七

 昼休み。堀川端をランニング。五百メートルほどの距離を二度往復してグランドに戻り、桜の樹の下の草に横たわる。ツツジの斜面へ、何匹か蝶が気持ちよさそうに舞い下りていく。草の中にところどころタンポポの白いかたまりが見える。空から降ってくる光がぬるま湯のように温かい。眠くなる。
 午後一限目。書道の時間。国語の青山先生は、三十歳ぐらいの、からだの動きがロボットのようにカクカクした先生だ。しゃべりながら長い前髪をしきりにかき上げる。書道の授業は週にたった一回だが、私には拷問だ。六週つづけて不合格の判を捺されている。クラスの中で不合格者は私だけになった。題字は水。
「きみの字は、どこかおかしいんだよね。大きく書くのは悪いことじゃないし、きみの取り柄でもあるんだけど、バランスがなってない。この分じゃ、今学期中の合格は無理かもしれないぞ。国語の成績はいいのに、なんで字はうまくいかないのかな」
 桑原でさえ合格しているのに、ほんとに私の字はだれが見ても不細工なのだ。後藤ひさのや河村千賀子なんか、もう四段階も先の初志という課題にいってしまった。清水明子は習字が不得意らしく、最初の課題に合格したきり、まだ第二段階の空で悪戦苦闘している。
 入学して四カ月。勉強は思ったほど難しくはない。英語なぞ子供だましだ。
「ディス・イズ・ア・ペン」
 とか、
「アイ・ハブ・ア・ブック」
 とか、スモールティーチャーが何度も唱和させるのには驚いた。そんな馬鹿みたいな会話がこの世に存在するはずがない。曜日の単語にしても、
「モンデー、チューシテー、サーシテー」
 などと知ったような連想に結びつけて暗記しようとしているやつがけっこういる。もちろん私の英語の成績はいつも百点だけれども、こんなに簡単だと、なぜか満点を取るのがあたりまえすぎて、恥ずかしい気さえする。
 国語はもともと得意科目だったので問題はない。勉強をしたことさえない。青山先生は何か質問があるときはいつも真っ先に私にあてる。ただ実際の試験となると、わずかの差でトップはかならず清水明子だ。
 小学校より難しくなったとみんなが言っている数学に、私は小学校のときとはちがった深い関心を持つようになった。考え方の道筋に理屈があって、解き終えたあとの満足感がいままでとまったくちがっている。小学校の鶴亀算や植木算よりすっきり納得できる。だから、小テストはクラスの一番を通している。もちろんそれは西田さんのおかげでもある。
 暗記科目の地理は徹底して不得意だけれど、ヒグマのようにずんぐり肥えた渡辺先生がやさしい人で、なんだか安心して、悪い成績のことを忘れてしまう。彼は授業開始前にいつも民謡を歌う。このあいだは『波浮(はぶ)の港』という伊豆大島の民謡を歌った。

  磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃ帰る
  波浮の港にゃ 夕やけ小やけ
  明日の日和は ヤレホンニサなぎるやら

 目をつぶり、まん丸いからだを前屈みにして朗々と歌うのだ。みんなその真剣さに打たれて、しんみり聴いた。
「吉永小百合という十七歳の女優さんをごぞんじですか? 『キューポラのある街』という映画に出ています。とても考えさせてくれる映画です。ぜひごらんになってください。彼女は歌も上手で、最近はマヒナスターズといっしょに『寒い朝』を歌っていますね」
 授業の終わりにはかならず、そんな雑談をする。渡辺先生の地理だけはいい成績をとりたいと思うけれども、うまくいかない。英語はよく憶えられるのだから、暗記する力が生まれつき弱いとは思えない。社会科という科目の内容が乱雑に感じられるせいかもしれない。小学校のときからそうだった。
 音楽や保健体育や、美術、技術家庭といったサブ教科は、まずまず普通なみというところ。とにかく習字だけが努力のしようがなく、何ともならない。
