六章 宮中学校




   


         一

 朝食のあと、母は小皿にマスクメロンを一切れ載せた。大分の荒田さんが送ってきたのだと言う。かぶりつくと、甘くてみずみずしかった。福原さんの家で一度だけ食べたことがあった。
「きょうは忙しくて、出られないからね」
 そのほうが私はうれしい。子供にとっていちばんありがたいのは放っておかれることだけれど、親がそう心得ているとはかぎらない。いつまでも忙しくしていてほしい。
「卒業式だぜ、おばさん。きょうぐらいいってやれよ。めしのことなんか心配しないでいいよ。そんなものどうにでもなるんだから」
 小山田さんの反っ歯のあいだからテーブルに飯粒が飛んだ。
「そうですよ、卒業式くらいはね。子を持つ者の義務じゃないですか。昼めしなんか外ですませますよ」
 めずらしく原田さんが小山田さんの肩を持った。いつも彼がおとなしく食卓にいたことを忘れていた。スカウトの件以来、彼は小さくなっていた。
「いいんです。私がいないほうが、この子もかえって気楽でしょ。それに、着ていくものがありませんよ」
「衣装くらべじゃないんだから、何を着ていこうとかまわないよ」
 吉冨さんが母の横顔を睨んだ。
「それをうるさく問題にする人が多いから、いきたくないんですよ」
 みんな口をあんぐり開けて黙ってしまった。
 寒の内から春先のように暖かい日がつづいている。路のそこかしこに草の花が咲き、その花のあいだにツクシが見え隠れしている。きょうにかぎって六年生だけ、分団ではなく自由登校になる。
 途中でいき合ったリサちゃんのズボンにアイロンの線がピンと入っていた。母親といっしょに歩いていたので、挨拶だけして通り過ぎた。大股に歩いて校門を入った。錆びたバックネットを眺める。この校庭を歩くのもきょうで最後かと思うと、少しさびしい気がする。康男が寄ってきて、
「見ろ、うじゃうじゃおるわ」
 康男が校庭にたむろしている親子を顎で指した。このあいだ桑子が社会科の授業で言っていた。
「昭和二十一年以降に生まれた子供のことをベビーブーマーという。とくにおまえたち二十四年生まれの子供は、二百七十万人もおってな、この記録はもう破られんと言われとる」
 そのとき鬼頭倫子が、
「ベビーブーマーが子供を産む年になったら、記録は破られるんじゃないですか」
 と言うと、桑子は教卓に手をついて考えこみ、
「理屈からするとたしかにそうなるが、経済の問題、社会的風潮の問題、恋愛とか家族愛などという人間の気質の問題……そういったものがいろいろと関係してくるんだ。俺は破られないと思う」
 自信のなさそうな声で言った。
 千年小学校には、六年生までぜんぶ合わせると、千人あまりの生徒がいる。その中から卒業生二百二十人と、送別委員に選ばれた五年生十人が講堂に集まった。開式の辞を桑子がものものしい声で読み上げた。太く静かな声。あごの剃り跡が目に涼しい。これまで何度か卒業式の予行演習をしてきたけれど、この声を聞くたびに、自分たちの担任が千年小学校の代表なのだと誇らしい気分になった。後部席の一部と左右の壁際に三百人以上の父兄が控えている。
 教頭先生の祝辞。オルガンが鳴り響く。君が代斉唱。蛍の光。卒業証書の授与。校長先生が壇上に昇ってくる一人一人と握手をする。五年生代表の送辞。生徒会長の井上が六年生代表で答辞を読み上げる。父兄たちが目にハンカチを当てている。
 校歌『鶴の翼』斉唱。唄い終わったとたんに、『仰げば尊し』の伴奏が流れる。姿勢を正して並んだ仲間たちが、思い入れたっぷりに大声で唄いだす。涙を流している女子までいる。高橋弓子もその一人だ。康男は腕組みしたまま、苦虫をつぶしたような表情で目をつぶっていた。教頭先生の修礼の言葉。閉式の辞。これも桑子が読み上げた。朝から始まった長々しい卒業式がようやく終わった。
「それではみなさん、担任の先生方の指示にしたがって、白鳥(しらとり)町の宮(みや)中へ向かってください」
 井上が張り切った声で言う。後部扉がぜんぶ開け放され、光が流れこんできた。その光に惹かれて、ぞろぞろと人の波が動きはじめた。式場に入ったときにはきちんと列を正していた仲間たちが、卒業証書を収めた筒を手に校庭にばらばらと散っていく。
 きょうは給食がない。このまま中学校の見学に繰り出す。父兄は見学にも入学式にも参加しないという恒例にならって、さっさと帰宅してしまったので、運動会みたいな親子の食事風景は見られない。ほとんどの子が昼めしを食べないで、中学校への行進に備える。バックネットのあたりを私が名残惜しげに歩き回っていたら、康男が近づいてきて、ジャムパンを半分に割って差し出した。
