二百三十六

「平畑のあたりはどうだったの」
「台風の日は飯場にいたわ。二十六日は土曜日で、午前中は雨も風もなく晴れてた」
 雅江が、
「翌日が運動会やったから、昼近くに登校して、校庭で六年生が棒倒しの練習するのを見とった。あのころ午前と午後の二部授業しとって、私は午後の部やったから」
「生徒の人数が多かったころよね」
「はい。五年生も居残って、校庭の整備やライン引きをしとった。ちょうど昼ごろから雲行きがおかしなって、雨が降ってきた。台風十五号って先生たちが言いながら職員室から出てきて、午後の授業はないから早く家に帰りなさいって」
 カズちゃんが、
「八百清さんから買出しして戻るとき、酒井さんの娘さんがあしたの運動会は中止って女の子同士で声をかけ合って帰ってきたのを憶えてるわ。だんだん雨と風が強くなってきて、テレビで台風十五号が紀伊半島に上陸したって何度も言ってた。小山田さんたちがスワッとなって、窓をトタン板でふさいで釘を打ったりした」
「うちもおとうさんがやりました。それでも、ただの雨台風だろうって噂やったから、のんびり夕ごはんを食べとった。そしたら七時のNHKのニュースで、どうもすごい台風が直撃するらしいって言うんよ。おかあさんが、買ったばかりの電気釜で、非常食のおにぎりを作るってごはんを炊き直した。そしたらとつぜん停電」
「そうそう、ロウソクと懐中電灯」
 二人、競争でもするように当時の様子を思い出しながらしゃべる。
「することがにゃあで、寝てしまおうゆうことになった。トランジスタかけて聴いたら、庄内川の堤防が切れたて言っとったけど、何も気にせんかった」
「雅江さんの家は坂の上のほうだからね」
「あの坂、ほとんど勾配がないから、平地と大差ないんです」
「停電したころ、平畑の道路は三十センチも冠水してたのよ。それからあっという間に浸水。事務所のほうが食堂より二メートルくらい高いところに床をわたして作ってあったから、そっちへ蒲団を担いで避難。私、何かいやな予感がして、早いうちにオシッコをしておいたの。それで一晩安心してすごせた」
 私は、
「ひょっとして、二人ともすごい経験したんじゃないの? 何気なさそうにしゃべってるけど」
 雅江が真剣な顔で、
「すごいと言えばそうかもしれん。トイレにいってから、戸を開けて出たら、水が廊下の高さまできとった。とたんに玄関の戸が内側に倒れて、ドッと水が入ってきた。堀川の水やが。汚いでェ。みんなで一目散に押入に逃げた。畳が浮き上がってきて、箪笥が倒れかけてた。おかあさんが必死の形相で電気釜を押入の私に渡したんよ。おとうさんはテレビを押入に上げとった」
「わかるなあ、それ。電気製品て宝ものだから」
 メイ子は目を見開いて聴いている。
「どんどん水かさが増してきて、畳が水に浮いて、箪笥も浮き上がって倒れてまった。おとうさんとおかあさんも、びしょびしょの足であわてて押入に上がってきた。汚い水に浸かりたないもんな」
「蒲団は?」
「寝室で浮き上がっとったんやない? 押入の上の段に入っとった分は無事やった」
「押入の上まで水はこなかったの?」
「押入の真ん中の巾木のところでピタッと止まったんよ。十一時ごろやったかな。外は雨風がすごいし、電線は赤ちゃんの引きつけみたいに鳴っとるし、家はぐらぐら揺れるし」
「そのまま一晩すごしたの?」
「そう。私は一睡もせんかった。何考えとったか憶えとらん。おとうさんおかあさんは凭れ合って寝とった」
「飯場では、事務所の床に新聞紙を並べた上に蒲団を敷いて雑魚寝。男七人、私は炊事のおばさん二人と寝た。熟睡できなかったわ。結局、水は食堂のコンクリ床を浸すくらいしかこなかった。鞘土間の寮部屋の床下浸水ですんだ。飯場の裏の堀川の引きこみ運河の堤防がとても高かったから助かった」
「よかったですねえ。うちもよかったほうやね」
「千年近辺は大した被害がなかったみたいよ」
「風と雨がおさまって、水が床ぐらいまで退いて、外が明るんできたから、ピチャピチャ玄関から出てみると、雲一つない快晴やった。道路は五十センチくらい冠水して、いたるところにウンコがプカプカ浮いとる。その日の昼過ぎに市から救援物資のおにぎりが届いたんやけど、腐っとって食えへん。前の晩のうちにせっせと握ったものなんやろうけど、手で握っとるで半日もしたら腐るわね。夕方になって、胸まであるゴムの作業着を着た人たちが、おとうさんの会社から握りめしを担いで駆けつけてくれた。二、三日分もあったわ。その日のうちに、水に濡れた小物や衣類はぜんぶ屋根に並べて干した」
「たいへんだったわね、お気の毒に」
