第二部


二章 青森高校





         一

 三月十日水曜日。朝から大粒の雪が降っている。銀映口の西野理髪店へいって三分刈りにした。幼稚園のころの主人はいたけれども、奥さんが剃刀をやったので実害をこうむらなかった。もともと坊主頭だったけれども、地肌が青く透けるほど短く刈った。帰りに和田電器店に寄って、東芝の五球スーパーラジオを買った。名古屋で使っていたのより一回り小型の東芝カナリヤだ。ステレオの代わりに持っていくことにした。
 蒲団袋と本立て、それから衣類や身の周りの小物、文房具、書物やノートを詰めた段ボール箱を、縦貫タクシーからきた引越しトラックに積みこんだ。テープレコーダーとラジオを裸で蒲団のあいだに挟みこむ。奥山先生の話では、葛西さんの下宿人が代々使ってきた机が、私の入る予定の部屋に置いてあるということだったので、この美しい机は持っていかないことにした。早めの昼めしを食って出発。
「いってくるよ」
「おお。落ち着いたら手紙コよごせ」
 じっちゃが囲炉裏で煙管を銜(くわ)えながら、さびしそうに笑った。トラックの助手席に乗りこんだ私を、ばっちゃが首を傾げて見つめた。小さい顔がもっと小さく見えた。
「人の家だすけ、わがまま言わねで、な。うまくいがねときは、帰ってくんだ」
「うん。ばっちゃ、あんまり働きすぎないでね」
「オラのことは心配しねくていい」
「休みに入ったら、帰ってくるよ」
 私はサイドミラーに映るばっちゃの姿が小さく縮んでいくのを眺めた。
「青高(せいこ)さ入ったってが」
 若い運転手がハンドルをいじりながら尋いた。
「はい」
「野中からなあ。大したもんだでば」
 私は笑いを返したきり、雪道を叩くチェーンの音に耳を傾けていた。
「ワ、ここの中学出たんで」
「へえ、野中出身ですか」
「おう。グダヤマに習ったんだ」
「え! ぼくの担任です」
「ほんだすけよ。頼まれてきたんだ、グダヤマに。……中学出て、十年もずっとこの仕事よ。最初の三年は積みこみ専門でな。働きすぎて、足の静脈やられて手術した。いまでも痛むじゃ」
 返事を期待していないふうに、道の左右へキョロキョロと視線を泳がした。運転手特有のさばさばした雰囲気をしていた。運転席で左右を確認するクマさんの顔が浮かんだ。トラックは長く海沿いの雪道を走った。
「ずっと野辺地ですか」
「うんにゃ。いまでいう金の卵で東京さ出て、運送会社に勤めたんだども、足悪ぐして野辺地さ戻ったんだ。野辺地病院で血管手術して、なんとか復帰してよ、グダヤマの口利きで縦貫タクシーさ入(へ)った。面倒見いいんだ、あれ」
 母を睨んだときの奥山の充血した眼を思い出した。
「じゃ、ふだんはタクシーに乗ってるの?」
「ンだ。野辺地あたり流すだけだすけ楽だでば。せいぜい馬門(まかど)までだ。トラック乗ったのはひさしぶりだ。これ、縦貫の社長のトラックだ。グダヤマの野高の同級生よ。あんたは有名人だすけ、社長も二つ返事だった。ロハにしてやれってへったども、あんたのババちゃがだめだっつったんだ」
「祖母は潔癖な人ですから」
「だな」
「佐藤善司を知ってますか。ぼくの叔父ですけど」
「おう、一つ上だ。うだで秀才でな。ずっと野中の一番だった。いま、どうしてら?」
「秋田で観光バスの運転手してます」
「もったいねな。……今度引越しするときは、金取らねでやってやるすけ」
「ありがとう。でも、ばっちゃが承知しないので、安くするぐらいにしてください」
「ははは、わがった、わがった」
「青森まではどのくらいですか。汽車なら五十分ですけど」
「雪道だすけ、二時間くれかな。ふだんは一時間半でいぐ」
