五十五

 二十日の土曜日、カズちゃんが栄養士会議で遅くなるというので、桜川訪問は中止になった。夜、夕食を終え、机に向かって期末試験の準備をしていると、管理人がそっと戸を開けて、緊張した小声で、
「少し……お話、いいですか」
「いえ、遅くまで勉強するつもりですから、すみません」
「わかりました。じゃ、いずれ」
 同じように戸をそっと閉めた。殺伐とした気分になった。教科書ガイドを横に、数学と古文の予習にかかる。一時間ほどして、山口が部屋にきた。
「山口の言ったとおりだったよ」
 管理人の話をすると、
「よく断ったな。えらい。コーヒー飲みにこい。いっしょに地理の暗記をしよう」
「オッケイ」
         †
 翌日の昼を少し過ぎて、葛西さんの奥さんが訪ねてきた。おとないの声を聞きつけ、山口が管理人より先に玄関に出た。管理人夫婦は離れに引っこんでいて聞こえなかったのか、結局出てこなかった。山口は奥さんを私の部屋に案内すると、不安そうな表情をしながら去った。黒のタイトスカートに、厚手の水色のシャツを着、その上に前ボタンの紺のジャケツを羽織っている。黒いパンストを穿いて若作りしていた。
「おひさしぶりです。お元気そうでなにより。あれからどうなさってるかと様子伺いにまいりました。これ、一つは管理人さんに」
 二つの菓子折を差し出す。もともと声の小さい人なので、廊下に声が洩れる心配なく話ができる。
「ここへは歩いて?」
「タクシーに乗ってきました。古河市場で不定期にパートをしてる関係もあって、日曜はいろいろと理由をつけて外出しやすいんです」
「ミヨちゃんは元気ですか」
「はい、主人ともども元気です。兄も相変わらずあのとおりです。神無月さんによろしくと言ってました。きょうは美代子といっしょに新町へ買い物に出かけて、道々、あの子の気持ちを打ち明けられて、びっくりしましたけど、薄々察してたことなので、親として喜んでると言ってあげました。美代子はほんとにうれしそうに泣いてました。きょうは一人でお訪ねすると言うので、最初から小学生が一人で訪ねていくのはへんに思われるから、お母さんが様子を見てきてあげると言うと、神無月さんにくれぐれもご迷惑をかけないようになんて、こましゃくれたことを言うんですよ。やっぱり神無月さんが花園に遊びにくるまで一人では逢いにいかない、何かしでかすかもしれないからって。その気持ちよくわかるので、そうしなさいと言いました。すぐタクシーを拾って、美代子を堤橋で降ろしてから、ここにきました。あ、そうそう、主人が新聞を見て、練習試合のこと大そう喜んでおりました。兄も読み聞かせてもらって、しきりに感心しておりました。いずれ遠いところへいってしまう人だと、さびしいことを言いまして―」
 あれこれと話す。
「こうしてやってくるのは、不便じゃありませんか」
「いいえ、何ほどのことも。ときどきうちにも遊びにきてくださいね」
「はい」
「ミヨ子は、高校を出たら、どこまでもついていって、ご迷惑をおかけしないように、おそばにいるつもりだと言ってました」
「ありがたいことです。いまはとにかく勉強するように言ってください。ぼくはたぶん高校を卒えたら、何らかの形で東京に住むでしょうから、ミヨちゃんには、ちゃんと高校を出て、それから計画を立てても遅くないと伝えてください。高校を出るまで六年ですね。六年も経てば、個人の事情はガラガラと変わります。それでも気持ちが変わらないようなら、ぜひそばにきてほしいと伝えてください。ぼくは逃げていくほど気の利いた男でないので、安心してほしいと」 
「ほんとうにありがとうございます。きちんと伝えます」
「散歩しましょうか、堤橋まで。歩きながら話しましょう」
 二人、廊下に出た。山口の部屋の戸の外から、ありがとう、と声をかけると、オ、と明るい返事が返ってきた。
 歩きながら、奥さんに道端の草木や花の名を知っているかぎり教えた。
「おみなえし、ふよう、むくげ」
 奥さんは、
「あれは知ってます。カンナ、鶏頭、彼岸花」
「そうですね。別名、まんじゅしゃげ」
「あ、神無月さん、あれは? あの家の庭の」
「サフラン。淡い紫」
「サフラン色……」
「その横にりんどうも咲いてます。青紫。清楚な色だ」
「冬にも咲く花ってあるのかしら」
「うーん、まず、タンポポのような白いヤツデの花、ヒイラギの黄色い花、山茶花の白くて大きな花、白や黄色の水仙」
 しばらく無言で歩き、堤橋にきた。欄干に凭れて会話をつづける。口に出せない彼女の思いがわかっているからだ。
