二百三十

 監督、コーチ、選手に、一人ずつスカート姿の若い女子従業員がつき、ダッフルやボストンバッグやバットケースを受け取り、先に立ってエレベーターホールへいく。五階から八階まで四箱のエレベーターで何往復か昇降する。部屋に入ると、先回と同じことを一気にしゃべりはじめる。眼鏡をかけた四角い顔の女だ。
「今夜の会食は四階飛鳥の間で七時からでございます。あしたの朝からは、七時より四階コスモスの間にてバイキング、昼食は十一時半より三階のレストランあしや竹園で但馬牛のお料理等をご用意してございます。試合後は、ルームサービスを深夜一時まで承っております。あさっては、朝食、昼食を同様にお採りください。試合後の夕食は、飛鳥の間で会食なさるか、ルームサービスをお採りになってください。外食をなさってもけっこうです。十四日の朝食はコスモスの間でバイキング、チェックアウトは十一時となっております」
「風呂は九階でしたね」
「はい、九階最上階は大浴場とカフェバーになっております。各お部屋にも内風呂がございます」
「はい、よくわかりました。ご丁寧にどうも」
 ブレザーの上着をベッドの上に投げ捨てる。女は丁寧にハンガーに掛け、ソファに置く。
「……籤引きをしたんです」
「は?」
「神無月選手の案内役だけは、籤引きになりました。私が引き当てました。いま、とてもアガッてます」
「そりゃどうも。この程度の野郎です」
「とんでもない。彫刻のようにおきれいなかただと、ベテランの人たちから聞いていましたけど、それ以上です。プロ野球選手の泊まる旅館で働いてみませんかという宣伝を見て、ここに勤める人は多いんです」
「そうですか」
「私は先週から勤めました」
「がんばってください」
「神無月選手もあしたの試合、がんばってください」
「ありがとう。がんばります」
 ようやく引き揚げた。勃起しているのに気づいた。七時まで治まらないと会食にいけなくなる。テレビを観ても気を散らせないので、本を読むことにした。一日一言。

 ウィリアム・モリス―恥ずかしくない仕事、健康にして美しい住宅、心身の休息のためのじゅうぶんな余暇。現在の金権制度のもとでは、この基本的な要求を満たすことは不可能だ。金権制度は、私たちがこの要求を満足させようとするあらゆるまじめな努力を禁止する。

 正当な言葉が贅言に思われて、ページに入っていけない。勃起したままだ。服にこすれるのがよくないのだと気づき、下半身裸になる。屹立して脈打っている。ノックの音がしたので、腰を引き、ドアの隙から顔だけ覗かせ、
「何でしょう」
「新聞をどうぞ。神戸新聞です。巨人戦のことが載ってます」
「ありがとう」
 からだを壁に隠し、顔と手だけ差し出し新聞を受け取る。顔だけで廊下を覗きこむようなおかしな格好になっている。
「どういたしまして……あら!」
 一瞬それが見えたのだろう。真っ赤になって、
「申しわけありません、失礼をいたしま……」
「あの、このことはくれぐれも」
 穴にでも入りたくなる。
「だいじょうぶですよ。お客さまのことを言い触らすはずがありません。若いんですもの、どうしようもないときが……」
 五十格好のお仕着せは寛容な微笑みを浮かべながら強くうなずいた。
「や、ちがうんです。そんなみっともないことをしてたんじゃないんです。ときどき自然にこう……驚かせてすみませんでした。じゃ失礼します」
 新聞を受け取り、ドアを閉めようとすると、仲居は廊下の左右を見てスッと入ってきた。ギョッとした。ドアを閉め、私の顔を見上げながらそれを握り、
「ご立派……。もし、私でよろしければ。ちょうど退社時間でしたので」 
 広島と同様、なぜかこの手の話は異様にスムーズに運ぶ。私もスムーズに反応する。自分の欲求のこともあるが、恥を捨ててぶつかってくる女をないがしろにしてはいけないというカズちゃんの教えが、こういうときはいつも意識の底から湧いてくる。
「……そうしていただけるとありがたいです。本でも読んで鎮めようと思ってました」
「無理ですよ。若いころは鎮まりません。女でもそうですから―。男は溜まったものを出さなければ落ち着かないんです。どうぞ遠慮せずに私をお使いになって。私も気持ちよくなれますし、こざっぱりとギブアンドテイクで。……だれにもぜったいしゃべりません。人に言うなんてもったいない。ちょっと待ってください、ティシューを」
 ベッドの枕もとのティシューを束で引き抜いて右手に握り、
「お尻からのほうがよろしいでしょう。私もそのほうが感じてよく締まりますから、神無月さんもすぐに出せると思います」
「自分のからだのことをよく知ってるんですね」
「……ええ、この年になれば……おかげで子供も三人産みました。女、女、男。いちばん上が三十で、真ん中が二十八、末っ子は二十六で、みんな所帯持ちの勤め人です。孫が五人います。主人ももう六十五で、すっかりご無沙汰ですから、濡れるかどうか心配ですけど、内緒で張り形を使ってときどき確かめてますので、だいじょうぶだと思います」
「何年もしてないんですか?」
「はい、十五年くらい」
「ご主人はまだお勤めで―」