 守随くんのおかげでせっかく身についた向学心が、あのスカウトの件にがっかりして以来、中学に入学するまでの数カ月、なんとなくしぼんでしまっていた。将来に希望のないまま勉強なんかする気にならなかった。でも中学にきてからは、人が変わったように勉強の虫になった仲間たちに刺激されて、ぐんぐん勉強意欲が湧いてきた。毎日きちんと努力していればきっといいことがあるさ、と明るく割り切った気持ちになれた。ぜったい野球で生きてやるという野心も、それにつれてふくらんできた。
 六月初旬の中間試験は、英語と数学は満点、国語は九十四点、それでも総合はクラスの十二番、全校五百十三名の中で九十五番だった。九科目のうち二、三科目にすぐれていても、総合的にはふつうの成績になるということがよくわかった。でも、私はこれでいいと思った。理科と社会科まで成績を伸ばす時間の余裕などない。ここまでがせいぜいのところだ。私は野球をやらなければならないのだ。
 午後の最終授業の技術家庭が終わった。この授業だけは下の校庭の教室でやる。上の校庭のプレハブに戻って、帰り支度をする。更衣小屋へ向かう途中、テニス部がネットの用意を始めている下の校庭を見下ろすと、守髄くんがつまらなそうに校舎の塀にもたれて日向ぼっこしている姿が目に入った。何か考えふけっているようだ。その様子があまりにしおれているので、何ごとだろうと思ったとき、彼の頭上に帯状に紙が貼り渡されているのに気づいた。なぜかドキンとした。そのままライト側の石段を降り、守随くんのほうへ近づいていった。足が止まった。
 二週間前に行なわれた第一回実力試験の結果が貼り出されていた。年に三回だけの大きな試験。クラス内の順位を決める中間や期末も大事な試験だけれど、全校の五十番まで発表されることになっている実力試験は、正真正銘、学年の序列を決めるテストだ。だから成績優秀者は校舎の塀に大々的に貼り出されることになっている。私はあらためて守随くんの沈んだ顔を見つめた。
 ―きっと、成績がよくなかったんだな。一番以外とったことのない人だから、もし五番や十番に落ちたらガッカリしてしまうだろう。それとも、鬼頭倫子に負けちゃったのかもしれない。五十番にも入れっこないぼくが、守随くんみたいな贅沢な悩みを持てるのはいつのことだろう。
 実力試験の日、教壇で山田先生が何か難しそうなことを言っていた。
「愛知県は全国でも有数の教育県なので、一年中試験ばかりしているみたいですが、じつは愛知県ばかりでなく、どこの県も似たり寄ったりなのです。ベビーブームに生まれたきみたちの宿命だと思って、あきらめてください」
「イエス、アイ、ドゥー」
 桑原がおどけた声をあげた。もうだれも笑わない。そこで彼は、
「スットン、トロリコ、スチャラカ、チャンチャン」
 と、藤田まことの声色をまねて『てなもんや三度笠』のテーマソングを歌った。これにもだれも反応しなかった。
「スクールという言葉には、ギリシャ語でスコラ、スコレ、つまり、もともと娯楽という意味があります。勉強そのものは楽しいはずのものなんです。前言を撤回します。宿命だなどと消極的な気持ちではなく、試験そのものを楽しんでくれれば先生はうれしい」
「楽しめるかい。奥歯ガタガタいわしたるで」
 今度は少し笑いを取った。それで桑原は気がすんだのか、まじめに姿勢を正した。
「三年生になると、実力試験の代わりに、年に六回の中部統一模擬試験、いわゆる中統という県下一斉の試験を受けることになります。三年生までの予行演習だと思って、これから二年間にわたる実力試験を真剣に受けてください。高校入試までまだまだ先の話ですが、中統模試はそのときの進路指導の参考にされます」
 そんな説明を聞いたくらいでは、私をはじめとする中学生になりたての仲間たちには模擬試験や高校入試の重要さなどわかるはずがなかった。
 ―どんなやつが載ってるんだろう。B組の連中はいるのかな。
 しばらくその表を離れたところからぼんやり眺めていた。守随くんは私に気づかない。それとも気づかない振りをしているのだろうか。私は目をすがめて、首席の名前から見ていった。
