三十七

 冷房の効いたセドリックの車内。ウィンドウの外の暑そうな大通りを眺めながら帰路に着く。
「水原監督は、来年から二軍の充実を図ると言ってました。……ぼくは優越感に浸りたくて二軍戦を見にいったんじゃないんです。口はばったいようですけど、少しでも監督の力になりたかった。一軍の主力選手が見にきてるとわかれば、彼らがカチンとくると思ったんです。なにくそ、俺たちを上から見るんじゃねえってね。この半年、あまりにも二軍から一軍に上がってきて居つく選手が少ないんです。四十人もの中から、太田と、菱川さんと、星野秀孝、それから水谷則博、土屋紘、江藤省三の六人。二軍選手ならだれだって一軍に根を張りたいと思ってるはずですよ。それがたった六人。新人のぼくにえらそうに見物されたことがきっかけになって、彼らの負けじ魂に火が点くと思ったんです。でも、ぼくのほうを見たのはコーチだけで、彼らは見もしなかった。観客のほうを見ないプロ野球選手なんてあるはずがない。問題の根はもっと深かったというわけです。つまり、彼らのほとんどがあきらめてるということです。二軍でもいいから、好きな野球をちんたらやって、世間並より高い給料をもらえればいいと居直ってる。……もちろん、そういう人たちの生活の裏にも、切羽詰まった事情が潜んでいるのは察せられますけど。でも―あれは野球じゃない」
 イネが、
「そんだったんですか。一所懸命に見えたけんど、プロの正式の選手ってのはあったらもんでねってことですね。……たしかに、中日球場の人たちとちがって、振っても球にまともに当たらねし、投げてものろくせかった」
 主人は小路をチラッと見やって、
「お、ビリヤード場がある。めずらしい。戦前は、盛り場の横丁にはかならずビリヤード場があったもんです。玉突き場は大きくて重たい磐台をいくつも置くから、本建築のように安定した土台を造らなくちゃいけません。雀荘はバラックでも民家でも何でも商売できる。ビリヤードが廃れて麻雀が流行りだしたのもそういう理由があるんです」
 野球と関係のない話をした。徳源寺、金城学院高校、名古屋拘置所などと私たちに教えられながら過ぎる。真っ青な空。浮かぶ白雲。ああいう野球を見たあとは悲しい。
「お父さん、戦前の映画の傑作って、どんなものがありますか」
 私も野球と関係のない話をする。
「うーん、あまり観てないんでよくわかりませんが、聞いた話だと、フランス映画の望郷」
「知ってます。よく母がバカの一つ覚えのようにペペルモコと言ってました。あれ、名画ですか?」
「さあ、〈有名画〉ですかね。とにかく観てないんですよ。五十六のこの齢まで、十本も観てない。大正だと、小学校のときに、チャップリンのキッドと、目玉の松っちゃんの荒木又右衛門を観ただけかな」
「目玉のマッちゃんは、審判の松橋さんのあだ名ですよ」
「日活の尾上松之助です」
 三十二歳のメイ子が、
「望郷は昭和の初めの、小味なしゃれたフランス映画です。ほかに、巴里の屋根の下、自由を我等に、巴里祭、外人部隊。オーストリア映画だと、会議は踊る、たそがれのウィーン、ブルグ劇場、未完成交響曲。ドイツ映画だとM、嘆きの天使、三文オペラ、制服の処女、会議は踊る、別れの曲」
 どれも知らなかった。
「そのころのアメリカ映画は?」
「西部戦線異状なし、モロッコ、ジキル博士とハイド氏、チャップリンの街の灯、暗黒街の顔役、グランド・ホテル、若草物語」
 すらすらと答える。
「メイ子は映画が詳しかったね。百江やトモヨさんもそうだ」
「そうでもありませんけど、イギリス映画に、間諜最後の日、なんてのもありました」
 菅野が、
「ヒッチコックだね。深夜テレビで観たことがある」
「ほかに、マルタの鷹、カサブランカ、ある夜の出来事」
 私は、
「そのあたりは知ってる。池袋文芸坐のアメリカ映画五本立てで観た。邦画は?」
 吉冨さんが女に変身したみたいなメイ子は、戦争直後に観たという日本映画の名前をやはりすらすらと挙げた。
「粋な風来坊、わが青春に悔なし、お夏清十郎、マダムと女房、金色夜叉、生まれてはみたけれど、天国に結ぶ恋、また逢う日まで、田中絹代の伊豆の踊子、婦(おんな)系図、月よりの使者、隣の八重ちゃん、一本刀土俵入り、浮草物語」
 また逢う日までを除けば、やはりどれも知らなかった。
「黒川弥太郎の関の弥太ッぺがぼくが生まれて初めて観た映画なんだ。知ってる?」
「はい、関の弥太ッぺは四回撮られてますよ。大河内傳次郎、黒川弥太郎、長谷川一夫、中村錦之助。私が観たのも黒川弥太郎のもので、お小夜役は山本富士子。昭和二十八年でした」
「うん、ぼくが四つのとき。ぴったしだ」