「乾いた衣類は、くさくて着れんから、結局捨ててまった。やっぱり会社の人たちが下着や衣類を届けてくれた」
「お風呂に入れないのは仕方ないとして、家の便所が使えないから、ウンコとオシッコはたいへんだったんじゃない? 飯場の便所は、少し地面より高いところに作ってあるからだいじょうぶだったけど」
「堀川の堤防ぎわの高い場所に建ってる家が何軒かあったから、大きいほうは昼間のうちにそこで借りました。小さいほうは、堤防の下にいって、人目のないのを確かめてからシャー。三日目ぐらいに、アメリカの救援物資が熱田高校のそばの市電路に届いたので、ワーッて受け取りにいった」
「私たちもいったわ。商店がぜんぶ閉まってたものね」
 メイ子が、
「ほんとにお二人、何ごともなかったみたいな話し方ですね。アメリカにまですぐ伝わるくらいの大災害だったのに」
「ほんと、思い出がウンコぐらいだから、千年近辺に住んでたのがラッキーだったということね。アメリカと言えば、シャーリー・マクレーンという女優が、東海地方のほとんどの小学校にピアノを寄付したのよ」
 私は、
「その女優聞いたことある。アパートの鍵貸します」
 カズちゃんが、
「ハリーの災難、八十日間世界一周、泥棒貴族」
 私は、
「あなただけ今晩は」
「意外な映画知ってるわね」
「へへ、名前だけ」
 メイ子が、
「アパートの鍵貸しますはいい映画でしたね。ジャック・レモンが純情で、おもしろおかしくて」
 ほとんど映画を観たことのなさそうな雅江が、
「何言っとるかわからん。とにかく千年から死者は出んかったんよね」
「出たのよ。堤防の決壊したところから造船所の修理船が流れてきて、アパートにぶつかって四人死んだわ。飯場裏の引きこみ堀川の向こう岸。ほんとに不運」
「初耳やわ。知らんかった。あれからは救援物資がどんどん運ばれてくるし、子供たちは毎日その仕分けで忙しいし、耳に入ってこんかったんやろな。だめになって運び出された畳でリング造ってプロレスごっこをしとる男の子たちもいたわ。一週間後にすっかり水が退いて、それから保健所の人たちが町じゅうに消毒薬の噴霧だが。十一月の初めごろまでには学校が再開するゆうことになって、一カ月ほど半田の親戚に預けられた。その家で、風呂焚きの燃料にする廃材をリヤカーで運ぶのを手伝わされた。ひょこたんひょこたんて、あんまり役に立たんかった。半田の競艇場が強風と高潮で全壊しとるのを見て、すごい台風やったんやなあって、あらためておそがなった。学校が始まって最初の給食のビン牛乳、おいしかった。パンはまずかったけど。男子どもは、真ん中くり抜いて飛ばしとった」
「復興に一カ月余りか。……そのころは川原小学校にいた。台風からしばらくして、おふくろは西松に入ったわけだね」
「そうね。せっせと働いてたわ。昭和区に預けてあるキョウちゃんを早く呼び寄せるんだって。あのころのお母さん、すてきだった。料理の手ぎわがいいから、すぐに賄い頭をまかされるようになって、それから少しずつ権高い感じになっていったの。キョウちゃんがやってきたころは、ほとんど独裁者だった」
「ぼくは転校間近になって飯場に移ったんだけど、千年平畑の町並が美しすぎて、そんな大災害があったなんてことちっとも感じなかった」
 メイ子が、
「何がお母さんを変えたんでしょうか」
「変えたんじゃなく、自信がついて、もとの自分を回復したのよ。お父さんが逃げ出したころの自分」
 雅江が私の肩にしなだれかかって、
「……飯場にきてくれたおかげで、郷さんに遇えた」
 カズちゃんもしなだれかかった。メイ子はカズちゃんの腕に手を置いた。思いがけず勃ってきた。カズちゃんがすぐ気づき、
「あら、もう回復?」
「うん。そう言えば、きょうはメイ子と向かい合ってしたっけ?」
「いえ、後ろからだけです」
 私はメイ子をソファに横たえてパジャマを引き下ろし、股間に口を寄せるとペロリと舐めた。
「あ、神無月さん、気持ち……」
「入れるから、できるだけがまんしてみて」
「はい……」
 パジャマを脱いで、天を向いているものを挿し入れ、往復を始める。あまりに何の躊躇もなく交わったので、雅江はとんでもなく驚いたようだった。
「雅江も見てて。メイ子が死にそうになったら、次は雅江とカズちゃんだから」
「はい―」
 メイ子が下腹をプルプル引き攣らせながら、
「あ、神無月さん、だめ、もう、イキそうです」
「がまん、がまん」
「は、はい、でも、む、無理です、ううん、ううん、あ、気持ちいい、気持ちいい! ああ、だめ、もうがまんできません、もうイク! ごめんなさい、神無月さん、イクイクイク、イクウウ!」
