二百五十四

 球場に着くと、何百人もの群衆と報道関係者に取り囲まれた。フラッシュの嵐。空を見上げる。高く、青い。選手のだれもかれもが伸びてくる手に触られる。
「東大、よくやった!」
「金太郎さーん!」
「きょうもホームラン打てよ! 気抜くなよ! 法政が逆転するかもしれんぞ」
 バンザイの声がほうぼうで上がる。テレビで見覚えのある女性アナウンサーがマイクを持って近づいてくる。私はチームメイトの陰に隠れた。鈴下がマイクを押し返し、
「気が早い! 気が早い!」
 と叫ぶ。白川がイヤホンに手をやり、
「まだ八回です。九対四!」
 ものすごい人混みに揉みくちゃにされながら、助手たちに誘導されてゲートを入る。報道陣は別のゲートへ走る。チームメイト全員蒼白な顔をしている。足が地面から浮き上がるようだ。回廊から一塁側の特別控室に入る。仁部長がテレビを点ける。みんないっせいにテレビの前に寄り集まる。九対四、九回裏、ツーアウト。富田が悲壮な顔で打席に立っている。三振! 
「キャー!」
「ウオオオー!」
 この時点でついに東大の優勝が決定した。克己が、
「勝って優勝に花を添えるぞ!」
「トリャー!」
 不気味に静まった法政スタンド、ベンチ。焚かれるフラッシュの数も少ない。私たちは一塁側の特別接客室にいたので、一塁ベンチの静寂が伝わってくる。整列、礼。おお、明治の校歌斉唱。法政チームが一塁スタンド前にさびしげに整列し、明治スタンドのほうを向いて凱歌を聞く。勝利した島岡監督の短軀がポツンと三塁ベンチ脇に立っている。静かだ。この凪ぎは、東大の勝敗いかんに関わらず、次の試合中にかならず怒濤の応援に変わる。
「ようし、ミラクル実現!」
 と克己が叫んだきり、みんなたがいに抱き合うこともしないで、一人ひとり監督やスタッフと静かに握手を交わした。私は思わず目頭が熱くなって、タオルで顔を覆った。いっせいにだれもがタオルを使った。千年小学校の三階の屋根で弾んだボールの彼方に、きょうの日があった。涙が止まらない。那智が号泣を始めると、ようやく準レギュラーたちが相手を選ばず抱き合い、全員声を放って泣いた。女三人組も抱き合って泣いている。鈴下監督が、
「勝って泣け!」
「オー!」
 遠く、法政チームが引き上げていくスパイクの音が回廊から聞こえてきた。田淵や山本の顔を思い浮かべる。
「さあ、いこう! 十点は取るぞ! 優勝の花道だ」
「ウィース!」
 後攻。一塁側ベンチに入る。敗者の清掃が行き届いているのがさびしい。ベンチの後部ドアが開くたびに、長い回廊を伝って十月下旬の冷たい空気が吹きこんでくる。二人、三人、カメラマンがベンチ前に走り寄ってきては、しきりにフラッシュを焚く。守備、打順ともこれまでどおり。鈴下監督がベンチ内で、
「まだ爆発的な喜びが湧いてこないだろうが、あとでじわじわくると思う。私も初めての経験だから、何が何やらさっぱりわからない。祝勝会で爆発しよう。試合後、われわれスタッフを胴上げしたあとは、インタビューを十五分以内にとどめて、レギュラーと準レギュラーは専用ゲートへ回ってくれ。道具一式は、スタンドに控えている補欠が運ぶ」
 副部長の岡島が無理やりまじめな表情を作って、
「ゲートの外に、パレード用の九人乗り大型オープンカーが五台待機することになっています。前の一台に部長以下、監督、助監督、コーチのメインスタッフが乗り、二台目にレギュラーが乗り、三台目に準レギュラーが乗ります。金太郎さんを先頭車に乗せるのは控え、まんいちを考えて二台目のレギュラー陣といっしょに乗ってもらうことにしました。後ろの二台は、マネージャー四人、応援団代表一人、バトン代表一人、準レギュラーが分乗します。そのほかのメンバーはバスで湯島聖堂前へ向かいます。六時半から中央食堂で祝勝会。長くて八時半まで」
 仁が交代して、
「あしたは二時から正規の試合なので、メンバーを維持して、手を抜かないでいく。―オホン、負けは予想していない。完全優勝の最終戦にしてほしい」
 ようやく笑いが出る。
「あしたの試合後は、整列、礼、応援席に感謝ののち、きょうにつづいて十五分ほどのインタビュー、バスで本郷へ帰り、すでに聞いていると思うが、部室で着替えて、五時半から六時のあいだに渋谷のNHKスタジオに入る。優勝インタビューだ。実況放送になるそうだ。階段状の車座のスタジオなので、スタッフ、選手、応援団、バトン、全員参加できる。出席は自由だが、なるべく出てくれ」
「オス!」
 立教の縦縞のユニフォームが目に鮮やかだ。先発の土井池、クリーンアップの秋山、中沢、望月、そしてエトセトラ。スコアボードに並ぶ名前を見ても顔を思い出せないプレーヤーたちばかりだ。過去の偉人の背中に隠れた人びと。格好はじつに華やかだ。黒の帽子に黒のストッキング、帽子の徽章はユリの金モールだ。長嶋のころに盛りを迎え、長嶋が卒業後も春秋二連覇を成し遂げて全盛期を築いたチーム。だれにも全盛時代はある。私もおそらくあと四、五年にちがいない。時間を惜しみ、大切にすごそう。
 予定の試合開始時間が迫っていることを理由に、鈴下監督はフリーバッティングを割愛することを立教ベンチに申し出た。立教の監督が了承する。立教チームにつづいて東大チームが守備練習に入ると、ようやく一塁スタンドから余裕のある秩序だった声援が上がりはじめた。鈴下監督が張り切ってノックする。外野も溌溂とバックホームをする。とりわけきょうは、このパフォーマンスは歓迎される。
 バックネットの最前列にプロ球団関係者が居並び、そのすぐ上の段に、山口と林がいる。林は髪を逆立てたトッポイ髪型をしている。すぐ隣に、カズちゃん、節子、素子、吉永先生、千佳子がにこやかに雁首を並べている。カズちゃんは赤、素子はあでやかな黄色、節子は群青、先生はピンク、千佳子は白だ。土曜日の午後なので、法子はきていない。
 テレビカメラの上方の天蓋に貼りついた特別席がギッシリ埋まっている。大手新聞や放送関係者や著名人の席だ。目を一塁ベンチ脇の記者席に転じると、そのすぐ上方で、御池と松尾、中尾、宇治田がメガホンを手にしきりに声援を送っていた。守備位置から駆け戻りながら彼らに手を振る。それを見て一塁スタンド全体が沸く。
 両チームの守備練習が終わり、しばらくプルペンのウォーミングアップだけが目立った。清水一郎という影の薄い監督が、ベンチの柱の陰に立っている。
 ウグイス嬢のメンバー紹介の声がスタンドに響きわたる。立教チームにつづいて東大チームの先発ラインアップが告げられると、四万人の大歓声と拍手が轟音になって球場を揺るがした。両軍の応援団とバトンガールが遠慮のないパフォーマンスを始める。ブラバンの金管の響き。太鼓の連打。
 土井池がブルペンに入った。担ぎ投法。速くない。鈴下監督がまじめな顔で、
「来季のために緻密な野球をしろなんて人は言うがな、俺たちには校庭のソフトボールがお似合いだ。ブンブン振り回していけ。あのピッチャーなら、振り回して当たる確率はこれまでで最大だ」
「ぶん回し!」
「台坂、有宮、二人で零封しろ。台坂、五回まで、有宮、九回まで」
「オス!」
「あしたの最終戦は、村入、三井、森磯で二回ずついけ。那智は七、八、九回を頼んだぞ」
「はい!」
 台坂がマウンドに上がった。軽やかなフォームだがボールはいつものように重い。叩き下ろしたフォロースルーの腕が跳ね上がり、全身が躍動する。内野の守備練習もきびきびしている。だれもかれも春とは別人だ。
「中介さーん!」
 私はセンターの中介に呼びかけた。
「オー!」
「優勝したんですよ! 優勝チームですよ!」
「オー!」
 優勝の実感がない。みな同じだろう。思い切り中介に向かって遠投する。横平がセンターに走り寄ってきて、三人の遠投キャッチボールになった。横平は内野の背中に向かって、
「シメるぞー!」
 と叫んだ。セカンドの磐崎が大の字でジャンプして見せた。ショートの大桐が背中を丸めて小刻みに足踏みをした。サード水壁はグローブを振って笑った。歯が光るほどの笑いだった。猛烈な勢いで内野同士ボールを回しはじめた。
 サイレンが鳴り、アンパイアのプレイボールの声が上がったとたん、立教の一番バッターの打球が高くセンターに上がった。寒そうな青空へ白球が昇っていく。オーライ、オーラーイ、と中介の声。しっかり両手で捕球し、中継のセカンドへ速い返球をする。立教の応援席が異様に騒がしい。セントポールという応援歌を合唱しているのだが、メロディラインも発音も定かでなく、
「セイ、セイ、セイ」
 としか聞こえてこない。東大に一敗でも食らわすことができれば、来季六大学の王者になれる可能性が出てくる―今季の東大は、どの大学も勝てなかったチームなのだ。応援団、バトンのパフォーマンスに力が入るのも当然だ。
「早打ちするな!」
 立教ベンチから声が飛んだ。案外あのおとなしそうな監督の声かもしれない。たしかに早打ちが功を奏さないと、チーム全体の士気が落ちる。応援スタンドも、もったいないことをしたというセコい気分になって、積極的な攻撃を求める勢いを失ってしまうのだ。
 二番バッターは見(けん)できた。台坂はツーワンからすかさず見逃し三振に切って取った。
「アー!」
 という声が三塁側スタンドから上がった。ケンなど愚の骨頂だ。辛抱強く期待して、凡打や三振を見せつけられると、これまた応援する者は気勢を削がれてしまう。
 三番中沢。ナチュラルシュートを二球つづけて三塁線にファールしたあと、また内角のシュートにバットを出して、レフトへ浅いハーフライナーを打ってきた。しっかり捕球する。スリーアウト。ベンチへダッシュしながら、台坂に声をかける。
「台坂さん、きょうのシュートは力があります!」
「サンキュー。最後の登板だ。全力でいくぜ!」
「ぼくも全打席ホームランを狙います」
「ヨッシャー!」
 長髪をポマードでまとめた団長の指揮のもと、山口のコンバットマーチに合わせて尻を振るバトンガールのダンスが美しい。山口は自分が作った行進曲を初めて聴いて、その出来映えに驚いているだろう。ネット裏に手を振る。
「神無月! ホームラン!」
 林の大声。そうだ、ホームランを打つためにきょうもグランドにきたのだ。観衆の興味はすでに、試合そのものではなく、東大が何点取るかに集まっている。私は帽子を振った。
「ヒャー!」
「キョウちゃーん!」
「神無月くーん!」
 五人の女たちが立ち上がり大きく手を振り返す。鉄腕アトム。グランドの上空がどこまでも青い。一番中介がバッターボックスに入る。
「プレイ!」
 ガシッ! 初球から強振。左中間を深く抜いていく。
「ウオォォー!」
 スタンディングダブル。歓声に歓声が重なる。応援団の突き、突き、突き。バトンガールの首振り、ラインダンス。太鼓の響き。
 磐崎、ノーワンからライト前クリーンヒット、まず一点。山口のコンバットマーチ。太鼓、ドン、ドンドン、ドン、ドンドン。ネクストバッターズサークルに入る。横平、初球をセンターオーバーの三塁打。二点。磐崎の頭に睦子が柄杓で水をかける。もう止まらない。
「キョウちゃーん、ホームラン!」
 だれの声か聞き分けられない。たぶん節子だ。
「神無月ィ、いけェ!」
 おそらく松尾の声だ。その方向へピースサインを出す。金太郎コールの波。コンバットマーチ。なだれてくる歓声。カメラのレンズが光に反射する。三球目までボールの軌道を見定め、ツーワン。四球目、山なりのションベンカーブが魅入られたように内角低目に入ってくる。しっかり叩く。
「いったア!」
「場外、場外!」
 三塁ベース上で横平がバンザイする。ライトのはるか上方へライナーが加速していく。バットを足もとに転がし、一塁スタンドの応援団にコブシを突き出す。ガクランがきれいな型を作って跳びはねる。ユニフォームの上着に短パンのバトンガールたちが跳びはねる。ボールがネットを越えたのを確かめて一塁を回る。十九号ホームラン。歓声と拍手に背を押されて走る。サードの秋山が、
「ナイスバッティング、天才!」
 とベースを回るとき小さな声をかけた。私は笑って、ありがとう、と応えた。


