八十二

 二対十。今度こそ初球を打つ決意でバッターボックスに立つ。金太郎コール。ネクストバッターズサークルの木俣までバットを掲げながらコールしている。
 初球、打ってくださいとでも言うような内角低目のスライダー。ふつうのバッターは苦手とするコースだ。しっかり重心を残して掬い上げる。余分な力の入らない快適なスイングになった。芯を食ったボールがどこまでも飛んでいく。三時十五分を指している時計の横にぶつかった。悲鳴混じりの歓声が上がる。森下コーチとハイタッチ。ランナーは私一人なので、ひさしぶりに三塁ベースまで全力疾走する。立ち止まり、水原監督とガッチリ抱擁。
「仕事しすぎだよ」
「できるうちにやっときます」
 十一点目のホームインをして、全員とタッチを終えてから、あらためてスコアボードの時計を見やる。百六十メートルは飛んでいる。スコアボードの屋根まであと五メートルもない。この飛距離が衰えるのはいつのことだろう。二十五歳? 三十歳? ようやく下通の息を溜めていたようなアナウンス。
「神無月選手、百二十六号のホームランでございます。三百打点という前人未踏の記録が近づいています。これまでの日本記録は一九五○年、松竹の小鶴誠の百六十一、世界記録は一九三○年、カブスのH・ウィルソンの百九十一打点です。H・ウィルソンは百六十八センチ八十六キロという小型タンクのようなからだで、五十六本のホームランと百九十一の打点を叩き出したのです。ちなみに打率の日本記録は一九五一年、東急の大下弘の三割八分三厘、世界記録は一八九四年、ビーン・イーターズのヒュー・ダフィーの四割四分零厘です。現在神無月選手の打率は六割五分六厘です。規定打席は四百三ですので、すでに到達しております。七十五年ぶりに三冠すべての世界記録が、確実に塗り換えられようとしています」
 観客も両チームの選手も審判も動きを止めて聴き入っている。
「神無月郷選手は世界に誇る大輪の花です。どうか、心に、目に、焼きつけてください」
 球場じゅうが割れんばかりの拍手になった。ふと気づいたように井筒のプレイのコールがかかった。木俣が打席に入った。安仁屋はロジンバッグで手の滑りを止めると、落ち着いてきわどいコースを攻め、木俣を三振に打ち取った。
 五回表。安仁屋三球三振。今津の代打十年目の宮川、小柄なおとなしそうな男。気のないスイングでライト前ヒット。さすが五年連続代打成功率三割の切り札だ。九点差で、チャンスでもないところで使うには惜しい。根本監督の意図が理解できない。
 井上ツースリーまで粘って三振。門岡のカーブがすばらしく切れた。それで通すと思ったら、次打者の朝井の初球に甘いストレートを投げ、左中間スタンドに打ちこまれた。
「朝井選手、八号ホームランでございます」
 四対十一。水谷寿伸がブルペンへゆっくり歩いていく。あと二人打ち取れば門岡は勝利投手だ。三勝目が手に入る。八年間で通算三十一勝目。ピッチャーが一勝を挙げる困難さをあらためて知る。
 山本浩司、ツーツーからスライダーを打ってセカンドゴロ。難なく処理する高木のグラブさばきが美しい。山内、ノーツーからシュートを得意の払い打ちをして、私への深いフライ。しっかり捕球する。霧雨がきた。緑の芝生に白い紗がかかる。
 五回裏。江藤が、
「菱、もうよかぞ。田宮さん、よかでしょ」
「うん、いいかな?」
 菱川が、
「聞く耳持たんです。俺、背番号4の新人ですよ」
 と言ってバッターボックスに入った。中が、
「どういう関係があるんだ?」
 高木が、
「服部さんに10番を返したから、古い皮を剥いで生まれ変わったということだろう。新人は活躍しないと先が暗いからな。いい心がけだ」
 ベンチに笑いが拡がる。ギン! 菱川独特の打球が右中間を抜けていく。均整のとれたからだが二塁へ滑りこむ。
「タコはホームランば狙うやろう。第二試合が遅うなったら、九時半まで帰れんばい」
 一枝が、
「何かあるの?」
「十時に閉まる博多ラーメンの店がある」
 爆笑。江藤の予言どおり、太田はツーワンから外角高目のストレートを右中間へ打ちこんだ。空手の突きの格好をしながらドスドス塁を回っていく。
「太田選手、二十三号のホームランでございます」
「よかよか、十時でも十一時でも付き合っちゃる。その代わり博多ラーメン付き合えよ」
「付き合います」
 星野秀孝が応える。ホームベースにみんなで太田を迎えに出る。四対十三。すでに六点取られている安仁屋の続投。三連戦のローテーションの都合か、代えるつもりはなさそうだ。一枝、いい当たりのセカンドゴロ。ワンアウト。門岡の代打江藤省三、喰らいついてライト前ヒット。田宮コーチが江藤兄に、