 菅野とメイ子はいっとき映画の話に花を咲かせた。名古屋市役所を通り、名古屋城を右手に見て駅前へ。
 菅野を路上の車に残して、私たちは名鉄百貨店に入った。
         †
 五時を回って、まず水原監督、小山オーナー、村迫球団代表、榊スカウト部長、足木マネージャーが六人乗りの白のベンツで現れ、座敷に案内された。主人夫婦とカズちゃん以下賄いまで、身なりを整えた家の者が全員で挨拶した。写真屋が早いうちに手配され、パチリ、パチリ撮りはじめた。直人が彼らのあいだを走り回る。茶と菓子が出される。ソテツが厨房のテーブルに控えているベンツの運転手に茶を出した。私は彼にも座敷にくるように誘ったが、柔らかく断られた。銀座のタクシー運転手に、水原監督に長年忠僕のように仕えている山県という男がいたが、彼と似たような風格があった。
 ほど経ずして江藤たちレギュラー一行がやってきた。小川、小野、中、高木、木俣、一枝、菱川、太田、江島、星野秀孝、土屋、水谷則博、それに吉沢夫婦と下通が加わっていた。コーチやトレーナー陣と、小川と小野以外の投手陣と、葛城と江藤省三、それから徳武と千原の姿がない。きょう大幸球場で見てきたとおり、コーチやトレーナー陣に休日はあってなきがごとしだし、徳武がいないのはまだ東京から帰名していないからだし、葛城と江藤省三はたぶん二軍に混じって自主練習でもしているのだろう。
 水原監督たちフロント一行には独立したテーブルが用意され、彼らの隣に私とカズちゃん、向かい合わせに主人夫婦と菅野、吉沢夫婦、そして下通が坐った。トモヨさんはもちろんまだ入院したままだ。
 下通の膝にチョコンと直人が乗った。その隣の二脚連ねのテーブルに、江藤たち十三名の選手が坐り、三つ目のテーブルには、アイリス組の百江、メイ子、キッコ、優子、信子が坐り、向かい合うように文江さんと節子とキクエ、彼女たちと並んで睦子が坐った。それだけで予定の二倍の人数にふくれ上がり、末席についた近記、三上らトルコ嬢たちや、九月から厨房に入る木村しずかや、北村席の賄い連中も入れると五十名を超えた。ほかの店の女や賄いたちはいちばん端の部屋にテーブルをTの字に置いて坐った。寮から呼んだ賄いたちは厨房に入り混じって立ち働いていた。それぞれがまとまって広い空間に散らばっているので、大人数なのにごたついている感じはしなかった。
 小山オーナーが向かい合って坐っている主人夫婦に頭を下げ、
「またお伺いできてうれしいかぎりです。もう一度、優勝の際にこちらでおめでとう会を催させていただきたいと思っております。さっそくご報告いたします。神無月くんのおかげで、今年度、わが中日ドラゴンズ球団は、さまざまな関連商品も含め、これまでの六倍強の利益を上げております。それ以上に、神無月くんのフロントおよびチームメイトに対する精神的影響は大きく、ドラゴンズを内部外部から一変させてくれました。当人にはもちろんのこと、タニマチの筆頭である北村さまには深甚の感謝を捧げるところでございます。爾今、よろしくお付き合いのほどお願いいたします。これはトモヨさんへの出産祝いでございます。どうかお受け取りください。ちなみに第二子誕生の情報は江藤くんから入りました」
 小山オーナーはふところから封筒を取り出し、主人に手渡した。主人は拝して受け取った。フラッシュが光る。足木マネージャーが主人に、
「新聞社ですか?」
 主人が、
「うちが雇った素人のカメラマンです。ご安心ください。撮った写真はわが家に飾るためのものです」
 足木マネージャーが目の前の下通を手で示し、
「こちら、中日球場のウグイス嬢の下通みち子さんです」
「ドラゴンズ球団広報課職員の下通みち子でございます。神無月さんに心からあこがれているファンの一人です。神無月さんが全幅の信頼を置いている北村席さんがどういうところか、一度ぜひお訪ねしたいと思っておりました。一歩入ったとたんに別世界。神無月さんの雰囲気そのものでした。常々抱いていた深い好奇心がいっぺんに満たされました。水原監督、呼んでいただいてありがとうございました。北村席のみなさん、どうか今後ともよろしくお付き合いのほどお願いいたします」
 主人が、
「ほう! ふだんはふつうの女性の声なんですな」
「あの声はよそ向きです」
 と言って笑う。睦子がキクエと見比べて、
「下通さんてキクエさんに似てますね」
 キクエが口に手を当てて恥ずかしそうに笑い、一つ置いた隣の卓から下通にお辞儀をした。下通は感激したような表情をしながらお辞儀を返し、じっとキクエを見つめた。それから新客をめずらしがって膝を占領している直人の頭に頬ずりをした。女将が、
「新しい女の人と見ると、すぐにこれなんよ」
