百八十八

 ドレス姿の法子を吉祥寺駅の改札まで送っていく。
「あと半年の辛抱。がんばります。神無月くんもがんばってね。くれぐれもケガや病気に気をつけて。チームのみんなと助け合って、野球を楽しんでね。夜遅いので、あしたは送っていけないけど、気をつけて帰ってください。じゃ、詩織さん、またね。野球の勉強も大学の勉強もうんとやって、幅広く活躍できるウグイス嬢になってくださいね。今夜は神無月くんをお願いします。福田さん、不動産鑑定士の勉強がんばって。ときどき会いにいきます。さよなら」
「さよなら」
 井の頭線の高架をくぐってビル街を抜け、公園の北の古い家並をのんびり歩く。典型的な杉並の住宅街が広がっている。区画整理がほとんどされておらず、道路は狭くて小粒な住宅同士が塀を接するように建てられている。
「なつかしい道と、なつかしくない道があるんだね。このあたりの道はなつかしく感じない。道の両側が畑か、果樹園、家はポツポツという感じじゃなく、そこそこ固まって建ってるような道、看板に地元の温泉に向かう矢印が書いてあって、しようと思えば、道端でセックスもできる、そんな道がいい」
 詩織が、
「山形にはそういう道が多いです」
「野辺地にはない。微妙に都会化してる」
 雅子が、
「野辺地は嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど、それほどなつかしくない。シャーベットのような雪をザクザク踏んで歩くのはいいな。夕暮れの吹雪に顔を打たれるのもいい。あ、それから、訪ねていくとかならず、上がれ、言ってくれるのも何とも言えずいい。家に上げていいものかどうかわからないそぶりをして、土間の式台で立ち話をするような無礼な人間はいない」
 公園口へ出た。夜の井の頭公園へ降りていく。池の架かる橋に園灯の反映が当たり、妖しく美しい。細道へ入る。だれもいない。雅子が、
「神無月さん……」
「ん?」
「……濡れてしまいました」
 詩織が、
「私も、いますぐしてほしくなっちゃった。お鍋のせいかしら」
 うなずき、適当な場所を探す。諸所に階段が設えてあって、まとまった繁みが見当たらない。小振りな民家まである。木群れから池が透かし見える。ようやく真っ暗な木立の繁みが見つかった。ほんの少し勾配があるので、雅子の手を牽いていく。園灯の届かないわずかに空の反映があるきりの闇だ。下草はなく、土の上に枯れ草が敷いている。二人は服と下着を脱いでブラジャーだけの姿になった。
「ブラジャーも取って」
 二人素直にブラジャーを外す。並んだ立木に手を突き二つの尻を向ける。陰毛のない雅子のクレバスは薄闇の中でなぜか鮮明に見える。乳房を握り締め、潤った二つの性器に交互に抽送を始める。雅子には浅くゆっくりと、詩織には深く速やかに。それでもほとんど二人同時に声を上げる。雅子が、
「あああ、一度だけ深く、一度だけ深くください、あああ、すごく気持ちいい、強くイキます、イキます、イクイクイク、イク!」
「神無月くん! もうだめ、ちょうだい、ちょうだい」
 そこまで射精が迫った。雅子から抜いて詩織に深く突き入れる。
「ううん、神無月くん好き、イ、イ、イクウ!」
 詩織は海老反りになって硬直した。射精はしなかった。トシさんのことをチラリと思った。抜き取り、小刻みに揺れる二人の臀部をわしづかむ。二つの股間から愛液が下草に飛ぶのが仄(ほの)かに見えた。
 樹幹に背中を凭れて、二人の女はバッグからハンカチを出して股間を拭った。
「ありがとうございました」
「ありがとう、神無月くん。とても不思議、何度してもらっても新鮮なの」
 下着をつけ、服を着て、二人で陰茎を舐める。
「おうちに帰って、おいしいコーヒーを飲みましょう」
「菊田さんがきたら、もう一度?」
「うん。一度でも、二度でも」
 池のほとりを歩く。池を背に、ゆるい勾配の坂と、十段ほどの階段を上って、御殿山につづくアスファルト道に出る。
 カラリと玄関の戸を開け、三人手をつなぎ合って居間にいく。テーブルに落ち着く。詩織の手でうまいコーヒーがはいる。雅子が親指と人差し指で鼻梁をつまんで、目をギュッと閉じた。
「どうしたの?」
「一回深く突いてもらったとき、思わず強くイキすぎてしまって、ちょっと目の裏がチカチカして……」
「命懸けだね」
「こんなからだにしてしまったのは、神無月さんです」
「怨む?」
「いいえ! うれしいんです。神無月さん、ここ二カ月いろいろありましたけど、野球は楽しいままですか」
「うん、つまらないことをぜんぶ帳消しにするぐらい楽しい。球場に響く喚声、いろんな応援のパフォーマンス、一人ひとりの声援」
「金太郎!」
「そう。カクテル光線、スコアボードの威風、あたりを払う感じだね。審判のジェスチャー、滑りこみ、タッチ、遠投、バットとボールの衝突音、グローブの捕球音、ネクストバッターズサークルに降ってくる歓声、ホームランの美しい軌道、すべて、何もかも楽しい」
「平凡な人格に〈男〉のにおいだけをつけたニセ男がたくさんいる中で、神無月くんはほんものの〈男〉として輝いてる。神無月くんは、静かに、いろいろなことを感じてるってわかる瞬間が何度もあった。野球だけじゃなく、何もかも。それがわかったときの喜びは口じゃ言えないほどだった。神さま、この人を私にくださいって思った。いまも祈ってます。こんなに私のものになってるのに、まだまだ足りないの」
 九時。緑茶を飲みながら三人でテレビを観る。スパイ大作戦。たちまち不満が湧いてくる。ドラマに入りこめない。雅子と詩織は夜食を何にするか話し合っている。当局からの指令というのがそもそも理解不能。〈当局〉ってどこ? 
