十九

 ユニフォームではなくトレパンを着て、校庭を五周する程度のランニングに参加したあと、投打の具体的な練習を見るのがつらかったので、毎日そそくさと引き揚げた。
 暇だった。本も読まず、テレビも観なかった。どうやって右腕の鍛錬をするか、ただそれだけを考えあぐねていた。具体的な方策を何も考えつかないのだった。
 東海高校の野球部でピッチャーをやっているという堀酒店の一人息子のことを、退院するときチラと浮かべたことを思い出した。
 ―あの人に頼んでみようか。たしか、まだ三年生で、夏の公式戦で東海高校は早々と敗退しているから、部活をやめて暇なはずだ。
 去年の秋、私が飯場のガレージで素振りをしていると、笠木(かさぎ)塀の裏木戸から彼が顔を出し、道を渡って近づいてきた。硬式ボールを入れたグローブを手に、
「おまえ、すごいんやてなあ。中京からスカウトがきたらしいやないか。おまえみたいなやつが東海高校にきてくれれば、うちも文武両道になるんやけどな」
 そう言って、つくづく私の顔を眺めた。キャッチボールをやりたいらしいということがすぐわかった。
「勉強もできるそうやないか。ちょっと試したる。答えてみい」
 東海高校は県下で一、二を争う進学校で、そんな高校にかよっているのは平畑では彼一人しかいない。
「小学生でもできる常識問題や。いくぞ。江戸時代までは、同じ天皇のあいだでも年号がころころ変わったやろ。けど、明治からは、天皇一人に年号は一つと決まったんや。この制度を何て言う?」
「知らない」
「一世一元号制や」
「聞いたこともないよ」
「ふん。じゃ、国語の常識問題にするか。四文字熟語いくぞ」
 彼は地面に指で《森羅万象》と書き、
「この漢字、知っとるやろ」
「うん。シンラバンショウ」
「じゃ、その意味は?」
「ものごと全部、ってことでしょ」
「じゃ、万象を訓読みすると?」
「……よろず、かたち」
「お、優秀だな。でも不正解。モノミナだ」
「それ、訓読みじゃなくて、当て読みじゃないの」
「日本語になるように読むには、これでええんや。ヨロズカタチなんて、日本語になっとりゃせんが」
「それはそうだけど」
「まあ、合格や。東海高校にこい」
「そんな高校、いく気ないよ」
「ふん、明和か、旭丘か?」
「どこでもいいよ。どうせ中京商業にいけないんだから」
「中商、いくんか」
「スカウトがもう一回きてくれたらね。かあちゃんが追い返しちゃったから、またきてくれるかどうかわからないけど」
「追い返したんか! そんなら、もうこんやろな。おまえがこれからよっぽど目立てば別やが。でもな、スカウトされてどんな野球の名門にいっても、よっぽど活躍せんと、せいぜい大学野球か、ノンプロどまりやで。それも危ないかもしれん」
 彼はひとかけらの好意もない、小ばかにしたような笑い方をした。そして硬式ボールを差し出して握らせ、
「軟式よりもちょこっと大きくて、湿った感じがするやろ」
「うん、知ってるよ。持ってるから」
 それは、私が宝物にしている森徹のホームランボールとまったく同じ大きさと手触りで、べつに目新しいものではなかった。
「ちょっとキャッチボールしよまい。スカウトに目つけられるくらいのやつが、どんなボール投げるか知りたいでよ。軟式グローブじゃ痛いで」
「平気だよ。グローブとってくる」
 酒屋の息子は、高架橋の下の原っぱに私を誘っていった。私は五歳も年上の高校生を少しナメた気分でキャッチボールを始めた。そして、すぐにそれはまちがいだとわかった。勉強で有名な高校だとはいっても、さすがに現役のピッチャーのボールの勢いはするどくて、びしびしグローブに響いた。彼も私のボールを受けるときには、顔を正面から逸らしたりして、おっかなびっくりだった。
「ええ肩しとるなあ。それで小六かよ。やっぱり評判どおりやな」
 キャッチボールが終わると、彼は酒屋の二階の勉強部屋へ私を連れていき、豆をその場で挽いてコーヒーを振舞った。喫茶店のコーヒーと変わらない味がした。
「あ、テープレコーダー!」
 床の間に、縦型オープンリールのテープレコーダーが鎮座していた。私が羨ましそうに眺めていると、
「聴かしたるわ」
 と言って、スイッチを入れ、ノブをガチャリとひねった。ニール・セダカの悲しき慕情が流れ出した。
「ぼくも、これ、EP盤で持ってるよ。ステレオはないの」
