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《大貫妙子(1999) 風の旅人》


 一口に名曲を拾うと言っても、その作業を完遂するのはたいへんなのである。まず、網羅的に音楽を聴き、名曲にぶち当たらなければならない。次に、最初の一小節から名曲だと判断できる感覚がなければならない。さらにその名曲を、ソフトの形で手に入れられなければならない。とどめに、その曲を数十回、数百回と聴いて、名曲であるという確信を深めなければならない。

 今回の名曲は、最初の数小節しかでき上がっていなかったものをまとまった一曲にするのに、偶然私が貢献したものである。あるときテレビコマーシャルに、朝もやの中を二人の競輪選手がゆっくりと並走練習する姿が映し出され、バックに「あなたは風と走る人。遥かな夢を旅する人。あなたと出会う新しい道。光の中へ帰る人」という、胸を射抜くような美しいメロディが流れた。立川競輪の宣伝だった。歌はスッとそこで途切れた。「歌・大貫妙子」というディスプレイが画面の片隅についていた。歌の名前はなかった。私は立川競輪事務所に電話連絡して、曲名を教えてほしいと頼んだ。しばらく待たされ、結局「わからない」という返答だった。どうしても知りたいと言うと、作曲者本人に問い合わせてみるから時間をくれと言う。私は自分の電話番号を伝えて電話を切った。
 翌日電話がきた。
「大貫妙子さん本人が言うには、詞とメロディはそこまでしかできておらず、題名もつけていないとのことです」という回答だった。私は急きこんで、
「ぜひそのつづきを作ってくれるように大貫さんに伝えてほしい。すばらしい名曲なんです」と懇願した。私の熱意にその人も少し興奮し、
「かならず伝えます」と請け合った。連絡はそれきりになった。
 その後、立川競輪のコマーシャルは流れなくなり、私も曲想を忘れた。二年ほどして、ふと思いついて大貫妙子の「アトラクシオン」というCDを買った。何曲目かに並んでいる「風の旅人」という題名に直観が戦(そよ)いだからだ。
 まぎれもなくあの曲だった。ただ、つなぎの数小節が不自然で、落胆した。主旋律のリフレインになるとやはり胸を衝かれた。主旋律を作り上げ、一気呵成にいかないと、やはり全編名曲というわけにはいかないのだなと認識した。文章芸術とまったく同じだ。
やや、興奮気味に「かならず伝えます」と応えた立川競輪の職員の誠実さを思い返した。若い声だった。