         二百五十五 

 ホームベースを駆け抜ける。那智と野添が抱きついてくる。ベンチ上方から中年のだみ声が上がる。
「天馬ァ!」
 いい響きだった。声のほうへヘルメットを振る。
「神無月さーん、すばらしかあ!」
 御池の声だろう。ピースサインを掲げる。横平と私の頭に水。四点。ノーアウト。ダイヤモンド周回の汗が快適この上ない。鈴下監督がおどけてスパイクを踏み鳴らし、
「おいおい、何点取るつもりだ。試合長びかすなよ」
 大桐が、
「だから十点ですよ!」
「ようし、早く十点取って打ち止めにしろ」
 ピッチャー交代。名前などわからない。だれが出てきてもこの勢いを止められるはずがない。克己、初球をレフトポール直撃のホームラン。
「ウワァァ!」
 五点。ブラバンと歓声がワーンと共鳴しはじめる。水壁、ノーツーからレフト前段へ高く舞い上がるホームラン。
「ウオォォ!」
 一塁ベンチ、スタンド、ドンチャン騒ぎになる。六点。三者連続ホームランはおそらく六大学史上初めての記録だろう。応援団、バトンガールの乱舞。カズちゃんたちが抱き合って喜んでいる。
         †
 六人のピッチャーから毎回得点、十九点をもぎ取り、一対十九で圧勝した。一点は有宮が九回に四番の望月に打たれた右中間のランニングホームランだった。東大のホームランは、横平が二本、私が四本、克己一本、水壁一本、臼山一本、合計九本。もちろん全員安打だった。打点を上げた七人の頭も胸も水浸しだ。有宮が最後の打者をセンターフライに打ち取った瞬間、捕球した中介が、
「ウエエエエー!」
 と奇妙な叫び声を上げた。腕を目に当てて泣いていた。泣きながらマウンドに走り寄った。ベンチの連中も内野グランドに駆け集まる。私は、東大チームを祝福する澄みわたった美しい空よりほかに何一つ目に入らなかった。
 野球場が煙るほどの紙吹雪と紙テープが舞う中、両チーム二列に整列し、アンパイアが高く挙げた手に合わせて、礼。選手同士、力強い親身な握手を交わす。監督同士も握手。立教チームのほとんどの選手が、おめでとう、と言った。
「立教大学対東京大学第一回戦は、一対十九で東京大学の勝利でございます」
 落ち着いたウグイス嬢の声。毎回この声が流れていたことを忘れていた。応援団の前へ駆けていき、整列、礼。応援団長の祝辞。ああ玉杯斉唱。祝優勝の横断幕が横一文字に張り渡される。老齢のOBたちが顔を拭っている。老いも若きもみんな泣いている。
「応援、ありがとうございました!」
 克己が涙顔で叫ぶ。全員もう一度礼をしてグランドに戻る。その背にコンバットマーチ。予定とちがって、有宮と台坂が真っ先に胴上げされた。報道陣が取り囲む中、鈴下監督、西樹助監督、仁部長の順で宙に舞った。みんな泣きながら舞った。克己と中介が逃げようとする私を取り押さえ、二十人に余る選手やスタッフたちの手で無理やり胴上げされた。それをきっかけに秩序なく選手たちが胴上げされていく。おびただしい量のフラッシュが光った。スタンドの各所でバンザイの声が上がる。監督や選手たちのインタビューが始まる。場内スピーカーに直結した声が球場にこだまする。
「おめでとうございます。六大学史上初の東大優勝という偉業を達成して、感激もひとしおでございましょう。この先、永遠に破られない記録だと言われておりますが、いかがでしょうか」
 鈴下が応える。
「不名誉ですが、そのとおりだと思います。これまでの東大の力では、連続優勝はおろか優勝そのものも不可能です。ひとえに、神無月くんが叶えてくれた正夢です。天馬のように東大に舞い降りてきた神無月くんのおかげで、今年の東大野球部員たちは突如水準の選手になれました。よく努力し、研究し、結束の固い同志となったんです」
 私はぼんやり立っていた。マイクを向けられた助監督の西樹が、
「ほんとうにうれしいかぎりです。言葉もございません。こういう幸運にめぐり会ったことをひたすら感謝するのみです」
 仁部長は子供のようにはしゃいだ。
「これからもずっと、優勝を狙いつづけます。天に戻っていく金太郎さんへのエールとしてね」
 私の手を持って高く差し上げる。ハッと思ったが、仁は、
「天馬はいつまでも地上にいてくれないでしょう。遅かれ早かれ、その翼を羽ばたかせて天上に戻っていく人です」
 と早口で言った。大桐が私の手を握り締めながら、
「信じられません。これまでは東大に受かったことが最大の思い出でしたが、そんなの屁でもなくなりました。最上級生として金太郎とすごしたこの一年は、その数百倍輝かしいものでした。一生の思い出です」
 レポーターは克己にマイクを向け、
「神無月くんという助っ人がいなければ、優勝できなかったということですね」
「あたりまえのことを訊かないでください。そうでなければ、万年ダントツ最下位ですよ。彼に導かれなければ、俺も横平も水窪も臼山もホームランなんか打てなかったし、ピッチャー陣も飽きもせずションベン球を投げてたろうし、応援ベンチなんか常にゴーストタウンだったでしょう」
 ワハハハとスタンドが笑う。詩織に肩を押されて副部長の岡島が、
「応援団、バトン、ブラバン、そういったものに関しても、神無月くんはいろいろ改革のヒントをくれました。新しいコンバットマーチも、神無月くんの友人である法学部の山口勲くんが作曲したものです。単なる野球というスポーツを超えて、神無月くんが与えた人間的影響は計り知れない。神無月くんは、たしかに、外界に影響を与える力を持っている人なんです。私はいままで、これほど単純な趣味と、これほど壮大な高雅さの結びついている人間を見たことがありません。彼の二季連続三冠王なんてのは、私どもの眼中にはありません。天馬なら当然でしょう。チームのメンバーたちも、卒業して神無月くんと別れるのは、袖を絞るほどつらいと思います」
「つらいぞ!」
 台坂と臼山が同時に言った。
「天馬とは、したりの表現ですね。その天馬の神無月選手に伺います。インタビューは苦手でしょうが、ひとこと、優勝のご感想を」
 レポーターはスタンドの注目の的になっている私にマイクを向けた。
「法政の敗戦の瞬間も、きょうの勝利の瞬間も、思い切り泣きました。ウィニングボールが中介さんのグローブへ落ちていくとき、空が高かったです。あしたも、三本ぐらい打ちたいです」
 球場じゅうに笑いと拍手がざわめいた。ウグイス嬢が優勝セレモニーの開始を告げた。
         †
 退屈なセレモニーにしばらく耐えた。
 女性アナウンサーの場内放送に促され、ホームプレート前に五人の選手が整列した。真ん中に克己主将、両脇に中介副将と横平、その脇に私と臼山。東京六大学連盟理事長から克己に連盟杯、中介に優勝旗、横平にNHK杯、臼山にアメリカ大使館杯、私に最優秀選手賞トロフィーが手渡された。祝辞はなく、式用の楽曲が鳴るなか一連の授与が粛々と行なわれた。鈴下監督らスタッフは、マウンドの裾に整列して式次第を見守っていた。
 胸にきたのは、立教大学チームもスタンドもセレモニー終了まで静粛に立ち尽くしていたことだった。エール交換になった。まぶしいフラッシュの中、立教のエールが終了すると、ふたたび一塁スタンドから、ああ玉杯の斉唱が立ち昇った。伴奏は太鼓のみだった。私はネット裏の山口やカズちゃんたち、一塁側スタンドの御池や松尾たちに手を振り、ベンチに退がった。
 ふたたび鈴下監督以下の優勝インタビュー。場内の歓声でほとんど聞き取れない。
「東大開闢以来初の優勝、あした勝てば完全優勝です」
「完……できるに越したことはないんですが……信念と覚悟を持って……毎日、毎日よく練習してくれて……ラクな試合は一つもなく……投手陣……投げ切って……あした、有終の美……たいと思います」
 鈴下監督の涙、あとは喚声。空を見上げると雲の縁がオレンジ色になっている。長い試合だったのだ。克己のインタビュー。
「あらためて優勝の味、いかがですか」
