五十

 十時を回ってから、下駄を履いてカズちゃんを訪ねていった。十分も歩かなかった。玄関を開けると、サンマの焼けるにおいがした。台所からカズちゃんが走り出てきた。
「いらっしゃい!」
 手を引かれて台所のテーブルに着いた。
「すぐそばって、どこ?」
「正門前の関野商店を入った突き当たりの、健児荘というアパート」
「行動早い! ごはん食べたら、あとで見にいきましょ。じゃ、きょうは泊まれるのね」
「これからは、しょっちゅうね」
「うれしい! きょうは生理。でも、やさしくしてくれる?」
「うん」
「ようやくこれからは、わが家の机も活躍できるわね。ステレオ聴いた?」
「あれはすごい。超絶な音だった。高かったでしょう?」
「六十万円。大きな専門店で、十年は壊れないものって注文出したの。ぜんぶ取り寄せになって、JBLはアメリカから直輸入よ。アンプは真空管を交換していけば半永久的ですって。これからいろいろ住む場所が変わるでしょうし、引越しや気候に耐えられるものでないとね。音楽好きのキョウちゃんのために最高のプレゼントをしたかったの」
「ありがとう。これでどこにいっても音楽を絶やさなくてすむ。野辺地のレコードをぜんぶ送ってもらおう」
「野辺地は野辺地で置いといて。少しずつレコード買い集めましょ。前が空地だから、窓を閉めてれば大きな音で聴けるわ」
 カズちゃんは私に焼きたてのサンマ一匹とどんぶりめし、アサリの味噌汁を出し、自分もゆっくりサンマ一匹で大盛りの一膳めしを食べた。シンクに食器を下げ、茶色い液体で口を漱(すす)いだ。
「何、それ」
「枇杷酒。焼酎に枇杷の葉っぱを入れたもの。口の中を殺菌するの。小さいころからこれでうがいをしてるのよ。おとうさんが庭の枇杷で作ってて、こっちにもときどき送ってくれる。完全な虫歯予防よ」
 寒くなったわね、と言って、シャツの上に濃緑のセーターを着た。
「野辺地の借家と同じように重油ストーブを取り付けてもらったわ。この家一軒ぐらいすぐ暖まるスグレもの。これで冬越しはだいじょうぶ」
 健児荘を見に出かける。正門の通りはすでにどの店も灯りを落とし、民家の窓明かりだけが連なっている。
「来年の春からは、しばらく野球一本ね」
「そうなる。春の選抜は、青高がもう少し強豪になるか、社会的に好ましい話題性がないとだめらしい。ぼくのホームランだけで目立ったチームだからね」
「選抜って?」
「県の優勝校でなくても選ばれる春の甲子園。地域に貢献したとか、県の模範校だとか。選ばれさえすればプロから注目されるんだけどね」
「そうね……夏の優勝を目指して、のんびりいきましょう。そういうのは運だから」
 健児荘の前にきた。
「ここ。一階のいちばん奥の部屋。青高生だけのアパートだ。二食付き、月五千円」
「ただみたいなアパートね」
「アパートの持ち主夫婦が管理人を兼ねていて、あまりうるさくなさそう」
「花園のほうには、うまく話をつけたの」
「うん。野球部の監督に勧められて、部員のほとんどが入ってるアパートに引っ越すって言った。このままだと厄介なことが起きそうだから引越しするってわかってるのは、葛西さん母子だけ。彼女たちも、ここにはうかつには訪ねてこれない。男ばかり十人も入ってるアパートだし、管理人までいるから」
「どうするのかしら」
「それでも、親子でそれぞれ月に一回ずつ、土日の午後あたりにくると思う」
「考えられるわね。慎重にね。追い出されないように」
「成りゆきにまかせるよ。タイガーバットを五本ぐらい買っといて。九百十グラム、握りの細い、ふつうの長さ」
「はい。二、三日中に買っておきます」
         †
