百十五

 十一月四日、水曜日。とうとうカズちゃんから第二信が届いた。ハサミできれいに封を切り、便箋を開いた。

 前略。キョウちゃん、私はすぐそばにいますよ。八幡宮の前の道を右へ進んで、道なりに小道へ入った先のT字路の左角、やわた荘という名前のアパートに接した平屋の一戸建です。八畳と六畳に、台所と落とし便所がついています。仮住まいなら上々でしょう。野辺地中学校の裏手にあたるので、学校の帰りに寄りたくなったときは便利だと思います。表札をつけておきます。
 五十嵐商店という市場の青物屋さんに店員として勤めるか、野辺地に着いた晩に一泊した駅のそばの鳴海旅館というところに賄いに入るか、どちらかにしようと思っています。いずれにせよ、ひと月ぐらいは働きません。ぶらぶら野辺地の町を歩いて、全体の地図を頭に入れようと思っています。まずは一報まで。早くキョウちゃんに会いたい。
 追伸。この手紙に返事はいりません。台所用品の買い物をしたり、蒲団やカーテンをあつらえたりしなくちゃいけないので、土曜日あたりを目指してきてくれるとうれしいです。あせらないでね。すぐそばにいるのですから、慎重に慎重を期して、ときどき逢瀬を果たしましょう。心から愛しています。
 郷さま                             和子

 ほんとうにカズちゃんはやってきた! 私の人生に新しい一ページが開いたのだ。
         †
 五日、木曜日。風の強い朝に、ばっちゃが竈の焚き落としを行火(あんか)に入れて炬燵を用意した。掛布から枯れ草のようなにおいがした。
「あしたにでも、電気炬燵、買ってくるべ」
 炬燵に入り、目先を変えて善司の本棚から小説を取り出し、一日じゅう読書に精を出した。カズちゃんに逢いたい心を抑えながら読むので、集中力が散漫になる。短編ばかりを選んで読んだ。トーマス・マンの道化師と、チェーホフの眠いは幸運な出会いだった。日本文学では、遠藤周作の影法師、志賀直哉の正義漢が気に入った。梶井基次郎という人の闇の絵巻に感動した。三度、四度と繰り返し読んで、到達不可能の飛び抜けた技量だと確
信した。檸檬は結末部が平凡で、代表作とされているのが訝しかった。
 夕食を終えてから散歩に出て、まだ薄明るい海辺の星空を眺めた。雲が赤く輝きはじめ、風といっしょに舞う粉雪がきらきら光った。初雪だった。
 ―たしか風花というんだったな。花というよりは、ダイヤモンドだな。
「キョウ、これ、きのうきてたの、忘れてらった」
 ばっちゃが障子戸を開けて差し出した。薄っぺらい封筒だった。表に太い青インクで浅野修と書いてあった。驚くほどの達筆だった。便箋を取り出すと、これも大振りで律儀な文字が書きこまれていた。

 前省。
 その後のきみの様子を知りたくて、お母さんに電話で問い合わせましたが、いっさい連絡をとっていないということで、住所だけ聞いて手紙を出すことにしました。元気でおりますか。お祖父さん、お祖母さん、転校先の仲間たちとうまくやっていますか。そうであることを祈ります。あごの腫れは退きましたか。とても心配です。申しわけのないことをしました。
 きみは、単純で、率直で、そして求めても得られないような心からの雄弁の持ち主でした。自分が愛を抱いているということにより、そしてその愛は悪人さえも善人にするということにより、自分を取り囲むすべての人に愛を抱いているきみは、あんなふうにきみを裁いている私たちにさえ、そのあふれるようなやさしさを感じさせないでいませんでした。きみは、荒々しい口ぶりや表情の中に、滝澤さんに対する愛と好意だけを示していました。たしかに、あの恋人がきみを信頼していたら、彼女ももっと希望に満ちた手段をとったにちがいないが、彼女の希望の種類はきみのものとちがっていたのでしょう。恋愛をしたこともないくせに、と私を糾したきみの言葉は、胸に痛く突き刺さった。すごいやつだと思った。私の母はしっかりきみのすごさを見抜いていました。
