百六

 石造りの正門をしばらく眺めた。目立たない門だ。通りかかってもふと見過ごしてしまいそうだ。しかし、いい門構えだ。最初はその小ささにたしかに驚いたけれども、そのうちさりげないたたずまいに好感を覚えるようになった。
 玄関の式台に四人の女が迎えに出る。カズちゃん、ユリさん、ヒデさん、そしてミヨちゃん。学生二人は平服に着替えている。私は傘を畳んだ。
 ユリさんは私たちを食堂の裏の離れへいざなった。離れは改築の手を入れてないようで、新しいアパートより少し古びて見える。そろそろ四時になろうとしている。居間の炬燵に向き合う。カズちゃんが、
「お疲れさま」
 と言った。ヒデさんが赤い顔で、
「郷さん……とても逢いたかったです。マイクの前で足がずっとふるえてました」
 ミヨちゃんが、
「涙が止まらなくて困りました。すばらしいお話だったから」
 ユリさんがヒデさんに、
「学生の反応はどうでした?」
「別次元の話を聞いているような表情でした。心の底から揺さぶられたと思います」
 カズちゃんが、
「秀子さんの話だと、寺山さんがキョウちゃんを褒めちぎったそうね」
「彼の目はいつも、いま社会で何が注目されているかにあるから、ぼくに唾をつけておこうということかもしれない。競馬界や演芸の世界にも、これからますます顔を出すようになると思うよ。もう学生たちは帰ってるの?」
 ユリさんが、
「部活をしていない子が二人ほど。みんなでゆっくりお風呂でも入って、ここで待っててください。生徒たちの夕食の下準備をしてきます。寝室にお蒲団が二組敷いてありますからね」
 カズちゃんが、
「三人で入りなさい。私、夕食の支度手伝ってくるから。こういうことはまず手っ取り早くすまして、そのあとの夜を長く楽しくロマンチックにするものよ」
 ミヨちゃんが、
「私は、あとで羽島さんと……」
「そう? じゃ、一時間ほど勉強してから、羽島さんとここに戻ってらっしゃい」
「はい、そうします。勉強が手につかないかもしれませんけど」
 ヒデさんが、
「美代子さん、ありがとう」
「そんなことありません。心の準備をしなくちゃいけないと思って」
 カズちゃんが、
「秀子さんはだいじょうぶな日なの?」
「はい、たまたま安全日です」
 カズちゃんはニッコリ笑った。三人が出ていったあと、ヒデさんの輝く瞳と見つめ合い、長いキスをする。
「すっかりリーダーになっちゃって、何だか畏れ多いな。すごい成績なんだって?」
「逢いたかった!」
 もう一度口を塞がれる。髪を撫ぜ、背中を撫ぜる。
「やっと逢えました! 大好きな顔をもっと見せてください」
 両手で私の顔を挟みこみ、しげしげと見る。
「いつも夢に見た顔。少しお髭が濃くなって―」
「ヒデさんもすごい美人になった。背も伸びたし、胸も」
 ひしと抱き締めてくる。
「一年じゅう心配しました。いろいろなことが郷さんに起こりすぎて。次から次と―」
 今度は私が口を塞ぐ。下を絡ませるキスをする。胸を揉み、スカートの上から股間を撫ぜる。
「ああ、郷さん―」
 抱き合ったまま隣の寝室へいき、蒲団に倒れこむ。服を剥いで裸にする。私も裸になる。豊かな胸から細い腰へ、そして陰毛の濃い美しい性器を見つめる。指で割り、核に触れないように細かくたどる。ヒデさんも握ってくる。
「……何百回も夢に見ました」
「どのくらいしてなかったっけ?」
「荻窪以来……一年以上」
 ヒデさんは起き上がり、亀頭を舐める。私も膣に指を入れる。
「ああ……郷さん……愛してます」
 ゆっくり仰向かせ、上品に鎮座しているクリトリスを含む。荻窪と同じように静かに昇りつめ、私の肩に手を置きながら静かに達する。ふるえは小刻みにするどい。
「風呂に入ろう」
「はい」
 湯船に浸かりながら、しっかり抱き合う。強く口を吸い合う。
「ああ、郷さん、好き、郷さん、好き」
 ヒデさんは私のものを握り締めながら必死で口を吸う。たまらず跨って尻を落とし、味わうようにゆっくり陰阜を上下させる。
「あ、好き、愛してる!」
 あえぎ声も発することなくたちまち一度目のアクメを終えた。好き好きと言いながらヒデさんは狂ったように腰を動かしつづける。強く緊縛してうねる心地よさに、茎の付け根に排出の気配が昇ってきた。亀頭がふくらむ。
「ああ、愛してます、イク、またイク! 郷さん、イッて、イッて、出してください、だいじょうぶな日ですからうんと出してください、あ、イク、あああ、イクウウ!」
「イクよ!」
 尻を抱き寄せ、突き上げるようにほとばしらせた。
「ク、イックウウウ!」
 私は何度も律動を伝える。
「あ、イク、またイキます、あああ、イキます、イクイクイク、イックウ!」