 あられのような雪になった。あられに降りこめられる海を見つめながら奥州街道を走った。左に森、右にまばらな家並のさびしい道だった。平内の休憩所で二人小便をした。浅虫に出る。松並木の海岸線。山並と海以外何もない。道の両側にに工場や重層住宅が混じりはじめ、都会のにおいがしてきた。野内という町を通り、浪打という町に至る。運転手は右手を指差し、
「合浦公園だ。桜が名所らしが、オラはいったことがね」
 しばらく二階建てビルばかりのめずらしい家並を抜けていくと、前方に大きな橋が見えてきた。
「堤橋。青森市でいちばん大っきた橋だ」
「受験のときに見ました」
 その手前を左折する。花園町の線路端でトラックが停まった。運転手は紙に書いた地図を見ながら、よし、ここだ、と言った。古びた集合住宅の軒と線路とのあいだに、トラック一台がようやく通れるほどの狭い道が延びている。どの家も玄関前の敷地を広く取って道幅を広げるようにしていた。門構えは見当たらなかった。玄関戸の脇の表札に葛西と書いてあった。葛西善蔵を思い出した。そのことを言うと、
「青森に多い苗字だ」
 と答えた。私は助手席から降りて、家の周囲を眺めた。戸口から裏へ回りこむ隘路に、四季咲きのゼラニウムの鉢が並んでいた。汲取り口から斜めに突き出した空気抜きのダクトに灰色の湿ったヒビが入り、筒先の風車がカラカラ回っている。頭がピンク色に禿げ上がった主人と、時代がかった長い顔をした奥さんと、二重まぶたの肉感的な顔をしたかわいらしい女の子が出てきた。二人の女は何かに打たれたように、少し口をポカンと開けた顔で私を見つめた。私はお辞儀をした。二人はあわててお辞儀を返した。主人は悠揚と首だけでうなずいた。
「いらっしゃい。疲れたでしょう。こちら、主人とミヨコです」
 慣れた標準語だった。下宿人らしい老け面の少年が、三人の背中から、もったいぶった様子で進み出て握手を求めた。
「三年の赤井だ。おめ、うだでいい男だな」
「神無月です」
「大した秀才らしな。話聞いてら。青高さきたら、自分が井の中のカワズだってわかるど」
 妙に冷たいもの言いをする。ひどく窮屈な感じがした。
「赤井さん、お話はあとにして」
 奥さんに言われて、赤井は一転して生まじめな様子になり、率先して荷物を運び入れる手伝いをした。私も運転手といっしょに、いくつかダンボール箱を玄関の上がり框に運びこんだ。主人夫婦は、それをすぐに框の脇の部屋へ移した。運転手はトラックのドアに寄りかかって一服つけたあと、式台に坐って、奥さんに出された茶をぐいと飲んだ。
「じゃな、神無月くん。何かのとぎは、縦貫さ連絡してけろ。オラ、清川だ」
「はい、ありがとうございました」
「無事着いたことは婆さんに伝えとくから」
 彼は運転席に乗りこみ、挙手の敬礼をして去った。清川という名を清川虹子に結びつけて記憶した。
 赤井に導かれて自分の部屋に入った。線路沿いの道に面した小ぎれいな三畳間だった。正面の漆喰壁に接して、蛍光灯スタンドを立てた小ぶりな机が置いてあり、背の低い本立ても机の前に備えてある。道路側に一間の窓が開いていたが、日当たりの悪い部屋だった。土手状になった線路と、その向こうの家並に陽が遮られるせいだった。窓を開けると雪に埋まったレールがきらきら光った。左手を見渡した。森が繁っている。
「あれは?」
「諏訪神社。その向こうは堤川だ。あとでいってみるべ」
 右手は線路の向こうにまばらな屋根瓦が見えるだけだった。
「すぐ奥州街道が走ってら。左さいげば堤橋、新町通り、右さいげば合浦公園」
「桜の名所だそうですね」
「おお、桜と松。さっきのつづきだけんど、青高(せいこ)はキツイど。わんつかばり秀才でも、追っついていぐのは並大抵でねェ」
「がんばります。赤井さんはどうなんですか」
「オラは、東奥日報模試でいっつも県の五番以内にいら。青高でも三番を下らね」
