牛巻坂
牛巻坂
著者:川田拓矢
出版社:近代文芸社
本体価格:1,800円
牛巻坂とは名古屋に実際ある地名です。作成者も実際たずねてみました。坂はややもすると気付かないほどのだらだら坂で勾配はほとんどありません。
この作品は坂のふもとにある牛巻病院が舞台になっていますが、現在ではもうその病院はなく、駐車場になっていました。全き詩集の中に
海さしてなだれていく 坂道に
澎湃と
草の香はみなぎり
海が聞こえる
というフレーズがありますよね。「S5」からの抜粋ですが、筆健なき女、つまり牛巻坂に登場する節子のSであろうと私は考えています。もしそうなら、このフレーズの中の海とは、主人公が節子のいる場所を美しい抽象的イメージで捉えて表現した言葉、つまり牛巻病院をさし、坂道とは牛巻坂ということになります。私はこの作品がフィクションかノンフィクションかを問おうと思いませんが、昭和30年代ならおそらく土の道だった坂も、現在では立派なアスファルトで整備され、きっと作者が訪ねたら面影もないと思うと胸が痛みます。でもその坂のあたりはとてもきれいな場所で、このだらだら坂を登りきったところで海が見えてもおかしくないなと思いました。しかし、現実は・・・登りきった先に見えたのもは大きな貨物トラックが猛スピードで行き来する幹線道路でした。(笑)
「牛巻坂」は川田拓矢の処女作で作成者が知りうる限りでは、一番支持されており、川田文学の原点とも言ってよいでしょう。
伊勢湾台風直後の名古屋を舞台に、飯場に身を寄せる母一人の子一人の主人公・純一がヤクザの兄を持つ番長・ヤスオとの友情と7つ年上の看護婦との恋愛に翻弄されながら中学生の純一の精神的自立・孤立をが核になった作品です。女性特有の情熱と倦怠、男性から見た女性の神秘といったところが読みどころでしょう。
牛巻坂は、東京オリンピック前後が舞台になっています。牛巻坂の時代、1964年の主要な歌を調べてみました。
高度成長期に向かって、戦後の日本がいきいきしていた時代を感じ取ってみてください。個人的趣味により全て洋楽を紹介します。ちなみに私は生まれていません。多分、種もできていません。(笑)
「私、生まれてないからわからな〜い」と言わずに・・・。現代のブラウン管やラジオで紹介されない、自分だけのこだわりの音楽を自分の足で探して聴いてみるのもいいですよ。
帯文
愛―このありふれた歓びと苦悩に翻弄される少年の魂
繊細かつ豊饒な筆致で描き出す凛烈な抒情 文学の原点がいまここに
―本文より―
しかし、私の愛撫する手が止まり、汗ばんだ布団にぎこちない憂鬱を横たえるとき、いま愛を誓った唇が、将来の不幸を克明に分析するのだった。私は、不幸を予測して溢れる涙と、不安に干上がっていく涙に翻弄された。初めて長い一夜をともにするいとしい女の気まぐれに傷つけられたとしても、私はこれと言った意見の持ち合わせがなかったのある。