「来年は杉山さんに鍛えてもらって、ピンチヒッターの顔にしよう」
 兄は機嫌よくうなずき、
「よろしゅうお願いします」
 中、ファーストファールフライ。高木、のめって撫ぜるようにセカンドゴロ。
 六回表。門岡の勝利がほぼ確定したので、十一年目の水谷寿伸がマウンドに登る。だれもかれも水原監督のローテーションの妙でうまく回っているピッチャーばかりだ。水谷は昭和三十四年にプロ入り直後、肩を痛めて三十九年までほとんど登板機会がなかった。四十年に復活して、十五勝、十勝と挙げた。今年から中継ぎに転じた。スリークォーターから投げこむストレートは並、カーブとシュートの〈散らし〉で勝負する。モーションと球筋が素直なので、変化球のキレがなくなるとたちまち打ちこまれる。きょうは切れている。
 スタンドが霧雨に煙ってよく見えない。衣笠が打席に入った。モミアゲの長い茶色い顔。愛想のいい猿人のようだ。左肩を突き出して、両肘をふところへ畳み、バットを頭上に寝かせて構える。山本浩司と瓜二つだ。ただ、山本浩司はちょこちょこグリップを動かすので落ち着きなく見える。
 初球。フルスイング。とてつもなくいい当たりの打球がレフト前に飛んできた。ツーバウンド、スリーバウンド、水しぶきを上げて迫ってくる。私は両膝を突き、からだの前面にボールを当てて止めた。斜め横に弾かれたボールを見て衣笠は二塁へ走った。私は一歩二歩助走し、落ちているボールを拾いざま、二塁へ低く強いノーバウンドの送球をした。一枝が捕球し、頭から滑りこむ衣笠に素早くタッチする。アウト! 有津の白いこぶしが二度、三度縦に振られる。
「ヒャー!」
「すげえ!」
 スタンドから拍手とため息の混じった歓声が立ち昇る。衣笠はスックと立ち上がり、三塁ベンチへ未練なく走っていく。マウンドの水谷寿伸がしゃくれたあごを私に向けて帽子を上げた。私はグローブを上げて応えた。レフトスタンドの歓声にもグローブを上げた。
 三村、流し打ってセンター右へワンバウンドのヒット。久保、同じように流し打ってライト太田へのヒット。安仁屋には代打を出さない。ゲッツーを避け、三塁前へバント。強い小飛球になってあわやダブルプレーかと思ったが、菱川は無理をせずワンバウンドで処理し、三村を三塁に封殺した。宮川の代打に古葉が出る。江藤と日鉄二瀬時代に同期だったという小兵だ。江藤の同期はこれまで何人か耳にしたが、小川健太郎以外は覚えられない。古葉三振。
 六回裏。江藤レフトライナー。私、敬遠。木俣二球目をサードゴロゲッツー。一球目に盗塁しておけばよかった。チームプレイをしなかったことを悔やんだ。
 七回表。井上サードファールフライ。朝井ショートゴロ。山内キャッチャーフライ。もうだれの模範にもならないむかしの大打者。私があこがれ尊敬していた大毎オリオンズの四番バッターはもういない。三十七歳。年齢の衰えは悲しい。坦々とゲームが進んでいく。
 七回裏。菱川の代打伊藤竜彦、ツーワンから内角低目のカーブを掬い上げて、レフト中段へ三号ソロ。美しいフォロースルー。内外野を盥回しにされてきた十一年選手。江藤と同期。千試合出場をあと五十試合ほどに控えているベテラン。江藤は三年前に達成した。ホームランも三百号が近い。伊藤竜彦はこれまで三十一本。昨年、自己最多の十本のホームランを打った。毎年二、三本しか打たない選手なので、たまに打ってもスタンドの反応は冷やかだが、私たちはドンチャン騒ぎになる。伊藤竜彦は一塁コーチの森下コーチと抱き合い、三塁コーチの水原監督と抱き合い、菱川と抱き合う。下通のやさしい声。
「伊藤竜彦選手、第三号のホームランでございます」
 四対十四。私は長谷川コーチに、
「安仁屋の投げ方って、城之内や村山のように豪快じゃないですね。それでも五勝を挙げてる。きょうはボコボコに打たれてますけど」
「安仁屋は六年目か。プロで長くやってると、だんだん投げ方がシンプルになっていくんだよ。余分な動きをしないで球保ちをよくするように自然と変わっていく。健ちゃんの投げ方や阪急の米田の投げ方は、変えなくてももともとああだ」
 太田の代打千原、三振。
「新人のときにああいう投げ方をしてると注目されませんよね」
