九十七
 
 朝起きるとタオルもシーツも乾いていた。起きてすぐ、詩織に電話をする。
「わあ、神無月くん! ごきげんよう」
「きょう、東大に顔出すけど、詩織はいかないよね」
「うん、いかない。怠け者の人たちには会いたくないから。……でも、神無月くんがいっしょならクロコでいられるし、いってみようかな」
「写真を見にいく約束、早いうちに果たしておこうと思って。きのう、バトンといっしょに部員が何人か応援にきてたよ。黒屋さんもいた」
「……あの人たちといっしょにワイワイやりたくないな。やっぱり本郷にはいきません」
「わかった。東大グランドに九時半から十時にいくとだけ、白川さんに連絡しといて。彼は朝日放送の報道部とか言ってたよね。取材ということで出てこれるだろう。いや、無理か。大阪の本社にいるんだっけ?」
「東京の支社よ。神無月くんの取材となったら大手柄だから、たとえ大阪にいても喜んで出てくるわ。新幹線で一本だから」
 江藤を誘ってなだ万にいき、和朝食を食う。
「ひとつ訊きたいことがあるんですが―悪人と言われる濃人監督のことです。川上ほどいけ好かないやつだったんですか」
「……いけ好かんいうのとはちとちごうとるばい。監督やコーチとしてプロと社会人をいったりきたりの男での、鍛錬と酷使の鬼やったとたい。日鉄二瀬は濃人学校と言われとった。昭和三十四年に、ワシや古葉ばプロに送りこんだ。その意味ではたしかに恩人ばってんが、ワシはあまり好きやなかった。水原さんみたいに野球に美学ば持っとらんかったけんな。勝ち負けがすべてやった。三十五年に中日のコーチに招聘されたとき、天知体制を一新するて張り切って、翌年監督になると、森徹や井上さんや吉沢さんばトレードで追い出しよった。まあ、そのおかげで、ワシや高木や木俣が持ち場ば得たちゅうことはあったばってん……。二位、三位と二年間がんばったが、追い出されたくさ」
「なぜですか。悪名高いトレードだけが原因とは思えないんですが。実際Aクラスを維持したわけですから」
「中日新聞社が、大学ば出とらん監督はいらんて急に言い出しよった。ばってん、それは口実たい。やっぱり森の追い出しと、権藤の酷使が原因やな。やることが美しくなか。それでドラゴンズファンから総スカンを喰らったっちゃん。昭和三十八年に明大出身の杉浦清が監督に納まった。ワシを中心にいまのメンバーば作り上げたのは、杉浦さんと西沢さんたい。濃人はワシを引き立てただけやったとばい。ありがたかけんが、あまりうれしゅうない。杉浦さんは三十八年に二位、三十九年に最下位。頭のええ人やったが、監督はへたやった。それで辞めさせられた。それからは、西沢さんが三年やって、杉下さんが半年やり、そして今年の水原監督になった。日大、明治、慶應、ぜんぶ大学出やの。ばってん大学出というのはあくまでも口実で、みんなきれいな野球ばやる人たちということやろうもん。天知監督以来の伝統ばい。親会社の中日新聞はあまり勝ちにこだわらん。勝っても負けても、きれいで、勇ましい野球をやってほしいんやのう。そこへ、美しか金太郎さんが降ってきた。今回の川上にせよ、広島の七連続敬遠にせよ、金太郎さんは汚いものを映し出す鏡たい。ワシらばかりでなく、監督もフロントも、連盟までぞっこん惚れこんどる」
「中日ドラゴンズは今シーズン、敬遠も、ビンボールも、一つもやってませんね」
「そうたい、それがドラゴンズの野球たい。これからはプロ野球界全体がそうなっていくやろのう」
「ドラゴンズで野球ができて、幸せです」
「それはワシらの言うことばい。金太郎さんがおらんなったら、また濁りはじめて、プロ野球はもとの木阿弥ばい」
「そうならないよう、みんなで全力を尽くしましょう。きょうも打ち勝ちましょう」
「おお! 手は抜かんぞ」
 午前九時。本郷に出かける。鈴下監督に見せるために特殊眼鏡をかけ、ブレザーをきちんと着て革靴を履く。
 赤坂見附から丸ノ内線池袋行に乗る。国会議事堂前、霞ヶ関、銀座、東京、細かく停まる。奇妙な眼鏡顔をじろじろ見られる。即座に私だと気づかれる。座席に着かずにドア際に立って暗い外を向く。人目の煩わしさはあるがだれも近寄ってこないので、しばらくひそひそ話に耐えるだけですむ。大手町、淡路町、御茶ノ水。
 本郷三丁目の狭いホームから階段を上り、親しみの薄い本郷通りの街並に出る。校舎の外縁を護るクスの長い生垣。私はこの大学の学問的な奥行きを百万分の一も知らない。合格しただけの大学。門と校舎の威容に、畏敬ではなく恐怖が湧く。公孫樹の並木道を通って東大球場へ。
「神無月くーん!」
「神無月さん!」
「神無月ィ!」
 通用ゲートで鈴下監督と、三十人に余るユニフォーム姿と、二十人に近いバトンガールが拍手で出迎える。先頭に白川と黒屋が立っている。鈴下と握手をし、固く抱き合う。
「会いたかったよ。いつも」
「ご無沙汰して、申しわけありません」
「眼鏡、似合ってるね」
「ありがとうございます。重宝させてもらってます」
 そう言って、用ずみの眼鏡を外し、ケースに入れてポケットにしまった。
「シーズンも終わったので、助監督や部長たちには声をかけなかったよ」
「そのほうがいいです。ひっそりと訪ねたかったので」
 白川が、
「神無月選手を撮りにいくと言ったら、朝日放送の報道部がついていくということになってね。ひっそりというわけにいかなくなって、すまん」
 腕章をしたカメラマンが十人ほど。マイクつきのテレビカメラも何台か取り囲んでいる。フラッシュがしきりに瞬き、ビデオカメラが回る。監督に先導され、一礼してグランドに入る。まったく変わっていない。全員で塀沿いに一周歩く。三塁スタンドでバトンガールたちがひとしきり舞い踊る。白川がパチリパチリやる。報道マイクが寄ってくる。
「今季の東大は一勝もできませんでしたが」
「マグレが起こらなかっただけです。いずれ巡ってきます」
 ユニフォームが一人寄ってきて、頭を下げる。
「那智―」
「憶えていてくれましたか。生きながら伝説となった人にお会いできて光栄です。きょうはぼくのボールを何本か打っていただけますか」
「うん。ユニフォーム、まだありますか」
 鈴下が、
「ロッカーはそのままだ。グローブのほかの何もかも、三組ずつある。あとでキャッチボールといっしょに頼む」
「わかりました」
 レポーターが、
「ドラゴンズには東大出身の井手選手がいらっしゃいますが、お話はなさりましたか」
「一軍と二軍は、まったく交流はありません。明石のキャンプでは、チラッと口を利きました。野手に転向すると言っていました」
 クラブ室へ向かう。鈴下が、
「よーし、みんな、練習にかかれ。二十分ほどしたら、金太郎さんにキャッチボールとバッティングを披露してもらう」