 シュッとするどく愛液を吐き出し、あぐらの格好でいざるように尻を引いて離れた。ソファの背をつかんで平泳ぎのように脚を開いたまま、恥丘を何度も跳ね上げる。細い愛液が低く飛ぶ。雅江が驚愕の目で見つめている。
「すごい……オシッコみたい……」
 カズちゃんが、
「オシッコじゃないの。スキーン液という愛液よ。尿道口の両脇に開いている小さな穴から出るの。強くイカないと出ないのよ」
「雅江もよく出すよ」
「うそ!」
「ほんとだよ。してる最中は陰毛にぶつかるからわからないんだ。カズちゃんもいつも飛ばす。きょうも風呂場で、床にぶつかる音がするくらい飛ばしてた」
 カズちゃんは、
「入れて! なるべく長くがまんするから。次は雅江さんよ。私が死にそうになったらすぐ交替して。するのを見ててね、入るところから見ててね、すごく興奮するから」
「はい、ちゃんと見てます」
 カズちゃんはメイ子と交代でソファに横たわった。よく見えるようにカズちゃんの腰を持ち上げて、割れ目を露出し、亀頭をクリトリスにこすりつける。雅江はからだを屈めて結合部を覗き、大きく目を見開いた。ゆっくり挿入する。
「ああ、和子さんのきれいな割れ目に入ってく……すごく興奮します」
 根本までしっかり入れる。カズちゃんは思わず腹を引き絞り、
「う、気持ちいい! イカないわよ、イカないわよ、イクもんですか」
 雅江が私に、
「そういうときの和子さんの中はどうなってるんですか?」
「グニャグニャ動いて、ギューッて締めつけてる。壁の動き方や締めつけ方はみんなちがうんだ」
 カズちゃんが、アクメをこらえながら、両肘を突いて上半身を起こし、
「キョウちゃんがピクピクしだした、近いわ、ああ大きくなる、あ、だめ、もうがまんの限界、イッちゃう、雅江さん、お願い、私の手を握って、もうだめ、限界!」
 雅江はカズちゃんの手を握り締めた。
「あああ、だめえ、イッちゃうう、キョウちゃん、死ぬほど好き、好き好き、あああイクイク、イクイク、イクウ! うん、うーん、またイキそう、もうイカない、イカない、ああん、イッちゃう! 助けて、キョウちゃん大きくなっちゃった、グ、イクウウ!」
 陰毛に一瞬愛液の圧力を感じた。雅江はソファの下で大きく股を開き、
「郷さん、ください! がまんしますから」
 カズちゃんからまだ射精に余裕のある亀頭を抜いて、雅江の性器に挿し入れる。
「キャ、気持ちいい! すぐイッてまう、イカんよ、う、がまんする、あ、どうしよ、イカんよ、羊が一匹、羊が二匹、羊が……ううん、気持ちいィィ! イク! あああ、郷さん! 好きや、好きや、大きなった、いっしょにイク、いっしょに―だめ、イクウ! あああ、イク、イク、イグ!」
 付け根に愛液が弾けた。たちまち迫った。
「メイ子、お尻!」
「はい!」
 メイ子は雅江の足もとで尻を向ける。雅江の陰阜にグイと突いて射精したように思わせ、素早く引き抜き、メイ子に挿入する。思い切り吐き出す。
「ああ神無月さん、うれしい、愛してます、死ぬほど愛してます! イクウウ!」
 あごが落ちた。律動を繰り返す。メイ子も床に愛液を吐き出しながら、私に合わせて渾身の痙攣をする。横を見る。カズちゃんがソファでかすかに名残の痙攣をしている。弱々しく雅江を見下ろし、
「雅江さん、気絶しちゃってるわ。だいじょうぶ、若いからすぐ回復する……あ、イク」
 カズちゃんも首の力が抜け、顔が横にかしいだ。私はメイ子から引き抜き、床にからだを仰向けた。


         二百三十七

 しばらくしてメイ子はよろよろ立ち上がると、キッチンへいき、絞ったタオルを持って戻ってきた。乱れた髪を揺らしながら、意識のない雅江の股間を丁寧に拭く。私が射精したと思わせるためにちがいない。それからタオルを裏返して、私の繁みを拭き、睾丸を拭き、包みこむようにして陰茎を拭いた。亀頭だけは口中に含んで丁寧に舐める。献身的なパジャマの背中をさすってやった。抱き寄せてキスをする。
「ありがとう、メイ子」
「いいえ。私こそ何度もごちそうさまでした」
 彼女はもう一度キッチンにいって新しく絞ったタオルを持ってきて、カズちゃんの股間と尻の割れ目を拭った。裏返して床を拭く。雅江はもう深く寝入っていた。静かな呼吸を取り戻したカズちゃんが、ポツンと言った。
「キョウちゃんのお母さんにメイ子ちゃんのようなやさしい心があったらねえ」
「そんな、私……」
「自分に劣らず複雑な人生を歩んでる人間を受け入れる余裕がなかったのね。でも、それは言いわけ。真剣な人間関係に障害はつきものよ。そんなもの乗り越えなくちゃ。……キョウちゃんとお母さんは合わなかったの。運命の相手なら障害を何とかするものだもの」
