九十四

 女が犬を相手にしているうちにアパートを出た。後藤は夜道を井荻駅まで送ってきた。
「おまえでもあの態度の理由はわからないか」
「わからない。やっぱり藁にならなかったな。勝ち取った女なんだろう。好きなように扱えばいいじゃないか。不機嫌がいやなら叩き出せ。女の機嫌なんか気にしててもしょうがない」
「ひどいことをいう男だな」
「あの態度は、きみを愛してるそれじゃないからだよ。わかるのはそれだけだ」
「……そうか。ことの勢いでチカヨとこうなっちまったんだが、どうもチカヨは兄貴に気があったみたいだな」
「だからこそ、勝ち取ってみせたんだろう? 女から靡いてきたんじゃないんだから。兄貴に勝ちたかっただけだよ。横恋慕された女が気の毒だ」
「きついな。ま、俺のせいで意に染まない生活を送るようになったわけだ。なんだかそれが気の毒でな」
「言ってることが支離滅裂だな。その精神構造がよくわからない。気の毒なら、兄貴にお返ししたらどうだ」
「それができたらな。……腑甲斐ないもんだ。ああいう態度をとられても何も言えん。彼女をこういう立場に追いやった自分の存在を呪いさえする」
 大げさなことを言う。
「四の五の言わずに、ノシつけて返してやれ。とにかく、最初に手をつけたのはきみなんだろ? 処女だったのか」
「まさか。二十四だぜ。五つ上だ」
 キクエと同い年だ。人間的な差異の激しさに驚く。
「兄弟で鞘当てをしたということは、彼女はどちらにも秋波を送っていたということになるよ。つまり、どちらでもよかったということだね。グズグズ中立の立場をとった女も悪い。兄貴は何をしてる人?」
「三浪だ。東大医学部狙い」
「浪人よりは、学生。彼女も実利を取ったんだろう。そういう女に惚れたんだから仕方ないさ。きみの家は金持ちだと聞いてる。彼女は学生結婚でもしたかったんだね。それなのに、きみはそんな気配も見せないで法律の勉強ばかり。つまり、兄弟ともに机の人だ。退屈しちゃったんだな。いま勘当状態なんだろ? 家からも見放されて、彼女は早まったと思ってるだろうな。きっちり勤め上げて、どちらかと穏便に結婚できればよかったというのが本音だろう。彼女はきみに不機嫌になってるんじゃないよ。自分の計画倒れにイヤケが差してるんだ」
「冷酷な野郎だな。なんだそのカチンとした考え方は。チカヨは俺のことを一生愛すると言ったんだ。だれよりも好きだとな。オヤジやおふくろから責められてたよ。息子を解放しろ、さもないと未成年たぶらかしで訴えるぞ、どうしてもいっしょに暮らしたいなら司法試験合格まで働いて息子の面倒を見ろ―やいのやいの言われて、彼女の心はがんじ絡めになっちまった。そりゃ不機嫌にもなるさ」
「ちゃんとわかってるじゃないか。なぜぼくに相談したんだ」
「……俺にはやさしくしてもいいだろ。俺だけが頼りなんだし、俺のことを愛してるわけだからな。それで、謎の態度だと思ってな」
「だから謎じゃない。自分にイヤケが差したんだ」
「……よく考えると、結局俺を愛していなかったんだな。つまり、彼女は自分の人生を賭けるほど俺のことが好きじゃなかったということだ」
 どうでもよくなってきた。これは悩みではない。頭が悪いだけだ。ふと思いついて、
「……彼女がきみにやさしくできないのには、ほかに理由がありそうだな。何かあったのか」
「中絶させた。病院の廊下のベンチで待ってるとき、犯罪者のような気分だった。倫理犯は刑法犯より罪が深い。病院からあの部屋に戻ると、チカヨはベッドでなく床でしばらくうとうとした。服を脱がせ、仰向けに横たえたとき、彼女が用意して穿き替えた下着のつけ根に、荒々しく塗りたくったヨードチンキが覗いた。俺は、女の股に機械的に油を差した医者の禁欲を思った。怒ってるかと俺は尋いた。チカヨは、俺に捨てられるのがいちばんつらいから、あとはどんなことも平気だと言った」
「いい語り口だ。小説でも書いたらどうだ。とにかく、どんな苦しい状況でも、堕胎したのはまちがいだったね。彼女とのあいだがギクシャクするのは、この先もずっと避けられない。うれし楽しの恋愛なんてロマンじゃない。子供を産んで、二人で猛烈な苦労をしてこそ、ロマンだったんだ」
 同じ電車と経路で吉祥寺に帰った。帰り着いてすぐ、後藤から電話があった。彼女が私のことを嫌いだと言ったと聞かされた。そんなことをなぜわざわざ知らせてくる必要があったのかわからない。
「もう何があってもいかないから、安心してくれ」
 と言って電話を切った。
         †
 深更、机に向かい、ひさしぶりにいのちの記録を開く。

 中日ドラゴンズ入団契約からふた月経った。実際のところ、十五歳の秋を境に、しゃにむにプロにいきたいという情熱もなく、高校、大学と野球をやってきた。それなのに、プロ野球選手という言葉を思い浮かべるとうれしくてしょうがない。やさしい人びとを安心させようと自分を鼓舞する気持ちもまたうれしい。たぶん、私を愛する人たちは、私がプロにいこうがいくまいが、そんなことはどうでもいいと思っていたはずだ。彼らは、私がただ存在するままに存在した結果を受け入れてくれる。それがいちばんうれしい。
 カズちゃんや飯場の人たちに遇うまでの私の不幸は、私の〈存在〉だけを愛してくれる人間が極端に少なかったことだ。私の存在を愛さなかった人びとは、考えと呼べるほどのものを何も持たずに存在しているだけの私を、存在以上のものに矯め直すためによけいな飾りをつけたがり、私がそれを払いのけようとすると、存在する価値がないかのように扱った。そういう人たちとの精神的な不具合にどれほど苦しめられたことか! たとえそれが被害妄想だったとしても、私は実際そう感じていた。
 彼らに出会ってからの安定はすばらしい。彼らは私に好きな野球だけをさせ、その喜びの中で生きさせようとする。文学的価値の定かでない文章を書くことも彼らは肯定する。生きるスタイルの美しさが重要だということだろう。ユニフォーム姿の美しさ、文章を書く姿勢の美しさ、その程度の装いを私が肯定されることで、私自身が喜ばしき精神の安定を得ていると考えてくれるのだ。私はグランドに固執し、机に固執して生きればいい。私は自分を死なせる必要はない。私の命は彼らの生きるエネルギーになる。
         †
 一月六日月曜日。快晴。寒い。自然文化園の周回を五周に増やす。台所の醤油の空瓶が二本になったので庭の砂を詰める。一升瓶復活。左右十回。倒立腕立て、ついに十回達成。
 福田さんと朝食。朝からアンコウ鍋。
「鮟鱇鍋、箸もぐらぐら、煮ゆるなり。高浜虚子」
「ヌルヌルして台所ではさばけない大きな魚ですから、切り身を買ってきました。ほとんど捨てるところのないムダのない魚です。肝、皮、胃袋、卵巣、エラ、ヒレ。アンコウの七つ道具と言います。さ、煮えました。召し上がれ」
 小鉢に盛ってくれた身をつまむ。
「ダシも身も生臭くないね」
「身に塩を振ってしばらく置いてから、湯通しして水洗いすることで生臭さが消えます。ダシには肝のたたきを溶かしてます」
 小骨が煩わしいが、とびきりの美味。
「先月初めに、日本プロ野球選手会が結成されました」
「何、それ」
「ひと月のあいだにいろいろ調べました。ひとことで言うと、プロ野球選手の労働組合です。セパ一本の選手会で、選手たちの生活を守るためにスタートしました。これまでにも任意の選手会はあって、十年在籍の選手はボーナスか自由移籍を要求できるという制度はあったんですが、今回は両リーグの選手が自動的に所属することになりました。議長は稲尾和久さんです。選手会長とか理事長というものはありません」
「所属すると何かの義務は出てくるの」
「義務ではありませんけど、野球教室に参加したり、チャリティ活動をしたりすることになってます」
「……ぼくも社会人というものになったんだね」
「はい」
「ほかにプロ野球の話題は?」
「巨人の田中久寿男と西鉄の柳田俊郎が交換トレードされました」
「柳田? 知らないなあ」
 福田さんは掃除洗濯して帰宅、私は離れで五百野。
 夕食はヤリイカの刺身、好物の生ナマコ、生ホヤ。クルマエビ、ナス、シソ、アスパラの天ぷら。どんぶり二杯。活力が湧き、おのずと福田さんと一交。
         †
 真夜中を過ぎて、また後藤がやってきた。別の女を連れている。この女もジーパンを履いていて、細身だった。私は二人を居間に招いてガスストーブを点けた。
「くるぶんには仕方ない。しばらく付き合ってやるよ」
 後藤は女を従えて私の前にあぐらをかくと、
「これが天才の顔だ。よく見ておけ」
 と言った。私は黙っていた。女の髪が濡れている。ここにくる前にどういう場所にいたかすぐ察しがついた。私は井荻のアパートを訪ねた帰り道、後藤という男について少し考え、頭は切れないが応分の思索癖があり、そのせいで人の話にまじめに耳を傾けながら相手の言わんとするところを直観できる人間だと思った。
「きみのアタマがあれば、一流の弁護士になれるだろう」
 と私は褒めたが、
「おまえこそ、意外な語彙の選択といい、議論の鮮やかな展開といい、弁舌さわやかな男だよ。学者になったら大成するだろうにな。おまけにその容姿だ。女のアクセサリーにもなる」
「きのう、馬鹿に見えると言わなかったか」
「見えると言っただけだ。馬鹿だとは言っていない。わが道をいくやつだから、共感にはすぐれてないな。堤くんいわく、おまえは何も学ばずに、何もかもわかってしまった天才だとさ」
 と褒め返す。これが面倒くさい。
「馬鹿というのは、好意的な目には天才に映る。堤くんは、人を褒める一方の人だ」
「ああ、仏さまみたいな人だ。あの包容力は並じゃない」
 本気で持ち上げている。
「俺には友人らしい友人はいない。なるほど勉強仲間は数多くいるが、友誼というものをまったく感じない。法律や政治を論じ合うような仲間との関係は、学生のあいだだけのものだ」
 と嘆く。
「しかし、こんな時間に、どうしたんだ」
「同窓会の帰りだ。ソフトボールにも出なかったし、このところ不義理をしてるから寄ってみた」
「だれに不義理をしてるんだ」
「みんなにだよ」
「不義理も何もない。だれも、きみのことなんか気にしてないよ。きのうも疑問だったんだが、この家の住所、だれに訊いたんだ。堤くんには教えてないはずだ」
「堤くんがどこかの飲み屋に電話して、聞き出しくれた」
「よしのりだな……」
「堤くんもこの家は知らなかったそうだ。神無月は秘密主義だからって」
「ぼくが? 訊かれないことには答えないだけで、秘密にしてるわけじゃない」
「吉祥寺で一戸建か。豪勢なもんだ。その野球ファンは資産家か」
「不動産屋さんだ。野球ファンとは言ってない。〈ぼくの〉ファンだ。ぼくに男として惚れて、ポンとくれた」
「ホラを吹くな」
「きみこそ、常識でものを考えるな。自分の頭で考え及ばないことが、この世にはたくさんあるんだよ。そのファンは、自分が死んだあと、ぼくが墓守をするという条件で気前よくくれたんだ。もう、手続もすませたらしい」
「何かの詐欺じゃないのか」
 私は言葉尻を押さえて、
「どういう詐欺なんだい。慈善詐欺か? 自分の常識にはまらないものは、きみにとってぜんぶ詐欺なんだろう。彼女はぼくのことが気に入ったんだよ。それだけだ。身寄りのない女の精いっぱいの好意だ。ありがたくお受けすることにした。墓守は、ぼくの恋人のカズちゃんという人がやってくれる」
「あごが外れそうな話だ。せいぜい気をつけろよ」
「何も気をつけようとは思わないね」
 濡れ髪の女が、
「私も、それでいいと思う。神無月さんを見れば、だれだって一目で気に入っちゃう。何でもあげたくなる。神無月さんは野球の天才の上に、東大までいって、その美貌。人生どんな感じ?」
「懸命に生きてるから、人生そのものは実感できない。……きみは、後藤の恋人?」
「日比谷高校の同級生」
「バレー部のマネジャーだ。秀才のくせに、大学にいかずにマックスファクターに勤めたという珍種だ。大してきれいでもないのにな」
「ま、ひどい」
「同窓会で意気投合しちゃってさ。おまえに会わせたくて引っ張ってきた」
「あの女と、喧嘩でもしたのか」
 後藤は急に黙りこみ、しばらくして、
「喧嘩は毎日だよ。……疑ってるのか。こいつとは何もないぞ。きょう一晩だけ、家を空けたかっただけだ」
「何かあればよかったのにな。たとえ何もなくても、何かあったとにおわせろよ。この人に失礼だろ」
 何かあったにちがいない後藤は、女の腕を取って立ち上がり、
「タクシー、拾わないとな」
 そう言って、そそくさと出ていった。ジーパンの華奢な尻が戸口に消えると、もう顔を思い出せなくなった。よほど印象が薄かったのだろう。濡れた髪と貧しい首筋だけが浮かんだ。