 バラバラと部員たちがグランドに散った。部室に入る。壁じゅうに私の写真が貼ってある。打ち、走り、捕る姿だ。優勝パレードの大きな写真が入口の扁額になっていた。新たに加えたのだろう、後楽園球場や中日球場の写真もある。背番号8の空色のユニフォームがガラスケースに入れて飾ってあった。白川が、
「まるで記念館だろ」
「ありがとうございます。励みになります」
「この部屋はずっとこのままにしておくからな」
 七十キロのバーベルがあったので、寝そべって、五回ほどやってみる。一年前とちがって軽々と上がる。記者たちの歓声が沸く。黒屋がユニフォームと帽子とバットを持ってきた。その場でパンツ一枚になって着替える。また別の種類の歓声が上がる。スパイクの紐を結び、帽子をかぶる。フラッシュが瞬く。
 長椅子に置いてあっただれかの古いグローブを持ってグランドに出る。那智が投げている。キャッチボールから始めた。ホームベースから声をかける。
「ファーストからいきます。川星さんでしたね」
「ウス!」
 手首だけで五球ほど。フラッシュ。
「速え!」
「セカンド、田宮さん」
「オス!」
 肩を使いはじめる。
「うへェ!」
 田宮が顔をそむけて捕球する。
「野添くん!」
「はい!」
 しっかりと腕を振る。野添は気丈に捕球し、懸命に投げ返す。フラッシュが瞬く。
「宇佐さん!」
「オー!」
 宇佐はタッチプレイを見せて照れた。そして、グローブを外して手を痛そうに振った。
「痛え!」
 笑いが沸いた。
「じゃ、外野いきます。ライトから、杉友さん!」
 ワンステップして、低いボールを投げる。一直線の弾道で杉友の胸に収まった。
「ウヒョー!」
 という声が記者たちから上がった。杉友のボールがツーバウンドで戻ってきた。
「岩田さん!」
 本格的に肘と肩を使った。ボールが地面に沿って浮き上がり、岩田のグローブに吸いこまれる。捕球の音が聞こえてきた。拍手の音がいっせいに空に立ち昇った。バトンガールたちがポンポン踊りをする。
「風馬さん、バックしてください。全力でいきます!」
「オース!」
 塀ぎわまで下がった風馬にツーステップで送球する。
「スッゲー!」
 那智が叫んだ。地面とほとんど並行の高さで白球が百メートルの大気を滑空していった。
「さすが天馬!」
 鈴下監督が拍手した。記者の一人が、
「堀内の遠投を見たことがあります。それよりもはるかにすごい!」
「那智くん、打つよ!」
「はい!」
「投げたいピッチャーは順に投げてください。ストライクだけ打ちます」
 三井、村入、森磯がマウンドに走ってきた。左右にズラリとカメラランが控えた。緊張した那智の初球がすっぽ抜けて、キャッチャーの頭の高さにきた。
「速い球を投げようと思わないで。ホームベースに叩きつけるように、腕を振ることだけ考えて」
「はい!」
 ワンバウンドがきた。
「それでいいんです!」
 真ん中低目にかなりのスピードボールがきた。掬い上げる。いっせいにフラッシュ。青い網フェンスの彼方のセンターの森を目がけて飛んでいく。繁みに消えた。
「ヒェー!」
 ほうぼうから剣道の気合のような叫びが上がる。次々とピッチャーが代わる。右の森を越え、左のネットを越え、打球が米粒になって消える。
「オッケー、そこまで! ボール探しがたいへんだ。集合!」
 鈴下が号令をかける。みんな駆け寄ってきたので、車座になるように私は輪の中心に腰を下ろした。カメラマンたちが取り囲む。ネット裏の鉄傘のスタンドにいつのまにかぎっしり人が詰めかけている。
「ピッチャー陣の肩はできているようです。毎日三十球、ホームベースからセカンドへ低く投げる練習をすれば、もっと強い地肩ができます。野手同士のキャッチボールはもっと力をこめて投げてください。四番はだれですか」
 岩田と川星が手を挙げた。
「振ってみてください」
 輪の外に出て、それぞれ私に振って見せる。気に入らない。野添、杉友、田宮、宇佐、風馬にも振ってもらう。
「打撃は先天的な要素が強い。それは手首です。風馬さん、あなたは何番ですか」
「五番です」
「四番を打ったほうがいい。野添くん三番、岩田くん五番、川星さん六番、この四人は固定ですね。シーズン、五勝はできますよ」
 鈴下が、
「そう思うか!」
「はい。打順を入れ替えるだけで、ガラリと変わります。キャッチャーの熊田さんは負担を軽減するために八番、田宮さん七番、宇佐さんと杉友さんは、一、二番ですね。エースは那智くん、準エースは村入さん、なるべく先発で。三井さんと森磯さんは中継ぎかクローザー。ピッチャー陣を除いて、遠投力のある三人で、ライト、センター、レフトを適宜守ればいいでしょう。次に肩のいい二人をショートとサードに置く。遠投八十メートル以下の人はいますか」
 やはり田宮が手を挙げた。
「ダブルプレーとバックホームの練習に力をこめてください。部員が球場に入ってすることは、ポール間ダッシュ一本、腕立て五十回、腹筋五十回、背筋五十回、素振り百本。かならずそれをやってから、フリーバッティングや守備練習に入ってください。柔軟やストレッチは最低限に留めること。ピッチャーの投げこみは百球まで。あとはフリーバッティングで五十球を投げること。五勝を期待してます。この秋に五勝できれば、来年の優勝もあります」
「ウオォォ!」
「キャー!」
 黒屋が跳ねると、バトンガールたちもスタンドで跳ねた。鈴下監督が、
「神無月くん、ありがとう! 勇気が出たよ。みんな、がんばろうな!」
「オー!」
「がんばってください。いままであなたたちはサボってただけです。根を詰めた二、三時間の練習で十分です。他大学のように特訓は要りません。強打者と対戦するときの決め球は、内角の高目です。百三十キロから百四十キロのストレートで打ち取れます。ほんとうにがんばってください」
 キャプテンの熊田が、
「いままでの俺たちは腑甲斐なかった。まったく努力してないのと同じだった。神無月くんのきょうの言葉で、自分たちが甘えていたことがわかった。キャプテンとしても腑甲斐なかった。これからはたがいに、激励叱咤し合いながらがんばっていこう」
 全員に頭を下げた。テレビカメラが回っている。気構えが成れば、野球がうまくなるというものではない。五勝と口に出したのは、せめて二勝を願ってのことだ。車座から拍手が立ち昇った。白川がパチリパチリ撮りまくった。鈴下が、
「神無月くん、ありがとう。チームが生まれ変わるかもしれない」
「差し出がましいことを申し上げました。野球は基本的に個人プレーなので、個人的なひそかな鍛練が重要になります。五勝と言いましたが、クラブ活動的な集団訓練と思っているうちは、一勝もできないでしょう」
 野球部連中の顔が紅潮した。