「……メイ子は静岡出身だったよね」
「はい」
「小さい子を一人預けてるんだったね。仕送りがたいへんだって」
「それはお嬢さんのおかげでどうにかなりました。アイリスと則武のお給料を合わせると、トルコに出ていたころより高給になるんです」
 女二人眠そうな顔になった。
「抱いていって寝かせましょう」
 私は雅江を抱えてカズちゃんの寝室へ運んでいった。カズちゃんは雅江に下着を穿かせ、パジャマを着せて、並んで二人分の蒲団を掛けた。蒲団の中から私とメイ子にお休みなさいを言う。メイ子はカズちゃんと私にお休みなさいを言って離れへ去った。
 居間に戻ってテレビを点けた。孤独のメス第十一回。東京下町の救急指定病院を舞台にする医療ヒューマンドラマ。北斗の人の加藤剛、バス通り裏の十朱幸代、小津映画常連の笠智衆、清潔な三人でドラマの雰囲気が決まる。外科部長という呼称を聞いて、労災病院の部長先生とダッコちゃんを思い出した。院内の派閥争いが退屈。ウトウトし、やがて眠りに落ちた。
 深夜に起きて、ソファから二階の寝室に移動。
         †
 七月十五日火曜日。七時起床。うがい、軟便、シャワー、歯磨き。洗髪せず。
 女三人で順繰りシャワーを浴びた。服を整え、テーブルに落ち着く。カズちゃんが雅江の顔を見つめながら、
「満足した?」
「はい。すみません、眠り姫みたいになっちゃって。郷さん、運んでくれてありがとう」
「よかったわね。何カ月もできなくなるから、心残りがないようにしないと」
 カズちゃんはコーヒーの用意をした。マンデリン。飲み終えると、四人で北村席へいった。門前にうろうろしている報道記者たちやテレビカメラを雅江はめずらしそうに眺めた。中継車が三台、記者は二十人ほどもいる。
「毎日こうなんですか」
「ここまでじゃないわ。きょうは百号がかかってるからよ。電信柱の陰に男の人が何人か立ってるでしょう? 松葉会の人よ。キョウちゃんにまんいちのことがあったらいけないから、ああやって警護してるの。球場でも、ホテルでも、一年じゅう。うちの店もしっかり見張ってくれてるわ。経営の介添えもしてくれてるし。無料でよ。松葉会の組長さんの配慮なの」
 私は組員たちに辞儀をした。彼らはどぎまぎ骨ばった礼を返した。数寄屋門を入ろうとすると、ワッとカメラとマイクが押し寄せてきた。
「ひとこと、ひとこと、百号のボールはファンに進呈しませんよね」
 ライトがカッと照りつける。
「進呈します」
「球団が買い取って展示物にすると言ってますが」
「すみません、あとでお答えします。三十分後に。みんな細かいスケジュールの中で動いてますんで」
「二百号を狙いますか!」
 無視して、門の戸を開けて入り、庭石を踏んでいく。組員たちが門前を塞いだ。雅江が、
「わあ、お大尽の家!」
 と悲鳴のような声を上げる。
「父と母の家です。キョウちゃんの別荘」
 ソテツとイネが走ってきて出迎えた。
「賄いのソテツです」
「同じぐ、イネです」
「雅江さんですね。きれい!」
「うだで美人だでば。千佳ちゃん、ムッちゃんとドッコイだ。ごはん用意してるすけ、うんと食ってけんだ」
「ありがとうございます」
 玄関の戸を開けると、ズラリと一家が居並んでいる。睦子も千佳子もいる。主人が、
「おお、あんたが雅江さんですか。北村席の女連中に輪をかけた美形だ!」
 女将が、
「和子の母です。ようこそいらっしゃいました。いつもお噂を伺っとりましたので、初めての気がせんわね。さ、座敷のほうへどうぞ」
 トモヨさんが腹を突き出して案内する。直人が雅江の前に立って走り回る。
「わあ、かわいい! 郷さんの宝物ね」
 カズちゃんが、
「みんなの宝物よ。輝いてるでしょ」
「はい! 言葉になりません」
 すでに食卓が用意してある。主人夫婦の脇に菅野とトモヨさんが坐る。トモヨさんの脇に千佳子と睦子が坐る。菅野が雅江に片手を挙げながら頭を下げる。雅江は、
「こんにちは。何度か大瀬子橋でお会いしましたね」
「は、こりゃ、どうも。菅野と申します。こちらの社長の下で働いております」
 雅江は腰を下ろさずに、少しテーブルから離れた畳に膝を折って、一家の者たちに辞儀をした。
「加藤雅江と申します。熱田区の千年に暮らしています。愛知時計で事務員をしています。郷さんとは小中学校が同級でした。ふつつか者ですが、どうかみなさま、今後ともよろしくお願いいたします」
 拍手が上がり、女将がカラカラと笑う。
「うちにお嫁にくるようやな」