 理解できないと思った時点で娯楽ではなくなる。変装や扮装を使った騙しがおもしろいだけで、緊迫感がない。キツネ顔の女優も好きではない。女二人が料理の話をしている隙にチャンネルを替える。NHK銀河ドラマ。今日のいのち。途中からなので内容はわからない。有名どころが出演している。彼らの名前を記憶のピンセットでつまみ出すことができる。岡田英次、中村伸郎(のぶお)、山本学、三条美紀、根上淳。
「テレビって、観るものじゃなくて、チャンネルを回すものだね。縁日の夜店。映画ほどおもしろ味がないせいで押しつけがましくないから、どうとでも対応できる。暇なときは外へ映画を観にいくにかぎる。何千本も観たいね。義務にしてもいい。しっかり造られたものを鑑賞する時間は押しつけられるほうが快適だ」
 詩織が、
「映画は芸術としても堪能できるから、お金を出して観る価値はありますね。テレビは目新しい文化の投売り品(バッタもの)。そんなものでも人はなかなか飽きないの。縁日の夜店だと見切って、数分で飽きてしまう神無月くんのような人はめったにいないのよ。そんな人ばかりだったらテレビ企業は成り立たないでしょう? ふつうの人は、飽きるのに何年もかかるんです。ある程度視聴率が稼げるとなったら、飽きられるまで何年でも同じパターンをつづける。ストーリーなどあってなきがごときで、ときどきカンフル剤として役者を入れ替え、視聴率のテコ入れを図るわけね」
 雅子が、
「そうですねェ、くだらないと言えばくだらないんですけど、NHKの連続ドラマや大河ドラマ、このスパイ大作戦みたいなシリーズ物は話題になることが多いので、つい暇つぶしにだらだらと観てしまいます」
 テレビを消す。雅子が、
「いまも、毎朝走ってるんですね。テレビの特集で見ました」
「走るのが仕事だから」
「……なつかしいです。よくここから自然公園へいってましたね。あれからもう半年も経ったんですね。ジムには?」
「いってない。ああいうものは、かよってもすぐやめることになる。水泳教室も同じ。かよいつづけるのは難しいよね」
「私と菊田さんはかよってます。上板橋の河野さんも。トモヨさんはやめてしまったんですか?」
「子育てがあると、なかなかね。カズちゃんも仕事が忙しくてやめちゃった。ぼくも二月のキャンプに入ってからは、ああいった施設にはいかなくなった。それで、家の中に広い板の間のジム部屋を造ってもらって、胸筋と背筋用の器機を二つ入れた。あとは大空の下でランニングを中心の自己鍛錬。なるべく定期的にするように努力しながらね。とにかく、鍛練はつづけられるときにつづけておく。余裕を持ってからだを鍛える暇がしょっちゅうあるわけじゃないから」
「そうですね。私もマメにからだを鍛えながら、その力を勉強に活かしてます」
 詩織が、
「不動産鑑定士の資格試験て、とても難しいんでしょう?」
「合格率十パーセントです。英語塾などという、不安定な生徒募集に賭ける仕事より堅実で、やり甲斐も実入りもあります。菊田さんとよく相談した上で資格を取ることに決めたんです。神無月さんにご迷惑をかけずに暮らしていけますし、頭の老化防止にもなります。いずれ、菊田さんの跡を継ぐつもりです」
「サッちゃんも中国語の翻訳という技能を持ってるし、東京か名古屋でそれを活かして専門の仕事に就くつもりでもいるみたいだし、みんなバンバンザイだ」
「がんばってね、福田さん」
「はい。菊田さんは、私に塾を建ててくれる予定だったお金で、荻窪の店舗の改造をすることになりました。再来年にはあの店で二人並んで働いてます」
「再来年?」
「はい、試験に通ったあと、一年間の実務実習がありますから」
 玄関戸の開く音がして、茶の間にトシさんが入ってきた。
「今晩は。少し遅めに店仕舞いしてきました。何お話してたの?」
「不動産鑑定士の話」
「ああ、それ。福田さんは頭がいいから一発で合格よ。試験に通ってからの現場の知識は私が一から教えるし、何の心配もないです。とにかくいまは勉強第一。今年中に店舗を改装します」
 雅子が、
「でね、神無月さん、できれば十月ぐらいまでは私たちのことを気にかけずにゆっくり野球をしてほしいんです。私たちも二人三脚で一生懸命勉強しますから」