 腫れぼったい一重まぶたを不敵にしばたたいた。嫌いなタイプだった。自信過剰の愚か者に見えた。
「だども油断でぎね。みんな大した野郎ばりだ。入学成績と関係ねど。どいつもこいつも秀才だ。一番と三百番で百点もちがわねんで。あっというまに逆転してまる」
「はあ……」
 うるさいやつだ。早く出ていってほしい。
「アメリカの北爆、どう思う?」
「ホクバク?」
「知らねのが。だば、マルコムXは?」
「だれですか、それ」
「三矢(みつや)研究はどんだ」
「さっぱり」
「対中共軍事作戦における自衛隊の行動計画だ。一の矢、在グアム米軍第三航空師団、二の矢、大陸間弾道弾、三の矢、ポラリス潜水艦」
 何を言っているのかさっぱりわからない。うつむいていると、
「話になんねな。新聞読んでねべ」
「はい。スポーツ新聞のほかは。それも、半年前までです。いまは、何も読みません」
「これからは世界に目を向けねばな。衆愚になってまるど」
 じっちゃの笑顔を思い出した。
 ―新聞にはほんとのことはなんも書いてね。嘘ばり書いてある。
 赤井の話ぶりだと、人びとに知恵を授ける教師は新聞であるらしい。じっちゃの話が事実だとすると、教師が嘘ばかりついていたら生徒はどうなるだろう。嘘と知恵が同義だと思ってしまわないだろうか。
「へば、片づけ終わったら、またな。神社さいぐべ」
 もともとあった本立てに自分が持ってきた本立てをくっつけた。その脇にラジオを置いただけで机がいっぱいになった。本は一冊も並んでいない。ステレオを持ってこなくてよかったと思った。そんなものを置く空間がない。窓の脇の押入に蒲団を放りこむ。どうせいずれ万年蒲団になる。机の足元にテープレコーダーを置き、文具類を一つの抽斗に、いのちの記録と詩のノートは別の抽斗にしまった。そのあいだもひっきりなしに汽車が通り、家がリズミカルに揺れた。揺れがおさまると、遠くに鉄橋の響きが聞こえてきた。
 居間に呼ばれ、葛西さん一家と顔を合わせた。すぐに赤井もやってきた。ミヨ子という女の子は、這いつくばったお辞儀をした。
「ミヨ子さんはどういう字ですか」
「美しいに、時代の代。六年生です」
 恥ずかしそうに笑いながら言った。
「二十五のときにできた一粒種です。ですから私はもう三十七、主人は四十七。十もちがうんです」
 なぜかわざわざ年齢のことを言う。
「堤橋のすぐ向こうの、青森中央局に勤めてます。六十五が定年なので、あと十八年、じっぱど働がねど、女房に甲斐性なしと言われでまる」
 と笑って、前髪しかない半白の髪を掻き揚げた。目も鼻も丸い子豚のような顔をしている。奥さんは目が一重に長く切れた、きれいな卵形の顔だ。しかし、この二人をどう合わせてもミヨちゃんの愛らしい顔にはならない。突然変異というやつかもしれない。サングラスをかけた中年の男が、台所の奥の廊下からよろよろ出てきた。
「この人は私の兄です。ごらんのとおり目が悪くて、療養所暮らしも不便なので、家にいてもらっています」
 奥さんが言った。男は顔を斜め上方に昂然と上げ、新参者の気配を嗅ぎ取ろうとした。
「名誉の負傷だ。義眼を入れるほどのことでもねたって、目(まなく)の周りがみっともねすけ、起きてるとぎは格好つけて色眼鏡してるのよ」
「実際格好いいですよ、オジサン」
 赤井がお世辞でなさそうに言った。主人が人のよさそうな笑顔で、
「そんなに格好いいなら、私もかけてみようかな」
 と言った。奥山先生の言うとおり、公務員特有の不機嫌風をまったく吹かせない好人物だ。


         二 

 居間の中ほどの壁に接して、白黒のテレビが据えられている。その黒いブラウン管に女の子の中高な横顔が映っていた。だれかに似ていると思った。