 賄いたちのおさんどんが始まった。雅江が食卓につくと、みんな箸を使いながら自己紹介をする。
「うち、兵藤素子、アイリス主任、調理師免許あり、五年後に栄養士免許取得予定。お会いできてうれしいです」
「北村智代と申します。当家の養女で、直人の母です。厨房の仕事をしています。八月にもう一人出産予定です。郷くんとは五年前に知り合いました。五年間変わらずやさしくしてもらっています」
 雅江がキョロキョロとカズちゃんの顔と見比べているので、
「お嬢さんとは双子じゃないんですよ。ほんとの偶然です」
 と言って、うれしそうに笑った。千佳子が、
「名大生の木谷千佳子です」
「同じく鈴木睦子です。私たち二人、神無月くんとは青森高校の同級生でした。野球部のマネージャーもしてました」
「東奥日報の記事でお二人のことはよく存じあげてます。……ここのみなさん、信じられないほどきれい。すごい迫力ですね」
 睦子が、
「私たちがきれいでいられるのは郷さんのおかげです。雅江さんがきれいなのも同じでしょう? 郷さんを愛して、郷さんに愛されると、だれでもきれいになります。男も女も」
 キッコ、天童、百江、イネ、ソテツと、短い自己紹介をしていく。丸、しずか、れん、幣原、三上まで、雅江はいちいち顔を見やり、丁寧に頭を下げた。別のテーブルにつどったきり自己紹介をしない者もいるところから、雅江は女同士の環境の差をじゅうぶん理解したようだった。女将が直人を膝に乗せてスプーンを使いながら、
「何度か遊びにきとるうちに、知り合う人も増えてくるで、楽しみにしとりゃあ」
「はい。思い立ったら、かならず遊びにきます」
 思い立ったら? それは難しいだろうと感じた。松葉会のごとき度量の大きな男の世界を訪ねていくときのような、気持ちのどこかで自分の価値を主張する甘えのある姿勢はこの集団では許されない。ここにつどっている人びとと同様身を捨てていないかぎり、この館には紛れこめない。
 たしかに加藤雅江は身を捨てている気ぶりは窺える。ここの女たちにも主観で調和しているようだ。しかし、没入がない。背中に血縁を負っているからだ。ものごとに没入するときは血縁を排斥しなければならない。雅江がカズちゃんを見習いながら、負けず劣らずの食欲でめしを平らげていく姿を見て、主人が、
「きれいな顔と食欲のアンバランスが何とも言えませんな。ところで菅ちゃん、このごろ天馬教徒と名乗る熱狂的な若者たちが増えとると新聞に書いてあったが、具体的にどういうことをしとるんやろな」
「朝日新聞のコラムですね。うーん……徒党を組む宗教団体でないことはたしかですが、祭壇は設えるようです」
 カズちゃんが、
「要するに〈追っかけ〉ね。そういう熱烈なファンが出てきたのはいまに始まったことじゃなくて、明治の浄瑠璃語りの娘義太夫のころからいたのよ」
「娘義太夫?」
「いまで言うアイドルの女の子たちね。女義(じょぎ)と言われたみたい。公演をぜんぶ見に出かける、詳しい情報を収集する、跡をつけ回すといったようなことをやったそうよ。追っかけ連中は公演の場には出かけていくけれども、自宅や事務所にはいかないという暗黙の了解があって、いまとほとんど同じね。でも、天馬教徒はもちろんそんなことはしないけど、野球場という公演の場にすら出向かないわね。情報収集にしても、語録や写真という偏ったものにこだわって、それを自宅に造った祭壇に飾って、時間を決めて祈るらしいわ。祈りを日常生活のエネルギーにするわけね。結局、語録や顔写真を偶像にして祈ってるだけで、何の危険もないファンだということよ」
 菅野が、
「ふだんはふつうの社会生活をしてるようですね。唱える言葉は―あなたの真実を敬います、私にも真実のあることを願います、みなが真実の者となり、この世が真実で満たされますように―だそうです。神無月さんが真実の人と捉えられたわけですね。ただ、そこはうれしいんですが、神無月さんの野球を見てもらえないのが残念だな」
 カズちゃんが微笑みながら箸を置いた。素子が、
「行動人間のキョウちゃんを寝転がっとる釈迦みたいな人間と思ってまったわけやね。ぜんぜん勘ちがいやわ」
 キッコが、
「ただのミーハーやが。危険がないんなら、ほっとけばええんやないの。野球場にこられて念仏でも唱えられたらうるさいし、神無月さんの器を疑われてまう」
 雅江も安堵して言い募る。
「団体ではないですけど、やっぱり宗教そのものですね。郷さんがきょうびあまり見かけんような、合理的でない発言をするんで、神秘的な存在として惹きつけられるんやね。絵や像だけのキリストやマリアに惹きつけられるのと同じやわ」
