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《泳ぐ人(1969) 監督フランク・ペリー 主演バート・ランカスター》
奇妙な映画だ。意味不明だが、胸を打つ。
晩夏、一人の海水パンツ姿の中年男(バート・ランカスター)が林の中からやってきて、友人や知人のプールを順に泳ぎ渡って自宅へ帰るという案を思いつく。愛する妻ルシンダを目指す水路なので、ルシンダリバーと名づけた。そもそも、この発端の意味がわからない。
水路をさえぎる垣根を越えては、さまざまな邸宅のサファイア色の水に飛び込んでいく。プールの持ち主たちの態度から、男はかなり裕福で地位のある人間だとわかるが、彼らが与えるのは上べだけの好意か、反撥と軽蔑をにおわせる応対である。男が裕福で身分が高かったのは、遠いむかしの話だったようだ。
では、林から現れる前、男はいままでどこにいたのか? わからない。私は精神病院だろうと当たりをつけた。境遇の激変に耐え切れず(どうも破産したらしい。彼の腰巾着だったとおぼしき人びとや愛人の豹変ぶりから嗅ぎ取れる)、精神に破綻をきたし、公的な施設に監禁され、そこを脱走してきた……。水泳パンツ一つで!
いく先々のプールで冷遇され、ようやく、予定していた最後のプールにたどり着いた。市民プールだった。ここでも徹底して冷遇されながら、芋を洗うような人混みの中を泳ぎきる。罵りの声を背に受けつつ崖をよじ登り、ついにわが家の庭に立った。荒れ果てている。
ひどく寒い。風が吹きつのり、激しく雨が降りはじめた。扉を叩いても、だれも出てこない。ノッカーが錆びている。割れた窓ガラスの隙間から中を覗くと、人けのない薄暗い部屋に置き去りにされた調度や空箱が見えた。見上げると、雨樋が外れている。どうしたことだろう。男は扉に凭れ、慟哭しながらドアノッカーを叩きつづける。
こんな難解な映画は私の趣味ではなかったが、止み難く惹きつけられた。オープニングロールの音楽が美しかったからかもしれない。