七十三

 私は自分のものがふたたび硬直して立ち上がっているのを感じた。カズちゃんの手を導いてそのことを知らせた。彼女は強く握り締め、
「またしてくれるの? うれしい!」
 仰向けになってからだを開いた。
「入れるところ、わかる?」
 私はうなずき、カズちゃんのしたように亀頭の先でクリトリスを上下にこすってから、柔らかな膣口へ突き入れた。ハアッ、とカズちゃんがせつなそうな声を上げた。さっきとは異なった感覚が私を圧倒した。濡れそぼった空間が強く緊張していた。私は短い時間に教えられて覚えた感覚を求め、本能的に腰を動かした。長く予定されていたことのようにその行為は滞らなかった。亀頭の刺激に神経を集中する余裕さえあった。
「ああ、キョウちゃん、気持ちいい、どうしよう、私……」
 ますます空間が緊迫してきた。カズちゃんは泣きそうな顔をしながら、自分から腰を動かしはじめた。たちまち快感が強まり、
「カズちゃん、ぼく、もう―」
「ああ、どうしよう、どうなるのかしら、へんになりそう、ほんとに嫌いにならないでね、どうなってもびっくりしないでね、私、もうだめ、ああ、ほんとにもうだめ」
 だめという意味が私の性器に伝わった。軋るように緊縛の度合いが増した。
「キョウちゃん、私、イッちゃう、ごめんね、あ、イクウウウ!」
「カズちゃん!」
 私は強く恥骨を押しつけて、カズちゃんの奥深く放射した。彼女の陰阜が二度、三度と跳ね上がった。私は射精の律動を繰り返しながら、彼女の唇を吸った。激しく吸い返してきた。彼女の膣が私のものの周りで痙攣して異様にうごめいた。
「中が、ずっとビク、ビクしてる」
 カズちゃんは恥ずかしそうに何度も夢中でうなずいた。膣が箍(たが)のように締まり、不思議な蠕動が始まった。
「ああ、おかしいわ、止まらなくなってきたわ、わあ、だめだめだめ、またイッちゃうイッちゃう、イク! ああああ、気持ちよすぎて苦しい、お願いキョウちゃん、抜いて!」
 私はあわてて引き抜いた。瞬間、カズちゃんは喉の奥から声を絞り出し、横向きになるとからだを屈めて三度、四度と激しく痙攣した。私は彼女の背中に寄り添い、乳房ごと抱き締めた。尻が私の腹を何度も打つ。深い神秘があった。桑原の写真を見ただけでは窺い知れない神秘があった。そしてその神秘は、この上なく清潔に感じられた。この清潔さの信頼こそ、五年の年月をかけてついに同伴者となった女への愛の証だった。滝澤節子の白衣姿が抵抗もなく遠ざかった。
 だんだん痙攣が間歇的になっていった。カズちゃんは速い呼吸をしていた。少し口を開け、かわいらしい苦悶の表情を浮かべている。私は彼女を仰向けにして、唇を吸った。カズちゃんはからだに自由が戻ってくると、
「嫌いになった?」
 と尋いた。
「どうして? とても清潔で、美しいのに」
「みっともなくなかった?」
「ぜんぜん。ますますカズちゃんが好きになっちゃった」
 カズちゃんは、キョウちゃん、とむせんで抱きついてきた。
「だいじょうぶね、その人に裏切られても、がっかりしないわね。からだを与えることをもったいぶったら、それはキョウちゃんを愛していない証拠よ。気をつけてね」
 奇異な感じを抱いた。滝澤節子が私にからだを与えないことは裏切りであり、与えれば愛情のある証拠だと言うのだ。つまり、滝澤節子と肉体を交える私の裏切りには何のわだかまりもないということだ。
「カズちゃんは、ぼくがその人としてもいいの?」