 みんなワッと笑った。フロント、選手、だれの笑いも他意のない明るいものだった。みんな私の〈事情〉を知っていることに誇りと喜びを感じているふうだった。水原監督が、
「相変わらずここは綺羅星のごとくですね。竜宮城にきた思いがしますよ」
 星野秀孝がキョロキョロ左右の女たちを見回し、あらためて納得したようにうなずいた。
「じゃ、直人、歌のお部屋でプレゼントをもらいなさい」
 私は立って居間へいき、名鉄百貨店で買ったプラスチックのバットとゴムボールを取ってきて、ステージ部屋の畳に置いた。家の者たちも立ち上がってステージ部屋へいき、用意したプレゼントを並べたり、積み上げたりした。直人が歓声を上げて、手当たりしだいに包み紙を破ろうとした。幣原が小走りにいって、
「直ちゃん、あとでゆっくり開けなさい。そのほうが楽しめるでしょ」
「はーい」
 足木マネージャーは中座し、厨房の運転手といっしょに、外のガレージへプレゼントを取りにいった。彼は三輪車を右手に提げ、もう片方の手に大箱を抱えて戻ってきた。三輪車は日除け付きの、柔らかそうなゴムタイヤの豪華なものだった。箱の中身はブリキの飛行機と電車セットだということだった。
「男の子というと、それしか思いつきませんでね」
 水原監督ら三人がニコニコ顔で言う。直人はめずらしそうに三輪車に跨った。漕ぐということを知らないので、そのままぼんやりしている。また温かい笑いが立ち昇った。直人は箱を空け、中身を取り出した。飛行機は、野辺地で君子叔母からもらったものとそっくりだった。電車セットは立派な蒸気機関車と貨車二台だった。直人は跳びはねて喜んだ。菅野は私と同じように居間へいくと、エポック社の野球盤を納めた平たい箱を抱えて戻ってきて、
「直人が少し大きくなってから遊べるものにしました」
 遠慮がちに包みの山の横に置いた。カズちゃんが、
「おとうさんは?」
「子供用ジーパンの上下。離れに置いたる」
「しゃれてるじゃないの」
 女将が、
「私のアイデアやよ。直人、いらっしゃい。ケーキやよ」
 ケーキが運びこまれる。大きな円盤の真ん中に二本の小さな蝋燭が立っている。直人は目をキラキラさせてカズちゃんの膝に収まった。菅野がマッチをすって火を点ける。イネと幣原が縁の戸を引いて、まだ明るい室内を暗くした。全員でハッピバースデイの歌が唄われる。パンパンパンと手拍子の音。男たちの野太い声の中で水原監督の声がいちばん大きい。女たちも柔らかく合わせる。カズちゃんのアルトが心地よく耳に響く。
 歌が終わると直人は円盤に屈みこみ、橙色に点っている二本の蝋燭を一回で吹き消した。大きな拍手。縁の戸が開けられ、直人はもう一度ステージ部屋へ一目散に走っていった。ビリビリといろいろな包みを破く。仕方なくソテツとイネもいっしょになって開ける。開けては包み紙をきちんと畳む。直人はすぐに飽きて、テーブルに戻ってきた。
 ケーキが取り分けられた。男を除いた全員に渡り、残った分は厨房の賄いのもとへ届けられた。直人が手づかみでケーキを頬張る。惣菜の皿が次々と運びこまれる。ビール瓶が林立する。取り皿が並べられていく。賄いたちが和洋中の主だった料理を取り分けて、めいめいの前に並べていく。主人が、
「さ、みなさん、ご自由にやってください」
 隣同士ビールをつぎ合い、箸がいっせいに動きだす。
「うまか!」
「うまい!」
 感嘆の声が上がる。女たちはケーキに精を出している。ケーキを頬ばる直人を村迫が目を細めて見やり、
「次世代のドラゴンズを担う子かもしれないな」
 榊が小山オーナーに、
「もし野球をやるなら、前轍を踏まないように、小学校から追いかけますよ」
「そうしてくれたまえ。神無月くんの半分の才能をもらったとしても、とてつもない逸材だからね」
 水原監督が、
「私はその姿を見られずにオサラバですよ」
 主人が監督にビール瓶を傾け、
「何をおっしゃいます。百まで監督をやってくださいよ」
「杖を突いてコーチャーズボックスに立つのかね。アハハハ」
「走れ走れと杖を回しやすいでしょう。ワハハハハ」


         三十八

 カズちゃんが、
「肝心の直人が野球をやってくれるかしら」
 江藤が、
「やるやる、血は争えんたい。半分なんて要らん、金太郎さんの十分の一の才能でもあれば、だれも見逃さん。……しかし、ワシは何度でも言わせてもらうばい、金太郎さんば見逃したやつらは、巷で言われとる人間ばかりでなかぞ。中央のマスコミば忘れとる。青森でポカスカホームラン打ちよったころでさえ、大きく取り上げんかった」
 高木が、
「北の怪物と騒いだのは地元紙だけで、大手の新聞は、金太郎さんが転校したあとも話題にしなかったな。永遠に話題にしないつもりだったんだろう。地方の才能として滅んでいく人間と思ったんだね」