         九十八

「質問、よろしいでしょうか」
 一人の報道員が尋いた。竿マイクが伸びてくる。ほかに何本か垂れてきた。
「東大時代に培われた精神性で、プロでも生かせているものはありますか」
「青森高校もそうでしたが、和気藹々とした団結です。中日ドラゴンズを貫く支柱はその一本です。いきすぎた特訓もなく、監督コーチ選手間の軋轢もないとき、チームは強くなります。集中的な練習は、チームが強くなってこそ初めて実を結びます。効率など無視して、ひたすら仲良く鍛練に励んでください。学問をする姿勢にも影響するでしょう」
 バトンガールたちがスタンドから降りてきて、私たちの車座の外に整列した。太腿は魅力に満ちているが、顔は素人ぽい勉強家の表情を滲ませている。懸命に笑顔を作っている。記者たちの質問がつづく。
「入団以来いろいろと災難に見舞われましたが、プロの洗礼と考えますか」
「洗礼は野球でなされねばなりません。これまでの一連のでぎごとは、単なる低い人間性から出た嫌がらせです」
「これからもつづくと思いますか」
「一年、二年は断続的につづくものと覚悟しています。ある種の不可抗力なので、対抗策をとるつもりはありません。彼らのしたいようにさせておきます。くだらないものは一向に気にならないタチですから、恐怖したり驚いたりするほどのものではありません」
「きのうで六十八本。オールスターまでに百号いけそうですね」
「できれば打ちたいと思っています。特に江夏さん、堀内さん、平松さんから打ちたい」
「いつもナイターで眼鏡をつけていらっしゃいますね」
「これですか?」
 と言って、胸ポケットから出してもう一度かけて見せる。
「鈴下監督の特注で作ってもらったものです。弱視のぼくが、ナイターや雨天で苦労なく野球がやれるのは、この眼鏡のおかげです。外出のときは、人が大勢いるときだけふつうの近視鏡をかけるようにしてます。人相が変わるので、ほとんど声をかけられません」
 鈴下が、
「福岡の仲西という職人さんに作ってもらったものなんです。防水で、色の薄い偏光サングラスになってます」
「目が悪くなったのはいつごろからですか」
「小学校高学年からです。黒板の字が見にくくても、野球は勘でできます。夕暮れ以降はそうはいかない。眼鏡を作ってもらった所以です」
「そのほかにも障害をお持ちとか」
「右耳がほとんど聴こえません。相手選手の打球は、衝突音のステレオ感ではなく、目に捉えたバットとボールの衝突の角度で追いかけます。自然にやっていることなので、障害を抱えているとは思いません」
 記者は周りの選手に質問の矛先を替えた。
「昨年秋季の優勝から一転して、この春季はゼロ勝でしたが、いくら天馬を欠いてのうえであるとはいえ、やはり口惜しいでしょう」
 岩田が、
「口惜しくないのが俺たちの弱点です。東大だからこれでいいんだという気持ちがどこかにあるんです。去年までは神無月のおかげでそれがありませんでした。東大だからどうした、という気持ちでした。神無月がいなくなって、野球がどうしたになってしまった。それに連鎖して野球ばかりでなく、勉強もいいかげんになる。業を煮やしたんでしょう、忙しい中を神無月が写真見物にかこつけて激励にきてくれた。そして叱ってくれた。忘れていたものを思い出しました。きょうから生まれ変わります」
 黒屋が、
「記者さんたちに訊きたいんですが、どうして川上監督はこれほど神無月くんを嫌うんですか」
 ライトが消え、ビデオのスイッチが切られた。映像に残してはまずいタブーの話題なのだろう。記者たちはいっせいにメモ書きの姿勢をとった。一人の記者が、
「これをテレビで放送すると、神無月選手が追放されるおそれがあります。読売新聞系の影響力には計り知れないものがあって……権力というのは復讐が基本ですから」
「追放されるなら早いほうがいい。守ってもらう必要はありません」
「そうおっしゃらないでください。球界の損失をあえて招くようなことはしたくありません。川上監督の進退の記事はあっても、彼を根本的に非難する記事はいっさいなかったでしょう? そういうことなんです。しかし、今回の件に関して何らかの説明がなければ、神無月選手の疑問がいつまでも解けないでしょうから、説明いたします。現役時代の川上氏は、首脳陣泣かせの選手でして、練習も共同生活も非協力的なマイペースを貫き、気に入らないことがあると首脳陣批判を繰り返した人です。昭和二十五年に三原から水原に監督が代わったときも、三原監督で優勝したのになぜ交代する必要があるのか、水原監督に代わるなら契約書の判を捺さないと、首脳陣に詰め寄ったんです。結局は捺したんですがね」
「捺した? 反抗の意味がない」
 私は顔をしかめた。鈴下が、
「根は小心者なんだろう。辞めたら食っていけない、親族を食わせていけないと、瞬間的に思い返すほうだな」
 記者がつづけて、
「ごねてみせただけだったんでしょう。主力選手だという安心感のもとでね。水原監督はそんな態度に気を悪くすることもなく、翌年、大リーグの3Aチームのキャンプ招待選手に彼を推薦して送りました。私情抜きで彼を育てようとしたんです。ところが川上氏が学んで持ち帰ったのは、野球技術ではなく監督帝王学でした。どんなスタープレーヤーも帝国組織の一部にすぎないという考え方です。彼はその認識のもとで水原氏に従順になっただけで、関係が修復されたわけではありませんでした。彼が巨人の監督になって行なった改革は、水原氏の放任主義の一掃と、アメリカ式のヒエラルキーに基づく管理体制の完成です。その方針のもとに、昭和三十六年から四十三年にかけてシーズン六回優勝、そのうち四十年から昨年まで四連覇しています。それが読売上層部による絶大な信頼のもととなりました。これを要するに、彼が気に食わないのは、勝てるはずのない放任野球が型破りの強さを誇り、組織の子飼いの駒にすぎない神無月選手が、何の枷もなく伸びのびと活躍している図です。彼には、一介の野球選手が組織に頤使(いし)されず、逆にそれを懐柔して、ある意味組み敷いて、いい気になっていると見えるわけです」