 ひさしぶりに風呂に浸かった。頭の先から足の先まで洗ってもらった。生理の血で蒲団が汚れるからと、カズちゃんは浴槽に立ち、片脚を縁に乗せて私を受け入れた。生理のときは、クリトリスも前庭も膣もひりひり痛むのだと教え、自分でゆっくりと往復した。それでも全身をしっかりと痙攣させて何回も気をやり、私の穏やかな射精を導いた。
 風呂から上がると、カズちゃんはじっくりとフィルターコーヒーをいれ、ホットケーキを焼いた。二人で食べながらペトラ・クラークのダウンタウンを聴いた。それからいっしょに洗面所で歯を磨いた。枇杷酒でうがいをして蒲団に入った。カズちゃんの胸にくるまれて朝まで一度も目覚めず熟睡した。
 明け方の六時に帰り、部屋に入ろうとすると、食堂の戸が開いて、
「お早いお散歩ね」
 と管理人の女が声をかけた。
「はい、習慣です。週に一回ぐらい早起きして、歩き回りたくなります」
 とごまかした。彼女の目が妖しく光った。
 充実した一日の授業を終え、充実した練習をして帰った。青森に〈居ついた〉という感じがした。食堂で晩めしを食った。ケチャップ炒めごはんと味噌汁だった。まずかった。
 夜、廊下からギターの音が聞こえてきた。戸を開けて耳を澄ますと、すぐにアンナ・マリアの『ひみつ』だとわかった。旋律に惹かれて廊下を音のほうへ歩いていった。玄関の上がりはなの部屋から聞こえる。ゆっくり近づき、戸口に立ち止まって耳を傾けた。光夫さんに似た、粘りのある指使いだ。悩むような、祈るような―技巧というものは私にはまったくわからないけれども、こうした芸術的な表現のきらめきは子供のころから本能的に嗅ぎ当てることができる。何か明白な思想として自分の中に感じられるのだ。一級品だった。私は戸板にぴったり耳を寄せた。曲が止んだ。もっと聴きたいと思った。ガラッと戸が開いて、丸い顔が覗いた。電気ポットを手にしている。


「うわ、おどかすなよ。だれ?」
 髪の強(こわ)そうな坊主頭、不精髭ひとつない白皙の顔、長身を真っすぐ保って立っている。
「ここが懸垂男の部屋だったのか! 失礼。あんまりすばらしいから、つい……」
 たちまち表情をゆるめ、
「神無月だよな! きのう引っ越してきたのはおまえか」
「うん。西沢先生から山口に挨拶しとっけって言われてたんだけど、山口って懸垂男だとしか知らないし、教室でわざわざ声かけるのもなんだし、部屋もわからなかったしね。こんな形で悪い」
「そうか。ちょっと待ってろよ、水汲んでくるから」
 ポットを手に食堂へ素足で歩いていく。背中に声をかけた。
「懸垂四十回、すごかったよ」
 振り向いて、
「それだけの印象か。ま、いいだろ。おまえのような有名人に憶えていてもらっただけでもありがたいってもんだ」
 水を汲んでまたべたべた戻ってきた。
「ホームラン王、どうしてここにきたんだ」
「前の下宿が、なんだか窮屈で」
「そういうこともあるだろうな。ここはかぎりなく自由だぞ。ずぼらと言っていいくらいだ。猛勉の紹介だろ。俺もやつの斡旋で合浦から越してきたばかりだ。まあ、入れよ」
 山口はポットの電源を入れ、ガリガリ豆を挽いた。それから、カズちゃんと同じようにフィルターを使ってコーヒーをいれた。焦げつくような芳香が拡がる。
「深煎(い)りだ。うまいぞ」
 私は差し出されたコーヒーをすすった。カズちゃんのよりも濃くて甘いコーヒーだった。
「ギター、堪能させてもらった。すばらしい表現だった。音の粘りもすごい」
「そうか? 小学校のころからの独学だ。人に聴かせたことはない」
「アンナ・マリアのひみつ。血が冷たくなるほど悲しくなる。ぼくもテープで原曲を持ってるよ」
「神無月は野辺地中学校だったな。都会からきたって、猛勉に聞いたがな」
「名古屋から、去年の秋……」
 山口はギターを抱え直し、聞き覚えのない曲を弾きはじめた。光夫さんとちがって爪は長く伸びていなかった。柔らかい音がした。