「あれ?」
 自分の名前が載っている。もっと目を凝らした。
一 C組 直井整四郎 八七三点 (平均九七)
二 A組 鈴木尚   八四六点 (平均九四)
三 G組 甲斐和子  八二八点 (平均九二)
四 B組 神無月郷  八○一点 (平均八九)
五 C組 井戸田務  七九四点 (平均八八)
………………
 ―四番? 中間試験でクラスの十番にも入らなかったのに? 何が起きたんだろう。
 雨上がりの土方のときと同じようなきまりの悪い昂ぶりがきた。心臓を鳴らしながら順に目を移していく。守随くんの名前がない。きっと守随くんは、私の名前が載っていたせいで、天地もひっくり返るほどあきれたのだ。鬼頭倫子は十七番、天野俊夫も河村千賀子も三十番以下だった。
 ―まぐれだ。あの金賞と同じだ。
 得体の知れない恥ずかしさで顔が熱くなった。これまでの得意科目は、英語と数学と国語の三つきり。大勢の勉強家の中でこんな好成績をとれるはずがない。
「あ、リサちゃんがいる……」
 三十九番のところに、酒井リサ、という名前があった。ついこのあいだ、音楽室の廊下で松葉杖をついている姿を見かけた。脚の手術はうまくいったんだろうか。もしうまくいかなかったとしたら、また一年中ズボンを穿いて登校する破目になってしまう。それにしても、リサちゃんがこんなに勉強ができるとは知らなかった。
 ほかに知った名前を探した。医者の息子の岩間はいない。関も杉山啓子もいない。杉山啓子といえば、大瀬子橋で一度、彼女が前を歩いている姿を見かけたことがある。腰を左右に振るたびに揺れるスカートに少し胸がときめいた。
 なぜか加藤雅江のことが気になり、彼女の名前を探していった。ぎりぎり四十八番に載っていた。私は、中学生になってみんながガサガサと音立てて蛹(さなぎ)から変身して、知的な本性を現しはじめたような、空恐ろしい気持ちがした。―守随くんの名前はどこにもなかった。そして、彼の姿は校舎の塀からいつのまにか消えていた。
 やがてほかのクラスの連中もぞろぞろやってきて、期待と不安に満ちた表情で成績表を見上げた。彼らの中に、山中の場ちがいないかつい顔があって、
「しごいとったらよ、急にガクンガクンてきて、びっくりしたで」
 大人びた顔で仲間に吹聴していた。まわりの連中はにやにやして、大きくうなずいている。ああ、あのことだな、とすぐにわかった。
「ガラにもなく、勉強ばっかしとるんか」
 康男が背中に立っている。
「オニアタマもカタなしだがや。守随や井上の名前なんか、どこにもあれせん」
 井上? ああ、生徒会長か。私は康男の目配りの細かさに感心した。錦律子や木下やホンベヨウコは? 彼らの姿は校庭や廊下ですら見かけたことがなかった。
「信じられないよ」
「くだらんことで目立ちやがって。俺なんかほとんど白紙で出したったわ」
 康男はもともと勉強なんか関心がないし、勉強をする時間だって見つけるつもりがないとわかっているのに、私は本気で、
「白紙で出すなんて……。本気でやれば、だれにも負けないのに」
 と言った。康男の目が光った。
「そりゃ、俺だってわかっとればバンバン解いたるけどな。さっぱりわからんかった」
 眼光を和らげて微笑んだ。
「たぶんドベは、伊藤正義やろ」
 と言ってくすくす笑う。
「あの色が黒くて、でかいやつ?」
「おお、ドンくせえアホ入道」
 少し知恵の足りなさそうなその生徒は、身の程も知らずに、入学早々康男に喧嘩を売って、たちまち地べたに打ち据えられた。それでも懲りずに立ち上がって、ちょうどそばにあった竹ぼうきをつかんで殴りかかったけれど、足払いで転がされ、首筋を思いきり蹴られた。
「からみついて、うるさいんだわ」
 スネまでしかない短いズボンを穿き、ベルトの端を腰にだらしなく垂らした大きなからだが康男の脇にじっと控えている―そんな構図を、私も何度か目にしたことがあった。康男は、愛嬌を振りまいている山中を鋭く見やりながら、
「あの馬鹿、調子乗りやがって」