「……遠い道を歩いてプロ野球選手になっていくんですね。このあいだまではお気の毒に思ってましたけど、最近、神無月さんは遠い道を楽しんでいるんじゃないかと思うようになりました。ぜんぜんガツガツしていない。進む道で起こることのすべてを受け入れる。受け入れて、どんなことにも没頭する。そのおかげで、神無月さんに出会う人はみんな救われるんです。主人に、人は別れちゃいけないとおっしゃったそうですね。……すべてを受け入れて、没頭する。この齢までそういう生き方を知りませんでした。ありがとう、神無月さん、毎日いろいろなことが新鮮になりました」
 私の中から奥さんの存在が消え、道端の草木に語りかけるように思うところを口にする。
「少し頭が悪くないと、そういう生き方を新鮮に感じないんです。頭がいいとイヤケがさすようになります。ぼくは生まれつき頭が悪かった。神に感謝してます。でも、頭が悪いなりに、焦りはあるんですよ。ある種の没頭で頭が人並みになるんじゃないか、という焦りです。そうなると、周囲の人や景色は輝かなくなります。……知りたくないことを知らないように努力することは、この足並揃えた社会で実践するのは大変です。……それで足並を揃えないように、頭のいい人から距離を置くようになったんです。ぼくは頭の悪い天才が大好きです。そういう人しか好きになれません。天才の証は、自分の頭でものを考えることと、冒険する心です。頭がいいだけの人は他人の頭でものを考え、そして臆病です」
 カズちゃんの顔を浮かべている。
「……神無月さんて、命そのものが貴重な方ですね。生きているうちに会えてよかった」
「ありがとうございます。そう言うしかありません。品定めはもっと先のほうがいいと思いますけど、そう思われていることを心に留めて、思ってくださる人に恥ずかしくない生き方をしようと思います。美代子さんに、勉強の合間でいいから、もっと本を読み、もっと音楽を聴くように言ってください。毎日が楽しくなります。楽しくすごせる人間は最高の人間です。……奥さん、ご主人と偕老同穴で仲睦まじく暮らしてくださいね」
「はい」
 堤橋のたもとで握手をして別れた。
 健児荘に戻ると、心配顔の山口が玄関で待っていた。
「おまえの不安がわかったよ。薄化粧をした平安朝美人がスッと立ってたんで驚いた。おまえの事情を察してなかったら、気安く案内なんかできなかったよ。あれじゃ避難したくなるな。何が起きても不思議じゃない。娘のほうはもっと美人なんだろ」
「うん。ご主人が朴訥な人で、彼女たちの危うさがわかっていない」
 管理人が出てきた。
「あ、管理人さん、さっき、もとの下宿のかたが様子見舞いにきて、お土産を預けていきました。いまお渡しします」
 管理人が山口に愛想のない視線を投げたので、彼はクワバラという感じでサッと部屋に引っこんだ。管理人は廊下を歩きながら、
「きょうはお暇なんですか」
「はい、先日は失礼しました」
「お暇なら、娯楽部屋でちょっとコーヒーでも飲みましょ」
 私は部屋に寄り、菓子折を一つ持った。廊下で待っている管理人に手渡す。彼女は私を娯楽部屋に招き入れると、卓上のポットでインスタントコーヒーをいれ、
「日曜日の朝帰りのことなんですけどね……あれ、朝の散歩じゃないですよね」
 そういうことだったのか。早とちりだったようだ。
「すみません。迂闊でした」
「いえ、いいんですよ。そのこと自体どうのこうのというわけじゃないの。あなたたちの年ごろの事情はわかりますから。でもね、お母さんの仕送りからそのお金を使ってるわけでしょう。アパート代やら何やらを引いた残りで、それをどうにか工面してるわけよね」
 都合のいい誤解をしてくれた。私はコーヒーに手をつけた。
「はい」
「ふつうの男ならだれも気にしないでしょうけど、あなたのような有名なかたがそういうことをしてると知れると、いろいろ不本意なことが起きてくると思うんですよ」
「はい」
「学生も口さがない人もいますしね」
「はい」
「主人が小説を書いてること言いました?」 
「はい。すばらしいですね。きっといいものを書かれるんでしょう」
「新人賞を二十年も連続で落ちてるんですよ。予選に二、三度残ったぐらい。それも最近はさっぱり。でね……」
 おかしな話向きになった。ビンの毛を掻き揚げる。白髪が目についた。どういう話の展開になるのだろう。苦情にかこつけて愚痴を聞いてほしいのだろうか。管理人は私の心を読んだように、
「愚痴じゃないんですよ。私、もう四十七。十六歳の男の子に言える愚痴なんかあるわけがないもの……」
 女は一人で細かくうなずき、少しくつろいだような表情になった。
「うちの人……五回、六回と落選しているうちに、精神的にまいっちゃったのね。弱い人。だから、ろくなものが書けないのよ」