「それ、なんて曲?」
「グルックの精霊の踊り。ほんとはフルートの曲なんだが、ギターで弾いてもけっこうオツだろ? ピアノがいちばんいいけどな」
 指を動かしつづけながら言った。


「美しい……」
「ふん、美しい曲だって思うんだな。おまえは耳がいい。音楽のよしあしは、もっぱら聴く人間の天賦によるからな」
「天賦?」
「そう。聴きわける力を持って、一瞬のうちに生きながらえるものを掬い取り、ほかのものをぜんぶ消し去ってしまう才能のことだ。つまらん音楽は、音の傷とか糸くずみたいチャラチャラしたものを耳に響かせる。たいてい新しいものはそうだ」
 理屈っぽい男だ。しかし私の好みだ。横顔を見つめた。睫毛が長い。
「本物の音楽家がガン首そろえて議論を始めたら、きっと真剣に伝統を踏まえた音楽の話をするだろうな。それは理想だからだよ。理想に反旗を揚げる新しいものは、たいてい醜い。こけおどしを目指してるから、鑑賞に耐えられないものが多い。古いものには完璧を目指す理想がある。理想は鑑賞に耐える。むかしの音楽のほうがすぐれていた、と言いたいわけじゃない。すぐれたものだけが保存されてきたってことだ。あとのものはぜんぶ忘れられたんだ。すぐれたものは、生き延びた伝統を模倣することから生まれてくる。すぐれたものは、どれもこれも、伝統を模倣しながら創造されたものだ。伝統を軽視したつまらない音楽が、啓発されなければいけない人たちの趣味を堕落させる。いつの時代もこうだったんじゃないかな。バカたちが発明しているあいだに、利口たちがせっせと模倣して―」
 私は感心して何度もうなずいた。
「うなりたいくらい、頭がいいね」
 山口はギロッと横目を使い、
「おまえ、悪い病気持ってるなあ。すぐ人を持ち上げる」
「ほんとうの気持ちだよ」
「いま俺が言ったのは、ほとんど、アランの芸術論の引き写しだ」
 私は山口が何か周知のもののように言い出したその名前さえ知らなかったので、恥ずかしくなってうなだれた。しかし、アランとはだれかは知らないが、強い興味を持って耳を傾けることができたのは、山口の話しようがいかにも上手だったからだ。活字で書かれたことをここまで記憶できるはずがない。彼の言葉は、おそらく引き写しのようなものでない。そのことは、考え考えしゃべる様子から知れた。
「合浦公園から青高までは遠い。ぼくも花園だったけど遠かった。でも、何か理由がなければ、たかだか三十分の登校時間を嫌って引っ越す必要がないんじゃない?」
「おまえの、窮屈だって理由をまず話せ」
 洗いざらい話せる男だと皮膚感覚が囁いた。
「端的に言うと、惚れられちゃったんだよ」
「わかった。漱石の『こころ』の逆パターンだな」
「それ以上だ。下宿の奥さんと娘の二人と関係してしまった」
「とっとっと! うーん、その世之介も顔負けの美男子ぶりだとそうなるか。そりゃ、煩わしいや」
「ここにも、ときどき訪ねてくると思う」
「うーん。ま、ここは女人禁制でないからだいじょうぶだが、あまり頻繁だとやっぱり窮屈になるだろな」
 私は思い切って訊いた。
「あっちの処理はどうしてる」
「ん? そういうことを訊くということは、わが身の生理に後ろめたさを感じてるってことだな。溜まったものを出すのは自然なことだ。後ろめたくなる必要などない。俺はその手の町へ、月一回か二回出かけていって、事務的に処理する。あそこの女たちは、乙女心なんて面倒なものを発揮しないからな。おまえはたいへんそうだ。同情するよ」


         五十一  

「山口が合浦からここにきたのはどうして?」
「おまえのようなツヤっぽい話じゃない。俺は東京の生まれでさ、中一のときオヤジの転勤で札幌にいった。それがまた今度は東京へ転勤てことで、みんなオヤジについていってしまった。これ以上転校はまっぴらだったんで、俺は残留した。猛勉に相談したら、すぐここを教えてくれたよ」