「いつか、どっちが中学校で番を張るか決めよう、って言ってたよね」
「おお、口ばっかしや。なんも言ってこん」
「野球部にいるよ」
「野球部やて!」
 私は岡田先生と先輩に山中がたしなめられたことを教えた。
「あのヤロに野球ができるわけないやろ。野球部で番張るつもりやないか。ま、ちょいまちぐさに睨まれとったら、そう簡単にはいかんやろ。チョッカイ出してきたら、すぐ言えや。つぶしたるで」
「ほとんど練習に出てきてない。やめたのかもしれないね。ちょいまちぐさって、岡田先生のこと?」
「おお、岡田がよう言うだろ、チョイマチグサ、チョイマチグサ。おっかないオッサンやで。このあいだ廊下で口笛吹いとったやつが、ほっぺた張られた。あの先公、俺の兄ちゃんみたいな目しとったわ」
 康男は愉快そうに空を向いて笑った。
「よく山中を殴らなかったもんだね」
「殴りがいのないやつは殴らんやろ」
「康男のC組って、直井聖四郎がいるクラスだよね」
「おお、トップの火星人な。ドベの伊藤と机を並べて坐っとる。火星人とアホ入道。見とるだけでおもしれえがや。直井は白鳥始まって以来の秀才だとよ。くだらん。おまえなんか野球ばっかしやっとっても、全校の五番以内やで」
 恥ずかしい気持ちがまた湧いてきたので、私は野球部のことに話題を移した。いつも更衣室の向こうまでボールを飛ばして、みんなの度肝を抜いていることを得々としゃべった。
「わかっとる。ボロ校舎の窓にすぐ金網張ったからな」
「今月の末に浄心中と練習試合があるんだ。一年生から四番だよ」
「あたりまえや。おまえは野球が本職やで。忘れんな」
 切れ長の目でまっすぐ私を見た。忘れるはずがなかった。
「今度は、中学生記録やな」
「うん。二年生までには達成したいな。……直井くんて、何かクラブ活動やってるの」
 直井のことが気にかかった。
「いっちょまえにテニスやっとる」
「ふうん、文化クラブじゃないんだ」
「おまえの野球とはちがうで。ただの運動よ」
 そういえば、ベーランの合間に下の校庭を覗いたとき、先輩に叱られながらラケットをまじめに振っている新入生たちの中に、片足の短い加藤雅江と、びっくりするくらい背の低い色白の眼鏡がいたことを思い出した。
 ―あいつが直井か。
 あいつなら、ズックカバンを肩に提げて、夕暮れの校門をひょこひょこ出ていくところを何度か見たことがある。両手の振り方がチンパンジーみたいで、まちがいなくどこかネジの一本外れた歩き方だった。あんな宇宙人みたいな秀才に、一度でも勉強で勝てたらどんなに愉快だろう。


         八

 戻ってきた実力試験の成績表を見ると、英語100、数学100、国語99、理科86、地理79、音楽85、美術87、技術家庭73、保健体育92、クラス成績一位、全校成績四位となっていた。英数国はすべて全校一位だった。これより七十点多く取ったのが直井整四郎だ。たぶん英数国は満点だ。化け物だ。英数国だけは、これからも精いっぱい肩を並べるようがんばろう。
 原田さんに使い古しの英和辞典をもらって、中学に入るまでにやっておけとサイドさんに言われていた英会話の本を、あらためてじっくり読んだ。わからない意味は単語の下にいちいち書きつけるようにした。それから中学生の勉強室の英語をこれまでよりも熱心に聴きだした。ラジオの講師の発音は、スモールティーチャーよりもへたくそだった。ガッカリしたけれども、書いてある内容は中三レベルだけあって、学校の英語よりはずっとマシだった。
 国語も聴きつづけた。いくら得意科目とはいえ、放送用のテキストに出てくる芸術家や評論家たちの言葉の多さに舌を巻いた。『ことばノート』というものを作り、新しい単語や言い回しにぶつかるたびに、丁寧に書きつけて、逐一暗記することにした。さらに語彙数を増やすために、週に一度、学校の図書館から本を借りてきて、メモをとりながら読むということもした。原田さんや小山田さんから、源氏鶏太とか柴田練三郎などのベストセラー本、野生のエルザのような外国の話題の本、カッパブックスの推理小説、難しそうな世界文学全集といったものをもらってきて、メモをとりながら手当たりしだいに読んでいった。