「そこがピッチャーのつらいところだ。一年目はテンションが高いから、みんな力投型になる。そうやってなんとか目立って使ってもらおうとする。チャンスがないと実績を挙げられないからね。新人はとりあえず試されるから、そのときに実績を作るんだ。力投型だろうが自然型だろうが関係ない。ボールに勢いが出るような、全身のうまい使い方がすべてだ。稲尾、米田、健太郎なんかは自然型だ。力投型で目立とうとしなかった分、肩が温存された。星野秀孝もそのタイプだな」
「長谷川コーチは自然型じゃなかったですね」
「うん、跳ね上がるような投球フォームだった。気が荒かったんだ。しかし肩は痛めなかったぞ」
 一枝ライトフライ。
「はっきり憶えてます。六年生のときでしたから、昭和三十六年ですね。七月だったか八月だったか、審判のボールの判定に怒って、マウンドを駆け下りるとジャンプして審判の頭をグローブで殴ったんです」
「ああ、そんなことがあったね。審判はだれだったかな。なつかしいね」
「長谷川コーチは、カープ初代のエースとして三十勝を挙げてますが、百六十七センチの投手がそこまでやれた秘訣って何ですか。いくら音に聞こえた剛球でも、それだけの話じゃないですよね」
「神無月くんと同じだよ。一瞬の勘だ。計画どおりにやらない。テークバックして、シュートをなげようと思ったときも、いやな感じがしたらスッとやめて、ストレートで外しちゃう。ボールを投げろのサインにうなずいても、バッターが打たないと思ったら、ボールを放す直前にふっと手先を変えて、ズバッとストライクにしてしまう。どんなときも気持ちは逃げないということなんだ。神無月くんのホームランも凡打も美しいのは、そのせいだ」
 水谷寿伸ショートゴロ。ベテラン古葉の守備は、堅実なだけで、高木のような華麗さはない。
 八回表。水谷の変化球にキレが増していく。衣笠、尻へ痛くないデッドボール。シュートがすっぽ抜けた。衣笠は帽子を取る水谷を手で制して一塁へ走る。とにかく気持ちのいい男だ。八回裏からキャッチャーを務める新人水沼が代走に出る。三村、止めたバットが回りすぎて三振。久保レフトフライ。捕球のために見上げたとき、雨が止んでいることに気づいた。安仁屋、突っ立ったまま三振。不貞腐れているようだ。
 八回裏。きょう当たっていない中が、浅いレフトフライを打ち上げた。もちろん捕球されてアウト。一塁ベースを踏んで戻ってきた中に江藤が、
「第二試合、早う帰れそうやな。利ちゃん、ありがとう」
「へんなお礼言わないでよ。ブレーキになっちゃって申しわけない」
「膝が悲鳴上げとるんやなかね?」
「いや、純粋に当たってないだけ。第二試合はがんばる」
 田宮コーチが、
「第二試合はフルに出てもらうよ。あしたはお休みあげる」
「アイ・アンダストゥッド」
 高木がバッターボックスに立ち、江藤がネクストバッターズサークルに向かった。
「敬遠の指示を出すのは監督ですか」
 私はまた長谷川コーチに訊いた。
「そう。それを投手コーチに伝えることもある」
「それでキャッチャーがベンチを振り向くわけなんですね」
「うちは敬遠なんてしないし、指示なしが基本だ。さっき、金太郎さんと勝負の指示を出してたのは野崎ピッチングコーチだな。俺の僚友。ビーンボールを命じることもあるから要注意」
 早打ちの高木がめずらしく粘ってフォアボールで出る。江藤がバッターボックスに入った。力を抜いた自然体。初球内角の胸もとのシュート。高木、即、盗塁。水沼の送球が逸れる。木俣が言う。
「新人は仕方ないな。そのうち、四割、五割の阻止率になる。水沼の肩は悪いわけじゃないからね。金太郎さん、四本目狙う?」
「はい」
「俺は適当にいくよ。金太郎さんが打たなきゃ世界が困るけど、俺が打たなくたって世界は困らない。れれ、時夫さんがバット持ってるよ。言われたの? 代打」
「おう。九回の守備もな。第二試合に備えてシャワーでも浴びてこい」
 江島が、
「俺も竜彦さんの代打でいきます。竜彦さんもシャワーをどうぞ」
 江藤、二球目のシュートを叩いて、サードの頭を越えるレフト線の二塁打。高木が還って四対十五。
「早く帰りたいと言っていたわりには、慎ちゃん張り切ってるじゃん」
 一枝が笑う。


         八十三

 私はベンチから直接バッターボックスに向かった。太鼓が鳴る。内外野スタンドで一斉に金太郎コールが湧き上がる。野球を静かに観たい人には耳障りな騒音だろう。
「もう一本いけ!」
「足柄山!」
「きび団子!」
 桃太郎とまちがっている。スタンドを見上げると、あの日の私のように、あこがれではなく野心に燃える目でグランドを見下ろしている少年ファンが何人かいる。私のバットは森徹のバットのようにキラキラ光って見えるだろうか。