「いえ、十三も年上の夫なんです。芦屋の市役所を定年まで勤め上げたあと、香櫨園のほうのマンションで管理人をしています。土日に帰ってきます。私は、月曜から金曜は独り暮らしです」
 世羅別館の園山勢子と同じように着物を腹までまくり、ベッドに手を突いて尻を向ける。裸の尻の奥で、暗い色の性器がしっかり濡れて光っていた。黒々と光る感じが怪しかったが、不思議なことに、その怪しさに女そのものを感じ、性器がさらに硬直した。
「ちゃんと濡れてますね」
「ごめんなさい、みっともないものお見せしちゃって。冬場のほかは下着をつけないんです。中に入れれば、女はみんな同じ具合ですから、どうか気持ちよくなって、安心して出してください」
 硬くいきり立ったものを挿し入れる。
「あ、気持ちいいですよ、あ、うれしい、ふう、大きいこと! 思ったとおり、とても気持ちいいですよ、好きにこすってイッてください、あああ、いいです、とってもいい!」
 往復しはじめると、たちまち締まってきた。
「うれしいです、ああ、すごくいいですよ、張り形とぜんぜんちがいます、ああ、気持ちいいです、おじょうず、あ、すごく気持ちいい! あ、あ、だめです、イキそう、お先にまいります、お先に、ごめんなさいね、あ、イッてしまいます、イク、ああ、イク!」
 ウン、ウン、とうめきながら、尻を持ち上げ、腹を絞る。掌で腹を包みこむと、硬直を繰り返しながら痙攣しているのがわかる。日本じゅうどこでも、イケる〈才能〉のある女はみんなこうなるとわかってしみじみとうれしい。
「すみません、神無月さんより先にイッてしまいました、ふうう、とってもいい気持ち、ぞくぞくします、私はもうこれでじゅうぶんです、今度は神無月さんがイッてください」
 動きはじめる。
「あ、すてき、いい、とてもいいです、あら、速く動かしたら……すす、すみません、もう一度、イキそう、あ、イクイク、イク!」
 湯が湧き出すように膣の内部が潤い、熱して、緊縛もさらに強まってきた。快適な射出感が下腹から昇ってきて、この上なく柔らかな射精をした。
「うれしい、イッてくださったのね、ううん、大きい! だめだめだめ、またイキそう……イク!」
 女は私の律動に合わせて、もう一度、もう一度と言いながら、激しく腹と尻の痙攣を繰り返した。律動が終わっても、しばらく結合したままの形で小さく痙攣しつづける。私は尻をやさしくさすった。
「おやさしいこと……」
 やがて、引き抜くように私に言うと、右手のティシューで股間をしっかり押さえた。そっと引き抜く。カズちゃんたちのような反射を一瞬ブルッとした。
「終わったあとに女の尻をさするなんてことは、なかなかできることではありません」
 着物の裾を下ろし、
「五十二年間で最高のセックスでした。これ以上ないくらい強くイカせていただきました。いい思い出ができました。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
 女はしゃがむと、舌先を器用に使って私の性器に付着した自分の愛液を舐め取った。
「ほかの選手たちはどうしてるんですか?」
「その手のマッサージ師をお呼びになります。別料金がかかります。巨人のかたたちも同じです。だれとは申しません。当館の従業員は選手のお相手をけっしてしてはいけないことになってます。私が初めてだと思います」
 やはり園山勢子と同じことを言う。
「こういうことが度重なると、かならず外に洩れて館の評判に影響が出ますから、私はこれきりにいたします」
「気を使わせてすみませんでした。ほんとにありがとう。スッキリしました」
「こういうことをする気になったのは、お相手が神無月さんだからです。人徳だと思います」
 女はトイレにいった。いつまでも与えられつづけられる誤った称賛。私は自分を不実な人間ではないと信じているけれども、いつ糾弾されてもおかしくない不徳漢だという暗鬼も捨てていない。不徳漢になる可能性を減らすためには、なるべくしゃべらず、なるべく行動しないことが肝腎にちがいない。いくら口と行動がスムーズでも、青二才の半端な口説や動物的な行動など底が割れている。底が割れるのが恐ろしいなら、神秘主義に逃げこむしかなくなる。私はそうしない。神秘を振舞って理解者の巣から飛び出ると、孤立無援の繁みでバタバタやるしかなくなる。女はトイレから髪を整えて出てきた。
「設楽(したら)ハツと申します。竹園の清掃と配膳を交代で勤めております。きょうのように夕方に上がる早番と、夕食の配膳サービスからルームサービスが終わるまで勤める遅番とがありますけど、遅番のときは帰宅が深夜の一時とか二時になることもございます」
 彼女はベッドの枕頭のメモ用紙に備えつけのボールペンで何やら記すと、恥ずかしそうに差し出した。住所と電話番号と略地図が書いてあった。
「またとつぜんきょうのようになったら、いつでもお電話ください。二時まではいつも起きています。では、失礼します。あしたの試合がんばってください。いつもテレビで応援しています」