 性器が自分のからだの一部であると初めて気づいたときと同じような感覚が、私に自分の頭脳を意識させはじめた。アタマというのは母の好きな単語だった。しかし、彼女の意味するアタマは、世間を安全に泳ぎ渡るための手段であり、その手段を得るための肩書を築き上げる知恵のことにちがいなかった。私の考えた頭脳というのは、学校の勉強とはほとんど関係のない、数多くの言葉を駆使して自分で思考できる独創のことだった。
 言葉を基盤にしたすぐれたアタマを持つ、独創的な個性として自分の存在を意識することは、たぶんだれにでも経験できることではないだろう。それは、私のこれからの人生にとって、ある意味不幸なできごとだった。この世で幸福を享受できるのは、ほとんど自分の言葉を意識しない人間だと薄々感じていたからだ。そういう人間のほうが、幸福をつかむ機会が大きい。言葉の貧しさからくる彼らの薄っぺらい思考は、一般的な感性として多くの人びとに共有され、その貧しい言葉によって得られる喜びも、大半の人びとの喜びと重なるせいで、徹底的に幸福なのだ。公園でポータブルプレーヤーを鳴らしながらドドンパを踊っている人びと、野球場で一喜一憂する観客たち、美智子妃殿下に沿道から旗を振る人びと……彼らは自分の言葉を持たないせいで、幸福を運命づけられている。
 私は知らず知らずのうちに、そんな人びとの幸福を下位に見る歓びの習慣、つまり読書の習慣を作り上げていった。ことばノートはすぐにいっぱいになり、二冊、三冊と増えていった。このノートを作ることにかまければ、学校の成績はかならず落ちていくだろうという悪い予感があった。二年も先の数学や理科の勉強は相変わらずちんぷんかんぷんだったけれども、あと一年もすればわかるようになるだろうと期待して、根気よく聴きつづけた。社会科はどうしても好きになれない科目だったので、まったく聴かなかった。将来の仕事に結びつくはずの、夕食後の三百回の素振りは一度も欠かさなかった。バットを振る時間は、日々神聖なものに思われていった。とにかく十三歳の私の日常は、いやが上にも充実したものだった。
 中間試験、実力試験、期末試験―試験がやってくるたびに私は、素振りを終えてラジオ講座を聴いたあと、無理やり寝床に入り、夜中の三時過ぎに起きて、そのまま朝まで勉強することを繰り返した。結果は常にクラスの一番だったし、九科目の平均点は常に九十五点を超えた。直井整四郎の平均点は常に九十七、八点だった。勉強そのものの自信はとっくに溶けてなくなり、一瞬ライバルと考えた少年の姿が、畏敬と神秘と、恐怖までも混じり合った宇宙人の形であらためて立ち上がってきた。
 いずれにせよ、私は万年次席の勉強家の地位に満足し、その縮めがたい差を悲しまないことに決めた。国語と英語が、つまり、言葉の能力が 彼を凌駕していると思いこむだけで自得しようと思った。しかも、私にはだれにも引けをとらない野球があった。勉強が得意な人間は少ない。もともと、構造のちがう学習能力と知能を持っているためだ。彼らの異質な雰囲気は、意識して作り上げたものではなく、その際立った能力から自然に滲み出てくる妖気なのだ。敵うはずがない。
 これからの三年間、私はせいぜい直井の次席に甘んじよう。野球と同じように、どんなことでも一番と二番とのあいだには決定的な差がある。横井くん? あれは正しい競争ではなかった。彼が首席を外したのは、私の他意のないこけおどしに審査員がまんまと乗せられたせいだ。あれは不正だ。試験勉強のような正しい競争の場では不正は生じない。次席に甘んじる人間は、敗北者の中の最上位というだけのことだ。
