百四十七

 朝から、ランニングシャツ一枚で父親とビールをやった。つまみは私の注文で、ネギを刻んで載せた油揚げの素焼きと、キャベツの油炒め。
「シンプルなものが好きなんですね」
「母と横浜で暮らしてたころ、キャベツの油炒めはぼくのご馳走でした。毎日毎日、バターを塗って醤油をかけただけのめしを食ったこともあります。彼女から預かった給料袋を落としてしまって、それで母は近所の人から借金して……」
 母親が、
「じゃ、バターごはんは見ただけで……」
「いえ、キャベツの油炒めと同じくらい大好物です。たぶん、毎日食べさせられても飽きないでしょうね。ほかに飽きないのは、白菜の浅漬け、丸干し、焼海苔。安上がりにできてるんです」
 ほう、と言って、父親はキャベツを噛みしめている。
「醤油が効いて、たしかにうまい。これは、グルメの極致かもしれん」
 雅江が飛んできて、指先でつまむ。
「ほんとだ、おいしい。郷さん、白菜の浅漬けは私も好きやよ」
 雅江の顔が輝いている。それを母親と父親が眺めている。父親は私を見ると、なぜか頭を下げた。私は会釈を返した。二人で二本のビールを空けた。母親が立ち上がり、
「さあ、そろそろ用意して。出かけますよ」
 雅江の部屋で身支度をする。雅江が寄り添う。彼女に語りかける。
「きのうはたいへんだったね。だいじょうぶ?」
 恥じらいに満ちた盗み見るような視線をよこす。
「腰が少しだるい。……私、もっとドン感にならんと、郷さんに申しわけない気がして」
「まさか、敏感なほうが興奮するし、とても気持ちいいから疲れないうちに射精もできる」
「ほんと? いまのままでええ?」
「もちろん。このままがいい。鈍感になられたら困る。男の早漏が悪く言われるのは、大勢の女が鈍感だからだよ。そんな女に悪口を言われる男も気の毒だ。女が早くイケば、早漏の男も救われる。ぼくはセックスを覚えたてのころは遅漏の気味があったんだけど、女の人たちがみんな早くイッてくれるんで、安心して早漏になれた。女が強くイッてくれないと、いまでも長くかかる」
「うれしい!」
 抱きついてくる。
 父親がハンチングをかぶって、おしゃれをしていた。母親は御召縮緬だった。小さな風呂敷包みを提げている。
「何ですか、お重ですか」
「そう、お花見のおやつですよ」
 タクシーでまず熱田神宮へ向かう。助手席の父親が運転手に、
「旗屋の大和田、お願いします」
「ああ、熱田球場のそばですね。あそこはうまいけど、高いですよ」
 熱田球場でも、たしか二本ホームランを打った。名古屋市の決勝戦。十号。新記録だった。相手は日比野中だった気がするけれど、はっきりとは思い出せない。中学二年の夏。遠いむかしだ。運転手が、
「ひつまぶしは高いんですよ。有名になっちゃったから、いい気になってふっかけるんでしょう。しかし、ちゃんとした鰻(うな)重も出していて、これはお手ごろな値段ですよ。ひつまを食べたと思って、肝焼きやら、鰻玉やら、贅沢できます」
 父親が、
「それを食べにいくんです」
 母親が、
「私、マツタケの土瓶蒸しも」
「あたしも」
 白壁造りの遊郭ふうの建物。老舗だと一目でわかる。戸を引いて土間に入ると、廊下で左右に区切られた広い座敷が客で埋まっている。白足袋の中年の女たちが迎える。北村席の女たちは靴下か素足だ。幅広の板廊下を白足袋が小走りに通り過ぎる。手入れの行届いた中庭に面した一角に陣取った。池に鯉が泳いでいる。
「鰻重、特上四つ。それから肝焼き四本、鰻玉四つ。先に、骨をつまみに生ビールの小ジョッキ二つ。お重を食べ終わったころに、マツタケの土瓶蒸し四つ持ってきて」
 六歳ぐらいの男の子が父と母に見守られてヒツマブシを食っている。幼い子供に魅かれるのは、彼らが私に欠けているものを持っているから? それとも、私にも彼らの純粋さの欠けらが残っているから? 愚かにも幸福になれると信じているから?  
 さっそく出てきた小さなジョッキを父親と打ち合わせる。母娘は茶をすする。
「いつもおいしいわね、ここのお茶」
 頻繁にきていることがわかる。
「昨夜は風呂場から神無月さんのいい声が聞こえておりました。女房がわざわざ出ていって、泣いて帰ってきました。神無月さんの歌は危険物ですね。肝を据えて聴かないとやられてしまう。いや、据えていてもやられますがね」
「風呂場の声なので響いたんですね。青森へいってからは唄ってばかりいました。祖母が褒めてくれたときは大して気にもしていなかったんですが、青森高校の友人が、人をかならず泣かせる声だと、実際泣きながら言ってくれたので、自分の声は人を泣かせる声なのだと意識するようになりました。喉のスタミナがないので、二、三曲歌うと打ち止めです」
「一曲でじゅうぶんです。百曲でも聴きたいんですが、一曲でしっかり満足してしまうんですよ」
 肝焼きと鰻玉が出てくる。どちらも味つけが濃く、しっかりと舌に訴えてくる。
「うまい」
「でしょ」
 二人ジョッキを一息にあおる。母親は鰻玉に夢中だ。雅江は肝焼きを箸で外して、鰻玉に載せている。
「おいおい、もったいない食い方をするな。肝焼きも鰻玉もかわいそうだろ」
「わけ隔てなく愛してあげてるの」
「じゃ、どっちかが反逆するな」
 微笑ましい会話だ。こんな場所にいつになったら何気なく同席できるだろう。どんな経緯で私は彼らと知り合って、いまここにいるのだろう。西松の飯場からここまで百年も時間が経った気がする。自分が幸運だったのか不運だったのかも憶えていない。
 足しダレのついた鰻重と、お吸物が届く。父親が重箱の蓋を開け、
「足しダレは、ひつまのお茶漬けに使うんです。放っといてください。ようし、いただきます!」
 女二人も皺のない手で蓋を開ける。
「いただきます」
 含むと、甘さを控えた好みの味だ。こんがり焼いてあるのもいい。
「こりゃ、うまい」
「おいしィ!」
 しきりに箸を動かしながら、親子のにぎやかな声が上がる。
「おとうさん、今度、郷さんをすき焼きに連れてってあげたらええが」
 私は、
「いや、肉料理よりも、ありきたりですけど、天麩羅きしめんみたいなものが好みです。連れていってくださるなら、それを」
「天麩羅きしめんね。家庭でもできますよ」
 知っている。北村席のお得意料理だ。雅江が、
「おとうさん、今年はこれまで以上に野球三昧になるね」
「なかなか球場はいけんが、テレビの前にかじりつきにはなるだろな」
「昨夜言い忘れたんですが、見出し記事だけじゃなく、打撃三十傑もひと月ごとにスクラップしたらどうでしょう。ぼくは、四月は下位のほうから始まると思うんです。そう簡単には打たしてくれないでしょうからね。だんだん順位が昇っていくのを見れば、応援の励みになります。一本目のホームランが出るまでが苦しいという気がします。一本出ればスーッといけるでしょう」
「オープン戦三十四本の神無月さんにも、そんな不安があるんですね。驚きますよ」
「それだけ打ったからかえって不安になるんです。オープン戦のビデオを丹念に研究されていると思います。簡単には打たせてくれないはずです」
「研究されてマズいような弱点があるんですか?」
「自分で気づかない弱点があるかもしれません」
「大学野球からずっと見てきましたが、一つもありませんよ。内角はむちゃくちゃ強いし、外角もきっちり選球して叩いて、看板や場外までもってってしまう。ラジオの解説者が言ってましたよ。神無月の凡打は打ち損ないのように見えて、打ち損ないでない。わざわざそのピッチャーのいちばん威力がある持ち球を打ちにいって、感触を確かめていると。私もそう思います」
「よく見てくれてますね。そのとおりです。今度対戦するときは打ち取られないように研究しよう、あるいは、打てないとわかったから打ちにいかないようにしようと、凡打に終わった瞬間に判断します。投手の持ち球は、それで攻めてこられると手を出してしまうので、バッターの弱点になるんです。義務感を持って研究はしますが、それだけを投げてくるとは考えにくい。次の対戦で、追いこまれた場合にそのボールを投げられたら打ちにいきますが、追いこまれなければ手を出しません。そういう対策もあるんです。いずれにしても、初対決のときに勇気をもって、たとえ膝が流れても打ちにいって、ボールの手応えを確かめておかなくちゃいけないんですね」
「―天性のバッターだ。世間では夢の百本と騒いでますが、ひょっとしたら達成するかもしれませんね」
「一試合に一本というのは、理屈では可能ですが、人が考えて投げるボールをそこまでは打てません。夢に終わるでしょう。まず、春のインタビューで口にした八十本です。十三試合に八本。一・六試合に一本」
 いつもなら目標を語ると気が晴れるが、いまは語っても気分がすぐれない。どうすれば気が晴れる? カズちゃんのもとへ帰るか。もう少し待ってくれ。法子が残っている。子供のころは空虚感をいとおしくさえ思った。いまは耐えがたく感じる。カズちゃんのいない世界では。母親が、
「神無月さん、いつかいっしょにお相撲でも観にいきたいですね」
「そうですね、のんびり弁当でも食いながら。特別席じゃなく、野球で言うと内野指定席みたいなところがいいなあ」
 マツタケの土瓶蒸しは何杯飲んでも飽きなかった。調味料でこしらえたものではない美味を堪能した。