 中が、
「人は認められ、褒められてナンボの生きものだからね。具体的には、金太郎さんの母親や、身近にいた建設会社の所長や、担任の教師や、押美氏以外のスカウトということになるんだろうけど、ぜんぶカナメの人物たちだ。そこへマスコミの軽視だ。そういう人たちに認められなかったら、全否定と同じことになる。地獄だね」
 一枝が、
「それが電撃入団以来、下にも置かぬ扱いか。東大優勝祝勝会のときには、バカとまで言った記者がいたんだろ」
 江藤が、
「三冠王の東大生なんちゃ、判断のつかんアタマのほうばこき下ろしゃな胸が治まらんかったんやろう。アタマでなかほうにしたっちゃ、入団したあとも結果を出すまでは半信半疑やったやろうが。泣けるばい!」
「忘れなさい―」
 水原監督が静かに言った。
「単なる嫉妬です。忘れなさい。偉大な人間は飛躍への途上で変人と呼ばれるんです。そしてだれよりも大成するんです。アタマがよくて、個性的で、変わってるからです。それが大事なんです。ほんものの馬鹿は放っておきましょう。終局的に、マスコミの軽視など有能な人間にとっては屁でもない。問題は専門筋の軽視です。専門家であるはずの人間どもが、臆病にマスコミの動向に従って金太郎さんの実力を見てた。そんなものに影響されずに動いた中日ドラゴンズが手に入れた金太郎さんは、いまこうして私たちのそばにいます。それでじゅうぶんです。ドラゴンズとしては、これからも第二の金太郎さんを見逃さないスカウト力を保っていれば何の問題もない。……しかし怖いねえ、日本のプロ野球界の繁栄が、たった一人の人間の忍耐と孤独に頼っていたなんてね。そうして彼はわずかな人たちの励ましの中で這い上がった。本人が言うマグレでね」
 小山オーナーと村迫と榊が揃ってうなずくと、水原監督はつづけて、
「ま、ほんのわずかな人でもいてくれたことがありがたい、と考えるしかないね。ドラゴンズはその中の一人です。……いつか金太郎さんに、お母さんについてどう思っているか訊いたことがある。彼はこう言った。ボケてしまった母の手を静かにさすっている自分の姿をよく思い描く、そういう母ならかならずさすらせてくれるだろうから、とね」
 節子とキクエがうつむいてハンカチを使った。カズちゃんが目頭を押さえる。江藤はウウと声を上げた。
「ワシャ泣くばい。その母親に実際会うとるけんな。そんな気持ちには到底なれん」
 主人夫婦も女たちも、ドラゴンズのメンバーも泣いた。カズちゃんが洟(はな)をすすり、
「さあ、ごはんごはん、直人のおめでたい誕生日が湿っぽくなっちゃうわ」
 庭がすっかり暮れ、まぶしいほどの蛍光灯に部屋じゅうが明るんだ。酒とつまみにかまける男たちは放っておき、女たちのテーブルに大きなめし櫃が置かれて、本格的な夕食になった。男たちには新しいビール瓶が運ばれる。女将の目配せで吉沢夫婦におさんどんがついた。彼らはビールを途中にして遠慮がちに箸を使いはじめる。木俣が、
「吉沢さん、来年からは?」
「引退したら、本気でタコ焼屋でもやろうと思ってたんですが、コーチ職を勧められたので取りやめにしました。からだを鍛えて、コーチ業に励みます」
 吉沢の女房が私に平伏して、
「神無月さん、ほんとうにありがとうございました。あの節は失礼をいたしました」
 小川と小野が、
「よかったですね」
 と微笑んだ。吉沢は、
「どんなことをやるにも、全力しかありません。神無月さんやみなさんに学びました」
 小川が力強く握手する。
「吉沢さんは、ハナから全力の人ですよ。俺が入団したのは、吉沢さんがちょうど近鉄にいらっしゃった時期で、残念ながらコンビを組むことはありませんでしたけど、今年初めてお会いして、感激を新たにしました。キャンプ以来すばらしいアドバイスをいろいろいただきました。ありがとうございました」
 女房は晴ればれとした顔で箸を動かしている。吉沢の真の恩人であるフロントたちとはあえて口を利かないようにしているようだった。しつこく礼を言うと、吉沢の進退に影響するとでも思ったのだろう。水原監督はじめ、周囲のだれも女房の遠慮を気にしていないようだった。プロ野球選手としての才能が枯渇した吉沢は、ひたすら静かに箸を使っている。ポツリと、
「ドラゴンズに戻ってこれて、ほんとうによかったです」
 やがて吉沢の妻は食事を終えると、まるで便所にでもいくようにひっそり立ち上がった。そうして、それぞれのテーブルの面々に腰を折って挨拶し、とりわけフロント三人の前に平伏してから、襖を引いて廊下へ出た。私はその姿をじっと見ていた。吉沢もスッと立ち上がって、
「きょうは呼んでいただき、ありがとうございました。これからちょっと人に会う約束がありますので、お先に失礼させていただきます」