 全力で抱き締めてくる。風呂の中なのでヒデさんはじゅうぶんからだを伸ばしてアクメの形をとれない。三鷹の旅館での初体験のときに見せたような、片脚を抱える体勢もとれない。私に密着しているのでしがみつくしかない。性器に異様な感触を覚えた。亀頭の周囲が妖しくうごめいて絡みついてくるのだ。射精の律動が止まなくなった。
「ヒデさん、すごいよ、奥がごにょごにょ包んでくる」
「あ、だめだめだめ、郷さん、抜いて、止まらなくなります、ああ、イク、イク!」
 私はヒデさんの尻を浮かせて抜いた。その瞬間にもヒデさんは強く打ちふるえて、浴槽の縁をつかみながら何度も白い尻を突き出した。うつむいて歯を食いしばりながら、最後の気をやっている。耳たぶを咬んで囁いた。
「愛してる……」
「私も、何百倍も、何千倍も」
 目をつぶったまま、カズちゃんとそっくりな言葉を言う。首筋にキスをした。ヒデさんは振り向き、唇に吸い付き、舌を挿し入れる。白百合荘に帰り着いて何ほども経っていない。愛情の思いは長くても、快楽は一瞬のうちに終わる。しかし、出会いからのたった二度の快楽の点在に、けいこちゃんからの長い直線を感じる。
 肩を貸して湯船を出る。湯をかけてやり、石鹸を使う。スポンジで首を洗い、大きく成長した乳房を洗い、快楽の巣を洗う。石鹸を流す。ヒデさんはふと気づいたふうに、二人の体液を溶かしこんだ湯を抜いた。シャワーで浴槽を流し、もう一度湯を貯める。ヒデさんは先に上がり、私はシャワーで頭を洗う。全身に石鹸を使う。脱衣場で身づくろいをしたヒデさんが、
「私もお台所のお手伝いしてきます」
 ヒデさんが脱衣場から出ていくと、私も湯殿を出てからだの水気をしっかり取り、寝室にいって箪笥の抽斗を開け、むかしどおりの場所に下着を見つける。パンツとシャツをきちんと身につけ、居間のカズちゃんのボストンバッグからジャージを出して着る。スーツの上着とワイシャツとズボンを洋ダンスの衣桁に吊るし、居間の炬燵テーブルについた。    
 隅に小さな筒ストーブが焚かれている。よく見ると、かつて私がこのアパートで使っていたものだった。換気のために一センチほど窓が開いている。開け放つ。空き地に手つかずに積もっている固そうな雪。女学生たちの部屋からは何の物音も聞こえてこない。夕食前の勉強をしているのだろう。
 テーブルの上に女性雑誌。平凡パンチ女性版、十二月十日号、定価二百円。パンタロン特集。下宿生にもらったものか、ページを開いた形跡がない。開いて見る。
『ファッション雑誌に書いてあるパンタロンの着こなし、なんてルールは、ぜんぶポイ! しましョ。太いは太い、細いは細い、オシリペチャンコ、オッパイプリプリ、ぜんぶゴキゲン、ゼーンブあなたのミリョクチャン、です』
 たしかにこれではページをめくる気にならない。カズちゃんがコーヒーを持ってきた。
「学生たちが食べ終わるまで手伝うわね。それから五人でごはんをゆっくり食べましょ」
「うん。ラジオでも聞きながら、ちょっと横になってるよ」
「少ししたら美代子さんと羽島さんにきてもらうわね。丁寧にかわいがってあげてね」
「ミヨちゃんとしてるあいだ、ユリさんはどうしてるの」
「美代子さん、いっしょに横にいてほしいんですって。とても信頼してるみたい」
 カズちゃんはキスをし、風呂の湯を止めて出ていった。鏡台の上のトランジスタラジオを点ける。NHK第二、大相撲初場所を前にという特集番組。北の冨士、大鵬、玉乃島などという名前が流れてくる。NHK第一、暮らしのニュース、神無月選手の母校訪問、私の声が三十秒ほど流れる。女の声のように柔らかいトーン、衒わない口調。こういうしゃべり方をするのか。私でさえ引きこまれる。聴衆の笑うところで私も思わず笑った。ふと寺山修司の言葉がよぎる。
 ―文化的なスキャンダル? 文化的な逸脱のまちがいじゃないのか。
 醜聞ではなく、逸脱。学生たちに答えていた言葉を思い返す。
「社会科学を挑発する」
 まったく意味がわからない。
「劇場の舞台で殺人を演じても衛生無害だけれども、団地のアパートの一室でそれをやれば、劇なのか現実なのか非常に紛らわしくなってくる」
 そんな言葉も、一学生との対話で小耳に聞こえてきた。演劇を有害なものにしたいということか? 彼が人びとに〈害を与えたい〉と考える心の根底には何が横たわっているのだろう。
 ―結局わからない男だ。野球、音楽、映画、書物、何も語らなかった。それぞれ鑑賞の度合いは激しいのかもしれない。しかし何も語らなかった。わからない。わかった先にも何のおもしろいできごとも期待できない。わからなくていい。これっきりにしよう。近づかない。もちろん、訪ねていかない。