「私も働きに出てますので、鍵はミヨ子に預けてます。小学校が終わるのは高校よりずっと早いので、神無月さんが学校から帰ってくるころには、この子はもう帰ってますからだいじょうぶです」
 女の子のあどけない小さい顔に、責任感からくる緊張があふれている。その表情は、肉づきのいい容姿とともに、思いがけない魅力をかもし出していた。特に魅力的なのは、その実直そうな目の表情だった。自然に指を組んだり髪を掻き揚げたりする仕草も、私を魅了して、穏やかで無垢な気持ちにさせた。しかしどれほど気に入ろうと、そして、たった四つしか年がちがわないとしても、たがいに高校生と小学生としてすれちがうだけのことだ。私にはカズちゃんがいる。
「ワは留守番よ。いつも家の中にいら。ミヨがいねがったら声かけてけろ」
 サングラスが言った。
「転んだら危ないから、兄さんはじっとしてなさい」
 奥さんが笑いながらたしなめた。そして、すでに何日か前に母が葛西さん宛てに送りつけていた現金封筒をエプロンのポケットから取り出して、私に渡した。中を開くと、千円札で一万二千円入っていた。
「下宿代はいくらでしょうか」
「賄い込みで八千円ですけど、もう来月分まで野辺地のお祖母さんからもらってます」
「じゃ、五月分を」
 私はその場で数えて手渡そうとした。
「今月は物入りですよ。教科書代やら、制服やら、参考書も買わなくちゃいけないし。お母さんもそのつもりで送ってよこしたお金でしょう。大事にお使いなさい」
「それでは、預かっておいてください。そのくらいのお金は祖母からもらっていますから」
「そうですか、じゃ、しまっておきますよ」
 奥さんは水屋の抽斗に封筒をしまった。さまざまな年齢の人間が共存する〈家庭〉に血のつながらない異分子が入っていくという経験をするのは、これが二度目だった。飯場や学校は最初から血のつながりのない異分子同士なので気楽だが、浅野の家のような血のスクラムの中へ飛びこむと、揉まれて疲労する。これから先の気苦労を考えて、私は憂鬱な気分になった。
 長いこと飯場で暮らしてきた私は、血のにおいのしない集団の中にいて、家族という血のつながった集団と暮らすことから紡ぎ出される、息苦しい義務と信念から解放されて生きてきた。それは幸運なことだった。血の紐帯(ちゅうたい)に依存した見つめ合いと声のかけ合いによって人は救済されるのではなく、家庭の外の個人が伸べる無私の手によって救済されるということを、私は母との旅の途でしっかりと学習していた。だから、迷路の行き止まりにくれば助けてもらえるとわかっている身内や、外の世界に目をやる気力を薄れさせる血の拘束に対して、どうしても生理的な嫌悪感を消せなかった。家庭は経済と性に基づいた生活の基盤だけれども、少なくとも空翔ける思想の根源ではないと感じていた。―他人に近い祖父母だけが例外だった。
 ひろゆきちゃん、福原さん、英夫兄さん、酒井リサちゃん、守随くん、サイドさん、浅野、山田三樹夫、浜の坂本、奥山先生……。彼らの家のなんと居心地の悪かったこと! サブちゃんのお兄さんに門前払いを食わされるほうがずっと気が楽だった。だから私は、親子打ちそろったあたかも家庭らしい人間味のある集団の、思想のない、濃密な雰囲気の中に紛れこむたびに、余計な気配りを強いられ、疲労した。
 奥さんは私の母を知っていると言った。
「私も野辺地出身でね、マコトちゃんに聞いてびっくりしました。合船場のスミちゃんは、女学校の先輩だったんですよ。たまげるほどきれいな人でねえ」
「神無月さんも、男と思えないくらいきれい」
 女の子が初めて発言した。
「ほんとねえ。うっとりしてしまうわねえ。あらあ、神無月さん、目もとがお母さんとソックリでないの」
 サングラスが口をあんぐりと開けて聞き耳を立てていた。私が彼のことをじっと見つめると、奥さんは何がおもしろいのか、ばっちゃのようにからだを折り曲げて笑った。