 深い礼をして出ていった。メモを折り畳んで手帳の表紙のポケットに入れた。顔をしっかり見なかったので、思い出そうとしたが、のっぺらぼうだった。まだ勃起が治まり切っていなかったので、ジャージに着替え、芯が抜けるまで神戸新聞のスポーツ欄を読みながら時間を稼いだ。芯を感じない程度のヤワ勃ちのまま、新聞を手にロビーへ降りた。陰茎の先が斜め下を向いているせいであまり目立たない。フロントカウンターの三人の従業員がにこやかにお辞儀をする。ロビーのすべてのテーブルが中日の選手やスタッフで埋まっている。奥まったベンチに座っていた小野に並びかけて、神戸新聞のつづきを読む。小野も新聞を読んでいる。
 私の記事のほかに、きのう甲子園で大洋が阪神にスミ一で勝った試合のことが載っている。大洋で打点を挙げた者はだれもいないのに、村山に自責点がついている。
「すみません、小野さん、これどうして村山に自責点一がつくんですか」
 小野は新聞の攻撃記録を覗きこみ、
「ああ、ゲッツー崩れだね。ゲッツーが成立したら自責点はつかない」
「村山さん気の毒ですね」
「彼は歴代ナンバーワンの防御率保持者だから、一点、二点、屁でもないよ」
 勝ち投手平岡。村山も平岡も完投していた。

 
大洋連係プレイマジック
 センター江尻二塁ベースへ 3―5―8併殺


 という見出しが目を惹いた。

 大洋江尻がひょっこり顔を覗かせた。八回裏一死三塁。阪神藤田平の一ゴロを捕球した中塚は三塁方向へ走り、三本間で走者の大倉を挟んだ。三塁手の松原へ送り、タッチアウト。二死から抜け目のなさを発揮した。松原は二塁へ送球。そこには、いるはずのない「中堅手」江尻が……ギリギリまで存在を消しながら、猛ダッシュでベースカバーに入り、打者走者の藤田をタッチアウトとした。きわめてまれな「3―5―8」の併殺完成で同点を許さず、後藤監督を「ああいうプレイはよく少年野球とかでは見た。江尻は野球を考えてやる選手」と言わしめた。
 江尻は「もちろん野球人生で初めて。たまたまですよ」と謙遜したが「送球が逸れたら一点。でも大倉がオーバーランしていたので、いくしかないと思った」と賢明な状況判断が生きた。松原も「江尻が手を挙げているのはわかっていた」と絶対的な確信を持って託した。

 意味のわからない文章だった。文法・語法がむちゃくちゃだ。一塁手の中塚が藤田平のゴロを捕球したままホームへ走り、三塁走者の大倉を差し止めて松原と挟み撃ちにし、松原に送球してタッチアウト、一塁から二塁へ走った藤田を刺すために松原が二塁へ送球、ふつうならセカンドが二塁に入るところだが、〈センター〉江尻が走ってきて捕球しタッチアウトにした。それだけのことだ。〈いるはずのない〉はないだろう。三本間の挟殺プレイのあいだに走った藤田を目にしたら、近くの野手がセカンドに集まるのがふつうだ。そんな連係はマジックでも何でもない。セカンドの近藤昭仁がボーっとしていたから起きた好ましくない突発事だ。〈ひょっこり顔を覗かせる〉というのは、ひさしぶりに顔を出すことで、こんな状況で使う言葉ではない。〈二死から抜け目のなさを発揮した〉のはいったいだれか。だいたい〈存在を消しながら〉猛ダッシュなどできない。〈大倉がオーバーランしていたのでいくしかない〉という意味が不明だ。オーバーランした大倉は、挟殺に回ったサードかショートに刺されるだろうから、一塁から二塁へ走る藤田を刺すためには、彼らの代わりに自分がセカンドベースに急いで入るしかない、という意味だろう。セカンドの近藤昭仁が怠けていなければ、考えもつかなかったことだ。賢明な状況判断が生きた、ではなく、セカンドの不手際を見て賢明な状況判断を示した、のまちがいだろう。ひどい文章のおかげで、いつのまにかすっかり勃起が治まっていた。


         二百三十一

 七時の夕食まで一時間近くある。玄関の人だかりを掻き分けて散歩に出るのは億劫だ。エレベーターで七階に戻り、荷物を解いて、磨きものをする。グローブのキャッチポケットとスパイクに指でワックスを塗り、タオルでまんべんなく磨く。グローブの人差し指を出す箇所が、茶色くへこんでいる。四年半の愛着が作り出した変形だ。少しポケット部分がベコついているので、名古屋に戻ったらミズノに修理に出そう。十五日からの大洋戦ではミズノの新しいグローブとスパイクを使ってみるか。とにかく名古屋に帰ったら、そのグローブを叩いたり揉んだりして型つけをしよう。
 自分の不徳性についてふたたび考える。私はよく、自分を劣ったものと見なして謙譲な気持ちで他人を慈しみ、手を差し伸べるような人間と誤解される。また、繊細すぎる感性がじゃまをして、大雑把な社会では生きていけない人間と誤解される。私の〈真実味〉のある口説がもたらした結果だ。しかし私は、自分が杜撰な精神構造を持っていることを知っている。だから、彼らに対するその杜撰な精神のありようを考え、彼らがそれをどう受け取り、私の性格についてどういう判断を下し、どう誤解しているかということが不安の素になる。生来の小心のしからしむるところだ。すると、あまりにも自分のいいかげんさが恥ずかしくなり、反動的にもっともっと真実味を打ち出そうと考えるあまり、誇張もなければ、逡巡もなく、事実の粉飾もなければ、婉曲な言い回しもない、少ない語彙でありのままに淡々と語り、自然で露骨な態度を振舞うことになる。それがかえってますます謙譲さとか繊細さといったものに誤解されることになる。
