季節も場所も、昼か夜かもさだかでない。
 窓があるのかどうか、外からの光はない。かなり明るい燭光の下の畳部屋に、二人の女が並んで坐っている。一人は母で、もう一人、母の知人らしき女が、女児を膝に抱えている。私は二人の女と女児から離れた位置に立っている。ようやく立ち上がることのできるころで、そうやって壁沿いに立っていることがうれしい。
 女児は知人の肩を支えにして立ち、私の母に甘えかかって頭を撫でられ、それから私に視線を向けると、両手を差し出しながら親しげに寄ってきた。私は女児を厭(いと)い、胸を突いた。彼女はころころと転げていって床柱に頭を打ちつけた。そうしてたちまち火が点いたように泣きだした。
         †
 夕暮に帰ってきた母と手をつないで、長い坂を下った。公園に置き忘れた三輪車をとりにいくのだ。
「どこに置いたの?」
 母の手を引いて、公園の薄闇の中を歩く。
「ここに置いたの」
 砂場を指差した。
「ないねえ」
「うん。ここに置いたの」
 潅木の茂みを指差す。
「ないねえ」
 母と公園を一周した。滑り台の下、ブランコの支柱の陰、生垣の隅―三輪車はどこにもなかった。私は叱らない母を恐ろしく思いながら、いっしょに坂道を戻っていった。
         †
 海からの坂を昇りつめて、踏切を渡り、十四、五軒並びの中ほどに、祖父母の実家がある。合船場(がへんば)と呼ばれている。維新のころの家業が造船所だったからと教えられた。その家の板戸の前で、三歳のときに撮った写真が残っている。雪帽子かぶり、ゴム長を履き、善夫と義一(カズ)のあいだにかがんでいる。三人の足もとに、戸口の雪掻きで集められた雪が盛り上がっている。私は眉間に皺を寄せ、哲学者のように不機嫌な表情をしている。

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