 ラジオを消す。ミヨちゃんとユリさんが入ってきた。完成した造形の美にちがいないミヨちゃんの顔が、コチコチに緊張している。抱き寄せてキスをしているあいだに、ユリさんは二つの寝床を敷いた。ミヨちゃんはトイレにいった。
「秀子さんはお風呂ですませたんですか?」
「うん。夜落ち着いたらもっと丁寧にしてあげようと思う」
 まずユリさんが全裸になり、トイレから戻ったミヨちゃんがユリさんに促されて全裸になった。二つの寝床に別れて横たわる。ミヨちゃんは、ただ肉づきがいいだけと思っていたのはまちがいで、均整のとれたゆたかな腰と尻をしていた。臍の窪みが美しい。ふだんはブラジャーで締めつけているのだろう、剥き出しの乳房は広げた掌に余るほど大きかった。実際に握ってみた。驚くほどの質感だった。
「すばらしい―」
「はい……」
 どう応えていいのかわからないのだ。
「よく見せて」
 膝に手を置いて促すと、
「……恥ずかしい」
 と言いながら、きのうの母親と同じように素直に両脚を広げた。隣の寝床のユリさんの目がすぐ届くが、彼女はあらぬほうを見ている。母親に似たかなり密な陰毛が恥丘を這い、光を帯びた溝が薄っすらと濡れている。大陰唇はカズちゃんと同じように、肌と同じ色だ。小陰唇は短めで縦に二本きれいに並び、薄茶に色づいている。包皮も淡い茶色だった。私は屈みこんで、濡れそぼった襞全体に舌を当てた。ほとんど色のない前庭から、クリトリスをしまいこんだ包皮にかけて舐め上げる。温かいものが膣口からあふれ出してきた。カズちゃんのように清潔な味だった。小陰唇を含んで吸う。母親よりも肉厚でない。門渡(とわたり)から肛門まで舐めた。そこまで濡れそぼっていた。ミヨちゃんは腰をくねらせ、唇を求めてくる。やさしく吸ってやった。
「汚くないですか?」
「ぜんぜん」
「うれしい、郷さんのこのお口が、私の……」
 去年の夏花園を訪ねたとき、ミヨちゃんはずっと私のことを郷さんと呼んでいた。ヒデさんも荻窪にやってきたとき、ずっと郷さんと呼んだ。この女子寮で二人が精神的に隔てなく付き合っていて、常々私を話題することが多いのだろうと偲ばれた。
「イキたい?」
「はい」
 包皮を口全体で覆い、舐めたり吸ったりする。舌を使って押し回す。クリトリスがたちまちふくらんでせり出した。母親と同じくらいの大きさをしている。きっとこの年齢でクリトリスは成長を終えるのだろう。唇と舌で愛撫するのが容易になった。転がすように丁寧に唇と舌を使った。ミヨちゃんは高まりに近づき、ユリさんに手を伸べ、握る。
「ハアア、信じられないくらい気持ちいい、すぐイッてしまいます。恥ずかしい、イクのを郷さんに見られるの、恥ずかしい!」
「イクのはとってもかわいらしいことだよ。イッて」
「はい、ああ、もうだめです、イク、イクイクイク、イク!」
 慎ましく陰丘が跳ねた。両脚を突っ張り、もう一度かわいらしい声を上げて強く痙攣した。これもカズちゃんと同じような清らかなアクメだった。
「うう、自分でするよりずっと気持ちいいです。信じられません。ブルブルが止まらない」
 私は微笑みながら、脚を広げた。
「入れるね」 
「はい。その前に、私にも郷さんのものを見せてください」
 ミヨちゃんはまるで快感の余韻を逃がすまいとするかのように、下腹を押さえながら上半身を起こした。たちまち目を瞠った。ユリさんも首を起こして潤んだ目で見つめている。
「不思議な形!」
 ミヨちゃんは指で触れ、握り締め、めずらしそうにカリの溝を撫ぜたり、亀頭の裏の筋を見つめたりする。野辺地にいっしょにいったあの三年前の初夏と同じように、口が本能的に近づき、舌先で亀頭を舐める。そしてあのときとちがって、躊躇せずにカリの縁まで咥えこんだ。生まれて初めて懸命に舌を使っている。ユリさんがシーツの濡れを気にするように、自分の尻の下に手を入れた。枕もとのティシュを抜いて股間を拭いている。それからやさしくミヨちゃんに、
「入れても、神無月さんのものは長すぎないから痛くないのよ。ただ、このカリでこすられると、とても気持ちよくなって、たいへん」
 ミヨちゃんの目も潤んだ。
「……私、郷さんと、とうとう結ばれるんですね」
「うん。上になってつかみながら入れるとラクだと思う。そうしたら、ぼくを抱きしめて」
「はい」


         百七

 ミヨちゃんは大きく脚を開いて跨り、私のものをつかんでぎこちなく膣口に当てた。そのまま戸惑っている。下からグイと押してやった。ぬるりと入った。母親よりも緊縛感がずっと強い。
「ああ、郷さんが私の中に入ってる!」
「痛くない?」
「はい……ああ、やっと郷さんと結ばれました、五年間思いつづけた郷さんとやっと―」
 輝くように美しい顔に手を差し出して頬をさすろうとすると、その手を握り、ゆっくり胸に倒れてきた。私は背中をさすりながら、
