな」
 東海橋が見えてきた。橋のたもとの白っぽい柳の枝が、骸骨の指みたいに見える。康男はいつもあの柳のところで運河の水を見下ろしながら、
「アパートには、連れていけんわ」
 と言う。きょうも橋詰の柳の前で立ち止まった。運河を下ると、クマさんが連れていってくれた名古屋港に出る。ほんのり塩辛い香りがする。
「こっから帰れや」
「うん」
 康男は橋を渡っていき、向こうの橋のたもとから岸沿いの坂道へ姿を消した。
 ときどき私は、一分か二分待っていたものだった。川岸をじっと見つめながら、奇跡が起こって康男がもう一度夜の中から姿を現して、手招きするのではないかと思って。でもそんなことは起こらなかった。コンクリートの広い橋は威嚇するように私が近づくことを拒絶していた。
 私はきょうも別れの悲しみに耐えた。そうして、暗く沈みこみそうになる気分に逆らって元気よく踵を返した。
 その夜からピタリと康男は飯場に遊びにこなくなった。学校にはちゃんときていた。私に向ける表情も固くはなかった。
 私はある日教室で、どうしてこなくなったのかと訊いた。彼は頭を掻きながら素直に答えた。
「おまえがでっかいやつだでよ。恥ずかしなったんだわ。正直で、器がでかくて、おまけに変わっとる。歯が立たん。学校のやつらにしても、飯場のやつらにしても、兄ちゃんの取り巻きにしても、おまえほどの変人はおらんで。どこにもおらん。おまえに比べたら、俺なんかカスや。おまえと口利いとると恥ずかしなるわ。……一生護ったるいうても、俺みたいな野郎で、神無月はええんかな思ってよ」
 私は思わず涙をこぼしそうになった。
「いいに決まってるよ。ぼくの友だちは康男しかいないよ。どうしてなのか自分でもよくわからないけど、ぼくは康男が大好きなんだ。康男と友だちでなくなったら、ぼくはもうおしまいだよ」
 康男も目に涙を浮かべ、
「……護ったる。一生くっついとってもええか。俺はこういう野郎やで」
「そういう野郎でなきゃいやだ。ぼくたちは一生離れないよ」
 康男はとうとうボロリと涙をこぼした。
「また、土曜日、いくわ。いっしょに歩こまい」
「うん!」
         †
 日曜日の昼めしどき、原田さんが新発売の森永のインスタントコーヒーをみんなに振舞った。とても高いものらしいけれど、おいしくなかった。
「こんなもの、よく買う気になるなあ」
 小山田さんが顔をしかめて言う。
「初モノはかならず試してみることにしてるんです」
「たしかに、これはコーヒーのようなものだわ」
 クマさんがうなずく。それでも小山田さんはぐっと飲み干し、
「世の中、くだらない贅沢品ばかり増えるなあ。所得倍増、か。防衛費をアメリカにまかせて、日本は金余りになるらしいぞ」
「ほんとうに倍増するんですかね」
 吉冨さんもまずそうな顔をする。荒田さんが、
「ウソっぽいな。しかし余ってる金なら、分けてほしいわ」
 その日、小山田さんと吉冨さんが栄までわざわざハイヤーを雇って、映画に連れていってくれた。『新・三等重役』というなんだかドタバタした退屈な映画で、小才をてらったちょび髭の男が嫌いだった。それですっかり眠りこけてしまった。
 帰り道、三人で広小路を歩きながら、食い物屋を物色した。吉冨さんが、
「子供にはおもしろくない映画だったかな」
「寝ちゃって、ごめんなさい」
「まあ、森繁久彌と小林桂樹がじつにうまくからみ合ってるし、加東大介もいい味出してるんだけど、底が浅い感じだね。二度観たくなる映画じゃない。なんせ、原作が源氏鶏太だから」
 吉冨さんも少し不満のようだった。小山田さんが言った。
「中日球場にいってもよかったんだが、まだこの季節、デーゲームは寒いからな」
「今度、日活の映画に連れてってね」
「うん、たしかに日活はいいものを撮る。『にあんちゃん』、『陽のあたる坂道』、『ビルマの竪琴』、それから『州崎パラダイス』。でも、キョウちゃん、えり好みしないで、何でも観たほうがいいぞ。観れば観るだけ目が肥える。そうすれば自然に、駄作と傑作を嗅ぎ分けられるようになるんだ。駄作をたくさん観ないと、傑作にいき当たらない」
  
「そんな高尚なこと言ったって、わかんないよ、吉冨。まだ小学校五年だぜ」
「いや、キョウちゃんはわかるよ」
 吉冨さんのいいものの中で、私の知っている映画は『陽のあたる坂道』しか入っていなかった。そのほかの映画は看板さえ見たことがなかった。
「吉冨さんは、プロ野球選手にはなりたくなかったの」
「そりゃ、なりたかったさ。でも俺は報徳のリリーフといっても、万年補欠みたいなものだったからね。キョウちゃんみたいな才能はなかった。野球は厳しい。才能オンリーのスポーツだ。オギャーと生まれたときから決まってる。望んだからって、だれでもプロにいけるわけじゃない。キョウちゃんはすごい。がんばってプロの選手になってほしいな」
 柳橋まで歩いて、小山田さんの発案で蛙料理専門のレストランに立ち寄り、薄暗いテーブルで蛙の足の唐揚げを注文した。骨つきの小さな肉のかたまりが、平べったい皿に盛られて出てきた。小山田さんが、
「じつは初めてなんだ。ちょっと気持ち悪いな。何でも経験だ。食ってみよう」
 すでに吉冨さんは前歯でむしっていた。用心して噛んでみたら、鶏肉みたいに柔らかく、思ったよりクセのない味だった。
「けっこうイケますね。もう少しスパイスが効いていればいいけど」
 と吉冨さん。小山田さんは首をひねりながら、
「うーん、悪くはないけど、おいしいというほどじゃないな」
「ロシア料理でも食いにいきますか」
「そうしよう」
 レストランのはしごという格好になった。名古屋駅前まで歩き、ビルの四階の『ロゴスキー』という店に入った。薄暗い神秘的な店内を、民族衣装を着たウェイターたちが歩き回っている。
 小山田さんがコース料理を注文すると、まずライ麦パンが出てきた。バターを塗って一欠け食べる。おいしくない。そのパンを齧りながら二人は真っ黒いビールを飲んでいる。ボルガシチューとピロシキが出る。いわゆるボルシチはシチューというよりもスープで、とても酸っぱかった。ピロシキという長細い小さな揚げパンは、冷たくて、よく味がわからなかった。
 壷焼キノコというものが出てきた。こんがり焼いたパンがふきこぼれる形でカップを覆っている。それをスプーンで突き崩し、中の濃厚なクリームシチューに漬けて食べるのだ。これはうまかった。それから白身魚のソテーが出て、最後にジャム入りの紅茶が出た。
「いい口直しだった。蛙で帰ってたら、後味悪かったぜ」
 と小山田さんが言った。
「たしかにね。ぼくは、キョウちゃんの笑顔が最高のごちそうだった。キョウちゃんはほんとうに美男子だね」
「だなあ、おばさんの顔ともまたちょっとちがうんだよなあ。するどくなくて、いい顔だ」
 二人にしみじみ見つめられて、私は照れくさかった。


(次へ)