「もちろんいいのよ。彼女に愛があれば、ぜったいするはずだから。愛を受けるのはキョウちゃんの幸せよ。キョウちゃんが幸せになるのは、私の幸せでもあるわ。だから、何人の女の人としてもいいの。でも、その人は、私の勘だと、キョウちゃんとしないわ。いいえ、たとえしたとしても心からじゃない。だから、きっと最後はキョウちゃんのことを面倒に思うようになる。キョウちゃんが苛立ってたのは、その人が自分の身を守るために、こんな簡単なことを叶えてくれそうもないし、叶えてくれたとしても、それに見合うほどの信頼感を与えてくれそうもないって感じるからよ。……きっとキスはしたはずよ。キョウちゃんに何かを期待させるようなキスをね……。もう目に見えるようだわ。キョウちゃんはとってもかわいいから、きっとキスをしたかったんでしょう。無理もないことよ。でも、私のようにキョウちゃんを愛してるわけじゃないって気がするの。いやな予感がするの。でもそれは、キョウちゃんが自分で確かめなければいけないことよ。かならずそうしないといけないわ。私はキョウちゃんのすることは何も訊かないから、遠慮なんかしないでね。苦しくなったら、いつでもここにきてね。どんなときも、私はキョウちゃんといっしょにいるわ」
 カズちゃんはティシューで股間を拭うと、また私のものを丁寧に舐めた。
「ほら、キョウちゃん、もう、きちんと剥けてるわ。これで一人前の男よ。……一人前以上だけど」
 何度も包皮を往復させると、もう一度口に含み、いとしそうに短い時間舌を使った。
「何人としてもいいなんて、ぼくがそんな破廉恥なことをして、カズちゃんは平気なの」
「私は、キョウちゃんが何をしようと、キョウちゃんそのものが好きなの。キョウちゃんのすべてが好きなの。男はセックスごときで、人格まで変わらないわ。少し幸せになるだけ。女は人格を保とうとしたら、貞節を貫かなければいけないの。セックスで人格が変わってしまうからよ。だから、愛する人にだけにしかからだを捧げなくちゃいけないの。そういう生きものなの。愛していない人とすると、かならず裏切ることになる。私が亭主にしたみたいにね。だから私は、これから死ぬまで、キョウちゃん以外の男にからだを触れさせない。さあ、帰りましょう。私たちのことはだれにもじゃまさせないわ。だから、うんと用心しなくちゃ。キョウちゃんも用心してね」
「うん」
 カズちゃんは服をつけ、私にも促した。箪笥の上の置時計が二時を指していた。
 カズちゃんは大瀬子橋まで送ってきた。
「じつはね、キョウちゃん、私、二十一歳で結婚したの。早いでしょ。でも、結婚して何カ月かして、いっさい亭主を寄せつけなくなったの。愛してなかったから。だから、きょうは、九年ぶりのセックスだったのよ。もちろん平畑の浄水場の飯場でキョウちゃんに会ってからの五年間も、一度もしてなかったことになるわね。まるで、キョウちゃんが大人になるのを待ってたみたい」
「処女みたいなものだね」
「まあ、うれしい。……二十五歳でキョウちゃんに会って、三十歳でキョウちゃんの女になったのね。五年。長かったわ。でも、あと三十年かけたって、キョウちゃんがその五年間で私にくれた幸せにかなわない」
 カズちゃんは私を強く抱き締めた。
「彼女、誕生日のプレゼントをしたいんだって」
「いちばんいいプレゼントは、よほどのことがないかぎり、キョウちゃんの時間を奪わないことよ。そして、キョウちゃんにどんな要求をされても、自分の都合を捨ててキョウちゃんに従うこと。愛するってそういうことなの。キョウちゃんが使う時間は、いまは自分のことと、大将さんのことだけ。……男というのは、時間を自分のことだけに使わなくちゃいけないのよ。そのことがわかっていなければ、キョウちゃんを愛してることにはならないわ」
 そう言ってカズちゃんは、橋のたもとで長いキスをした。そうして、橋を渡りきるまでいつまでも手を振っていた。