「とうとう結ばれたね」
「うれしい! ああ、郷さんが私の中に入ってます」
 ユリさんが小さい声で、おめでとう、と言った。ミヨちゃんはうなずき、もう一度上体をまっすぐ立てた。そしてやはり戸惑っている。ユリさんがやさしく言う。
「お尻を動かすのよ」
 うまく動かせない。上下ではなく前後に動かそうとする。私は尻を捕まえ、
「ぼくが動くと、ひょっとしたらだんだん気持ちよくなるからね。そしたら、遠慮なく声を出して」
「はい……」
 私は用心深く動きはじめる。ミヨちゃんもされるままに用心している気配がある。声は出ない。私は浅く動きながら、気になっていることを確かめた。
「きょうはだいじょうぶな日?」
「いえ、危ない日です。秀子さんから詳しく教えてもらいました。もし妊娠したら郷さんに迷惑をかけてしまいます……」
「だいじょうぶ、ユリさんがいてくれるから」
 奥まで入るかどうか、突きを深くして確かめる。するとふいに脇腹のあたりから発汗の気配が温かく立ち昇ったので、思わぬ快感が押し寄せたのだとわかった。わき腹を触るとじっとりと汗をかいていた。
「気持ちいいの?」
「……はい、とても……ゾクゾクして」
「クリトリスが気持ちいい感じ?」
「いいえ、もっと怖い感じです……」
「怖くないよ、膣はクリトリスより何倍も気持ちよくなれるからね」
 奥さんに言ったのと同じことを告げる。
「はい、もうすぐですか?」
「うん、もうすぐ」
 私は安心して、彼女の尻たぼを両手で支えながら動きはじめた。数分かけてようやく緊縛感が強まり、ミヨちゃんは逼迫した声で喘ぎはじめた。母親の一度目のときよりは遅いいけれども、確実に達するだろうとわかった。出血してひどく痛がった十七歳のソテツでさえ、最初から強いアクメに達したのだ。張り形ですでに開通しているミヨちゃんが高潮に達するのはあたりまえのことに思えた。私は結び合ったまま彼女を抱きかかえて仰向けにし、大きく開脚させた。クリトリスが濡れた陰茎の背の先で光っている。私は容赦なく動きはじめた。
「郷さん! 気持ちいい!」 
 狭い膣がさらに収縮してきた。アッ、アッ、という部屋の壁を通すほどするどい愛らしい声と、幼い膣の緊縛のめずらしさが重なって、たちまち私の下腹に射精の予感がやってきた。
「すごく大きくなってきました……郷さん、私、もう……」
「イキそう?」
 激しくうなずく。未知のアクメをこらえるように何度も膣が予備の収縮をする。
「あああ、イッちゃいます! あ、イク、あ、イク、あああ、イク、イクイクイク、イクッ!」
 グンと跳ね、腹の筋肉を縮める。
「ミヨちゃん、ぼくも!」
 まだ限界ではないが、喜びを告げてやる。
「あああ、郷さん、愛してます、愛してる、愛してる、ああああ、イクイクイク、イックウ!」
 引き抜き、懇願する顔で待っているユリさんに思い切り突き入れる。ユリさんは激しく腰を使う。すぐに訪れるユリさんの一度目のアクメで射精した。ユリさんは私をひしと抱き締め、射精の律動に合わせて、ぬめってうねる膣を何度も反射的に収縮させた。快感の発声はしない。ミヨちゃんに気を使ってこらえている。するどい刺激に私は律動をなかなか止められない。ユリさんは狂ったように唇を求めてきた。舌を絡ませてくる。私は射精を終えた腰を励まして動く。
「あ、だめです、またイク―」
 ユリさんは小さい声で言った。
「イッて、できるだけたくさんイッて。もうすぐ萎んじゃうから」
 ユリさんは貪るように腰を前後させ、二度、三度と絶頂に達した。ビクビクと膣が脈を打ちつづける。私はユリさんの口を吸いながら、その感触に浸った。ミヨちゃんは固く目をつぶり、まだ脇腹をふるわせている。蒲団に出血の跡はなかった。私はユリさんから離れ、ティシューで股間を拭ってやった。拭っているあいだもユリさんしきりに痙攣する。私はミヨちゃんの肩を抱き、囁きかけた。
「よかった、血は出なかった。張り形でオナニーをちゃんとしてたからだね」
「はい。……迷惑かけなくてよかった。イクッてこういうことだったんですね。張り形でこすって、一度グッと痙攣して気持ちよくなるのをイクことだと思ってました。……まだふるえてます」
「心配しなくていいからね。すぐに治まるから。するたびに、もっともっとよくなるよ。……今夜もう一度しようね」
「はい。……羽島さんも気持ちよかったですか?」
 澄んだ美しい瞳でユリさんを見つめる。
「ものすごく。口じゃ表わせないくらいだったわ。私のことなんかどうでもいいの。あなたの記念日よ。おめでとう、美代子さん、うらやましいくらいきれいな顔でしたよ。おじゃましちゃってごめんなさいね。私のお役目はこれきりでよさそうですね」