「持っとらん。高いでな。おまえは持っとるんか」
「うん。中古だけど」
「中古でも、ステレオは簡単には買えんで」
 私はステレオがどんなに高価なものか、そして、クマさんがどれほどふところを痛めたかを初めて知った。
 ―あの人なら、相手をしてくれるかもしれない。ただ、相手をしてくれたとしてもボールは硬式にちがいない。
 かえってそのほうが手首の訓練になると思い直した。フワフワしないので、コントロールをつけるのにも好都合だろう。
 何日間か、ランニングから戻ると、陽が沈んでボールが見えにくくなるまで、高架橋のコンクリート柱を相手に一人で右投げの練習をした。何十回投げても、うまく肘をたたむことができず、女みたいなヘロヘロの格好になってしまい、投げ下ろすときの腰の入れ具合もぎこちなかった。肩を回転させると同時に手首を振る感覚もまったくつかめないので、少し力をこめると、ボールがどこへ飛んでいくのか見当がつかなかった。それでもめげずに、百回、二百回と投げた。二週間ほどして、フォームこそ固まらないけれども、だいたい思ったところへぶつけられるようになった。そうして、ある程度コントロールに目鼻がついたころ、思い切って酒屋の息子を訪ねていった。
 彼は浮かない顔で二階から降りてきて、
「なんや?」
 と尖った声で言った。私は、この一カ月のあいだに自分の身に起きたできごとのあらましを説明した。
「ふうん、肘やってまったのか。気の毒にな」
 店内の一画に立ち飲みカウンターがしつらえてある。よく後藤さんたちの姿をそこで見かける。彼らは夕方の常連客として、たいてい看板ぎりぎりまでねばっている。彼らと四方山話をしていた父親が、話の一部を耳に入れ、痛ましそうな表情をしながら私を見た。
「ホームラン王、どうしたい。息子に頼みごとかい?」
「キャッチボールの相手をしてほしいんです。手術で左腕が使えなくなってしまって。まだ右投げに変えたばかりだから、しっかりしたボールは投げられないんだけど」
 客たちも私を見つめた。
「相手してやれ」
 父親が息子に声をかけた。
「半年は受験勉強で忙しいでな。二、三日にいっぺんぐらいなら、付き合ってやってもええわ。ただし、硬球やで。軟球を投げると肩こわしてまうで」
「ありがとう。きょうはできないの?」
「勉強が残っとるから、土曜日からな。土、日とやったるわ」
「わかった。どこでやる?」
「千年の校庭がいいやろ。五時ごろバックネットのところで待っとれ」
「五時半過ぎまで、野球部が練習してるよ」
「じゃ、六時にな」
 酒屋の一人息子は結局、その週の土曜日、たった一度、それも三十分だけ、キャッチボールに付き合ってくれたきりだった。彼が約束を反故にしたのには理由があった。私のコントロールがまるっきり定まらないせいで、彼は何度も広い校庭を球拾いに走らされ、とうとう癇癪を起こしてしまったのだった。
「利き腕なんか変えられせんて! 無理や、無理や。野球なんかあきらめて勉強しろ。おまえみたいなチビに、野球は似合わんわ」
 捨て台詞を吐いて早々に引き上げた彼の後ろ姿に、一年前キャッチボールをしたときに見せた敬意のかけらもなかった。
 堀酒店のカウンターで店主から話を聞きつけた小山田さんは、さっそく勉強小屋にやってきて、難詰する口調で言った。
「堀のおやじに詳しく聞いたぞ。手術は失敗だったそうじゃないか。そんな重大なこと、なんで隠してたんだ。あそこの息子にキャッチボールの相手をしてくれって頼んだそうじゃないか。どういうことなんだ。まだ左腕が利くのか?」
 小山田さんはあらためて、手術のいきさつと、退院したあと私が陥っている苦境を探りにかかった。私は岡田先生やデブシや酒屋の息子にしたのと同じ話をした。
「がっかりさせたくなかったんだ。……もう、左腕は使えない。だから、右投げに変えようと思ってる」
 私の左腕が使いものにならなくなったと聞いて、小山田さんは目を剥いて驚いた。彼はしばらく言葉を失い、暗い表情で考えこんでいた。
「右投げだと? ……そんなこと、できるのか」
 ぼそっと呟いた。
「とにかく、やってみるしかないんだ」