         九十五

 一月七日火曜日。快晴。朝方零下。そのまま寝過ごして、福田さんがきてからランニングに出た。戻ってきて、汗まみれのトレーナーを脱ぎ捨てて全裸になる。
「めしの前に、一発。そのあとでいっしょに風呂に入ろう」
「きょうもしてくださるんですね」
「いまここですぐ。ほら」
「わ、すごい! こんなになってくれて」
 両手で柔らかく挟んで、呑みこむ。唇でしごき、舐め回して満足すると、下着を脱いでキッチンテーブルに両肘を突いた。私はスカートをまくり、両脚を広げて美しい肛門と門渡を目に収める。陰阜に手を回してクリトリスをいじりながら挿入する。
「だめ、すぐイキます!」
 クリトリスが膨張してきた。
「あああ、イク!」
 うねり、激しく緊縛する。往復する。
「あああ、気持ちいい! うん、うん、うん、はああ、だめえ! ま、まだですか、まだですか、クク、イク! あああ、いっしょに、いっしょに、神無月さーん、愛してる、愛してる、イクウ!」
 しっかり吐き出した。苦しげに収縮を繰り返す腹をわしづかむ。下りてきた子宮が当たって痛いので、亀頭を横にずらしながら律動する。
「はん、はん、ううう、イク! ああ、イッククク!」
 抜かずに栓をするようにじっとしている。しばらく腹の硬直と弛緩がつづく。やがて全身の間欠的なしゃっくりになる。それが数十秒つづく。そっと抜いて、床に抱える。
「ありがとうございます。こんなにやさしくしていただいて」
 にっこり笑う。
「さ、お風呂に入って、汗を流しましょう」
         †
 風呂を出て、さっぱりしたからだにコーラを入れる。サッちゃんから電話が入り、離婚が正式に成立しました、とうれしそうな声が飛びこんできた。
「恋しいわ。いつ名古屋にいくの?」
「二十五日の午前」
「二十四日の夜、逢いにいきます。餞別を渡したいし。すぐ帰るから、最後の……」
「わかった」
 遅い朝食を終え、福田さんと二人、年始大売出しの街に出かける。眼鏡をかけた。丸井で二人お揃いのジーパンを買った。尻が大きくて脚の長い福田さんの体型がジーパンに映える。
「初めてです。ジーパンを穿くなんて。ぴちっとして、喰い込んできて、なんだか……」
 陰核が大きいので、刺激されるのだろう。
「このジーパン、畳んで大事にしまっておきます」
「二十四日の夜に、上板橋の河野さんという人がお別れのセックスをしにくるよ。離婚したんだって。ぼくは翌日の午前に出発するから、もし名残惜しければ、彼女が帰ったあとくればいい。十一時過ぎ」
「いきます! あ、私ここから帰ります。また六時に」
 福田さんは駅のほうへ去っていった。玄関までくると電話が鳴っていた。
「もしもし」
 カズちゃんだった。
「あ、キョウちゃん? 浜中さんが、十三日から十六日の三泊四日でお願いしたいって。ちょっと早まったけどいいわね」
「うん。だいじょうぶ。山口に連絡しといて。そのあいだで林とのフュージョンを調整してほしいって」
「わかった」
 切ったとたんにまた電話が鳴った。
「もしもし、紀尾井雄司やけど。西高の紀尾井」
「ああ、横地の友人の―。たしか名工大に……」
「おお、その紀尾井だがや。名工大はやめたわ。二月に早稲田を受けにいく。宿貸してほしい思ってよ」
 なんと図々しい男だ。
「ぼくは二月にドラゴンズのキャンプにいかなくちゃならない。無理だ」
「ドラゴンズ? 何しにいくんよ。見物しにいくんか」
「……ぼくはプロ野球の選手になったんだ。年中暇なしだ」
「なんやそれ、知らんかったわ。オレ部屋に籠もって勉強ばっかしとったで。あした早稲田の下見しよう思って、もう切符買って、名古屋駅におるんだわ」
 開いた口が塞がらなかった。
「きょうは七日か。あした帰るならいいよ。下見には付き合えない。受験の宿は自分で何とかして」
「金ないんやわ……」
 とことん厚顔な男だ。この無礼にはがまんできない。ぼくが発ったあとは、山口の大切な練習場になるのだ。親しくもない男にこの家を使わせるわけにはいかない。
「受験は一日だけか」
「おお、二月十五日の教育学部だけ」
「西荻の友人に、一晩泊めてくれるよう頼んでみる」
「頼むわ。なら、四時くらいには吉祥寺に着くで」
「どうやってここの住所を知った?」
「飛島建設寮に電話して、おまえのおふくろさんに聞いたわ。プロ野球の話、ぜんぜんしとらんかったで。ホラとちがうんか」
 返す言葉がなかった。
「じゃ、吉祥寺に着いたら電話くれ」
 すぐに山口に電話した。
「二月の十五日に、西高時代の顔見知りが早稲田を受験しにくる。十四日だけ泊めてやってくれ」
「引き受けた。何者だ。友人か」
「友人じゃない。席が後ろだったというだけ。ぼくがプロ野球選手になったことを知らなかった」
「ゲッ! 水の下に潜ってた河童か」
「机に潜ってたらしい。カッパじゃなく、デッパだけど」
 ハハハハと笑い、
「それだけか」
「いまから早稲田の下見にくると図々しく言ってる。四時に吉祥寺に直接くるらしい。きょうはうちに泊めるしかない。金がないと主張するんだ」
「なんて野郎だ。だれに尋いたんだ、そこの住所」
「おふくろだって。プロに入ったことをひとことも言わなかったらしい」
「相変わらず根性悪いな。おまえが困るようなことばかりする」
「くさい口といっしょにいたくないから、酔族館に連れてって酔わせて、寝せちまおうと思うんだけど」
「付き合う。浜中さんたちの件、和子さんから連絡あった。了解だ。フュージョンの曜日は決まったら和子さんに知らせとく」
「サンキュー。いまからきなよ。鮨でもとって食おう」
「三時までにはいく」
「で、年末年始はここでよく練習できたの?」
「ああ、正月以外はたっぷりやった」
「この家は、山口のほかのやつには使わせないからね。自分の色に染めてくれ」
「遠慮なくそうさせてもらうよ。じゃ、三時な」
 法子に電話する。
「なに、それ。キチガイじゃないの。しょうがないわね。付き合ってあげる」
「三時に山口がくる。鮨をとるよ」
「御殿山に鮨屋さんはないわよ。寿司折買って、私も三時にいく。ミーティングは古沢さんにまかせて、同伴出勤にするわ」
         †
 折鮨を食いながら、山口と法子に紀尾井のことを説明する。
「いつも後ろの席から、教えたる、教えたるって、うるさいやつだった。名工大というのは愛知県では名の知れた国立二期校なんだけど、そこを中退したらしい。一度八坂荘に遊びにきて、窯業をやるなんて張り切ってたんだけどね。中退してもう一度大学に入るというのは惨めッたらしい。一戸を思い出す」
「理系の中退は惨めだ。なかなか転身が利かないから」
「その人って、神無月くんの何を知ってるの? プロ野球にいったことも知らなかったんでしょう? 中学時代のことは? 青森に送られたことは?」
 山口が、
「何一つ知らないだろう。聞かされれば、ホラだと思ってシニカルな態度をとるかもしれん。それは神無月には心外なことだ。俺たちも何も言わないでおこう。とにかく、神無月のトレーニングと、机のじゃまをしないように、あしたの下見は俺が連れていく」
 法子がおどけて、
「謝々(しぇしぇ)。手に余ったら、すぐ引き揚げてきてね。帰るまで離れに放っておくから」
「だいじょうぶだ。そのあとも俺の家に連れていってめしを食わせてやる。おふくろはたぶん聞き上手だ。オヤジは仕事柄あの手の男には慣れてる。妹はだれにも無関心だ。どうせ、次の日には追い出す」
 法子がコーヒーをいれた。貸していたレコードを山口が持ってきていたので、コーヒーを飲みながらステレオを聴くことにする。
「マーシー・ルーツてのは、それほどじゃなかった。ジェリ・サザーンは、歌い方は素人っぽいが、喉を張った哀しい歌い方をする。やっぱり、サビの効いてるのはミルドレッド・ベイリーだな。しかし、ちょっとさりげなさすぎる。ビリー・ホリデイは最高だな。恋を知らないあなた。十回は聴いた」
 レイディーズ・イン・サテンというLPをターンテーブルに載せる。
「二曲目だ」
 針を境目の溝に落とす。哀切なバイオリンと管楽器のオーケストレイションが部屋中にあふれる。ジャズの演奏とは思えない。そこへしゃがれた、苦悩のかたまりのようなダミ声が押し入ってきて、楽器の協和を毛布のようにくるみこむ。山口が、
「ジャズの精髄だな」
「すてき……」
 法子がため息をついた。山口はうなずき、
「この世で一人しか出せない声だ。うーん、すばらしい!」
 どこかで呼び声が聞こえたような気がして、ボリュームを絞った。
「こんちは!」
「チェ、いいとこなのに。またあとにするか」
 針を上げた。紀尾井が断りもなくノシノシ入ってきて、出っ歯を剥きながら十二帖の戸口に立った。学生カバンを提げ、折り目のない赤茶けた厚手のズボンに赤いジャンバーを着ている。
「約束どおり、きたで」
「よく道がわかったな」
「住所わかっとるで、簡単だったわ」
 山口が舌打ちする。
「だれが約束したんだ? おまえ、きょうは俺んちに泊めてやる。あしたの下見が終わったら帰れ。二月も俺んちから受験にいけ。三食もつけてやる。受験が終わったら帰れ。神無月はドラゴンズのキャンプだ。忙しさが尋常じゃないんだ。受験のときは合格電報を頼んどけよ。金がないらしいから、発表なんか見にこれないだろ」
 私は、
「あした一日だけ付き合うよ」
「やめとけ、リズムが狂う」
 山口が私の顔を覗きこんで言う。
「じゃ、そうしてもらう。来月も申しわけないけど、よろしく頼む」
「あなたね、旅館代が浮くわけだから、わがまま言っちゃだめよ。東京のホテルは高いんだから。来月も試験が終わったら、とっとと帰るのよ。受かんなきゃだめ。世話した甲斐がないでしょ」
「あ、はい」
 気圧されている。法子の美しさに圧倒されているのかもしれない。山口が、
「神無月、きょうは?」
「夕食の支度に福田さんがくるだけ。酔族館にいくから、断るよ」
 すぐに福田さんに電話をかけ、事情を話す。あしたはいつもどおり朝めしの支度にきてほしいと頼む。
「土曜日はどうします?」
「できれば朝からきてほしい。ジムにいって、それから御池という男たちと飲み会」
「わかりました。土曜日から一週間、休みなしで参ります」
 そう言って電話を切った。山口は紀尾井に、
「昼飯は食ってきたか」
「いや、まだ」
「台所の鮨を食え。一人前以上残ってる。ぜんぶ食え」
「はい」
 紀尾井はジャンバーを着たままの格好で、台所へいった。学生カバンを手離さなかった。
「なんだありゃ、ナメクジみたいな野郎だな。塩かけたらシュンだけど、どれくらいかけたらいいかわからん」
「ああいうのってしぶといのよ。いつまでも喰らいついてくるタイプ。どうしても塩をかけないと。ブ男ねえ。おそ松くんのイヤミを丸顔にして、眼鏡をかけさせた感じ。どう転がってもモテない。親切にしたらたいへんよ。離れなくなっちゃう」
「やっぱりな」
「とにかくこれから近づいてこないようにしなくちゃ。どんな撃退法があるかしら」
「チクチクやるしかないんじゃないか。趣味じゃないけど。ところで、酔族館、すごく繁盛してるんだって?」
「おかげさまで。少し年配のホステスさんをじっくり面接して増やしたの。三十歳から四十歳。店に貫禄が出るのよ。遅刻の多い若い子には辞めてもらった。若い子ばかりじゃだめ。軽い感じになってしまうから」
「ふうん、けっこう考えてるんだな」
「そうよ。お店を潰さないようにね」