 夜道のひんやりした空気を何度も鼻腔に確かめながら、飯場まで歩いた。事務所の玄関にシロが寝そべっていた。大人の彼は、大人の仲間入りをした私といっしょに、小屋の玄関に戻った。そして三和土に寝そべった。母の部屋からはコトリとも音がしなかった。でも私は、彼女が闇に目を見開いている様子をまざまざと思い浮かべることができた。
 蒲団にもぐりこむ前に、下着を引き下ろして性器を見つめた。緩んだ包皮がカズちゃんの教えてくれたカリに引っかかって止まっていた。カズちゃんの小陰唇より白かった。あふれるような愛情が襲ってきた。この思いをどうやってカズちゃんに告げよう。言葉では告げられないだろう。行動で示すしかないのだ。この感動を出発点にして、行動と言えるような何かを始めなければ、あんなにまでしてすべてを捧げてくれた彼女を裏切ることになる。全力を尽くして、野球選手になろう。それしかない。グローブを取り出して、グリースの塗り残しを確かめた。バットの握りに紙ヤスリをかけた。
 ふいに、滝澤節子への期待に満ちた好奇心が、たった数時間で淡いものになっていることに気づいた。こんなことがあり得るのだろうか。なぜだかわからないけれど、充足した肉体の経験のあとで、まちがいなくあり得たのだ。瞬間的に芽生えた好奇心と、肉体に根ざした深い愛情の目覚めとは、まったく質がちがっているように思われた。肉体を知ってますます私はカズちゃんに精神を感じるようになり、滝澤節子には精神から遠い、カズちゃんのスペアの肉体を感じるようになった。


         七十四

 四時間眠っただけで起きた。爽やかだった。目を覚まして、まず野球に思い当たらないのは、これまでにないことだった。カズちゃんの肌触りを思い出した。そして、自分とカズちゃんの肉体の共鳴を思い出した。
 ユニフォームが気になって庭へ出た。一晩のあいだにすっかり乾いていた。食堂のほうで声がしはじめた。部屋に戻り、ユニフォーム、アンダーシャツ、スパイク、ストッキング、グローブの順で袋に詰めた。母が朝食の誘いにこない。それならそれでいい。どうせおたがい、顔も見たくないのだと、さっぱりした気持ちだった。カズちゃんは小屋に顔を出さなかった。用心しているのだろう。でも、私が朝めしを食わないのをきっと気にしているはずだ。
 半袖のワイシャツを着け、学生ズボンを穿いた。抽斗から千円札を一枚つまみ出してズボンのポケットに入れた。事務所の前にカズちゃんがいて、
「これ、齧りながらいきなさい。少しは栄養になるわ」
 まじめな顔でチョコレートを渡した。
「ありがとう」
 私もまじめな顔で受け取った。
「いってらっしゃい。練習、がんばってね」
「うん。あしたのために軽く流すだけだけど」
「あしたは試合?」
「うん。中村区の笈瀬中」
「あら、私の実家のそばよ。いつか遊びにいきましょうね」
「うん。冬休みにいこうね」
「ぜったいよ」
「約束する」
 口の中でチョコレートをゆっくり溶かしながら歩く。学校に着くまでに一枚食べ切った。
 土曜の半ドン授業を受け、すきっ腹を抱えながら、二時間ほどの軽い練習で切りあげる。関を誘って、本遠寺裏のお好み焼き屋に寄り、ブタ玉を二枚と焼きそばを食った。
「レフトへ押し出して打つんじゃなくて、掬い上げられないもんかな」
「無理やろ。引きつけんと掬い上げられん」
「だよなあ。外角を掬おうとしたら、バットをこねなくちゃいけなくなるものね」
「へんなこと考えずに、ふつうに打てや。レフトに打つ必要ないやろ。打てばほとんど長打なんやから」
「うん。ベーブ・ルースを見習うよ」
 食堂に寄ると、母とカズちゃんが歓談していた。母はプイと流しに立った。
「お腹すいたでしょう。ホウレンソウのおひたしと納豆でいい?」
「うん」
 腹がいっぱいだとはいえなかった。カズちゃんはいそいそとめしを盛り、納豆を掻き混ぜた。
「あしたは試合ね。きょうはしっかり眠らなくちゃ」