「それでもふつうの人間よりはマシですよ。芸術家ですから」
「芸術家だなんて……。コンテストに関心があるだけの競争人間よ。そこまで人に知らせたい作品なら、自費出版したらって言ったら、それでは敗北だ、なんて。芸術に勝ちも負けもないでしょう? ……神無月さんみたいに絶対的な能力があったら、勝った負けたなんてぜんぜん気にならないのに」
 ぐずぐずと話を切り上げようとしない。私はまずいコーヒーを飲み干した。
「……私がお相手してあげます」
「え?」
「避妊具なしでできるし、お金もいただきません。高いから、月に一回もそういう場所にはいけないんでしょう?」
 雲行きが怪しくなってきた。
「ぼくには最愛の人がいます。その人を裏切れません」
「だからよ、それだから素人さんと付き合わずにそういう場所にいって商売女を買うわけでしょう。きっと名古屋のほうにいらっしゃるのね。……お察しするわ。愛とからだは別ですからね。私のこともそう割り切ってくれればいいの。ダッチワイフみたいにね。南極一号」
 妖しく笑いかけた。抜き差しならないことになりつつある。歩いて五分もしないところに最愛の女が住んでいるなんて言えるわけがない。神無月の恋人がメカケのように近所で暮らしていると、触れ回られてしまうだろう。そればかりでなく、そんなお妾を置くようなまねをして朝帰りを繰り返すなら、学生アパートの風紀に悪影響を与えるので出ていってくれと言われかねない。私は胸底のため息を吐き出し、
「……とてもありがたい申し出なので、よく考えてみます。二、三日時間をください。右から左へ返事できることではありませんから。……一つ聞かせてください。ご主人との関係は順調ですか」
 思い留まらせるために遠回しに藪を叩いた。ざっくばらんに、あなたと関係を持つわけにはいかないと言えば、この女は深く傷つくだろう。しかし、何よりも私には寄り道は許されなかった。人間関係を煩雑にして時間を浪費する余裕はないのだった。このアパートに越してきた理由もそれだった。
「とっくに終わってます。そういう意味の後腐れはないわ。心配しないで。じゃ、二、三日したらまたお伺いしてみますね」
 私はうなずき、娯楽部屋を出た。カズちゃんや山口に相談することはできない。係り合いになって迷惑をかける。返事をしないうちに自然と立ち消えになることを願って、黙殺することにした。


         五十六

 野球部の活動が不定期に休止するようになっても、朝のランニングは勤勉にやり、放課後は、晴れて土が見えているときはグランドで、雪が降ったり土がぬかったりしているときは健児荘の玄関前で素振りをし、深夜まで勉強と読書と、ときには詩作をするという習慣を崩さなかった。
 毎日ぐったり疲れて熟睡するせいで、たいてい目が覚めるのは始業のチャイムが鳴ってからだった。その音は驚くほど間近に聞こえてきた。自然、朝のランニングをサボることが多くなった。
 事情がわかっている山口は、けっして私を起こさない。さっさとめしをすまして、一人で登校していく。私は顔を洗うのもそこそこに、もちろんめしなど食わず、よれよれのワイシャツを着、学生服を引っかけて、白い校舎目指して駆けていく。乾いた雪が土に滲みずに、左右のグランドをパウダーのように覆っている。
 希望の実現のためには学業をおろそかにするわけにはいかなかった。勉強のほうをむしろ主要なリズムにしなければならなかった。勉強の合間に読書をし(手当たりしだい、むやみやたらに古今東西の文学書を買いこんで読んだ。どういう心理からか、大家と呼ばれる人びとの著書は意識して避け、現代のベストセラー本も読まなかった)、読書の最中に興が湧けば詩を書き、疲労して深く眠る。まったく眠らなかった気がするほど深く眠ったあとで、毎朝、頭は澄みわたり、活力がからだに満ちてくるのを感じた。
「すみません、遅れました」
 ホームルーム中の教室に歩み入ると、西沢が不機嫌をてらって教壇から睨みつける。
「早く席につけ」
 そんなことが二度、三度と重なるうちに、猛勉の顔から怒りの演出が消えて、いつもより上機嫌になった。私の首の後ろを指差す格好をし、
「カラー、カラー」
 私がキョトンとしていると、苦笑しながら教壇を降りてきて、学生服の襟から突き出たプラスチックのカラーを直してくれたりする。それまで呆れたふうに眺めていた仲間たちも、私が教室の戸を開けて挨拶するたびに、奇人のホームラン王が遅刻してくるのをささやかな〈行事〉にして、大口開けて笑いながら迎えるようになった。彼らの気安さもうれしかったけれど、それ以上に、彼らの一人ひとりが過剰なくらい懸命におたがいを尊重しようとしていることがわかってきて、深く胸を打たれた。休み時間には、教室のだれもが特徴ある人間としてかならず噂にのぼったし、めいめいがその噂の一員に挙げられているという安心感のせいで、教室にゆったりとした善意の空気が流れるようになった。