         九十六

 紀尾井がのっそり戻ってきた。ごちそうさまでしたのひとこともない。山口が、
「音楽、聴くか?」
「はい。倍賞千恵子を。下町の太陽が好きだぎゃ」
「下町の太陽? 小学校唱歌か。そんなのないよ。ほかは」
「ほかには……あ、グリーンスリーブス」
「単純でセンチな曲が好きなんだな。イングランド民謡。作者不詳だ。シェークスピアのころにはすでに流布していた曲だが、味がない。ギターでもフルートでも映えない。神無月のライブラリーにはないよ。おまえのような耳には、この部屋のどんな曲を聞かせても名曲には聞こえないだろう。感傷的な雰囲気にあこがれて神無月に近づいたのなら、おかどちがいだよ。こいつはセンチじゃないからね。リリカルなんだ。センチとリリカルのちがいをほとんどの人間はわかっていない。感傷には才能がないが、抒情には太い才能の芯棒が徹っているということだな」
 紀尾井の眼鏡がキラリと光り、
「下町の太陽には才能がない、と……」
「ない。いいか、いまニール・セダカの悲しきクラウンをかけてやる。下町の太陽の一年前に作られた曲だ。二分半、がまんして聴け」
 山口はEP盤に針を落とした。すばらしい旋律とリズムと和音の世界が拡がった。法子も聴き入った。
「どうだ、これと下町の太陽のちがいがわかったか」
「ようわからんけど、やっぱり倍賞千恵子のほうがええわ」
「はあ? どっちが分厚くて、どっちが薄っぺらい?」
「悲しきなんとかのほうが、音が複雑だがや」
「ん? まあいいだろう。分厚いのが抒情で、薄っぺらいのが感傷だ。抒情をものすには天才が必要だ。神無月は生まれて初めて音楽を聴いたときからそれを見抜いた。天才は天才を理解するからな」
 紀尾井はしつこく、
「神無月くんは、下町の太陽をどう思う?」
 私はその曲を歯笛でひとしきり吹き、
「こういう単純さは、危うい感じがして、ドキドキする。落ち着かない。だから聴かないし、歌わない。軽蔑してるわけじゃない。精神衛生上悪いということだ」
 法子が、
「それよりあなた、訪ねていく相手がプロ野球選手だって知らなかったの」
「知らんかった」
「教室の前の席に座ってる神無月くん、東大にいった秀才の神無月くん、それしか知らないし、知ろうともしないわけね。たぶんあなた、野球なんか観ないんでしょう。だから日本一の野球選手が目の前にいても、何の感動もない」
「日本一……」
「あの西高の神無月が? と言いたいんでしょ。高校でも大学でも三冠王を獲って日本一になったのよ。知らなかったでしょう。歴代日本一の契約金で中日ドラゴンズに入団したこともね。来年、再来年には日本一の年俸になるわ。でも、そんなこと知っても神無月くんを何一つわかったことにならない。わかるなんて無理だから、せめて表面的なことだけでも知る努力はすべきでしょう。だいたいあなた、山口さんや私と自己紹介もし合ってないでしょう」
 紀尾井はとろりとした顔で、
「あ、紀尾井雄司です。名工大の一年やったけど、六月でやめたわ」
「それだけか。数学が死ぬほど好きだとか、将来はこういうことをしたいとか、そういうのはないの? 俺は山口勲。東大法学部一年……だった。このあいだ中退した。神無月とは青高時代の同級生。刎頚の友だ。天職はギター」
「私は山本法子。神無月くんの小学校以来の同級生。神無月くんは自分の命よりも大切な人。取り柄は水商売。あなた、大学以外の経歴、何か思いつかないの」
「……にゃあわ。その前は勉強しとっただけやし」
「まあ、それがふつうかもしれんな。探しても、みんなと同じことをやった事実以外何も出てこない。神無月にしても同じだ。教育体制に乗りながら、勉強して、野球して、大まかなところはそれだけだ。ただ、それを埋める間充質が異様きわまりないものだ。人間の厚みはそこに出る。今回をかぎりに、神無月には近づかないほうがいいぞ。神無月はその異様な間充質のおかげで、比類のない人間関係を築き上げた。もし神無月が自己紹介をするなら、真っ先にそれを言うべきだろうが、こいつはそれを異様と思っていないので言うはずがない。きょうはそういう不気味な神無月の一端が覗ける」
「出かけましょ」
 六時。四人で家を出る。紀尾井は黄昏の街並をキョロキョロ見ている。電車でもひとことも口を利かず、車内をめずらしそうに眺め回していた。山口が、
「おまえ、新聞もテレビもオフリミットか」
「はい」
「レコードは」
「機械持っとれせん。音楽はラジオで聴くわ」
「どうでもいい音楽をな」
 荻窪で降りて、糸杉を囲むバスターミナルを横切り、酔族館に入る。
「いらっしゃいませ! あら、ママ」
 上品な年かさのホステスたちがぽかんとする。
「きょうはお客さん連れて早出よ。ちょっと着替えてくるから、こちらお三人さんをお願い。ビールね」
「あの、俺、カルピス」
「カルピス? ……はい、承知しました」
 奥にいたホステスや黒服たちがいっせいに、
「おはようございます」
 と法子に挨拶する。
「きょうも、十一時で閉じます。せいぜい張り切ってください」
「はい!」
 すごい貫禄だ。紀尾井がきょとんとした目で見ている。チーフの古沢がやってきて、
「いらっしゃいませ、神無月さん、山口さん。一番客ですね。ありがとうございます。すぐに混んできますが、気になさらずごゆっくりなさってください。おい、××くん、おしぼり」
 チーフが去ると、手巻きの厚手のおしぼりが出てきた。山口が紀尾井に、
「法子さんはな、神無月のために働いてるんだ。天の与えた才能をすべて神無月に捧げてる。この店の利益は、将来神無月にまんいちのことがあった場合に使われるだろうな」
「まんいちって?」
「神無月はまんいちのかたまりなんだよ」
 ジャンバーを脱いだ紀尾井の腰のベルトが、縄から革に代わっているのにいち早く気づいた。風のように生きるのをやめたのか。
「ベルトは縄でじゅうぶんと言ってなかった?」
「すぐ切れてまうであかん」
 すぐには切れないだろう。高校内で変人を気取ることは報いが多かったとしても、大学ではちがったのだ。法子に耳打ちされたホステスが二人、お辞儀をしながら私たちの脇についた。ボーイが紀尾井にカルピスのグラスを持ってきた。私と山口には女の手でビールがつがれた。二人とも一息に飲み干した。紀尾井が恥ずかしそうに、表面を吸うような飲み方でズズッとカルピスをすすった。八坂荘でコーヒーをすすったときもこんなふうだった。
「私、サブママを勤めさせていただいているミドリと申します。どうぞよろしく」
 三十代前半。阿佐ヶ谷一番街のアシベで会った歌手志望の女と同じ名前だ。先回きたときはいなかった。この沿線からヘッドハンティングしたのかもしれない。責任者の立場上か、目つきに柔らかさがない。もう一人の二十代半ばの女はタエコと名乗った。これも先回いなかった。ミドリが、
「こちらのかたが、ママがいつも噂をしているプロ野球選手の神無月さんですね。法子ママのハートを射止めるなんて、どんなかたかと思ってました。思っていたとおり魅力いっぱいのかたですね。ママとはどんなご縁で?」
「小中学校の同級生です」
「まあ、そんなむかしから」
 とっくに知っている情報だろう。
「そちらが神無月さんの大親友の山口さんですね。初めまして。いい男」
「神無月の前で、いい男なんて言わないでよ。取って付けた感じになるから」
 ミドリは感心したふうに笑った。
「じゃ、取って付けます。いい男です」
 紀尾井のことは訊かない。タエコが紀尾井に、
「カルピスなんて、お固いんですね。やっぱり、学生さん?」
「はい」
 それ以上何も言わないので、私が、
「名古屋の大学をやめて、早稲田を再受験するみたい。こう見えて、ぼくと同い年」
「こう見えてはひどいがや。紀尾井と言います。神無月くんとは高校三年のときの同級生だがね」
「二つ、三つ、年上かと思ったわ」
 紀尾井は薄い頭を気にするように指先で掻いた。ジュークボックスが鳴りはじめた。ボビー・ヴィントンの『ハート』。
「傷心、か。たしか、原曲はティミ・ユーロが歌ってたんじゃなかったかな」
「ああ。昭和三十七年のヒット曲。神無月に唄ってほしい曲だ。おまえが唄うと思っただけでゾワッとなる」
「涙が頬を濡らすとき、は林だね」
「爆発的に唄うだろうな」
 ボーイが私たちのテーブルに、チーズやオードブルを運んでくる。ちらほら客が入ってきた。ホステスたちの動きがあわただしくなる。私たちのテーブルのホステスは去らない。法子が地味な着物姿でやってきて、紀尾井についていたタエコと交代した。わざとらしく丁寧な挨拶をする。
「いらっしゃいませ。紀尾井さんは、こういう店は初めてですか」
「はい。大きいなあ」
「ソファテーブルが最近増えて、十六卓、カウンターは円卓になってて、中にバーテンさんが二人入ってます。女の子は十五人。満席のときは私を入れても手がぎりぎりです」
 ミドリが、ボーイにグラスを二つ要求し、目の前でビールをつぐと、一つを紀尾井に持たせて自分のコップと打ち合わせ、乾杯、と言った。
「乾杯……」
 紀尾井は少し口をつけてから、半分ほど思い切って飲んだ。ミドリはパチパチと手を叩き、
「いけるじゃないの、紀尾井さん、さ、もう少し」
 彼のグラスにビールをつぎ足した。法子が笑って見ている。
「じゃ、私、ほかのお客さんの様子を見てきますから、ミドリちゃんここよろしくね」
 と言って去っていった。
「ほんとに神無月さんて、ギラギラ光ってるみたいな美男子ですね。ママも一級品だけど、神無月さんは特級品」
 紀尾井は私の顔を見て、
「神無月くんは格好ええでな」
「見映えはもちろんですけど、もっと光ってるのは内面だと思いますよ。神無月さんとは長いんですか?」
「高校出てから会っとらんかった」
「でも受験の便宜を図ってもらえるほど親しかったんでしょう?」
 法子から事情を聞いているようだ。
「俺が頼みこんだんだがや」
「親しくもないのに?」
「頼みやすそうだったで」
「何でも受け入れてくれそうですものね。山口さんもそう。甘える人の種類をまちがえちゃだめですよ。だれに甘えるか、おうちのかたにも報告してないでしょう。だから神無月さんも山口さんも、だれからも感謝されないことになりますね。きっとホテル代は親からもらってきたんでしょうけど、こういう、人を軽んじるような行動はそうそううまくいきませんよ。もっと、人間として内側を磨かなくちゃ」
「俺、そんなに内面が軽そうに見えますか」
「今回の行動を見ればね。少なくとも人に対する気遣いはしなさそうだし、独りで行動する冒険心みたいなものもあまりなさそう。ごめんなさいね。お酒も初めてみたいだし、もちろん女も知らないでしょう?」
 紀尾井はうつむいた。
「さ、もう一杯」
 女はビール瓶を向けて、紀尾井に残ったビールを飲み干すよう促した。私と山口は爪楊枝を立てたチーズを噛んだ。そろそろ店内が立てこんできた。山口が、
「焼きそばか、焼きうどんある?」
「できます。三人分ずつお持ちします。××くん」
 ボーイが飛んできて膝を突いた。
「焼きそば三人前、焼きうどん三人前」
「はい、ただいま」
 早足で去る。