「ミヨコ、漬物切って」
 はい、応えると、女の子は台所に立っていき、茶のつまみに漬物を刻んだ。サングラスがぼそぼそ言う。
「いい時代になったでば。ワみてな居候が何不自由なく暮らせるんだすけ。世の中、平和で無責任、スーダラ、スダラダ、スーイスイか」
「いや、オジサン、平和には平和の代償がありましてね、大気汚染に水質汚染。いぐら平和に見えても、外ではベトナム戦争、内では中国に対する有事立法、三本の矢。この先日本は、無責任というわげにはいがねぐなりますよ」
 赤井が無駄な反論をする。サングラスは白けた様子をした。彼はただ個人的に感謝の意を表しただけだった。秀才というのは馬鹿なのだと思った。女の子が大皿にきゅうりの漬物を載せて戻ってきた。
「ミヨちゃん、まんじゅうか何か、ねが?」
 赤井は図々しい要求をした。彼女はまた、はい、と応え、厚切りにした羊羹を皿に並べて持ってきた。爪楊枝が何本か添えてあった。サングラスが一矢を報いる顔つきで、
「くだらねこった。クニが立ちいかなくなったら、責任も何もね。一人ひとり、てめで勝手にやるべ。戦争を起こすのも、国を暮らしにぐぐするのも国だ。オラんどには、なんも力のおよばねことせ」
 主人がにこにこしている。フィルターつきの煙草を吸っていた。また汽車が通り過ぎた。
「よく揺れますね。なんだかいいなあ」
 私が言うと、サングラスは不思議そうに線路のほうを向いていたが、そのうちふと影のような微笑が頬にほころびた。ぐっと反り返って、
「ネダがゆるんでんだ、古い家だすてよ。あんた、しゃべりがきれいで、スッと耳さ入ってこねでば。うだで揺れるな、と、こうこねばまいね。スンブンス」
「え?」
「そりゃ、スンブンス」
「すんぶんす?」
 主人が笑いながら、新聞紙のことですよ、と言った。
「ほれ、スンブンス。ちゃっこいンを入れるのが難しいんで」
「神無月くん、スンブンス」
 赤井が口まねをして、サングラスに調子を合わせた。
「スンブンス」
 横合いから女の子が早口で言った。だれかに似ていると思ったら、女優の岩下志麻だった。主人が、
「すぶすんシ」
 わざと言いまちがえたのをきっかけに、一家で、スブンシンやら、シンブブスやら、競争のようになった。心が和んだ。見こみちがいだったかもしれない。少なくとも、これまでの〈家庭〉とはぜんぜんちがう。肩の筋肉が解れていった。
 一家打ち揃った楽しい夕食をとったあと、赤井に連れられて堤川沿いの諏訪神社へいった。やはりここも灰色の石鳥居で始まっていた。入口からは野辺地の神明宮を相似形に大きくしただけのものに見えたが、入ってみると緑が圧倒的に多く、一対の燈篭も巨大だった。燈篭の裾をぐるりと神話風の浮き彫りで装飾してある。さらに進むとやはり石造りの大きな一対の獅子が控え、その奥の社殿前にさらに木造の鳥居、それを潜るとまた一対の小振りな燈篭が参道を挟んで対峙していた。その先がようやく拝殿だった。
 赤井は、ふん、と言ったきり私を置いて引き返した。私は夕暮れの緑を眺め上げながらゆっくり戻った。赤井は道のほとりで待っていた。
「神さまが好きだのな。うだでじっくり見て歩ってたな」
 複雑な男だと思った。
「帽子、買うど」
 花園二丁目の明石という学生服店で、五十七センチの学帽を買った。二本白線が入った鍔狭のものだ。無限をかたどった横八文字の白い琺瑯の徽章は、簡素で気高かった。
 奥州街道を通って、新町通りへ向かった。堤橋を渡る。
「このあたりの堤川は駒込川ってへる。たもとの道を左さ曲がると松原通だ。真っすぐいくと青高さ出る。通りさ入ってすぐに銭湯がある。昼の十二時から夜中の十二時までやってる。二十八円。三日か四日にいっぺんいぐ。内風呂は勝手気ままになんねすけな」