 しかし、たとえ誤解だとしても、そんなふうに謙譲だとか繊細だとか判断されるのは私を愛する彼らの狭い世界でだけなので、私は素直にその誤解を受けたまま甘え切ろうとする。その世界を脱して謙譲と繊細を外界へ持ち出せるほどのエネルギーはない。異界ではどう慎ましく振舞っても、私は〈正真正銘〉の背徳者扱いをされるだろう。奈落の底へ真っ逆さま。
 ―世界が額に道徳という徽章をつけた切り絵のような人びとになる。
 切り絵となって取り囲む人びとに対して、私はすべてを衒うという一定の姿勢を保つことになる。懸命に真実味を振舞おうとする結果の謙譲さや繊細さなど、何ほどの隠れ蓑にもならないので、異界では宗教的虚構が必要となる。彼らに対しては、真実味こそ鼻であしらわれる危険があるからだ。もし繊細さや謙譲さを手段として使うならば、これまでとちがって、あえて神秘ぶるための意識的な振舞いとして実行されなければならない。もちろん、露骨な、ありのままの淡々とした態度であってはならない。彼らは、周囲の親しい人びとに対しても、親しさの輪から外れた私のような人間に対しても、まるで商業ベースの虚構的イベントを執り行うかのように、社会の不文律を絶対的な武器にして挑んでくる。ありのままは許されない。私にはそんな彼らに淡々と振舞うことはできない。切り絵の人びとの世界の通常の神秘ぶりに合わせて周到に演技することなぞできない相談だ。
 外へは出られない。私はどれほど誤解され、誤った愛撫をされようとも、この狭い世界を出るわけにはいかない。
 ブレザーに着替え、理解ある親しい人たちの中へ食事をしにいく。
         †
 七月十二日土曜日。曇。
 阪神―中日十回戦。若生デンスケに五安打に抑えられた。一対四のα負け。八回表に高木が、
「すごい球威だ。十四年目だぜ。三十越えて球威が出るなんて、ほんとにめずらしいタイプだよ。こいつ、オールスターに出るんだよな」
「はい、小野さんも」
「小野さんの球威はもともとすごいけど、デンスケの球威は去年あたりから増してきた。金太郎さん、きょうは場外は無理か」
「百パーセント。ぜんぶ切れのいい変化球でやられてます」
 ライトフライ、センターフライ、レフトフライ、ライト前ヒットだった。小野は六回まで七安打に抑えたが、ゲインズに三号スリーランを打たれたのが痛かった。あとの一点は大倉の適時打。ゲインズとカークランドが二安打ずつ打った。七回から水谷寿伸が零点に抑えた。
 ドラゴンズの五安打の内わけは、高木二本、私、木俣、小野が一本ずつ。一点は、江島の三塁前のボテボテのゴロで進塁した小野を二塁に置いて、高木がセンター前ヒットで還したものだった。一番江島、三番千原、八番伊藤竜彦の三人はノーヒットだった。小野は初の敗北。十一勝一敗。
         †
 つづく十三日日曜日。曇。午後二時半からの十一回戦。連敗。二対六のα負け。
 六回まで変化球ピッチャーの伊藤幸男、七回から剛球江夏に、合わせて三安打に抑えられた。ドラゴンズは、高木のシングルヒット二本、私の二塁打一本のみ。打点一ずつだった。江夏との対戦は、ドン詰まりのセカンドゴロと、浅いセンターフライだった。当たっていない木俣の最終打席に、吉沢さんが代打で出たが、江夏に三球三振を食らった。江島、千原、伊藤竜彦の三人はまたもや無安打だった。
 阪神はサウスポー伊藤久敏の速球を打ちこんで、七回まで十安打四点。八回からリリーフしたサウスポー水谷則博から、三連続長短打で二点奪った。こまめに藤田平が二打点、田淵が二打点、藤井が一打点、吉田義男が一打点を挙げた。伊藤久敏は二敗目を喫し、四勝二敗。水原監督もコーチ陣もケロリとしていた。
 まぶしいカクテル光線のもとで行なわれたダブルヘッダー第二試合の十二回戦で、水原監督は約束どおり、二試合一安打も出ない三人を引っこめ、ファーストに葛城、センターに太田、サードに徳武、ショートに日野を入れた。打順は太田、高木、葛城、神無月、木俣、菱川、徳武、日野。中と江藤と一枝は三試合連続で休ませた。徹底している。
 十二回戦は小川と星野秀孝が投げるのでぜひ勝ちたかったが、百号ホームランは先延ばしにして中日球場で打ちたかった。阪神のピッチャーは権藤正利。懸河のドロップ。ホームランはおいそれと打てそうもないのでホッとする。試合前のベンチで、
「ホームランを狙いながら、そのうえでコツコツヒットを重ねていきなさい」
 と水原監督に難しい要求を出された。大に挑んで小を得た分、ふつうのヒットより重みがありそうだと理解したが、私はホームランを打ちたくないので、ヒットを狙ってヒットを打つことにした。