 安仁屋が三塁ベンチを見やる。交代を要求する表情だ。勝利投手にも、むろん敗戦投手にもなれないむだなピッチングに腐っている。ベンチから何の応答もないのを確かめるとマウンドを足先で荒っぽく均し、セットポジションに構えた。水沼がキャッチャーボックスで右に左にからだをスウェイさせる。私にコースを読ませない工夫だ。安仁屋はほとほとヤケを起こしたような顔で、ど真ん中に速球を投げてきた。ア! という水沼の声が聞こえた。遠慮なく振り抜いた瞬間、フラッシュが左右の記者席から降り注いだ。衣笠が灰色の空を仰いだ。セカンドの井上はライトスタンドを振り向きもせず、一塁へ向かう私を見ている。ライト看板の背後へ白球が消えたとたん、球場を揺るがす大歓声が上がった。
「神無月選手、百二十七号のホームランでございます」
 機関車のように両手を前後させながらおどける森下コーチとタッチ。前走者の江藤がときどき振り返っては頭上で手を叩く。私は呆れ顔の水原監督に笑いかけながら、ミットのように広げた彼の掌にこぶしを突き入れた。ヘルメットをポーンと叩かれる。
「第二試合は、劣勢になったら休憩してもらうよ」
「わかりました!」
 仲間たちと揉み合ってベンチの前へ。縦列する仲間たちとタッチを終え、バックネットと一塁側スタンドに向かってヘルメットを振る。四対十七。にこやかな半田コーチからバヤリースを受け取ってベンチに落ち着くと、何ごとが起きたのか、ドーッと喚声が上がった。スコアボードに、

 
川崎 巨人―大洋 1―4 終

 と表示されていた。巨人も昼の試合だったことを思い出した。田宮コーチが、
「あちらは一時試合開始だったから、一足早く終わったな。マジック10になったぞ。うちも勝っちゃったから、中日球場で優勝するためには〈努力〉しなくちゃいかんかもしれないぞ」
 じゅうぶん含みがわかるので、ベンチの面々の表情が険しくなった。地元で劇的に決めてくれということだ。
 安仁屋が安心したようにベンチへ走り戻る。西本にピッチャー交代。しつこい攻撃もここまでだ。ピンチヒッター高木時、目の覚めるようなレフトライナー。微妙に腰が回っていない。わざとだろう。長打を狙わない打ち方はすぐわかる。ピンチヒッター江島も腰を回さず目の覚めるようなセンターライナー。お役目をよく知っている。中日ドラゴンズの全攻撃終了。
 九回表。西本の代打山本一義、セカンドゴロ。宮川の代打藤井サードゴロ。井上センターフライ。ゲームセット。四時二十二分。
 腹ごしらえ。監督たちは特別控室へ。ほとんどの選手が選手食堂へ。私はロッカールームに戻ってソテツ弁当。高木、中、一枝、木俣ら妻帯者も愛妻弁当。
         †
 五時。ダブルヘッダー第二試合、対広島二十回戦。ピッチャーは広島白石。ドラゴンズは水谷則博。則博は初回に衣笠にツーランを浴びたが、七回表まで二対ゼロのまま踏ん張り、八回表から土屋紘に交代した。土屋は八回表を打者五、フォアボール二、凡打三の零点に抑えた。
 一方中日は、一回から七回まで根性男白石の変化球にキリキリ舞いさせられた。散発三安打(中、三塁打一、二塁打一、菱川二塁打一)無得点に抑えられた。私は、ライトフライ一、レフトフライ一、フォアボール一だった、
 八回裏、高木、江藤が連続フォアボールで出、私がバックスクリーンへ百二十八号スリーランを打って二対三と逆転。九回の表、土屋はツーアウトから山本一義に決勝スリーランを打たれ、そのまま五対三で敗北した。期せずして、田宮コーチの言った〈努力〉をしたことになった。
 巨人はあした試合なし。中日はあした勝てばマジックが一つ減って9になる。
         †
 玄関に向かえたトモヨさんに、
「カンナは?」
「女将さんが抱いてます」
「ソテツ、風呂から上がったら、玉子かけめしと味噌汁お願いね」
「はーい」
「イネ、直人を風呂によこさないようにして。シャワーの水が耳に入ったらたいへんだ」
「はい」
 廊下で全裸になり、風呂へいく。前を洗い湯船に沈む。トモヨさんが割烹着で入ってくる。すぐに屹立する。
「授乳期間てどのくらい?」
「半年から二年です。直人は半年でやめて、離乳食にしました。カンナもそうします」
 スカートの下に手を入れると、パンティを穿いていない。
「脱いできました」
「回復した?」
「もう、じゅうぶん。このあいだの姫始めが証拠です」
 クリトリスをさする。
「あ……」
 後ろを向かせ、スカートをまくる。トモヨさんはそのスカートを腹の前で縛る。
「入れるよ」
「はい、ああ、いい気持ち! すぐイキますね。ううーん! 走る! 走る、い、い、イク!」