「なるほど。これまでもいろいろな説明を受けてきましたが、いちばんわかりやすい説明でした。そうなるともう不治の病ですね。水原監督とぼくの引退以外に治療薬はないじゃないですか。しかし、まだは引退しませんよ。だから無視することにします」
「賢明な対応だと思います」
「さ、今夜は神宮球場でアトムズとの八回戦です。そろそろ帰ります」
 立ち上がると、バトンガールたちが明るい声を上げて踊りだした。ライトが点り、カメラが回りはじめた。黒屋が遠慮がちに握手の手を差し出した。軽く握った。心は遠くにあるようだったが、その理由はわかった。手に入れるには社会的に脆弱で異様すぎるものに興味を失ったのだ。いずれ身近な、地位ある男と結婚するだろう。女の自立をにおわせながら、服飾デザイナーなどとほざいてみても、自由へのあこがれを口に出しただけにすぎない。
 白川と戻った部室でブレザーに着替えながら、もう一度写真を見回した。
「激励なんて格好いいことしにきたわけじゃないですよ」
「わかってるよ。俺との約束守っただけだろ。神無月郷は約束の人だから。……松葉会は大手新聞社にも乗りこんだことのある危険な集団だ。どうのこうの言っても、彼らを怒らせたら読売などひとたまりもない」
「ぼくの身を案じて、彼らはけっして怒りません。きょうの報道関係者以上にぼくのことを心配してます。来年の春、また新人の様子を見にきます」
「俺もくるよ。そのころ、天馬の写真展を新宿の伊勢丹でやろうと思ってる。今年は報道部のやつらと、おまえのいろいろな受賞会場へいくつもりだ。どういう会場で、どんなふうに表彰されてるか、ふつう知られてないからな。俺も知らない」
 フラッシュの瞬き中で部員たちと次々に握手した。黒屋とももう一度握手した。正門まで鈴下と白川と記者たちが送ってきた。鈴下が涙を浮かべながら、
「二時間の楽園体験をありがとう。いつも金太郎さんのことを思ってるよ。一日に一度は顔を思い浮かべるくらいだ。秋のリーグ戦はがんばるからね」
 あらためて鈴下と握手し、抱き合った。
         †
 四時半。フル装備でバスに乗る。きのう川崎球場だったが、きょう神宮球場だ。相手は同じアトムズ。ニューオータニから神宮球場まで十分そこそこで着く。川崎球場の六分の一の移動時間だ。青山通り。本郷通りと同様、感覚に馴染めない街並。右、左と首をめぐらす。鹿島建設本社ビル(鹿島建設か。高島台の飯場、ひろゆきちゃん、京子ちゃん、さぶちゃん、破傷風)、豊川稲荷(愛知県の豊川稲荷の別院だな。神社じゃないのに参道に鳥居が立っているんだった。いつだったか仕入れた知識だ)、東北新社(たしか外国映画の字幕製作で有名な配給会社だったな)、弾正坂(弾正って、人の名前かな?)、赤坂警察署(五階建ての立派なビル)、高橋是清記念公園(二・ニ六事件で殺された大蔵大臣だったな。どういう仕事をした男なのかまったく知らない)、カナダ大使館、赤坂郵便局、本田技研本社、ポーラ(昼メロの化粧品会社としか知らない)、伊藤忠ビル。
 外苑前を右折。秩父宮ラグビー場(秩父宮ってだれだ?)。十分間の会話が弾む。一枝が、
「きょうは健ちゃん?」
「ああ、七勝の親分と勉ちゃんに一つ先を越されてるからな。並んでおかないと」
「一発が怖いよね」
「だいじょうぶ、気抜かないから」
 長谷川コーチが、
「健ちゃんは遊んじゃうから」
「真ん中のストレートでね。威力を試してみようとするときが危ない。スローボールは遊びじゃないんだ」
 菱川が、
「俺と太田は控えです。神無月さんのバッティングをたっぷり見させてもらいます」
「打たせてもらえるかなあ。きょうは盗塁の日かもしれない」
「じゃ、走塁をたっぷり見させてもらいます」
 神宮球場到着。ロッカールームからベンチを通ってグランドに上がると、外野フェンスのいつもの白字広告が飛びこんでくる。右翼から、コカコーラ、三菱カラーテレビ、日動火災、ヤクルトジョア。センターから左翼へ、YOKOHAMA、アキレス靴、ホクセイサッシ、キリンビール。
 眼鏡をかけ、全力でレフトからライトへポール間ダッシュ、三十秒休憩して、余力でライトからレフトへ。息が上がり、寝そべって深呼吸。曇り空。鏑木が寄ってきてあぐらをかき、塀に沿って走る選手たちを見つめる。私はライトの防球網を見つめる。
「あの金網は一回しか越えたことがありません」
「百七十メートルのホームランでしたね」
「ホームランを打つことがあんなに楽しかったのに、このごろでは楽しくなくなりました。観客たちは楽しいんでしょうか」
「ホームランは永遠の娯楽です。楽しくなくてもコツコツ打ってください。みんな大喜びです」
「王さんは何本いってます?」
「先月二十九日の十一号で止まってます」
 池藤もやってきて、私をうつ伏せにし、首から腰を触りまくる。
「きょう、何か運動した?」
「東大グランドで、キャッチボール四本と遠投を三本、それから二十本ほど打ちました」
「右肩がほんの少し熱を持ってる。きょうじゅうには取れる疲労熱だけど、遠投は三本以上集中してやらないようにね。ピッチングよりも疲労するから」
「はい。油断しました」
 鏑木が、
「東大はもとに戻っちゃいましたね」
「優勝は無理でも、Aクラスは目指してほしいです。そういうハッパをかけましたが、野球を集団スポーツと考えてるあいだは無理でしょう」
 鏑木は神妙にうなずく。池藤が、
「ああ、客が詰まってきた。きょうも満員になる」
 フリーバッティングが始まった。
 順繰りに行うバッティングの合間に、私はケージの後ろで見守る水原監督の傍らに寄り、
「お話があります」
 ん? と監督は微笑み、少しコーチ連から離れた場所に移動した。
「吉沢さんの件です」
「心配しなくていいよ、金太郎さん。彼はドラゴンズに残る。コーチとしてね」
「え! それをお願いしようと思って。新人の申し出なぞ、一蹴されるようで怖かったんですが、ぼくだけでなく、これは選手たちほとんどの気持ちなんです。……彼は人材だと思うんです」
「そのとおりだよ。ほんとに金太郎さんはどこまで純粋な男なんだろうね。安心して、打ってきなさい」