 もう、どんな場合にも、鉄拳を振るうような、人間として恥ずかしいまねはしないでしょう。心からきみに許しを請います。あと三カ月余りで中学生活も終わります。きみが一日も早く名古屋に戻れるよう全力を尽くします。お母さんという崩せない牙城があります。そのことも頭に入れ、どうか期待しないで待っていてください。
 母と弟がくれぐれもよろしくと言っておりました。いつの日か、再会を心待ちにして。さようなら。お元気で。
 神無月郷くんへ                        浅野修


 浅野の手紙には、人間が実直になったときに考えられ得る後悔と陳謝の言葉が、手短に書いてあった。しかし、それだけのことで、何の感銘も受けなかった。いまさら何か言うことほど簡単なことはないのだ。どんな実直な心にも、その中心にほんの少しの傲慢さがある。人のためによいことをしようというどんな気持ちの中心にも、人を矯めようとするほんの少しの無邪気さがある。それがいやだった。
 私は浅野の手紙を、誤解のために失われた友誼を取り戻そうとするラブコールとしてではなく、袋小路に追いやられて絶望している人間を慰める心やさしいエールだと考えて、しばらくさびしい気分にひたった。私はこれまでエールを必要としたことはなかったし、これからも必要になるとは思わなかった。私は希望を持ったこともない代わりに、徹底して絶望したこともないのだ。
 からだの芯まで滲み徹る寒さの中へ出た。いまが一日の中の何時ごろなのかもわからないほどの鈍い光だ。義一と家出したとき、汽車の窓にこの光を見た覚えがある。人のいる景色を求めて、街のほうへいく。人びとが楽しげに、あるいは自信ありげに、道をいくように見える。なぜかわからないけれども、彼らは自分の人生模様に満足しているのだ。
 歩いているうちに、康男がヤケドをして以来の、この十カ月余りの情景がとつぜん甦り、構図の不完全な写真のように、一枚一枚、まぶたの裏に貼りつけられた。それを見つめているうちに、私はとてつもない無力感に襲われ、意味もなく生きていくこれからの長い人生を予感した。
 帰りに、野辺地東映の隣の銭湯に寄った。タオルと石鹸を借りた。隅々まで丁寧に洗った。土曜日のカズちゃんとの再会を考えて、恥垢もきれいに落とした。
         †
 七日の土曜日、昼めしを終え、散歩にいってくると祖父母に断って外に出た。新道から野辺地中学校の正門に出、ぴったり校舎沿いの道を歩いて右折し、そのまま真っすぐやわた荘に突き当たった。やわた荘の垣根で仕切られた隣の一戸建に、北村と真新しい門札が釘で打ちつけてあった。門を入ると、やわた荘との仕切りの生垣に沿って、納屋のような小屋が建っていて、それと直角に連なるL字形の母屋が小庭を囲んでいた。母屋の生垣の向こうは、広い畑地だった。見回すと、どの方角からも母屋の内部を見通せない設えになっていた。庭の物干しに蒲団と、雑巾が五枚ほど、それからシュミーズや下着がずらりと干してあった。それを眺めていると、縁側のガラス戸が開いて、大きなからだがすっくと立った。
「わァ、キョウちゃん、いらっしゃい。何見てるの、いやね」
 にこにこ笑っている。白いスカート姿がまぶしい。
「うん、豪快だなって思って。カズちゃんらしい」
「生垣の向こうが畑だから、覗かれる心配がないのよ。あっちはアパートの壁だし、とにかく環境はグッドよ。買ったばかりの下着ってチクチクするから、かならず洗濯することにしてるの。さあ、玄関から上がって」
 ばっちゃが買った下駄で敷居を跨いだ。下駄はもうかなり磨り減っていた。カズちゃんは玄関に裸足で降りてきて、私に抱きついた。ぶつかった胸がゴムまりのように弾んだ。長い口づけをする。カズちゃんは安心したふうにからだを離すと、私の顔をじっと見つめ、
「まちがいなくキョウちゃんだわ。ますますいい男になっちゃって。ほんとにきてくれたのね。ありがとう」
「ぼくのほうこそありがとう。こんな北のはずれまできてくれるなんて、信じられない」