「ありがとう」
 さっそくむしゃむしゃやる。守随くんと鬼頭倫子が寄ってきた。
「宮中は遠いで。こっからだと、三十分はかかる」
「私は船方だから、千年小より宮中のほうが近いの」
 康男がパンを噛みながら、まぶしそうに二人を見ている。守随くんや鬼頭倫子は中学へいってもきっと秀才なんだろう。
 行進開始。正門に下級生担任の先生たちが並び、別れの拍手をする。校長先生と教頭先生は列の端で見守っている。一組から五組まで、クラスごとに二列になって進んでいく。
 平畑の通りへ曲がると、先生たちも門もようやく見えなくなった。二百人の生徒の声が道いっぱいにあふれる。どの声も楽しそうだ。クラスの列に高橋弓子はいない。卒業式のあとで家に帰ってしまった。杉山啓子が列の真中をおとなしく歩いている。白い顔が明るい陽射しの下でとてもきれいだ。高い鼻が、きょうにかぎって気にならない。
 熱田区の小学生は、半分は堀川の西の日比野中学校へ、半分は堀川の東、熱田神宮のすぐそばにある宮中学校へ進学することになっている。桑子の話だと、日比野中も宮中も、むかしは一学年が五百人もいたマンモス中学校だったそうだけれども、三年前の伊勢湾台風を境に生徒数をいくつかの学区へ均(なら)したせいで、千年小学校の生徒は日比野中ではなく宮中に通うことになったということだった。それでも本人の希望で、どちらの中学校へ進んでもいいことになっている。
 桜の季節だ。私は椙子叔母が仕立ててくれた、胸にペン差しとフラップがついたワイシャツに、カシミヤドスキンの学生服を着た。岡本所長からお祝いにもらったパイロットの万年筆をワイシャツの胸に差した。
 今朝早く所長は、私の部屋ではなく、縁側から母の六畳を覗いて、進学祝いの万年筆を彼女に手渡した。すぐに母は板襖を開けて三畳の部屋にやってきて、
「ちゃんとお礼を言ってきなさい」
 と命令した。私に渡してくれれば面倒はなかったのに、所長はすでに事務所に戻っていた。私はすぐに事務所までいって、
「ありがとうございました」
 と言いながら、深くお辞儀をした。所長は血色のいい顔にいつもの冷ややかな笑いを浮かべ、
「しっかり勉強して、旭丘か明和に入って、将来はかならず東大にいきなさい。お母さんが喜ぶよ。私の息子も東京の日比谷高校というところに通っている。東大に百人以上も受からす高校だ。若いうちぐらいは名門に属してないと、ただの人になっちゃうからね」
 と言った。気軽そうに語りかけるなかに、何か尊大なものが感じられた。その表情からすると、旭丘や東大は、人生を変えてしまうほどの神通力があるようだった。
 カシミヤドスキンなるものの正体が何であるか、それが母の自慢するようないい生地なのかどうか、そんなことはいっさいわからなかったけれども、たしかにほかの生徒のものと比べて高級そうなツヤが、生地の奥にどんより沈んでいるように見えた。神宮前の学生服専門店でこの服を買うとき、
「てらてら光ってる服は、たいがい安物なんだよ」
 母は店先で私に向かって盛んにそんなことを言っていた。たぶん、彼女の選んだ学生服はその店でいちばん高いものか、少なくともいちばん高い部類に入るものなのだろう。横浜にいたころから、母がものを買うときは、その品の質を確かめたうえではないようだった。けちなくせに、高いという理由だけで、よけい手に入れたくなるのだ。彼女がものを買うときの基準はいつも値段本位で、高ければ高いほど理屈抜きにその品物が洗練されているように思いこみ、そのくせ洗練の具合などを見分ける力などないのだった。このあいだあつらえた入れ歯にしてもそうだ。
「二十万もするんだよ。死ぬまでもつね、この入れ歯は」
 歯をニッと剥いて見せる。高ければ質がいいにちがいないと思いこんでいる。もちろん母はけっして浪費家ではない。それどころか、いつも金遣いには露骨な慎重さを発揮する。康男はいつか母のことをシブチンと言ったけれども、それは当たっていて、彼女にとって、金というものは評判の高いものを買うためのもので、それ以外の何ものでもない。人の機嫌をとったり、くれてやったりする金は、むだ金と呼んでいる。母は金の有効な使い方を知らない息子の無能を心配して(康男にしてみれば、そういう考え方こそ、金の持つほんとうの意味を知らない無能なのだけれど)、私に金を与える気などまったくない。私にとって、金にまつわる母の生活も、そんなふうに生きている彼女自身も、このごろではまったく関心の外になった。