 睦子が、
「そういう人たちが惹きつけられるのは、神秘めいたもので、ほんものの神秘じゃありません。郷さんの外見にだけ興味があって、具体的な行動や意見には興味がないんです。それこそ郷さんのほんとうの神秘なのに」
 主人がわが意を得たりと手を拍つと、菅野が、
「たまらんですね、毎日これだから」
 雅江が、
「興奮します。みんな自分の頭で考えて、自分の言葉で話してる。ふつうの社会ではあり得んことやわ。きのうの夜からずっと興奮してます」
 カズちゃんが、
「キョウちゃんがそういう〈原始人〉たちを作り上げたのよ。これまで生きてきて、キョウちゃんのように心に響く言葉を話したり、真実味のある行動をする人間いなかったから、とことん影響を受けたの。キョウちゃんは記号のような独特の言葉と行動で、人は人を傷つけないかぎり自然に振舞えばいいって教えてくれた。だから私も自然児になれたのよ」
「うちも」
「あたしも」
 素子やキッコが手を挙げると主人が、
「和子が神無月さんをここに連れてきて以来、ワシらも原始人になったわ。どんどんすばらしい原始人が集まってきよる。ドラゴンズの原始人たちもしょっちゅうくる」
 カズちゃんが雅江に、
「ここにいる人たちはみんな社会人に分類されてるけど、社会に出かけていくだけで、社会に住んではいないの。住んでるのは原始人の寄り合う原始村。社会では許されない好きなことをしゃべったり、好きなことをしたりするために暮らす場所なのよ。原始人の基本は、どうにか社会に適応できてること。どうにか適応できても、心だけは適応できないでしょうから、心にカラッ風が吹いたら、ここにいらっしゃい」
「はい」
 もともとふつうに適応できているなら、ここにくる必要はないと、カズちゃんは言いたいのだった。


         二百三十八
 
 ソテツがあたふたとやってきて、
「一分でいいから取材させてくれって、さっきからインタホンでしつこいんですけど」
「三十分後と言ってあるから、だいじょうぶだよ」
 カズちゃんが、
「すぐ受けてあげなさい。百号の意気ごみが聞きたいのよ。きょう百号を打って帰ったら、夜は記者と野次馬でたいへんなことになってるわよ。別格のスターなんだから辛抱しなさい。またあしたから静かになるわ。私たちもそろそろ出かけましょ」
 アイリス組が立ち上がった。菅野が、
「国会や記者クラブに常駐してるのんびりした記者とちがって、放送記者というのは、事件があるといつでもカメラマンを連れて現場にやってきます。早く現場の映像を確保して編集部に渡さないといかんのです。定時のニュース番組を作るためですよ。いまたむろしてるのは、夕方のニュースでしょう」
 雅江が、
「じゃ、私も和子さんたちといっしょに出ます。これからアイリスに寄って、出勤します」
 菅野が、
「私どもも出ますよ。直人、保育所いくぞ」
「お願いします」
 トモヨさんが直人の口をガーゼで拭き、園児服を着せて、かわいらしいカバンを肩に掛けた。
「おかあちゃん、おとうちゃん、じいじ、ばあば、いってきます」
「はいはい、いってりゃあせ」
「楽しくやってこい」
「うん」
 カズちゃんについてアイリス組が全員玄関に出た。睦子と千佳子が直人の手を引いてつづいた。カズちゃんが、
「じゃ、雅江さん、アイリスにいきましょう。コーヒーごちそうするわ」
「はい。みなさん、きょうはごちそうさまでした。また遊びにきます」
「いつでもいりゃあせ」
 トモヨさんが、
「八月十五日は直人の二歳の誕生日なの。都合がよければ、夕方にでもいらしてください。金曜日です」
「残業がなければ伺わせていただきます。郷さん、二日間ほんとにありがとう。とっても楽しかった。このままアイリスから出社して、夜は球場に応援にいきます。さよなら」
 残業の話など彼女の口から一度も聞いたことがない。こないだろうと思った。
「うん、お父さんお母さんによろしく。秋口には会えるんじゃないかって言っといて。安請け合いはできないけど」
「はい、私たちのことは気にせず、野球に精を出してください」
 雅江は玄関で直人の小さい手と握手した。
 カメラの蝟集する門までいっしょにいく。みんなで私に手を振って門を出ていった。報道陣は彼らを追いかけなかった。私は何十ものカメラとマイクに取り囲まれた。
「きょう、百号は出そうですか」
「たぶん出ると思います。少なくとも、二試合のうちには打ちます」
「百号は通過点ですか」
 そういう答え方をする選手が多いので、こういう質問が出てくるのだ。祝祭的な空気と裏腹に、私は居心地の悪さを覚える。