 私を真ん中に三人肩を並べて横たわる。やがて、十六歳と五十一歳の女の表情に安らぎがやってきた。私にも同じ思いがきた。女のからだに快楽を与える喜びは人生でも至上の部類に属する。自分の命に希望を見出したときのような、安らかで、それでいて身が引き締まるほどするどい喜びだ。
「あなたは私だけのもの……そう人から言われることがいちばん似合わない人間が、郷さんです。郷さんはだれものでもない人です。男や女にかぎらず、いろんな人に愛されて、みんなに幸せをあげる人です」
 ユリさんが、
「逆に言うと、あなたは私のもの、ってみんなが言える人間だとも言えますよ」
「ほんとですね!」
「こうと決められない人ということじゃないかしら。さ、私は退散。二人の記念日なんですから、ゆっくり二人でお話しなさい。学生たちのおさんどんをしてきますからね」
「はい。私ももう少ししたらいきます」
「いいの、そんなことしなくて。秀子さんはもう部屋で勉強してますよ。今夜は美代子さんといっしょに郷さんの隣で寝るって張り切ってます。私と和子さんは娯楽部屋で寝ますから、どうぞ遠慮なくね」
 ユリさんが離れの玄関戸を閉める音がすると、ミヨちゃんは私の頬を撫ぜ、
「悲しい顔。だれにも気づかれない悲しい顔」
 睨みつけるようにして抱きつき、固く抱き締める。
「そんなにぼくは悲しそうかな」
「そうじゃなきゃ、一目で好きになりません」
「出会ってからもうすぐ六年になるね」
「はい」
 唇を求めてきた。私はやさしく吸って下唇を噛む。ミヨちゃんの胴がふるえる。懲りずに勃起する。
「……どうしようもないくらい愛してます。会ってから、一日として思い出さなかった日はありません」
 勃起したもの微笑みながら見下ろす。
「ぼくたちの心とからだのほんとうの始まりの日だ。……立って。ミヨちゃんのからだを見せて」
「はい」
 すばらしくつり合いのとれたからだが立ち上がった。胸は巨きく、腰が高くて、脚が長い。ヒデさんと同様、濃い陰毛が美しい。私も立ち上がる。彼女は私の勃起しているものに膝を突いて近づき、口づけをした。二人でシーツに横たわる。股間に手をやった。さっきのいまなのに、ぐっしょり濡れている。私に劣らぬ回復力だ。
「さっきと同じように……」
 仰向けに寝かせ、脚を割る。丁寧に舐める。声を殺しているが、すぐに太腿がふるえはじめる。今度は二十秒とかからなかった。ビクンと腹が収縮し、二度、三度、それを繰り返して安らかになった。唇を合わせながら挿入する。緊密な空間だったが、じゅうぶん潤っているので、奥まで一気に入った。静止して、顔を見つめ合う。
「今度こそほんとに結ばれた感じ……愛してます。死ぬほどうれしい」
 少し動いてみる。
「あ、わかります、気持ちいい」
 膣壁が心臓のように脈打つ。
「ほんとに気持ちよさそうだね」
「はい、さっきよりもずっと」
 口づけをする。ズキンと性器に興奮の波がきた。しっかりと動きはじめる。
「あ……すごく気持ちいい、信じられない……」
 私を愛しげに見ていた目がゆっくり閉じられる。浅く、深く、自分なりの慣れた作法で抽送する。ミヨちゃんが感覚の世界に入っていく。呼吸が速くなる。
「あ、あ、不思議、ほんとに、ああ、気持ちいい、こうなるんですね、愛し合うとこんなに気持ちよくなるんですね、うれしい!」
「ぼくに合わせて腰を動かしてごらん」
「はい」
 ミヨちゃんはぎこちなく腰を動かすが、正常位なので自然な摩擦になる。亀頭の引っ掛かりが強くなる。
「あ、気持ちいい、すごく気持ちいい」
 彼女にも私にも急速に高潮がやってきそうだ。
「あああ、お腹が気持ちいい、昇ってきます、ああ、たまらない」
 膣全体がうねらずに均一に締まってくる。
「ああ、もうがまんできません、どうしよう、イキそ、イキそ」
「イッて、思い切り」
 奥を何度も突く。
「ああ、イキます、イク、イク、イクウ!」
 ギュッと手のひらで亀頭を捕まえるように奥の壁が烈しく収縮した。抽送が不可能になるほどだ。吉永先生と同じように紅潮した顔がせり上がってくる。尻を引き寄せて、膣の緊縛を感じながら射精を準備する。壁のすべてが陰茎を締め上げる。抵抗に逆らって激しく往復する。
「あ、だめです、郷さん、これ以上だめ! またきちゃいます、きちゃう、あ、あああ、またイクウウ!」
 引き抜き、腹の上に射精する。一筋頬に、二筋首に飛んだ。残りの数度の律動はすべて乳房の下方にゆるく飛んだ。せり上がってきた唇にキスをする。すぐに離れていき、うめきながら何度も腹を収縮させる。
「あ、あ、郷さん、こんなに、う、うう、気持ちいい、ああ、気持ちいい!」