 桑子の大声が行列の前になったり、後ろになったりする。一人ひとりの生徒に別れの言葉をかけているのだ。
「美術部にでも入って、しっかり絵を描け。無理して勉強なんかするんじゃない」
 桑子が最初に声をかけたのは横井くんだった。横井くんは薄ぼんやりした視線を桑子の青い髭に当て、何を励まされているのかよくわからないような表情をした。
 守随くんに近づいていく。
「おまえはオッチョコチョイだから、気をつけないと車に跳ねられるぞ。得意の勉強にしても、いつまでも塾に頼ってられないから、自分なりに根をつめてやることを覚えないとな。油断していたらほかの生徒に抜かれるぞ」
 守随くんはニヤニヤしていた。そして桑子が列の先にいってしまうと、舌を丸めて道の肩に唾を飛ばした。次は、往復ビンタを食らわした木下だった。
「いつも斜に構えていると、おいてけぼりにされちまうぞ。もっと気持ちをゆったりさせて、人と仲良くするように心がけろ」
 木下は感激した様子で、はい、と激しくうなずいた。あんなに反抗していたのに、木下は桑子が好きだったんだな。
「キュリー夫人、おまえは、このままでいい。ふつうにやっていれば、中学でもすぐ一番になれる。からだが丈夫じゃないんだから、クラブをやるとしたら文系がいいな」
 これは鬼頭倫子だ。キュリー夫人という呼び名は初めて耳にした。そういえばそんな感じがしないでもない。彼女は心得たふうにやさしく笑いながら、鶏みたいに首を突き出して歩いている。青木くんの家で私の額をさすったときの思いつめたような表情はかけらもなかった。私の番になった。
「短気起こして喧嘩なんかするなよ。おまえは寺田じゃないんだからな」
 桑子が私にかけた言葉はそれだけだった。野球のことも勉強のことも言わなかった。私は拍子抜けがして、隣を歩いている康男の顔を見た。
「野球のアルバムは、もらえないんですか」
「あれは俺だけの宝物だ」
 康男の番だった。しかし桑子は、康男に声もかけずに、別の生徒のほうへずんずん歩いていった。
「……何も言わないんだね」
 私はびっくりして桑子の背中を見つめた。
「ええがや。桑キンタン、あれでけっこう俺に気ィ使ってるんだが。おまえは寺田じゃない、か」
「ちょっとひどいよね。あんな言い方だと、ぼくも康男も、しょっちゅう喧嘩してるみたいじゃないか」
「ふん、よう見とるわ、桑子は」
 最後に桑子は、あの内気な鉛筆女の錦律子に寄っていった。桑子のしゃべりかける声は聞こえてこなかった。それから彼はクラスの先頭を悠々と歩いていて、もう列に戻ってくる気配はなかった。


         二 

 この冬に造り直したばかりの大瀬子橋の歩道を渡る。歩道の幅が少し広がり、欄干が頑丈になっている。真新しい厚板が生徒たちの重みでみしみし鳴った。車が通るたびにアスファルトの車道に白い埃が舞い上がる。両岸にコンクリートの堤がつづいている。まばらに植えられたソメイヨシノに縁取られた川面をじっと見つめていると、水ではなく橋が流れていくように見えた。長い筏を曳いた船が波を立てて下ってくる。横波を受けて、護岸にへばりついている泡まみれの塵芥(ゴミ)が揺れた。筏を追うように一艘のダルマ船が七里の渡しへ向かって下っていく。
「クセェな」
「あのポコポコ上がってくるの、メタンガスやで」 
「あ、浣腸サック!」
「浣腸サックでにゃあが。衛生サックだが!」
 叫んだ生徒の頭を桑子が叩いた。みんなの笑い声が上がった。その白いふわふわした物体は、ほとんど毎日どこからか流れてきて、大瀬子橋を渡るときにかならず目についた。
「衛生サックって、なに?」
 康男に尋くと、笑うだけで相手にしてくれない。私はもう一度川面を眺め下ろし、そのゆらゆら浮かんでいる薄っぺらいゴムの袋を見つめた。
 木之免(きのめ)町から白鳥町に入る。国道一号線の向こうに神宮の森が見えてきた。もう三十分は歩いた。康男が、
「こんなに遠いと、金がかかるで」
「東海橋からだとバス通になるね。歩いたら一時間はかかるから」
「ニセ定期作ったる。本物と変わらんように作れるでよ。神無月にも作り方教えたるわ」
「ぼくはいいよ。バスに乗らないから」
 一号線を渡って細い道へ入りこんだとたん、また堀川に突き当たった。向こう岸に小屋掛けした製材所が立ち並んでいる。小屋の中に、上がったり下がったりするノコギリが見える。インク色の水の上にびっしり材木が浮かんでいる。