「通過してどこへいくのかわからないので、単なる貴重な一本です」
「ホームランボールは?」
「ほんとうにどうなるかわかりません。たぶんそのボールを手にしたかたと球団との交渉になると思います。球団に何らかの意図がないかぎり、私は差し上げるつもりでいます」
「天馬教についてのご意見を」
「ぼくは自分のために考えたり行動したりしているだけです。そんなぼくが人を救えるはずがない。人の心の声を聴いてやるために生きている宗教家じゃないんです。人は自分の心の声を聴いてくれる宗教家を痛切に求めています。だれもが自分の思いをアピールしたいと願い、他人の思いには関心がない。だから人に好きなだけ思いのたけを話させ、ちゃんと聴いてやる宗教家が珍重されるんです。ぼくはわがままな凡人です。宗教には興味がありません」
「神無月さんに対する誹謗中傷の類がいっさい影をひそめましたが」
「もし影をひそめたとするなら、あなたたち、マスコミのかたがたのおかげです。ぼくは人の気に触る言葉を口にしてしまいがちな人間だと思い知りました。でも、自分が正しいと思って意見を言ったことは一度もないんです。自分の言うことは正しいと信じている者ほど、その尊大さから平気で義理や礼節に欠けたまねをするものです。野球界にそんな人物がいるはずがない。ぼくは野球関係者を素朴に信頼しています。ぼくもそういう人間だと信じてください。舌足らずなことを言った場合、あなたがたに守っていただけると心強いです」
「ホームランは何本を狙いますか」
「公約の八十本を達成したので、あとは何本でも打てるだけ打ちます」
「神無月さんが人びとにここまでアピールする理由は何でしょう。野球だけではないことは確実だと思いますが」
「さあ……あえて言えば、一家言を持たずにしゃべったり、行動したりしていることじゃないでしょうか。つまり、非常識。人の心は弱く、矛盾しているものですから、その非常識が、挫折一歩手前の人びとの心に踏みこめる要素を持っているんだと思います」
「非常識には見えませんが」
「ぼくの目指しているのは、あくまで個人的ないっときの心身の安らぎであって、社会に認知されることから生じる永続的な安堵感でないということです。永続的な安堵のためには、大勢の人びとの認知という裏打ちが必要です。心身のいっときの安定のためには、数少ない愛する人びとのやさしい肯定でじゅうぶんです。それは永続的な安堵感を求める人にとっては非常識なことです。野心に欠けているからでしょう。ぼくは飯場の息子でした。人間にとって野心は最上のものではないことを学びました。このひとことで、言わんとしていることはわかってもらえると思います」
 わかるはずがない。社会的な何らかの分野の能ある人びとを篩(ふる)いにかけて認知度を高めてやり、その中から、常識の範囲内で言行にブレがきわめて少ない人間を〈有名人〉として選別する偏狭な集団が社会だ。偏狭な慣習に肩の凝る私のような人間は、一日の多くの時間、その選良集団の外にいて、名も知れない気の置けない者同士、永遠の親睦を願いながら、いっときでも肉体と心でつながっていればよしとする。その非常識は社会に保証してもらえないことだ。
「いよいよオールスターですね。どんな気持ちで臨まれますか」
「ぼくは祭り嫌いな性格ですが、野球となれば別です。黄金のフィールド―美しい選手たちが集うパンテオンで、祈るような気持ちで野球をしようと思っています」
 菅野のクラウンが戻ってきた。
「すみません、ここまでにしてください。ひとっ走りしなくちゃいけませんから」
 礼をして、菅野といっしょに門の内に入る。いっせいにテレビカメラのライトが消えた。
「がんばりましたね」
「なんとかね」
「走りますか」
「うん。気温は二十七、八度だね。一汗かこう」
「ノリタケ緑地の中を走りましょう。入口がわかりましたから」
 居間に戻ると、巨人アトムズに手痛い三連敗というスポーツ新聞の見出しを主人に見せられた。主人はサイドテーブルのSHINSEIを取って一服つけ、
「王が十八号を打ちました。明るい材料はそれだけです。四対三の一点ビハインドで、九回表に浜野が出てきて、ロバーツにダメ押しのスリーランを打たれて負けました。今年の巨人はこれで完全失速ですね」
         †
 三時少し前、主人を助手席に、私と秀樹くんを中列に、カズちゃんと素子と睦子と千佳子と菅野の女房を後部二列の座席に乗せて、ハイエースで中日球場へ出発。右手を窓枠に乗せ左手でハンドルを操作しながら、いつになくのんびりした口調で菅野が言う。