「それで、都会派か。西沢先生は、きみにもぼくのことを都会派って言っただろ」
「言った、言った。ここに越してくるという情報は聞かなかったけどな。……もちろん俺は野球選手として有名人のおまえのことを知ってたが、いつも本ばかり読んでいるおまえは知らなかった。俺どころじゃない、だれも知らないんじゃないか。俺の席はおまえの斜め後ろだよ。野球の合間にせっせと隠れ読書か。野球を捨てて物書きにでもなるつもりか」
 私は青森高校にきて初めて親しく口を利き合う男の顔を、ぼんやり見つめた。
「物書き?」
「おお、猛勉が言ってたぞ、神無月には作家の素質があるって」
「そんなものは目指してない。文章に興味があるだけで、小説家になりたいわけじゃない」
「納得。おまえぐらいホームランが似合わないホームラン王もいないな。勉強一番も、小説家も似合わない。つまり、何かの範疇に嵌まらない。そこにただ美しい男が存在している、という感じだな。おまえの正体は、探ってみれば意外にグロいのかもしれないが、まあ、それを含めて、そのままで完結してるって感じだ。上昇とか下降とか、進歩とか退歩とか、おまえにはすべて似合わない。確固たる存在物と言っておこう。それがこの半年でくだした俺の結論だ」
 ほんとうにこの男のしゃべり方は快適だ。
「西沢先生と親しいんだね」
「ああ、しょっちゅう執務室にいってダベる。迷惑そうだけどな。クラスの連中に話せるやつがいないからな。何ものも似合わないやつは、何ものかにされてしまう。東大へいって野球をやるしかない、てなふうにな」
「聞いたんだね」
「聞いた。たぶんおまえの完結性は、何もしないことだ。そういう完結してる姿は人の癇にさわる。いじりたくなる。木や岩や山のように放っておくべきなのにな。……猛勉、結核で片方の肺を摘(と)ってるんだ。それまでは県下で名の売れたスキー選手だったらしい」
「へえ!」
 そろそろこめかみに白髪が生えてきているあの西沢が、かつてはスキーで名を売るほど頑健なからだを持っていて、いまは残った肺で呼吸しながら数学を教えているという人生のゆくたてがなんだか哀しかったが、あの数学塾の教師とはちがう曲折した道を歩んだ人間の重厚さも感じた。山口はだしぬけに訊いた。
太宰治、知ってるか?」
「名前は聞いたことがあるけど……」
「青高の先輩だよ」
「ふうん」
「驚かないな。寺山修司は?」
「さあ」
「なにが、さあだ。それでも物書きか。その様子だと、ドストエフスキートルストイチェホフも、バルザックフローベールも、ひょっとしたらゲーテさえ知らないな」
「名前だけは、一応……。本屋にいって、手当たりしだいに、背表紙の名前が気に入ったものを読んでる。なんせ、小学校からの野球漬けで、ちゃんと読書をしだしたのは一年前からなんだ」
「言いわけするな。しかし、たしかに読書も似合わないな。……無知というんじゃない。学習する必要がないというのか、きっと学習される側なんだな。おまえがすばらしい芸術家なら、手当たりしだいでも、すぐれた直観で手本を選んでるはずだ。その手本を単純化したり、純化したりして、自分の創作の種にしようとしてるんじゃないか。ゆるぎない自分を手に入れるためにな」
 私は無力だった。こんなめずらしい考えを聞かされると、まるきり反応できないのだった。私は山口の大上段な言葉に刺激されながら、予想さえしなかった言葉の海にただよっているうちに、とつぜん、自分が幼いころから求めてきた自由は〈ゆるぎない自分〉だったことを、彼らは不気味なやり方で私からゆるぎない自分を奪ったことを、その彼らはもう私と何の関係もないことを、いや、私自身がもともと彼らに何の関係もなかったことに思い当たった。それはもともと私にあった求める必要などない自由だったのだ。彼らは私から何も奪わなかった、私はたしかにきょうまでゆるぎない自分だった。