 私は明るい声で答えた。野球以外の世界は、何もかも、ほかの人たちの場所だ。野球だけが、私がほんとうに理解しているたった一つのものなのだ。私は野球に優れ、野球しか知らない。いまは、そのことがはっきりわかる。五年、六年の月日が私を本物の野球選手に仕立て上げた。野球に取り組んで以来、私に野球のよしあしを言える人間は一人もいなかったし、私自身も他人の判断を仰ぐ必要がなかった。
「そうだな、やってみるしかないな……。こりゃ、根性入れて助けてやらなくちゃいかんぞ」
 翌日の朝食のとき、小山田さんが吉冨さんに言った。
「なあ吉冨、きのうの夜にも話したが、しばらく晩めしが遅くなってもかまわないよな」
 小山田さんは乾いた出っ歯を包みこむように唇を引き締めた。
「もちろんかまいませんよ。キョウちゃんの一大事に比べたら、そんなこと。それにしても天下の一大事だな。考えたら、キョウちゃんのアイディアしかないですよ」
 話はぜんぶ伝わっているようだった。母が聞きとがめたので、小山田さんは大声で事情を話した。彼女は表情を動かさなかったけれども、カズちゃんはびっくりして、たちまち顔を両手で覆った。西田さんはあわただしく箸を置き、
「それはかなりショックだなあ。じつにひどい話だ。去年の夏以来、踏んだり蹴ったりじゃないか。これじゃキョウちゃんの人生が、ほんとうにオシャカになってしまうぜ」
 吉冨さんは大きくうなずき、
「キョウちゃんの将来が潰れるかどうかの瀬戸際だからね。毎日でも相手をするよ。なんとしてでも、右投げに変えさせてやる」
「そんな必要はありません。運命ですよ。野球をやらないようにっていうご託宣でしょ」
 母が言った。すかさず吉冨さんが、
「本気で言ってるの、おばさん! ほんとに、身内ほどわが子のことはわからないという見本だな。どうせ中京にいかせなかったわけだから、これ以上何も心配することはないだろ。一度キョウちゃんは、涙を呑んでおばさんに譲ったんだぜ。ここはキョウちゃんに譲ってやりなさい。しかも、その努力は本人がするんだ。おばさんがやるんじゃない」
 母は背中を向けた。彼女は私を、自分の腕の長さほど突き放すというのではなく、もはやまったく無関心だった。


         二十

 吉冨さんと小山田さんと西田さんは、それ以来一日も欠かさず、夕方になると二十個ほどの軟球を籠に入れて提げ、私といっしょに千年小学校の校庭へ出かけていった。小山田さんから事情を聞いたクマさんも、ときどき似合わないグローブをはめて心配そうについてきた。シロもつき従った。野球の不得手なクマさんと西田さんは、球拾いに回った。小学校の野球部の退けどきを待って、練習はかならず五時半を過ぎた刻限にした。
 練習を始めて数日で学校の八月補習に入った。学生服を着て登校する関係で、ランニングを中断した。十日間ほど、学校の補習と、小山田さんたちとの夕方の練習の二段構えになった。補習期間が終わってからは、午前中は熱田高校のグランドで走ったあと、学校の宿題をやり、夕方まで新幹線のコンクリートの柱を相手に投球練習、五時半からは小山田さんたちを相手の特訓になった。一日も休まなかった。
 夏の千年小学校の校庭はじゅうぶん明るかった。二十メートルほど離れたところに、小山田さんと吉冨さんが並んで立ち、三角形の形でキャッチボールをする。クマさんと西田さんは、もっぱら球を集めに回る。最初は、どんなに相手の胸をめがけて投げても、グローブの届かないところへボールが飛んでいった。バカバカしいほど大きく逸れた球を、私は絶望しながら見送った。
「ドンマイ、ドンマイ、遠慮しないで暴投しろ!」
 そのうち、ボールが転がっていくと、たいていシロがクマさんや西田さんを追い抜いてボールに飛びつき、私のところまで咥(くわ)えて戻るようになった。
「女投げになってるぞ。肩と肘のバランスを考えて、ちゃんと力を入れて投げろ!」
 シロという球拾いを心頼みに、私は思うぞんぶん力をこめて投げた。百球、二百球と投げているうちに、だんだん、相手がグローブを差し出したあたりに投げられるようになってきた。
「まだまだ」
「あと五十球」
「あと二十球」
「あと十球」
「よし! きょうはここまでにしとこう」
 一週間ほどは、とにかく、胸の近くに強い投球をすることだけを目標にした。二週間もすると、どうやって腕と肘を後ろへ引き上げるか、畳んだ肘をどういう角度で振り下ろしたらいいか、どの高さでボールを離せば方向が定まるかを、少しずつからだが覚えはじめた。すると、自信を持ってさらに力のあるボールを投げられるようになってきた。肩と肘と腰を連動させる勘も、意外に早く身についた。嘘のように、これまで暴れまくっていたボールが、彼らがグローブを差し出す範囲にぴったり収まるようになってきた。それからはボールを三個だけ持っていくことにした。