         九十七

 ミドリが、
「名古屋の大学は、なぜやめたんですか」
「レポートを疑われたんだが。ほんとにきみが書いたのって。アホやが。いろんな文献読めば、そんなことどこにも書いとらん、俺のオリジナルだとわかるのに」
 ミドリは自分の煙草に火を点けながら、
「そっかあ、それじゃいやになるわね。プライドが許さないものね。でも、どうなんだろう、そんなことにめげずに勉強つづけてたら、いずれはほかのアホでない学者さんにもわかってもらえて、大学者になれたんじゃないかしら。私は高校しかいってないから、よくわからないけど」
「学者って、自分よりすぐれた者に嫉妬するんだが」
「じゃ、今度の大学も同じでしょ。結局、やめることになるんじゃないんですか」
 紀尾井は眼鏡を指で押し上げ、
「こういう店の人って、口が悪いんやなあ。今度の大学もって言ったって、入ってみんとわからんが。早稲田はええ大学やし」
 口臭がひどいぞ。よくミドリもがまんしているものだ。顔を逸らしもしないで、じっと聴き入る。じつにみごとな態度だ。これが法子の言う、見立ての効いた人選というものかもしれない。
「ほんとにやりたいことがあれば、学歴とか、学校の良し悪しは関係ないわ。法子ママは自分でいつも、私は中学しか出てないって言ってるけど、この商売に思い切り才能を発揮して、弱冠十九歳で一国一城の主よ。この店でもいちばん堂々としてるでしょう」
「女は男とちがう。きれいなら、どうとでもなるがや」
「ま、ひどい言い方。ママの身持ちの固さは有名なのよ。それでますます、お客さんの信頼が厚くなるわけ」
 タイミングを計ったように新しいホステスを連れて法子がやってきた。その二十歳前に見える女は私の隣に座ると、ポーッと横顔を眺めた。
「だめよ、ミハルちゃん、私のいい人にポーッとなったら。お仕事ちゃんとしてね。みなさんにビールをついで」
 ミハルは三人のコップにビールをついだ。紀尾井はじっとそのコップを見つめている。ミハルが尋いた。
「神無月さん、ローリング・ストーンズ、好きですか」
「さあ、聴いたことがないけど。ビートルズを含めて、グループサウンズ的なロックはあまり聴かないんだ。例外はビーチボーイズぐらいかな。バックを控えさせた静かなロックなら、リッキー・ネルソン」
「今度聴いてみてください。きっと気に入ると思います」
 これか、若い女は雰囲気を軽くするというのは。この女でも、法子と同い年くらいなんじゃないか。
「ミハルちゃん、好きなものの押しつけはよくないわよ。神無月さんは、あなたみたいにスピーカーに耳をぴったりくっつけて大きな音を楽しむなんて酔狂なことはしないの。あら、あなたのファンがきてるわよ。××さんのテーブルについて」
「はい」
 山口が紀尾井に、
「な、だれも、ひとことも、神無月の野球のことをしゃべらないだろ。みんなちゃんと知ってるんだぜ。六大学のスター選手だったってことをな。ラビエンの部長は最敬礼するが、ここのチーフは抑えてる。もう中日ドラゴンズに属したからには、社会人とやらの冠詞がついてしまった。余計なことを言ったりやったりしたら、あ、ドラゴンズの神無月だってんで、大騒ぎされて、収拾がつかなくなっちまうからだよ。同じ〈時の人〉でも扱いを変えなきゃいけない。まんいちアンチ神無月野郎がいて喧嘩でもふっかけられた日には、たちまち新聞種だ。……そこにヤクザでも絡んでみろ……選手生命はオジャンだ。それで法子さんが緘口令を敷いてるわけだ。そうだよね、法子さん」
 法子は愉快そうに笑い、
「緘口令というほどオーバーなものじゃないんですけど、神無月くんがきたら、最初のころみたいに身分が悟られるような応対はしないようにってお願いしてます。ほかのお客さんに失礼だし、神無月くんもノンビリくつろげなくなるでしょう」
 紀尾井が、
「ヤクザが絡むって、どう絡むわけ?」
「そりゃ、あれだ、もし神無月ファンのヤクザがいて、そのアンチ野郎にお仕置きでもしたら―」
 法子がクククと笑い、
「そういうこともあり得ますよね。あら、新しいお客さんが。ちょっと失礼します」
 紀尾井がもじもじしながらミドリに、
「あの……女を知らないと、だめですか」
「だめとか、いいとかじゃなく、人間として自然じゃないわね。少なくとも、興味ぐらいは持たなくちゃ、どこかに欠陥があるということになるわよ」
「興味はあります」
 思わず強く吐き出した息の臭気に、さすがのミドリもツイと顔を逸らした。
「私とミドリさんは、ほかのテーブルを回ってきます。ゆっくり三人で飲んでてください」
 焼きそばと焼きうどんが出てきた。紀尾井はさっそく二皿引き寄せると、小皿にも盛り分けず、箸を割ってすすった。山口が、
「早稲田の教育は、理系を受けるのか」
「地学科。鉱物を研究したなって」
「窯業じゃなかったのか」
「焼き物言うても、結局弟子入りせんと大きな窯(かま)は使えんし、その弟子入りが面倒やわ。えらそうな陶芸家ばっかおって、たいてい門前払いや」
 紀尾井は黙々と箸を動かした。山口は、
「忍耐心のない男だな。ほんとうに焼き物をやりたいなら、お百度参りをしてでも、ちゃんと弟子入りして、自分の窯を立ち上げるくらいの覇気がないとだめだろ。鉱物って、何をやりたいんだ」
「山歩きしながらハンマーで岩を叩いて回る、あの孤独な感じがええ。鏃(やじり)みたいな旧石器を発見できるかもわからんし」
「格好ばかりだな。旧石器の存在は相沢忠洋によって証明された。いまさら旧石器なんか発見してもしょうがない」
 そう言ったきり山口は黙り、紀尾井の箸のついていない部分を掬って焼きうどんを小皿に盛った。ゆっくり平らげ、同じように焼きそばにかかった。
「お、法子さんが戻ってきた」
「ごめんなさい。そろそろ満員で、てんてこ舞い」
「退屈してたんですよ。ちょっと小便にいってくる」
 山口が席を離れた隙に、法子は紀尾井に、
「女に興味があるんですって? ミドリちゃんに聞いたわ。女はおいそれと相手にしてくれないわよ。この先何年かかるか知れない。馬場のトルコにでもいって、早く経験してしまいなさい」
「トルコって?」
「大学いったら、友だちに聞けば」
 山口が戻ってきた。
「神無月、帰るか。俺たちに店の女の子を使うのはもったいない」
「そうだね、帰ろう」
 法子が、
「じゃ、紀尾井さん、山口さんと家に帰って、おとなしくご厄介になりなさい。神無月くんは、お風呂で一日の垢を落として、テレビでも観ながら寝ればいいわ。山口さん、きょうはご苦労さま。あしたもたいへんでしょうけど、こちらさんに付き合ってあげてね。じゃみなさん、お気をつけてお帰りください」
「やっぱり、俺、きょうは神無月くんの家に泊まるわ。初対面は気詰まりやし、山口くんには受験のときにあらためてお願いするわ。下見は、あした一人でいく。そのまま名古屋に帰る。人に甘えとれんでな」
 バカか、と山口が呟いた。
 三人立ち上がって戸口に向かうと、ありがとうございました、という声が店内のあちこちから上がった。紀尾井は、金を払わずにレジを通過する私と山口の背中にこわごわ従った。法子とミドリと古沢が玄関ドアに見送り、私たちの背中に最敬礼した。
 まだ七時半を回ったばかりだ。店にいたのは一時間余り。
「千夏さん、いたか?」
「奥のボックスにな。ときどきこっちを見てた。紀尾井くん、神無月の不気味さの一端を見たろ?」
「不気味って……」
「神無月がいるかいないか、意識しなかったろう?」
「そういや、気にならんかった」
「それでいて、店全体が神無月中心に回っているのもわかったろう」
「…………」
「こりゃ、だめだ」
「神無月くんはおとなしいから」
「浅い観察眼だ。神無月は自分のことはほとんどしゃべらないということだ。自分のことをしゃべりだしたら、なかなかついていけないし、不思議なことばかりなんで、たいていのやつは信じないか、論理的についていくのをあきらめて、それ以上神無月の言うことを聞かない。だから、しゃべってもしゃべらなくても、神無月の〈存在〉は消える。しかしそういう物理的な問題じゃない。どんなときも神無月の〈存在感〉は消えないんだ。たとえば押しが強くてゲテモノくさいあんたの物理的存在は強烈だが、存在感は希薄だ。これは先天的なものだから自分じゃ操作できない。まあ、きょうはのんびり御殿山の風呂にでも入って寝ればいい。神無月はあんたにとって〈いない〉ような存在だから、のんびりできるだろう。あんたが訪ねてきた理由もそれだよ。プロ野球選手どころか、ふつうの野球選手だったことも知らないわけだからな。ホラじゃないかと言ったって? 神無月を何一つ知らないわけだ。しかし、半日、一日、神無月といっしょにいれば、何一つ知らなくてもその存在感に圧倒されるようになる。名古屋に戻ってからも同じだ。関心が湧いてくれば湧いてくるほど劣等感を刺激されて、近づきたくなくなるはずだ」
 荻窪駅のホームに立った。冷たい風が吹いている。電車がきた。すぐに西荻だ。
「じゃな神無月、十一日、グリーンハウスで林と待ってる。紀尾井くん、神無月の存在感はあんたには謎かもしれないが、人生の課題として残る。残らないとしたら、それはあんたが内蔵している平和な人格のせいだから仕方がない。平和は記憶の敵だ。過去が夢の中のできごとと同じになる。明確な記憶が薄れる。ものごとをしっり憶えていられないんだよ。神無月の心は平和じゃないので、いろいろな場面でいつも何かが過去を呼び戻し、目の中にとつぜん過去がときを超えて蘇る。過去の存在をたしかに感じる。チャンスがあったらそういうときの神無月の極限を見せてもらうしかないな。つまり推し量れない人間性と才能というやつだ。だれもが達成できる極限じゃない。俺は神無月の詩の一行一行が、白い紙の雪野原に凛と立つ樹木に見えたことがある。ホームランの白線が遠く冷たく光る青い虹に見えたことがある。神無月が歌を唄う頭上へ閃光が放射されるのを見たこともある。こういうことは課題になりようがないから、見てしまうと劣等感として残るかもしれない。それがいやなら拒否しつづけるほうがいいぞ」
 紀尾井は何をどう言い出せばいいのかわからないようだった。山口は手を振りながら西荻窪のホームに降りていった。
「受験の下見だけのつもりが、ひょんなことになってしまったね」
「うん。……アレってどういう感じ?」
「ん? セックスか」
 いまの彼の関心はそれ一つだ。救いがたい。
「うん」
「セックスというのは、驚くほど恥も外聞も振り捨てたものだ。人間の飾りを削ぎ落としたものだ」
「そういう感想は、してから考えるわ」
「性欲はあるのか」
「……ある。でも女とどうやったらいいのか、わからん」
「勃ったものを女の穴に入れるだけだ。入れた感覚は教えるわけにいかない。自分で感じるしかない」
 紀尾井は、何も具体的なイメージが浮かんでこないと言う表情をした。経験したことがないのであたりまえだ。
「射精したことはあるだろ」
「夢精はあるで。パンツ洗うのたいへんやった」
「オナニーは?」
「…………」
 その顔で何をテレているのだ。早くこの男の口臭から解放されたい。家に帰り着き、風呂を立てる。
「いっしょに入るか」
 と尋くと、いやだと言う。家の中に親しくない他人がいると、ほとほと疲れる。早く追い出したい。きょうかぎり、ぜったいこの家に足を向けないようにしてやりたい。
「じゃ、テレビでも観てて」
 テレビとガスストーブを点けてやる。