 山口の言葉には、これまでのゆるぎない自分を無価値にするような、そんなつまらない自由を吹き飛ばすような、いままで経験したことのない拘束力のある魅力が秘められていた。
「ゆるぎない自分はもともと……奪われていないということだね。その自由は、もの心ついたころから手に入れっぱなしだということだね。それを奪われたと錯覚したせいで、悲しみばかりが増えた。……ぼくの描きたいのはその悲しみのわけだから、思いこみの悲しみを描きたいということになるね。その幻の悲しみを表現する方法論があれば、ほんとうにラクだけど、なかなか見つからないから、苦労して自分で表現するしかない。ゆるぎない自分は幻の悲しみを抱えた孤独な存在だ。そんな孤独で、簒奪されたと錯覚した自由を表現して、人を救済できればいいけどね。そこで無心の模倣ということになる。模倣というきみの言葉に、何かふっと安らかなものを感じた。人はゆるぎない自分を苦労して表現するんじゃなく、なんとかすぐれた手本を見つけ、それに頭を垂れて、どしどし模倣していかなくちゃいけないんじゃないかなってね。―内部革命が起きた感じだ」
「オーバーなやつだ。……しかし、おまえ、頭がいいな。たしかに、幻の芸術的感興に冒された〈一人きり〉の人間には、すぐれた手本が必要だな。一人きりが招いてしまった幻の悲劇を書くには、模範に学ぶ透徹した精神が要る。それこそ独創だな。心配するな。たとえ幻でも、孤独で自由な、しかもすぐれた模範に学んだ芸術はかならず人を救済する」
「ならいいけど。……それにしても、ピカピカの頭脳だね」
「そのへんにしとけ」
「言わせてよ。言わないと、嘘つきになる。まちがいのない感動を口にできない人間なんて、嘘つきだ」
「おっと、本性が見えてきたぞ。岩や山の自己完結性ってやつがな。おまえの存在自体が揺るぎない真理ででき上がってる。だれも否定できない。自分以外を否定したくて生きてる人間社会で爪弾きにされる。融通の利かない天才は、俺のような柔軟な天才にしか理解されない」
 無頓着で、陽性で、おまけに考え方の独立不羈、抽象的思考への興味、表現の機転、とにかく山口は驚くべき男だった。
「きみは、教室のどこにいたんだ」
「おいおい、哀しいことを言うなよ。巡らす視線をよぎるだけの存在というやつか? 後ろにいたと言ったろ。ヤ行だしな。おまえが新聞に載りはじめる前から、後ろでおまえを眺めてたよ。寄ってたかって連中がおまえのことを褒めちぎってたときも、やっぱり後ろのほうから眺めてた。本も野球も似合わないやつだなと思いながらな」
 山口の言葉は山田三樹夫のそれに似ていたが、もっと滾(たぎ)るように溌溂としていた。彼の言葉に耳を傾けているうちに、私は、自分が青春の真っただ中にいることを、いや、そんなありきたりなものの中にはいないことを感じはじめた。山口の大時代な言葉遣いは、きっと的確な表現のための彼独自のもので、私が真剣にそれに耳を傾けなければ、だれにも知られずにこの世から消え失せてしまうだろうと思った。
「ワン・オブ・ゼムではない最愛の女が、すぐそこの桜川にいる。三十歳。北村和子という名前だ。どうしてそんなに齢の離れた恋人が、こんなにそばで暮らしているのかの事情は、今度連れていくから彼女から聞いてくれ」
「承知した」
         †
「これ、全員参加だべが」
「ンだ。けっぱるのは陸上部だけだおん。適当に走ればいんだ」
「歩ってもいんだべが」
「袴の見張りが目光らしてるこった」