「水に浸かった木は腐らないのかな」
 私の呟きに岩間が、
「水や泥に浸かった材木は、無菌状態になって腐らんのや。アク抜きにもなる」
 と得意げに答えた。柳が立ち並ぶ川べりの道は、片側町になっていて、その中ほどに木造の二階建て校舎がそびえていた。校舎の塀から咲き揃った桜が道にせり出している。
「行進やめ!」
 桑子の号令が上がった。各クラスにも停止命令がかかる。
「これが宮中だ。三階建て校舎は上級生用で、おまえたちは平屋の校舎に入ることになっとる。東に熱田神宮、北に白鳥公園。いい環境だろ」
「堀川がくっせえが」
 木下の声に鬼頭倫子が明るく応えた。
「気のせいよ。ここは筏置き場だから、におわないのよ」
 桑子は、ウン、とうなずき、
「卒業式は熱田神宮の文化殿でやるんだそうだ。白鳥山には、俳句の松尾芭蕉もきたことがある」
「なにやらゆかしスミレぐさ、やろ」
 岩間が得意げに言った。
「とにかく立派な中学校だ」
 桑子が目を細めて校舎を見上げている。彼の頭のてっぺんが薄く禿げかかっているのに初めて気づいた。岩間が堀川を指差しながら解説する。
「あそこに架かっとる細い橋、あれ叶(かのう)橋といって、名古屋でたった一つの吊橋だ。筏の上を歩き回っとるやつは、筏師といって―」
 みんな岩間を無視した。
「整列!」
 先生たちの指示で正門前に並んだ。二百人以上が校舎の外塀をぐるりと囲んでいるので、列の最後尾が見えない。
「前進!」
 とたんに門の中から拍手の嵐が押し寄せてきて、びっくりした。いつのまに待機していたのか、五十人ほどの中学生たちが、正門から校庭まで桜並木の下に二列になり、真っすぐな花道を作って新入生を迎えた。男子は全員坊主頭だった。入学したら坊主にしなくてはいけないとあらかじめ聞いていた。でもそれが列をなすと壮観だった。女子もみんな、おかっぱとまではいかないけれど、毛先だけを整えた短い髪型だった。
 一人ひとりに、おめでとう、と笑顔で声をかけられ、なんだか照れ臭い。縦長の校庭に入りこむと、ほうぼうで、
「解散!」
 の声が上がり、隊列が崩れた。千年小学校の半分ほどしかない狭い校庭を、三階建ての大きな木造校舎がL字形に囲んでいる。渡り廊下で繋げた平屋の校舎を合わせるとコの字形になる。校庭のあちらこちらに、ほかの小学校の生徒たちが固まっている。
「あしたは入学式だ。できるだけ見学しておけ」
「校庭は、これだけですか」
 鬼頭倫子が桑子に尋いた。
「こっちは朝礼とテニス部用だ。野球部や体育用の校庭は、あの石段を登った上にある。下級生用の校舎もそこに建っとる。見てこい」
 階段のある斜面には、ツツジとサツキがびっしり植えられていて、上と下の校庭を仕切る崖になっていた。白やピンクの色がにおい立つようだ。斜面のてっぺんに桜の樹が等間隔に並んでいる。思わず走りだした仲間のあとについて、私も上の校庭へつづく石段を駆け登った。康男が肩を揺すりながらのろのろついてくる。
「康男、早くきてみなよ。広いよ!」
 階段のとっつきにバックネットがあり、下の校庭の何倍もある運動場が展がっていた。宮中の誇る野球部のグランドだった。一塁側は崖の斜面、三塁側とライト側に長い木造校舎が平伏している。レフトの後方には、蒲鉾みたいな三棟のプレハブ校舎が生垣沿いに並んでいる。桑子の言った立派な建物というのは、四教室分しかない二階建ての小ぶりな鉄筋校舎で、バックネット裏の角地に建ち、三塁側の木造校舎へ渡り廊下でつながっていた。ガラス窓を覗くと、どうも教室用の棟ではないようで、ステンレス製の机の上に、ビーカーやフラスコが並んでいた。
「桑子もいいかげんなこと言いよって」
 康男が笑った。私はがっしりしたバックネットに近づき、そこからライトまでの距離を目測した。八十メートルほどのところにスレート屋根の部室があり、短い渡り廊下でライトフェンス代わりの木造校舎につながっている。校舎の向こうはまばらな立ち木の生垣になっていて、民家の屋根がのぞいている。生垣まで九十メートルぐらいか。センターの後方に、木造校舎に隣接して体育館があり、あの屋根に弾ませるには百メートル以上の打球を飛ばさなければならない。レフト側は狭く、プレハブ校舎まで八十メートルあるかないかだ。右バッターが少し大きな当たりを飛ばせば校舎を越えるだろう。
 ―すごいな、このグランドは。宮中はおととしの名古屋市の大会でベストエイトに進んでいるし、ここで活躍できれば、もう一度中京商業からスカウトがくるかもしれない。