「信じられるようなことをしてたら、キョウちゃんは喜んでくれないわ」
 式台に並んで立ち、もう一度こちらを向かせて見つめる。鼻も目もすばらしく整っている。ギョッとするほど美しい異国ふうの顔だ。だれとも似ていない。
「カズちゃんて、ほんとにきれいだね!」
「キョウちゃんたら。もう三十のおばさんよ。お世辞はやめて」
「齢なんか関係ない。きれいなものは、きれいなんだ」
 カズちゃんは困ったふうに微笑みながら、私の手を引いて八畳の居間のテーブルへいった。畳が青々と真新しい。筒型のストーブが焚かれ、テーブルのそばに座布団が置いてあるきりの、さっぱりした部屋だった。西向きの大きなガラス戸に、内側のレースに重ねて淡いベージュのカーテンが引いてある。
「長い一カ月だったわ。これからはずっといっしょよ」
「うん、ずっと、死ぬまで離れない」
「うれしい! ここはすてきな町ね。山もあれば海もあるし、町に出ればお店もほとんど揃ってる。買い物が楽しいくらい。少なくともあと四カ月はいるでしょうから、ソファぐらい買わないとね。台所には食器棚と冷蔵庫、コーヒーメーカー、庭に洗濯機、六畳には鏡台と箪笥を買ったのよ。庭の物干しも買ったわ。カクト家具店という大きなお店。知ってる?」
「うん、老舗だ。でも、すごい出費だね」
「私、お金持ちなのよ。五、六年働かないで生きていけるだけの貯金があるの。……実家のこと言ったことがなかったわね」
「うん。どうでもいいことだと思うけど」
「どうでもよくないの。聞いてね。きっといまキョウちゃんが想像してることと反対よ。私の家は、名古屋駅の西口で、北村席という置屋をしてるの。キョウちゃんが想像できないくらい儲かる商売よ」
「置屋?」
「売春斡旋所。芸者を気取ってる人もいるけど、五十歩百歩ね。私、そこの一人娘なの。職業柄、その筋の人とお付き合いもあるから、大将さんの事情はよくわかったわ」
「ふうん、太閤通りだね。康男が筆下ろししたところだ」
「大将さんが? おませなのね」
「でも、斡旋所って言われると、なんだかさびしくなる」
「そうね、さびしくなるわね。その種の商売が邪道だからよ」
「……ヤンキーだったって、そういうわけか。家に反撥したんだね」
「若くて単純だったのね。いっそ自分もそういう女になってやれって、ヤケっぱちな気持ちになったこともあったのよ。どんな商売だって、やりくりしていくのは苦しいんだって知らなかったから」
 開けっ広げで、ちっとも飾らず、裏心もない。整った異国風の顔立ちと合わせて考えても、カズちゃんほど美しい女はいないとしみじみ思った。彼女のような美貌と頭のよさを兼ね備えた女が、なぜずっと年上のつまらない男と結婚したのか、どう考えてもわからなかった。私には理解しがたい焦りか自棄で、まるで性格の異なる男と結婚したとしか考えられない。いつか彼女が母の前でその男のことを語ったとき、その声には何の感情もこもっていなかった。
「反発をバネにして、勉強して大学へいって、栄養士の免許まで取ったんだね。それなのに、謙虚に飯場なんかで下働きしてさ。あんなおふくろの下で」
「理屈は実践にかなわないもの。いい勉強になったわ」
「そのうえ、ぼくにまで目をかけてくれて……。とにかくカズちゃんはすごいな」
 カズちゃんは照れくさそうに笑って、居間からサンダルを突っかけて庭に降りた。買ったばかりらしい蒲団を掌で丁寧にはたいている。
「蒲団叩き買えばいいのに」
「忘れちゃった」
 六畳の縁側の戸を開けて放りこみ、下着と雑巾も取りこんだ。
「シロ、元気でいる?」
 蒲団に丁寧にシーツを掛けているカズちゃんに訊いた。
「ええ、でもいつもさびしそうに勉強小屋の玄関の前に座ってたわ。胸が痛くなった」
「あいつが生きているうちに、もう一度会いたいな」
「いつか、こっそり会いにいきましょ。熊沢さんたちにも」
「うん」
「コーヒーの挽き豆とフィルターのセットをこっちで買うつもりだったんだけど、売ってないの。いまインスタントコーヒーいれるわね」