「ははあ、それで、トシさんが今度会えるのは四カ月先の十月だなんて言ってたのか。先月、ホテルから電話したときも、なんだかそんな話をしてたみたいだけど、こうと決めずに臨機応変にしたらどうかなあ」
「ええ、それはほんとにうれしいんですけど、でも、そろそろオールスター、それが終わると優勝戦線。十月は、日本シリーズというのもあるでしょうし、なんならそれが終わるまで私たちのことは放っておいてくださるほうが、神無月さんも野球にしっかり打ちこめるし、私たちもじっくり勉強できますから。いま菊田さんがおっしゃったように、私たちはおおわらわなんです」
 トシさんが、
「そうよ、キョウちゃん、遠征のときは、こちらにくる時間があるなら、詩織さんや法子さんや、たまには河野さんを訪ねてあげなさい。ほんとに私たちのことは心配しないで。今夜はうんと抱いてもらいますけど―」
「わかった。ちょっとさびしい気もするけど、そうする」
「親切な人ですから……。いちばん忙しいのはキョウちゃんなのよ。こんなふうに忙しく動き回ってると、そのうちかならず、からだを壊しますよ」
 詩織が、
「ところで、不動産鑑定士って、受験の年齢制限はないんですか?」
「ないんですよ。七十代の人も八十代の人も合格してます。合格率は十パーセント前後しかなくて、司法試験、公認会計士試験と並んで、三大難関国家試験です。合格したあと一年間の実務実習と修得確認、それから修了考査を受けて合格すれば終わり。修了考査は合格率八十パーセントです。いずれにせよ、福田さんならやり遂げます。二年後にはいっしょに仕事をしてるでしょう」
「雅子、がんばってね」
「はい。とても難しい試験なので、しっかり勉強して挑戦します」


         百八十九

 詩織が、
「ウグイス嬢になるのも難しいので、私も一生懸命がんばります」
 トシさんが、
「まあ、とうとう方針を決めたのね。詩織さんはすてきな声してるし、美人だからだいじょうぶよ」
「声や容姿だけじゃだめなんです。伝統のある仕事ですから」
「そんなに古くからあるお仕事なの?」
「はい。昭和二十二年の後楽園球場がいちばん最初ですから、もう二十二年になります。それなりに複雑な仕組みになってて、ウグイス嬢採用試験というのはないんです」
「へえ! どういうこと?」
「まず、プロ球団の職員採用試験に通らなければいけないの。私の場合は中日ドラゴンズ球団。その職員から面接で二名採用」
「そこはコネが重要だな。下通みち子さんというウグイス嬢を知ってるから、早いうちに話を通しておくよ。球団側にも推(お)しとく。とにかく、職員採用試験に受かってね」
「はい! 神無月くん、さっき帰り道で、吹雪が好きって言ってたけど、青森の吹雪で有名なのは、八甲田山死の雪中行軍よね。命を奪うほどの吹雪でも好きなの?」
「そういうふうな意味づけをして好きなんじゃなくて、生死とは関係なく、極端な寒さをイメージさせるものが好きなんだ。街路の並木の幹に貼りついてる樹皮のような雪も好きだ。なぜ好きなのかは考えたことがなかった」
「凍えるような静けさが好きなのね」
 雅子が、
「神無月さんのバッターボックスの雰囲気ですね」
 私は、自分にそういう雰囲気があるなら、人生の総決算がバッターボックスに体現されていると思った。うれしかった。
「死の行軍は、一九○二年、明治三十五年の話だ。トシさんが生まれた明治三十九年よりも前の事件になる。青森高校の野球グランドの隅に、陸軍第八師団第五歩兵連隊の出発場所になった練兵場跡が残っていて、校長や先生たちは折に触れてその話をする。でも、行軍して、猛吹雪に遭って、死んだ、そういう言い方しかしない。だから、さっぱりつかめない。何のためにそんなことしたんだろうね」
 山口がいたらすぐ答えてくれるのにと思いながら、だれにともなく空しく質問してみた。詩織が微笑みながら、
「その理由を知るのには、受験知識よりもう少し詳しい知識が必要なんです。一八九四年明治二十七年の日清戦争にまで遡らなくちゃいけないの。その戦争で日本が手にした遼東半島を、ロシア・フランス・ドイツが清へ返せって要求したことは知ってるでしょう?」
「三国干渉か。清を食い物にしようとしていた彼らの経済的不利益になるからだね」