「まだ味を感じませんが、優勝したことは信じます。同好会が公式の部に繰り上がった思いです。この一年たまたま東大に在籍したことは天の恵みです」
「あしたの完全優勝への息ごみを」
「もちろん全力で一勝をもぎ取るつもりです。本郷へ帰ってすぐミーティングをしたいと思います」
 拍手と歓声。東大チーム打ち揃い、駆け足で正面ゲートへ。報道陣と群衆に揉みくちゃになる。学生たちの荒々しい叫び。黄色い声。一塁スタンドの応援スタッフと合流してオープンカーに乗りこむ。車内へなだれこもうとする人びとのせいでなかなか発車できない。数十人の制服警官と球場係員が懸命に道を開けさせようとする。警備員の怒声、笛の音。ようやく走り出す。
 凱旋パレードは、神宮球場前から警察車二台に先導されて出発した。先頭の六人乗り中型オープンカーの前席に鈴下監督、西樹助監督が乗り、後部席に仁部長と岡島副部長と兼コーチが控えた。二台目の九人乗り大型の前席には、優勝杯を抱えた克己が、中席に最優秀選手賞トロフィーを握った私と、NHK杯を抱えた横平が乗り、後部席に優勝旗を握った中介、アメリカ大使杯を持った臼山が乗った。三台目の九人乗りオープンカーには、前席に主戦ピッチャー有宮と台坂の二人、中席に那智と副将の大桐が、後部席には水壁と副将の磐崎が乗った。四台目には応援団長とバトン主将、白川と黒屋、千佳子と睦子が乗った。五台目には準レギュラー陣がバラバラと乗った。残りの野球部員とコーチたちは、バスに乗って聖堂前に向かった。
 球場付近の沿道に群がるファンたちの賑わいを過ぎると、オープンカーは徐行スピードで走りだし、喝采の中を進んだ。通過する信号は暫時通行止めになった。
「こんな栄光に浴することは、もう一生ないだろうなあ」
 横平が涙目で言った。克己が、
「光合成の研究でノーベル賞を獲ればいいじゃないか」
「新発見のあるような分野じゃない。企業の研究所でも入って、ひっそり年をとっていくんだろうさ」
「そこで社会人野球をやったらどうですか。長打力がもったいない。今シーズンは、田淵よりもホームラン打ったんですから」
 ハハハと横平は笑い、
「金太郎さんはいいやつだなあ。なんで東大なんかに紛れこんできたんだろう。田淵、谷沢クラスになるには、先天的な素質が要る。もちろん彼らだって、金太郎さんにはなれない。素質なんてものじゃないからね。金太郎さんは降臨してきた天馬だから。俺たちは分を知って地上を這い回るように生まれてきたんだよ。せいぜい学問をするさ」
 後部席の臼山が、
「俺も三百代言の仕事をしながら、地上を這い回るよ。ペリー・メースンか正木ひろしを夢見ながらな。球場に金太郎さんの野球をしょっちゅう観にいくぜ」
 中介が沿道に手を振りながら、
「俺もマツダ自動車の工場を這い回る」
 臼山は、
「克己や台坂といっしょに東大に残って、もう一年夢を見ようと思ったけど、金太郎さんがいないんじゃ残る意味がない」
 前席の克己が、
「大桐も言ってたが、卒業組は金太郎さんのためにファンクラブを作れよ」
 中介が、
「まかせろ。上野にも頼まれた。野球部OBで春に会員を募ることになってる。監督じゃないが、夢を見させてもらった感謝のしるしだ」
「……ぼくこそ、夢を見てるようです」
「天馬も夢見るか。意志とか、夢とか、努力とか、持ち分じゃないだろ。天上をフワフワ飛び回ってるだけで」
 皇居を過ぎる。臼山が、
「ここは天子さまか。名前のわりに、神秘性ゼロだよな」
 克己が即座に、
「持って生まれたものが身分だけじゃ、芦屋のお嬢さまといっしょだろ。神秘性もクソもない。―こんなこと言ってると、右翼に刺されるか」
「何時ですか?」
 私は運転手に尋いた。
「五時半です。あのう、みなさんのサインをいただけますか」
 遠慮がちに色紙を差し出す。横平が、
「俺たちの名前を書いたら、価値がなくなる。金太郎だけ書け」
 いつもの金釘で書く。克己が驚き、
「下手くそだなあ。天馬らしいや。とんでもない価値がつくぞ」
「日付と、××さんへ、とお願いします」
 そのとおり書いた。


         二百五十六

 湯島聖堂前に着いた。沿道に見渡すかぎり人びとが群れていた。腕章をした連中が人波を両手で押し留め、警官が片側の交通を差し止めている。待機していたブラバン三十名ほどが、応援団員十名、紺色のタイツやレオタードを着、紺の靴を履いたバトントワラー十数名を従えて行進しはじめた。その後部から五メートル間隔で私たちのオープンカーがゆっくり縦走する。何局かのテレビ中継車が脇についている。信長塀に似た湯島聖堂の塀を左手に見ながら、徒歩の速さで進んでいく。とつぜんコンバットマーチが爆発する。金管と大太鼓小太鼓の音が、蒼ずんできた夕空に高らかに響きわたった。バトントワラーたちがバトンを手に行進する。首や腕や肩で回したりする。ポンポンというものを手に飛び跳ねている女たちもいる。応援団が胸を張って歩く。わくわくする。
「あれが神無月だぜ、いい男だなあ!」
「克己! ナイスホームラン!」
 克己がニコニコ手を振る。
「横平、プロにいけ!」
 横平は申しわけなさそうに頭を下げる。
「金太郎さーん!」
「エイトマン! 格好いい!」
 私もぎこちなく手を振る。手旗、カメラ、手旗、カメラ。監督たちに祝福の言葉を投げる中年女がいる。後ろのオープンカーに駆け寄り、有宮と台坂に握手を求めるセーラー服の集団がいる。プロ野球ではないので、子供たちの姿はほとんどない。子供は大学野球を知らない。駆け寄ってきて、車と併走しながら八ミリで友人に自分を撮らせる会社員風の女がいる。
「金太郎、笑え」
 克己に言われて、沿道の人びとの群れへ笑いかける。
「キャー、すてきィ!」
 克己が、
「な、俺たちが笑ったって効力がないんだよ」
 ビル街へ入る。どのビルもほとんど同じ形をしている。ケヤキの並木に縁取られていても、無機質な感じは隠せない。食い物屋や商店がちらほら姿を現す。
「バトンガールって、どこの大学もブスばかりですね。からだもチンチクリンだし」
 私が言うと、横平が、
「禁句、禁句。野球部連中で付き合ってるやつは多いんだから」
「へえ!」
「だれとは言わないけどな」
 中介が、
「多くもないさ。壮畑と棚下くらいだろ」
「れれ、言っちまった。レギュラーが取れてりゃ、バトンになんか見向きもしなかったろうにな。まあ一種の補償作用だ。金太郎さん、笑え、笑え」
 ブラバンが十曲目ぐらいに入った。トワラーは愛嬌を振りまきながら、疲れも知らぬげに踊りまくっている。本郷三丁目の交差点を過ぎる。もう六時を回った。パレードは三十分ではすまなかった。ようやく赤門に到着する。どこかでハンドマイクが叫ぶ。
「優勝チームの凱旋です! 世紀の快挙です! 拍手をもってお迎えください!」
 嵐のような歓呼と拍手。新聞記者やカメラマンが蝟集している。暮れかけた道が明るくなるほど、ストロボやフラッシュがたてつづけに光る。光の中に数百人の物見(ものみ)の学生や一般市民が浮かび上がる。東大OBや現役教授らしき人物たちも混じっている。
 鈴下監督を先頭に続々とオープンカーから降り、フラッシュに炙られながら悠揚と門を入る。ブラバンとバトンと応援団がパフォーマンスをしながら、一足先に会場となる中央食堂へ向かっていく。封鎖されている安田講堂を横目に、黄葉しはじめた銀杏並木の下を報道陣に囲まれて歩く。
 中央食堂の二階に昇る。この食堂とは近づきの仲ではない。窓はいっさいなく、数十本の蛍光灯で明かりを採っている。二百人収容の大広間に、立ち見を入れて三百人近い人びとがつめかけていた。前壁に奥行きのある演壇が設えられている。
 すでにブラスバンド部員が三段のステージに控え、その前に応援団と琥珀色のミニスカートを穿いたバトントワラーたちが姿勢正しく並んでいた。ぐるりの壁に、

 祝優勝・東京大学運動会硬式野球部創設五十周年
 満い願ちたり!