         九十八

 風呂に浸かりながら頭を洗う。毎日毎日、かならず脂っぽくなる。慎太郎刈りにしても変わらない。風呂から上がると、紀尾井はテレビを観ずに、陶磁器の本らしきものをペラペラやっていた。
「湯は抜いた。適当にシャワーでも浴びろよ」
「ああ。寝る前に浴びる」
 この家族面したふてぶてしさは何だろう。
「下着はあるのか」
「ある」
 やはりホテルに泊まるつもりで出てきたのだ。私のところにきたのはホテル代を浮かせるためだ。
 離れに引っこむ。原稿用紙に向かう気はしないので、書棚に適当に手を伸ばして、松本清張の『遭難』を読み返す。ストーリー展開の鮮やかさに釣られて、今回も一気に読み切った。清張の最高傑作かもしれない。ただ、サスペンスのできは上々だけれど、読後感が淡いのが気になる。司馬遼太郎のほうが行の重なりが濃い感じはするが、あれは知識ぱかりが目について、カタルシスを起こさない。清張の歴史物も同じだ。この手の本では、やっぱり山本周五郎が白眉だろう。足先が冷たくなっている。十一時を過ぎた。
 ―山崎さんのパーカー、土橋校長のモンブラン!
 とつぜん思い出した。机の抽斗にはない。どこか段ボール箱の底にでも潜んでいるのだろう。原稿は鉛筆で書くので、いまのいままで思い出さなかった。いつか見つけてインクを入れてやらなければいけない。
 暖を求めて居間にいくと、紀尾井の姿はない。イレブンPMをやっている。朝丘雪路の品のある妖艶な顔が好きなので、しばらく眺めた。
「シャワー、使わせてもらったわ」
 紀尾井が薄い髪をバスタオルで拭きながら入ってきた。
「……西高で、ぼくと吉永先生のこと、噂にならなかった?」
「そんなのぜんぜん知らん。新聞に載ること以外は、だれも、なんも知らんのがふつうやないか」
 新聞に載ること? 私のプロ入りのことは知っていたと確信した。嘘を何とも思わない悪質な男だ。
「新聞に載るのはトピックだものね。ほとんどの人生は、トピックじゃない」
「横地が死んだのは、新聞に載ったで」
「え、横地が死んだのか!」
「ちっちゃく載ったで。自殺。トピックやな」
「自殺……トピック……。よくそんな無神経な言葉が吐けるな。親友だったんだろう」
「まあな。ようつるんどったわ」
 無性に腹が立ってきた。
「いつだ、どんな死に方をしたんだ。新聞に載ったということは―」
「八月やったかな。女に捨てられて、車ごと崖から飛び降りた。電電公社の女やったらしいわ」
 横地、麻雀、美少年、横地、麻雀、美少年。考えたらそれしか記憶の底から出てこない。しかし、どこか親しみがあった。彼の友人だった床屋の杉浦は? 彼に引っ掻き出された長い耳クソ以外は何も憶えていない。耳クソを大事にしまったビニール袋はどこかへいってしまった。鈴木トオルは? 住田なにがしは? どんな顔をしていたっけ。
「……トピックじゃない。交通事故というジャンルにまとめられたんだ。新聞は彼の人生をトピックとして採り上げたわけじゃない。きみは親友が死んでショックじゃなかったのか」
「しょうがないわ、死んだ者は。信也も死んだで」
 担任の信也?
「まさか! 卒業してまだ一年も経ってないよ」
「最近、喘息の発作でな」
 鼻詰まりで塩辛声のフォークソング男が死んだ。夏にでも遊びにきてくれと言った男が死んだ。やさしい男だった。彼の部屋に誘われて、『花はどこへ行った』を唄えと言われたが、唄わなかった。白黒テレビにゲゲゲの鬼太郎が映っていた。鼻詰まり声は蓄膿症ではなく、喘息だったのだ。文化祭、田島、原、金原―。
「ただいまァ!」
 玄関戸が開いて、法子の晴れやかな声がした。一時だった。
「え? 法子、きてくれたの!」
「困ってると思って」
 玄関に出迎える。黒い冬物のワンピースに着替えている。暗色の似合ういい女だ。
「シャワー、シャワー。忙しくて、汗びっしょりかいちゃった」
 居間を覗くと、大卓に向かう紀尾井の緊張した後頭部が見えた。いま会話をし終えたばかりなのに、勉強している。
「勉強してるのか!」
「しとらんが」
 たしかに何もしていない。こちらを振り向くことができないのだ。法子に小声で言う。
「女の声がしただけであがってしまったようだ」
 法子は大らかに笑いながら、浴室へいった。私は居間に紀尾井の蒲団を敷いてやった。
 やがて法子は胸にバスタオルを巻いて居間にやってきた。紀尾井は首を引いて、こぼれ落ちそうに目を見開き、歯を剥き出した。呼吸が止まっている。やがて長く吐き出した。部屋中の空気が彼の呼気で穢れるようだ。
「神無月くん、俺、気持ち悪なったで、寝るわ。あした、起こしにこんでええよ。勝手に大学の下見して帰るで」
 法子はニヤリと笑って、
「神無月くんも、早く離れで寝なさい」
「うん」
 私は法子にキスをして離れへいき、奇妙な達成感を覚えながら安らかな眠りに落ちた。
         † 
 目を覚ますと、遠くから風呂を立てている音がした。紀尾井が湯でも埋めているのだろうと思い、私は下着一枚でキッチンにいってコーヒーをいれた。冷える。私のジャージを着て腕まくりした法子がやってきて、
「お風呂洗ってお湯を埋めといたわ。思ったとおりだったわね。まだしつこくいるんじゃないかと思ってきてみたら、影も形もないわ。バスタオル一枚の演出、さすがだったでしょう」
「うん。あんなことで童貞って、いたたまれなくなるんだね」
「痩せた女だったら迫力不足だけど、私グラマーだから、圧倒されちゃうのね。女と寝るためには、あんなからだを征服しなくちゃいけないのかって、脅えちゃうわけ。肝っ玉の小さい男よ。ちょっとした思いつきだったけど、やっぱり成功したわ。山口さんに電話しといた。本人が消えちゃったって。お腹を抱えて笑ってた」
「もうこないよ。ああいうやつだから大学は受けるだろうけど、合否は知らせてこないだろう」
「置手紙があったわよ。女というものに幻滅したって」
「男にも幻滅してもらわないと困るんだがなあ。女にどんな幻を抱いてたのかな。ウンコもオシッコもしないマネキン? つまらない」
 法子がもぞもぞしている。
「あの出っ歯さんは、不感症のマネキンと付き合えば、女というものに幻を持ちつづけられるわ。気の毒に。とにかくあの口臭を治さないと何も始まらないわね」
「歯は頑丈そうだから歯槽膿漏じゃない。あれは唾液のにおいだと思う。口をしっかり閉じられないから、唾が発酵しちゃうんだね。女の幻より、そっちのほうが気の毒だ。学者になるしかないのに、学者には反抗するし」
「ねえ、もう私、だめ。グッショリになっちゃった。ここで抱いて」
 法子はジャージとパンティを脱いで、私を椅子に座らせると、私のパンツを引き下ろして舐めた。
「大きく、大きく、大きくなーれ」
         †
「もう、歩けないくらいよ。きょうのお仕事、たいへん」
「すばらしいアシスタントばかりだから、店の隅で休んでればいいよ」
「ママはね、いちばん働かなくちゃシメシがつかないの」
「えらいね。法子の出世は天井知らずだろうな」
「神無月くんが生きてるあいだは、お婆ちゃんになっても働きつづけます」
 私はただうなずく。
 法子が風呂の湯を止め、炊飯釜にスイッチを入れて帰ったあと、離れの机に向かう。あとがきも物語に繰り込む形を考えてみる。こんなに難しい作業を、野球をやりながら継続できるだろうか。しかし山口と約束したのだ。十月には完成させて群像に送らなければならない。
 ふとアイデアが湧いて、詐欺天使という題名でメルヘンを書きはじめる。自殺決行直後の青年、黄泉路(よみじ)の夢が生み出した盲目の女、二人の愛にあふれた掛け合い。アイデアを書きつけ、思いつくまま原稿用紙に導入部を走り書きする。