「テルヨシの野郎、方程式で解がねで、円と直線の交点で解いたでば。まんず大したもんだな。ご笑覧の奥田も焦るべ」
「奥田はいっつも裸足で歩いてるべや。一年中裸足で暮らしてるらしど。足の裏がぬぐいと頭回らねんだと。東北大も裸足で受けられればいたって」
 いままではそういう噂話も私には何か生ぬるく、もどかしく、世界が狭いような、どこか細胞がからだの中でしっくり成長していかないような窮屈な気がして、なるべく彼らの会話に参加しないよう机に退避してきたのだが、最近はわだかまりのない気持ちで彼らの話を聞くことができるようになった。
 管理人は二、三日どころか、四日も五日も部屋を訪ねてこなかった。私は胸を撫で下ろした。おそらく彼女は自分の行動を深く恥じ入って、娯楽室の〈会談〉そのものをなかったことにしたにちがいない。
 山口が、学校の廊下で、
「大ごとになってないか」
 と訊いた。
「うん、きっちり断って、たぶん無事にすんだ」
「何て言われたんだ」
「カズちゃんの家から朝帰りしたのを港帰りと誤解された。カズちゃんのことは言うわけにいかないから、誤解されるままにしておいた。そしたら、私で代用してくれって。最愛の女がいると断った」
「それで引き下がったわけじゃないだろう」
「うん、愛とからだは別だ、だからこそ商売女を買いにいくんだ、私をそういう女だと思えばいいって。話が終わりそうもなかったから、二、三日考えさせてくれと言った。二、三日したら話を伺いにいくと言ったけど、もう五日もこない」
「ふうん……ほんとに無事にすめばいいけどな」
         †
 十一月二十五日の木曜日から二十七日の土曜日にかけて期末試験が行なわれた。
 古文は源氏が出て散々だったが、数学は空間図形で少し失点したくらいで、二次不等式、指数・対数、三角関数は完答した。英・現国はほぼ満点、地学よりも生物のできがよく七割程度、地理も山口との合同勉強のおかげで八割以上取れた。総合三位は無理としても十番には入れた手応えだった。
 試験最終日の二十七日は一日じゅう斜めの雪が降った。野球グランドもラグビーグランドも一面の雪に覆われた。でも一センチも積もらなかったので、構内の一本道は学生たちの往来でぬかるんだ。         
 夕方、山口といっしょにカズちゃん宅を訪れた。朝から晴れていたので、ざらざら冷たそうな雪道を素足に下駄でいった。夕食はトンカツと豚汁だった。
「うまい、舌もからだも生き返る! ……和子さん、神無月を信頼してますか」
「なあに、とつぜん」
「いや、いま神無月の下半身は危機的状況にあるんですよ」
「ああ、南極一号ね」
「は?」
「自分のことを南極一号と思ってくれって言ったそうよ。自分の立場をわきまえた立派な言葉だわ。どんなことがあっても、どんなときも、かならず私を抱いてくれるから、関係ないの。結局、ほかの女の人は、キョウちゃんにとって、私を抱くための食前酒になってるってこと」
「なるほど。和子さんのことをいちばん愛して、主食にしてるわけだから、そうなりますね」
「若者は、週に三、四回はしないとからだに悪いわ。性病さえ気をつければ、女が三、四人いても健全と言えるわね。それをごちゃごちゃ言う女とは、すぐ手を切るべきよ」
「畏れ入りました。肉体で愛情が変わらないことを確信してるんですね」
「そうよ。キョウちゃんは私の心臓だもの。同じ心臓で生きてるんです。私の愛はキョウちゃんの愛と同じ。頭で確信しているんじゃなくて、心臓で感じてるの」
 山口がとつぜん涙を浮かべた。
「―神無月には、終生、和子さんしかいませんよ」
 掌で涙を拭いながら二膳のめしを食い、茶を飲み終えると、山口は、
「おじゃま、おじゃま」
 と言いながら帰っていった。彼を見送った玄関で唇を貪り合っているうちにがまんできなくなり、スカートをまくり式台に手をつかせて後ろから交わった。射精の瞬間、
「危ないの!」
 というカズちゃんの声に目覚めたように引き抜いて玄関の式台に精液を放った。彼女のスカートにも散った。律動で出てくる精液が淡いベージュのスカートをさらに汚す。彼女は振り向いて私を抱き締めた。
「スカートが汚れちゃったよ」
「こんなもの、洗えばいいだけよ。疲れオチンチンね。硬くてエラが立ってて、信じられないくらい気持ちよかった。私もこのごろとても疲れて、中がときどき熱くなってたの」