 優勝万歳

 神無月郷君 春秋二季連続三冠王おめでとう


 といった文字を染め抜いた横断幕が掛かっていた。テーブルの上に豪華な菜物の皿がずらりと並び、特別雇いの白衣のウェイトレスやボーイたちがグラスにビールをついで回っている。会は六時開始ということなので、待ちきれなくなった人たちが三々五々寄りつどってアルコールを要求しているのだ。私たちが入場すると、満場の拍手になった。演壇に近いところに整然と並べられたテーブルに、報道記者たちがギッシリと座っている。それ以外は東大の教師たちや職員たちだった。
 東大チームは演壇に上り、監督やスタッフとともに三列に立ち並んだ。フラッシュとストロボがいっせいに光り、しばらく物音はそれだけになる。仁部長が舞台袖のマイクに立ち挨拶をする。
「五十年の長きにわたるご応援、心から感謝いたします! とうとう、きょう大願成就いたしました! と申しましても、願をかけたことすらない畏れ多い希望でございました」
 会場に笑いが満ちる。
「これは棚からぼた餅ではございません。一頭の天馬がやってきて、私たちを乗せ、空高く飛翔したのでございます。天馬の目を瞠る尽力はもちろん、部員たちの技量の急激な向上、覇気の充溢、応援者のかたがたのこの上ない熱気、私にとってすべてが奇跡体験でございしまた。私ばかりでなく、野球部員全員がそうであったにちがいありません。天馬に一声嘶(いなな)いてほしいのですが、天馬ゆえ無口、天真、奔放、関心の所在が定かでありません」
 ドッと笑い声。記者の叫び。
「それでもどうか、そこを曲げて、一声、神無月くん!」
 フラッシュ、拍手、数百人の歓声。
「初優勝が信じられないほど強いチームで野球ができたことを心底感謝しています。一人ひとりチームメイトの顔を思い浮かべながら、いま感激で身動きできません。この日を忘れないために記憶のカメラだけを働かせています。ぼく個人としては、きょうの四本で二十二号になりました。春季の記録までもう少しです。きょうはよく寝て、あした一本でも多く打てるようがんばります」
 大きな歓声が上がる。
「またそれですか! まともなことが言えないのかなあ。ない知恵絞って奇をてらってるつもりでしょう」
 その声を聞きつけた会場の者たち全員は、歓声の余韻で開いた口のまま、ハッといっせいに耳を澄ました。彼らは声の所在を確かめるように近隣の仲間の顔を眺め回した。
「よ、東大の山下清!」
 一人の新聞記者が手を挙げ、発言者の所在を明らかにした。会席が呆気にとられて静まった。
「サンスポの××と申します。あなたはマスコミをナメてるんですか。チョコレート舐めたら甘かった、みたいな、いいかげんなことばかり言ってらっしゃる。かと思えば長々しい、お涙ちょうだいの身の上話。東大生らしい知性はないんですか。東大出身の私としても腹立たしい。ノーベル賞受賞に匹敵するような盛大な会を催してもらってるんですよ。東大の知性レベルをあなた程度だと喧伝する罪は深いですよ」
 私はその記者の顔をはっきりと見た。長髪の、かなり暗いところのある面立ちで、上役におもねり、下役には威張るという眼つきをしている。応援団、バトン、ブラバンの連中が身じろぎもせずに固まっている。記者席もシンとなったままだ。
「くそたれェ! ぶっ殺すぞ! おまえか、例の中傷記事を書いたのは」
 克己が列を離れて演壇を飛び降りようとした。臼山と横平がつづく勢いになった。
「あなたにおまえよばわりされる筋合いはないですな」
 克己たちを白川と鈴下監督が両手を広げて押しとどめて、
「きょうはめでたい席なので穏やかにまいりましょう。マスコミさんには大いなる誤解があるようなので申しあげておきます。神無月くんはごらんのとおり、のほほんとした性質の持ち主なので、言動に少し知恵が足りないように見なされることが多く、東大にマグレで受かったのではないかという風評が飛び交っておりますが、彼の頭の良さは折り紙つきです。彼は文系全学部千四百十名中、二番という成績で合格しております。経済学部に首席がおりますので、法、文、両学部合わせての首席ということになります。当然、学費免除の特待生です。これほどの成績でありながら、彼はいわゆる学問に関心はなく、ただ坦々と書物を読み、好きな野球をし、この世の人事を観察することのみを趣味としております。つまり何かになろうとか、勝ち抜こうとか、何らかの地位に到達しようとかという野心を持たないのです。私どもも最初は奇異に思いました。この世には、目指さずとも〈できてしまう〉という人間がマレにおります。つまり人びとの模範となり得ない人間です。そういう人間はしばしば痴呆の風体を示します。文字どおり、奔放なる天馬です。ある種の神であることはまちがいありません。どうか神をいたぶらないでいただきたい。いたぶればバチが当たります。きょうも、五分でもいてくださいと神さまにお頼みして、無理やり〈連行〉したしだいです。これからマスコミさんと彼との付き合いは長くなるでしょう。うまくやってくださいませんか」
 一人の記者が挙手をして立ち上がった。浜中だった。
「神無月選手、東大野球部のみなさん、関係者のみなさん、九勝零敗、あしたも勝って完全優勝ほぼまちがいないでしょう。まことにおめでとうございます。私、東奥日報スポーツ部の浜中と申します。いま監督さんのおっしゃったことはすべてまぎれもない事実です。きょうは神無月くんを讃える日ではなく、東大野球部開闢以来のミラクルを讃える日であることはわかっておりますが、これ以降神無月くんに質問が集中すれば、祝勝会の予定が狂うのではないかと危惧いたしまして、ひとこと申しあげておきます。神無月くんが青森高校一年生の春以来、四年間にわたってわが東奥日報紙は同くんの特集をつづけております。それもこれも、彼の才能と言行の異常性に社一同が刮目し、活字に残して後世に残す価値を認めたからです。それくらい彼の言葉はすばらしいのです。彼のふるさとである名古屋に同行して、ともに一週間をすごすという取材もいたしました。その、愛と知性と論理が横溢する言葉の群れは、活字にして眺めると、宗教的な思いに浸されるほどすばらしいものでした。また、その生活の破天荒、彼を取り囲む人びとの彼にまさるとも劣らない異常性は筆舌に尽くしがたく、人知を越えておりました。彼のモットーである〈静かな生活〉の意味を心の底から理解いたしました。求められるまま動き、みずからの利益のためには行動を起こさないということなのです。彼は他に求められて東大に進学し、野球をし、そしてプロへいくのです。彼の利益は机にいて静かに本を読み、ときに文章をものし、愛する人びとと語らい、愛する人びとと行動することです。たしかに結果としては、勝ち抜き、何らかの地位に到達した観を呈します。しかし、それは彼が目指して達成したことではなく、したがって、彼自身に達成の自意識もないのです。彼はひたすら求められてそれを実現できたことを、求めた人のために喜ぶのみです。ホームランを一本でも多く打ちたいと言ったのは、あなたがたが野球人である神無月郷に求めることだからです。監督・スタッフと同じことを申しあげます。彼はある種の神人です。どうか彼を揶揄しないでいただきたい。見守り、愛し、彼の言動から歓びを得ることだけを求めていただきたい。そして、できれば、彼自身の幸福も願っていただきたい。面倒のない簡単なことだと思いませんか」
 中介が、あのウェッ! という叫びを上げ、号泣を始めた。横平も克己も腕を目に持っていった。臼山が私の背中に抱きついた。万雷の拍手が上がった。仁部長がマイクに進み出て、
「すばらしい天馬礼讃のお言葉、ありがとうございます。一人の理解者が、百人、千人であることを祈ります」
 西樹助監督が、
「それでは万歳三唱をお願いいたします。東大野球部、昭和四十三年度秋季リーグ優勝、バンザーイ!」
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」
「どうか、会席の方、グラスを。では、乾杯!」
「乾杯!」
 みんなあごを反り上げて飲み干す。五発、六発ストロボが焚かれる。物議をかもした新聞記者が懲りずに手を挙げ、
「神無月さん、ヒーローとはどういう人のことを言うんですか?」
「おまえ、何言ってんだ!」
「怨みがあるのか!」
「退場勧告!」
 さすがに冷静な記者たちも今度はざわめき、怒声を上げた。私はかまわず思ったままを答えた。
「ヒーロー視されているぼくに対するあなたの疑いから発せられた質問であることは、頭のにぶいぼくでもよくわかります。お疑いのとおり、ぼくは人の師表となるヒーローとはなり得ない怠惰で荒くれた人間です。東大生らしい知性など欠けらもありません。質問にお答えします。ヒーローとは、暴虎馮河とは正反対の正義漢のことです。まさにあなたのおっしゃった山下清のように、自分に愛を与える人に素直に従い、その人とともに生き、どんな妨害にあっても耐え抜き、自分の能力を開発する努力を継続する強さとエネルギーを持った、どこでも見かけるふつうの人です。機関車よりも力強く、高いビルをひとっ飛びする人間のことではありません。家庭の父母、教師、看護婦……悪徳者となり得ないすべてのふつうの人のことです。ふつうであること、人間としての普遍性を具有していることほど偉大なことはありません。ヒーローとは、常にヒーローであろうとする覇気に満ちた普遍的な人間のことです。―ぼくは頭が足りないだけの奇人です。そのような麗しい普遍性は備わっていません。ヒーローとはなり得ないこの世の片隅の人間です。取り上げて、いじるに値しない人間です。どうか今後はこのまま、静かに片隅に放っておいていただきたい」
 割れんばかりの拍手が起こった。
「きさま、引っこめ!」
「帰れ!」
 他の記者たちに肩を小突かれ、サンスポの記者が奥の列へ退いていく。