 フロント陣と一座の者たちに何度か礼をすると、座の主役の直人の頭を撫ぜ、女房の背に従って廊下に出ていった。ソテツが玄関まで二人を見送った。私は彼らに声をかけるチャンスを失った。ソテツが戻ってきたあと、そっと立っていって、二人に庭石の途中で追いつき、声をかけた。
「吉沢さん、きょうはわざわざありがとうございました」
 吉沢は晴れやかな顔で振り向き、
「とんでもない。―神無月さんはほんとにやさしいかたですね。気配りがあるだけでなく、苦労人で、勇気もある。神無月さんのくださった晩年、大切に生きます」
「おたがい鍛練して生き延びましょう」
「はい。じゃ、また、球場でお会いします。さよなら」
「さよなら。いつでも遊びにきてください」
 女房は白く色あせた表情で振り向くと、私に深く礼をし、夫の腕に腕を絡めて歩いていった。宴席に戻ると、足木マネージャーが、
「見送ってあげたんですね。神無月さんに見送られて、吉沢さんはうれしかったでしょう。人生には見送ることしかできないときもありますからね。見送られてそれきりサヨナラなんてことがね。神無月さんのおかげで命拾いした吉沢さんは、きょうみんなに出迎えられた。次があると保証された。そんなありがたい人たちに、それきりでない見送りまでしてもらうのは心苦しかったんでしょう」
 隣のテーブルから木俣が、
「肩さえよければ、まだまだ現役でがんばれたと思うけど。頭のいい人だから」
 榊スカウト部長が、
「インサイドワークがいいだけでも、肩がいいだけでも、すぐれたキャッチャーというわけにはいかない。大事なのはバッティングです。野村や木俣のようにね。そこに要素が一つ加われば合格。インサイドワークか肩。三拍子揃った満点のキャッチャーなんてめったにいないんです。吉沢くんの場合、バッティングがあまりにも……」
 水原監督が、
「木俣くんは満点だ。新宅くんは打撃力には欠けるが、インサイドワークと肩がいいから守備要員として使える。……吉沢くんの奥さん、さびしそうだったね」
 小山オーナーが、
「奥さんに不満はないはずだよ。……コーチの給料も相場以上のものを保証したしね」
 村迫が、
「やはり野球選手は現役にこだわるものですよ。吉沢くんのほうがその鬱屈をふっと洩らしたんでしょう」
 塙席の夫婦がやってきた。明るい調子で一とおり座に挨拶して、主人と女将のあいだの席を空けてもらって坐る。
「賑やかどころを呼んでおきましたからね。なに、すぐ引き取ります。みなさんの目の保養ということで」
 直人を手招きして、ミニカー五種類という箱包みを与える。
「誕生日おめでとう」
「ありがとう、はなわのおじちゃん」
「お兄ちゃんになって、うれしいかい?」
「うん、うれしい」
 文江さんはゴムの馬の脇に置いてある包みを眺め、
「私と同じやわ」
 塙の亭主が、
「重なってまったか。そりゃ師匠、すまんかったな」
 百江が、
「種類がちがえば問題ないですよ」
 直人がようやくケーキを食べ終えてスプーンを握ると、イネが直人を抱いて食事をさせる。男たちのテーブルにもめし櫃が置かれて、賑やかな食事が始まった。賄いが一人ひとりに細かく惣菜を盛りつけていく。運転手がビール瓶を持ってやってきて、座を一巡りする。菅野が、
「長嶋と王がきたときも、ガレージで控えてましたね」
「はい、運転以外何の用もありませんでしたから」
「監督付きのドライバーは長いんですか」
「はあ、水原さんが巨人軍の監督になられた昭和二十五年からですから、今年で二十年になります」
「そんなに!」
 銀座の山県より水原監督の肌に寄り添って生活してきた運転手なのかもしれない。
「はい、球団関係者の紹介でハイヤー運転手に雇っていただいてから二十年、ほとんど東京で運転をさせていただいてきました。この春からは、家族ともども名古屋に居を移して務めさせていただいてます。必要なら遠征各地に電車や飛行機で移動し、いっしょのホテルに泊まって待機することもございます。そのときはレンタカーですね。と言っても、シーズン中だけですけどね。年間二カ月ほどは自由に休ませてもらってます」
 水原監督が微笑みながら聞いている。
「―運転手の鑑ですね。参考になりました。私、北村席で運転をさせていただくかたわら、雑用もしている菅野と言います。おたくは?」
「仁科と申します。これからはときどきお会いすることになると思います。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 カズちゃんが仁科に、
「水原監督て、とても魅力的な人ですね」
 運転手は監督の顔を眺めながら頬をゆるめ、