「うん、一本でも多くスカウトの目に留まるようなホームランを打つよ」
 母は依怙地にタワシで流しを磨いている。一膳めしですませて小屋に戻った。しみじみと幸福だった。机に向かって、三平方の定理と、相似の応用問題を解きはじめたが、昨夜の寝不足のせいで、たまらなく眠くなる。カズちゃんもきっとそうだろう。蒲団を敷いてもぐりこみ、熟睡する。
 時分どきにカズちゃんが起こしにきた。
「きょうはつらかったでしょう」
「いま熟睡したからだいじょうぶ」
「ごはん食べたら、またすぐお休みなさい」
「うん。きのうはおふくろのことで気を使わせて、ごめんね」
「いいえ。キョウちゃんがあんなに怒るの見て、胸がつぶれそうになっちゃった。小さいころから積もり積もったものが爆発したのね。お母さんも含めてだけど、ぜんぶ〈女ごとき〉なのよ。女子と小児は養いがたし。熊沢さんの言ったとおり、怒るのはキョウちゃんらしくないわ。余分なことよ。もう、自分のことだけに邁進してね。キョウちゃんは、やさしすぎるところがあるから……。あしたその女の人に会ったら、よくよく気をつけるのよ」
「うん、わかった。晩めしまでには帰ってこれると思う。心配しないで。だれもカズちゃんみたいにはぼくのこと愛してくれないから。……カズちゃんがイクのをまたこのオチンチンで感じたいな」
「ま、悪い子。私はキョウちゃんを愛してるから、そんなのたやすいことだけど、一生愛していきたいの。だから、じゃまされないように用心するつもりよ。ぜったいだいじょうぶというときに、また抱いてね。さ、きょうはキョウちゃんの好物のカレーよ」
「食べたら、少しレコードを聴いて、すぐ寝るよ」
「そうしたほうがいいわ。私も早く上がらせてもらって、ぐっすり寝ることにする」
         †
 野球帽の額の白いMの字を指でしごく。鍔先から縁全体にかけて、波のような白い汗染みのあるのが気にかかる。ユニフォームを洗ったときに帽子もしっかり洗っておけばよかった。形を整えて深くかぶる。学生服とグローブをつっこんだ袋を肩に提げて表通りへ出た。日曜の午前なので、飯場のだれにも遇わなかった。お調子者の八百屋の小僧が挨拶する。
「どうや、今年のホームランの調子は」
「まあまあだよ」
「また新聞に載るのを期待しとるで」
 クマさんの社宅のそばで今川焼を二個買い、腹ごしらえをしながら加藤雅江の家の前を過ぎる。日曜日の庭がひっそりしていた。
 ―試合に全力を注ごう。一本でも多くホームランを打たなければ。
 全員、宮中のグランドに集合。スパイクの紐を結び直す。袋を忘れずに担ぐ。
「そんなもん更衣室に置いとけばええが。どうせここに戻るんやで」
 関に言われて、
「帰りに神宮前から病院へ回るから」
 和田先生がトレパン姿で登場すると、みんなでがやがやと出発した。
「様子を見てきたぞ。相手ピッチャーは、左のアンダースローだ。スピードもかなりある。打撃は大したことない」
「左の下手投げか。ちかいの魔球の二宮だね」
 私の言葉に、みんな、うん、うん、とうなずく。和田先生には何のことかわからない。
   
 そういえば、三年前、母がスカウトを追い返した何日かあと、小山田さんと吉冨さんに頼みこんで中日球場へ広島戦を観にいったことがあった。そのとき、球場のそばの大きな本屋で、全四巻の『ちかいの魔球』を買ってもらった。今年の春、私はそれを風呂敷に包んで、桑原の新聞屋の通りにある古本屋へ持っていった。小ずるそうな婆さんが、
「二割だね」
 と言った。千二百円もした真新しい菊判の本四冊が、たったの二百四十円。
「それでいいです」