「そう、日本はその要求を受け入れたの。アメリカとイギリスがわれ関せずを決めこんだから、味方がいなくなったわけ。露仏独三国と戦争をしたらたいへんなことになっちゃうもの。そしたら四年後にロシアが遼東半島の旅順と大連をちゃっかり租借しちゃった」
「ロシアは、冬に艦隊を繰り出せる不凍港がほしかったから、って暗記した覚えがある。そこへ鉄道まで敷いた。うん、教科書どおり」
「そこからが教科書じゃわからないことになるんです。遼東半島は中国を攻める大事な足羽だと思っていた日本政府の目には、ロシアが許しがたく映ったってこと。そこでロシアへ勢力を伸ばそうと思っていたイギリスと日英同盟を結んで、ロシアをやっつける準備を始めたわけ。その準備の一つが―」
「雪中行軍か!」
「はい。厳冬期訓練というの」
 トシさんが、
「さすが東大生同士の会話ですね」
「ぼくは会話と関係ないよ。知らなかったんだから」
 雅子が、
「私もぜんぜん知らなかった。死の行軍という言葉は知ってたけど」
「そうやってすましてることって多いと思います。神無月くんは、そういうところをどんどん質問してくるんです。おかげで自分の知識の再確認になります。……受験知識が少し拡がるんです。神無月くんが無視してきたくらいの知識ですから、もともとどうでもいいことなんですけど」
「知識なんて、どんなものも、もともとどうでもいいものだよ。青森高校のマラソン大会は、立ったまま仮死状態で発見された後藤伍長の像まで走って引き返すんだ。これでスッキリしたな。スッキリしたら勃ってきた」
 詩織が笑顔で両手を結び合わせた。トシさんが、
「うれしいこと。詩織さん、お手柄ね」
 二人で全裸になり、八畳の畳部屋へいった。私は服を脱ごうとしない雅子の肩を抱き、
「怖いの?」
「いいえ、きのうもきょうもしていただいてますし……もっと強く求めてしまいそうで」
「いいじゃないか、トシさんと同じように気を失うくらい求めれば。さっきは中途半端だったから頭痛がしたんだよ。しっかりイカないと後悔するよ」
「はい」
 雅子の服を脱がし、背中を支えて連れていく。二人、機嫌よく迎える。雅子を仰臥させ、大きなクリトリスをひと舐めしてから、そっと挿入する。
「あ、入りました、大きい……あ、だめ、イキますう!」
「もう一度イッとこうね。血のめぐりがよくなるから」
 激しく四、五回こする。
「あ、あ、気持ちいい、イク、イクイク、イク!」
 ドンドンと数回突く。
「あああ、だめ、気持ちいいい! イクウウウ!」
 トシさんが収縮を繰り返す雅子の豊かな腹をさすっている。
「ああ、死ぬほど気持ちいい、ありがとう、神無月さん」
 愛液が何筋も飛ぶ。抜いて詩織に挿入する。
「神無月くん、すぐイッちゃう、強くイクね、うんと強く、ああ、熱い、弾ける、イクウウ! もっとイクね、もっとイク、好きよ、好き好き、死ぬほど好き、あああ、イク、イクウ! 浮いちゃった、お尻お蒲団についてる? クク、イクイクイク、イク!」
「トシさん、もうすぐ出る!」
「はい!」
 詩織が、
「神無月くん、ふくらんじゃった、もうだめもうだめ、よすぎる、ああーん、イクイクイク、イクウウ!」
 抜いてトシさんに挿入し、柔らかいヤスリで素早くこする。詩織が腰を高く突き上げて愛液を飛ばしている。
「あああ、キョウちゃん、すごい! も、いかん、キョウちゃん、もういかん、イク、ちょうだい、ちょうだい、あああ、イク! もっとイク、ああ強うイク、イク、イク、イックウウ!」
 吐き出す。
「キョウちゃん、いかんいかん、グングンいかん、気が飛んでしまう、詩織さんに! ああ、イークウ!」
 抜いて詩織で律動する。
「愛してる! だめだめ、限界よ、神無月くん、限界、あああ、つつ、イクウウウ!」
 引き抜いて、雅子とキスをしながら、挿入して安らぐ。心地よく萎えていくのがわかる。脈を打ちながら柔らかく締めつけてくる。
「頭痛しない?」
「ぜんぜんしません。ありがとうございます、神無月さん、すっかり生き返りました」
「女はオマンコで気持ちよく死ぬし、気持ちよく生き返るんだね。男は女を生き返らせることで生き返る。つまり、どちらも生き返らせるオマンコはすごい。子供まで生むんだからね」
 雅子が、
「でも、すてきなオチンチンあってのことです。並のオチンチンじゃ死にも生き返りもしません。子供は産ませてもらえますけど。……神無月さん、抜いてください、もう硬くなってきました、あ、イク、イク!」