         九十九

 ドラゴンズのスターティングメンバーが発表されていく。一番中から始まり、九番の小川まで、太田の代わりに島谷が入り、菱川の代わりに江島が入っただけの変更オーダーだった。三打席二三振、一フォアボールの木俣に代わって八回からマスクをかぶった新宅が、九回に一号ソロを打った。島谷は三打数一安打。その一本のヒットが八回の八号ソロだった。一枝が三塁打を二本打ち、一本は走者一掃の右中間、一本は二者を返す左中間だった。
 結局、八回まで投げた石岡から六点、九回だけ投げた松岡から一点を取り、七対ゼロで勝った。小川健太郎が完投した。七勝目。江藤、木俣、江島がノーヒット、私はライト前ヒット二本、フォアボール二つだった。出塁した四回とも盗塁した。すべてギリギリセーフだったが、強肩加藤俊夫の送球を凌いだことに胸をふくらませた。江藤と木俣と江島がノーヒットだったせいで、私は二塁ベース上に孤独に立ち、人工の光が降り注ぐスタンドを眺めた。すばらしい景色だった。
 中と高木が一本ずつヒットを打ち、一つずつ盗塁した。私と同様、一枝の三塁打に貢献し、残塁を免れた。九時二十分試合終了。
 巨人が阪神戦で、国松のソロホームラン一本で勝ったと、帰りのバスの中で話題になった。六連勝。巨人軍の選手たちは川上を父親のように慕っているのだ。けっして崩してはならない関係だと思った。水原監督が、
「巨人の好調のおかげで、一連の騒動はすっかり忘れ去られた格好だ。私たちも忘れよう。さあ、あさってから二カ月ぶりの甲子園だ。二連戦のうち、どちらかに江夏が出てくるだろう。しかし、金太郎さんがホームランを打たない日はスタンドが静かだね。沸き返ったのは一枝くんの三塁打のときと、島谷くんと新宅くんのホームランのときだけだった。たまにはクリーンアップの長打に頼らないこういう試合も新鮮でいい。五、六試合つづいてもいいくらいだ」
 田宮コーチが、
「菱、太田、あさっては先発だ。ピッチャーは小野、しあさっては伊藤久敏」
 宇野ヘッドコーチが、
「東京の遠征先から兵庫の甲子園へ移動するのは、新人には初めての経験だ。ちょっと長旅になる。十二時出発のバスで品川まで二十分、新幹線ひかりで新大阪まで三時間、新大阪から阪神バスで芦屋の竹園旅館まで一時間。だいたい五時過ぎに着く。おおよそ五時間の旅だ。そこから翌日の三時半までノンビリだ。翌日は四時に竹園をバスで出発して、四時半に甲子園。四時四十五分から練習。六時半試合開始」
 太田が、
「五万の観衆か!」
 三日月形のラッキーゾーンを思い浮かべる。九十一メートル飛べばホームランになるなら、甲子園は日本一狭い球場だと言っていい。ただ外野スタンドの勾配がゆるいので、場外までの距離が長い。なかなか場外ホームランは打てそうもない。心を読んだように水原監督が、
「ライトの看板に当ててるから、そろそろ日本初の甲子園場外ホームランが見られそうだね。看板は江夏の初打席だった。速球ピッチャーじゃないとボールも飛ばない」
 一枝が、
「江夏と対戦するまで、甲子園に敬意を表して、ちょいちょいとラッキーゾーンに放りこんどけばいいんじゃない。あの幅に入れるのは、なかなか難しいけどね」
         †
 十一時にドアがノックされ、かわいらしい詩織が忍びこんできた。
「詩織! きちゃったんだ」
「はい、どうしても逢いたくて。神泉駅からタクシーで二十分くらいできました。渋谷から表参道、外苑前、赤坂見附。千円もかかりませんでした。一時間もしたらタクシーで帰ります」
 スカートを拡げてソファに座る。バッグから夕刊を取り出して、天馬東大に里帰り、という見出しを示した。車座の写真が写っていた。
「夜のニュースでも特集してました。神無月くんの言葉はカットなし、ホームランも映ってました」
 フンと錆くさいにおいがした。畠中女史のにおいだ。
「きょうは、生理?」
「はい、とつぜんなっちゃって。ごめんなさい」
「いいんだよ。それこそ〈生理〉現象だから。でもたいへんだったろう、ここまでわざわざくるのは。電話一本ですんだのに」
「とても逢いたかったから……」
 口づけをする。
「これも何日か前の新聞に載ってたことなんですけど、金田投手と王選手が、神無月くんに公的に謝罪すべきだと川上監督に直訴したんですって。一蹴されたらしいです。それで私、とても腹が立って」
「あの二人は、特に金田さんは、森とちがって上層部に対する反骨心が旺盛だからね。見ざる聞かざるというわけにはいかないんだろう。四百勝がかかってる年に、面倒なことにならなきゃいいけど」
「長嶋選手はまったく動きませんね。意見も言わない」
「長嶋という人は特殊なんだ。陰湿な軍国主義を髣髴とさせる川上帝国の管理野球の中にあっても、彼だけは別世界にいる。自分だけの明るい自由な世界に安住してて、何の反応もしない。彼は巨人軍の光なんだ。彼がいなかったら巨人軍は闇だ」
 キスをしながら胸を揉む。あえぎ声が上がる。
「したい?」
「はい、やっぱり」
「入れてみるだけしてみようか。そんなに痛まないと思うんだ。詩織だけイケばいいから」
「汚くないですか?」
「ぜんぜん。風呂場にいこう」
 二人で裸になる。詩織は股間から剥がした生理帯をティシュにくるんでバッグにしまった。手を取り合って風呂場へいく。床几に腰を下ろした私に抱きつきながら、中腰でゆっくり呑みこむ。
「ああ、気持ちいい。痛くないわ」
 舌を絡め合う。クリトリスをさすりながら亀頭をリズミカルにふくらませる。
「あ、イキそう、ううーん、イッちゃう、神無月くん、愛してる、イクね、イクね、ああああ、イク!」
 指でこそぐように膣が亀頭を締めつける。めずらしさが手伝い、たちまち射精が迫る。
「詩織、ぼくもイキそうだ」
「うれしい! あああ、イク、イクイクイク、イク!」
 激しいうねりの中へ吐き出した。唇を貪り合う。
「好き好き、愛してる、うううーん、イク!」
 詩織が上下に弾まないように尻たぼを支える。数度の痙攣が止み、余韻も治まると、詩織はそっと腰を上げて離れた。血の混じった精液がわずかに滴り、赤い縞模様に飾られた陰茎がそそり立った。シャワーで洗い流す。詩織も丁寧に洗った。
「結ばれてちょうど一年だね」
「まだ一年なんですね。長年連れ添った夫婦みたいに感じる。愛してます」
「ぼくも。一生愛してる」
「神無月くんにまんいちのことがあったら、私、死にます」
「長生きするよ。八十まで」
「百まで」
 固く抱き合う。風呂から上がると、詩織は新しい生理帯をつけ、身支度を整えた。
「白川さんからネガをもらって、私だけのアルバムを作ることにしました。白川さんは岩波書店から写真集を出版して、市場に出すみたいです。天馬地を翔ける、というタイトルですって。売り上げはファンクラブの資金に回すそうです」
「詩織は大学出たら、どうするの」
「やっぱりスポーツ科学の大学院にいって、そこを修了したら、中日ドラゴンズ球団の入社試験を受けるつもりです。うんと勉強しなくちゃ」
「ぼくがコネになるよ」
「お願いします。受かりにくそうですから」
 一時前に詩織が帰った。ひどく腹が減っていることに気づいた。フロントで訊いて、三時までやっているという見附駅前の金星という焼肉屋へいく。
「ありゃりゃりゃ、金太郎さん!」
 金星に小川と高木がいた。
「腹へっちゃって」
 小川が、
「アルコールいくか」
「ビール一本くらいなら」
 高木が、
「そのくらいだよね。すみません、ビール三本! 肝臓は鍛えられるんだけど、ほとんどの専門家が、鍛えないでそっとしとくほうがいいって言ってる」
「鍛えられるんですか」
「そうらしい。アルコールが血中に入ると、肝臓のアルコール脱水素酵素が誘導されて鍛えられるらしい」
 小川が、
「すべての臓器は〈廃用性萎縮〉というシステムがあって、筋肉でも使わないと萎縮してしまうように、ある程度の負荷は必要なんだ。俺個人としては、ビール一本くらいは嗜(たしな)んで、少し鍛えるようにしたほうがいいと思うぞ」
「心がけます」
 食い道楽の高木が、
「ここ、赤坂でいちばん古い炭火焼肉の店。うまいよ」
「はい。じゃ、特上カルビ、ユッケジャンスープ、ごはん大盛り」
 小川はビールをクイッと入れ、
「モリミチは押しも押されもしない名人だけど、三十年前にもう一人名人がいたらしいんだ。知ってる?」
「いえ」
「セネタースの苅田久徳。俺もよく知らないけど、小西得郎が言うにはモリミチ級の天才だったらしい。小西は、戦前の苅田久徳、戦後の高木守道が双璧だと言ってる」
 肉の焼ける煙が上がる。高木は、
「いや、巨人の千葉茂は、大天才は戦前の苅田、戦後の長嶋と言ってる。俺は小粒な名人だよ」
「天才かつ名人だ。長嶋に名人の技はない。まあ、名人も天才も蹴散らしてしまったのが鬼神神無月だ。俺はいつも、目の前に鬼神がいるのを信じられない気持ちで見てるよ。こうやって肉を食ってるのもな」
 ビールを飲み、肉をつまむ。私はまじめな顔で、
「ぼくには内野守備はできません。バックトスもタッチプレイもダブルプレイもできません。手品でも見る目で見てます。外野守備なんてせいぜい背走と、スライディングキャッチと、強い送球ぐらいが見せどころです。単純です」
 高木が、
「守備はぜんぶ鍛錬の範囲だ。鬼神の鬼神たる所以は、バッティングだよ。あれこそ天才の名人芸だ」
 小川が、
「ノー本塁打試合がいくつになっちゃったの」
「九試合だと思います。四月二十日のデンスケに牛耳られた対阪神負け試合」
「ゼロ対一だったな」
「はい。それから、四月二十四日のアトムズ戦。五打数五安打でしたが、ホームランは打てませんでした。五月十七日、対広島負け試合、翌十八日の敬遠二つで引っこめられた試合、五月二十一日対大洋戦引き分けの試合、五月三十一日からの広島三連戦、それからきょうの試合です」
「四試合に一回はノー本塁打か。意外だったな。あしたは一本見せてね。遠慮する必要ないんだって。適時打ならまだしも、単品のライト前ヒットなんて見たくないよ」
 高木が短髪をしごき、
「俺もそう思う。プロ野球界にはびこる勝利至上主義もあながち否定はしないよ。しかし、これぞ真のプロと観衆をうならせるプレイが随所に見られたうえでの勝利でないと、プロ野球の醍醐味が半減する。ふつうの人でも打てる平凡なヒットを打って満足してるようではプロじゃない。ふつうの人が打てないすごい打球を飛ばしてファンを楽しませ、喜ばせてこそプロと言えるんだ。俺たち守備の人だって、ファンを喜ばせるプロでありたいと思って、ふつうの人じゃできないプレイを磨き上げてるんだよ。鏑木コーチに言ったんだって? もうだれもぼくのホームランを見たくないんじゃないかって。そんなことを悩んでるからじゃないの? ノー本塁打の試合がポチポチでてきたの。そんな馬鹿なことがあるもんか。俺たちプロだって見たいものを、素人のファンが見たくないはずないだろ。たくさんホームランを打ちたいと言ってプロに入ってきたんじゃないか。だめだよ、初志を曲げたら」
「はい。あさっては打ちます」
 めしを掻きこみ、辛いスープをすすった。