 痙攣しながら、なんとか言葉で悦びを伝えようとする。私はからだを離して、彼女に腕を貸して横たわり、ふるえを収めるようにみぞおちをさすってやる。手にヌラヌラと精液がつく。さするたびに、ピクン、ピクンと跳ね上がる。
「ああ、だめ、止まらない、あ、イキそ、ああ、イク! ああ、止まらない、抱いてください、抱いて、あああ、イクウウウ!」
 しっかり抱き締め、ミヨちゃんの全身のふるえを受けとめる。唇を吸い、尻を撫ぜてやる。また、グーと達する。私は何もせずに、そっと抱いたままでいる。やがてミヨちゃんの腕がほぐれ、大きな目が見開かれる。頬に精液がついている。


         百八

「……よかったね。初めての経験がぜんぶ気持ちよくて」
 こくりとうなずき、
「どうお礼を言えばいいか……」
「お礼なんかいらないよ。ミヨちゃんとぼくの愛そのものだ。これからは、するたびに確かめ合おうね」
「はい。愛そのものなんですね。恥ずかしがらないでいいんですね」
「もちろんだよ。愛してないとこうならないんだ。感じるのは自分の愛を証明するようなものだ。後ろめたいことでも恥ずかしいことでもない。オナニーも愛する人のことを想ってすれば、愛そのものだ」
 顔と首と胸の精液をティシュで拭いてやる。腕枕をする。
「この何年か、数えるほどですけど、何度か……自分でしました。張り形は痛いので、最初のころにやめてしまいました。指でしました。郷さんの顔を思い浮かべながら。とても気持ちよかった。でも、これほど気持ちよくなれませんでした。どうしてでしょう?」
「生身の相手がいるという充実感がないからだろうね。クリトリスは、合体のプレリュードと、オナニーのためにあると思う。それでも男の射精の快感よりははるかに強い。女は愛のかたまりだけども、快感のかたまりでもあるからね。膣でしか感じられない最高の快楽は、将来合体するときのためにとっておいて、恋しくてどうしようもなくなったら、クリトリスのオナニーで代用すればいい。それでもお茶を濁すというレベルのものじゃないからじゅうぶん満ち足りると思う。男は射精したらそれでおしまい。男の性器は女のプレリュード以下の器官なんだ。射精の快感は女のプレリュードにすら敵わないということは知っておいたほうがいいよ。男にできることは、ひたすら愛する女のからだと合体して、ほんの少しの自分の快感と引き換えに、女に叶うかぎりの快楽を与えることだ」
「それじゃオナニーをしても、何かもの足りないでしょうね?」
「もの足りないというより、射精を正しくない目的に使ってるという空しい感じがするね。男はまだ愛を知らない幼いころにオナニーをすることはあるけど、大人になって愛を知ればしなくなる。ぼくも例外じゃない。射精自体大した快感じゃないし、愛という大きな満足も得られないからね。大人になっても、好きでもない女とセックスしたり、グラビア写真を見ながらオナニーをするような男は、愛に目覚めることができなかった男だ。愛を知った大人の男は、合体できるときはかならず合体し、射精を女に最高の快楽を与えることに役立てようとする。射精は女の満足感を最大のものにするからね」
 ミヨちゃんは私の腕を握り、
「男と一口に言いますけど、男の人のほとんどがそういうやさしい気持ちを持っていないことは、私も馬鹿でないのでわかります。そういうやさしさは、郷さんのようなめずらしい男の人だけのものでしょう。でもいまのお話で、セックスの秘密がほとんどわかったような気がしますし、まだほんの少し残っていた嫉妬心のようなものが消えてしまいました。郷さんの女は、郷さんを愛するご褒美にかわいがっていただくだけで、この上なく幸せだとわかりました。遠く離れていて、長いあいだ生理的な欲求が満たされていない女は、欲求の解消のためにオナニーをしても罪でないということもわかりました。そばにいることができたら、そのオナニーさえ必要でなくなりますね。早くそうなりたい」
 肩やあごや首にキスをする。
「最初のセックスをとてもすばらしいものにしてくれて、ほんとにありがとうございました。一生の記念になりました。……ただ、私だけ満足してしまって、何か郷さんに申しわけない気がします……。郷さんがセックスをして、いちばんうれしいことは何ですか?」
「強く感じてくれること」
「あくまでも相手の幸福なんですね。……あ、何か出てきました」
 指で探っている。
「ミヨちゃんの興奮のしるしだね。ぼくのものはほとんど混じってないから」
 指についたものを自分の目の前に持ってきて、しばらく見つめ、舐めた。
「苦くて、しょっぱい……」
「やっとくつろいだね。……ミヨちゃんに初めて性欲を感じたときのことを思い出す。あれがミヨちゃんに恋した最初だった」
 腕枕の顔を私の胸に近づけて、
「恋したなんて……。いつですか?」
「小雨の日。家に鍵がかかってて―」