 店を出て、熱田神宮へ回る。雅江は元気よく歩いている。ほとんど跛行しない。大鳥居を入り、むせ返るような青葉のにおいを嗅ぐ。木立がかすかに揺れている。白い砂利が目にまぶしい。社殿で賽銭を放って形ばかりの参拝をしたあと、伏見通りへ出、倉庫が点在する閑散とした街並をいく。父親が、
「神無月さんは静かな人だが、なんでしょうね、いっしょにいるととにかく楽しい」
 私は笑うだけで返答できない。予定どおり、桜が見ごろだという白鳥庭園へ向かう。
「神宮の空気、きれいやったね、おかあさん」
「ほんと、玉砂利の音もきれいだった」
 この数年、二度、三度とあの参道を歩くうちに、玉砂利の音を無心に聴けるようになった。ときに耳に甦って胸を掻きむしった音だ。
 御陵の坂道へ出る。白く広い通りに車の往来が激しい。松葉会のことを思いながら本遠寺を左に見て、白井文具店から宮中に通じる小径へ曲がりこむ。堀川に出る。宮中の塀が尽きた片側道には、小ぶりのマンションや一戸建の家や共同住宅が川を向いてぎっしり並んでいる。いつか岩間が教えてくれた吊り橋を渡る。渡り切った堀川沿いに桜が咲き誇っている。雲が割れて川面に強い陽射しが当たる。川端の遊歩道の幅は狭い。ところどころにベンチが置かれている。
 百円の入場料を母親が一括して払い、白鳥公園に入る。広大な庭園だ。
「広いなあ! 宮中のそばにこんな公園があったんだ」
 団体が中老のガイドに案内されて桜を見上げている。四阿に腰を下ろす。ガイドが声を張り上げる。
「東海地方最大級、名古屋市ナンバーワンの庭園です。一万一千坪、池泉(ちせん)回遊式。中部地方の地形を模しておりまして、築山(つきやま)は御嶽山、そこからの流れは木曽川、流れが注ぎこむ池を伊勢湾に見立てております」
 見渡すかぎりの桜。池が五つも六つもある。水面に楓の緑が垂れかかり、小滝が幾筋も落ち、けっこうな数の鯉が泳ぎ、橋がいく本か架かっている。池のたもとにいくつか四阿があり、こぎれいな和式の喫茶店がある。母親が、
「三百本以上、植えられてるんですよ。秋は紅葉で有名です。夏は暑くて、ちょっと……」
 対岸に白鳥古墳の杜が見えた。
「宮中からこの公園は見えなかったよね。さっきから考えてたんだけど、この公園、むかしからあったっけ。製材工場が建ち並んでるせいで見えなかったのかな」
「正門から川べりを少し歩いて吊り橋の近くにくると、よう見えたよ。春は桜がすごくきれいに見えとった。むかしからここは、市内でいちばん大きい桜の公園で有名なんよ。あのころ郷さんが見とったのは、野球と、和子さんと、節子さんと、寺田くんだけ」
 たしかに顔はそちらに向いていたけれども、彼らの背後にいつも見ていたものがあった。
「そのぜんぶを見ていたけど、ピンボケだった。自分にいちばん興味があったんだ。……自分のどこに興味があったのかもわからない」
 雅江は私の手をとり、
「興味があったのは、小さいころから何度も味わってきた不幸やない? 大勢の人と別れたり、お母さんにいじめられたり、そうやって生きてきた自分の不幸がいとしかったんよ。いまは不幸がつまらなくなったんやわ。不幸を愛してきた自分も」
「幸福がかたまりでやってきたからね」
 父親が、
「それは私たちのほうですよ。神無月さんのは自力で勝ち取った幸福ですが、私たちの場合はタナボタですから、受け入れるだけで精いっぱいです」


         百四十八

 じっちゃばっちゃや、さぶちゃんや、貸本屋のお婆さんやを思い出す。
「むかし怠け者だったころに、きちんと幸福を処理していなかったから、こういうときにおたおたして、いっぺんに処理の苦しみがやってきます」
 父親が、
「どういうことですか?」
「いろいろな人に心のこもったもてなしをしてもらったとき、その幸福に感謝もしないで見過ごしてしまったので、そのツケが回ってきているということです」
 雅江がポンと私の肩を叩き、
「基本を忘れとるよ。相手の片思いということを忘れとる。死にたいくらい落ちこんどったときやったでしょう? 感謝することに気ィなんか回らんわ。それまでの不幸の総決算を見るみたいやったんやから。でも、過去は変えられんけど、未来は変えられるよ。感謝する時間を持てるようになったんやもん」
「ありがとう……」
「お礼なんか言わんといて」
 母親がホホホと笑い、
「いまはみんな、どうしていいかわからないほど幸せね」
 私は、
「思い返すと、どんな不本意な生活の中でも、こうやってときどき幸福に洗われながら生きてきたことは確かですから、それに反応できなかった過去の自分がただ悲しいです」
 父親が、
「法政戦のインタビューを思い出してください。きちんと胸の中に感謝の心をしまっていたじゃないですか。なんだか神無月さんの言葉で酔ってしまいそうだ。また今晩、一献酌み交わしましょう」
「郷さんは夕方に帰るんよ」
「そうだった」
「いえ、夕食はお付き合いさせてください」
 幸福をもたらす人びとには応えなければならない。三人が大きく笑う。雅江が腕を組んできた。
 見回すと、何層もの列をなしたみごとなシダレザクラが公園全体を縁取っている。母親が風呂敷を解いて小さなバスケットを開けた。海苔巻き、玉子焼き、ホタテのバター炒め。割箸でホタテをつまむ。
「うまい。バターで炒めると、こういう味になるんですね。野辺地では、貝殻のままストーブに乗っけて、醤油を垂らして食べます。刺身もめったに食わない」
 母親が私の手を見ている。節くれ立った指がめずらしいのだろう。
「野球選手の手を初めて間近で見たわ―中指が少し外側に曲がってるのね」
「何千何万回もボールを投げていると、こうなります。このゴツゴツした手と、大きな足が見るからに不細工なんだなあ。いまでこそ気になりませんが、中学生のころはひどく気にしてました」
 もう一つホタテをつまむ。一家で微笑んでいる。母親が、
「神無月さんてほんとに、すること言うことかわいらしくて、見てるだけでうれしくなるわ。雅江のほうが、ずっとお姉さんみたい」
「ふん、だ。女はすぐ老けるんよ。あと五年もしたら、おばさん。でも、私の目には郷さんは齢より老けて見えるけどなあ」
「神無月さんがあなたを子供のようにリードしたでしょ?」
 片目をつぶる。
「いやだ、おかあさんたら」
 雅江は真っ赤になった。父親があらぬほうを見ながら立ち上がる。
「さ、そろそろいこうか。夕食の買い物をしないと。本遠寺の裏に大きなスーパーがあっただろ」
「ええ、ここいらでいちばん古いスーパーね」
 雅江が、
「松葉会のお屋敷と一筋ちがいの道よ」
 雅江は私の表情が変わったのに目ざとく気づいて、
「あ、いま、寺田くんのこと考えたでしょ」
「六月ぐらいに康男が東京から戻ってくるらしい。時田さんというぼくのボディガードの人が言ってた。顔出しちゃいけないと言われてるけど、そのときは北村一家で挨拶だけでもしにいかなくちゃ」
 父親が、
「時田さんというかたは、いつも神無月さんや北村席をガードしている人ですか?」
「いえ、いつもは名古屋の松葉会の人たちがついてます。今回時田さんは、上の命令でわざわざ東京から出張してきて、ぼくが中日球場に出入りするのをその人たちといっしょに警固してくれました。康男の件をぼくに伝えるためでしょう。彼は康男の右腕ですから」
 対岸の宮中を眺めながら堀川沿いに歩く。白鳥橋を渡り、白井文具店から道路を隔てて斜め前の本遠寺を見上げる。信号を渡り、寺の表通りへ入る。スーパーの前で、煙草を吸う父親と並んで待つ。電柱のスピーカーから森進一の港町ブルースが流れてくる。父親は煙を宙に吹き上げ、
「私たちが幸福という言葉を臆面もなく口に出せるのは、神無月さんに偏見がないせいです。うれしい、楽しい、うまい、きれい、美しい、そんな言葉もそうです。神無月さんはつまらない常識や役立たずの習慣からまったく自由に生きてる。何の裏心もない慈愛だけでからだができあがってる。……この世に強者と弱者がいるかぎり、弱者はつらい思いをします。人間の所有欲のせいで、弱者は強者に奪われます。自己主張の強い人間は、他人の幸福を犠牲にしてまでも自分勝手な主張を通します。神無月さんには所有欲も自己主張もいっさいない。弱者でも強者でもない。つまり人間的な愚かさがない。だから弱者も強者もが神無月さんに傾倒するんです。あ、何も言わなくていいです。すべて無意識なことはわかってますから」
 私は煙の行方を見つめる。言わずにいられない。
「ぼくは心の中に、自分の信じたい世界を作り出しているんでしょうね。世の中で起きることも、人びとの行動も、現実の経験から類型化することはしません。ぼくの世界は、感じたり考えたりすることから成り立っていて、そのほかには何もないんです。経験すること一つひとつ、以前からぼくの頭にあった夢想の確認で、心の外にある現実をそのまま体験することはまずありません。だから、ぼくにとっておしなべて人生は架空のものということになるので、日常の中に現れるできごとは、ぼくの感覚や考えが作り出した幻ということになります。たとえば、失礼な事をお聞きするようですが、セックスの感覚も夢想体験と思えませんか? その感覚から神秘的な子供が生まれてくる―」
「おっしゃるとおりです。たしかに現実とは思えません」