 詩織とトシさんが、雅子と結び合っている私の背中と尻に頬を預けてきた。彼女たちの頭も私といっしょに弾んだ。
 右に詩織、左に雅子、その隣にトシさんという形で眠った。十月まで……。この虚構としか思えない〈宴〉は、もう当分のあいだ催されない。さびしい気がしたが、どこか肩の荷が下りたような思いも胸の片隅にあった。
 ―野球だけの日々が訪れる。
 解放された思いで、ふと目覚めては、両脇の乳房を握った。明け方に目覚めたとき、トシさんの肩が見えたので、起き上がり、雅子を跨いでトシさんの脇に横たわり、彼女の乳首を吸った。
「キョウちゃん、愛してる……」
 夢心地にやさしく抱き締めてきた。一人だけの交合を静かにした。トシさんは枕の端を噛んで声をこらえ、筋肉を強く固めて果てた。トシさんの腰が自動的に前後するせいで、うねりと締めつけが間断なく繰り返される。たまらず射精した。私は腰を止め、静かに律動した。トシさんは、ウプ、ウブ、とうめきながら、新しいアクメの発声をこらえる。唇を合わせたまま数分抱き締め合う。痙攣が治まったので、少しずつ引き抜き、乳房を握りながら傍らに横たわった。トシさんは私の耳を唇に挟み、
「死ぬほど愛してます」
 と囁いた。詩織と雅子は完全に熟睡していた。トシさんは枕もとのティシューをそっと引き抜き、股間に挟んだ。トシさんの脂汗の滲んだ腹に掌を置いて、ふたたび眠りこんだ。
         †
 目覚めると、寝床に女三人がいなかった。
 七月一日火曜日。朝八時。二十四・七度。きょうから夏の盛りに入る。カーテンを引き開けると霧雨が降っている。六月中旬から七月中旬まで降ったり止んだりの長い梅雨がつづく。
 風呂の湯を満たす音が聞こえてくる。裸のままキッチンへいくと、三人楽しそうに立ち動いている。雅子が、
「お風呂入ってくださーい。わ、大きなオチンチン! 真っすぐ上を向いてます。もう無理です」
 と笑う。トシさんも、
「私も無理」
 と明るい声を上げる。
「そうじゃないよ、オシッコしたいだけ。お風呂入るよ」
「どうぞー」
 詩織が、
「待って、待って、もったいないから、私いただいてきます」
 服を脱ぎ捨て、私に従う。宴がなかなか終わらない。詩織は湯を止めると、私を浴槽の縁に坐らせて放尿させ、ゆばりの先をクリトリスに当てるように中腰になった。
「わ、スゴーイ、気持ちいい!」
 最後にビュッ、ビュッ、と水切りをしていると、
「あ、神無月くん、イキそう、あ、だめ、イ、イク!」
 私の肩に両手を突いて、何度も尻を突き上げる。その尻を引き寄せ、深く挿入する。
「あ、イク!」
 激しく口を吸い合う。
「愛してる! 二年待っててください、ああ、イク! 名古屋にいって神無月くんのそばで……うーん、イク! そばで暮らします。ああ好き好き好き、死ぬほど好き、イクイクイク、イク!」
 強く抱きしめてやる。
「ああ、大きくなってきた、出してください、あああ、イッちゃう、早くください、ください、イクイクイク、イク!」
 突き上げて射精する。
「ググ、イグ! イッグウウウ!」
 詩織は立ち上がって引き離れ、ひざまずいて私の膝に頭を預けた。その格好でしばらく痙攣をつづけた。
「どんなに遠くにいても、いつも想っています、愛してます」
 二人で湯に浸かる。
「うえのしおり。かわいい女のままでいてね。ぼくもいつも詩織のことを想ってるよ」
 詩織は飛びつくように抱きつき、
「愛してるわ! だれよりも愛してます」
 私は両手に詩織の頬を挟んでキスした。
「二年後、かならず中日球場のウグイス嬢になってね」
「はい。かならず」
 からだを拭き、新しい下着に身を包んだ。詩織も雅子の新しいパンティを穿いた。
「少し大きいけど、ホッとします」
 二人で微笑み合った。
 味醂と醤油で味つけした焼き鮭、茹で大根とニンジンと大葉の和え物、高野豆腐と半熟卵のホウレンソウ絡め、豆腐と油揚げの味噌汁。トシさんが、
「また一年分していただきました。ありがとうございました」
 雅子が、
「ほんとうにからだじゅうが爽快になりました。ありがとうございました」
 詩織が、
「私もじゅうぶん物足りました。何ごとも全力の気分で生きられます。私はセックスでも学ぶことが多いんです。生きる姿勢というのか、人間の覇気のようなものです」