 夏休みもあと数日で終わるというころには、シロは暇をもてあまし、校庭の隅や花壇をクンクン嗅いで遊び回るようになった。西田さんは安心して、練習から撤退した。
「キョウちゃん、ボールがいやに速いぞ! ふつうの大人より速い」
 小山田さんがうれしそう叫んだ。
「右肩のほうが強いみたい。左で投げるより、ボールが軽く感じるんだ」
「肩じゃなく、手首を意識して! コントロール第一」
 吉冨さんが戒めの声を投げてくる。
「どら、どら、俺にも受けさせろ。さあこい、キョウ」
 私は吉富さんから返ってきたきれいな軌道のボールを受け取り、クマさんの胸にまっすぐ投げ返した。クマさんはへっぴり腰でグローブを突き出した。
「うへ! たしかに速えや。シュッていったぞ」
 正確なコントロールをつけるために、それからは一日ごとにキャッチボールの距離を遠くしていった。最後には、六、七十メートルまで間隔を伸ばした。だいたい外野の守備位置からホームベースまでの距離だ。その遠さになると、彼らのボールはたいてい山なりになり、私のいる場所にワンバウンドかツーバウンドで届いた。私はきっちりとノーバウンドで投げた。
「おーい、キョウちゃん、これじゃもうキャッチボールにならんわ! 俺たちの肩じゃ遠投になっちまう」
 八月もあと数日になり、本格的な練習を始めてから、ほぼひと月が経った。まだ少し右腕が他人のものみたいに遠い感じがするけれども、ふつうの感覚で投げられるようになるのに、あとひと月もかからないだろうという予感があった。このまま仲間に合流してもだいじょうぶだと思った。
 八月末日の夏期実力試験の日、岡田先生と廊下で出遭った。彼は引いた声で、
「どうだ、大改造うまくいってるか」
「ほとんど完成しました」
「ほんとか! 信じられんな」
「ほんとです。二学期から、約束どおり練習に合流します」
「おお! 早く金太郎さんの打球が見たいわ」
 このひと月のあいだ、講習期間を除けば、まるで人断ちをしたように学友に会わなかった。康男にさえ会わなかった。
 試験を終わって、正門を出るとき、関とデブシが駆け寄ってきて、肩を叩きながらやさしく笑いかけた。
「しゃべってまったわ。なんで神無月がランニングしかやらんかったんかって、みんなうるさいもんでよ」
「いいんだよ、自分で言うのが面倒くさかっただけだから」
「ほんとに特訓やっとったんか」
 関が訊いた。私は右の二の腕を彼らに示し、
「右投げ、左打ち、完成だ」
 と笑い返した。
         †
「やっぱりキョウちゃんは天才だな。ひと月ほどで利き腕をしっかり替えてしまったんだからなあ。ようし、いまから右用のグローブを買いにいこう。うんと高いやつを買ってやる。吉冨、熊沢、カンパしろ」
 特訓の最終日、千年小学校からの帰り道、小山田さんは思い切り反っ歯を剥いて笑った。シロもうれしそうにみんなの足にまとわりついた。
「たしかに、努力のタマモノだけとは言えないものがあるね」
 吉冨さんがため息をついた。
「奇跡を起こす男、か。このあいだまで左で投げていたのに、いまじゃ右でふつう以上に投げられるんだからなあ。大したもんだ。俺が起こせる奇跡といやあ、ガキをでかすことぐらいかな」
 クマさんが言った。
「それは奇跡じゃなくて、これの手柄だろ」
 小山田さんが振り向きざま、クマさんの股間をむんずとわしづかんだ。クマさんはひゃっひゃっと笑いながら身をよじって逃げた。日の落ちた道を歩きながら、三人の大人は深い感銘を覚えているようだった。吉冨さんが言った。
「俺たちの愛する小さな野球少年は、この上なくつらい経験をしたにもかかわらず、とことん努力するエネルギーのかたまりだったわけだ。それどころか、苦境を喜びに変える天才でもあったんだね」
「能ある人間てのは、想像のほかだな。とにかくキョウには驚かされてばかりだ。キョウに比べりゃ、同じ年ごろのガキばかりでなく、世間のどんな野郎もあたりまえの本能をいくつか持ってるだけで、才能なんかもちろんあるはずないし、努力する根性もない。恥ずかしくなるわ」