 ひょこひょこと加藤雅江がポニーテールを揺らしながら階段を登ってきた。
「わあ、広い!」
「宮中にソフト部はないよ」
「うん、知ってる。ただ、上の運動場が見たくて」
 雅江は涼しげに前髪をかき上げた。
「ほんとに広いよなあ」
「思う存分野球できるね。私はテニスでもやろうかな」
「……無理にスポーツはやらないほうがいいんじゃないかな。中学の練習って、小学校よりはかなりきついと思うよ」
 雅江はハッとした表情で私を見つめた。
「ありがとう。でも、何かスポーツをやって、からだを鍛えなくちゃ。鍛えれば、この足にも筋肉がついてくれるかもしれないし」
 スカートの上から右脚のふとももをさすった。私は目を逸らした。
「とにかく、お互いがんばろう」
「やさしいね、神無月くんて。じゃ、さよなら」
 康男が私の肩を叩いた。
「けっこう美人やないか。よう見ると、杉山よりきれいやな」
「うん。かわいそうだね」
「ほやな―」
         †
 連日の快晴だ。上の校庭に上がって入学式が始まるのを待つ。岩間が人差し指と中指をクロスさせて、周りの仲間に突き出して見せている。
「アメリカ流、厄払いのまじない。この校庭はもともと法持(ほうじ)寺の墓地だったもんで、校舎を建てたとき、土の中からぎょうさん人骨が出てきたんだが。たたりがあるでェ」
 ちっともおもしろくない。みんなさっさと下の校庭へ退散してしまった。私は彼に寄っていき、
「岩間も、野球部入るんだろ?」
「もう野球はやらん。とうさんに、中学に入ったら勉強しろって言われたんだわ。医者を継がないかんで。ほかの連中も野球部には入らんらしいで。レベルが高すぎるって」
「木田ッサーも?」
「あったりまえだが。あんなの、球拾いもさせてもらえん。関はやるらしいで」
 集合の合図がかかった。岩間と下の校庭に走っていく。二つの小学校から集まった新入生が三階建校舎に向かって整列した。狭く感じていた校庭の三分の一ほどにきちんと全員が収まった。これなら三学年すべて集めて朝礼をしても、じゅうぶんな余裕がある。
 きのう出迎えた中学生たちの一部が、演壇の両側に分かれて後ろ手を組んだ。半数は白襟に紺のセーラー服を着た女生徒だ。彼らの前に十人ほどの教師たちが並んでいる。生徒会長らしい少年が、演壇に登って柔らかい声で言った。
「校長先生からお話があります。休め!」
 白髪の老人が壇上に立った。マイクがキーンと鳴る。校舎の壁に備えつけたスピーカーから、穏やかな塩辛声が落ちてきた。
「旧校舎もようやく伊勢湾台風の爪痕が癒えて、なんとか修築がなりました。新たな気持ちで諸君たちを迎えることができます。宮中は、先年輝きをとり戻した名古屋城の金のシャチホコのように、再生の一歩を踏み出したばかりです。新入生の諸君たちが宮中再出発の象徴的存在となるわけです。奇しくも宮中が開校したのは、諸君たちの生まれた昭和二十四年です。とりわけこのことを喜びたいと思います」
 それから彼は、演壇の横に控えた新一年生の担任たちを、手のひらで示しながら一人一人紹介していった。若い先生、年とった先生、ほとんどがにこやかな表情で頭を下げる中に、額の広い不機嫌そうな中年の強面(こわもて)の男がいた。胸を張り、空を見上げる姿勢で立っている。彼のあごには遠くからでもはっきり見える大きな傷があった。フランケンシュタインに似ていた。おそろしく小さな先生が頭を下げる。百五十センチくらいだろうか。周囲からクスクス笑い声が漏れた。最後に紹介された先生は、肩口から右腕がなかった。彼は空っぽの袖を揺らしながら、四角張ったお辞儀をした。いちばんやさしそうな顔をしていた。校長が演壇を降りると、先生たちは後ろの校舎ぎわへ控えた。
「ただいまから、三年生が校歌を斉唱します」
 二手に分かれていた生徒たちが演壇の前に進み出て、二列縦隊になった。女教師がタクトを持って演壇に上がる。
「校歌の三番は、若山牧水の短歌が冒頭によみこまれています。牧水は三十年以上も前に亡くなった日本を代表する歌人です。むかし、この偉大な芸術家が白鳥山法持寺をたびたび訪れたことが縁で、宮中創立の際に大切なお歌をいただくことになりました。うす紅に葉はいちはやくもえいでて、咲かむとすなり山ざくら花―この歌を織りこんだ宮中校歌ができ上がったとき、わざわざ牧水の奥さまの喜志子さまが駆けつけて、この壇上で祝辞を述べてくださいました。古きよき名歌に支えられたわが校の校歌を、末永く唄い継いでいきたいと思います」
 ―ボクスイ? 芸術家?