         †
 日曜日。朝の八時過ぎに起きてすぐ、二人で長風呂に浸かった。どうしても相談してみたくなった。
「またかと思われるのがいやで黙ってたんだけど、このあいだの日曜日、アパートの管理人のおばさんに―」
「あ、その顔、苦しんだ顔」
 ぜんぶ吐き出した。
「私を庇ってくれたのね。うれしいわ。複雑に考えることないわよ。ほんとに南極一号だと思ってあげればいいじゃない。もうしばらくしたらかならず忍んでくると思う。なるべく断らないようにしてあげてね。女が誘うのって、男が思う以上に勇気が要ることなんだから。エイッてね。スケベ心はほとんどないのよ」
「四十七歳と言ってた」
「その意味で夫婦仲が冷えるころね。お気の毒に。……ときどき静かにきて静かに帰ると思うわ。……キョウちゃんは潔い人だから言っておくわ。私に義理立てして、相手が満足したからって途中でやめちゃだめよ」
「愛情もないのに?」
「しちゃった以上は、どんな女の人とするときも、かならず出そうとしなくちゃだめ。きちんと出しておかないと勃起力が弱まるの。精子を新しく作ることで勃起力が高まるからよ。古い精子を溜めこんでると、最悪インポになることもあるわ。いつもからだに悪いって言ってたのは、そういうことなの。そうなったら、私を喜ばせることができなくなるでしょう? 愛がなくても出したくなるのは、健康な排泄欲がある証拠。出しておかないと、ほんとにからだに悪いの。わかってね」
「うん」
「それから、出すときはしっかり中に出しなさい。相手の喜びに包まれながら出すと、気分がぜんぜんちがうの。女の人と交わるのはオナニーじゃないんだから。きのうはごめんなさいね。つらかったでしょう」
「ぜんぜん。カズちゃんとセックスしてつらかったことなんか一度もないよ」
「ありがとう」
 カズちゃんはしみじみと私のものを握り締めた。
「花園の親子は、もう訪ねてきたの?」
「母親がこのあいだの日曜日にきた。三十分ほど話をして腰を上げたから、堤橋まで送っていった。ミヨちゃんはぼくが葛西家に遊びにいくのを待ってるって」
「思うより思われるほうがつらいけど、とにかくよかったわ」
「仕事、うまくいってる?」
「幼稚園て、日曜日はかならずお休みだから助かるわ。百人も子供がいるからたいへん。いままでは簡単な昼食で適当にお茶を濁してたみたいだけど、育ち盛りの子にそれじゃいけないって提案して、しっかり栄養のある食事を作ることになったの。スタッフも一人増やしてね。その分、いろいろ引き受けることになっちゃった。でも、とても幼稚園の評判がよくなって、来年の入園予約も続々と入ってくるようになったわ」
「本領発揮だね。そうやって、いろんな人たちを助けていくんだろうなあ。ぼくも助けられた一人だ」
「助けるだなんて。キョウちゃんこそ、何人の人を助けてるか数え切れないくらいよ。できないことよ。キョウちゃんは人間の試金石ね。キョウちゃんを基準にすると、ぜんぶスッキリわかる。やめましょう、理屈でキョウちゃんを愛してるんじゃないから。私がわかるのは、私が死ぬほどキョウちゃんを愛してるってことだけ」
「きょうはどうするの、これから」
「再来週の献立表と、食材の仕入れ表を作って、自分の食事用の一週間の買い物をしに街へいってきて、あとはずっと本を読むの。そうだ、ひさしぶりに名古屋へ手紙を書かなくちゃ」
 立ったままからだを洗われながら、膝を突いてせっせとスポンジを動かしているカズちゃんに思い切って言った。
「プロ野球選手になるまでは希望の階段だ。ホームランを打ちつづけるかぎり、階段を昇り切ってその頂上にたどりつくことができる。頂上から向こうへの階段の降り口がわからない。たぶん断崖絶壁だ」
 カズちゃんはスポンジの手を止め、
「……それって、どういう不安なんでしょうね。プロ野球選手になったらホームランを打てなくなるということかしら。そんなことあり得ないわ。プロ野球選手になってしばらくして、まんがいち、不慮の事故とか人間関係の不和とかで野球界にいられなくなったら、ということ?」
「そういう絶壁じゃないんだ。プロ野球が頂上で、そこで行き止まりで、希望の階段が取り外され、ただホームランを打ちつづけるだけの生活の向こうに、もう希望の階段がないとしたら―それがうれしいんだ」