 いざ試合が始まると、コツコツ、ドカン、コツコツ、ドカンがつづき、太田から一枝までの八人が全員安打して、権藤、鈴木皖武(きよたけ)、柿本から十七点を毟り取った。太田五の二、高木四の三、一フォアボール、葛城五の二、私四の四(打点六)、一フォアボール、木俣五の三、菱川三の一、二フォアボール、徳武五の二、日野五の三、星野秀孝まで一本打った。都合二十一安打。
 長打は、高木三塁打一本、私二塁打一本。ホームランは、葛城の四号ツーラン、徳武の一号スリーラン、太田の十八号ツーラン、菱川の二十号ソロ。葛城と徳武は水原監督やコーチに抱きついて大はしゃぎだった。
「最後の花道!」
 二人ともベンチにふんぞり返って言った。徳武には来年、バッティングコーチ職が待っているので、最後という言葉にそれほど悲愴感はただよわなかったが、葛城にとってこの一本は、ほんとうにさびしい引退ホームランになるような気がした。しかも葛城らしくなく、高く舞い上がったホームランはレフトラッキーゾーンに落ちた。徳武のホームランはラッキーゾーンを越えて前段まで飛んだ。
 十七対二。五回終了まで星野は被安打三で零封、六、七回を投げた水谷則博が池田純一に一号ツーランを打たれて阪神ファンに少し溜飲を下げさせ、〆に八、九回を投げた小川がピシャリと六人で抑え切った。星野は四勝目を挙げた。レギュラー八人に代打は一人も出なかった。
 二日間とも私はインタビューを受けずにバスに乗った。竹園旅館に帰ると、荷物整理をし、シャワーを浴び、毎夜二時を回るまで読書し、一日一言を読み切った。
         †
 七月十四日月曜日。八時起床。曇。二十五・九度。うがい、軟便、シャワー、丁寧に歯を磨き、丁寧に洗髪をする。今朝の新聞に、

  
飛車角金落ちドラゴンズ二連敗
   神無月一○○号を中日球場へ持ち越し


 という記事が載った。私の心の底の願いを知ってか知らずか、水原監督は、
「神無月はどの球場でもホームランを打ちたがっている自然児です。いまは疲れがピークに達しているせいでスイングにブレが出て、打ちたくても打てない状態です。意図的なものじゃありません」
 と、かわしコメントをした。
 八時からの朝食バイキングのとき、足木マネージャーが、
「あしたからの大洋三連戦は中日球場ですので、神無月くんの百号ホームランをめぐって、ちょっとしたイベントがあります。まず、三試合すべてで芸能人による始球式が行なわれます。榊原るみ、奥村チヨ、中村晃子の三人。神無月くんの苦手な芸能人ですが、いっとき涙を飲んでもらいます。うちは後攻なので、始球式のバッターボックスには立ちません。百号が飛び出した瞬間、その日始球式をした芸能人と江藤さんから花束贈呈があります」
「え、ワシかい! 恥ずかしか」
「いやなら、どなたかに」
「何ば言うちょる、ワシがやるに決まっとろうが。ワシャ、金太郎さんの愛人第一号ぞ」
 爆笑。菱川が頭上で手を叩きながら、
「俺、二号、タコ三号」
 太田がニヤつきながら、
「歴史は俺が一番古いんだけどなあ」
 足木は構わず、
「二戦までに百号が出た場合、次の試合の開始前に、愛知県知事桑原幹根氏と、名古屋市長杉戸清氏から、表彰状の授与、および花束の贈呈、お祝いの献辞等が行なわれます」
 中が、
「二戦まで出なかったときは?」
「三戦で出た場合も含めて、イベントは次開催の中日球場に持ち越しです。芸能人も新しいメンバーが用意されます」
 森下コーチが、
「二戦までに出んゆうことは百パーセントないやろ」
「確信してます。献辞は短くと、水原監督からお願いしてあります。神無月くんは二十分ほど黙って突っ立っていてくれればいいです。なお、オフの十一月には名古屋観光ホテルにて、杉戸氏から市民栄誉賞の授与が行なわれます。選手の参加不参加は自由です。三冠王等各賞の授賞式は、都内赤坂プリンスホテルで行なわれます。スポーツ三紙の三冠王表彰式は、十二月下旬に名古屋観光ホテルで行なわれます。ベストナインはドラゴンズで独占すると思います。これも本人以外の選手の参加不参加は自由です。今季の神無月くんのホームラン本数は、中日球場正門ゲート前に彼の石像を据え、その台座にステンレスのモニュメント板として埋めこみます。おなじ板をロッカー前の廊下にも掲げます。優勝が近づいてきたら、パレード等の細かい打ち合わせは、またあらためてご報告いたします」
 水原監督が、
「いちばん感謝すべきは、金太郎さんとの出会いであることを忘れずに、まずは優勝しましょう。それにまつわる瑣末事は追々と」
 太田が手を挙げ、
「ビールかけはやりますよね」
 宇野ヘッドコーチが、
「それは発明者の半田さんから説明してもらいます」
 まるきり日本人面の日系二世半田コーチが、椅子に座ったまま、
「そんな先のこと言うと、鬼、笑うよ。優勝した日に昇竜館の庭でやります。目、痛いから、水中眼鏡かけていいからね。先のことより、あした勝つことよ」
 頬のシワを緩めて言う。
「へーい!」
「ウース!」
 分厚いステーキを食った。どんぶりめし。大盛りサラダ。太田コーチが、
「江藤、中、一枝のベテラン三人には、多少骨休めをしてもらった。オールスター前の大洋戦は暴れてもらおう。高木くんはじめ、ほとんどの選手は一週間のオールスター休暇になる。そこで体力をすっかり回復してもらいたい。オールスター組は気の毒だが、連戦気分でがんばってきてくれ。金太郎さん、ホームラン競争では負けないでくれよ。鏑木くんがいい球を投げるからね」