 そのとき、とつぜん私は、父の写真の裏に書かれていた歌を思い出した。

 イクイオノ コエサリユカバ カナシミノハテナムクニゾ 牧水

 そうか、あれは若山牧水という芸術家の歌だったんだな。なんという奇遇だろう! するどい悲しみが胸をよぎった。保土ヶ谷の自転車屋の暗い階段を思い出した。父はあの階段を越えていった。涙が出そうになった。
 女教師がタクトを振ると、歌声が高らかに響き渡った。私は中学生たちのおとなびた顔を見つめながら、男と女が一節一節を交互に唄い合う校歌に耳を澄ました。

 一 (男) 朝日さす 高岡の上(え)に 高々と
       かがよいかおる 花の若桐
   (女) 男児(おのこ)らよ 眉揚げてゆけ
       若桐の 花の面影 額にかざし
   (男) 男児純真 夢またかおる

 二 (女) 笹の葉に 降りおく雪の 清浄(しょうじょう)な
       心貞(みさお)よ ことのしづけさ
   (男) 乙女らよ 眉揚げてゆけ
       若竹の みさおの光 胸高々と
   (女) 円鮎眼(つぶらあゆめ)の 明星かがやく

 三 (女) うす紅に葉はいちはやく もえいでて
   (男) 咲かむとすなり 山ざくら花
   (女) 天地(あめつち)の めぐみゆたかに
   (男) 咲きさかる 知恵の花園 宮中斎場(ゆにわ)
   (男女)春日(はるひ)うららに 陽炎(かげろう)もゆる

 こんな荘重な校歌をいままで聞いたことがなかった。言葉の意味はほとんどわからなかったけれども、胸を打つ重く哀しい調べを聴いて、私は全身に寒気を覚えた。野球選手よりもすぐれた人びとはいないと信じていた私の心に、まったくちがった種類の気高い存在が深く沁みこんできた。
 本をたくさん読もう、そして言葉を創ってみたいと思った。しかし、何に〈なりたい〉かと訊かれたら、野球選手と答えることしか私はできなかった。自分にはそれしか才能がないと信じていたし、芸術家というものは、なるものではなく、この世に絶対的にあるものだとぼんやり感じたからだった。


         三

 合同入学式が終わり、ふたたび解散の号令。さっそく先輩たちがクラブ活動の勧誘に寄ってくる。バスケット部、テニス部、卓球部、ブラスバンド部、合唱部、化学クラブ、計算尺クラブ、茶道部……。野球部はやってこない。あわてて勧誘しなくても簡単に部員が集まるということだろう。
 私は康男を誘って、もう一度上の運動場へ登っていった。
「しっかり歩測してみる」
 バックネットから右翼の校舎の端まで歩く。やっぱり八十メートル弱だ。
「神無月には狭いやろ!」
 バックネットから康男の声が飛んでくる。ホームベースの方向を見ると案外近い。当たりそこないでも、ふつうにここまで飛んでしまう。ライト側校舎の一教室分の窓ガラスに金網が張ってあった。宮中野球部にはこれまで左の強打者がいたにしても、体育館に近い右中間まで飛ばすバッターはいなかったということだ。
「これじゃ、センター教室の窓ガラスを割っちゃうよ!」
 私も大声で叫び返した。
「そこまで飛ばすのは、おまえぐらいのもんや。何枚でも割ったれ!」
 下の校庭には、突っかい棒を何本か懸(か)いた三階建ての木造校舎がそびえている。L字の長いほうの校舎は二階と三階で八教室、短いほうの校舎は二階と三階で四教室。どちらも三年生用だ。長いほうの校舎の一階は職員室や校長室になっている。三学年で千五百人近くいるマンモス中学校だけあって教師の数も多く、いつも職員室は満員だ。上の校庭の校舎とちがい、一階の窓には、テニス部の逸れ球や野球部のファールボールでガラスを割られないように、かなり太い金網が張り渡してある。千年小学校のときと同じように、私がボールを飛ばしてガラスを何枚か割ったら、いずれ上の校舎の右中間の窓にも、これと同じ金網が張られるだろう。
 週明け、その職員室と二階教室のあいだの板壁に横長の紙が貼りだされた。一年生から三年生までのクラス発表だった。各学年ともA組からJ組まで。頭を短く刈り上げた生徒たちがガヤガヤ集まってきた。私も群れの中に混じりながら掲示紙を見上げた。私の姿を見て加藤雅江が寄ってきた。