 数往復して、グンと吐き出し、腹をしっかり抱き締めた。ふるえ合う。しばらくそうしている。尻を押して離れると、トモヨさんは何度も尻タボを絞ったあと、しゃがんでふるえながらシャワーを使った。
「信じられないくらい感じました。授乳してるあいだは、しばらくメンスはこないんです。授乳ホルモンのせいで排卵が起こりにくくなるんですって」
 直人の授乳の時期、トモヨさんが節子たちに教えられた知識だ。シャボンを立ててからだを洗ってもらう。湯で流し、脱衣所に出る。水気をしっかり拭いてもらう。下着を替える。いっしょに座敷へいき、一家に混じる。 
         †
 九月四日木曜日。八時起床。菅野とのランニングも含めてルーティーンきちんと。ただしバーベルなし。
 対広島二十一回戦。二対九で勝利した。勝利投手小川十九勝目。負け投手安仁屋。ホームランは私が百二十九号、百三十号。菱川二十九号。最終打席、安仁屋から生まれて初めてデッドボールを受けた。内角に曲がりこんだスライダーが太腿をかすったものだった。マジック9。
 帰りの車中で菅野に、あしたのランニングは十一時からと伝える。
「寝貯めして甲子園へいきます」
「了解」
 北村席で遅い食事をすますと、風呂に入り、客部屋で寝た。
         †
 九月五日金曜日。十時起床。ふつうの軟便、シャワー、歯磨き、洗髪。朝めし。口も利かずに緊張した様子でいる私にみんな声をかけるのを遠慮している。主人が思い切って、
「一敗もしないという目つきですな」
「はい、優勝まで九連勝するつもりです。そのあいだにうまく中日球場で決まってくれることを祈ってます」
 菅野が、
「祈りは通じますよ」
 十一時、菅野とランニングに出る。大鳥居往復。二人無言。呼吸の音を聞き合うだけ。帰路が終わりかけ、私から声をかける。
「水原監督を一日も早く喜ばせたいんです。それがぼくたちの喜びですから」
「はい。わかります。痛いほど」
 ランニングから戻ると、アイリス組の第一陣に交じって、出勤前のトルコ組と、早番から戻ったアヤメの女たちが賑やかにやっていた。トモヨさんがカンナに乳を含ませている。睦子と千佳子が皿出しを手伝っていた。
 ソテツが、
「巨人の長嶋さんから、小包が送られてきました」
 と言って、居間から取ってきて差し出す。開けて見ると、油紙に包まれた十センチ大の円筒状の骨だった。ギョッとした。両端を平らにカットされ、全体に赤白の縞模様がついている。赤いところは血が滲みた部分だろう。同封の一枚便箋を開く。

 牛骨を進呈します。つかむと少し脂っぽいですが、これでバットの芯の木目を弱くさすり、そのあと布でカラ拭きするとツヤが出ます。木目に牛脂が滲みこみ、ささくれを長く防げます。私もワンちゃんも、野球人として人間としていつも貴君を敬愛しています。貴君のこれまでの事情を深く知りもしないで、先日は失礼を働きました。どうかご容赦ください。長いご交誼のほどよろしくお願いいたします。
 神無月郷さまへ                     長嶋茂雄


 箱をテーブルの真ん中へ押して、みんなの目に曝した。カズちゃんが、
「事情なんか知る前に、好きになってほしかったわ」
 肉野菜炒めと味噌汁と白米に、ビールと昨夜の残り物のおかずが加わっただけの食卓だったが、ささやかなハナムケをされている気分になった。主人がビールをついだコップを掲げ、
「優勝までの無事を祈って」
「ありがとうございます」
 ビールは主人一人が飲んだ。
「監督たちを交えての祝勝会は、二十五日の木曜日と決まりました。さっき水原さんから電話がきました」
「そうですか。相当な人数が集まるんだろうなあ」
「座敷三つとステージ部屋を通しますわ。ドラゴンズだけで三十人ぐらいはくるでしょうからね。椿商店街の店主、トルコ業主、この近辺の中小企業主合計十人で、九月一日にドラゴンズ賛助会を立ち上げました。それと合わせれば四十人。北村の者を入れると、六十人くらいの食卓になりますな。羽衣や鯱の寮から厨房の手伝いを呼ばんと」
 カズちゃんが、
「踊りや三味線は呼ばないでね。選手のみなさんに校歌を歌ってもらったほうが盛り上がるわ」
「それ、ええな」
「松葉会は?」
「一応声をかけましたが、もちろん遠慮すると言っとりました。近々お祝い金を振りこむそうです」
 私は、
「喜びを大っぴらに分かち合えない人たちか。仕方ないですね」
 カズちゃんが、
「引退するまではがまんしましょう」