  朝つらいのは、死から甦るからだ。会津純一は、眼ヤニで粘るまぶたを無理やり開けると、起き直って腹ばいになり、喉を絞りながら枕もとのティシュに痰を吐いた。背中が重くしこっている。指の股が黴でも生えているみたいに湿っぽい。からだ全体すっぽり垢で覆われたような気分だ。ベランダに雨音がする。灰味がかった大気が窓を押してくる。会津はからだの重さに舌打ちをくれるばかりで、窓の外をぼんやり見つめたまま雨の音に聴き耳を立てている。

 一枚書いて、抽斗にしまう。いつか書き継ごう。五年後、十年後。その前に牛巻坂だ。
 きょうは一月八日水曜日か。東京に出てきて何十回目の水曜日だろう。
 渡り廊下から便所へいき、排便しながら考えにふける。会津純一という名前は、横山よしのりにしてしまおう。少し滑稽味が出る。
 湯殿に入る。尻にシャワーを当て、湯船にゆっくり浸る。牛巻坂をどこまで書いたか忘れている。風呂から上がったら、一枚でもやっておこう。五百野は完成に近い。石鹸でしっかり顔を洗う。これをやると鼻の頭がしばらく赤い。めったにやらない。でもさっぱりする。栓を抜き、浴槽を洗う。洗い終えた下着を洗濯機から取り出して、籠に放りこんでおく。あした福田さんが干すだろう。
 長袖のシャツ、パンツ、その上にパジャマを着る。この家に越したころ、カズちゃんが柄をちがえて三組持ってきたやつの一つだ。百八十二センチ、八十三キロ。身長体重は定まったようだ。体重がこれ以上増えても、飛距離はもう伸びないだろう。ぎりぎりのホームランは打ちたくない。かならず中段以上。そのためには、毎日きちんとものを食べなければいけない。
         † 
 深夜十二時半、ガスストーブで暖まった離れに法子がやってきた。
「きょうもきちゃった。もうすぐお別れかと思うとたまらなくなって」
 紙袋を二つ提げている。五百野の書き継ぎを途中にして、上着の上から彼女を抱きしめる。
「早く店じまいしてきちゃったの。はい、黒のロングオーバー。いい生地よ」
 紙袋から取り出したオーバーをパジャマの上から着てみる。ゆったりとして、いい着心地だ。
「ありがとう。手触りもいい。ブレザーの上からだと、ピシッと決まるね」
「神無月くんは何を着ても、ピシッ、よ」
「風呂は午前のうちに抜いちゃったから、入れ直して入って」
「はい。その前に、お腹すいたァ。ごはん残ってる?」
 法子は襟に毛が立ったオーバーを万年布団の上に脱ぎ捨てた。下は厚地のピンクのドレスだった。じつによく似合っている。
「あ、炊きっぱなしだ。めし食うの忘れてた」
 ランニングも三種の神器も忘れていた。
「あしたの朝、福田さんがくるよ」
「何時?」
「仕事は八時から頼んでるんだけど、いつも七時半ぐらいにくる。会ったことないだろう。顔見てったら? いい人だよ」
「そうする。チャーハンにしようっと。神無月くんも食べるでしょ」
「食べる」
 腹がへってきた。二人でキッチンにいく。ガスストーブを点ける。どの部屋のガスストーブもすべてトシさんのプレゼントだ。水曜日だったのにトシさんのことを忘れていた。
「どうせあした福田さんがくるなら、野菜と肉はぜんぶ炒めちゃおうっと。このヨーグルトと塩辛は捨てるわね。これ何のお菓子? ケーキ類は二、三日まで。ジャガイモが萎びてる」
「年末からきのうまでほとんど福田さんを断ってたから、食べ損なっちゃったんだね」
 福田さんがいないとこの家は機能しない。私にできるのはせいぜい風呂掃除ぐらいだ。
「とにかく期限切れはぜんぶ捨てるわよ。食材はたっぷり買ってきたから、あとで詰めとく」
 もう一つの紙袋は食材だったのだ。俎板を丁寧に洗って、にんじん、しいたけ、キャベツ、レタス、豚肉をきざみ、玉子を二つ味噌汁椀に溶くと、慣れた手つきでめしを炒めはじめる。
「レタスって、意外といい歯ごたえなのよ」
 だれかに聞いたことがある。いいにおいが立ち昇る。ますます腹がへってきた。
「お味噌汁は勘弁ね。とにかく食べましょう」
 洋皿に二人前、大盛りのチャーハンができ上がる。ひとさじ掬って口に入れる。
「うまい!」
「ほんと、おいしい。私、名人かしら」
 ウフ、と笑う。チャーハン名人のユリさんを思い出す。
「法子のおかあさんたち、もう一年、さびしい思いするだろなあ」
「しょっちゅう電話してるからだいじょうぶ。出っ歯さん、私のバスタオル姿がトラウマになるかもね」
「うん、幻滅したなんて置手紙をしたくらいだから」
「有意義な〈教育〉をしてあげたのよ」