「私、C組だがね」
 雅江が指差した。鬼頭倫子も寄ってきて、
「中村専修郎先生ね。私もC組よ」
 ―フランケンシュタインか。
 あの男だけはイヤだと思っていた私は、目を皿にしてC組の名前を調べた。自分の名前はなかったけれど、康男の名前があった。見つけたとたん、どこからか康男がやってきて、
「あの野郎、手出してこんかな」
 彼らしくない弱気なことを言う。
「どんな先生だって、康男には一目置くよ」
「手出してきたら、なぶったる」
 康男といっしょのクラスになれなかったのは残念だけど、とにかくあの先生でなくてよかった。守随くんまでやってきて、
「ぼくはG組。久住(くすみ)先生だ」
「片腕の、やさしそうな先生やね」
 雅江が言った。
「軍隊みたいなお辞儀しとったやろ。骨のあるやつらしいで。あの右腕、戦争で吹っ飛んだんやと」
 康男が言った。
「どうして知ってるの」
 康男は私に向かって目をすがめた。
「俺の兄ちゃんも宮中やで」
 私は康男の上に年の離れた兄がいることを思い出した。
「黒板に字を書くの、不便じゃないかな」
「左でうまく書くらしいわ」
「神無月くんは何組?」
 加藤雅江がすり寄ってきた。
「見つからないんだ。十組もあるから」
 康男が掲示紙に目を凝らす。
「目の前にあるでにゃあか」
 B組を指差している。
「ほんとだ!」
 山田英雄先生、と末尾に担任の名前が書いてある。あの小人みたいな先生だ。私は墨書きしてあるB組の生徒名を一人一人確かめていった。知らない名前ばかりだった。少なくとも千年のクラス仲間は一人もいないと思ったら、あの桑原の名前が飛びこんできた。
「桑原がいる」
「無視しろ。あいつはこすいでな」
「みんな、バラバラになっちゃったわね」
 鬼頭倫子がしみじみと言った。
 朝礼のあと、各クラスの担任に連れられて、ぞろぞろ移動が始まった。山田先生の歩きながらの説明によると、バックネット裏にある鉄筋校舎は、やっぱり桑子の前宣伝とちがって、音楽室と理科室、それと図書室を収めた特別棟だとわかった。私たちに割り当てられた教室は、上の運動場の生垣沿いに建てられたプレハブ校舎で、センターからレフトにかけて三棟並んで建っている中のいちばん右端だった。一年生はプレハブとライト側の古い平屋校舎に収容された。三塁側の平屋校舎は二年生用のものだという。三年生になると下の校庭の三階建て校舎へ移っていく。
 山田先生は男子と女子の名前を交互に呼びながら、隣り合って座るように命じた。彼は子供のように小さくて、咳払いをするときは脇を向いて口にこぶしを当てる上品な作法を見せた。風邪をひいたような甘い鼻声だ。いつも天井を向いている姿勢は、長年のあいだに身についた癖のようだった。総勢五十一名。私は右の窓際の前から三列目で、隣に座ったのは後藤ひさのというおとなしい生徒だった。
「きみ、どこの小学校?」
 だぶだぶのセーラー服の上に、小さいおかっぱ頭が載っている。
「千年だが。あんたのこと知っとるわ」
「へえ、じゃB組の千年は、ぼくと桑原を入れて三人か」
「何言っとるの。二十人はいるがね」
 びっくりして私は教室を見回した。そういえば記憶の底にこびりついている顔がちらほらいる。隣の列に座っていた桑原が声をかけてきた。
「あいつのあだ名、スモールティーチャーっていうんだが。兄ちゃんが言っとった」
 山田先生が教壇から伸び上がるようにこちらを見ている。桑原が私の耳に口を寄せた。
「今度、ええもの見せたるわ」
「なんだよ」
「そのうちな。とうちゃんの宝物やから、外に持ち出せん」
 山田先生が手を叩いて教壇へ注意を促した。
「みんなそろいましたか」
 先生は瞑想をするように目を薄く閉じ、顎を上に向けて話しはじめた。
「一年間きみたちの担任をすることになった山田英雄と申します。科目は英語。イングリッシュ・ティーチャーですね。イングリッシュにはイギリス人という意味と、英語という意味がありますが、私はイギリス人の先生ではなく、英語の先生です。一年間仲良くやりましょう」