「……あ! そうか、保証された人生は希望にならないということね。保証されない人生が向こうに待ってることがうれしいのね。わかるわ。いいえ、わかりすぎるくらいわかるわ。……でも、そんな考え方してると苦労するわよ。とんでもなく苦労する。プロ野球ではきっと業績を挙げていくでしょう。それが認められ、安定した地位を得ていくでしょう。それを頂上から先の希望の階段と考えられないと、どうしようもない苦しみになるわ。でも、キョウちゃんはそれがうれしいのね。……あ、わかった! キョウクちゃんはそうしたいのね。プロ野球から先は断崖絶壁! わかったわ、ほんとにわかったわ! いっぺんにわかった! ああ、ふるえる。そうしましょう。保証がなければ、そこからも全力で生きられるものね。絶壁から飛び降りましょう。プロ野球選手になったときから、一からやり直しましょう! 飛び降りたあとで、またなんとか別の希望の階段を見つけて登っていきましょう!」
 カズちゃんは立ち上がって泡だらけの私を抱き締めた。
「なんて人なんでしょう……」
 カズちゃんは抱き締めたまま、いつまでもいっしょよ、と言った。
「その先も自分に似合った人生を歩みたいんだ」
 と私は応えた。カズちゃんは私を抱き締めながら、何度もうなずいた。
「ぼくは野球そのものをやりたいというより、ホームランを打ちたいだけで、中日ドラゴンズの一員として、幼いころに目に焼きついた中日球場のスタンドにホームランを打ちこみたいだけだ。その生活はあまり長くなくてもいい。そのあとは、小学校からぼくを高みへ導いてくれた野球に手を振って別れを告げ、まったく別の世界へ飛び降りていく。……とにかく、まず最初の階段を上りきらなくちゃいけない。来年の夏、再来年の夏とトーナメントを終えたら、なんとかして東大にもぐりこみ、おふくろに横槍を入れられる前にドラフトを拒否して、東大で二年間がまんし、どうにか中日入団までの階段を上りきろうと思う。ホームランだけはマグレでないとハッキリわかってきたから、そのマグレでない人生のいきつく先を確認したい」
 カズちゃんは微笑しながら、
「もういいのよ、何も言わなくても。階段を上り切ったら、まだまだ上に登る階段が見えてきて、ホームランを打てなくなるまで登っていって、そしてほんとうの断崖絶壁。そこから向こうへの降り口に、何かが見えてくるわ。たとえその何かに才能があったとしても、断崖絶壁よ。飛び降りて全力で生きましょう。キョウちゃんの命が燃え尽きるまでいっしょにいるわ。燃え尽きたら、私も死にます」
 湯船に浸かり、いつまでも口づけをした。
「さあ、朝ごはんにしましょう」
 ハムエッグと焼海苔と白菜の味噌汁でさっぱりとした朝食をとった。


         五十七 

 すっかり雪の解けた道をアパートへ帰った。玄関に入るなり、管理人から現金封筒を渡される。その場で部屋代の支払いをする。
「きょうはほんとの散歩です」
「わかってますよ。そんなにお金がつづくはずがないですものね。お母さんもご苦労ね。でも苦労が報われたでしょう。将来はとんでもない高給取りになるんですから」
 一週間前のことをすっかり忘れた口ぶりと表情だ。
「野球のことと女のことは母に言えません。あの手この手で妨害されます。まんいち母から管理人さん宛てに礼状か何かがきても、けっして野球のことと、朝帰りのことは書かないでくださいね。母は野球と女を徹底的に憎んでますから」
「……書くもんですか。時候の挨拶と、息子さんは元気にやってますぐらいにします」
 管理人は食堂へ去っていった。山口の部屋の戸を叩き、戸を開けた大男に、
「コーヒーを一杯所望」
「オッケー、入ってくれ」
「聞こえてたろ」
「ああ、何ごともなかったようなトボケぶりだな。大したもんだ。和子さんはあれから何て言ってた」
「ほんとうに南極一号だって思って抱けばいいって。女が挑んでくるのはとても勇気が要ることで、スケベ心はないって」
「さすがだな。旦那とのあいだも冷え切ってるみたいだし、すったもんだはないだろう。ところで、期末どうだった」
「まあまあ。十番は確保じゃないかな。英語と現国はトップだと思う」
「よしよし。俺も今回は数学が冴えてた。空間図形、斜面の角度の問題、ヤマが当たった。あの問題、猛勉が作ったんだろう?」
「だろうね。ぼくは、空間図形はだめだった。考えるのが面倒になると、根気がなくなって先へ進めなくなる。そこでその問題は放棄」
 地理は満点。総合百番に入れそうだよ」
「そりゃよかった! 山口が本領発揮するとうれしいよ」
「てやんでえ。おまえに刺激を受けたんだよ。しんねり鈍才でいるのが退屈になった。おまえのようにガンバルことにした」
 うまいコーヒーをすする。次々と山口が気ままに奏でるギターの音に耳を傾ける。
「相変わらず超絶だね。山口は流行歌も弾けるか?」
「メロディを知ってるかぎりな」
「リトル・ペギー・マーチの想い出の東京」
「去年リリースした曲だな。弾けるぞ。おまえ、唄えるか」
「唄える」