         九十九

 一月九日木曜日。目覚めると、笑い雑じりの話し声がする。
「お店でアイデアがとつぜん浮かんでね。ちょっとはしたないかなって思ったんだけど」
「思い切ったことしましたね。でもそんな図々しい人、いいきみでしたよ」
「私、もう一年こっちにいるから、できるかぎり遊びにくるわ」
「いいえ、ぜんぜん心配いりません。山本さんはたいへんお忙しい身です。ここはほとんど山口さんが使うでしょうし、私は菊田さんといつも仲良くしてますから、さびしくないんですよ」
 私はキッチンへいき、
「二人、初対面だよね」
「そうよ。福田さん、私のおかあさんと顔が似てるの。そう思わない?」
 私は雅子を正面から見つめた。
「そうかなあ……」
「福田さんは私のおかあさんとほとんど年が同じなのに、おかあさんより十歳も若く見えるのよ。十年くらい前のおかあさんにそっくり。びっくりしちゃった。造りが似てるのね。それで他人のような気がしなくて」
「そうかあ。まるで知り合いみたいに話をしてたから、よほど気が合うんだなって思った」
「さあ、朝ごはんいっしょに食べましょう」
「みんな心が自立した人でよかった。神無月くんは何も心配しないで野球をしてね」
「うん。来週は、たぶんいろいろ女たちが名残を惜しみにくる。こないかもしれないけど。法子ともきょうまでだね」
「ええ……もうじゅうぶん名残を惜しみました。きょうからあらためて仕事に打ちこみます。……今夜、時間を作ってちょっと逢いにくるかも」
 美しい笑顔をする。宮中の正門で待っていたニキビ顔をまた思い出す。三人いっしょに朝食をとる。小アジの開き、目玉焼き、海苔、白菜の浅漬け、麩の味噌汁。法子が、
「三人のお子さんたちには、こういう状況を話したんたんですか?」
「いいえ。無理に話す必要はありません。神無月さんは社会的に地位のある人だから、どんな事情でも騒ぎ立てたりして迷惑をかけないように、まんいち家族関係がもとで面倒なことが起きたときは、私を養子に採るとまで菊田さんはおっしゃってます。とにかく波風を立てないことです」
 福田さんはいち早く朝食をすませ、風呂場の籠を持って庭に出た。ステンレスの竿を見上げながら、洗い物の皺を伸ばして洗濯ばさみを使っている。
「ランニングにいってくる。帰ってきたらシャワー浴びて、少し机に向かう」
「はい、いってらっしゃい」
「私、午後までゆっくりしてく」
 この東京の空も、この林も、この家並もあと二週間、と思いながら走る。パスをかざして公園に走りこみ、一周するたびに腕立て腹筋背筋を二十回ずつ。五周して帰る。二人が相変わらずキッチンで談笑している。庭で素振り百八十本。シャワー。
 離れの机に向かう。福田さんがポットに入れた深煎りコーヒーを持ってくる。
「夕方にきて、洗濯物を取りこみます。法子さんは五時ごろにお店に出るそうです」
「そう。じゃ、夕食のときね」
「失礼します」
 ちょうどそのとき、玄関に紀尾井の声が聞こえた。三人で玄関に出る。
「帰らなかったのか!」
「きのう、早稲田見てから、馬場の旅館に泊まって……つまらんこと書置きしてまったて思ってもういっぺんきた。神無月くんの真剣な顔思い出してよ。山口くんの言った存在感ゆうやつや」
「旅館に泊まる金があったのか」
 それには応えず、
「ええ大学やった。やっぱり受けることにしたわ」
「まだ十時前か。じゃ、きょうは、古きよき東京を見物するか。法子、雅子、浅草いこう」
「私は、遠慮します。掃除洗濯がありますので」
「私は付き合ってあげる」
 美しい法子に式台から見下ろされて、紀尾井は緊張した笑いを浮かべている。
「浅草は一度睦子と千佳子と雨の日にいったけど、仲見世通りの店の種類も、古きも新しきも、とんとわからなかった」
「きょうの四時過ぎの切符買ったで、浅草からそのまま帰るわ」
 足もとを見ると、ズック靴だ。赤いジャンバーに赤茶けたズボンがみすぼらしい。西高では学生服を着ていたはずなのに、なぜかもともとこの印象だった。
 吉祥寺駅まで歩き、三人井之頭線で渋谷に出る。紀尾井は車中でもチラチラ法子を見ていた。
「……横地と信也が死んだことをどう思う」
「別に。もう生きとらんし」
「きみはだれの死にも心が動かないんだな」
「関係あらせんも。自分が生きるので、精いっぱいや」
「きみは精いっぱい生きてるのか」
「あたりまえや」
 法子が軽蔑したふうの笑みを浮かべた。渋谷から銀座線で浅草へ出る。始発から終点までなので、遠く感じた。
「しょっちゅう灯りが点いたり消えたりして、この電車オンボロなのかしら。停まる駅の名前は、いちいちしゃれてるのに」
 などと法子が真顔で言う。その顔を紀尾井がまたじっと見ている。
「女の裸というものを見て、びっくりしたか」
 紀尾井はあわてて、
「タオル巻いとったで、裸でないやろ」
「想像力があれば、タオルを取り払える。男と女は想像力で抱き合うんだ。そんなんじゃ女にもてるはずがない。もてない男の人生は永遠の闇だ」
 えらそうに言ってやる。こういう男はえらそうな態度と言葉に弱い。バンと背中を叩く。紀尾井の目玉が眼鏡からこぼれ落ちそうになる。
「女に関しては知識だけでもつけなきゃね。想像力で裸体を見るのが第一段階だ。まず第一段階をクリアしろ。あとは経験を積んでがんばれ。ま、とにかくきょうは浅草を楽しもう。ぼくはあんまり繁華な場所を好まないんだけど、これから東京で生きていくきみのためだ。付き合ってやる。そのうち、新宿や池袋を歩いてみればいい」
 浅草駅で降り、四、五百メートル歩いて雷門に到着する。大提灯がぶら下がったあたりで、写真を撮り合っている連中が何組もいる。外人もいる。雷門と大書された提灯が派手すぎて、左右の風神雷神像がまったく目を引かない。門前の左手に、有名な雷おこしの店がある。
 提灯をくぐると、縁日の露店のような、安普請で華美な商店がつづいている。いずれどの店も老舗なのだろうが、覗いてみたい気分にならない。通り全体が赤色を基調にしていて、どこか胡散くさい感じがする。人、人、人―。先回きたときは雨だったこともあって、こんなに人はいなかった。
 法子はときどき立ち止まり、店晒しの小物類を眺めている。手には取らない。これほど食指を動かす気にならない商店街もめずらしい。
「何を、どう見ればいいのかわからないわ。早く端っこまでいきましょ」
 辻ごとに仲見世という標示が掲げられている。標示のある店だけが、降(くだ)り棟の端を唐草瓦で葺いてある。