「ぼくの夢想の人生は首尾一貫しているので、もし信じたい世界の作り出しをしなくなったら、美しいものや、苦しいことや、悲しみや、もろもろの性質を持った世界は終わってしまいます。たぶん野球もしていなかったでしょうし、人間も愛していなかった。こういう考え方は、世界を頭の中の幻と考える麗しい哲学と言えるでしょうが、欠点があります。その哲学を信じる強い心をなかなか持てないということです」
 父親は煙草を片手にボンヤリ私を見た。
「その哲学を信じることこそ、ほんとうの強さと言えるんでしょうね。……家の前をあなたがユニフォーム姿でかよっていたころから、いつかあなたと話し合える日がくるだろうと、いや、そうなりたいと願っていましたが、ついにこうして会えるようになって、会うたびにすばらしい話が聞けるようになりました。至福というのはこういうものでしょう」
 母娘が雅江といっしょにビニール袋を提げて出てきた。
「お待ちどう! きょうは鱈チリやよ。昆布ダシで、絹ごし豆腐、長ねぎ、まいたけ、しいたけ、白菜、春菊、にんじん、栄養満点。ハンバーグがおとうさんの好物だから、あしたのお弁当用に牛と豚の挽肉、ジャガイモ、玉ねぎ、食パンも買ったの」
 うれしそうにしゃべる雅江の顔を見ながら母親がしきりにうなずく。
 四人で歩き出した。最初の辻から松葉会の屋敷を遠目に眺め、白鳥橋東の信号に出る。堀川沿いを大瀬子橋まで歩く。寂れたイチョウの並木道。平伏するひどく古びた民家の家並にポツリポツリ公園が挟まる。私は、
「しかし、雅江にはつくづく感心する。よく松葉会に出かけていったものだね」
「おとうさんが、神無月さんが出入りした家ならおそがない、一本骨が通った人たちがいるんやろうって。おかあさんも最後は賛成してくれて」
 母親が、
「神無月さんがプロ野球の選手になったことを早く寺田くんに知らせるんだって、必死の形相でしたよ。ヤクザ者は新聞も読まなければテレビも観ないって思いこんでいたんでしょう。でもすてきですね、男同士の友情って。それも小学校四年生からずっとなんて。……雅江から聞かされて、主人も私も胸打たれました」
「生きてさえいればいずれ会えるとは言い切れないのが世の常ですけど、あきらめずに会えると信じていれば、心に柱ができます。宮中の校庭で再会したときも、それからもう一度浅草で再会したときも、涙しか出ませんでした」
「でしょうね。きょうは、康男さんのお兄さんに会わなくてもよかったんですか」
「光夫さんには、この何年か、一度ならず会ってます。六月にまた会えるでしょう。康男といっしょに」
 トタン小屋のような家々を過ぎて大瀬子橋。雅江は渡らずに、私たちに先立って二筋先の道を曲がり、カズちゃんが住んでいた鶴田荘へ向かう。
「和子さんのアパート! 私、ここまで郷さんを追いかけてきたんよ」
「何度も聞いたわよ。そして一目で和子さんを気に入ったのね。人を黙らせるほどの美人だったって」
「そう。とてもかなわんと思った。美しいだけやないの。何かすごく大きなものが備わっとるの。この人のようになるには何回も生まれ変わらんとあかんやろなって思った」
「カズちゃんは、雅江のことをすばらしい子だと言って泣いてたよ」
「みっともなく郷さんにまとわりついてたのに……」
 父親が、
「神無月さんにとって、和子さんというのはどういう人ですか」
「生きることが面倒くさくならないように、いつも叱ってくれる女神です。……ぼくはたしかに〈いい〉人間です。でもこの世界ではそれだけでは不十分です。愛想よく団体行動をしたり、世間話をしたりなくちゃいけない。この世界では……人とちがっていることは許されない。排除されます。カズちゃんはつまらない理屈を考えずにぜんぶ私に話しなさい、そして排除されなさい、と叱ってくれます」
 カズちゃんから与えられる命のかけらを、私はほかの女にも分け与える。彼女が死んだら私は死ぬしかない。何百回も繰り返す心の底からの本音だ。父親が、
「青森でも東京でも、守り神のように寄り添っていたんですね。女神には時間も都合もないんでしょうが、もし彼女が人間だとするなら、時間も都合も擲(なげう)った最高の献身です。だれにもまねできるものじゃありません」
 雅江が、
「和子さんのことを考えると、郷さんに何かを求めることはぜんぶわがままだって気づくんよ。和子さんは、女が男を愛して生きるための覚悟を教えてくれる人。覚悟だけしか持っとらん……へんな意地を持っとらんの。ふんわりしとる」
 父親が、
「そこの喫茶店に寄って、コーヒーでも飲んで帰りますか」
 母娘が喜んだ。小ぶりな喫茶店に入ると、春の選抜決勝戦の真っ最中で、客たちが一心にカウンターの小さなテレビを観ていた。三重高校対堀越高校。二回表五対ゼロ。堀越高校の守備がボロボロなのが一目でわかった。父親は一瞬カウンターに目をやったが、やれやれという感じで窓際のテーブルに腰を下した。
 窓から鶴田荘を眺めながらソーダ水を飲む。父親はアメリカン、母娘はブレンドコーヒーをおいしそうに飲んだ。
「すぐそこの神戸町に石田孫一郎がいる。切手マニアの孫一郎が立命館の法学部……。ちょっとイメージが湧かないな」
「あのころの宮中から大学へ進学した人って、あまりおらんのよ。直井くんでしょ、神無月くんでしょ、孫ちゃんでしょ」
「甲斐和子、鬼頭倫子は?」
「そういえば甲斐さんは、名大にいったわ。たしか数学科……」
 金原と同じだ。
「鬼頭さんは知らない。熱田高校じゃなかったし」
「ペットショップの猪狩くんはどうしてるかな。口にげんこつ突っこむやつ」
「ああ、げんこつ! あの人、麻布獣医大にいったよ」
「きっと念願成就だね。猪狩くんを馬鹿にしていじめてた粟田電器店の息子は?」
「さあ、知らん。よう調べれば、もう少しおるんやろうけど。高校出て勤めた人なら何人も知っとるわ」
 店内に音楽が流れていないのに気づく。見回してもステレオの姿がない。
「もう聞き耳を立てるようなポップスが流れてこなくなった。コニー・フランシスも、ポール・アンカも、ニール・セダカも、ブレンダ・リーもいない。でも、古レコードで一九五十年代から六十年代初期にかけてのアメリカンポップスと、イタリアのカンツォーネさえ聴ければじゅうぶんだな。いずれ、ロビン・ウォードのLPを買わなくちゃ。イン・ヒズ・カー、ワンダフル・サマー、すばらしいよ。声と言うよりは、絹を耳もとでこすられる感じだ」


         百四十九

 父親が戸惑ったふうに笑っている。
「すみません、調子に乗ってしゃべりすぎました」
「とんでもない、気を回さないでください。どんどん語って、私どもに教えてください。それにしても、よく知ってらっしゃる。私どもは日本の流行歌ぐらいで、あとはとんと」
「それが自然な生活です。毎日が忙しくて、あれこれ進んで音楽なんか聴いてられないというのがふつうですよ。飯場に音楽通がいて、クマさんといいましたが、小四のころからその人にたっぷり音楽を仕込まれました。幸運でした」
「もと教師をなさっていたというお母さんの影響じゃないんですね」
「まさか。……ぼくの母は、人生の余白を根っから好まない人です。労働と睡眠と蓄財と世間的な出世。それが彼女の頭の中にあるほとんどです。芸術、スポーツ、グルメ、ホビー、酒、ギャンブル、そういったものは彼女にしてみれば、すべてむだな余白で、人生の重大事ではない。勉強すら、資格取得以外のものはむだと見なします。ぼくの記憶では歌を唄ったこともなければ、映画を観たこともなく、本を読むことさえしません。ぼくはそういう考えの人に育てられました。彼女にとって、額に汗して働くこと、その範囲内で肩書をつけて出世すること、そのために食べ、休息し、眠ること、不測の事態に備えて貯蓄すること、報酬の一部で親兄弟に孝を尽くすこと、それが生活の本道です」
 母親は戸惑ったように深く息を吸い、
「お母さんに契約金をあげたと聞きましたが、そういう人なら喜ばれたでしょう」
「いいえ、低賃金こそホンモノのカネだと信じてますから、こんなものいらないと言って祖父母のもとへ小切手にして転送してしまったんです。スポーツ選手の契約金などアブク銭だということでしょう。そのカネをまた祖父が母に送り返すという面倒くさいことになって―懲りました。母にしてみれば、余白に属する職種で稼ぐ金は不浄のものなので手にしてはならない。誇張して言えば、彼女の理想の職業は奴隷だったんです。奴隷には余白は与えられない。無理やり作った余白からジャズが生まれたことは措いておきましょう。……くどいようですが、人が豊かな思い出として胸に貯えるのは、生活の余白に紛れこんできたものだけです。雅江のお母さんの思い出の歌、喫茶店の片隅で、あれにしても、巷に流れる流行歌をそのときの日常生活に結びつけて記憶したものじゃなく、生活の余白である〈もの思う心〉に滲みこませたものです。愛情や憐憫は人生の余りものです。ぼくの母にはないものです。奴隷にすら愛や憐れみはあります。母は奴隷でさえあり得ない奇妙な生命体です。ぼくは彼女の最大の反逆者です。そのせいでぼくは余白のかたまりになりました。愛に浸り、芸術に浸り、スポーツを生活の糧にする人間になりました」
 父親は、うーんと首を振り、
「お母さんをそこまできびしく分析できて、しっかり自分を〈反逆者〉と捉えられる人なのに、お母さん以外の人間には気を使って謙虚になるんですね」
