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《ちあきなおみ(1969) 雨に濡れた慕情》

 

 ストレート唱法、細かいビブラート、自在な長息、短息、しかも発声の仕組みがいっさいわからない、まごうかたなき天才。晩年、囁くように歌いだして、魅力が失せた。松田聖子、中森明菜等と同じく、囁くように歌いだすと、歌手生命は終わる。歌は叫びだからだ。92年に活動を休止するはるか以前に、矢切の渡しで彼女の命は終わっていた。貴重なのは、愛する者を喪失した悲しみのゆえに、自ら歌を捨てたことだった。歌というのは、愛する者のために喉も張り裂けよと歌うものだからだ。

 大学にも出ず、高円寺の六畳で寝転がっていた日々、テレビから流れてきた『喝采』に打たれ、レコード屋で彼女の二枚組みLPを買ってきた。すばらしい声だった。雨に濡れた慕情、四つのお願い、X+Y=LOVE、喝采、どれもこれもすばらしかった。かくも一本の道に長けた人間のいるという事実が、私を刮目させ、背筋を伸ばさせた。

自分は何のために生き、何を喜びとしているのか、と考える時間はむだである。すべからく人は何も考えずに一本道を歩き出すべきだ。その一本道の途上で思考すべきだ。それを再考、再々考させてくれる人間を、天才と言う。