 私はその金を受け取った。それというのも、康男の見舞いに通いつづけているうちに、へそくりが底をつきそうになってきたからだった。二百四十円くらいのお金でも、何回かパンが買える。それからも私は、社員たちの部屋から浚い集めてきたものも含めて、部屋にある本はほとんどその古本屋に売ってしまった。吉冨さんがせっかくくれた本も売った。
 神宮前から名鉄で名古屋駅に出る。電車の窓に天気雨がきた。和田先生が喜んだ。
「こりゃ、いいお湿りになったぞ」
 名古屋駅に降りると、西口に出た。雨はすでにやんで、雲間から出た太陽が駅前の並木の葉にきらきら輝いている。並木の向こうに河合塾のビルがそびえていた。
「このあたりは怪しい町筋でな、太閤遊郭と言われる有名な場所だ。大人になるまで近づいたらいかんぞ」
 その怪しさに不潔感は湧かなかった。葦の茂る川端の小船の舷に両手を突いた中年の女、その尻から覗く黒いグロテスクな襞―初めて目にしたものなのに、それほど驚かなかったのはなぜだろう。そして、カズちゃんのそれに清潔な感じを抱いたのはなぜだろう。その表情から察して、グロテスクな女の反応のほうが、清潔なカズちゃんの反応におよびもつかないように思われる。ほのぼのとした喜びがこみ上げてくる。何人かの部員は意味がわかっているらしく、顔を見合わせてニヤついている。関やデブシはキョトンとしていたが、何かの勘が働いたのか、和田先生に聞き返そうとはしなかった。
 亀島から千原町を通って十王町まで、太閤遊郭から離れるように、軒の低い道を一キロほど歩く。並木の影が、雨上がりのアスファルトの地面にくっきりとした輪郭を伸ばし、家々の軒から水滴が落ちている。陽が強くなってきた。
 笈瀬中のグランドは、宮中とほとんど同じ広さだった。私はいつものように、右翼までの距離を目測した。
 ―七十七、八メートルか。
 左翼も同じくらいの距離だ。外野全体が二メートルほどの高さの生垣に囲まれている妙に平べったいグランドで、一塁側と三塁側に二階建ての木造校舎が一棟ずつ、バックネット裏にごろりとした三階建て鉄筋校舎がそびえている。ほかに建物の姿はない。生垣の外はテニスコートになっている。コートの向こうに、背の高いビルがいくつか見える。
 笈瀬中が守備練習を始めた。信じられないほどへたくそだ。特に外野は素人の寄せ集めと言ってよかった。フライを取りそこなったり、トンネルをしたりして、目も当てられない。左のサブマリンは? 一塁側のベンチ前で熱心にウォーミングアップしている。下手投げのくせに妙にスピードがある。しかし球筋が素直なので、打ち損じることはないだろう。これなら二本はいけそうだ。
「きょうもコールドやな」
 大島が自信ありげに言い、御手洗が、まちがいない、と応える。私もそう思った。キャプテンのデブシだけは、
「こういうときが危ないんや。大振りせんと、気を引きしめていこうぜ」
 と、まじめな顔で言った。関がうなずく。関はこのごろぐんぐん背が伸びて、部員の中でいちばんのノッポになった。私より五センチも高い。筋肉もついてきた。熱田高校ではまちがいなく主力選手になるだろう。
 デブシがジャンケンに勝ち、先攻を取る。物慣れない様子の審判たちがそれぞれの持ち場につく。試合開始。
 デブシの心配をよそに、今回も一方的な試合になった。私は第一打席から一発かまして、四打席、三ホームラン。デブシも二本打ち、バットを短く持ったパンチ打法の大島までがセンターへ一本打った。野津を含めて全員安打。十三対ゼロ、五回コールド勝ち。野津が四球一、被安打二で、シャットアウトした。
 どうしたのだろう、勝利の感激が薄い。野球が遠くにある。ベンチの隅で、一人だけ学生服に着替える。汗でふくらんだユニフォームのせいで、袋がパンパンになった。


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