「母に心理的に牛耳られる生活をずっと送ってきたましたから。そのせいで、つい相手のほうを自然とみなして、自分を不自然と思ってしまう条件反射が小さいころから備わっているんです。母が特別にわかりにくい人間でなければ、分析などする気も起こらなかったでしょう。こんなふうに考えだしたのもここ数年のことなんです。それまでは何も考えませんでした。母のような人は、褒められたがる甘えた人間ですから、甘えさせてやらなければと気を使ってきたんです。十五歳でやめました。母以外の人に関しては、これまで身についた条件反射どおりに行動しています。……お父さんは恋愛を支持し、スポーツを堪能する余白人間です。労働を礼讃することもありません。人に甘えることなど必要のない人間です。そのお父さんにぼくは、いい音楽ですから聴いてみてくださいと言うべきでした。聴く時間がないのがあたりまえですよなどと、知ったようなことを言ってはいけませんでした」
 雅江が、
「甘えさせないと、島流しまでする人やもんね。条件反射になるのもあたりまえや。これからは、郷さん、だれにも気使ったらあかん。褒められる分にはええ、人を褒めようなんて思ったらあかん。ほんとにイヤミにしか聞こえんのやからね」
 私は笑いながら、
「余白人間は、自分を喜ばせる掘り出し物を発見することを期待しながら、生活以外の何かに凝るんだ。曲がりなりにも生活能力はあるから、生活してないわけじゃないけど、生活が主じゃない。康男は、小林旭に凝って彼の歌をほとんど暗記してた。十字路というすばらしい歌を教えてくれた。精神的な暇人だね。同じ暇人のぼくは、ああ同じ人間がいると思ってホッとした。精神的な暇人は、精神的な暇人を救済する。メンコ、ビー玉、瓶の王冠とか、切手とか、そんなもの集めて悦に入ったところで何の生活の足しにもならないけど、それを見て感銘する暇人はかならずいる。メンコやビー玉をスポーツや芸術に置き換えてみるとよくわかる。余白人間にも価値があるということなんだ。……これからはこういう説明は、理解してもらえる暇人にしか言わないことにする。単なる生活人に語ると、雅江の言うとおり、イヤミにとられるからね」
 父親も大きく笑い、
「やっと信頼してもらえましたね。そうですよ、畏れ多いですけど、私たちは神無月さんの信奉者ですからね。ともあれ、生活の余白を充実させることはとても大切なことだとわかります。凝らなくても、うちの女房のように、流れてくる歌を聴くような軽い楽しみ方でも立派な余白です」
 母親が微笑みながら、
「小さいころから神無月さんは、〈不自然人間の暇な生活〉を送らせてもらえなかったのね。つらかったでしょう」
「さびしい感じでしたね。純粋生活者に魂はない、魂というのは暇人しか持てないとわかるのはさびしいものです。そんなわけで反抗的に、たぶん、がんらいの気質とあいまってのことでしょうが、余白に凝り固まってしまいました。毎週同じ時間にラジオの音楽番組にダイアルを合わせたり、レコードを集めたりするのも、さびしさからきた習慣です。逆に言うと、そういうことをしないと、さびしさから逃れられなかった。西松の社員たちが精神的暇人だと知ったときの喜びたるや、天にも昇る心地でした。だれもかれも愛情にあふれていて、おまけに、鶏料理名人、映画通、クマさんのようなポップスやジャズの達人もいましたからね。おかげでぼくはだんだんさびしい人間でなくなりました。青森へ送られるとき、いちばん苦しかったのは彼らと別れることでした」
 雅江は、
「事務所を訪ねて、いろんな人に会ってみて、別の世界の人たちやなって思った。あの人たちと別れるのはほんとにつらかったやろね。さびしかったやろね……。私なんか、気持ちを励まさんと、なかなか音楽を聴いたり映画を観たり本を読んだりする時間を作れんわ。さびしくないからやろか」
 母親が、
「さびしければかならずそうなるってものでもないわ。おとうさんの言うとおり、大切なことだとわかっているから余白人間になれるのよ。人それぞれ大切だと思う余白の種類がちがうんだと思う。雅江は神無月さんへの愛情一本、おとうさんは野球の記事をせっせと切り抜いてスクラップブックを作ること。気持ちなんか励まさなくてもできるでしょう? 大切なことだと知ってるから自然にできるのよ」
 雅江が、
「おとうさんのスクラップは、ほとんど郷さんのことばかりやけど、その中にね、青森高校時代の郷さんのホームランの記事が三つもあるんよ。その記事を貼りつけながら、神無月さんはぜひプロにいってほしい、ってポツリと洩らしたことがあった。そのとおりになってうれしいでしょ、おとうさん」
「ああ、うれしいさ! ところで神無月さん、東京のお住まいは吉祥寺でしたね」
「はい、阿佐ヶ谷、荻窪にしばらく住んでから引っ越しました。不動産屋さんがぼくを気に入ってくれて、家を一軒もらいました」
「事情は知っております。そのことじゃないんですよ。すぐそばに井之頭公園がありますよね」
「はい、庭の向こうが公園です」
「先月中ごろの新聞で読んだ話なんですがね、井之頭池のカイボリの話です」
「カイボリ?」
「ドブ浚いです。何十年ぶりかで水を抜いて池の底を浚ったら、自転車やバイク合わせて二百台、扇風機などの電気器具、玩具、靴などがゴロゴロ出てきたそうです。何十年置きかに、ヘドロ、ゴミ、外来種の駆除をして水を浄化する作業らしいんですが、今回は予想しなかったゴミが多量に出てきて、搬送費用がたいへんだったということです。そのとき捕獲して排除した生物の名前をふと思い出したもので」
「おもしろかったんですか?」
「いや、ほとんど知らない名前だったんで、スクラップして記憶したんです。あとで会社の図書室で調べました。神無月さんも知っておいたほうが、遠征で東京にいらしたときに少しは興味を持って公園を散歩できるんじゃないかと思いまして」
 これは退屈な話題だ。そんなもの記憶する気にもならない。しかし、好意から出た話題なので、心と逆のことを言う。
「はあ、ぼんやり池を眺めて歩くより、池の正体を知っておいたほうが楽しいかもしれませんね」
「まず、北アメリカ原産のブラックバス。在来種を捕食するので、琵琶湖などでは、ドンドン釣って食べてほしいと推奨してます。寄生虫がいるため生食はだめで、フライ、ムニエルなどに加熱調理すると味のいい魚だそうです。井之頭も釣りを許せばいいのに。ただくさい魚だから勇気が要りますね。これも北米産のくさい魚ブルーギル。天皇がアイオワ州から持ちこんだ魚として有名です。ほかにミシシッピアカミミガメ、一メートルにもなる中国産のソウギョ、アオコなどという藻も汚染のもとのようですね」
 くさければ美味と言わないのではないか。それはそれとして、あちこち跳びはねる話題に耳を立てながら、退屈ながらも喜ばしい時間の流れに身をまかせる。進んで無害なことも言ってみる。
「そんな汚い池を備えた井之頭公園も、桜の季節は花見客で賑わいます。東大の顔見せコンパも夜桜の下でやりました。弁天池の真ん中で噴水がしぶきを上げ、しぶき越しに俗っぽい朱塗りの弁財天が見えます。弁天池と井之頭池のあいだに木橋が渡っていて、天気のいい日はその上で写生をしてる人たちもいます。弁天池でボートに乗るカップルは別れるという噂があります。インドの女神弁財天が嫉妬するからだそうです。神田川の水源はチョロチョロ湧き出る清水だと知って、ちょっと意外でした。しかし、川というのはどれもそういうものですよね」
 店主がカウンターで微笑みながらほかの客といっしょにテレビを観ていた。私はしゃべり止めると、大きなガラス窓から、カズちゃんと初めて結ばれたアパートを眺めた。
 鰻と同様父親が代金を払って喫茶店を出た。昼下がりの大瀬子橋を涼しい川風に吹かれながら渡る。群青色の堀川。大楠。雅江がかすかに櫂を漕ぎはじめた。疲労を和らげるためにそうしたほうが歩きやすいのかもしれない。父親が白いものが雑じった前髪を掻き上げて言った。
「私、東京と大阪にときどき出張することがありましてね、中日球場のほかにも二つ、球場を見たことがあるんですよ。後楽園球場と甲子園球場。初めての球場に入るときは、嫁入りするような気分になります。これから先の人生を絡め取られるという気分です」
 大仰で感覚に咬み合わない比喩だ。私のことを大仰な言葉を好む人間だと誤解したのかもしれない。
「嫁入りというのはすてきなイメージですね。後楽園にはもう嫁入りをしましたが、甲子園にはまだ嫁(とつ)いでません。どんな球場ですか?」
「圧倒されます。そのひとことですね。漆黒の内野グランドは塗った壁のようです。その先に外野の芝生が蒼々と拡がってます。スタンドは文字どおりアルプスのようにそびえ立ち、グランドの黒と緑に溶け合って、まさに野球の聖地にふさわしい美しさです。どうしてそんなに美しいのか考えてみて、照明が薄暗いからだとわかりました。甲子園は、セリーグの球場の中では最も暗い千四百ルックスなんです。ところで、甲子園のメンテナンスがずば抜けてすばらしいことは有名です」