         百
  
 六月六日金曜日。雨。十八・○度。二時に寝て、九時起床。七時間熟睡した。まったく疲労はない。ひさしぶりに枇杷酒でうがい。軟便、シャワー、歯磨き、洗髪。グローブとスパイクと帽子、タオル類をダッフルに、あした以降の替えの下着とアンダーシャツ、枇杷酒、爪切り等小物類、運動靴と本、文具をスポーツバッグ詰め、ブレザーを着てフロントへいく。バット一本を残して、北村席へ送り返す荷物をカウンターに出す。ユニフォーム二式とバット二本はもう竹園旅館に届いているはずだ。
 選手専用のバイキング会場へいく。鮭の切り身、目玉焼き、納豆、紙袋入りの海苔、豆腐とワカメの味噌汁、めしは一膳。ピッチャー連と高木時がいたが、頭を下げただけで彼らから離れた大ガラス窓のそばの席につく。大粒の雨が降っている。木群れの緑がつやつや光る。めしを早めに切り上げ、ロビーで新聞を見る。

 
神無月ひっそりと百十安打
 
さりげなくライト前へ二安打
  
六十八本塁打・六割七分九厘・百五十一打点
  前人未到の途をひた翔ける孤高の天才

 広島カープ創設の功労者であり、有名な王シフトの生みの親でもある白石勝巳氏(読売ジャイアンツヘッドコーチ・51)が、神無月郷選手にまつわる今回の一連の騒ぎに対して引責辞任した。
 白石氏の言によると、神無月選手のバットの重量云々を川上氏に進言したのは自分であり、それを今日まで川上氏にかばっていただいた、ひとえに責任は自分にある、これ以上川上氏に迷惑はかけられない、と吐露。


 江藤が近づいてきて、
「トカゲの尻尾切りやな。つくづく川上は悪人ばい」
 と言った。読売球団の謝罪文も載っていた。

『このたびの神無月郷氏にまつわるもろもろの侮辱・暴力騒擾に関し、神無月氏とその周囲のかたがたに多大なご迷惑をおかけいたしました。まことに申しわけございませんでした。またドラゴンズ球団関係者のみなさまや、報道関係者のみなさま、さらに報道をごらんになった多くのみなさまにもご不快の念を与えてしまいましたことを、重ねてお詫び申し上げます。なお白石勝巳の処遇につきましては、本人からの辞意表明があったことを踏まえ、六月五日、球団オーナー正力亨と巨人軍監督川上哲治氏との協議が行なわれ、白石氏の申し出を受理する判断に至りました。これにより読売巨人軍は白石勝巳と契約を解除することになりますが、その社会的な影響や、現在彼の置かれている状況等に鑑み、彼をむげに打ち捨てることをせず、必要な支援を今後も積極的かつ継続的に行なってゆく所存でございます』
 かくなる騒ぎをよそに、孤高の天才神無月郷は、去る六月一日対広島十一回戦で、初回大石弥太郎から右中間突破の二塁打を放ち、ひっそりと今シーズン百安打目を記録した。本塁打記録が華々しすぎるせいで、何の話題にもならなかった。きょう彼は、またひっそりと百十安打目を記録した。


 中も寄ってきて、
「ここまでくると、善悪を超えて、ヒットラーだね。善人の白石さん、気の毒だ。彼は川上監督の一の子分なんだよ」
         †
 十二時、バスで品川へ。ひかりグリーン車で新大阪へ。長旅だ。車中の話題は、やはり白石の辞任だった。水原監督が、
「川上監督がどれほど暗躍したか測り知れないね。しかし、これで巨人戦は戦いやすくなった。神無月郷に対して川上には他意がないということをわざわざ公表したことになるからね。これからは金太郎さんにへんなことをしたら、責任をなすりつける部下がいなくなった」
 小野が、
「白石さん、この先どうなるんですか」
「必要な支援と言ってるわけだから、楽隠居ということだろう。しかし、世間の目はきびしいぞ。家族がたいへんだ」
 宇野ヘッドコーチが、
「こんな話を信じる世間なんてないけど、嘘でもマスコミで発表した以上、川上は護られる。だれが何と言おうと、川上は世にはばかるよ」
 江藤が、
「王、長嶋に怨みはなかばってん、巨人には一敗もしとうなかったい」
 私は、
「全勝しましょう。ぼくも一敗もしたくありません」
 車中で弁当と茶の配給。浜松うなぎ弁当。美味。半分残したのを菱川が食った。五筋六筋、タバコの煙が上がる。プロ野球界で喫煙はあたりまえだ。程度の差はあっても、ほぼ全員が吸う。十年前、名古屋にきたばかりのころ、南海が日本シリーズに優勝してパレードをしていたとき、野村がオープンカーの上で笑いながらタバコを吸っているのを神宮前日活のニュース映画で観た。格好いいと思った。水原監督が、
「東大里帰りの記事、見ましたよ。少年野球教室のときのように、仲間連中といっしょにいけばよかったのに。ほかの大学の脅威になったでしょう。大学野球選手とプロ野球選手との交流は禁じられてませんよね」
 足木が、
「十二月から一月という交流指定期間が設けられてます。しかし、指導ではなく母校訪問という形をとれば、限定期間以外でもオーケーです。ただし合同練習は禁じられてます」
「そうか、練習はだめか。母校訪問じゃ徒等を組んではいかれないね。井手くんと金太郎さんしか訪問できないということになる。たとえ交流できたとしても、練習なんかしにいくはずがないさ。するならハードでない練習方法と精神性の指導だろう」
 長谷川コーチが、
「金太郎さんはもちろん投げたり打ったりの実戦指導もしたでしょうが、団結と自己責任という精神性を懇々と教えたと思いますよ。目に見えますよ。そのうえで多少のパフォーマンスをして見せた」
「そんなところだろうね。身になる指導だ。まともに練習のできない能力の低い人に対しては、精神性を教えるしかないからね。能力の高い人は放任だ。彼らの場合、精神性は拘束を受けて教えられるんじゃなく、模範的人物から自己責任で学ぶ。私はプロ野球人に対しては放任主義をとる」
 田宮コーチが、
「おかげでドラゴンズは伸びのび野球がやれますよ」
「話をプロ野球だけのことに移すが、西沢監督以来、いやそれ以前から、中日ドラゴンズは練習も実戦も精神も放任主義と決まってる。私自体が、がんらい放任主義の人間で、巨人時代も選手を放っぽらかした。それでもあれだけ優勝した。プロ野球は、一人ひとりがプロとしての自己責任のもとに生計を立てている個人事業主の集まりなんだよ。そんな連中を拘束管理するなどというのは、おこがましいにもほどがあるし、管理一辺倒では選手たちの自主性も育まれない。上層部の人間がなすべきことは管理することではなく、適材を適所に据える人材活用だ。きびしく拘束するのも、ハードトレーニングを課すのも、管理のもとに精神と肉体にダメージを与えているにすぎない。虐待だね」
「そのとおりたい!」
 江藤が叫んだ。拍手がひとしきり上がった。
 きのう東大球場で私のしたことと言えば、野球をやる姿勢に対する助言と、ちょっとしたパフォーマンスだけだった。フリーバッティング前の練習について口にしたのも、やって見せていない以上〈身になる指導〉だったとは言えない。ホームランを打って見せたことも、内外野への遠投もただのコケ脅しだ。テレビ局の報道記者にしゃべったこともいい気な内容だった。この手の会合に出ていくことはもう二度としない。
「ぼくは身になる指導なんかしないで、浮かれていただけでした」
 水原監督が、
「浮かれていようといまいと、金太郎さんが野球に対する真剣な態度を見せながらそこに立っているだけで、身になる指導になるんですよ。金太郎さんはそこにいってあげた。それ以上の説明は要りません」
 関西方面にはかならず帯同する本多二軍監督が、持参したギターを弾きはじめた。一枝が、
「よ、イロ男!」
 P・P・Mの『悲惨な戦争』だった。西高の文化祭を思い出した。私は席を立っていって彼の傍らに立ち、唄いだした。
「ザ、クルーエル、ウォーリズ、レイジング、ジョニー、ハストゥ、ファイト、アイ、ウォント、トゥ、ビー、ウィズィム……」
 みんなで静かに耳を傾ける。江藤がすでにタオルを出している。水原監督が、
「これだね、放任の成果は……」
 と呟いて、ハンカチで目頭を拭った。歌が終わると割れんばかりの拍手になった。太田が、
「神無月さん、中学のころは唄いませんでしたよね」
「うん、もっぱら聴いてた。島流しのあと、高校一年にかけて唄うようになった。山口に褒められたからね。いま歌ったみたいなフォークソングは当時唄わなかった。カンツォーネ、アメリカンポップス、日本の歌謡曲なんかを唄った。自分の唄わなかった曲の中にすばらしいものもあるということに気づいたのは、つい最近だ。あたりまえのことなのにね」
 菱川が、
「どういう曲を唄わなかったんですか」
「いま唄ったような名曲は別にして、世間にドドッと流行ったつまらない歌。耳に残るけど、名曲じゃない歌。コード進行が簡単とか複雑とか、音楽のジャンルといったものは問題じゃない。胸に響かない旋律。たとえば、ジョーン・バエズのドナドナ、ピーター・ポール&マリーの五百マイル、花はどこへいった、ボブ・ディランの風に吹かれて、マイク真木のバラが咲いた、ブロードサイド・フォーの若者たち、森山良子のこの広い野原いっぱい、加山雄三のきみといつまでも、フォーククルセダーズの帰ってきたヨッパライといったようなものと言えば、だいたいわかると思う。ほかにも腐るほどあるけど、とにかく胸を打たないメロディ。いま並べた人びとが作った曲の中にも名曲はある。さっきのピーター・ポール&マリーの悲惨な戦争、七つの水仙、加山雄三の恋は紅いバラ、森山良子のさとうきび畑。フォークソングは、悲惨な戦争のような名曲はめったにないけど、もしあれば唄いたくなる」
 葛城が、
「詳しいなあ!」
 徳武が、
「ときどき、神無月くんが東大だったことをあらためて思い出すよ。そういう捉え方はゲスっぽいかもしれないが、地アタマのちがいを感じる」
 田宮コーチが、
「私、童謡が好きなんだよ。心が温かくなる。金太郎さん、お願いします」
 ヨーッと全員が拍手をする。
「わかりました。ぼくも童謡は大好きです。八歳のころ横浜の小学校で覚えた童謡を歌います。本多コーチ、遠い山から吹いてくる、小寒い風に揺れながら―」
「野菊だね。いってみよう」
 すぐさま、軽やかに、そして哀調あふれる爪弾きに入った。