「憶えてます。小学校六年生のとき。あれは郷さんが高校一年生のときです。……高校二年生の五月の連休のときは、いっしょに野辺地にいく前に、いまと同じことを言ってくれましたね。そのときは〈恋した〉じゃなくて、ゾクッとしたって言いました」
「そうだったかな。高校一年……六月だった。―ミヨちゃんがランドセル鳴らして走ってきたんだ。鍵を開けるとき、スカートから突き出てる脚を眺めた。とてもきれいでセクシーだった。このからだはいずれもっと成熟して、どこかの男に抱かれるんだろうと思った」
 ミヨちゃんが肩に顔を押しつけた。温かい涙が触った。
「性欲を感じたのは、私のほうが先です。郷さんが初めてうちの玄関に立ったとき、ここがジーンとしたんです」
 加藤雅江と同じことを言う。
「ませた子供だったから、小五くらいからオナニーもしてたし、きちんと満足することも知ってたし……。それが愛を汚すことじゃなくて、愛情そのものだときょう教えてもらって、長いあいだの後ろめたさが消えました」
「快楽が愛じゃなきゃ、生まれてくる子供たちがあんなにかわいいわけがない」
「すてきな考え方をするんですね。郷さんのことをもっともっと詳しく知りたい。どうしてそんなに悲しい顔をしているのかも知りたい」
 何としても私を悲しい男と思い定めなければすまない十六歳の少女は、美しい歯を覗かせて私を慈しむように笑った。
「もしぼくが、悲しい男なんかじゃなくて、そのふりをしているだけの、ただのスケベ野郎だったらどうする?」
「そのほうがホッとします。郷さんがスケベでも、私にはとてもうれしいことです。悲しみが消えて、それが残ったわけですから」
「そうかなあ。好色というのは先天的で、無差別なものだよ」
 ミヨちゃんは私の胸を撫ぜながら、
「好色などという複雑なものじゃなく、もっと単純な生理的なものです。何かの本で読みました。壮年期までの男は定期的に射精しないと性機能が衰えて、不能になることもあるって。適当なあいだを置いて射精することで、からだの機能を正常に保たなければいけないって。郷さんに女の人が何十人いても、もうぜんぜん気にならなくなりました。それは郷さんの浮気心のせいじゃなくて、何十人もの女の求愛のせいですから。男の快楽は慎ましい一瞬のもので、強く、長く、何度でも感じるのは女のほうだとわかりましたから。自分と似たような女の人のからだの仕組みに嫉妬しても意味がないし、生理的に慎ましい郷さんの快楽に嫉妬しても意味がありません」
 カズちゃんから教えられた考えを私は本歌取りして伝えただけだったけれども、もともとミヨちゃんもまったく同じ考えだったようだ。
「そんなふうに割り切られると、ちょっと引け目を感じちゃうな。じつはそんなふうに助かりたくなくて、いつまでも道徳的な罪の意識を感じていたいって気持ちもあるんだ」
「割り切っているんじゃありません。自分がそう納得できることを喜んでるんです。女は死ぬまでと言いますけど、男も若いうちは毎日でもできると本で読みました。私は毎日そばにいてあげられません。郷さんを労わってあげられる女の人が一人でも多くいてくれれば安心です。それどころか、郷さんのそばにいる女の人は、心から郷さんのことを愛してるし、郷さんからも愛されてるとわかってますから、安心の上にも安心です。再来年の春からは、私もたくさん抱いてもらえるでしょう。とうとうその人たちの仲間入りをすることができます」
「〈何十人〉の中にいきずりの女がいたら?」
「それはちょっといやですけど、郷さんのからだを労わるためだと思えば……。でも、病気には気をつけてくださいね。私たちも厄介なことになりますから」
 これもカズちゃんと同じことを言う。
「ぼくは好色漢じゃないから、手当たりしだいに女を相手にしないし、毎日セックスすることもない。病気も心配しなくていい。直観でそういう女はじょうずに避けてるから。ミヨちゃんがぼくに感じる悲しみは、きっとぼくの持病のようなものなんだろうけど、それ以上に、倦怠という面倒なものを抱えていてね。ときどきあらゆるものに関心がなくなったり、自分を放棄したくなったりする。でも、そういうときは、ぼくを愛してくれる人たちの顔を思い浮かべて、なんとか踏みとどまるんだ。まだ彼らをしっかり愛し返していないぞってね。でも、踏みとどまるのはぼくの身勝手で、ぼくの存在と関係なく彼らには生活の都合があり、人生の計画があるということを忘れちゃいけないということにも自然と思い当たるんだ。ミヨちゃんも、ぼく以上に愛する男ができたり、都合が悪くなったりしたら、いつでも去っていっていいからね。そうなっても、ミヨちゃんのことがぼくの記憶から消えることはないからね」