「はい、なんだか妙に情を引かれてしまうかたなんです。どう言うんですかね、この人のためなら、ロボットにでも何にでもなって尽くしたい、何でもやってあげたいという……」
「恋をしてるんですね」
「たぶんそうなんでしょうね。よくわかりません。神無月さんに対するみなさんの気持ちと同じようなものでしょう」
 私の傾倒も含めて、水原茂という人物は人に長く思慕される情緒的な刺激物をからだに湛えているように思われた。水原監督が、
「仁科さん、そのへんで」
 隣のテーブルにいた小野が、
「監督はオトコです。男が惚れるオトコです。尾崎を使いすぎたって、いまも後悔してるくらいで、そういうやさしい気持ちでピッチャーを使う。完投したいというファイトが前に出れば完投させるし、つらいという様子を見抜けば、すぐに交代させる。いや、そんな気配に気づかなくても、ボールの勢いを見て交代させる。温情に篤い家父長みたいなものです」
 コップが傾き、箸が動く。カメラマンがしきりにシャッターを切る。カズちゃんがそのカメラマンに、
「あなたも坐って飲んだら?」
「あ、はい」
 両膝を折ってコップを受け取る。一飲みすると、男は塙夫婦のそばについて世間話を始める。塙の亭主が、
「うちのメンバーの撮り直しも頼むわ。だいぶ顔ぶれが変わってまったで。ナンバーテンまで相当入れ替わったでな」
「秋の椿祭りの写真は町内報に載せるものを十枚くらいでいいですか」
「もっと撮っといて。月半ばの盆踊りも例年どおりお願いするわ」


         三十九

 きらびやかに着飾った踊り子一人と、落ち着いた黒地の着物の三味線一人、同じ黒着物の太鼓一人がやってきた。盛大な拍手が上がる。まず三味線の年嵩の女が北村席の繁盛をよろこぶ口上を述べ、太鼓が、
「フレー、フレー、中日ドラゴンズ!」
 と太鼓を打ちながら浪曲のような節回しで張り上げ、最後に若い踊り子が、
「北村……直人さまァ……お誕生日……おめでとうございますゥゥゥ。健やかな……ご成長をォォォ……お祈りいたしますゥゥゥ」
 とゆっくり義太夫ふう謡いながら、短い祝いの舞を舞い終わると、三人打ち揃って叩頭した。選手たちがめずらしそうに目を輝かせる。それから芸妓たちは、何やら演目を紹介しながら、三味線と太鼓をバックに三曲ほど舞い、また三人畳に手を突いて叩頭した。盛んな拍手の中でテーブルに呼ばれ、主人と女将と塙夫婦のビールを受け、祝儀を受け取って帰った。時間にして二十分ほどだった。直人はすでにカズちゃんの膝で眠りこけていた。
 直人を抱いたイネと、店の女たちの大半が去り、肴をつまみながらの酒になった。ソテツら賄いと運転手が、女たちが去って空いたテーブルについて食事を始めた。写真屋もしばらく休憩して食事をする。睦子が、
「江島さんと星野さんとは二度目ですね」
「はあ、ここにこれる人たちをいつも羨ましく思ってたんです。北村席は神無月さんへの登竜門ですから。きょうも江藤さんに誘っていただけました」
 江島が言うと、星野が、
「このあいだは西京極に出かける直前だったので、ゆっくりみなさんを眺めることができませんでしたが、こんなにきれいな女の人たちがたくさんいると知って驚きました。壮観ですね。みんなモデルみたいだ」
 キクエが、
「星野さんは、すごい球を投げますね。よく解説者が日本最速だと言ってます」
「ストレートだけではだめです。投球数を少なく、凡打で打ち取れるようにしなければ長保ちしないと思います。硬式ボールを握って三年も経っていないので、まだまだ研究の余地があります」
 江島が、
「星野も太田も俺も、神無月さんと同い年です。みんなブルついてます。今年まで、神無月さんのような選手を見たことがなかったんで……。タコからはよく話を聞いてましたが、オープン戦はもちろん、シーズンに入って、驚きの連続です。励みにしようとは思うんですが、なかなか……」
 太田が、
「ベンチから無料でアトラクションを観てる感じだよね。模範にはならないけど、エネルギーをもらうことだけはできる。模範にできるのは神無月さんの精神性だけだね」
 高木が独酌して、
「あるいは、金太郎さんにはない面を自分のアトラクションにするとかね。そうやってチーム一人ひとりの足し算をすれば、とんでもないことになる。俺は守備」
 中が、
「私は走塁。外野守備は神無月くんのほうがはるかにまさってるからね」
 一枝は、
「俺はゲッツーの技かな」
 江藤が、
「ワシは金太郎さんを目指すだけたい。すべて二位のスモール三冠王。中日ドラゴンズの大刀と小刀たいね」
 菱川が、