「はい。全球ホームランにします。軽くミートするとフェンスぎわで失速することがありますから、気を抜かずに打ちます」
 和んだ笑いが湧いた。ナイフとフォークの音。セルフサービスのバイキングなのに、男女の給仕係がビール瓶を持ってうろちょろしている。プロ球団のバイキングともなると、セルフサービスの決まりは名ばかりのものになるのだろう。私はビールを遠慮した。今朝の耳鳴りが気にかかっていた。足木が、
「それでは、食後は好きに引き揚げてください。チェックアウトは午前十一時まです。それ以降は滞在になりますので気をつけて。じゃ、あした中日球場で」
 午前九時半。部屋に戻って、フロントに出す荷物をまとめる。段ボール箱を持って江藤たちとエレベーターに乗ろうとするとき、ほかの部屋の清掃から出てきた設楽ハツに出くわした。お辞儀をしながら微笑み交わした。よく見ると、かすかに見覚えのある洋風の顔をしていたが、だれに似ているか思い出せなかった。いずれにせよ醜くはなかった。なぜか救われた気がした。
 足木やトレーナー連は一足先に引き揚げていった。チェックアウトの手続は足木がすませていたので必要なかった。玄関でファンたちに囲まれ、十五分ほどみんなでサインした。私たちに同行するために出発を合わせた水原監督やコーチ陣も、喜んで加わった。居並ぶ従業員に丁寧なお辞儀をされ、スーツ姿全員が阪神バスに乗りこんだ。設楽ハツも深々と頭を下げた。


         二百三十二

 バスで新大阪に運ばれ、チームメイト二十人ほどと名古屋まで新幹線で帰った。米原あたりで車内販売にきた井筒屋の弁当を買う。五十年以上もつづいているという有名な弁当屋らしい。朝めしでステーキを入れてきたので、近江牛弁当はやめて、ふつうの幕の内にする。仲間たちも肉を避けて、おこのみめしやら、おかかごはんにしている。中が、
「マジックはまだかな」
 太田が、
「いま中日は五十六勝五敗二分け、巨人が二十六勝二十七敗三分け、阪神は二十七勝三十一敗一分け、大洋は二十七勝二十九敗四分け。ほとんどのチームが、残り七十試合前後。まだ、うちが全敗しても敵が全勝すればひっくり返る段階ですから、マジックはもう少し先ですね」
 森下コーチが、
「優勝は九月の中旬やな。そこまでどのチームも四十試合ぐらいある。その三チームの勝率は五割ぐらいやから、五割勝つとすると二十勝プラス、どこも五十勝いかん。うちは黙っとってもすでに五十六勝。四十敗してもええことになる。まあ、どう転んでも、後四十試合のうちに優勝が決まるな」
 太田が、
「どこかが全勝したとしても、七十勝いきません。たしかに八月の下旬から九月の中旬にかけて、マジックじゃなく優勝そのものが決定しますね」
 江藤が、
「あと二カ月、がんばらんば!」
「オース!」
 宇野ヘッドコーチが、
「いまのところ六十三試合戦った。五十六勝してる。あと六十七試合を二勝一敗以上のペースでいくだろうから、そうすると、あと三十六試合で百勝になる。三十一試合を残して百勝だ。ほかのチームは残り試合を全勝しても八十勝台。天地がひっくり返っても彼らの優勝はあり得ない。つまりうちは六十七試合戦って四十四勝する必要はない。あと二十五、六勝すれば、八十勝チョイで優勝だろう」
 みんな感嘆の息を吐いた。水原監督が、
「いくら勝っても負けても、大勢の人びとといっしょになって浮かれたり沈んだりしたらいけないよ。見物人は、基本的に当事者の私たちの勝敗から影響を与えられないんだ。空地でやってる子供の野球を思い出してください。通りかかった人は、中にとてもじょうずな子がいれば、それを見て楽しむことはあっても、チームの勝ち負けは気にしない。じょうずな子がどれほど奇跡的なプレーをし、弱いチームがどれほど奇跡的な逆転劇を演じたって、生活の足しになることはない。その空地野球が相似形に発達したものがプロ野球です。ところがこの十数年を経て、彼らは、生活の息抜きに観戦して楽しむ非現実的なゲームにすぎない野球を娯楽ですまさずに、宗教的な顕(あらわ)れと思うようになった。現実の悩みや迷いに直接働きかけてくれると信じて、救いや癒しの形で生活空間へ取りこもうとするようになった。……金太郎さんの出現、ドラゴンズの一丸となっての快進撃、去年最下位から今年首位へ、まさにそのことを私たちは自力で成し遂げ、私たちのなりの表現で喜んだ。まさか奇跡と崇めて、日常生活のご利益にしたいなどとは願わなかった。しかし庶民はちがう。優勝が近づけば、ますます中日大明神が社会現象のようになるんじゃないかな。野球ごときで生身の人間は救えないのにね。野球選手は宗教家じゃないし、ましてやオリンピック選手のような国民の代表でもない。だから『プロ野球は空地の野球の延長にすぎないんだ、空地の天才たちの遊びなんだ』という感覚で常にいないとね。世間の頂点に立ったみたいな気にならずに、私たちなりの仲間意識で一喜一憂するべきです。メンコやビー玉といっしょで、勝利や敗北は自分たちだけの問題なんだから、見物人にはただ一人ひとりの天分を楽しんでもらおうという気持ちでいないとね。空地のゲームを宗教にしちゃいけない。とにかく私たちは、勝ったり負けたりの結果に浮かれたり沈んだりする姿を庶民に見せちゃいけないんだよ」