「とうとう百号まできてしまいましたね。とんでもないことなのに、神無月さんを見てると、あたりまえのことに思えますよ」
 主人が、
「たしかになあ。しかし、あたりまえのことに思っちゃあかんのよ。ホームランを打つ人間は球界にゴマンといるのに、百本打つ人間は一人しかおらんからな」
 千佳子が、
「どんなにあり得ないような経験でも、慣れてしまうとふつうのことに感じられるのね」
 睦子が、
「でも、ふつうに感じるのはホームランの繰り返しという事実だけで、ホームランそのものはいつまでもふつうのことに感じられないわ。いつもとても新鮮。うっとりした気持ちになる」
 後部座席から菅野の女房が、
「……恥ずかしいことですけど、私、最初のころは北村席のかたたちをちょっと怖くて不潔な感じで見てたんです。でも、みなさん人並以上に清潔で、大らかで人なつこくて、頭ロジンバッグいいかたたちばかりだとわかって、心の底から感動しました。うちの人がタクシーを辞めてから、別人のように生きいきしだした理由がよくわかったんです。……申しわけないことをしました」
 菅野は黙っていた。主人が、
「気にせんほうがええですよ。菅ちゃんだって最初はそう思っとったはずや。汚れ仕事やし、怖そうな人たちが絡んでくるでな」
 私は秀樹くんの肩を抱きながら、
「……人にはそれぞれの器があって、それぞれの生きる場所があるんです。その場所でごく一部の人間がエリートになります。世間の人たちが口をきわめて罵るああいった仕事に、カズちゃんや千佳子や睦子が就いたところで勤まらないでしょう。素子でさえ結局勤まらなかったんだから。生きるべき場所でないところでは、ほとんどの人間がその世界のエリートになれずに脱落していくんです。トモヨさんや素子やメイ子やキッコといった特殊な世界の女たちは、ぼくとの出会いがきっかけになったとしても、身に合わない場所のエリートから脱落して、もとのふつうの世界に戻ったというだけのことです。そして一般労働者のエリートとなって安らいだ。いずれにせよ、一定の世界で実績を挙げられるのは、ごく一部のエリートだけです。そうした意味で北村席のトルコ嬢たちは数少ないエリートたちなんです。一般の世界のエリートと同じように尊敬すべき存在です。主婦の世界のエリートであるあなたと同じように、菅野さんは彼女たちを尊敬しているんです。だから生きいきとしてきたんでしょう」
 菅野が、
「神無月さん、ありがとう。そのとおりです。ごく初めのうちは、私も女房と似たような気持ちでいました。……おまえもよく言ってくれた。謝る前に感謝しようや。俺たちもちょっと上等な人間になったと思ってな」
 カズちゃんと素子が私の手を握ってうつむいた。私は、
「理屈めいたきれいごとになるかもしれないけど、荒地に根を張り、過酷な陽射しの下で鮮やかな花を咲かせる植物を花壇に移して、毎日水と肥料をやっても腐らせてしまうだけです。とにかくぼくは、カズちゃんたちばかりでなく、店の女の人たちも尊敬しているということを伝えたかったんです」
 主人が、
「そう思ってくれる人がいて初めて、思われた人間は報われます」
 素子が、
「あたし、キョウちゃんに思ってもらえたおかげで、どん底の生活から抜け出して、風呂トイレ付きの、家財道具も揃った人並みの生活を手に入れられたんよ。いまは労働者のエリート」
「あなた自身の努力もあったのよ」
 カズちゃんが素子の背中をやさしく叩いた。運転席の菅野が目頭を拭った。後ろから女房の洟をすする音が聞こえた。秀樹くんが輝く目で私を見上げた。
「秀樹くん、人を見つめるときは、世の中で目立った人ばかりでなく、いろいろな世界の人をやさしく見守る目を持つようにしようね。そうすれば、すごく世界が拡がるから。書道をやって、お師匠さんや仲間たちを見つめて、世界が拡がっただろう?」
「はい」
「これからは、自分の進む道ばかりじゃなく、ほかの人たちが進む道も見守るようにするんだ。ぼくの野球を応援してくれるようにね」
「はい」
 菅野が、
「よかったな、秀樹。神無月さんは気まぐれな人だから、なかなか声なんかかけてもらえないぞ。サインはもらったし、キャッチボールもしてもらえたし、ついてるなあ」
「うん!」
 三時二十分に球場到着。開門一時間前なのに芋洗いの人混みだ。私を降ろしたあと、ハイエースの八人は開門まで付近の喫茶店へ退避した。ユニフォーム姿の私に気づいたとたん、報道陣を交えた人波が押し寄せてくる。私は警備員と松葉会の組員たちに護られながら選手通用口へ入った。



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