 疲労しはじめる。これ以上疲労すると地獄になる。私は応答をやめ、まだ見ぬ甲子園球場を想像しながら時間を潰す。ベンチから観客のいないグランドへ、ややうつむいて第一歩を踏み出す。外股に直立すると、ゆっくりと視線を上げる。薄暗いスタンド。ホームプレートまで歩いていく。もう一度グランドを見回し、ウォーミングアップをしていないことにと気づく。ファールゾーンの片隅で軽くストレッチをして筋肉をほぐし、外野の芝生を走りはじめる……。
 帰り着くと、雅江は居間のテーブルの下に疲れた脚を伸べた。母親はスカートに穿き替え、父親はステテコの上に着物をはおった。父も母も、もう私に語る話題はなさそうだった。私は雅江に語りかける。
「去年の夏、早稲田の友人が中央線沿線で人夫のアルバイトをしてね。偶然、西松建設の飯場に寝泊りしたんだ」
「うそ!」
「ほんと。そいつに訊いたら、なんと、吉冨さんが現場監督だったんだ」
「憶えとる、吉冨さん。その偶然、すごすぎる! なんできのうの散歩のとき話してくれんかったん?」
「思い出の景色を見るのに忙しくてね。話し出すと景色が見られなくなるから、あとでゆっくり話そうと思ってた」
 もともと話したい話題ではなかった。いまは手持ち無沙汰なのでつい話した。
「で、会いにいったん?」
「もちろんすぐ会いにいった。そうしたら、吉冨さんのほかに二人、平畑にいた人に会えた。小山田さん、西田さん」
「うわあ、すごい! 三人とも私が口を利いた人やが。よかったねェ。……野球のこと訊かれたでしょ」
「ぜんぶ知ってた。ぼくもみんなもぼろぼろ泣いた」
「よかったねえ、ほんとに。神無月くんがやっぱり野球で世に出たって、胸撫で下ろしとる人がほかにもたくさんおると思うよ。小学校や中学校の野球部の先生なんか、特にそうやないの」
「うん、そうだろうね。彼らの期待に応えることができて、ほんとうによかった」
 父親が、
「紆余曲折があってですから、感慨もひとしおでしょう」
 母親が、
「ほんとに……。自分以外の人間に才能があることを信じられない人っていますから。別に信じなくても、じゃまさえしなければ―」
 彼らには格好の話題だった。


         百五十

 雅江が、
「もうええがね、おかあさん、蒸し返さんでも」
「でも、せっかく神無月さんが昇っていこうとする階段を通せんぼして、遠回りさせたんだもの」
 気の毒そうな顔で言う。父親が、
「もうじゅうぶん才能を見せつけたんだから、信じないわけにいかんでしょう。第一人者の人生が始まるんですよ」
 母親は皮肉らしく口をゆがめて、
「信じる信じないより、じゃましないことですよ」
「それはもうだいじょうぶです」
「ほんとですか? 何か面倒なことでも起きたら、神無月さんはぜんぶ捨てて……」
 このあたりで帰りたい。しかし夕食が待っている。
「面倒くさがって逃げ出すような悠長なことはもうしません。たしかに、中学時代を思い返すと、ある意味〈危ないところ〉でした。お母さんが心配するとおり、ぼくは逆境と闘う手続を面倒がる気質ですから、じゃまされるとすべて放り出してしまうんです。いちばん大事なものを簡単に捨ててしまう。そして、彼らが高い価値ありとして押しつけた気に入らないものを生きる方便にしようとするんです。むかし松葉会のワカに、そこまで勉強も得意だということは、きみは野球が心から好きではないんじゃないかと誤解されたことがありました。野球は心から好きでしたが、風に吹かれるようなぼくの態度がそう思わせたんです。その後、ワカは前言撤回して潔く謝ってくれました。たしかに、気に入らないものには有能にはなれません。ギクシャクした人生になります。ファイトを出さなければ乗り切れないので、何よりも面倒くさくなります。気に入らないと、自分を励ましながらやるしかないし、懸命にやって、いい結果が出ても不満や後悔や疑問が残ります。……人生が東大だけになっていたらと思うと、ゾッとします」
 父親がまた首を振り振り、
「ほんとに不思議な考え方をする人だなあ、神無月さんは」
「八方破れの気質が自分でも恐ろしくなります。逆境と闘うのが面倒だというのは、面倒でないことしかやる気を出せないということです。となると、ほぼ社会不適合です。みんな面倒なことに精を出してがんばってるし、そういう人間同士つつがなくやっていくことを社会性と呼ぶんですから」
 どうして私はどんなときも饒舌になるのだろう。饒舌は饒舌を呼ぶ。雅江が、
「才能がないから仕方なくやよ。才能ある人が、ない人のことを心配したり、合わせたりせんでええよ」
 父親が、
「そのとおりです。才能ある人は、フルに才能を発揮していればいいんです。きちんと発揮されない才能なんて、ないのと同じです。簡単に捨ててしまうような目に遭わせるやつもやつだが、捨ててしまうヤケッパチも責められる点が多い。才能に基づかない努力は少数の人を救いますが、才能に基づく努力は大勢の人を救うんです」
 雅江は父親に加勢して、
「ほうやよ。才能のかたまりみたいな人がそんなこと言うと、やるせなくなるわ。郷さんを知らない人が聞いたら、くどいようやけど、最高のイヤミ野郎だと思ってまうよ。とにかく、伸びのび、自由に生きてほしいわ。ヤケッパチな気持ちになったらあかん。私……そんな気持ちになられたらたまらんわ」
         †
 三時を回って、父親が二時間ほど午睡をしているあいだ、母娘と話をした。
「神無月さん、この子の気持ちはとても無垢なもので、神無月さんにどんな事情があろうと、そのことを詮索しないという覚悟に満ちたものなんです。ですから、ただ雅江を受け入れてやってくださいね」
「はい」
「この先、どなたかと結婚なさる予定がありますか」
「とんでもない。それはきのう否定しました」
「……大リーグへいってしまわれるとか」
「あり得ません。中日ドラゴンズに骨を埋め、名古屋に骨を埋めます」
「じゅうぶんです。もうお伺いすることはございません。ありがとうございました」
「……ぼくでなければ、雅江さんはもっと幸せになれたと考えたことはありませんか」
「ありません。親子の心は一つです」
 雅江が、
「郷さん以外の男に人生預けるやなんて、絶壁から飛び下りろゆうようなものやが。いろいろ話はくるんよ。考えただけで気持ち悪い」
 ホホホと母親は笑い、
「いつかお相撲いきましょうね。金山体育館、名古屋場所。私、相撲の大ファンなんです」
 唐突に約束を取りつけようとする。約束しても、たぶん果たされない。
「小学生のころ一人でいったことがあるんです。大鵬を見に」
「名古屋場所は本場所として昭和三十三年に始まったんですよ。その年から年六場所制になりました。だから名古屋場所はまだ十一年目ね。その最初の場所の千秋楽に、主人と雅江と三人で、桟敷席で観たんです。七月のうだるような暑さのところへ、お客さんが八千人もいて」
「エアコンじゃなくて、氷の柱を立てて館内を冷やしてたでしょう?」
「そうそう。だから暑くて暑くて。でも、若乃花と栃錦の十二勝二敗同士の相星(あいぼし)決戦だったから、すごく盛り上がって。若乃花が上手投げで勝って優勝」
「横浜の三年生だな。名古屋にくる一年と二カ月前か。あのころ電気屋の店先のテレビでよく相撲をやってました。若羽黒、玉乃海、岩風、琴ヶ濱、北ノ洋、朝汐太郎、禿げの鶴ヶ嶺、若前田、若秩父、時津山、安念山、若瀬川……」
「その年に、柏戸、青ノ里、北葉山なんかが十両優勝して目立ちはじめて、翌年の年末に大鵬が十両優勝したのよね」
「吊り出しの明歩谷とか、うっちゃりやカワヅ掛けの陸奥嵐はいつごろですかね。横浜の中華蕎麦屋で観たんだったかな」
「明歩谷は同じころよ。うっちゃりの陸奥嵐は神無月さんの記憶ちがい。おととしようやく入幕した小兵よ。東北の暴れん坊。美男子ね。いまも前頭でやってるわ」
「青ノ里と北葉山は、神宮奉納相撲で相手をしてもらいました」
「いい思い出ね」
 そう言えば、陸奥嵐は義一に似ていると思ったことがあったのを思い出した。飛島寮のテレビか何かで見たのだろう。
「真夏はペナントレース真っ最中なので無理かもしれませんが、いつかかならず金山体育館へいきましょう」
 約束している自分に呆れる。
「気長に待っています」
 母親と雅江はスッと立ちあがり、並んで台所へいった。二人の腰つきがそっくりだった。私はグルグル鳴っている腹を押さえて便所にいった。ついでにシャワーを使わせてもらった。生き返った。
 父親が起きてきた。ヨイショと腰を下ろし、野球の話になった。
「センバツは三重高校が優勝しましたね」
 午睡をとりながらラジオを聴いていたようだ。
「そうですか。点差は?」
「十二対ゼロです。十七安打。堀越は四安打。三重県勢としては甲子園初優勝です」
「三重高校出身のプロ野球選手はだれかいますか?」
「四十一年の阪急ドラ一水谷孝、右の本格派で、去年十五勝です」
「先月三十日の阪急戦では対戦してないですね」
 なぜか主人や菅野と野球談義をするほど楽しくない。
         †
 七時のNHKニュースを流しながら夕食が始まる。このリズムは苦手だ。サイドさんの家もこれだった。雅江は身崩れしていない鱈と、豆腐とネギを小鉢に盛って私に差し出す。私はビールを父親と母親につぎながら、雅江に、
「愛知時計の仕事は慣れた?」
「うん、現場や営業じゃなく出納事務やから。ちょこっと神経を使うけど、それ以外は満点の職場やよ。社員食堂は格安やし、給料・ボーナスは安定しとるし、福利厚生もしっかりしとる。残業も十分単位できちんと支払われるんよ。残業のない曜日も決められとる。本社技術本部長の娘という七光りもあるし、長く勤められそうやわ」
