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《伊東ゆかり(?) 『花ぐもり』》
彼女は60年代初期にデビューしたスパーク三人娘(ほかの二人は、園まり、中尾ミエ)の中で、別格に歌がうまい。ただ、気の毒なことにさりげないブスだ。二人に合わせてポップス調の明るい曲を歌っていたが、馴染まなかった。といって、その後大ヒットした「あなたが噛んだ小指が痛い」などという、真摯な愛から遠い歌も、しっくりこなかった。日本にはまれな、泣き節のいい喉をしているのに、もったいない歌手だ、と思っていたところへ、わが家に備えつけた有線からこの歌が流れ出てきた。年下の男との別れ……悪く言えば、女特有の裏切りを、最高限の哀調をこめて歌っていた。歌詞に耳を貸さない私でさえ、随所に戦慄した。とりわけ、
鏡の中のドア ゆるやかに閉まって
まぶしい靴音が 階段に消えてく
いい夢を見られた
ありがとう……
忘れないで 忘れて
私など……
といったフレーズは胸を揺すった。
私見を言えば、愛し合うものは別れてはならない。生き別れは、世上の人びとが勝手に美化した陳腐なドラマだ。芸術の核を構成するのは、別れられないこだわりと、余儀ない途絶の苦しみと、そのすべてを生き地獄として経験せざるを得ない悲しみである。