         二百五十七 

 私のあとを部長が引き継ぎ、
「浜中氏がおっしゃった神無月くんの言葉の片鱗を覗かれたでしょうか。根本的に質がちがうようです。彼にかかったらどんな悪罵も正当化されます。自分が悪口雑言を叩かれて当然の人間だと信じているからです。しゃべった人間は傷つきません。その調子に乗せられないことこそ私たちの努めです。いやあ、それにしても、神無月くんの口で英雄をふつうの人と銘打たれると、努力を継続すれば自分にも開発できるヒーロー的な素質があるかもしれないと、何やら勇気がわいてまいりますが、彼独特の社交辞令と取っておきましょう。それでは、坂本義和法学部教授より祝辞をいただきます」
 長髪のハードボイルドな感じのする痩せた男が、会席から演壇に上ってきてマイクの前に立った。奇跡を引き起こした部員たちに敬意を表するためか、すばらしく仕立てのいいラメの入った紺色の一張羅で身を固めていた。学生の味方という噂の人物だった。
「おもしろい展開になっておりますな。天馬にむだな抵抗をしたというところですか。えー、東大野球部員のみなさん、関係者のみなさん、一九一七年の東大野球部創設以来の念願、六大学リーグ優勝、心からお慶び申しあげます。おめでとうございます。かくもめでたい〈優勝さま〉がご来駕くださった喜ばしい席で、めでたくないことを申しあげるのはまことに心苦しいのですが、東大はいま由々しき事態に立ち至っております。説明は不要でしょう。私は全力を尽くして猛反対いたしましたが、来年の東大入試が中止と決定いたしました。入学試験をやるかやらないかは、国の決めることではなく、やはり最終的には大学が決める性質のものではないか。大学に自治能力がないことを大学自身が認めてはならない。加藤総長代行は、ほんとうにみんなが国と戦い抜くやる気があるならば、権限はこっちにあると文部省に言ってやる、と息巻いていたんですが、どの教授も政府と喧嘩してまでやり抜く自信はないと表明したので、加藤代行は撤退することに決めたようです。……やあ、申しわけない。めでたさを素直に喜ぶ祝賀の席で、私、じつにシラケたことを申し上げました。やめましょう。さて、東京六大学野球連盟リーグ優勝は、東大の入試中止など相殺して余りある、これまで東大が打ち立てることのできなかった大金字塔です。かく言う私も、先ほど来、神人、天馬と称されている野球の天才神無月くんの存在は、入学前から存じておりました。不安だったのは、果たして野球一筋に生きてきた彼が東大に合格できるかどうかでした。しかし、それは杞憂であり、神無月くんに礼を失した先入見であったことを思い知りました。ここに平に謝罪いたします。彼はふつうの人ではなかった。そして、彼の定義によると、たしかにふつうでない奇人かもしれないが、正真正銘のヒーローであり、しかも降臨者だった。彼にとって東大受験など何ほどのものでもない、できる問題を解くだけのことだったのです。入学試験官より、神無月くんの国語と英語の入学成績が過去最高であったと聞かされ、腰を抜かす思いをした教授連も少なくありません。しかもこの頭脳が野球の天才であるとなると、取らぬ狸で、ひょっとして優勝の奇跡も起こしてもらえるのではないかと考えたほどです。いや、いくら降臨者でも、まさか一人の力ではそこまでは、と関係者一同思い返したのですが、彼の才能と特異な人格が東大チームに百人力を与えるという相乗作用も相俟って、なんとこのたびの結果となり、ふたたび、いま腰ばかりでなく魂を抜かれそうな状態です。あしたの新聞はスポーツ紙を含めて、優勝関連の記事をすべてスクラップするつもりでおります。いや、まことに、本日はおめでとうございました。東大優勝、バンザーイ!」
「バンザーイ!」
 坂本教授が演壇を下りていき、盛大な拍手の鳴り響くなか、
「注目!」 
 応援団長の大音声が上がり、ブラバンが足音を高めよを演奏しはじめた。バトントワラーたちが応援団のかけ声と手ぶりに合わせて、白髪の老人たちには妖艶すぎるダンスを踊る。
「マネージャー連中といっしょに席について、もりもり食ってくれ」
 西樹助監督に言われ、私たちは演壇を降りてテーブルに着いた。エビチリ、クラゲ、チンジャオロース、餃子、生春巻、揚春巻、麻婆豆腐、飯櫃と茶碗も置いてある。ウェイトレスとボーイが飛んでくる。潤んだ目で握手を求めてくる老教授がいる。サインを求める女教師もいる。席に混じって写真を撮らせる大学の重鎮らしき男もいる。
 浜中が、カメラの恩田と録音の田代を連れてやってきた。三人と固い握手をする。
「みなさん! おひさしぶり!」
 みんなで頭を下げ、
「おひさしぶりです!」
 浜中が、
「神無月さんの伝記を書く以前に、高校三年間の新聞記事をまとめて、加筆訂正のうえ書物にすることが決定しました。一年ほどかかると思いますが、上梓(じょうし)したあかつきにはお手もとにお送りします」
「それは楽しみですね。浜中さん、ぼく、来月吉祥寺に引っ越します。移転先の住所は北村和子さんに電話して訊いてください。それから、今月、大学をやめて、自由交渉がうまくいったら、来春、中日ドラゴンズに入団します。そのことも承知しておいてください」
 私たちのテーブルには他紙の記者がいないので、安心してしゃべる。
「わかりました。ドラフト外ですね。神無月さんのすることはちっとも驚きません。ついにプロのグランドで神無月さんの姿を見られるんですね。ふるさとの人びとに大宣伝しておきます。カネのためのドラフト外じゃないということもね。恩田くん、田代くん、これから出張が頻繁になるぞ!」
 恩田と田代は、はい! とうなずく。
「とにかく北村さんを介して連絡は欠かしません。私どもは、これから夜行で帰青します。折々、イベントがあるときはこっそり顔を出しますよ」
「さっきの話、ありがとうございました」
「神を冒涜するやつは許せませんからね」
 ふたたび三人固い握手。彼らが去ると、坂本教授がやってきて、
「諸君、おめでとう。こんな歴史的な席に呼ばれて幸甚です。加藤さんたちもあわただしく動いている時期なので、私ごときでお茶を濁してしまいましたが、ご寛恕ください。来春も期待しています。文学部のストが無期限になりそうだが、金太郎くんにとっては好都合でしたね。野球と読書に打ちこめる。きみは人間の奇跡だね。仲間たちも生涯忘れないだろう。じゃ」
 テーブル全員が立ち上がり、礼をする。彼は私が来年も東大で野球をやると思っているようだ。坂本教授は振り返り、
「共闘している学生たちがきみたちのような性質だったら、何の問題も起こらなかったんだがね。持てる能力を鍛えないやつは、ロクなもんじゃないな」
 手を振って去っていった。詩織がみんなにビールを注ぎながら、
「私たち、ほんとうに優勝したんですね」
 横平が、
「しちゃったね。ぜったい四年かかると思ってたのになあ。もう特別控室の優勝の瞬間の記憶がぼんやりしてる。朝になって夢の名残を思い出したみたいだよ」
 黒屋が、
「そんな感じね。とても大きな名誉だと思うけど、それをほんとに手にしたのかしらって思う」
 睦子が、
「手にしたのは名誉じゃなくて、自分の行動に社会的な価値のあったことを確認する喜びでしょう」
 私は、
「社会ってのは、大勢って意味だよね。そのとおりなんだよ。ぼくはいつも野球を個人的な趣味としてやってるから、その行動に大勢の人たちが価値を感じてくれたことこそ希望どおりの喜びなんだ。ぼくは大勢の人に喜んでもらいたくて野球をやってきた。その希望と一致したわけだからね」
 横平が、
「なるほどな、社会というのは、大勢の人間の別名か。社会的価値とは、大勢の人びとにとって価値があるということだな。個人の習慣的な行動に社会的価値のあることなんかめったにないもんな。だから喜びも大きいわけか。いい話だ」
「鈴木さんが言ったんだよ」
 克己が、
「あのサンスポ野郎、いつの間にかコソコソ帰っていきやがった。燕雀(えんじゃく)いずくんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんやだ」
「ぼくに対する鬱憤を吐き出したんですね。天馬だ神人だと言われていい気になってんじゃない、東大にマグレで受かったただの野球バカのくせに、手助けしてやってる俺たち優秀なマスコミ人をないがしろにするとは何ごとだ、とね」
「その野球バカの実体を知って、人間の深淵を覗きこんだ思いだろう」
 中介が、
「金太郎さんにヒーローとは何だなんてくだらない質問して、忍耐強い努力の人と答えられて、返す言葉がなかったみたいだぞ。ああいうのを見ると、頭のレベルってのは、絶対的なちがいがあるってわかるな。四年間金太郎さんを追っかけてる浜中って人、あの人の切れ具合には比べるべくもない」
 詩織が、
「こんなにたくさん理解者がいるのに、神無月くんがいつもさびしそうな顔をしてる理由を覗きこんだ感じ」
「さびしいんじゃなくて、ぼくは後ろめたい気がしてるだけだよ。陽気になるには図々しすぎるって気持ち、わかってもらえるかな。幸福というのは、ときどきへんな感情を引き起こすんだ。苦しみと同じような胸苦しさをね。人間てそんなにやすやすと幸福になれるものとは思えないから……。幸福を得るためには、戦わなくちゃいけない。ところがぼくは戦ったことがない。いったいどうしてこんな幸福を得てしまったのか、申しわけない気になるんだ」
 詩織が涙を浮かべた。人は感情の針点を突かれると泣く。克己たちも目を潤ませている。棚下だけがバトンガールのパフォーマンスをじっと見ている。力のこもった筋肉が躍動する。私は詩織たちの涙を茶化すつもりで、
「どうしてもパンツを見ちゃうな。それから顔」
 白川が私のお茶らけに乗ってやろうという顔で、
「逆じゃないの? 顔が先で、パンツがあと」
「ブスのときはね。美人なら、最初から顔に安堵感があるから、まずパンツ。東大のバトントワラーは、体型はいまいちだけど、顔は十人並だからね」
 磐崎が手を叩いて、
「わかる、わかる、言い得て妙」
 棚下が一瞬苦し気な表情をした。黒屋が、
「どうしたの、棚下さん。うまくいってないの?」
「別れた。壮畑もな。彼女たちどっちも一年生でさ、ダンスの練習に打ちこみたいし、三年間心変わりしない自信がないって。壮畑の彼女も同じことを言ったらしいんだよ」
 壮畑はかなり離れた席に座って和やかに飲み食いしている。
「その二人の女は本質的な馬鹿ですね。会者定離の古言を信奉している馬鹿です。本質的な馬鹿は別れたがる。それなら最初から関係をつけなければいいのに、最後に別れて見せたいから、あえて関係をつけることになる。別れたくて別れる人はいないと〈理解屋〉は言うけど、別れたいやつだけが別れるんですよ」
 みんな目を剥いて私を見た。詩織はいちどきに涙を噴き出した。白川が、
「金太郎さんの意外な厳しさを見ちゃったな。なんだかうれしいけど」
「ぼくはふつうの感情を持った人間だから、愛情や努力を踏みにじるような人間を見ると腹が立つ。愛し合う人間は、よほどの悪条件が重ならないかぎり別れないものだ」
 黒屋が気を取り直したように、
「卒業したら、棚下さんと壮畑ちゃんは、どういう進路だっけ」
「俺は博報堂、壮畑は三井生命」
「遠距離ってわけじゃないわよね。じゃ、嫌われたんだ」
 詩織が目を拭い、
「好き嫌いとは関係がないと思います。女のほうが別れのドラマを演じたかっただけでしょう」
「わあ、もう影響受けてる。金太郎さんに惚れると人生雁字搦めになるわよ」
「なりたいです……」
 黒屋がキャッキャと手を叩く。克己が、
「おまえら、ちゃんと食っとけ。山出しの貧乏学生どもが」
 磐崎が、
「克己はブルジョアだもんね」
「いや、山出しだ。白川と同じ、四国香川の大百姓だ。ブルジョアじゃないが、売る田畑はある。ところで金太郎さん、男同士も愛があれば―」
「はい、別れてはいけません」
 睦子がしみじみとした顔で、飯櫃からみんなの茶碗にめしを盛った。