 遠い山から吹いてくる
 こ寒い風に揺れながら
 気高く清く におう花
 きれいな野菊 薄紫よ

「ひょうォ……」
 ため息が車中に上がり、悲しくさびしい心持ちが伝染していった。

 秋の陽射しを浴びて飛ぶ
 とんぼをかろく休ませて
 静かに咲いた 野辺の花
 やさしい野菊 薄紫よ

 水原監督がまたハンカチを出して目を押さえた。選手たちが、どうしたわけかと首をひねりながら、目尻の涙を拭っている。

 霜が降りても負けないで
 野原や山に群れて咲き
 秋の名残を 惜しむ花
 明るい野菊 薄紫よ

 半田コーチが、
「ブラボー! よく意味わからなかったけど、ナミダ、出るね。こんな声、聴いたことないね。宗教音楽よりすばらしい。神さまの声。キャノンね」
 宇野ヘッドが頬をふるわせながら、私の手を握った。
「あなたは、だれですか? 生き神さまですね。こうしていっしょにいられることに感謝しますよ」
 田宮コーチが、
「金太郎さん、あんたはどこまで神がかりなんだろうね。うめいたよ。涙が止まらん」



         百一

 半田コーチが、
「金太郎さん、も一曲お願い。ブラザーズ・フォーの、トライ・トゥ・リメンバー、ぜひお願いしマース」
 本多が、
「ああ、あれはフォークソングの名曲だね。唄ってあげて」
「はい」
 本多はすぐに前奏を弾きはじめる。私もすぐに歌いだす。

  Try to remember the kind of September
  When life was slow and oh, so mellow

「ブラボー!」
 半田コーチが叫んだ。

  Try to remember the kind of September
  When grass was green and grain was yellow
  Try to remember the kind of September
  When you were a tender and callow fellow
  Try to remember and if you remember then follow

「ファロー……オォォ」
 と本多はつづけ、短い間奏を弾く。車内ののだれもかれもが目を拭っている。半田コーチがうなだれてポタポタと涙を落としている。拍手も指笛もない。唄いだす。

  Try to remember when life was sotender
  That no one wept except the willow
  Try to remember when life was so tender
  That dreams were kept beside your pillow
  Try to remember when life was so tender
  That love was an ember about to billow
  Try to remember and if you remember then follow

 本多が転調して激しくギターを弾き鳴らす。

  Deep in December it’s nice to remember
  Although you know the snow will follow
  Deep in December it’s nice to remember
  Without the hurt the heart is hollow
  Deep in December it’s nice to remember
  The fire of September that made us mellow
  Deep in December our hearts should remember and follow


