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《アンナ・マリア(1961) 『ひみつ』》

 

 これも磨り減るほど聴いた一曲だ。クラシカルで、神秘的で、カンツォーネ特有の回復不能の悲しみがあった。メロディラインの美しさは人間離れしていた。アンナ・マリアの沈鬱な声が、聴くたびに胸に沁みた。彼女の情報についてはつまびらかにしないし、この一曲しか知らない。無名のまま消えていったにちがいない。この一曲があるなら、無名も輝かしい。

 青森高校一年のとき、二学期から汽車通をやめ、寮に入った。初日の夜、廊下に美しいギターの調べが流れてきた。『ひみつ』だった。
 自分だけが愛蔵する隠れた名曲だと思っていたので、驚いた。音が漏れ出てくる部屋の前に立ち、思い切って戸を叩いた。なんと、同じクラスの山口だった。

「きみ、名人だね! その曲、ぼく大好きなんだよ」

山口は照れたように笑った。私は彼の部屋でコーヒーをご馳走になり、彼の伴奏で『ひみつ』を歌った。意味もわからないままに。  
  ラモレ ヘン ポディピュー

  デュンベン ディッシモ ボルトー

  エディピュー モルトピュー……

 山口の顔がクマさんの顔に重なった。それからも、よく彼の部屋で歌った。彼は、正真正銘、ギターの天才だった。その後の山口との交友のことは、『ブルー・スノウ』に書いた。そしていまも『愛河』に書き継いでいる。







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