         二百五十八

 ブラバンの演奏が止み、応援団、バトンのパフォーマンスも終わった。彼らは最終戦のミーティングのためにマネージャーたちと別館へ去った。八時半を回って記者たちの大半が引き揚げ、監督、部長ほか数名は居残って、大学関係者を相手に懇親会を開くことになった。そのテーブルが賑やかだ。
 私たちが立ち上がると彼らもいっせいに立ち上がり、深々と礼をした。鈴下監督が、
「秋の新人戦のあとに、武道館でスポーツ部主催の大祝賀会があるそうだ。そのときは加藤総長代行もくるだろう。きょうはインスタントの祝賀会だったが、武道館は派手なものになる。OBもほとんど出席するぞ」
「ぼくは出ませんので、悪しからず」
「わかってます。いやあ、きょうはあわてた。二度とああいうことのないよう警戒を怠らないようにするけれども、金太郎さんを地雷と感づきながら、あえて踏もうとする怖いもの知らずの記者はかならずいるからね。天才というのはわかってもらえないものだ。この先プロで金太郎さんがどんなふうに扱われるか心配だよ」
「のらりくらりですよ。山下清といわれてうれしかった。彼の雰囲気がぼくにもあるというのは、この上ない喜びです」
「たしかに奇人だね。みんな、あしたも頼むぞ。気を抜かないようにな」
「オース!」
 構内にまだうじゃうじゃと学生たちがたむろし、制服を着た警備員に見張られながらしゃべったり、歌ったり、叫んだりしていた。何人か寄ってきて、手を握り、抱きついた。私たちは彼らを振り切り、更衣室へ戻った。三年生の岩田が、
「パレードはすごかったけど、祝賀会はあっけなかったですね。金太郎さんの〈事件〉がなかったら退屈だったろうな。しかし、天下の金太郎さんを叩くやつもいるんだなあ。身の程知らずというか」
 克己が、
「それは俺たちがいつも心配してたことだろ。だから護ってきたんじゃないか。プロにいって、俺たちみたいな気持ちになるやつが出てくるまでしばらくかかるだろうな」
 岩田はうなずきながら、
「あのときの克己さん、怖かったですよ。ぶち殺したる!」
 臼山が、
「俺もそのつもりだった。殺さないまでも、半殺しにはするつもりだった。それにしても立派なご馳走だったな。動けないくらい食った」
 横平が、
「リーグ戦はまだ終わってないぞ。あしたの試合も、最後までビシッといく」
「オッシャア!」
「完全優勝!」
 中介が、
「立つ鳥跡を濁さず。金太郎さん、あしたは俺、ホームラン打つよ」
「俺も!」
 大桐がこぶしを胸前で握る。
「きょうの調子なら、全員安打どころか全員ホームランが狙えますね」
「ぼくは無理だな」
 ピッチャーの村入が笑った。克己が、
「あしたはひょっとしたら記者会見があって、それからNHKだよな。金太郎さん、サボるんじゃないだろな。きょうはつらい目を見たから」
 頼むぜ、と周りから声が上がる。
「どちらもサボりません。みんなの背中に隠れています」
「そうしろ。いいな、みんな、金太郎さんの首だけ覗かすように工夫しろよ」
「ウィース!」
 私はテレビのアナウンサーの押しつけがましい知識人ぶった口調を思い出し、反射的に首筋が冷えた。台坂が、
「金太郎さんは難クセのつけようのない美男子だから、前面にいるとどうしても目立つ。質問が集中してしまう」
 臼山が、
「黒檀の眼差し、サンゴの唇、抜けるような白い肌」
 横平が、
「何かしゃべってもらったほうがいいかもよ。みんなぶっ飛ぶんじゃないか」
「しゃべりません」
「とにかく防御だ」
「ウィース!」
 仲間たちと部室で別れ、あしたの朝の遅いことを思いながら高円寺に向かう。二時試合開始は朝がラクだ。ベンチは三塁側。三塁ベンチからライトスタンドを真っすぐ見通すのが好きだ。二本打てば、二十四本になる。春より二本少ないが、春秋で五十本だ。永遠に破られない記録だろう。私はホームランを打つように生まれついた。打てるかぎりホームランを打ちつづけて、一人でも多くのホームラン好きな人びとに喜んでもらわなくてはならない。ホームランを好まない人びとのことは気にする必要はない。彼らにとって価値があるのは策略であって、爆発的な美ではない。
 宵の高円寺商店街に入る。フジの前を通るとき、富沢マスターとシンちゃんがクラッカーを鳴らした。十人ばかりの見知らぬ人たちがつづけてクラッカーを引いた。シンちゃんが、
「優勝おめでとう! オープンカーのキョウちゃん、かっこよかったぜ」
 マスターが、
「あしたはモーニングサービス食べてって。シチューつけるから。スパイクもう一足、北村さんに渡しといた。プレゼント。二十八・五センチだから、もう少し足が大きくなったら使って」
「ありがとうございます。プロにいってから使わせてもらいます」
 店前に蝟集していた人たちが寄ってきて握手を求めた。いちいち握り返す。
「じゃ、あしたがあるので失礼します」
 シンちゃんが、
「中継はないけど、六時からのNHK特番『東大の奇跡』は観るよ。あしたもたくさんホームラン打ってね」
「はい、打ちます」
 五人の女がワイワイやりながら待っていた。卓上にケーキが用意してある。法子からおめでとうの電話があったということだった。
「祝勝会のめしで腹いっぱいだよ。まず風呂」
「お風呂上りにケーキぐらい食べれるでしょ」
「うん」
 千佳子が、
「一試合四ホームランは大学新記録ですって。私、低く飛んでくホームランが好き。スタンドの真ん中へんに突き刺さるの」
「いちばん美しいホームランだね。バッターの理想だ。年に何本も打てない」
 カズちゃんは私を風呂に追いやった。節子とキクエが私を裸にし、洗い場に立たせて頭の先から足の先まで念入りにシャボンを使った。
 コーヒーとサバランが用意してあった。カズちゃんが、
「山口さんは、林さんといっしょに池袋から新宿へ回ったわ。ニュースで凱旋パレードの中継録画を観たけど、すごい人だかりだったわね」
「キョウちゃんだけ王子さまみたいに輝いとった」
 素子がウットリとした目をした。吉永先生が、
「祝賀会、たいへんだったでしょう」
「思ったよりサッと終わった。東奥日報の浜中さんたち三人がきてて、ぼくに挨拶してすぐに帰った」
 カズちゃんが、
「あら、なつかしい。会いたかったな」
「ぼくの新住所はカズちゃんから聞くようにって、浜中さんに伝えた」
「わかった。電話がくるまでこちらから知らせる必要はないわね。きょうは、すぐ寝なさい。あしたは九時起きの、十時出発」
「オッケー。フジのマスターがモーニング食ってけって言ってたよ。シチューをつけるって」
「みんなで遠慮なくいただきましょ」
 サバランを口に運びながら、しみじみとした気分で五人の女の顔を見回す。みんなかすかに目が吊った豊頬だ。美しい。ほんとうに芸能人ご一行さまだ。素子が、
「キョウちゃん、幸せそうにうちらを見とる」
 節子が、
「なんだかうれしくなる」
「清潔なウルトラ美人。幸せな気分にもなるさ」
 千佳子が、
「美しさは神無月くんがナンバーワンです」
 素子が、
「女よりきれいなんやもん、怖いわ。キョウちゃん、自分から女に手出したらぜったいあかんよ」
「清潔なウルトラ美人はそう転がってない。それより、これからは女どころじゃなくなると思う。食って、寝て、試合をしての連続になる。それにプロは練習もサボれない。みんながそれぞれ、自分なりに忙しくしててくれないと、ぼくも困る」
 節子が、
「いつも和子さんが言ってることです」
 キクエが、
「そう、それがいちばん肝心だって。私と節子さんは看護婦、和子さんと素子さんは喫茶店、法子さんは水商売、千佳子さんと睦子さんは学生、文江さんは書道の先生、トモヨさんは北村席の賄い婦で直人くんの母親、いずれ出てくる秀子さんとみよ子さんも学生。フラフラしてる人は一人もいないわ」
 カズちゃんは首をかしげ、
「あさってで東大とお別れね。キョウちゃんが途中でお別れした学校はどのくらいあるかしら」
「ぜんぶだね。入学から卒業までかよった学校は一つもないよ。城内幼稚園、岡三沢小学校、青木小学校、川原小学校、千年小学校、宮中学校、野辺地中学校、青森高校、名古屋西高、東京大学。人生すべて中途半端。プロ球団は中途半端が基本だから気楽だ」
 節子が感に堪えたふうに、
「だれでもそうよ。家も、学校も、職場も、ぜんぶ中途半端。ただ、人間関係だけは中途半端にしたくない。キョウちゃんを愛するようになって、そう心に決めたんです。だから中途半端になりそうな人とは仲良くしないのが、せめてもの私の良心」
 先生が、
「ボンヤリ仲良くしても、見切ってるということね」
「そうだね。見切って、すがすがしい命を生き延びるんだね。自分を主張しないで社会に飲みこまれたがるやつは死にたがりだ。山田三樹夫は、死にたがりには光が訪れないと言った」
 千佳子が、
「山田さんて、すごい人ですね」
「一家の突然変異。十六で死んだ。一生忘れない」
 十一時だった。私が床に入ると、みんなは風呂にいった。熟睡した。
         †
    