 アイリス組が出かけ、アヤメの中番と何人かのトルコ嬢たちも出かけた。座敷で寝転がって、睦子たちと竹園旅館の話をする。
「大浴場が気持ちいいんだ。六甲の山並が目の前に見えるんだよ。ロビーの大時計は、巨人軍オーナーの正力松太郎が寄贈したものでね。巨人軍とドラゴンズの定宿(じょうやど)だから、選手目当ての客が多い」
 睦子が、
「お食事は?」
「和洋折衷で、平凡だね。三階のレストランの但馬牛のステーキはうまい。朝食のバイキングでもステーキが食える。肉の竹園って言われてるくらいだからね。コロッケもうまい」
 昼の十二時を回って、どしゃ降りの雨になった。トモヨさんと菅野があわてて直人を迎えにいった。女将がカンナのあやし役を引き継いだ。カンナの顔がはっきりできあがってきて、おのずと目を惹く。直人にまさるとも劣らぬ美しい子だ。
「きれいだ……」
「ほんと。将来心配ごとが増えそうやわ」
 グローブとスパイクを磨き、新品の久保田バットの音を確かめる。二本、打ち合わせてみて異状なし。きのう使ったバットはロッカールームに置いてきたが、あれもだいじょうぶだろう。少しでも異音のあるバットは菅野に渡して、チャリティに回している。パラフィンの巻かれた新品が北村にまだ二十本はあるし、中日球場のコーチ控え室や自分のロッカーにも同じくらいある。日本シリーズまではじゅうぶん保つ。牛骨は塗る気にならない。


         八十四

 二時三分のひかりで、一人甲子園へ移動した。米原でソテツ弁当。二時五十七分新大阪着。神戸線快速に乗り換えて、二十分弱で国鉄芦屋駅着。名古屋から一時間二十分。三時半に竹園旅館にチェックイン。館内に中日の選手の姿は一人も見かけなかった。一般客の姿が目立つ。フロントに訊くと、あしたの午前からドラゴンズメンバーや報道陣が集まってきて、一般客は六日の午前から九日の午前までチェックインできなくなるとのことだった。一日早くやってきたのは私だけだったようだ。ドッとくつろいだ気分になった。
 五階一号室の前の廊下で設楽ハツにバッタリ遇い、遠慮がちな目で見つめる彼女の耳もとに、
「夕方、ハツの空いている時間に。あした以降は三日間禁欲する」
 と小声で伝えた。ハツは満面の笑みでうなずいた。性欲はなかったが、大切な行為のように思えた。
 届いている荷物の確認をし、ロビーに降りてスポーツ新聞を借りて戻る。巨人がアトムズに十三対七で勝利していた。王が三十三号と三十四号を打っていた。なぜかマジック8と書いてあった。煩雑な計算の結果なのだろう。信じよう。
 五時に近く、そっとドアを引いてハツが入ってきた。
「八時から四時半までのお勤めでしたので……」
 大きな二重の目と豊頬。こんな顔だったろうかと思う。均整の取れた小柄な姿をしみじみ見つめる。ベッドに腰を下ろさせ、並びかける。前髪を垂らし、後ろ髪をテイルにまとめている。鎖骨の露わなボートネックの深緑のサマーセーターが目にやさしい。
 大きな胸が息づいている。胸を握る。五十二歳のハツは目をつぶってうつむく。やはり美しい。濃い眉。長い睫毛。整っている鼻梁と小鼻。肉感的な唇。愛嬌のある顔だとは思っていたが、ここまで美しいとは気づかなかった。伴侶と思うのではなく肉体を利用しようとする気持ちが胸のどこかに潜んでいたからにちがいない。
 膝が隠れる白いフレアスカートに手を差し入れる。下着を着けていない。淡い陰毛と濡れた襞の手触り。ハツは身をよじりながら黄土色の館内用のスリッパを脱ぎ、セーターを脱ぎ、スカートを下ろし、ブラジャーを外す。私もジャージを脱ぐ。ハツは屈みこみ、屹立したものを唇が拡がるところまで含む。ベッドに仰臥して、体位を変えて性器を口で愛撫し合う。ハツはすぐに気をやり、私の鼻に濡れそぼった陰唇を押しつけてふるえた。
 小半時のあいだに、ハツの熱い胎内の奥深くへ二度射精した。性欲もないのに、二度の交合を面倒に感じることもなく、交わるたびにすばらしい快感を得た。私の快感に合わせて、ハツもそれに数倍する悦びに打ちふるえた。性欲と関わりのない永続的な生殖の仕組みがわかったような気がした。性の歓びを知っている女が、吐き気のするほど嫌いな男に犯されてもオーガズムに達することはあるだろうし、男も無理に勃起させられて性交を強いられれば十中八九射精するだろう。たぶん愛情と関係なく生理的な感覚の共鳴は成立する。交合という代物は、愛情に基づく性欲を二の次にした局部だけのシステマティックな摩擦によって完了するからだ。それは〈生殖〉には不可避な生理なのにちがいない。