「俺は日本一のサードを目指します。監督にコンバートしてもらってよかった。肩も楽に使えるし、ライトよりはるかにからだが動くんですよ。倉工時代には気づかなかった。ミスなく毎日の試合をこなすのはたいへんだけど、自分の力を信じてやり通します」
 太田が、
「俺はけっこうドタドタしてるほうだから、外野が合ってたみたいだよ。クッションボールの処理はうまいほうだとわかったのがうれしい」
 中が、
「私よりうまいよ。あとは打球の下へいく能率とスピードだけだ。肩は菱と同じくらい強い。二、三年もして江島が主力として加われば、五連覇も夢じゃない。みんな来年の給料は上がるぞ。そうでしょ、オーナー」
 隣の卓に声をかける。小山オーナーは、
「この種のことはうかつには漏らせないんだ。ただ、きみたちが想像する以上の金額だということだけは保証する。開けてびっくり玉手箱にしてください。だからみんな、契約更改のときにごねないでね。もちろん活躍しだいで、来年度以降どんどん上がっていくよ」
 座敷の女たちから拍手が沸いた。キッコが補習から帰ってきて、こっそり端のT字のテーブルに加わった。村迫が自分の向かいに坐っている下通に、
「下通くん、球団職員も恩恵にあずかるよ」
「まあ、ほんとですか。うれしいです」
 オーナーが、
「この種の話は年末までオフ・リミットだ。家族にしゃべってもいけない。とにかく上げ潮に乗っているときは払えるだけ払う。潮が引いたら、ともに涙を呑む。よろしいね」
「オース!」
 徳利の往来がしきりになった。吉沢がいなくてよかったと思った。私の顔色を見てカズちゃんがポツリと、
「残酷な世界ね」
 と言った。節子が、
「吉沢さんがいたら地獄だったでしょう」
 カズちゃんはうなずき、
「いたらオーナーもしゃべらないわよ」
 菅野が、
「千円、一万円の世界で生きている選手が多いですからね。きょう二軍戦を観にいってきてよかった。あれなら給料を払うに値しないと納得できる。下通さんは二軍のアナウンスをしたことは?」
「駆け出しのころ何度か。一軍選手のレベルを見たときはショックでしたけど、それまでは二軍戦も迫力満点に見えました」
 足木マネージャーが、
「二軍戦を見てきたんですか。研究熱心ですね。がっかりしないでくださいよ」
「がっかりはしません。少し退屈はしましたけど。しかしそれは、純粋にぼくの目から見た野球の技術と、プレイの気力の問題ですから。彼らなりの懸命さから、ただ魚のように蒲団に寝転がって暮らしているわけではないとはわかりました」
 水原監督が、
「ふむ。才能と情熱は比例するからね。井手は出てましたか」
「いえ」
「そうですか。ご存知のとおり、おととし一勝したきりの東大出のピッチャーです。野手に転向するための特訓をさせているが、どうなることか」
 村迫が、
「いずれ十年もしたら、コーチをさせて、フロントに引かなくちゃなりませんね。東大出の豊かな未来があったのに、プロではやれないとわかっていて無理やり引っ張ったわれわれの責任です。大洋の新治と同じような計らいをしてやらないと。せめて吉沢くんくらいにはね。ほっぽり出すわけにはいかない」
「そりゃそうだ。井手も新治も東大イノチ、二人とも立派に卒業してる。その経歴は尊重してあげないと」
「はい。才能ある選手を推(お)してやるのとはちがった意味で、球団幹部がバックアップしてやらないといけないでしょう。給料でバックアップできませんからね」
 足木マネージャーが、
「野球イノチで東大なんかボロ布(きれ)のように捨てた金太郎さんが、自力で人生を切り開いていくんだから皮肉なものですよ」
 村迫が、
「神無月さんは人間も満点だが、それ以上に姿かたちが美しい。球界ナンバーワンでしょう。美貌もスターの大きな条件だと私は思うんですが、なぜかいまひとつ、神無月さんにはファンのとっつきが悪い。球場に人を集める力はダントツです。でも、球場の外では敬して遠ざけられている感じだなあ」
 足木が、
「ファンレターの数はドラゴンズでワーストスリーです。井手よりも少ないですよ。残念でなりません」
 中が、
「ほんとにゾッとするような美男子だからなあ。路上で見かけたら、ちょっと近づけないね。ペタッと触っても、すぐ手を引っこめるファンが多い。神無月くんは人気商売の芸能人じゃないということだな」
 水原監督が、
