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《平浩二(1972) バスストップ》
早稲田時代の思い出の一曲。平浩二唯一の傑作。そして永遠の名曲。姉妹らしき女二人の暮らしている隣の部屋から聞こえてきた。この部屋からは、加藤登紀子の名曲『愛のくらし』が聞こえてきたこともあった。どちらも、『水中花』の伝で、
「バスを待つあいだに涙を拭くわ、ください」
「この両手に花を抱えて、ください」
と言って、数小節を歌い上げた。
高音を誇って鼻の高かった時代、よくスナックやパブで『バスストップ』を歌った。ドラマチックなエレジーとして歌えた。ただ、彼の泣き節では歌えなかった。プロ歌手が歌のうまいのは当然と思うが、ほんとうにうまい人は少ない。平野愛子、フランク永井、三橋美智也、春日八郎、橋幸夫、弘田三枝子、あおい輝彦、平浩二、ダークホースの平和勝次、ニック・ニューサの田中収、瀬川瑛子、新沼謙二、前川清、ちあきなおみ、高橋真梨子……。特徴はすべて、《泣き喉》を持っていることである。
しかし、世の中には、素人でありながら泣き喉を持ったとんでもない天才がいる。東大時代の友人、林。博報堂に勤めた。赤羽のスナックの飲み仲間、カツオちゃん。千葉大出身の園芸店の主人だった。青森の野辺地中学の同級生、田島。鉄工場の二代目だった。彼らは夜の酒場でしか歌わない。永遠に埋もれたままだ。
彼らのような人びとを集めた音楽会社を作り、暇なときに彼らの好きな曲をカバーさせ、通信販売でもしたら、いかに日本人の情操に寄与し、審美眼の鍛錬に寄与するだろうか。彼らを集めるのはたいへんだ。彼らはコンクールに出ないからだ。さびしい笑いが湧いてくる。