 帯同の本多コーチが、
「淡々といきましょう」
 長谷川コーチが、
「よほど気持ちを引き締めていかないとなあ。勝利に淡々と、敗北には挫折を楽しむ姿勢を保たないと、人びとの生活のリズムと足並が揃っちゃう」
 本多コーチが、
「だね。人生の勝ち負けとちがって、野球は架空のゲームだからね。勝っても負けても庶民の生活とは関係ない。メンコ、ビー玉……たしかにそういう感覚でいないと、中日丸がどこへいくかわからなくなる怖さがありますね。たかがゲームが、人の人生まで請け負っちゃいけないということでしょう。人生はゲームじゃないですから」
 水原監督はうなずき、
「だから私は人びとを巻きこむようなインタビューが好きじゃないんです。みなさまの応援のおかげで勝てましたとか、今後とも応援をよろしくお願いしますなどという、政治家の強引な社交辞令の類ね。私たちは人びとの娯楽のために存在しているんです。しかも孤独に存在している。いっしょに戦ったり、悩んだり、笑ったりするためじゃない。孤独に戦って、その英姿を彼らに驚嘆され、心の底から感動してもらうためです。きみたちは天才なんだよ。一般の人たちの生活の救いや癒しにはならない。彼らとは究極的な意味で連帯できないんです。連帯するのじゃなく、きみたちの才能を観て楽しみたい人びとのために、きみたちのプレイを観て憂さを晴らしたい人びとために、野球をしつづけなければいけない。勝利の社会的利益や、社会との連帯に敏感になりはじめると、自分の本来の姿を忘れる危険があります」
 私は、
「淡々と野球をした結果の優勝の位置づけは、どういうものでしょう」
「ランクづけの上位に据えられることは、才能に対するプライドの確認になります。個々の才能が結集した結果に対するプライドの確認になります。単なる見物人にはわからない、当事者だけの誇りにね。庶民とは一線を画した充足感です。空地の有能な少年もかならずその充足を感じている。見物人が優勝を喜ぶのは、母校自慢やお国自慢のような、総体の見映えを喜ぶミーハー性からです。私たちは庶民と融和できる総体的利益を喜ぶのじゃなく、個の才能の結集が成し遂げた結果に充足するんです。……彼らは観てくれる人びとです。彼らがいなければ、才能の発揮も虚しいものになります。彼らに対する感謝は、その意味だけでじゅうぶんです。常に彼らに手を振らなければいけません。彼らはいっしょに戦った人たちではありませんが、私たちの才能の結集に興味を持ち、観ていてくれた人たちです。彼らがいなければ戦えない」
 水原監督は一息つき、
「そこまでは、私たちの才能と、庶民の興味との関係です。たとえちがった意味ではあっても、優勝をともに喜ぶことができます。しかし、優勝にはもう一つの意味がある。私たちを雇っている母体の利益になるということです。これには庶民は参加できない。地元の商店主でないかぎり、彼らが儲かることはない。これに関しては、彼らは蚊帳の外です。球団の利益は、私たちの利益にもなる。才能に対する対価が、正当なものかそれ以上になります。監督・コーチのような現場で活躍したわけではない黒子人間にも、きみたちの手柄のおこぼれが回ってきます。―ここは笑うところですよ」
 コーチたちが大笑いする。
「しかし、突き詰めれば、きみたち選手の心は、金太郎さんが入団時に給料はいらないと言った心に通じます。とにかく来年、きみたちはびっくりしながら、世間相場の何百倍もの給料を受け取るでしょう。でも、いつも、金はいらない、野球ができればいい、という気持ちを忘れてはいけません」
 田宮コーチが、
「監督、一度だけ優勝したいと言った意味がわかりましたよ。優勝をめぐるわれわれと一般の人たちとフロントの関係を、一度しっかりわれわれに教えこみたかったからですね。そして、来季に向けての野球選手としてのあり方を明確なものにする……」
「はい。中日ドラゴンズは以前から、偶然ですが、精神的にも、鍛錬のうえでも、他の球団とはかけ離れた球団でした。高くかけ離れていました。それは、なぜ金太郎さんがドラゴンズに入団したかったかを吉祥寺の家で確認したときにわかりましたし、明石キャンプでさらに明確なものになりました。ひとことで、度量の広い天才たちの集まりだったんです。金太郎さんは吉祥寺の家で、ドラゴンズはあこがれだったとしか言わなかった。それがすべてです。彼は感じていたんです。天知さんや西沢さんや本多さんたちが築き上げた度量の広さをね。だからドラゴンズ以外にはいきたくなかった。入団式のとき、金太郎さんがとつぜんやった、一番センター中、二番セカンド高木のパフォーマンスで、選手やフロントのほとんどが涙を流しましたね。うれしかったからです。そのとき私は、ドラゴンズはおのずと優勝すると思いました。昨年最下位だったのは、精神的支柱をポロポロと失っていったからでしょう。その支柱が天から落ちてきて突き刺さった。太い、光り輝く支柱です。金太郎さんのホームランやプレイ全般は、きみたちの主たる感銘点ではなかった。感銘したのはその人間的輝きでした。だから、きみたちも私も金太郎さんに自然と抱きついてしまうんです。……ああ、しゃべり疲れた」