 トシさんが、
「私たちもそうですよ。からだの満足は、シッカリ生きてるご褒美のようなものだと思うの。私は六十二歳まで、福田さんは五十二歳までそれがなかった。シッカリ生きてこなかったからかしら。いまご褒美をもらえて、かえってそんなものを求めなくてもシッカリ生きていくことが人間の基本だってわかります。キョウちゃんに教えてもらいました」
 雅子が、
「シッカリ生活はしてきても、シッカリ人を愛してこなかったということだと思うんです。愛のある人間には、愛のご褒美が与えられます。人を愛することがいちばんつらくて、いちばん報いの少ないことでしょうから。だからこそご褒美がとんでもなくうれしいんでしょうね」
 詩織が、
「神無月くんは、報われた喜びを人一倍大きく感じられた人だったのね。報われない人に出会うたびにその喜びを分けてあげようって、人生のどこかで決意したんだわ。すばらしい人……。出会えてほんとうによかった」
 三人で交互に私の頬にキスをした。


         百九十

 十時。ダッフルを担いで玄関を出る。吉祥寺駅まで女三人が送ってきた。歩きながら雅子が訊いた。
「神無月さんは、どうしてそんなにやさしいんですか? 五十女が二十歳の男にする質問じゃありませんけど、知りたいんです」
「ぼくはやさしいの?」
「ええ、まちがいなく。神無月さんのような人に遇ったことがなかったので。……経験のないことは、考えてもわかりませんから」
「答えになってるかどうかわからないけど……意地を張ってるように見えて、何の意地もなかった時期があってね。野球なんかやめてしまおうと思った時期。島流しなんて屁でもない、いいチャンスだ、野球なんか捨てちまおう、あんなもの子供の遊びだ、ふつうの人間ならめげてしまうような災難を人生のチャンスとして生かして、勉強し、読書し、知的に成長して、あんな野球小僧たちよりも、もっともっと上を目指して、島流しを食らわしたやつらを見返してやろうってね。知的な成長? 上を目指す? 成長も上昇もない。あまりにも激しい環境の変化に驚いて、無理やり生き残りの大変身を企てて、引っこみがつかなくなっただけだった。意地じゃなく、ただ見栄を張ってただけのことだったんだね」
「見栄?」
「そう……人間は頭だ、それを目指すのが本当の生き方だ、という、ぼくの母親と同じ見栄。でもときどき、学校の校庭でユニフォーム姿の連中がグランドを走り回ってるのを見かけるたびに、胸が痛いほどときめいた。野球を捨てようだって? 知的に向上するだって? 命の使いどころをまちがって朽ちていこうとする決意。見栄というのは大バカ者を自分に見合わない競争の中で頓死させる凶器ようなものだ。野球以外の別の生き方をする能力が自分にあることを人に示したいという見当外れの野心。青高の野球部の練習風景を眺めていたとき、心がスッと一つに決まったんだよ。ぼくは幼いころから野球に感動してきたし、人間のやさしさに感動してきた。そこへスッと戻ったんだ。見栄がこんがらかって、何が何だかわからなくなったら、見栄のなかったころの気持ちに戻ればいい。それこそ自分本来の素質だ。―それからはずっと、その気持ちに素直に生きてる」
 詩織が涙顔でうなずいている。雅子はハンカチを目に当てた。
「苦しんで、心が一つにまとまると、人はやさしなれるということですね」
 トシさんも鼻をすすりながら、
「心が決まったのに、そのころ死のうとしたことがあったでしょう?」
「その素直さを単純すぎる無気力な生き方だと誤解して、思わず死にたくなったんだね。山口に助けられて……それから本格的に再生して頑固なほど素直になった」
 雅子が、
「人はいつからでも再生できるんですね」
「そう思う」
 トシさんが、
「でも……〈におい〉がまだフッとすることがあるの。……置いていかないでくださいね」
「うん、心配ないよ。まとまった心はもう乱れない」
 詩織が、
「いまでも神無月くんは命懸けよ。プラスの意味でね。初めに戻って素直に生きるという生き方は、命懸けの人にしかできないわ」
「荻窪の不動産屋に入ってきたときの、どこも見ていないきれいな目を思い出すの。あのとき〈におった〉の。むかしの恋人に似ていたということももちろんあったけど、そのにおいに思わずアッと声が出ちゃった。……まだにおってる」