東大六大学史上初の快挙《闘魂》V
          
 鈴下監督・東大ナイン 魂の秋
         
       神無月四発二十二号

 新聞の見出しだけを見て出かけた翌日の最終戦は、二十一対九で勝った。十勝零敗。完全優勝だった。
 全員ホームランとはいかなかったが、私はきのうにつづいて四ホーマー、そのうち二本を最上段の金網に当てた。春と同じ二十六本になった。中介と大桐は約束どおり一本ずつ打ち(中介はレフトポールを巻くライナー、大桐はレフト前段)、横平と水壁も一本ずつ打った(横平は右中間の深いところ、水壁はレフト中段へライナー)。
 リリーフに出た那智は一点も取られなかったが、先発の村入、中継ぎの三井、森磯で九点取られたことが、来年への課題として残った。九点取られた三人は、もっと強い地肩を作らなければいけない。鉄砲肩は無理としても、百メートル級の肩ぐらいは必要だ。人は目標がないと努力しない。
 足音を高めよを聞き、応援団とバトンのセレモニーを見、ベンチ前でインタビューを受けたあと、本郷に戻る。バスの中で鈴下監督から来年度のレギュラーメンバー発表があった。私は新たな気分で聞いた。
「打順は、バッティングの伸長度を見て決める。ピッチャー、先発は那智と村入、中継ぎは三井、森磯。キャッチャー棚下、熊田。ファースト川星、佐田。セカンド田宮、森野、サード宇佐、ショート野添、ライト未定、センター岩田、杉友、レフト風馬。コンバートされたいやつは、なるべく早く申し出ろ。二年生以下から目立った者が出てきたら、レギュラーの立場は危うくなると心得ること」
 中央食堂で三十分の記者会見。加藤一郎総長代行はじめ三人の教授が出席して、短い祝辞を述べる。眼鏡をかけた丸顔の代行以下各教授たちの話は、東大の名誉崩壊をかろうじて押し留めてくれてありがとう、といったような内容ばかりだった。優勝の感激がほとんど消えているせいだろう、各選手に対する質問はほとんどなく、抱負を訊かれた鈴下監督が、
「来季も神無月くん中心のチーム作りになります。課題は野球をするうえでの基礎体力作りです」
 と応えただけだった。私が抜けることはあくまでも隠し通した。そのあと、教授連に対して、東大闘争に関する余分な質疑が加わり、三十分の予定が四十五分に延びた。早く野球だけの世界へいきたい。