「そのとおりなんだが、人気のない理由はもう少し深いんだよ。芸能人のような並の美男子には、かすかに生活のにおいがある。実際、生活人が多い。女関係や離婚ですったもんだしたりしてね。それが人気のもとだ。金太郎さんの平生の顔を見ると、生活意識などまるで見当たらないだろう? 異常さを絵に描いたような男だ。美男子もそういう性質が加わると、庶民の賛美の対象になりにくい。異常なほどの生活臭のなさ。それが一つ。二つ目は、偶然の環境だった飯場育ちはともかく、猛烈な学習力と向上欲の結果である東大を放棄したという異常性だ。金太郎さんのとぼけた雰囲気や、抜け上がったようなこだわりのない性格が、その異常性に拍車をかける。ふつうは新治や井手のように、あるいはほかの東大出身者のように、退学などしないで、恵まれたカタギの学歴にしがみつくのがあたりまえだからね。事情を知らない人たちは、何を無理しちゃって、異常さはフリじゃないのと疑う。口ではいくら簡単に言っても、権力嫌いの人間なんてのは皆無に等しいからね。そこがまた賛美の対象になりにくい。庶民は権力好きだ。権力に拘泥しない異常性というのは、たとえ事情を理解しても、あまりにも破天荒すぎて、毎日彼を見ている人間でないかぎり、嫌悪感でいっぱいになる。つまり近づきたくなくなる。その二つが、神無月郷という人間が、人気がなく、野球という才能にしか関心を持ってもらえない理由だよ」
 菱川が、
「生活と権力に関心がないということですね。浜野が去った理由もそれだったんですね。なんだかつらい話だな。神無月さんはただ自然にしてるだけなのに。……それで人気がないとなると、俺たちにはないハンデを背負ってることになりますよ」
「だからこそ金太郎さんは、毎日接することで彼をよく知り、彼を愛するようになった者だけの宝物になってくれるんだよ。ありがたいことじゃないか。世間の人気なんかどうでもいい。それで球団経営に損が出るわけでもない。ますます儲かっているんだから、文句なしだ」
 小山オーナーが、
「そうだとも! ちっとも残念じゃないぞ、足木くん。ファンレターが多くなったら、金太郎さんが大衆性を帯びたということで、私たちはかえってつまらなくなっちゃうよ」
 足木マネージャーはにっこりと笑った。またしきりに徳利がやり取りされた。大食いの選手たちに、ソテツと幣原がヒヤムギを運んできた。大鉢四つがたちまち空になる。
「新しく生まれたお子さんは、男ですか」
 村迫球団代表が女将に聞く。
「女で、カンナという名前です」
「おお、いい名前だな。いまごろから秋にかけて咲く大きな花だ。黄色の絞り咲きの、赤い斑(ふ)入りがいきばんきれいかな。かなり背の高くなる花ですよ。スポーツウーマンになるかもしれないですね。直人くんともども、ときどき成長の様子を伺いに参ります」
「ありがとうございます。ぜひ」
 塙の女房が、
「女の子やったの? カンナちゃん、か。トモヨもほんとに幸せな人生送っとるなあ。ありがとね、神無月さん」
 文江さんが風呂敷包みを開き、色紙を取り出した。

  
カンナの花黄なる洋灯の如くなり
  子供出て来よ背戸の月夜に 
   白秋  印


 達筆の墨痕だった。主人に差し出す。節子が得意そうにキクエと手を握り合った。
「カンナちゃんにプレゼント。いつ出そうかとチャンスを待っとったんです。ホッとしたわ」
「おお、いいね。水原監督の書と並べて飾っとくでな」
 水原監督が覗きこみ、
「これはすばらしい! プロの手だ。カメラさん、これ写真に撮っておいてください。でき上がったらいただきます」
 写真屋がさっそくパチリとやった。文江さんは、
「それでは私は生徒の採点がありますので、これで失礼させていただきます。ドラゴンズのみなさん、一日も早く優勝なさるのを楽しみにしております」
 めずらしく訛りもなく言った。監督が応える。
「ありがとうございます。お師匠さんもせいぜい精進なさってください」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
 塙の主人が、
「じゃ、ワシらも失礼しますわ。北村さん、きょうはごちそうさん」
 女将が、
「踊りと三味の手配、ありがとうございました」
「いやいや。来週の盆踊り大会には、女性陣こぞって参加をお願いしますよ。豪華な景品を用意しとりますから」
 カズちゃんが、
「おじさん、おばさん、アヤメのホールメンバーの手配、ありがとうございました。ほんとに助かりました。いつかきちんとお礼をいたします」
 塙の亭主が、
「礼はいらんよ。いろいろ世話なっとるのはこっちのほうやから。員数が足りんようになったら、いつでも声かけて。商売繁盛、祈っとりますよ」
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」
「あした、月桂冠の一斗樽届けますよ。オーナーさん、代表さん、スカウト部長さん、水原監督、選手のかたがた、お会いできて光栄でした」
 監督一同、深く礼を返した。



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