 自分だけの快感の習慣的摂取のために、人びとは夫婦関係をつづける。生殖には習慣性が必要だし、習慣性がなければ、恒常的に子孫を増やすことができない。繁殖を成就させるためには、愛情に基づく突発的な性欲に頼っていられないのだ。真正の性欲は愛から生まれるので、相手の快感をいとしみながら、〈ついでに〉自分の快感を得ようとする。そこが強姦とまったくちがうところだ。愛する相手の快感を完遂させようとする衝動こそ性欲そのものということになる。そのためには男も女も本来〈自分の〉オーガズムを必要としない。愛は献身だ。自分に快感を与えることではなく、相手の快感を率先させることこそ性欲であり、愛情の本質だとつくづく思い知る。
 六時を回ってハツは下着のない衣服をつけた。
「ありがとうございました。からだの隅々まで生き返りました」
「ぼくも最高の思いをさせてもらった。一回ごとに、ハツは反応がよくなっていく」
 十月中旬の再会を約した。
「これきりになってもいいって、いつも覚悟してます。つまらない約束に縛られないでくださいね。きっとだれにとっても、出遇ったときから神無月さんは遠い人です。自分にいつもそう言ってます。約束なんか破ってもいいんです。神無月さんが精いっぱいなことはわかってますから。……愛してます。ほんとうに心から」
 夕食はルームサービスをとった。くつろいだ気分のまま、テレビを観る。チャンネルを替えるのが面倒なので、朝日テレビのまま。インスピレーションクイズ、奥さまは魔女、素浪人花山大吉、土曜映画劇場。カット版の西部劇を観ているうちに寝入った。『太平洋ひとりぼっち』はダッフルの底にしまわれたまま一度も取り出していない。
         †
 九月六日土曜日。十時起床。曇。きょうも寝溜めをした。万全の体調。館内が賑やかだ。
 朝食のときに短いミーティングあり。宇野ヘッドコーチが、
「先発ピッチャー小野、星野、小川の三人で三連戦をいく。第一戦は小野くんたっての申し出だ。中継ぎは水谷寿伸、水谷則博、伊藤久敏。抑えは若生、門岡、土屋を予定している。キャッチャーは木俣。吉沢、新宅、高木時の三人は控え。一塁の控え千原、二塁の控え江藤省三、三塁の控え徳武、レフトの控え伊藤竜彦、センターの控え江島、ライトの控え葛城。以上だ。二軍から金と日野がベンチ入りする。アッサリ打ち勝ってしまうことも考えられるが、たぶん苦戦するだろう。打線は極力がんばってくれ。ピッチャーが打たれて大差がついても、あきらめずに存分に暴れてほしい」
 中が、
「ピッチャーの出し入れで、残りのレギュラー全員をベンチに入れられますよ。各試合一度ぐらい入れ替えて主力を見せておかないと、お客さんが納得しない」
「もちろん全員にベンチに出入りしてもらうつもりだよ」
 小川が、
「金太郎さんは三試合とも、一打席限定にしたほうがいいぜ。このあたりで思い切って疲れを取ってもらわないと。出場すると、全力で浚おうとするから、疲れが取れないだろう」
「初戦だけはそうしよう。三戦ともそれだと客が納得しない。二戦、三戦はノーヒットでもいいから出てもらう」
 小野が、
「レギュラーピッチャーは要所要所で出てもらわないと、中日球場に戻ってきて投げる肩を作れなくなるよ」
 長谷川コーチが、
「もちろんそうする。この三戦の先発は五回までと考えてる」
         †
 阪神甲子園球場。対阪神十七回戦。午後三時半、二十八・八度。頬にやや感じる風。しきりにイナビカリ。ピッチャー中日小野、阪神若生デンスケ。二対一とリードしている五回まで小野が投げ、六回から水谷寿伸に交代。九回表終了まで二対一。九回裏、安藤が同点ソロ。延長に入る。
 十回表、一枝の代打中、フォアボール。盗塁せず。水谷三振。江島の代打江藤ライト前ヒット。ワンアウト一、二塁。日野の代打で出た私が左中間スタンドぎりぎりに落とす百三十一号スリーラン。水原監督とハイタッチ。五対二。それが決勝点になった。水谷寿伸四勝目。中日、私のほかにホームランなし。
 この夜の神宮球場の巨人―アトムズ戦の試合経過は、球場の途中経過掲示で大雑把にわかった。細かいところはロッカールームでラジオを聴いていた日野がベンチに伝えた。八回まで四対三で巨人がリードしていたが、九回裏に小淵に同点ソロを打たれ、延長十回の裏に奥柿にサヨナラソロを打たれて負けた。
「うちが好ゲームをつづければ―」
 と王は目を剥いて言ったはずだ。腑甲斐ない気がした。マジック6。
         †