「年とって鼻が利かなくなったかな? 愛されてる人間がふつうのアタマを持ってたら、興味は生きる方向へしか向かないよ。安心して」
 詩織が、
「そうよ、菊田さん、神無月くんは私たちに愛されてるだけじゃなくて、私たちを愛してるの。私たちのために生きるほうに関心が向いちゃったの。ずっと生きてくれるわ」
 雅子が、
「神無月さんは、難しいことが起こる人生のほうを選んでくれます。死ねば何も起こりません。神無月さんは、難しいことが大好きなんです」
 三人の女が明るく笑った。
 吉祥寺駅改札で、トシさんの小さな手と、雅子のふくよかな手を握って別れた。二人の唇にキスをした。東京駅には詩織が送ってきた。
「死ぬって簡単なこと?」
「現象としてはね。……未練という厄介な荷物を背負ってる人間には、死ぬのはいちばん難しいことだよ。雅子が言ったのとはちがって、ぼくは難しいことは嫌いだ。簡単な幸福がいい。簡単な幸福の中で起こる面倒なことは、幸福な気分で処理できる。雅子は、その面倒さを難しいことと思ったんだろうね。でも、ぼくが面倒なことを好きだというのは当たってる。面倒だと思いながらも好きなんだ。なぜなら生きる励みになるからだよ。生きる励みは愛する人たちだ。彼らがいなくなったら、ぼくはすっかり励みを失って、生きる未練がなくなる」
「簡単な幸福だなんて……神無月くんが言うと、重いわ。私たちはいなくならない。神無月くんという大きな未練があるから。そして、逆に神無月くんの未練でいられるように一生懸命生きつづけなくちゃいけないから」
 強く手を握り合った。電車の中で口づけはできなかった。
 ひかりの窓から霧雨が流れこむ新幹線ホームへ手を振った。詩織は私の視界から消えるまでいつまでも手を振っていた。
         †
 一時に名古屋駅についた。出発時間を知らせていなかったので、出迎えはなし。新幹線口から駅西へ出る。東京よりも大粒の雨が降っている。コンコースに引き返し、売店で簡易傘を買う。バラバラと傘に音が立つほどの雨だ。車も人もみんな雨に濡れて美しい。
 三日広島戦、二日空いて六日阪神戦、どちらも降雨調整試合。そのあと三日空いて、十日の巨人戦遠征まで名古屋にいられる。十二日に東京から甲子園へ移動して阪神三連戦、十五日に名古屋に戻って大洋三連戦。そしていよいよオールスターだ。とにかくきょうから十日間、北村席の畳でからだを休めよう。
 椿町の信号を渡り、椿神社まで直進し、アイリスの通りを右に見て、あかひげ薬局を左折。直進。雨に濡れた牧野小学校の塀をたどりながら牧野公園へ。四本の道路にそっくり縁どられた豪邸の一角が見えてくる。寺のような瓦屋根はあたりに北村席だけだ。則武の家の瓦も豪華だ。あれが自分の家とは思えない。北村席到着。
 数寄屋門の格子戸を引き、庭石に踏み出す。庭木の密度が急速に濃くなった。遠からず塀沿いは鬱蒼とした繁みに変わるだろう。池の面を雨滴が打っている。厨房の窓から私の姿を見かけたのか、トモヨさんたちが玄関戸の前に立った。
「お帰りなさーい!」
「ただいま。さあ、ゆっくりするぞ」
 主人夫婦と菅野、ソテツ、イネ、千佳子、睦子も出てきた。主人が、
「お帰りなさい。厄介な雨ですな」
「はい。三日と六日も危ないかもしれませんね」
 菅野が、
「水くさいことなしにお願いします。駅まで迎えにいくのなんか何の苦でもないんですから」
「はい、心します」
 ダッフルを式台に置く。ソテツが引き寄せ、いそいそと中身を取り出す。グローブ、スパイク、帽子、タオル類。
「お帽子はクリーニングですね」
「そう。グローブとスパイクは下駄箱に載せておいて」
「はい」
 イネが、
「腹へってる?」
「へってる。軽い食事でいい」
 丸と天童はいない。ぞろぞろと居間に入る。コーヒーを立てるにおい。女将が、
「長丁場やったねェ。疲れとらん?」
「まだまだ」
 主人が、
「相変わらず鉄人やなあ」
「筋トレをあまりしないようにしましたから。池藤さんというトレーナーが、ランニングは毎日でもいいけど、筋トレは最低四十八時間くらい間隔を置かないと、疲労を回復できなくて、かえって逆効果になるって教えてくれたんです」
「じゃ、いままでやりすぎでしたね」