「ぼくは一週間にいっぺんです」
「きたねな。いい男台無しだべ」
「風呂はきらいです」
 橋の歩道から、暗い諏訪神社の杜が見えた。振り返ると、駒込川は黒光りする青森湾に流れこんでいた。
「合浦の桜の見ごろは、四月の中ごろだな。いまいぐこともねべ。今度な」
「はい」
 赤井は、へば、こごで、と言って、向こう側の歩道へ渡り、ポリスボックスを折れて港へ向かう小路へ入っていった。彼の散歩道なのだろうと思った。
 ネオンの乏しい新町通りを歩きつづけ、いきあたりばったりに、成田書店という大きな本屋に寄った。平台に積まれた本や、店内の書架に並んでいる本の多さに驚嘆した。心臓が高鳴った。下村湖人『定本・次郎物語』を買う。愛蔵本らしく大きくて分厚かった。封筒の十五万円は遣いでがある。一年はもちそうだった。雪が降りはじめたので、下宿に帰った。赤井はまだ帰っていなかった。
「赤井くんは?」
 奥さんに尋くと、
「いつも長い散歩なんですよ。ひと月に一回ぐらいなんですけどね。港を見てくるって言って出かけるんです。海が好きみたいですね」
 遠慮したような言い方をした。私はすぐに察した。主人がにやにや笑って、
「男も十八になれば、いろいろあるべ」
 驚いたことに、ミヨちゃんも赤くなってうつむいた。
「ぼくも小学生のころから映画を観にいく習慣があって、夜遅く帰ったものです。野辺地に流されてからは、夜の散歩に変わりました。遅くまで映画を観てくることもときどきありましたがね。何時ぐらいが門限ですか」
「赤井さんは合鍵持ってますけど、神無月さんもほしいですか」
「いえ。夜遅く、鍵を回している自分の姿を想像するのがイヤです」
「なんかわかる、神無月さんの言うこと。外出のとき前もって言ってくれれば、私が起きて待ってますよ。映画が終わるのは十一時くらいですよね」
「ありがとうございます」
 これはぜひ、そうしておかなければならなかった。夜、雪がしとしと雨に変わった。いのちの記録を開いた。

  花園町。啄木の歌にもあったロマンチックな町名だ。浅野家以来ひさしぶりに家庭の住人となる。いわゆる家庭の雰囲気はまったくない。解放感。

 このごろ、詩を書く心構えがだいぶ変わってきた。人を喜ばせようとしたり、人の考えそうなことに近づけようと努めたりしなくなった。考えたとおりの言葉に下心のある校正を加えるたびに、自然に起動させた思考のプロセスがまちがった方向へ進むような気がしてきたからだ。私は自分の語彙を絢爛に見せることや、自分以外の人の考えに追従することにあまりに熱心だった。いつか母が善夫に、
「自分のことばかり書いても、大したものは書けない。社会性がないとだめだ。だれだっていくらでも書きたいことがある。けれど、そんなもの書いてもなんにもならない。世間の目にはあたりまえすぎて、面白くない」
 と語ったもっともらしい説教に、そして社会性とか世間という言葉に、長いあいだ振り回されてきた。母の前提がまちがっていたのだ。いくらでも書きたいことがある人間は、そうそういないということだ。そして、社会性というのは大衆のことであり、世間の目というのは大衆の目ということだったのだ。つまり母は、大衆に気に入られなければなんにもならないという暴言を吐いていたのだった。才能(大したもの)とは大衆に気に入られるものだという定義は、おそらく金融社会の眼目だろう。私はいまやそんなものはぜんぶ振り捨てて、個人的な、素朴な言葉で心をつづる。記憶は孤独を彩る言葉だ。失ったものの記憶でさえ、言葉にすると救いになる。孤独が私にもたらす詩を、私だけの言葉で書いていこう。


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