 囂(ごう)々と拍手が湧いた。星野が通路をやってきて、懲りずに私の背中を抱いた。半田コーチが、
「私ね、プロ野球選手は〈へん〉でなくちゃいけないと思うの。ドラゴンズのみんな、とてもへん。監督もコーチも、選手も、トレーナーも、ウグイス嬢もみんなへん。金太郎さん、いちばんへん。みんなへんだと、居心地いいのね。私、ドラゴンズが快適で、つい長居してるけど、そろそろクニのハワイに帰って、二、三年オヤコウコウしなくちゃと思ってるの。母校のミド・パシフィック高校から守備コーチを頼まれてることもあるしね。来年から少し里帰りします」
 水原監督が、
「カールトンさん、あなたこちらに戻ってきたら、東映のコーチにぜひと誘われてますよ。そうなったらオープン戦で会えますよ」
 田宮コーチが、
「もう話をしたかもしれないけど、俺も来年から東映のコーチにいくことになってる。中日一軍打撃陣には、もう教えることがなくなったし、ちょうどいい。ふるさとの東映、阪神と渡り歩いてみるかな」
 水原監督が、
「宇野くん、太田両コーチは残留です。新たに徳武くん、森下くん、長谷川くん、杉山悟くんが一軍コーチに就任する。二軍ヘッドは本多くんのまま、岩本くん、塚田くんもそのままです。一軍に上がる森下くんの代わりに、半田くんと交換トレードで南海にいった井上登くんが二軍コーチとして戻ってくる。おととし一年間ドラゴンズに選手と復帰したけれど、力足らず引退しました。昭和二十九年に日本一になったとき、第七戦で決勝打を放った人であり、ベストナイン五回という名選手です。大いに期待してほしい。この際だから聞いておこう、選手諸君で何か発表したい人はいるかね。抱負でもなんでもいい。記者連中もいないし、自由にどうぞ。身内だけのオフレコです。私は口を出しません」
 江島が、
「図々しい発言ですが、中さんがあとをまかすと言ってくれたので、第二の中を目指します」
 千原が、
「野球をやめて戻ってこいと父からせっつかれています。もう二、三年やって泣かず飛ばずなら、潔く引退して、家業の靴屋を継ぎます」
 水原監督がさびしそうな顔をした。葛城が、
「今年でおそらく自由契約になると思う。今年もよく使ってもらって、監督に感謝してます。きのうのギリギリのホームランでフンギリがつきました。主力でないにしても、もう一、二年はいけそうな気がするので、どこかの球団が拾ってくれれば、そこでしばらくやるつもりです」
 伊藤竜彦が離れた席から、
「俺もそろそろ自由契約の気配です。慎ちゃんと同期で十年やってきて、せっかく神無月くんにも出会えたというのに、無性にさびしいです。これが便利屋の宿命です。どうかユーティリティプレーヤーにならないよう気をつけてください」
 新宅が、
「俺はしぶとくやるよ。キャッチャーはケガが多いからね、出番は多い。達ちゃんみたいに豪打を飛ばすのは無理だが、少しでも打撃力をつけるのを課題にしてがんばる」
 江藤省三が、
「もっとバッティングの力をつけて、せめて代打で貢献できるようがんばります。ピンチヒッター江藤省三、よろしく」
 彼はいつも目立たず同席している。兄は知らんぷりをしていた。門岡が、
「せっかく24番というエース番号をもらいながら、これといった貢献もできず、八年経ちました。もう一年やってみます。バッティングピッチャーでも何でも、死にもの狂いでいきます。……来年いないかもしれません。優勝をまちがいなく経験できそうなのが、せめてもの慰めです」
 と言って目を潤ませた。山中が、
「じつはこの春に、今年かぎりと申し出ました。数年前から肝臓の持病が悪化して、野球をつづける体力がないとわかったからです。神無月くんに出会い、楽しく野球をできたことが一生の思い出になりました。今年、登板機会があれば全力を尽くします」
 伊熊が、
「名古屋に帰ると、二軍暮らしが待ってます。もう戻ってこれないと思います。この三年で、ヒット二本でした。まだ二十一歳ですが、今年でお別れだと思います。中商出身、地元の星、ドラ一で入団しましたが、みなさんの実力に舌を巻いたことだけが強烈な思い出になりました。プロの一軍のすごさを大勢の人に伝えていこうと思ってます。神無月くん、きみと一度も語り合ったことはなかったけど、いつも心の中で語りかけていたんです。きみを尊敬している、いや、崇拝している。……神さまは不公平だ。でも、公平でないほうが人生は楽しい、驚きが多いから。……平坦な人生を飾ってくれてありがとう」
 ウウッと嗚咽した。江藤は目にタオルを当てた。水原監督はじっと目をつぶっていた。残酷な光景だった。



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