「はい、三種の神器は筋トレというほどのものでもないので、それ以外は三日にいっぺんにします」
 キツネの載った温麺と、野菜天ぷらと、中盛りめしが出る。
「相変わらずおいしいな」
 ソテツとイネが顔を見合わせてうれしそうに笑う。睦子と千佳子が両脇につき、ノロノロ食べる私を見守る。テーブルの向かいでトモヨさんも微笑んでいる。鮮やかな記憶が忍びこんできた。いつか小学生のころ、飯場で小山田さんたちとめしを食っていたとき、母も彼女たちのような笑顔で私を見つめながら、いい男だね、と言ったことがあった。たった一度―。
「はち切れそうになったね」
 トモヨさんの腹に視線を当てて言う。
「はい、もうひと月もすれば、そろそろ」
「どんな女も、腹がふくれると平凡に見える。悪い意味じゃないよ。シットリ落ち着いた平凡さ」
「もともと平凡です。むかしから変わりません」
「いや、土台はウルトラ美人だ。平凡というのは、ひとしなみに本来の生物になるってこと。精神にかまっていられない本来の生物」
 睦子がニッコリ笑い、
「女の理想ですね」
「男の理想でもあるんだ。人間は精神をかまわないほうがいい」
 千佳子が、
「神無月くんは本来の生物?」
「そう。遊びと本能の二本立て。ライオンの子も遊ぶでしょう。狩りは遊びの延長だからね。精神は無理しないと意識できない。ときどき無理に精神性を意識しようとして、本を読んだり、ものを書いたりする。ぼくにも素朴で高貴な精神性の片鱗はあってね、友情と愛情だ。うれしいことに、それは知性じゃない」
 菅野が、
「またまた、知性の権化が自虐趣味」
「知性の権化は、政財界、学界にたくさんいるでしょう。自虐じゃないですよ。生物本来の能力をまっとうすることは、睦子のいわゆる男女の理想なんですから。きょうは映画でも見て、知性に触れようかな。ちょっと理想から逸れようっと。そして夜は理想に戻る」
 両脇から女二人が腕を握る。千佳子が、
「無理しちゃだめです。ぜったい疲れてるはずだから」
 睦子も諫めるようにうなずく。
「遠征から帰った日は、郷さんに甘えないって、みんなで約束したんです。とにかく知性を覗きにいきましょう」
 主人が、
「ワシもたまに知性を覗いてみるかな。アヤメの基礎工事を眺めがてらいきますか。雨の季節なので、防水シートで覆われてて何も見えませんけどね」
 女将が、
「たまにって、このあいだ御用金とかゆう映画観てきたばかりだがね」
「そうやった。知性のない映画やったから忘れとった」
 私は笑った。
「冗談ですよ、知性に触れるなんて。映画はみんな娯楽です」
「じゃ、洋画でも観ましょうか。洋画の娯楽は徹底しとるで」
 菅野が、
「殺しのダンディーって映画やってますよ」
「やっぱり映画はやめましょう。こうやってゆっくりしながら話をしてるほうがいいや。きのうは、名古屋に帰ったらぜったい映画を観ようって決めてたけど、面倒くさくなっちゃった」
 菅野が、
「そうですか。007のようなスパイもの観たかったんですけどね。じゃ、私、直人を迎えにいってきます。神無月さんはそのまま休んでてください」
 トモヨさんが、
「いつもすみません。帰ってきて郷くんがいるのに出くわしたら、直人、喜ぶわ。このごろ、おとうちゃんはどこ、おとうちゃんは遠くにいるのって、恋しがるようなことばかり言ってますから」
 主人が、
「父恋しの年になるには早すぎると思うがな。人一倍マセとるのかな。神無月さん、きょうはしばらくいっしょにいてやってくださいや」
「はい」
 現実は変えられない。精神も肉体も現実という万古不変のものに取り囲まれている。その実感が生理的な恐怖となって背中を這い上がる。私があの母の子であり、あの父の子であることは変えられない。馬鹿らしい、と笑い飛ばすことができない。人は忘れる怠惰ばかりでなく、記憶する精勤さも持っている。何よりつらいのは、記憶は意志の力では消せないということだ。あの母と父のいないところで浮かれていられるのは、いっときの幸運だろう。私は、最後にはあの二人と心中しなければならない。しかしいまは、この避難所から動きたくない。私はあの二人以外の人間を愛しすぎた。




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