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《ケーシー・リンデン(1959)『悲しき16才』》

 

 母に連れられて、横浜から名古屋に移った。N建設の飯場兼事務所に入った。土木士、トラック運転手、土工たちに囲まれて生活した。十歳の目に(無論いまもなお)彼らはダイアのように輝いて見えた。

中に、とりわけ強烈な光を発している熊沢(クマさん)というダンプ運転手がいた。元観光バス運転手で、無類の音楽好きの彼は、毎日私にポータブルプレイヤーでアメリカンポップスを聴かせてくれた。その最初の曲がこれだった。
「ヤヤヤーヤ、ヤヤヤヤ」という甘やかなロリータボイスが朝の光のように新鮮に耳に沁みた。エコーを効かせたシンプルで弾むような伴奏も私を夢見心地にさせた。

「タクは音楽が好きなんだな。今度ステレオ買ってやる」

ステレオは当時、月給の三倍はした。しかしそれはまもなく実現した。クマさんは私に百枚、二百枚とレコードを買い与えた。彼は相変わらずポータブルで聴いていた。スカイライナーズ以来、引越しのドサクサでしばらく中断していたポップスの暦日が再開し、今日にいたるまで途絶えない。すべて彼のおかげだ。

クマさんとは五年間いっしょに過ごした。彼の故郷長野までもいっしょにいき、婚約者に会わされた。いろいろな遊山にも連れていかれた。

おそらく肉親や友という感覚で彼は私を愛した。私よりも二十歳も年上の人だったから、もうすでにこの世にいないだろう。私が死ねば、彼の思い出も私の灰とともに空に昇る。






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