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《井上忠夫(1976) 水中花》


 同じ居候時代。それも初日、居候宅へ向かうタクシーのラジオから流れ出てきた。
「運転手さん、これは何という曲ですか」
「さあ、井上忠夫って言ってたけん、もとブルーコメッツの人でないんですかね」

 曲名もわからず、数年忘れた。メロディを覚えるのは得意なので、ときどき鼻歌で歌っていた。
 三年後に東京に戻って、ふと鼻歌が出たとき、本気で探してみようと思って、南浦和のレコード屋にいった。

「井上忠夫の、線香花火チリチリ」
 と言うと、よくわからないといった顔をしたので、

「線香花火、チリチリと、松葉模様描いてる、金魚鉢では、ポトリ、紙の花咲く、水の中で開く花、外に出せばただの紙、そうよ私はここで生きているだけ、あなたには二度と逢えないわ、おたがいに不幸になるだけよ、ああ、さよなら、さよなら、お酒でも飲みます」

 一番をそっくり歌い上げた。そのとたん、
「水中花です。いま置いてませんが、取り寄せます。絶版じゃなきゃいいけど。しかし、いい声だなあ。井上忠夫よりはるかにいい」

 褒めすぎだ。私の声はソフトで、彼のような寂しさがない。
 井上忠夫(大輔)は、2000年、首を吊って死んだ。些細な悩みが、ふくらんで、ふくらんで、彼を呑みこんだのだ。水中花のほかには、彼には傑作は3曲しかない。一応、メモ書きしておく。
 美しい朝がきます(アグネス・チャン)、ボヘミアン(大友裕子)、ランナウェイ(シャネルズ)。