 十月十一日月曜日。体育祭の一環として、男子一年生だけで十キロマラソンが行なわれた。号砲も何もなく、
「いげ!」
 という袴たちの一声で、バラバラと正門から飛び出し、松原通のアスファルト道を山手に向かう。先頭でダッシュしていったのは山口だった。陸上部のような裾の割れた短パンを穿いていた。テルヨシも突進していった。意外なことに、先行する一群の中に古山の姿があった。私は自分のスタミナのないことを知っているので、ゆっくりスタートし、規則正しく呼吸しながら完走を目指すことにした。百人以上の生徒が私の後ろを走っていた。
 平坦路から登りへ入ったときには、さすがに棄権したくなるほどつらくなった。先行グループの中に、とぼとぼ歩いている連中がいる。腹を押さえて道端にしゃがみこんでいるやつもいる。藪を抜けて近道をしようとする者さえいたが、すぐに先輩に見つかって蹴りを入れられた。
 脚が上がらなくなり、摺り足になった。スキー大会のときと同じだった。沿道に一年担当の教師たちのきびしい目がある。カメラを持った相馬の笑顔もあった。
「三冠王! だらしねど!」
 彼は笑いながら声をかけた。私は顔の前に手刀を掲げ謝罪のサインを出した。後ろのグループがどんどん追い抜いていく。
 たぶん復路の山口とすれちがったにちがいないが、息をするのが精いっぱいで気づかなかった。しかし私は、まじめに山路を登って折り返し、どうにか完走した。結果は、脱落しなかった者の中のブービーだった。何より吐き気がこなかったのがうれしかった。確実に体力は増している。春からの継続的な野球部の練習のおかげだと思った。
 校庭で紅白饅頭が振舞われていたが、食う気にならなかった。古山は十五位、テルヨシは七位、山口はトップだった。マラソンに参加しないことになっている女子は、男どもとグループを異にして、午前の日の高いうちから野球グランドで行われる徒競走に回っていた。マラソンから戻った男たちは金網にへばりついた。百メートルのクラス代表は木谷千佳子で、五十メートルは鈴木睦子だった。鈴木はドタドタと四着に終わったが、木谷は長い脚を器用に繰り出して、見事に一着でテープを切った。そのまま余力で跳びはねるように二十メートルほど走り、晴れやかに笑いながら、応援する女たちに手を振った。男のほうは見向きもしなかった。成長した内田由紀子を見る思いだった。
         †
 春と同様、どの高校も秋の練習試合を申しこんでこなかった。相馬が言うには、いまうちと戦ってもピッチャーが自信を失うだけなので、春まで鍛えてかかってくるつもりだろう、ということだった。
 私のマラソンがあまりにもだらしなかったので(野球部では歴代ワーストということだった)、阿部キャプテンが、
「神無月の塀沿いのランニングは五十メートルダッシュ五本に切り替える」
 と発表した。これを機に、私は徹底的に体質改造を図ろうと心に決め、仲間たちが守備練習をしているあいだも、数分の間隔を置きながら五十メートルダッシュを繰り返した。最低でも十本やった。そのおかげで、全身運動のための足腰のさまざまな筋肉が弱っていたことを発見できた。投げて打つだけでは、あるいは、腕立て腹筋背筋だけでは、バランスよく全身を鍛えられないとわかった。不思議なことに、これを数日つづけただけで、かえって疲労の残らないからだになっていった。
 六時に起きて、堤川沿いの土手を三十分ばかり走ることもやりはじめた。阿部キャプテンに、
「なんだ、この背中は!」
 と、呆れ顔で叩かれていた猫背がしだいに真っすぐになっていき、足の運びも高く大きく規則正しくなり、呼吸もまったく乱れなくなっていくのを自覚できた。


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