         二百五十九

 部室でブレザーに着替え、二つの大きな紙袋に汚れたユニフォーム二着と、シャツ、ストッキング、ダッフルにはグローブ、いちばん古いスパイクとマスターのスパイク、無番のユニフォームを納めた。背番号8のユニフォームすべて、東大のスパイクすべて、バット四本と(五本のうち新しい一本はケースに入れて持っていく。高円寺に一本、荻窪に一本あるので、三本手許にあることになる)、帽子のすべては置いていくことにした。
 ダッフルを担ぎ、紙袋とバットケースを提げてバスに乗りこむ。そんな格好をしているのは私だけだ。みんなさびしそうな顔で私の姿を見つめる。大型バス三台を連ねて渋谷のNHKスタジオへ。いつもの癖で、目についた地名を暗記していく。水道橋、神保町、竹橋、信濃町、千駄ヶ谷、代々木、参宮橋……すぐに忘れた。
 広いスタジオに、野球部員四十五名、応援団員十六名、バトントワラー十二名、鈴下監督、西樹助監督、仁部長、岡島副部長、兼コーチ、小田コーチ、助手二名、マネジャー等十二名、ブラバン二十二名、計百七名全員がらくらく雛壇に座ることができた。入試中止の騒々しい折柄、教授連の出席はなし。
 青木なしがしという男の司会で優勝インタビューが進行する。女のアナウンサーも一人ついた。それぞれの集団から適当にピックアップして、優勝の感懐を訊いていく。みなカメラの前で幼児化し、
「うれしい」
「感動した」
「信じられない」
 といった程度のことしか言えない。ときおりスタジオの大きなモニターに、何試合かの様子や、優勝の胴上げや、街の声などの映像が映し出される。
 補欠たちの席にまぎれていた私にされた質問は、なぜそんなに簡単にホームランが打てるのか、だった。練習の賜物だと答えると、部員たちの大笑いになった。監督や、応援団や、ブラバンや、バトンガールたちまでが笑った。キャプテンの克己が訊かれる。
「いまの笑いは、神無月選手は練習をしないということですか?」
「いや、人一倍熱心にやります。〈週に三、四回〉独自の練習をね。私たちは週に六、七回です。むろん彼の何倍も熱心にやります。それでもなかなかホームランは打てません。彼のホームランはそういう練習の賜物じゃないんですよ。つまり、生来簡単に打てるから打てるんであって、何か理論的な練習の成果ではないんです。その証拠に、彼はスランプに陥ったことがありません。生まれつきの野球マシーンなんです。神無月郷は野球を始めてからこのかた、ずっとホームラン王、いや、三冠王です。高二から高三にかけて、転校先の高校に硬式野球部がなかったせいで、めずらしく中断の時期をすごしています。中断と言うくらいだから、野球の練習をほとんどしなかったと思うでしょう? あに図らんや、地元の高校野球部の練習に参加して、しっかり自主トレしてたんですよ。〈週に三、四回〉のペースでね。もちろんほぼ毎日走ってました。その継続の意志が驚異的です。私たちのような付け焼刃じゃないんです。彼のホームランに理屈をつけるとしたらそれくらいです。〈なぜ〉打てるかはないんですよ。常人の納得のいく解答は出せませんので、金太郎さんに野球の質問をするのはやめましょう。勉強の質問も厳禁ですけど」
 さらに大笑いになった。みんなカメラに慣れてきた。青木が磐崎に、
「東大野球はどう変わったんですか?」
「一点を取っても、すぐに逆転されて、次の一点が近そうで遠いという野球ばかりしてきましたが、今年からは、とっくに点が入ってる、取ると追加点、あとは守備に注意するだけという、なんか夢の中で試合しているようで……細かく何かが変わったというのじゃなく、別レベルのものになったと……言葉がありません」
 水壁に、
「練習にしても、コツコツ転がせ、センター返しだ、アッパースイング禁止、なんてやっていたのが、ぶん回していけ、のひとことになった……」
 臼山、
「やられたら、やり返せ、と自然に考えられるようになった。敢闘精神」
 女性アナウンサーが部員たちの雰囲気を察知して、
「ここに集っているのは、日本一の秀才のかたたちですよね。きびしい受験をくぐり抜けた東大生が野球に生きる? 野球ばかりしていると、せっかく東大にいても、学問をする時間がないのじゃありませんか?」
 横平が、
「はい、ありません。しかし、幼いころから要領よく勉強してきたやつばかりなので、労せず勉強の暇を見つけます。ただし、その程度の勉強量では、学者にはなれませんね。スポーツ部の連中は卒業してから、学問をしたければ本格的に勉強しはじめることになります」
 中介が、
「何かをやるとなったら、集中力をもってストイックにやる。学問はそれでどうにかなる可能性が高い。しかし、野球ときたら! これはいかんともしがたい。まあ、昨年まではひそかに自腹でジムにかよって鍛えている学生が多かったんですけどね、そんなことではどうにもならなかった。とにかく、いっぱしの選手になる可能性は非常に低かった。それが今年、ごらんのとおりです……。華やかな青春を経験できてよかった。勉強以外何もない人生でしたから」
 スタジオの仲間たちから、同意を示す盛大な拍手が上がった。兼コーチにマイク。
「野球部員だった学生時代からコーチをしてます。シートノックに命を懸けてますよ。むかしは神宮に出られないならやめようと思っていましたが、やめなくてよかった。これからは私のような部員もどんどん入ってくると思います。自分はからだが小さくて選手は無理かもしれないが、好きな野球を研究したいというふうにね」
 西樹助監督が、
「勝負事では、とても乗り越えられないと思った壁がとつぜん崩れることがあります。真剣に取り組んでいれば、これからもそういうときがくるでしょう」
 青木アナウンサーが、
「東大のバトンガールというのもめずらしいですね」
 目の涼しい小柄の女にマイクを向ける。
「ふつう、バトンそのものを格好いいと感じて入部するんですが、野球をする人たちの熱気を一度経験したら、格好など忘れて応援せずにいられなくなります。ホットな格好で踊るのは、ほんとは観客よりも選手たちの目を惹くためなんですが、なかなか見てくれません。結局、観客の目ばかり惹いてます」
 ささやかな笑い声。彼女たちは立ち上がり、くねくねとからだを動かし、バトンを回しながら、脚を高く振り上げて見せた。応援団長にマイクが移る。ドスの効いたガラガラ声で、
「選手の士気を鼓舞するのは当然でありますが、その名のとおり、われわれは選手を応援する者たちの代表でもあるので、バトントワラーやブラバンと協調して、スタンドの足並みを揃えることに全神経を集中します。そのために、血ヘドを吐くような特訓を日々しております。内容は明かせません。他大学にまねされてはなりませんので」
 彼のかけ声とともに全団員が立ち上がり、しばし突きのパフォーマンスをした。白川にマイクが向けられる。
「裏方のシンボルであるマネージャーのかたがたには、人知れない苦労譚も数々あると思いますが」
「これといった苦労はありません。広報活動をし、用具を購入し、スコアをつけ、水やタオルの用意をするくらいですから。その程度の苦労は、選手たちの活躍を目にするだけで吹き飛びます」
 黒屋にマイクが移る。
「いちばん留意することは、声出しを絶やさないことです。それとケガ人の応急処置。幸い今年はケガ人が出ませんでしたが、まんいちのために、いつも救急病院と連絡をとれるようにしています」
 最後に監督が総まとめ的な発言を求められ、
「一度だけならミラクルのままですが、二度優勝すればもうミラクルでなくなり、金太郎さんのホームランのように〈数〉のミラクルに関心が移り変わります。そういうチームになりたいですね」
 総員立ち上がり、脇スタジオに移動したブラバンの演奏で闘魂はを歌って放送終了となった。全員に出演料として三千円の金一封と手土産が渡された。
 それからがたいへんで、スタジオ内でコーヒーや紅茶を飲みながらの懇親会が開かれた。放送関係者や、東大の先輩だと胸を張る理事たちまで出席して、得体の知れない思い出話を聞かされた。帰りまぎわには、バスの周囲で、数知れないフラッシュの中、NHK職員たちのサイン攻めに遭った。
 タクシーで高円寺に戻る。運転手に話しかけられなかった。窓から眺めるネオンの美しさを記憶する。二十五分で着いた。九百円。
 節子とキクエはいなかった。荷物をぜんぶ預ける。カズちゃんが、
「東大野球部生活一年間、ご苦労さまでした」
 千佳子が、
「しばらくゆっくりしてください。私はこれからもうひと踏ん張り」
 素子が、
「ホームランもしばらくお休みやね。さびしいわ」
 風呂に入り、石狩鍋の晩めしを食い、三人の女に高円寺駅まで送られて荻窪へ帰る。
         †
 十月二十八日月曜日。三日連続の快晴。体感温度十五、六度。ふつうの排便。歯を念入りに磨く。耳鳴りがすっかり静まっている。
 八時、善福寺公園へランニングに出る。三十分でたどり着き、水面に映える空と緑の美しさに思わず立ち尽くす。下の池から散策。睡蓮の葉が一面に浮かんでいる。夏に咲くピンクの可憐な花は見えない。広い遊歩道を上の池へ歩いていく。土色やオレンジ色の大きな鯉が何匹も泳いでいる。水面に鴨や白鷺やカルガモ、カワセミなどの水鳥、木の枝にはオナガ、シジュウカラ、スズメもいる。水辺に倒れこんだ木の表面に苔がいい模様でついている。広い上の池に着く。ボート乗り場のそばに芙蓉の大輪がいくつも咲いていた。
 石手荘に帰りついたとたん、鈴下監督から石手荘に電話があった。
「あ、金太郎さん、さきほど飛島建設の大沼所長さんに電話して、提出書類に関してすでにお母さんの説得をすませたことを確認しました」
「ほんとですか!」
「はい。お母さんが署名捺印した書類が学生課に届きしだい、金太郎さんは正式に退学を認められたことになります。安心して中日ドラゴンズと交渉してください。ドラゴンズからは、退学が事実かどうかの問い合わせの電話が昨日入って、本人に都合のいい交渉の日時を知らせてくれるように求められました」
 最大の難関がいとも簡単に突破された。ほんとうに母が中退を了承したのだろうか。あとで心変わりをして、タチの悪い妨害をしてこないだろうか。
 ―ひっくり返る可能性は? 
 公人を通しての懇請のうえに、母が一目置く大沼所長まで絡んでいるのだから、そう簡単にはひっくり返らないだろう。
「ありがとうございました。もし独力でやろうとしたら、これほどスムーズにことは運ばなかったと思います。それどころか、頓挫していたでしょう。ほんとにどう感謝してよいかわかりません……。今後、感謝の気持ちを絶やすことはけっしてありません。この三十一日に吉祥寺に引っ越します。住所と電話番号がわかりしだい監督の事務所に連絡を入れます。三十一日以降、どちらへ連絡すればよろしいでしょうか」
「本郷の野球部本部事務所へ頼みます。電話番号は××の××××」
 私は書き取った。監督は、
「十一月十二日からの新人戦まではそこに詰めてます。こういう話はどこからともなく漏れるので、自主交渉はかなり突っつかれますよ」
「〈中日にいきます〉のひとことで終わりです」
「そのとおり。いやあ、つらいなあ、金太郎さんと別れるのは。こんなに早く別れることになるなんて信じられませんよ。つらすぎる」
 涙声になる。
「東京で試合があるときは、東大グランドのほうに寄ります。エースのボールを打たせていただきます」
「ああ、楽しみにしてます」
「ロッカーに残した分は使ってください」
「使わないよ。残しておいて、金太郎さんが遊びにきたときに使ってもらう」
「ドラゴンズとつつがなく契約を取り交わすことができたら、連絡かたがた東大グランドに出向きます」
「そうしてください。そのときは食事をしよう。いやあ、つらい。話していられない。じゃ、連絡待ってるよ」
 涙声のまま切った。
 フジのカズちゃんに電話を入れる。
「おめでとう、キョウちゃん。まだまだ油断しないで経過を見ましょうね」
「引越し先の家に電話引いてある?」
「新しく入れたようよ。もう先週のうちにすっかりできあがってるのよ」
「じゃ、三十一日に、その家で。御池のトラックに乗っていく。昼までには着くと思う」
「わかった」



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