「唄ってくれ」
 信じられないほどリリカルな前奏が流れ出す。アドリブで弾いているのがわかる。
  
  青い夜の銀座
  美しい霧が少し 降ってた
  胸に残る 別れの言葉
  さよなら 心祈る私
  恋の都
  なつかしい夢を探す 東京
  胸に残る 別れの言葉
  さよなら 心祈る私
  恋の都
  なつかしい夢を探す 東京

「心祈る、というのは、心から祈るということだろうね」
 答えないので、山口を見やると、ボロボロ泣いていた。
「すげえ声だ……空から降ってくる……天使の声だ。知ってたか」
「どうしても涙が流れる声だって、カズちゃんが言ってた」
「そのとおりだ。何と言うか―」
 山口はしばらく黙っていたが、もう一杯コーヒーをいれて出した。
「一瞬のうちに涙腺にねじこんでくる声だ。……ときどき唄ってくれ。胸を洗いたいときがあるんだ。ときどきでいい……」
「いいよ。好きな人のためなら、いつでも歌う」
「俺が好きか」
「好きだ」
 山口は頬を拭った。
 玄関にこんにちはと訪(おとな)いの声がするので、山口といっしょに出てみると、ミヨちゃんだった。やっぱりやってきた。ふっくらと色っぽく上気した顔をしていた。
「おいおい、この子は、飛び切りの美人だな。鄙(ひな)にはマレどころじゃない、ミヤコにも……少なくともこのレベルは青高には一人もいないぜ。いまコーヒーいれてやる。持ってけ」
「ありがとう」
 山口が二人前のコーヒーをいれて、小さな盆に載せて差し出す。部屋に持ち帰り、一口つけたなり、ミヨちゃんは挨拶もおざなりに、私の唇を吸った。
「ああ、うれしい!」
 ミヨちゃんは頬をすり寄せ、
「神無月さんの何もかも好き。目も、眉も、鼻も、唇も、笑顔も、真剣な表情も、話すことも、考え方も、歩き方も、バットを振る姿も、勉強をする背中も、本を読みながらうつむいている顔も、何もかも好き」
 私は彼女の髪を撫ぜた。挙げた顔が涙に濡れている。
「その気持ちが変わらないあいだは、いっしょに生きていこうね」
「変わるはずがありません。どこまでもついていきます。一生離れません」
 感激が一段落すると、小学生と高校生の私たちには、取り立てて話すことはないのだった。それは、私以上にミヨちゃんも痛感していることらしく、
「神無月さんの心に入っていく言葉がしゃべれるまで、根気よく待っててくださいね」
 と言った。私は彼女の丸くて小さい肩をさすりながらもう一度キスをした。
「じゅうぶんミヨちゃんの言葉は心に入ってくるよ」
 二人でコーヒーをすする。
「おいしい。……さっきの人は?」
「山口。ここにきた日の夜に、たちまち仲良くなった。ギターの達人」
「同級生?」
「そう、たまたまね。いっしょにパンツいっちょで、夜の合浦で泳いだ」
「まあ、寒かったでしょう。でもうらやましい。……赤井さんにときどきクラシックを聴かせてもらってます。ショパンのノクターンに驚きました。本も読みはじめました。レ・ミゼラブルをコツコツ読んでます。わくわくします」
「奥の深い冒険小説だからね。スーパーマン小説。読み出したら止まらなくなる」
「はい。音楽と読書で楽しくすごせる、楽しくすごす人間が最高の人間だ、という神無月さんの言葉が胸に迫りました。いままで私、楽しくすごせてなかった気がします。……そろそろ帰ります。お顔を見にきたんです。しっかり見ました。……見足りませんけど」
「送っていく」
「はい、おかあさんも送ってくれたんですってね」
 道に出て、歩き出そうとすると、
「ここでいいです。……私が高校生になるころは、神無月さんは大学生ですね。プロ野球選手になってるかもしれません。もし大学生なら、私も同じ大学へいきます。いえ、そうなれるよう努力します。これからは本もたくさん読みます。音楽もたくさん聴きます。早く神無月さんと、豊かな会話ができるような大人になります」
 と言って、手を握り、ぶるんぶるん揺すった。ミヨちゃんは名残惜しげに手を離し、松原通を歩み出す。一歩一歩の足どりが、陽に当たった雨粒のように美しい。道の角でミヨちゃんは、もう一度振り返って手を振った。
「ミヨちゃん!」
「はい!」
「ずっといっしょにいようね!」
「はい! ずっと!」
 私は走っていって、ミヨちゃんを抱き締めた。
「愛する男の人は私の周りに神無月さん一人です。ずっといっしょにいます」
 二人で歩きはじめる。ミヨちゃんはあらためて話をできることがうれしくてたまらないというふうに、