 父親が私にビールをさし返しながら、誇らしく目を挙げ、
「愛知時計は、明治の中ごろに掛時計メーカーとして出発した会社ですが、時計ばかりじゃなく、航空機、各種計測機器も作るようになって経営が安定しました。水道メーターやガスメーターは、全国ナンバーワンシェアです。昭和三十六年から東証に一部上場するまで大きくなりました。雅江のことは心配いりません。ОLとしては申し分ない安全圏にいると思ってください」
 経済的な迷惑はかけないという意味だろうか。やはりいま一つ咬み合わない。雅江が、
「いつか北村席に遊びにいっていいかなあ。和子さんに連絡して」
 どんどんこういう話になる。断る理由はない。
「ぜひ。喜ぶよ。雅江はみんなのあいだで有名だから。ぼくはしょっちゅう留守にしてるけど、勝手に訪ねていって話でもすればいい。ご主人も女将さんも、賄いさんも店の女の人も、みんないい人たちばかりだよ。教養も相当にあるのに、ひけらかさないのがすばらしい。みんな芸術家体質だ」
 母親がおいしそうにビールを飲みながら、
「その芸術家体質ってのを聞きたいわ」
 私もビールを含み、豆腐を箸で割ってつまむ。
「知識の豊かさのことを教養と言うようです。教養に価値があるのは、自分や他人の人格へのいい影響がある場合だけだと思います。愛情を高めたり、自己の内省力を強めたりするのでなければ、何の価値もない。知識は内に秘めて精神の内なる輝きに役立てるべきものです。その意味で、教養の目的は知ではなく、徳でしょう。知識が積もると、知識人と称えられるようになるせいで、しばしば自惚れが生じます。自惚れというのは、自分だけが高級だと考える愚かな精神です。世の中がいやなら芸術家になれ、というのは、言い得て妙です。芸術家は根本的に、教養を美に役立てます。自分や他人に影響を与える知として役立てたり、徳として役立てたりはしません。本能的に人間の美と調和を重視している受け身の性質なので、自惚れることもなければ、徳を内部発酵させることもない。他人を美の一員として自分と同等に考えるので、知で圧倒したり、徳で慈しんだりする必要を感じないわけです。世の中と気持ちよく付き合えればそれだけでいいんですね。教養を発揮しないやつは俗物だと考える不愉快な連中とは、永遠に交じり合えないわけです」
「そういう人が芸術家体質なんですね。たしかに人が教養をひけらかしているのを見るのは不快なものですものね」
 雅江が、
「郷さんも、知識はものすごあるのに、ちっともひけらかさん」
「ぼくに話を振らないでね。ひけらかして自惚れている連中の万分の一も知識がないからなんだよ。ラジオやテレビに出てくる学者や文化人の知識量を見てごらん。舌を巻くから。バッティングの心得的な知識はそれ相応にあるとしても、その他の知識は〈知〉と言うほどのものじゃなくて、ほんの少しの常識と、日常生活には役立たない趣味的な知識ばかりだ。草木とか文学とかね。ぼくは芸術家体質じゃないから、美しいものに感動しながら人と気持ちよくやっていければいいという口じゃない。不満が多い。自分なりの美と正義を持っていない人びととはうまくやっていけないし、うまくやっていこうとも思わない。調和を望まないし、きっちり自惚れもある。北村席の人たちは芸術家体質なので、そういうぼくをふところに包みこんでくれる」
 父親が白く煮えた鱈の切り身を、唐辛子を振った醤油につけて口にほうりこみながらビールを飲む。
「間然するところない言葉です。苦しんで生きてきた人の言葉なので、素直に耳を洗うような気持ちで聴けます。神無月さんほど苦しい経験をしながら、野球選手になった人間は一人もいないでしょう。私はいつもそこに立ち帰るんですよ。この人は何気なくしゃべり、何気なく行動してるけれども、果たして自分も同じようにできるだろうかというところへね。神無月さん本人は忙しく生きてきたので忘れているかもしれませんが、本人でない私たちはかえって忘れないんですよ。何もかも奪われて北へ送られたことをね。あそこから立ち直れる人間はまずいない。ひねくれて、斜に構えて、一巻の終わりですよ。大きな苦しみを抱えた人間には、ふつう同情の念を抱きますが、神無月さんには尊敬の念を抱きます。私たちは庶民です。知や徳を目指しても、美を目指すことはしません。……芸術家というのはご自身のことでしょう。芸術家は本能で生きます。世の中の事柄というのは、本能でつかむことができても、知識では説明できないことが多い。そういうときに、いちばん激しい、いちばん自然な叫びを上げるのが芸術家だと思います。私たちのような庶民はそういう叫びこそ事情のいっさいを尽くした真実だと考えて、満足し、尊敬するんです」
 咬み合う言葉になった。人はてらいを捨てると素朴な心地よい言葉を吐く。母親が、
「娘を通して知り合えたことに、娘以上に感謝してます。二日間、ありがとうございました。末永く雅江を愛してやってください」
 雅江が、
「末永く愛するのは私やよ。郷さんは末永く愛されとってね。さ、もうお酒はそのへんにして、しっかりごはん食べよ」


         百五十一

 テレビが八時のNHK大河ドラマに変わり、ゆったりと和やかな食事になった。天と地と。NHK大河ドラマはむかしから一度も観たことがない。サイドさんを除けば、だれかが観ているのにもぶつかったことがない。茶の間に届けられる日曜夕刊のようなものか。雅江がチャンネルを『渥美清の父ちゃんがゆく』に替えた。第一回とテロップが出た。寅さんがサラリーマン役をしている。それしかわからない。雅江はすぐに歌番組に切り替えた。そこで落ち着いて一家がテレビから目を逸らした。食事のバックグラウンド。これがテレビの正しい享受方法かもしれない。
「まだカラーテレビにしないんですか」
 母親が、
「これが壊れたら考えます。神無月さん、私、いま愛知時計の何課にいると思います?」
「結婚と同時に退社したんですよね。たしか雅江にそう聞きましたが」
「最近、不定期に勤めさせてもらうようになったんですよ」
「じゃ、雅江と同じ経理ですか」
「計器の修理課。意外でしょ? 作業衣を着て、男子社員といっしょに軽トラで出かけていくんです。重宝に使い回されるのも楽しいかなと思ったんですけど、うまく修理できずにお客さんに教えてもらうこともあったりして。雅江と同じように主人の七光り」
「いっしょにしないで、おかあさん。私は仕事のできる女やよ。七光りは付録」
 女同士笑いながら腕を叩き合う。父親がさびしげな表情になった。娘が一介の愛人で終わることのさびしさに決まっている。どんなに男に共鳴し、尊重し、男の感覚に同化して明るく振舞っても、娘を心から愛する父親に襲ってくるさびしさだ。私は彼のさびしさの源に近づけない。八時半になろうとしていた。父親が柱時計を見て、
「そろそろですね」
 と私の退散を計った。
「はい、タクシーで帰ります。あしたから相変わらずの走りこみです。また時間の都合がつくときがあったら電話します」
「くれぐれも無理しないでください」
 雅江がタクシー会社に電話をした。母親が明るい。
「高三の夏に思い切って下肢緊縮緩和の手術を受けてから、もう一年半になります。この子がその後のリハビリと自発的な鍛練を懸命にやったせいで、ここまで回復しました。その情熱が持てたのもすべて神無月さんのことを思えばこそです。ほんとうにありがとうございました」
「たいへんな手術だったんでしょう?」
 雅江も明るい調子で、
「縮んどる筋肉を緩めるために、骨と筋肉にくっついとる腱の一部を切ったり、筋肉の中に埋まっとる腱の一部を切ったりするの。それからギプス固定すると筋力が相当弱まるもんで、早いうちからしっかりリハビリせんと歩けなくなってまうんよ」
 父親がテレビを消し、テーブルに手を突いて頭を下げた。
「末永く……雅江をよろしくお願いいたします」
 生徒会の黒板の前からグランドへ逃げ出していったとき、笑いながら手を振った雅江の顔が浮かんだ。私は胸に深い痛みを感じながら、父親よりも低く頭を下げた。
 やがて到着のホーンが鳴り、一家で玄関を出て、道のほとりまで送ってきた。
「病気したらあかんよ。和子さんたちによろしく。……愛してます」
 差し出した唇に短いキスをした。タクシーに乗りこんだ。
 母親が、
「屈託なく野球をなさってくださいね」
 父親が、
「神無月さん、また! 今度は天麩羅きしめん!」
 彼の空元気に私も空元気で応えた。
「はい! そのときは、ぼくにおごらせてください」
 そういう機会は、私が願わないかぎりたぶん訪れないだろうと思った。カズちゃんはいずれ私といっしょに死ぬ。それは決まっていることだ。それは私と彼女を解放するだけの勝手のいいハナシだ。カズちゃん以外の女たちを幸福にするために私は生きつづけるしかないけれども、解放するためには死ぬしかない。三人に手を振りながら、大瀬子橋を渡った。
「名鉄神宮前まで」
「……さっき神無月さんと言っとりましたね。耳を疑いましたが、たしかにドラゴンズの神無月選手だ。お忍びですか?」
 若い運転手の背中が言った。黙っていると、
