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《つづり方兄妹(1958)》

監督 久松静児  出演 頭師(ずし)孝雄・望月優子・二木てるみ


 横浜。青木小学校三年。春の恒例行事である文部省推薦映画鑑賞会。校門から坂のふもとの反町東映までぞろぞろ歩く。学友の顔で覚えているのは、写真館の息子前川くん、ソフトボール仲間の山村くん、兎口の相撲名人成田くん。女の子は一人も覚えていない。担任は眼鏡をかけた高辻先生。

 去年は「米」、おととしは「マラソン先生」だった。
 今年は、作文上手な三人兄妹の物語。モスクワ国際作文コンクールに三人は出品する。三人の明るい未来を予見させる。愛に目覚めない人間は未来のために生きる。未来に眉を挙げて暮らしている人間を見るのはさびしい。

末っ子の文雄(フウフウ)は、大事に飼っていた愛犬マルを捨てられ、雨の中を捜し求めた末に肺炎に罹り、死ぬ。愛のない未来志向の人びとの、つれない仕打ちだ。私はあたりはばからず泣いた。フウフウについて歩く近所の女の子、二木てるみがかわいかった。フウフウが好きだったのだろう。印象はそれだけ。名画でもない。しかしいまなお心から離れない。

 喪失の悲しみが九歳の胸を打ったのだった。フウフウは愛犬を失い、一家は愛児を失い、観客は愛すべき主人公を失った。失って泣き、失っては泣いて、人間は死んでいく。才能や技量の明るい未来など、喪失の悲しみの前にはひとたまりもない。
二木てるみの悲しみを描いてほしかった。現瞬に留まり、愛になずむ。それがないと、単なる未来志向に殉死する映画になってしまう。悲しみを抱き締める人生は豊かだ。