         百十六

 奥の間から、恥じらったふうに呼ぶ声がした。
「キョウちゃん、きて」
 箪笥と鏡台二つきりの落ち着いた部屋だった。清潔そうな蒲団が敷いてあった。いま取りこんだばかりの新品の蒲団だ。カズちゃんはカーテンを引き、長袖の上着とスカートを脱いだ。ブラジャーを外すと、大きな乳房がこぼれた。パンティを脱ぎ捨て、私をやさしい目で招いた。蒲団に立たせ、ズボンとパンツを下ろした。私は厚手のセーターとワイシャツを自分で脱いだ。
「逢いたかった、真っ白できれいなからだ! 何度も夢に見たのよ」
 私たちは横たわった。少し寒かった。カズちゃんは私のものを握った。すぐに固くなった。口に深く含んだ。
「待たせたわね……」
 私は右手で豊かな胸をつかみ、利き手の左指をカズちゃんの襞に滑らせた。なつかしい潤いがあった。膣に指を入れる。熱く潤っている。しばらくそうしてから、指を抜いてカズちゃんの前に示した。
「ふやけちゃった」
「うふ……」
「入れていい?」
「ちょうだい……」
 口づけをしながら、ゆっくり、味わうように挿入した。柔らかいぬめりが包みこみ、密着してきた。カズちゃんが、ハアア、と長い息を吐いた。そのままじっとしていた。壁がかすかに脈打っている。私はそれに合わせるように、亀頭を怒張させてみた。
「あ、だめ」
 カズちゃんは唇を離した。もう一度。
「ああ、だめよ、おかしくなっちゃう」
「何回かこれをやったら、それだけでカズちゃん、イッちゃうかな」
「イクと思うわ……」
「やってみようか」
「うん」
 四度、五度と繰り返す。驚いたことに、膣の奥と入口が強く締まってきて、カズちゃんの呼吸が荒くなりはじめた。六度、七度……。
「あ、あ、イッてしまうわ。ほんとにイッてしまうわ」
 奥の壁が動きだし、入口に向かって波打ちはじめた。その感触を味わうために私は怒張を止めた。波が奥から入口へ寄せてきた。私を包んでは、ゆるやかに去っていく。そのままじっとしているのに、カズちゃんのあえぎが激しくなった。
「いい気持ちよ、あ、イキそう、すぐよ、もうすぐ、あ、イッちゃう、イク!」
 待ちに待った発声だった。これからこの艶めかしい発声を私だけの秘密にして、長い人生を生きていくのだ、この発声を何千、何万回となく聴けることをよるべに、逞しく生きていくのだと思った。
 カズちゃんは私にきつく抱きつき、痙攣する腹を押しつけた。やがてうねりが膣の奥だけに集まり、箍(たが)をはめたように私の亀頭を握りしめた。目覚しい感触だった。もう一度唇を吸う。カズちゃんはそれに応えられないほどの快感に打ちのめされていた。
「ああ、キスするだけでおかしくなる。私、キョウちゃんとすると、どうしてもすぐイッてしまうのね」
 言い終わらないうちに、私はグッと突き上げた。
「だめ! イク!」
 反射的に離れようとするカズちゃんの尻を引き寄せ、奥を突く。ググ、ク、ク、と呻いては痙攣を繰り返す。抽送を速める。
「死んじゃう、死んじゃう、だめ、何度でもイッちゃう、キョウちゃん、早くイッて、お願い、早くイッて!」
「イクよ!」
 異常な圧力が亀頭にかかり、引き絞られるように射精した。
「ああ、またイク! あああ、イックウウウ! 苦しい、止まらない、抜いてキョウちゃん、すぐ抜いて!」
 抜いたとたんに、カズちゃんは横向きになり、くの字にからだを縮めて自分の反射を止めるために両膝をしっかり抱えこんだ。そうしながら何度も何度もあごを引いて痙攣しつづける。吐き気を催しているのかもしれない。私は台所に飛んでいって小さなボウルを取ってきた。国際ホテルで母に洗面器を運んだことを思い出した。あのときの母とちがってカズちゃんは何も吐かなかった。だんだん反射が弱まり、長く荒い呼吸だけになってきた。
「ふうう、ふうう、ああ……ほんとに死ぬかと思ったわ」
「めずらしいことしたから、興奮しちゃったんだね」
「そうね。キョウちゃんも気持ちよかった?」
「よすぎて、勝手にイッちゃった」
「うれしい!」