 直井整四郎は相変わらず、テニスコートで、加藤雅江たちといっしょに真剣な表情でラケットを振っていた。彼のほかにも、秀才と呼ばれる何人かの異星人たちの華やかな噂がまるで小学校のときの守随くんや鬼頭倫子のように、ときどき耳に入ってきた。鈴木尚、甲斐和子、井戸田務……。彼らは変人で、不気味に頭が切れるという噂だった。そして彼らはみんな、旭丘高校か明和高校に進み、それから東大へいくだろうと言われていた。私にはそんな噂は立たなかった。野球しかできない、素人のマグレだと、眼光鋭く見抜かれていた。私自身でさえ、自分が門外漢だと知っていた。噂さえ立たないのを情けないとは思わなかった。
 廊下で出会う鈴木や甲斐は目立たない顔をしていた。仲間たちが、あいつが鈴木だとか甲斐だとか教えてくれなければ、けっして気づかない顔だった。美男子でもなければ、美人でもなく、どちらかと言えばくすんでいた。それでも彼らには、勉強を得意とする人間の異質な輝きがあった。私は守随くんや鬼頭倫子のことを思った。変人? 切れ者? 彼らもそんなことを言われていたような気がする。たしかに二人の行動は、奇妙な興奮に支えられているようなところがあって、美しいとは言えないその顔にしても、どちらも究極の自信からくる輝きを微妙に発していた。つまり彼らの顔は変人性と、切れる頭に咲いた独特の花で、見ようによっては、この上ない不気味さを宿しているように見えるということだった。その二つの花が中学生になって凋(しぼ)みかけているなどというのは、あり得ないことだった。
 しかし、それは果たしてほんとうだろうか? 旭丘? 明和? 東大? まだ彼らは十三歳の中学生にすぎないというのに、岡本所長とまったく同じ平凡な話題に終始しているのはどうしたわけだろう。彼らはほんとうに変人で、切れ者で、異星人なのだろうか? 彼らに比べれば、康男こそはるかに不気味な変人ではないのか。彼は勉強というものを軽蔑していて、それに熟練しようなどという気持ちはこれっぽっちも持っていない。彼は一徹者で、とても激しいものの考え方をする。何も考えずに、的を得たことを本能的に言ってしまう彼の能力(言葉の能力!)は、勉強のような徒競走に鍛えられてできあがったのではなくて、その激しい気質と、複雑な経験の蓄積から爆発的に噴き出したものだ。直井たちのような誉れ高い秀才は、勉強ができるということと人格の異常さを結びつけて考えようとするむかしからの習慣に支えられて、なんとか面目を保っているにすぎない。ああ、なんて気の毒な連中だろう! 彼らは変人でも、切れ者でもない。たぶん、康男の言う火星人というのも幻にちがいない。彼らは映画にも、音楽にも魅かれないし、運動も音痴だし、本に溺れることもない。彼らは目先の競争だけを気にかけるごくふつうの人間で、その平凡さを隠すために大人らしい秘密ぶりに徹しているのだ。
 そう考えても、私は、直井整四郎のような勉強のプロたちと自分との距離を大きなものに感じた。それは、長島や王や山内に感じる距離よりもはるかに大きなものだった。
         †
 ひどくムシムシして、朝から霧雨が降っている。空も地面も黒ずんでいる。夏休みが近づいてきた。
 浄心中との練習試合を一週間後に控え、一年から三年まで全員が日曜特訓にかり出された。お気に入りのタイガーバットを二本担いで出かけた。杉山薬局のカウンターから、外人顔のお爺さんが表をぼんやり眺めている。杉山啓子の西洋人形のような顔をもう何カ月も見ていない。何組にいるのかも知らない。相変わらずあのゲゲッという声を授業中に上げているのだろうか。四月の末ごろ、バックネットの裏からじっと練習を眺めているのを見たきりだ。見返すと、いつものきまり悪そうな微笑を投げてよこした。大楠の前を通りかかった。
「きょうも練習?」
 加藤雅江が箒を手に笑っている。
「試合が近いんだ」
「がんばってね」
 視線が合った。笑顔を期待しているようだったので、私は笑いかけた。中学生ともなると、だれだって意味もなく笑うことなんかしなくなるけれど、私は飯場で笑顔の重要性を教えられているので、いつでも笑っている。笑わない人間は気取っているか、依怙地になっているだけだ。