「ペラペラしゃべりませんよ。タクシー運転手は口が重いです。軽かったら、めしの食い上げですから」
「中学時代の友人を訪ねた帰りです。これからもこっちにときどきくると思います」
「またぶつかるとうれしいんですけどね。これも運。大事にします。中学校は宮中でしたよね」
「はい」
「私もです」
「奇遇ですね。このあたりの出身ですか」
「白鳥です。久住先生、岡田先生、近藤先生に習ったなあ」
「ぼくも習いました。数学の岡田先生は野球部の顧問でした。社会科の久住先生、理科の近藤先生もぼくのころにはご健在でしたよ」
「熱田高校出て、二浪して早稲田狙ったんですが、結局ダメで、二十歳からこの仕事に就きました。いま二十三です。神無月さんの四歳上ですね」
「はあ」
「あのグランドから、大リーグ級の選手が出るんですから、びっくりしますよ。私も宮中野球部でして、あの硬いグランドで毎日練習した口です。二番ショートでした。昭和三十五年の三年生のときに、名古屋市の大会で優勝してます。二年後に神無月さんが入部されて、一年生のときから鬼のようにホームラン記録を塗りかえっていって、おかげで常勝宮中になりましたが、なぜか優勝だけはできなかった。不思議です」
「小さいころから優勝運はなかったですね。青森高校でも二年連続準優勝です」
「東大でとんでもない奇跡の優勝に貢献しましたね。あれはドラゴンズ優勝よりもすごい。北の怪物が、天馬になりました」
「何でもご存知ですね」
「東大優勝のころでしたが、久住先生や和田先生がたの発案で記念碑を建てようという話が出たとき、PTAに握りつぶされました。文化的でないスポーツ選手の碑を建てたら、若山牧水碑の価値が下がると言うんです。それに加えて、本校を不祥事で追放された人間を顕彰すべき理由がないと……」
「なんだか楽しいですね。宮中での自分の立場はわかってました。顕彰などされる筋合いの者ではないです」
「なんだか頭にきますよ。国民的英雄にそこまで言わせるんだから。PTAごとき烏合の衆が何様のつもりなんだか」
「いつの時代も烏合の衆がいちばんの強者です。強者に嫌われて追放されたおかげで、思う存分野球ができました。強者に好かれると子飼いにされますから」
 運転手は首を振りながら神宮の東門に車をつけた。千円札を出して降りようとすると、運転手は呼び止めて、きちんとつりをよこした。それから、社名入りの名刺を財布から取り出して手渡した。
「その番号に電話くだされば、流してる場所から飛んでいきます。ご活躍をお祈りします。ぜったい三冠王を獲ってください」
「がんばります」
 丈高い街路樹のアメリカフウが神宮の森を背に佇(た)っている。路の反対側はまばらなネオンの列だった。ロータリーへ渡り、飲み屋がずらりと並んでいる小路を歩いてノラの前にくる。丸窓のピンクのカーテンが店内の明かりを漉(す)いている。神宮前日活がなくなり、多国籍料理店の詰まったビルになっている。
 ノラのドアから女たちの笑い声が聞こえた。この種の虚業にかつてそこはかとない郷愁を感じた。このごろでは厚手の不毛を感じる。法子と母親がいなければドアを押して入る気はない。肉体が大きな郷愁になったのかもしれない。ドアに『本日九時半まで』という貼紙がしてある。鈴を鳴らして入ると、
「いらっしゃい!」
「待ってました!」
 四人の女の声が上がった。ヨシエが、
「スーツ、格好いい!」
 カウンターに法子と母親がにこやかな表情で立ち、バーの奥の椅子には、酔いつぶれそうな中年客を抱き止めている小夜子、中ほどの椅子には白髪の老人客についているヨシエが坐っていた。老人の隣のレジ前の椅子に坐ると、法子母子が寄ってきて、二人で私の手を握った。母親はからだ全体の肉が少し落ちて、カズちゃんと同じような洋風の体形になっている。
「ん? 見覚えがあるな。あれえ、しょっちゅう新聞に載ってる顔じゃない?」
 老人が瞠目する。母親が、
「中日ドラゴンズの神無月選手ですよ」
「うへえ! ホンモノか! 信じられんな」
「法子の中学校時代のお友だちなんです」
「それ、ここにきた理由? 大スターだよ。それほどの義理なの?」
 法子が、
「何の義理もないの。そういう人なの。中一のときこの店に招待して以来、何年かにいっぺんきてくれるのよ。東京の私の店にも半年にいっぺんはきてくれるわ。義理なんかぜんぜんないのに」
「天馬、天童、天真爛漫か。噂どおりの男だな。いや、聞きしに勝るだ。こんなところで姿を拝めるとは思わなかった」
 老人がうなずく。七十になんなんとする齢に見える。顔の皺が深い。ヨシエが、
「こんなところはないでしょ。こちら、××さん。この商店街の会長さん。ザルみたいな底なし。いくら飲んでもしゃんとしてるし、ツケなんてしないし、お店の売り上げにいつも協力してくれるのよ」
 小夜子にもたれかかっている男のほうをチラリと見る。男はピクリとも動かない。老人はにこやかに、
「法ちゃんが帰ってきて新規開店したら、敷居が高くなっちゃうかもしれないな。高級店にするんだろう?」
 法子が、
「はい、この店よりは少し高級になると思います。でも、ふつうのサラリーマンのふところを痛めるほど高い料金はいただきません。商店街こぞってご贔屓のほどよろしく」
「ほいほい、みんなに言っておきましょう」
「××さんは、球団創設のころからの中日ファンなのよ。もちろん神無月くんの大ファン。新聞の写真と雰囲気がちがうし、実物をこんなに近くで見たことなかったから、すぐわからなかったみたい」
 小ぶりなビールグラスと肉じゃがのお通しが出る。母親がビールをつぐ。
「少し口をつけるだけね。スポーツ選手にお酒は毒だから」
 私はジャガイモを頬張り、
「球団創設というと、いつごろになるんですか」
「すぐ質問を発する姿勢がいいねえ。ものごとをないがしろにしない人間だ」
 そう言って私の肩を遠慮がちに叩く。
「昭和十一年の名古屋軍が最初だな。そこから二十八年まで、産業軍、中部日本、中部日本ドラゴンズ、中日ドラゴンズ、名古屋ドラゴンズ、そして昭和二十九年にきっちり中日ドラゴンズと決まった」
 どこにでも趣味の篤い人間はいるものだ。名古屋にきてからそんな人間ばかりに遇う。
「江藤さんや中さんもそこまでは知りませんよ。すごいですね」
「こら!」
 小夜子が凭れかかっている中年男の手を叩いた。小夜子の膝にぴったりくっついて、夢うつつの顔で尻を撫ぜている。ヨシエが、
「あの人、最近のお客さんでね、小夜ちゃんにぞっこんらしくて、週に二日はくるの。あんなふうにお尻触りはじめると、もう意識不明。一時間は寝ちゃうわね。ちょっと気付けしないと」
 小夜子がヨシエを手で制して、男の腋を抱えた。
「ロータリーのタクシーに乗せて帰すわ」
「ツケ、溜まってるんじゃないの?」
「いいの、いいの、大した額じゃないから。今度持ってくるように言っとく」
 二人が出ていくと、法子が、
「ひさしぶりに付いたファンだから、おねえさんも気分よくしちゃって。飲み屋につきものの風景だけど、お酒は甘えないで飲みたいわね」
 老人が、
「小夜ちゃんの心意気だね。タクシーと言っとったが、タクシー代を持ってるのかね。というより、遠くからきてるとは思えんな。伏見通りあたりの住人じゃないの」
 ヤスコが、
「名前も教えてくれないんですよ。付け馬も怖いし、今度きたら門前払いにします」
「そのほうがいい。そろそろ、私も引き上げるかな。あしたは午前中に寄合いがあるからね。いやあ、この緊張感にはまいったな。天下の神無月選手が隣にいるんだからね。神無月さん、お会いできてほんとによかった。ドラゴンズはこれまでいいところ止まりのチームだったから、あなたの力でジャイアンツ並の強豪にしてやってくださいよ」
「逆風に立ち向かうのは好きですから、精いっぱいやります。ただ、順風に乗るのは苦手なので、そのときは風まかせにします」
「アハハハ、おもしろいことを言いますな。順風が苦手となると、勝ちつづけてるときには、ファンは応援の力を抜かんといかん」
「いえ、ますます強い風であおってください」
 握手をする。ヨシエが扉の外へ見送った。


         百五十二 

 小夜子が帰ってきた。
「結局よろよろ歩いて帰ったわよ。もうここでいいなんて言っちゃって」
「会長さんの言ったとおりね。深入りしちゃだめよ」
 母親が言った。
「あんなのだめだめ。今度タダ飲みしたら付け馬よって言ったら、いくらだ、二万か、三万かなんて大きなことを言うの。もうこないんじゃない」
「あと十カ月の辛抱よ。バンとした店じゃないとナメられることも多いのよ」
 法子が看板の灯を消しにいった。ヨシエが店仕舞いのビールを母親と小夜子のコップにつぎながら、
「内田橋のほうは六月に普請に入るんでしょう?」
 小夜子が、
「七月かな。六月はウワモノの取り壊し。じっくり時間をかけて、十二月には完成。一月に法子が戻ってきて、ひと月かけて資材と従業員を整えて、二月一日にオープン」
 母親が瞳を輝かせ、
「酔族館と同じぐらいの大きさの店になるから、ホステスは十人ほどね」
「名前は決まってるの?」
 灯を消して戻ってきた法子に私が尋くと、首を振り、
「まだ。ノラのままいこうかなとも思ったんだけど、小粒なバーふうの名前より、大きな感じがいいと思って、酔族館という名前を使っていいかって荻窪の元オーナーさんに尋いたの。そしたら、ぜひどうぞって。酔族館にするわ」