「悲しか、悲しか、悲しかあ! いっちょ意味わからんが、悲しか! ワシャ、泣くばい!」
 江藤がタオルに顔を埋めた。本多二軍監督が山口のように天を仰いで涙を流している。彼の傍らで唄い疲れて、よろよろもとの席に戻る私を、太田と菱川が抱きかかえた。水原監督がしきりにハンカチを動かしながら、
「金太郎さんは一曲唄うと、一試合分ぐらい疲れるんだ。きょうは三曲唄った。神無月は三曲は唄えないと、友人の山口くんというギタリストが言っていた。きみたちは貴重なものを聴いたぞ」
 太田コーチが私の両肩に手を置き、
「金太郎さん、ありがとう。きみはあらゆる意味で、われわれ無骨な野球人を慰めてくれる神さまだ。野球だけではない人生を啓発してくれる。豊かな気持ちになるんだよ。その気持ちで野球ができる幸福を感じるんだよ。きみの野球は文句なくすばらしいが、人間として備わっている豊かさが尋常じゃない。ありがとう、ほんとうにありがとう」
 江島も千原も目を赤くしながら握手しにきた。小川が、
「俺も歌でも唄えたらなあ。どんなに毎日が楽しくなるか。本多さん、新大阪に着くまで適当に唄ってよ。金太郎さんほどのものは期待してないから」
 本多コーチは、ニッコリ笑うと、古賀メロディを弾きはじめた。そして湿ったいい喉で唄った。
         †
 新大阪から真紅の阪神バス二台に分乗する。道々、信号などで停まると、フロントガラスの《中日ドラゴンズ様》という標示札に通行人たちが気づき、監督やレギュラー陣の顔を見つけようと視線を泳がす。お気に入りの顔を見つけると、たいていの人たちがニッコリ笑う。少年にはかならず手を振るようにする。
 バスは五時五分に、竹園旅館の建物外縁に巡らされた回廊下を走る一般道に着いた。先回は電車で芦屋にきたので、ここに乗りつけるのは初めてだ。回廊からくだる階段下の降車場に、スーツ姿の男たちが五、六人、女子従業員が三、四人、からだを深く折って出迎える。カメラを手にしたファンたちが降車場を囲む歩道をギッシリ埋めている。ステップを降りると嬌声が上がり、シャッターの音がかしましく立ち昇る。
 階段を昇り、長い露天回廊を歩いて玄関にたどり着く。ここにも玄関前にギッシリ人の群れ。竹園旅館はプロ野球チームが泊まるときは、全館完全貸切りとなり、しかも報道陣まで立ち入り禁止になる。玄関を入るとドラゴンズ関係者のみ。フロントでユニフォームを受け取る。
「バットはお部屋に運んでございます」
「二本ですね」
「はい」
 世羅別館とちがい、部屋でバットは振れない。夕食まで二時間ある。関西の遠征の初日は会食が義務づけられている。顔を出さなければならない。二日目からは、選手は大広間で食事し、監督・コーチは選手に配慮して自室で晩酌しながら食事をするようになる。
 甲子園の外では落ち着いて食事のできる場所はなかなか見つからない。だから選手が外に出なくてもいいように、竹園旅館は館内にいろいろな種類の食事処を設けているし、広間にはさまざまな料理を運びこむ。梅沢という料理長の作る〈梅ちゃん餃子〉と〈牛肉あまから炒め〉がうまかった記憶がある。
 五階の一号室へ向かう。二号室は江藤、三号室は中、五号室は高木というふうに、十五人のレギュラーが個室専用で入る。今回レギュラー陣は全員個室だ。監督、コーチたちは四階、控え選手とマネージャー、トレーナーも同階だ。
 革袋をソファの脇に置き、ユニフォームをベッドに拡げて、お守りを尻ポケットに入れる。あらためて見回してみても、冴えない洋室だ。
 ロビーに降りる。選手たちはだれもいない。風呂の時間だろう。四月にきたときは江藤と二人部屋の三角風呂に入った。玄関ドアの外の人波が雨の中でゆらゆらうごめくのが見える。短いカウンターに、男二人、女一人の従業員が微笑しながら立っている。田舎くさい垢抜けない表情がいい。お辞儀をするので寄っていった。年配の男に尋ねる。
「散歩コースなど、ありますか」 
「芦屋川沿いが松風通りという遊歩道になっております。当館横の大通りを右手へ五百メートルほどいきますと、芦屋川に突き当たります。両岸の道路は、桜と松の並木路です。四月は桜がとてもきれいですが、たしか先回……」
「見損じました」
「さようですか。来年はぜひごらんになってください。河川敷には階段で降りられる箇所がいくつかあります。河原の雑草は刈りこまれています。道路の数カ所に清潔なトイレがございます」
「気持ちよさそうだ。あとでいってみます」
 畳のように広いソファベンチが壁ぎわにいくつか据えられ、大テーブルの花瓶に紫陽花が一茎。その脇に、新聞と週刊ベースボールが置いてある。腰を下ろし、週刊ベースボールを手に取る。昭和44年3月3日特大号。1969年プロ野球選手写真名鑑。表紙を縦に貫いて、グリップエンドの異様に大きいバットを正眼に構える長嶋の全身写真、右と左に小さく三コマずつに分けて、王、神無月、江夏、野村、張本、米田、と顔だけの写真が並ぶ。長嶋と張本と私は笑っていない。ページをめくらずに戻す。足もとを見ると、まだ何冊か竹籠に入っている。一冊ずつ手に取り、表紙の目次だけを読んでは籠に戻す。
・塁間2秒にカケる飯島秀雄の周辺
・神無月登場とその煽りをくった男たち
・突如ノーワインドアップに変えた堀内の徹底研究
・首位打者を狙う長嶋と王のひそかな闘い
・神無月田淵開幕登場までの48時間とその瞬間
・水原川上対決の第一幕
・オールスターファン投票に見る異変
 どれもこれもまったく意味不明だ。いちばん新しい号に広瀬叔功の特集が出ていたのでそのページを開く。


 記録を必要以上に意識することの多い現在のプロ野球選手の中にあって、広瀬のような存在はまことにめずらしい。もと南海の同僚、現ロッテ打撃コーチの大沢啓二いわく、
「ここ一番てときだけ走るわけよ。勝負のかかった大事な場面でな。試合が終わってみると、あの盗塁が勝負を決めたということが多かったな」

 そこまで読んでテーブルに投げ出す。拍手や声援しかない校庭の少年野球に、生徒や教師がたかっているのとはちがう。社会的賞賛という液体を満たした注射器を手に大きな宣伝機関が大きな才能に寄り添う。間歇的に注射されることが、校庭を卒業した人間の常習的な麻薬になる。校庭を卒業したつもりのない私の麻薬にはなり得ない。賞賛の針先は鉄のように鈍感な私の皮膚には刺さってこない。
 ぽつりぽつり、髪を濡らした選手たちが降りてきた。九階の大浴場にいっていたらしく、ホテルの浴衣を着ている。それぞれ新聞を手に取る。
 やがて江藤たちが平服でやってきた。新聞を手にしようとしない彼らと、一階の喫茶店に入る。子連れの一般客がいる。菱川が、
「この期間でも、予約客だけはオッケーなんですよ。選手にサインを求めないように言い含められてます」
 竹園オリジナルコーヒーというやつを頼む。江藤が、
「巨人の建て直しはきつかぞ」
 私は、
「連勝に影響が出ますか」
「チーム内の人間関係がうまくいっとるあいだは、しばらくは三勝一敗ぐらいでいくやろが、そろそろ崩れる」
 太田が、
「中間管理職が腹を切るというのは、まるで大企業ですね」
 菱川が、
「うちとぜんぜんちがうなあ。ドラゴンズの中間管理職は、バヤリースにギターだもの」
「いまのドラゴンズは例外ばい。プロ野球のチームは、どこも大企業と同じたい。上のご機嫌ばかりとるようなコーチがほとんどぞ。ドラゴンズの場合、上ぎり見とるようなコーチは選手に相手にされん」
「うちはそんなコーチ一人もいませんよね」
「おお、おらん。選手に相手にされんちゅうことは、コーチとしての格も素質もないちゅうこったい。そげんコーチば置いとるようなチームは、いずれ内部崩壊してしまうやろう。濃人時代のうちがそうやった。あの時代だけは、中日らしゅうなかった。ま、とにかく、白石さんに同情する必要はなか。勝手に切った詰め腹たい」
 コーヒーが苦い。私は白石という人物の顔さえ知らない。
「芦屋川沿いにいい散歩道があると教えてもらいましたが、いきませんか」
「おお、いくか。霧雨じゃ、濡れていこう」
 太田が、
「ファン突破がたいへんですよ」
「何人かサインすればよかろうもん。仕事、仕事」
 コーヒーを切り上げ、玄関に出た。キャーと女性ファンたちが寄ってきて、傘を肩に写真を撮ったり、私たちの肩や腰を触ったりする。ドラゴンズの野球帽をかぶった初々しい顔の少年たちがサイン帳を差し出す。十人ほどサインする。江藤たちも同じようにする。
「じゃ、これでおしまい。歩くのも大事な日課だから、じゃましないでね」
 少年たちに断って歩きだす。従業員が走ってきて四人に傘を手渡す。カメラと嬌声がしばらく追ってきたが、やがて聞こえなくなった。
 まばらなビル街を歩き、芦屋川にぶつかる。大正橋という名の、大きくも小さくもない橋が架かっている。遠くに山並がある。菱川が目を細めて言う。
「なんだか、いいですね。こういう時間の使い方をしたことがありませんでした」
 川沿いの車道から鉄階段を降りて、広い河川敷に出る。運河に似た浅い川が流れている。下流に向かって歩きだす。手入れの効いた石畳の河川敷には植生といったものはなく、芝のような雑草がチロチロ生えているだけだ。見上げる車道から、花のない桜の枝が垂れかかる。松はスックと立っている。
「中学校以来、野球以外の生活を覗いてみるちゅうことは、めったになかったけんな。ワシらはみんなそうやろ」
 人口の石堰(せき)から小滝のような水が流れ落ちている。散歩する主人の手を離れた犬が、浅い水に浮かぶ鴨に吠えかかっている。川なかの草むぐらに突き当たり、階段を上って道路に戻る。




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