 カズちゃんは手を伸ばして私の胸をさすった。唇を吸い、いつものように涙を流した。
「毎日、カズちゃんのことを思ってた。思うたびに、スーッと気持ちが楽になった」
「私は、思うたびに、胸が苦しくなったわ。恋しくて、悲しくて」
 カズちゃんは裸で台所に立っていき、しばらくするとコーヒーを二つ持ってきた。二人で蒲団に正座してすすった。おいしかった。ここが野辺地で、合船場のすぐ近くであることが信じられなかった。
「だいぶ歩いたの?」
「ほとんど。キョウちゃんの家も見たわ。きれいな浜辺も。小さいころ、あそこで遊んだのね」
「うん。義一って従兄と犬掻きして泳いだ。シュリケも食べた」
「シュリケ?」
「カラス貝のお化け。黒くて、大きな靴べらみたいな貝。うまいよ。でも店じゃあまり売ってない」
「ムール貝みたいなものね。今度見つけてみるわ。バスで馬門温泉にもいってきたのよ。いいお風呂だった」
「ふうん、いったことないな」
「野辺地駅のほうまでずっと歩いて、松ノ木平というところまでいったわ。景色がさびしくなったから、野辺地駅へ戻って、さかもと食堂でラーメン食べて、タクシーでゆっくり回ってもらった。野辺地高校、運動公園、図書館、そこから長い農道を通って、運転手さんが指差した烏帽子岳、八幡宮、243号線を通って、野辺地小学校、常光寺、役場、引き返して城内幼稚園、本町商店街、金沢海岸、ええとそれから、若葉小学校、野辺地中学校、そして新道」
「すごいな! 野辺地ぜんぶだね」
「今度はもっと細かく、歩きながら見て歩かなくちゃ」
 二人で蒲団にもぐりこんだ。
「新道と浜坂のあいだに、踏切があったでしょ」
「ええ」
「あそこで、けいこちゃんという幼稚園の同級生が、汽車に轢かれて死んだ」
「まあ!」
「渡るたびに思い出す」
「好きだったの?」
「うん。彼女の家の庭でオチンチンの見せ合いをした。ぷっくりした割れ目が見えた。ぼくの前でしゃがんでオシッコした。白いのっぺらぼうの股から、オシッコが足もとに飛んできた。クリトリスなんかどこにもなかった」
「小さいころは目立たないから。……気の毒に。かわいい子だったんでしょう」
「顔をしっかり思い出せない。笑うと歯が濡れてた」
「きっと、私に似てたんじゃないかしら。好みの顔って、遺伝子で決まってるっていうから」
 たしかにそうだ。青木小学校の福田雅子ちゃんといい、宮中の清水明子といい、滝澤節子といい、私の目に留まる女はみんなけいこちゃんに似ていた。私は、これまでけいこちゃん以外の女を好きになったことがないような気がした。
「カズちゃんはだれにも似てない。たった一人の顔だ」
「目が嘘言ってる。いいのよ、代用品だなんて思わないから。ラッキーだったわ、けいこちゃんに似てて」
「……きょうは、もうできないかな」
「私の好きにさせてくれたら、いくらでもできるわ」
「好きにって?」
「あまり感じないように好きにさせてくれたら、いくらでもできると思う。キョウちゃんにさせておくと、すぐイッてしまって、たいへん」
「そんなことができるの?」
「できるわ。上になって、気持ちいいところをよけるの」
「じゃ、そうしよう。ぼくもよく知らないから、二人で工夫しよう」
「今度は、最初におマメちゃんでイカせて。そのあとすると、とても気持ちがいいの。キョウちゃんとするようになって、おマメちゃんの使い道がわかった気がする」
「じゃ、シックスナインしよう」
「あら、憶えてたのね」
 カズちゃんはからだを逆向きにして、私の顔の上に跨り、陰丘を突き出した。私のものを含み、顔を上下させる。目の前にぐっしょり濡れて腫れぼったい小陰唇と、包皮から半分ほど顔を覗かせたクリトリスが迫ってきた。なぜか安心して舌を伸ばした。ピクンと腹が揺れた。クリトリスをよけるように、舐め上げ、舐め回す。カズちゃんの動きが止まった。早く肝心なところを刺激してほしいというふうに、腰をくねらせる。私はわざと焦(じ)らそうとして、両手を伸ばして乳房を揉んだ。局部全体を押しつけてきたので、クリトリスの表皮だけを軽く舌でなぞった。またビクンとふるえて、尻が遠ざかった。尻をつかんで引き戻し、舌先だけで小陰唇のみぞからクリトリスを何度も往復した。カズちゃんは私のものを口から外し、両手をついてうなだれた格好で高潮のくるのを待ち構えた。すぐにやってきた。