 口の端に白い泡を溜めてしゃべる。ときどき親指と人差し指で唇の両端を拭う。指の行先はズボンの尻だった。サ行の音がかすれるのは格好いいけれど、アクセントは、サイドさんとちがってぎこちなかった。
「では、順番に自己紹介をしてください。そのあとで学級委員を選びます」
 桑原が媚びるように、
「イエス、アイ、ドゥー」
 と言った。
「ほう、きみは英語ができるんですね」
「イエス、アイ、ドゥー」
 教室に笑い声が起こり、みんなの顔がくつろいだ。先生は目を薄く絞って、桑原の胸の名札に焦点を合わせた。わからなかったようだ。
「ええと、なぜ、イエス、アイ、ドゥーを知ってるんですか」
「兄ちゃんから教わりました」
「なるほど。ほかに、英語を知っている人はいますか? どんな英語でもいいですよ」
 教室のあちらこちらで、グッドモーニングとか、ハローとか、フラワー、バット、コーヒーというのまで飛び出したが、どれもこれもお粗末な発音だった。
「ぜんぶちがう。フラワーじゃない。フラウアーだ。それにね、桑原の一度目のイエッサイ・ドゥーはアイ・ガリッ、か、アイ・アンダスタン、二度目に言ったイエッサイ・ドゥーは、イエッサイ、キャンと言わなくちゃいけない」
 と、私は後藤ひさのに小声で教えた。去年の夏にサイドさんにもらった英会話の本をときどき眺めていたせいで、中学生が習う程度の言い回しなら全部知っているという自信があった。後藤ひさのは何の反応もしなかった。私はしゃくになって、彼女のスカートのくぼみに手を差しこんだ。意外なことに後藤ひさのはいやがらずに、うれしそうに身をよじった。
「みなさん、すばらしい。その調子で、楽しく勉強していきましょう。じゃ、自己紹介をどうぞ」
 みんな滑らかな舌で自己紹介をしはじめた。それまでおとなしそうに見えていた生徒までが、
「得意科目は国語です。英語もきっと得意になれると思います」
 とか、
「クラブ活動は卓球をやるつもりです。これまで病気がちで身体が弱かったから、家族に心配かけました。うんと鍛えて家族をびっくりさせたい」
 とか、
「小学校では保健委員をしていました。中学校でも、そういう縁の下の力持ちみたいなことをしたいです」
 などと、自己主張に余念がない。自分のあだ名を教える生徒までいた。以前の自分を知っている人間が少ないという安堵感からか、みんなひどく機嫌がよく、際限なくしゃべりつづけたいように見えた。桜の木が窓からさしのぞき、ときたま白い花びらを机の上に散らした。自分の順番が回ってくると、私は、
「神無月郷、千年小学校出身。よろしくお願いします」
 とだけ短く言って、すぐ席についた。
 ―目立たないようにしよう。委員なんかに選ばれるのはもうこりごりだ。
 加賀美(かがみ)幸雄という日に焼けたスポーツマンタイプの男子と、清水明子という奇妙な冷たさを感じさせる三白眼の太った女子が、周りの生徒よりは口数も少なく、まじめな感じに映った。静岡県から越してきたばかりだと自己紹介した清水明子の制服の胸は、はち切れんばかりにふくらんでいた。投票するならこの二人にしようと決めた。
「じゃ、用紙を配りますよ。男女一名ずつ名前を書いてください」
 十分もしないうちに教卓の上に投票用紙が集められた。山田先生のすぐ目の前にいた女の子が黒板係に指名され、先生が読みあげるたびに黒板に〈正〉の字を書いていった。票が入るのはほとんど白鳥小出身者のようで、もちろん私や、桑原や、後藤ひさのなどはだれからも注目されなかったし、加賀美と清水には、私の投じた一票しか入らなかった。
 開票はたちまち終わり、天野俊夫という天然パーマのチビと、河村千賀子という受け口の女が選ばれた。並んで教壇に進み出た二人は、白鳥小学校の有名人らしく、早口できざっぽいしゃべり方をするので、頭がよさそうに見えた。天野も河村も、からだが小さいという点では山田先生に似ていたけれども、先生とちがって鼻柱の強そうな顔をしていた。



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