 ヤスコが、
「いいわね! あの名前ほしいなあって思ってたのよ」
 法子はうなずきながら、
「ホステスさんの数だけど、週休を一日あげて、交代制で十五人は置きたいの。六人掛けボックスを十個、小さなボックスは秘密めいてだめ。長いカウンターにバーテンさんを二人。カラオケやジュークボックスは置かないけど、演奏ステージは作りたいと思ってるわ。曜日を決めて弾き語りを雇いたいから。何年かしたら、たまには山口さんにもきてもらいたいしね。東京の酔族館から女の子を一人連れてくる。メグミさんていう二十五歳の独身女性で、たまたま飲みにいった吉祥寺の店で雇われママをしてたのを引き抜いたの。男っ気なし、趣味貯金。仕事のできる子よ」
 小夜子とヨシエが勇んで、私も連れてくる、と言う。
「新聞に宣伝を打って、面接したほうがいいよ。ローリングストーンズのミハルちゃんはどうしてる?」
「ミハルちゃんは水商売から引退しちゃった。明るい性格だから、名古屋に連れてこようと思ってた子の一人だったんだけど。中年の相手をするのに飽きちゃったみたい。恋人といっしょに暮らしてる」
「連れて帰る第一候補だった千夏ちゃんは?」
「彼女は山口さんにフラレたあと、家庭持ちの男に入れこんでたんだけど、結局別れて吉祥寺のピンク系の店に鞍替えしたわ。ちょっと悲惨ね。ミドリちゃんは居残ってママになるでしょう」
「ふうん。とにかく大きな店になりそうだ。松葉会に話を通しておいたほうがいいね」
「そのつもり。北村席さんみたいに守ってもらいたいから」
 母親が、
「神宮近辺は松葉さんのシマですものね。ここの通りの飲食店のミカジメも松葉さんに払ってます」
「六月に康男が東京から帰ってくるんで、挨拶にいく予定なんだ。そのとき話を通しとく」
「だいじょうぶです。こちらからあらためてお願いしますから」
 頭を下げた母親を見つめながら、ヨシエが不安そうに、
「どのくらい払うもんなの? この店、二万円くらいやなかった」
「銀座でも五万円いかないと聞いてるから、話を通せば、無料とまではいかないまでも五千円くらいにはなると思う」
「北村席は無料にしてくれてますが、ご主人が自主的にいくばくか払ってるようです。六月に話を出せば、ノラも無料になるでしょう」
「私みたいなおばさん、店でどうしてればいいのかしらね」
「おかあさんはカウンターでバーテンさんといっしょにデンと構えてればいいのよ。会長さんみたいな顔見知りの人がきたら、ずっとついてるといいわ。おかあさんすごくきれいだし、座が映えるから」
「そうもいかないでしょ。曜日を決めて、きちんと出ることにするわ。お年を召したかたのテーブルにちょっと顔を出したりしてね。あら、十時になっちゃったわね。カニを食べて帰りましょう」
 ヨシエが、
「私、お腹をすかせて待ってる人がいるから、失礼するわね」
「うまくいってるんですね」
「まあまあよ。じゃ、神無月さん、またね。ときどきくるんでしょ」
「きます。折を見て」
「そうそうこれないわよね。しょうがないわね、日本のスターだから」
 法子が千円を裸で渡した。
「帰りはぜったいタクシー。歩いて帰っちゃだめよ」
「はいはい」
「家はどこなんですか」
「内田橋の向こうの南陽通一丁目。二間のアパート。スーパーが一軒あるきりの殺風景なところよ。三十分ぐらい歩いて帰れないこともないんだけど、夜は怖いわね。じゃね、お疲れさま」
 鈴を鳴らして出ていった。
         †
 ロータリーでタクシーを拾い、伏見通りを通って白鳥橋へ向かう。助手席に母親が乗っている。市電が絶える時間帯だ。ネオンもほとんどない。本遠寺の斜向かいの『甲羅』という店の前で降りる。母親が、
「店の中が薄暗いでしょう? 十時閉店なんですけど、お昼に電話したら、奥の八畳でゆっくりやってくれていいって。十二時を回ってもかまわないらしいです」
 法子が、
「ここはおかあさんのいきつけの店で、店長さんと親しいの。というより、私、ほんものの神無月選手が色紙を書きます、って言ったの。一発だったわ」
「役に立てたわけだ。色紙一枚ですむならお安い御用だよ」
 小太りの店長に、灯を落とした玄関から奥座敷へ案内される。残業を進んで申し出たのか、女子店員が二人、白前掛をした料理人もいる。座敷の框で彼らは拍手をして迎えた。
「ほんものよ!」
「格好いい!」
 座につくと、四人が畳に手を突いた。フジの富沢マスターに似た肥大漢の店長が、
「いらっしゃいませ。山本さまの娘さんは宮中出身と聞いておりましたので、もしやと期待しておりました。電話を受けたときは半信半疑でしたが……驚きました。ものすごい美男子ですね」
 キャッキャッと声を立てて女子店員たちが笑いながらたがいに顔を見合わせる。さっそく店長はサインペンといっしょに金の縁取りの色紙をそっと畳に滑らせる。私は快く手に取り、すらすらとサインした。おのこらよ眉上げてゆけ、と宮中校歌の一節を書き添えた。
「玄関の鴨居に飾らせていただきます。今夜は当店自慢のカニ料理を存分にお召し上がりください。料金はいただきません」
 母親は、
「ありがとうございます。でも、それじゃ気兼ねでおいしく食べられませんから、せめて割引料金でお願いします」
「じゃ、八割引で」
「ありがとうございます。ええと、何にしようかしら」
 小夜子がさりげなく、
「かにすき会席《襟裳》二人前。ここは量が多いからそれでちょうどいいわ」
 いちばん高いコースを注文する。
「それから、タラバ釜飯一人前と、一の蔵の二合徳利を一本」
 料理人が、
「承知しました。会席のほうには〆に鍋雑炊がつきますので、釜飯と合わせてかなり満腹になります」
「だいじょうぶ。私大食いだから」
 母親が小夜子をやさしい目で見た。
「やっぱり二人前ずつだと多いかもしれないわね。失礼のないようにきちんと食べ切りましょ」
 私は法子に、
「海老やカニの殻を剥くと手の甲に蕁麻疹が出るから、頼むね」
「うん、わかってる」
 小夜子が、
「なんだ少年、甲殻アレルギーか。ヤワだな」
 からかうふうに私を見る。やさしい目だった。二人の女店員が皿をどんどん運びこんできた。一の蔵の猪口を打ち合わせる。
「末永くお付き合いのほど」
「こちらこそ」
「ホームラン王、獲れますように」
「獲ります」
「法子をよろしくお願いします」
「ぼくもよろしく」
 八人用テーブルに派手な色彩が並ぶ。襟裳のメニューを見ながら、テーブルの上の皿を確かめていく。茹でガニ、カニ刺し、カニシューマイ、カニ味噌、カニサラダ、カニ茶碗蒸し、カニ豆腐。三人の女たちはすごい食欲でどんどん食う。母親が、
「日活が取り壊されちゃったわね」
 法子が、
「あまりいかなかったけど、さびしいね」
 小夜子が、
「さよなら上映の裕次郎二本立て観にいったわ。夜霧よ今夜もありがとうと黒部の太陽」
 私は茶碗蒸しをスプーンですすりながら、
「両方とも観てないな。太って脂が乗ってからの裕次郎は観ていない。去年、池袋のリバイバル館で、敗れざる者という傑作を発見した。ぼくが青森に送られた年に撮られた映画だった。泣いた。残念だけど、裕次郎の傑作はあれ一本きりだ」
 法子がカニのはさみをこそいだ剥き身を食う。うまい。辛子醤油をつけてシュウマイを頬ばった。うまい。カニ刺しとカニ味噌には手をつけない。カニサラダとカニ豆腐は適当に箸を出す。小夜子がトイレにいった。母親が、
「神無月さん、私の名前、憶えてます?」
「……ヤスコ」
「うれしい」
 法子が私にウィンクする。
「おかあさん、やっと、ね」
「……ほんとに?」
「ほんとよ。ね、神無月くん」
「はい」
 小夜子がトイレから戻ってきた。カニ鍋がガスコンロに上がる。煮えるまでのあいだ、ヤスコと小夜子が一服つける。私の母と同じハイライトだ。煙草吸いにしては二人とも歯が美しい。女店員二人が申しわけなさそうに色紙を差し出した。手早く書いてやる。名を聞き、××さんへ、△△さんへ。
「ありがとうございます!」
 鍋の具を見つめる。カニの爪、カニ足の剥き身、豆腐、ホタテ、ホッキ、エノキ、マイタケ、シイタケ、白菜、ねぎ、人参。
「おビールの追加は?」
 小夜子が、
「ちょうだい」
 法子とヤスコは、
「もういいわ」
 今夜のことを考えている。私が酒に弱いことを知っている。
「煮えましたよ、どうぞおめしあがりください」
 うまそうに煮え上がったカニ足の剥き身を少々食ってから、もっぱら白菜とシイタケと豆腐を攻める。いい味だ。
「やあ、うまい!」
 法子とヤスコも、
「おいしい!」
「相変わらずすごいわね、ここの鮮度」
 次にホタテ、ねぎ。あとは女たちにまかせる。小夜子にビールを持ってきた女店員が惚れぼれと私の顔を見つめている。
「あなたも宮中ですか」
 私が尋くと、
「はい! 私は神無月さんの二つ年上です。神無月さんが右投げになってグランドに戻ってらしてからのすばらしい活躍を何度も見てます。宮中のグランドでやる試合はほとんど観ました」
 もう一人の店員もやってきて、
「私も宮中です。一学年上。伝説の人に会えて感激です」



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