「イキそ、キョウちゃん、イクわよ、イクわよ」
 舌先を尖らせクリトリスを押し回す。
「ああ、気持ちいい! もうだめ、イッちゃう、イクわ、イクッ!」
 陰部が私の顔から咄嗟に離れ、カズちゃんは両肘を突いて尻を高く上げた。色白の腹がふるえ、あわびのような小陰唇が開ききってヒクヒク動きながら、私を待つようにくぼみを作っている。私はカズちゃんの片脚を上げてからだを抜くと、立て膝になって後ろからゆっくり差し入れた。勉強小屋での別れのときの形だった。
「ウーン、またイキそう、すぐイッちゃう……」
 強い絶頂の準備をした膣がひくつきながら、一突きを待っている。
「がまんして、カズちゃん」
 私は刺激を与えないようにそっと抜き取り、四つん這いのカズちゃんにこちらを向かせ、騎上位をとらせた。
「ほら、カズちゃんが上になったよ。いちばん最初にしてくれた形。あんまり感じないように、思いどおりにしてみて」
 カズちゃんはうなずくと、私の胸に両手をついて、こわごわ尻を動かしはじめた。
「あ、いいわ、これなら、すぐイカないわ。ああ、気持ちいい、長くできそう、いい気持ちよ、あ、あ、だめ、キョウちゃんが大きくなってきちゃった」
「止めないと、ぼくすぐイッちゃうよ。止めて」
「いや、いっしょにイキたい」
 カズちゃんは私の腹に手を移動させ、からだを立てて深くくわえこむ格好にした。動きが激しくなる。
「あ、あ、気持ちいい! だめ、イッちゃう!」
 今度も独特の波動がはじまった。間歇的に拍つ脈の間合いが狭まってくる。
「カズちゃん、ぼくもイクよ!」
「キョウちゃん、好きよ、大好きよ、どうしようもないくらい好きよ、大好き! イク、イック!」
 両手が自分の乳房を握り締め、カズちゃんはほとんど垂直の姿勢になった。別の生き物のように腰が動き、下半身が痙攣する。
「あ、またイク、あ、イク、キョウちゃん、死ぬほど好き、もう一度イクわよ、イク、イックゥ!」
 陰茎のつけ根にいちどきに私の精液とカズちゃんの体液があふれてきた。彼女は跨ったまま上半身を真っすぐ伸び上げた。そのまま、何度か腹を硬直させて存分に痙攣を繰り返すと、やがてゆっくりと私の胸に倒れこんできた。
         †
 玄関に見送るカズちゃんの美しさ! 紅潮した頬が切れ長の目を白く浮き上がらせ、結んだ厚い唇が夕日を反射してきらきら光った。
「送っていきたいけど、野辺地ではだめ。行動は慎重にしましょう。私たちがけっして離れないために」
「うん、わかってる。転校が決まったら、もっと慎重にしようね」
「ええ。キョウちゃんが散歩する場所は、どこがいちばん多い?」
「海岸」
「じゃ、そこには近づかないようにするわ。いちばん少ないのは?」
「八幡さまを左へいった農道」
「そこを私の散歩道にする。偶然そこで出会ったときだけ、時間をずらしてこの家で会いましょう」
「うん」
「オナニーしたくなったら、ここに飛んでくるのよ」
「うん。カズちゃんはしたくならないの」
「うずうずすることはあるけど、オナニーはする気にならない。キョウちゃんでしか感じないから」
「ぼくも同じだよ」
「女はオナニーなんかしなくても、からだに毒じゃないの。十代、二十代の男は毒。三十代を過ぎると、男はセックスが疲労のもとになって、かえって毒になることがあるわ。女はセックスはいつまでも毒じゃないの。だから、キョウちゃんが求めるかぎりいつでもできるわ。キョウちゃんにいちばん大事なのは、すぐにできる女の人がそばにいること」
 真剣な顔でいう。私は納得してうなずいた。

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