「いやな形のまま消えないでしょうね。郷さんは、これまでそういう仕打ちを受けてきたんですから」
「いや、ほとんど受けてない」
「じゃ、いつも裏切られることを予感してるから、悲しみが持病になったんです。かわいそう。倦怠というのは、たぶん生命欲を曇らせるほどの疲労だと思います。私は郷さんを愛しているんです。裏切って悲しませることもしないし、まとわりついて疲れさせることもしません。いつまでも、そっとそばにいます」
 舌をからめた口づけをした。
「お風呂に入ろう。からだがベタベタだ」
「はい」
 風呂に入る。からだを流し合い、シャワーを浴び、湯に浸かり、もう一度湯を抜いた。
         †   
 ミヨちゃんが食堂に去ると、急なまどろみに襲われ、一時間ばかり眠った。四人が離れのキッチンに食事を運びこむ物音に目覚めたときには、窓の外はすっかり暗くなっていた。鏡台の上の時計が七時を回っている。カズちゃんが、
「少しはスッキリした?」
「うん。青森にいるんだね。忘れてしまう。則武か北村席の部屋にいるようだ。……青森か。青森と言えば、すぐ堤川を思い出す」
 ヒデさんが、
「野辺地川の何倍もある焦げ茶色の大きな川。岸の林がさびしそう。堤橋のあたりは少し賑わいますけど。……そぞろあくがれチツセイの……堤川の土手道は郷さんの通学路だったんですね」
「うん、春から秋までかよった。十五歳から十六歳にかけて」
 キッチンに食卓が整う。好物のホタテのバター焼きが載る。子持ちナメタガレイの煮付け。ゴボウを載せてあるのがうれしい。白菜とホウレン草のお浸し。ユリさんが、
「お浸しは、煮魚のタレで食べてくださいね。とんがり帽子のポリスボックスも堤橋も古そうに見えますけど、それほど古くないようですよ。大正時代から造られはじめて、副橋やら歩道やら足していって、あんなに広い橋になったんですって」
 カズちゃんが、
「青森の駅舎って、背が低くて、小さいから、構内に日本一長いホームや連絡船の桟橋があるなんて想像できないわ。あおもり駅という緑のひらがな文字もすがすがしくて、とても神秘的」
 みんなで、いただきます。ミヨちゃんが、
「私もそう感じます。神秘って麻薬ですね。……きょうも寺山さんはじめ、たくさんの人たちが神無月郷という麻薬に痺れてました」
 ヒデさんが、
「懇談会でもみんな寺山さんの言うことを真剣に聴いてたようですけど、やっぱりどこか人間の考えの枠内という感じがします。神秘的でないんです。郷さんはブッ飛んでますから、枠なんかどこにもないし、この上なく神秘的です」
 カズちゃんが、
「キョウちゃんといると楽しくて仕方がないの。一分一秒が楽しくて、うれしくて、どうしたらいいかわからなくなっちゃう。十年間変わらないわ。キョウちゃんに深い関心のないない勤め人なら、早く仕事に戻らなくちゃ、この楽しさにやられてしまったらたいへんだと思って離れていくでしょうし、キョウちゃんを愛してる勤め人なら、仕事をしながらキョウちゃんとすごせる楽しさを心の底から感じるでしょう。ぜんぜん仕事のない人はいちばん危なくて、キョウちゃんという麻薬だけで一生暮れてしまうわ。そうなったら頻繁に麻薬を打ってもらわないと不満だらけになっちゃう。それはキョウちゃんにとってとんでもない重荷になるから、私たちはみんな仕事を持とうとするのよ」
「ぼくは毎日麻薬漬けだね」
「いいえ、集中的な仕事だから合間の休暇が多く見えるだけ。とてつもない肉体労働が年に十カ月もあるし、休暇に見える残りの二カ月も休みなく鍛錬してるから、キョウちゃんは仕事人の中の仕事人ね。キョウちゃんの言う麻薬というのは女のことでしょうけど、女の数が多いのだって、基本的に選り好みが激しいうえに色好みじゃないから、乱れた生活には結びつかない。ぜったい麻薬漬けになんかならないの。一年、二年放っておくなんてザラじゃないかしら。私はそんなに放っておかれるのはつらいから、こうしてそばに居つづけてるんだけど、そうできてつくづくラッキーな女だと思うわ。でも、たとえ近くにいてキョウちゃんを麻薬漬けにしておこうとしても、もともと、キョウちゃんは愛を与えることに喜びを見出す人だから、こちらから与える麻薬は大して効き目がないのよ。そこがふつうの男とちがうところ」
 ユリさんが、
「私もそう思ってます。遠くにいても神無月さんのからだより心が寄り添ってる感じです。だからこそ神秘的なんですね。もちろん逢えたときは、神無月さんを引き留めて自分なりの麻薬を全力で注ごうとしますけど、引き留められる時間だけ神無月さんの心に甘えようとする気持ちのほうが強いです」



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