 加藤雅江の背に栗の木の植わった庭が見える。こんな天気なのに、その庭は不思議に温かく乾いた感じのする光があふれていて、霧雨に濡れた黄色い栗の花の一つ一つが、くっきりと鮮やかに見えた。玄関のすぐ脇に、椿や楓に囲まれた大きな楠木が立っている。大瀬子橋を渡って下校するとき、この楠木が見えてくるとかならず雅江のポニーテールが思い浮かぶ。
「この楠木、すごいな」
「先祖が植えたらしいわ」
「じゃ、加藤さんちは、平畑のヌシだね」
「八十年も住んでるんだって」
「ふうん。加藤さんはC組だったよね。寺田や直井といっしょだね」
「鬼頭さんもだが」
「担任はあの傷だろ?」
「そう、中村専修郎先生」
「何の先生?」
「地歴を教えてるんやけど、七十点以下をとると、答案返すときにビンの毛を引っぱり上げるんよ」
「七十点はきびしいなあ」
「私も一回やられちゃった。女の子は、頭ポンと叩くだけだけど。寺田くんは常連。五分刈りなんで、ビンがうまくつまめんの。そのたびに寺田くん、ザマ見やがれ、って言うんで、みんな大笑い。やられてないのは直井くんと、井戸田くんと、鬼頭さんと、ほかに何人もおらんわ」
「直井といっしょにラケット振ってたね」
「うん。でもキツイいんだ。やっぱり放送部に入ろうかなあ」
「それがいいと思う。いい声してるし」
「また、おだてちゃって。……実力試験の発表、見たよ。千年出身の子たち、みんな驚いとったが。鬼頭さんがやっと十何番に入ったくらいで、あの守随くんが影も形もないんやから」
「加藤さんも、ちゃんと載ってたじゃないか」
「あんなの、マグレ」
「ぼくも同じ」
「六年生の最初の生徒会、憶えとる? 神無月くん、途中で抜けていっちゃったでしょ。かっこよかった。神無月くんが勉強もできるってわかって、なんだかうれしくなっちゃった」
 皮膚の薄そうな顔に喜びがあふれている。こんなにきれいな顔だったかなと思った。
「じゃね」
 私は話を途中にして大瀬子橋へ向かって歩きだした。気になって振り返ると、雅江が手を振っている。少しからだが傾いていた。取り立てて私の気を引くようなところはなかったけれど、それでも、これで彼女のぜんぶだと信じられるものがあった。
 すでに先輩たちがグランドに集まり、霧雨の中、走りこみをしていた。デブシがしゃがんだ格好のまま、大島を相手に丹念に送球練習をしている。デブシは肩のよさを認められて、今度の試合ではキャッチャーの控えに入ることになった。関や高田や御手洗たちも外野の隅でキャッチボールをしている。関と御手洗はまだ補欠だけれども、大島も高田も守備のうまさを買われて、それぞれサードとセカンドの守備要員に指名された。
 フリーバッティング。レギュラーだけが予定の打順でバッターボックスに入る。一人五球、三めぐり。いままで四番だった本間は五番に入る。バッティングピッチャーをやっているのは本格派の轟だ。もちろん与野よりもボールが速い。ちょうど私が打席に入ったとき、トレパン姿の岡田先生が傘をさしてグランドに現れた。
「轟、おまえ、ナチュラルシュートするから気をつけろ。浄心のピッチャーは速いそうだぞ。練習は直球だけにしろ」
 五本のうち三本を生垣の外にたたき出し、一本ファール、一本を体育館の壁に打ち当てた。
「相変わらず怪物だな。その調子で今度の試合も頼んだぞ」
 われながら最近打球の伸びがすばらしい。この数カ月で、腰と手首にぐんと力がついてきたことが自分でわかる。背も百六十五センチまで伸びた。それでも野球部の中ではまだ一番小さい。ときどき踵が痛むことを吉冨さんに言ったら、成長期に骨が急に伸びる証拠だと教えてくれた。中学生のうちに、もう五、六センチは伸びるだろうと言った。本間も私に負けまいと、レフトへぽんぽん大きな当たりを飛ばしている。球拾いが右に左に走って懸命にボールを追いかける。その合間に、羨ましそうにこちらを眺めながらシャドーバッティングをする補欠もいる。



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