 露店が途切れ、寺の姿が見えてきた。厳かさに欠ける寺だ。鳩がばたばた乱れ飛んでいる。小舟町という大提灯をくぐると、釜のような器に屈みこんで、大勢の人が煙を手で掬っている。これは先回目にしなかった。やはり雨だったからだろう。境内でソフトクリームを買って、三人で舐めた。境内にまで売店があるのだ。
 左手に曲がり、寺社のある緑地帯を抜けて浅草公園に入る。正面に姿のいい五重塔が見える。露伴の五重塔の十兵衛と源太を思い起こす。芸術家と後援者。あの作品に書かれているのは実在の五重塔ではない。引き返す。
「お土産買って、てんぷら食べて帰りましょ」
 また天ぷらか。雷門の角店で雷おこしを買い、葵丸進という店で天丼を食った。
「雑な天麩羅ね。焦げてるわ。タレもほとんどかかってない」
 これも私が尾張屋で洩らしたのと同じ感想だ。
「ここって、有名な店よね。ありがたがる人が多いから、仕事が杜撰になるのね」
「尾張屋という店も有名だけど、やっぱりこんなふうだったよ。うまかった」
 食ってみると、ほんとに焦げ臭い。
「まずいわ。もう食べたくない。これも期待外れかもしれないけど、藪そばを食べて帰りましょ」
 紀尾井はいつのまにか天丼を平らげている。
「けっこううまかったがや。贅沢言ったらあかんわ」
 法子はすでにレジにいて、金を払っている。女が金を払う姿に紀尾井は興味深そうな視線を当てている。
「神無月くんは払わんのか」
「女といるときは、百パーセント払わない。男といるときは、親友以外はぜんぶ払う。親友はぼくに払わせない」
 並木という蕎麦屋に入る。燗酒を一本注文する。水っぽい酒だ。炙って食えという板海苔が出てきた。法子に焼いてもらう。ふつうの味だ。もりそばを食う。
「わ、しょっぱい。もう、腹が立つ。帰りましょう」
 ここでも紀尾井は出された分をすっかり胃袋に収めた。
「あなた、舌があるの?」
「食い物に贅沢言ったらあかんが」
「知ったようなことを……。あなたは食べ物だけじゃなく、どんなものにも正直な不満を言わないでしょ。だから精神もいいかげんになるのよ」
「さ、帰ろう。もう当分会えないだろうけど、がんばって生きていけよ」
「神無月くんもな」
 紀尾井とは渋谷駅で別れた。こういう別れ方をするのは守随くんに次いで二人目だ。 電車のドアのさびしそうな顔をしばらくホームから見送った。もう一度二人で手を振ると、恥ずかしそうに手を振り返した。
 吉祥寺に帰り着くと、まだ四時にならない。母から手紙がきていた。

 東大からおまえの中退届を正式に受理したと、いまごろになって電話連絡がありました。このまま受理してよいかと聞くから、息子の好きにさせてやってくれと答えました。プロ野球の選手になったとはいえ、十一月三日以来、どれほどみんながっかりしているか、所長さんは何度も寝こんで会社を休むし、食堂は通夜みたいになっています。金をくれてやれば、親の気持ちをなだめられると思ったのですか。やはりおまえは、私の思ったとおり血も涙もない冷血漢でした。もう親でも子でもない。これからは、名古屋にきても顔を見せないでくれ。今後、援助はいっさいしない。勝手に生きなさい。
 郷殿へ                             母より


 やはりこういう最後っ屁のような、でたらめの手紙を書いてきた。プロ入りをきっかけに〈孝行〉息子になるはずだった鬼子が、ちっとも自分を引き立ててくれず、憎っくき〈親不孝者〉のままでいるので、業を煮やして引導を渡してやったというところだろう。母は先回自分が書いてよこした手紙の記憶を失ったのだろうか?
 大沼所長や社員たちが手放しで喜んでいることはわかっている。寝こんだり通夜になったりするはずがない。彼らは息子のように思っている私が正道を歩きだしたことを祝福しているのだから。
 母には、私をいつまでも自分だけの伴侶にしておこうとする願いがどんなに野蛮なものか理解できない。それはたぶん、彼女自身これまでどんな不自由でも辛抱するという習慣を身につけてこなかったからだろう。息子を排斥してしまったら、いったいそのあと彼女はどうする気だろう。泣くのだろうか。泣くことでこれまで息子につらく当たった記憶を消しにかかるのだろうか。それとも、あの夜、神宮前の旅館で見せたような静かな法悦の表情を浮かべるのだろうか。
 私は懸命にあのときの母の表情を思い出そうとした。しかしどんなに努力しても、息子の暴挙に呆れてやさしく苦笑いしたり、息子から奪ったものがいかに彼にとって価値あるものだったかを考え直して蒼ざめたりするような、誠実な顔にはならなかった。肉親の地位に対する世間の覚えを頼んで、息子が永遠に忘れ去った母の権威という代物にこだわりつづける不まじめな顔にしかならなかった。
 先回も今回も、自分の気持ちを巧みに隠した誇張のある手紙だとは思ったが、母子関係の清算が、意外にこれといったこだわりもなくすみやかに落着して、私は風呂上がりの涼しい風に吹かれたような気分になった。国際ホテルからここまで、十五年かかった。
 手紙を読んだ法子は眉間に皺を寄せ、
「もう、むちゃくちゃね。来月はキャンプだというのに。どこまで神無月くんを苦しめるのかしら」
「苦しんでないよ。ぼくはもう母の手綱から逃れて、安全地帯に入ってるからね。彼女は世の価値観に敏い人だから、ぼくを守る強い集団には手を出さない。彼女が願うのは、こういう手紙を書いたり悪口を浴びせたりしながら、こっそりぼく個人や守りの弱い人たちに細かく悪さして、あわよくば、ぼくや彼らがヤケを起こして自滅することだね。小さな悪さの積み重ねだ。悪魔は細部に宿る」
「私たちのことを知ったら……」
「節子にしたような嫌がらせをしたり、進んでマスコミに暴露したりするだろうね。ぼくが滅ぶのが彼女の大勝利だから。ぼくは自分が滅ぶのは怖くないけど、ぼくの愛する人たちが滅ぶのは怖い」
「私たちは滅ばないわ。神無月くんが死なないかぎり。さ、支度してお店に出なくちゃ」
 明るく笑って玄関を出ていった。
 一時間もしないで福田さんがやってきた。
「二月からこの家を山口さんにまかせて、菊田さんに勉強を教えてもらいがてら、事務所に見習いで入ることになりました。仕事はお客さんの応対やお給仕です。自炊はさびしいですから、朝晩の食事は、おたがいの家をいききして食べることになりました」
「準備万端になったね」
「はい」
 私は彼女の満ち足りた笑顔を見つめながら、コーヒーを飲んだ。



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