 九月七日日曜日。明け方から強い雨が降りつづく。いっとき止んで、午後二時あたりからまた強く降りだした。四時過ぎに雨天順延決定。東京も雨。巨人も順延。きょうの抜け試合は消化試合へ回されることになった。ロビーに太田を誘い出して新聞を読む。
「正真正銘、目の前まできましたよ」
「うん、あしたもがんばらないと」
「そうですね。伸びのびやって、大差勝ちでいきましょう」
 記事を読みながら太田がクスクス笑っている。受け取って読む。

  
神無月の弱点はどこだ
   
データ通用しない新人に各球団苦悩   
     
バラバラ対策来季どうなる
 プロ一年目、中日ドラゴンズ神無月郷外野手(20)は、現在三百六十七打数二百四十一安打、打率六割五分六厘、百三十一本塁打、三百七打点の成績で、地上に存在した史上最強のバッターの伝説を生きながら築きつつある。日本プロ野球各球団ばかりでなく、メジャーリーグ各球団も配球データを分析しはじめた。結果、神無月対策は全球団でまちまちになった。
 左右ピッチャー関係なし、内外角関係なし、高低関係なし、変化球の75%は打ち返す。あるメジャーチームの捕手は、弱点を見つけるのは不可能と断じた。読売ジャイアンツ川上監督の言。
「対策を練って打ち取ったと思ったら、次の対戦では同じようにうまくいってくれない。彼は応用の利くコンピューターです。手がつけられない。フォアボールを交えて打数を減らすしかない」
 大洋別当監督。
「対策はありません。神無月殺しのピッチャーの出現を待望しています」
 阪神後藤監督。
「小学校時代から調べたけど、天衣無縫の神さまやった。神さまが休憩するのを待つわ」
 広島根本監督。
「火山もいつかは鎮まるやろ。十歳から十年噴き上げてるわけか。あと五年ぐらいは無理ですな」
 アトムズ別所監督。
「ショートバウンドでも敬遠球でもホームランしてしまう男だ。対策があったら教えてほしいよ」
 しかし、絶望ばかりせずに、真剣に対策を立てるしかない。来季、各球団がどう神無月対策を立ててくるか、大いに注目するところだ。


「おかしいでしょう? あきらめたら勝負なんかできませんよ。神無月さんを増長させて、油断でもしてもらおうと思ってるんです。口を揃えてあきらめたようなことを言ってるのがその証拠です。褒めても貶してもむだです。何も考えてない人だってわかってないんですよ」
 選手たちはそれぞれ部屋でくつろいでいる様子なので、雨が小降りになったのを見て、太田と芦屋駅まで傘を差して散歩に出かける。
「なんだかぼくたち、不思議だね」
「はい、こんなふうになるとは思いませんでしたよ。この五年を考えるだけで、涙が出ます」
「何の因果か、中学校でグランドをともにして、何年か離ればなれになって、とつぜん二人でプロ野球選手になって、また同じグランドにいる」
「はい……」
「あのころ、二人がこんなにそばで暮らす運命だなんて考えたことなかった」
「そうですね。俺は神無月さんのことを遠い人だと思ってましたから」
「おたがい根性で近づいたんだよ。野球を捨てないという根性でね。ドラゴンズのみんなも同じだ。ぼくたちは当分離れないよ」
「はあ、すごい運命ですね」
「一度出会って、何らかの印象を与え合った者は、結局は結び合うという天の摂理だと思わないか」
「思います。ありがたいですね」
 目ぼしい見ものがないので、タクシーを拾って、
「どこか、お寺に」
 と注文する。
「はい、打出から香櫨園(こうろえん)に出て、西宮神社、北へ上って廣田神社と回りましょうか」
 五十年配の運転手の首がうなずく。緑の多い道路を打出駅に向かう。駅前に商店街。しゃれた店が点在している。少し入りこめばただの住宅街だとわかる。
「打出小槌町です」
 そんな名前の町が実際にあることに驚く。太田に、
「打出の小槌って、一寸法師が鬼から奪った便利な道具だよね」
「さあ、童話ってのはよく知らなくて」
 運転手が、
「一寸法師に退治されて逃げていった鬼が置き忘れた小槌を、助け出された春姫が拾って振ったら、一寸法師が大人になったんです。由緒話になりますけど、むかしこのあたりに住んでた龍神が、振ると宝物が出てくる小槌を聖武天皇に献上したんだそうです。そのころ都にいたある長者が何かの手柄を立てて聖武天皇からその小槌をいただき、隠居してこの村に住んだらしいです。それで打出村と名づけられ、打出の小槌」
「一寸法師も龍神も、ほのぼのとした民話だね。お姫さまが一寸法師を大きいからだにしたのは、ちょっとエロチックだ。業平橋といい、芦屋のあたりは民話の世界だね」
 睦子なら喜んで歩き回るだろうなと思った。




(次へ)