「凡人とはそういうものでしょ。キョウちゃん、これからは一人でがんばらなくちゃいけないよ。もう少しコントロールをつける練習をしないとね」
「うん! もちろん」
「もう俺たちがわざわざ手を貸さなくてもだいじょうぶだ。野球部の連中、びっくりするぞ。あんまりキョウちゃんの球が速いんでな」
 小山田さんが額の汗をタオルで拭いながら言う。
「まだ、からだ全体のバランスが取れないんだ。速いボールを投げても、ちゃんと投げたっていう感じがしなくて」
「仕方ないさ。できたてのホヤホヤなんだから。そのうちしっくりいくようになるよ」
 私は幸福に酔っていた。道を曲がるたびに視界に飛びこんでくる家並や、平畑の通りに伸びる商家の風景が目新しく見えた。
「なんだか、いつもと景色がちがうみたいだ」
「そりゃそうさ。新しく生まれ変わったんだからな」
 そう言う小山田さんに、クマさんは微笑しながら異を唱えた。
「キョウの場合は、もう少し深みがあると思うぜ。キョウがこういうことを言うのは、きのうきょうにかぎったことじゃないんだ。どうもこいつは、ものを見慣れるということがないみたいでさ。信州に連れていって、つくづくわかった。何でも、あらためて見る。土方を描いた松坂屋の絵もそうだった。生まれつき、見る人間なんだな。俺にはこんな景色なんかふだんの景色に見える。人が目を閉じて通り過ぎるところを、詩人は眺めて立ち止まるっていうからな」
「熊沢も、たまには哲学的なことをしゃべるじゃないか。荒田以上だ」
 小山田さんが感心した顔で、なつかしい名前を出した。
「これでも、もうすぐ人の親だよ」
「キンタマに哲学つけないと、親をやってけないよな」
 小山田さんは大声で笑った。吉冨さんもクツクツ笑った。
「……哲学的と言やあ、あの、キョウと同じ病室にいた青年、いいやつだったな」
 クマさんが言った。
「ダッコちゃんでしょ……。とってもいい人だよ。右で投げられるようになったことを知らせなくちゃ。練習しながらいつも考えてたんだ」
「早いうちにいってやれ」
「うん、九月の中間テストが終わったらいってくる」
 千年の交差点のあのスポーツ用品店で、小山田さんたちはミズノのグローブを買ってくれた。硬式用の少し縦長のやつだ。正札で九千円もする最高級品だった。
「お得意さんだろ。廉くしなよ」
 と言って、クマさんが七千五百円に値切った。それで三人の割り勘はちょうど二千五百円になった。
 食堂に戻って、母にグローブを見せると、
「そんな高そうなもの、かあちゃんに言えばいいでしょ。いくらしたの」
「九千円……」
「そんなに!」
「七千五百円に値切ってやった」
 とクマさん。
「ほんとうにすみませんねえ。ここまでご好意が重なると、あらためてお礼を言うのもなんだか図々しいみたいで。でも、あなたがた、ほかにお金の使い道はないんですか」
 素直でないことを言った。クマさんが頬をゆがめて笑いながら、
「おばさん、キョウは左利きだよな」
「ええ。みっともないので、箸を持つ手は小さいころにきびしく直しましたけど」
「だろ? 直すのに何年もかかったんだろ? 野球は箸なんかよりもっと難しいはずだよな。ところが……おら、吉冨、説明しろよ」
 めし櫃の布巾をめくりかけていた吉富さんが、
「それなのにキョウちゃんは、たったふた月足らずで右利きに変えたんですよ。すごいことでしょう。褒美をあげるのが当たり前ですよ」
「そうだよ、おばさん、左投げを、右投げに変えたんだぜ。信じられん。しかも、大人以上のボールの速さときてる」
 小山田さんが意気込んで言った。母は意味をわかろうとする以前に、興味を放棄していた。
 その夜は、しっとりツヤのある焦茶色のグローブの土手に、セーム皮でたっぷりグリースを塗りこみ、森徹のホームランボールを挟んで、枕の下に敷いて寝た。硬式用グローブなので、うまく寝押しが効いて形が整っても、しばらくのあいだは堅く反発して捕球しにくいかもしれない。でも、何カ月かして手に馴染んでしまえば、素晴らしいはめ心地になるだろう。私は固い枕の寝床に横たわりながら、硬式ボールの縫い目に似た左肘の赤い縫い跡を、指でいたわるようになぞった。



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