「みんなは拝む神様がいますよね。拝む人は信者です。信者同士が嫉妬し合って神さまを奪い合いません。神無月さんはそういう人なんです。そういう生き方をしていく人なんです。神さまは信者をやさしく眺めています。それだけで信者は救われるんです。私も、神無月さんの周囲の女の人たちも、みんな信者です。ぼくの何を信じるのと訊かれるに決まってますから、言います。神無月さんが生きつづけて、かならずどこかで私を見つめてくれていることだけを信じて、ご利益は信じていません。だから、私は神無月さんに宗教的なものを感じているんじゃないんです。苦しいほど好きだとしか感じていません。拝むんじゃなくて、触れたいんです。キリストや仏さまが死んでも私は死にませんけど、神無月さんが死んだら一秒も生きていません」
 歩きながら手を強く握った。
「相手を思うことと、相手に触れること、どちらも大切だね。ままならないのは距離だと思う。いつもそばにいないと、思いを強くしようとしてストレスが溜まってしまう」
「だいじょうぶです。距離は私が近寄っていけば解決することです。思いのほうがはるかに大切です」
 私は立ち止まり、もう一度抱き締めた。
「大好きだよ。この気持ちに偽りはないよ」
「うれしい。一生忘れません。思わず言ってくれたんですね」
 私よりも強く抱き締めてきた。何人か通行人が立ち止まって、私たちを眺めていた。
「じゃ、またこられるときにきます。神無月さんの都合のいいときに。さようなら」
「さよなら」
         † 
 十二月に入ると、朝は零下、日中でも五度を切る日が増えた。雪が積もり、登下校は長靴でないとはかどらなくなった。雨が降ると、やはり道路も通学路も校舎の玄関も泥濘になった。
 野球部がグランドのランニングも含めて完全な休みに入った。雪解けまで油断のない自主鍛錬が欠かせなくなった。遅くまで勉強と読書をしているせいで、早起きして走るのはつらいので、授業が終わってからしかトレーニングはできない。学生服に校内靴を履いた格好で、体育館を兼ねた講堂の壁沿いを十周し(私はかなり顔を知られていた学生だったので、講堂を使う他のクラブの連中は不平顔をしなかった)、アパートに戻ると、長靴と学生服を玄関に脱ぎ捨て、パンツ一枚だけになり、雪掻きをめったにしない裏庭で素振りをする。積もった雪がクッションになって、足が痛まない。幸いなことに、あまり踏みこまずに強く振るという方法が身についた。裸足の足が凍えて痛みはじめるまで、毎日本数を定めず振った。
「終わり!」
 一人叫ぶと、共同便所の水道に走り、蛇口をひねって足を暖める。水道水のほうが温かいのだ。するとたいてい山口がタオルを持って現れる。
「ほかに練習方法はないのか」
「ないんだ。講堂じゃ振れないしね。腕立て腹筋は部屋でやる」
         †
 そんなある日の時分どき、山口が私の部屋の戸を開けて、
「筑摩の太宰治全集、古本屋で見つけたぞ。全十一巻」
 紐で縛った新書本の束を掲げた。大家として敬遠していた作家だった。
「ありがとう。暇なときに読むよ」
「今夜から読め。コツコツ読めば、ふた月もかからない」
 夫の誕生日だということで、その夕べは管理人の丁寧な味つけで、酢豚、筑前煮、ナスとひき肉炒め、高野豆腐とシイタケの餡かけ、鶏の唐揚、白菜のコンソメスープといった五、六品のおかずがテーブルに並んだ。めずらしいほどのごちそうだった。練習試合の大勝の夜も含めて、管理人の調理は相変わらず杜撰で、ケチャップで炒めたチャーハンと味噌汁だけというのが定番だったが、きょうはちがった。
「大盤振舞いだっきゃ!」
 学生たちが大喜びした。彼女の夫も学生たちといっしょに仏頂面で食卓についた。学生とは口を利かず、垂れてくる前髪を掻き揚げながら、酢豚だけをおかずに黙々とめしを食い終えると、そそくさと勝手口から離れへ引き揚げていった。女房と目も合わせず、ごちそうさまも言わなかった。
 ―芸術家とはああいう無愛想な人種なのだろうか。
 ただ、彼には貫禄がないので、その不機嫌な雰囲気が学生たちに影響を与えることはなかった。妻も無視していた。山口が、
「旦那さんはいくつになったんですか」
「四十六。私より一つ下。姉さん女房よ」
 顔に何の感情もなかった。山口もそれ以上質問をせず、
「ご相伴に預からせていただいてありがとうございましたと言っといてください」
 とだけ言った。学生たちはふだんとちがう食卓にぐずぐず居残り、箸を動かしながら英単語を暗記したり、唐揚を肴に自前で買ってきたコカコーラを飲んだりした。だれかと雑談を交わそうにも、だれにも取りつく島がなかったが、山口も私も腰を上げなかった。暖房が心地よかったからだ。



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