二十五

 一時を回って、百江の家を出た。名残惜しそうについてくる百江の肩を抱いて歩く。則武と逆の方向へ歩く。百江はうつむいて鼻をすすっている。
「少し歩こうか」
「はい」
 赤ひげ薬局から新幹線のガードへ出る。ガードを抜け、線路が何筋も架かるトンネルに入る。線路の切れ目から、ときどき夜空が見上げられる。中央郵便局を右に見て、もう市電が走っていない三叉路に出る。名駅二丁目の電停。あと一、二年で消えていく電停。
「西高へいく道だ。菅野さんとのランニングコース」
「菅野さん、神無月さんにまんいちのことがあったら腹を切るっていつも言ってます」
「それは悲惨だなあ。もっと穏やかにいくべきだよ。……みんなでぼくの思い出話をするとか」
 百江が、
「泣けて泣けて、何もしゃべれませんよ。神無月さんが死んだら、私はこのままの生活をしながら、死ぬまで神無月さんを思いつづけます。そのほうが神無月さんもうれしいでしょう?」
「うん、うれしい」
 那古野の五叉路。
「いつ見ても変則だな」
「ここまできたの初めてです。こんな近くまでも散歩したことありませんでした。だれに縛られているわけでもないのに、神無月さんに遇うまでは籠の鳥の気分でしたから」
 右手の道に入る。駐車場とマンションと事務ビルの街並。ここに一般の民家があるとは思えない。ところが二筋目を左折すると、二階建てビルの陰に一戸建てのきちんとした瓦葺の平屋が何軒かあった。どの家もきちんと表札がかかっている。玄関の脇壁にブリキの赤い郵便受けを律儀に取り付け、一間半の窓の片側に簾が垂れている家がある。道路に向いた壁はモルタル、駐車場に向いた壁は波トタンだ。菓子箱のような屋根付き納屋が母屋に貼りつくように建っている。庭はないが、月極駐車場と境界を仕切るブロック塀の内側に雑草が生えている。そこに自転車が置いてあった。
「たまらなくさびしいけど、都会の中のオアシスだね。呼吸してる。都会なんてどこを見回しても、富を誇示する御殿ばかり、グロテスクな煉瓦と石でできた抜け殻だもの」
「抜け殻……」
「温かい心が逃げていった抜け殻。さ、帰ろう」
「……はい。いい散歩でした。独りなら歩こうとも思わないところですけど、神無月さんといっしょだと、これが散歩なんだって思えます」
 中部土地、名古屋梱包資材株式会社、野々部歯科……意味もなく並ぶ固有名詞。錆びたトタン壁や、抜け落ちたタイル貼りの建物の群れを抜けていく。
「三人の娘さんと同志社の男の子は元気?」
「はい、神無月さんはいつもそうやって尋いてくれますね。うれしいです。息子には毎月五万円の仕送りができます。おかげでお金の心配をせずに、心置きなく宗教の勉強に励んでるようです。北村さんからじゅうぶんいただいてますから、仕送りをしても自分の貯金もできます。神無月さんの女というだけで、ここまでしてもらえます」
 ふたたび、だだっ広い那古野の五叉路。
「那古野って、どういう意味なのかな」
「なこのではなく、なごのと濁ります。もともとなごやと読んだらしくて、名古屋の古い表記だと聞きました」
「ふうん、詳しいね。こんな石の街になる前の名古屋でも暮らしてきたんだね」
「はい、せいぜいモルタルの二階家ぐらいしかない時代からずっと」
 ネオンのない背高のビルが雑じりはじめる。ポチポチと窓に灯りが点っている。百江の薄茶色の中年服を見て、
「服を買い替えたほうがいいよ。きれいなんだから、もっと飾らないと。地味すぎる」
「気を使わないでください。来年の明石キャンプには、また私がいくことになると思いますから、そのときまでには買い整えておきます。私はどうも服の趣味が悪くて、こんなくすんだ色の服ばかりを―」
「赤や黄色の原色が似合うよ」
 HASE COFFEE、月極駐車場ビル、東横イン、西祐寺、ビルの中に取り残されている異様に古い造りの二階建て民家。
「……菅野さんの詰め腹ではないですけど、みなさん、神無月さんのためなら火の中水の中の気持ちでいます。もちろん私も」
「ぼくもだ。愛する女たちのためなら」
「……やさしすぎます。お嬢さんはそのあふれるほどのやさしさを私たちに分けてやりたくなるんですね。……五百野、すばらしい小説です。中央の新聞や文芸誌でも採りあげられるようになりましたよ。店の子たちもまじめに読んでます」
「まだ連載二回目だよ。海のものとも山のものともわからないのに。それより、店の女の子たちが新聞の連載小説を読むなんて、なんだかおかしいね」
「麻雀や花札にうつつを抜かしてる子も多いですけど、何人かはけっこう本好きで、いつも何かしら読んでます。たいていくだらない女性雑誌か、ベストセラー本ですけど。キッコちゃんは、千佳子さんの本をよく借りて読んでます。こういう本が読めるようにならんとあかん思って、高校にいく気になったんよ、って言ってました」
「キッコは頭がいいから、どんどん読めるだろうな。本は世間の評判を気にしないで何でもドンドン読むのがいいね。本はドンドン生み出されるから、体系だった読書なんてあるはずがないんで、そんな読み方を求めるやつはスケベだ。清潔な雑食にかぎる。ベストセラー本は、中身が薄っぺらいけど、読みやすい。そういう読書も脳味噌を腐らせる。たしかに中身が濃くて読みやすい本こそ名著だけど、世界に少ない。でもそれを探し求めてあれこれ読むのがほんとうの読書だ」
「ぜったい名大いって、神無月さんの資料係をする、数学なんかやらん、ムッちゃんと同じ文学部にいくって」
「うん、そんなこと言ってたね。数学やりながらだって資料集めはできるのに」
「読書好きの女の子たちが、しつこく五百野を読み返しては、ほかの子たちに勧めてるんです。キッコちゃんなんか、完璧に美しい、完璧な小説だって言ってます。私もほんとにそう思います」
 名古屋駅の表口に回る。百江の肩から手を離し、コンコースを歩く。大時計が一時四十分を差している。人けはほとんどない。
「あしたのごちそう作り、緊張します」
「気楽にやればいい。水原監督や一部の選手以外は、食べ物は燃料だと思ってる人たちだから」
 見交わして微笑み合う。求めている。合点して、
「泊まっていく」
「はい!」
 百江は人けのないコンコースを足どり軽く歩き出す。腕を組んでくる。かわいい。長生きさせてやりたい。
 百江は玄関を入ると、トイレにすぐいった。裸で戻ってきて、寝室の蒲団の上にシーツを二枚敷いた。真珠の行為だ。私も全裸になる。
「神無月さんに最後までお付き合いすると、シーツがたいへんなことになりますから」
 二人横たわる。唇を吸いながら裸でしばらく抱き合う。私は胸を握り、百江は陰茎を握る。しっとりと湿ったような肌の温もり。
「こうしてると、優子さんじゃないですけど、ほんとにイキそうになるんですよ」
 唇を腹から臍に移していき、陰阜に慎ましく生えている薄い陰毛を噛む。両脚を持ち上げ、丁寧に舌で愛撫する。やがて達し、膣口と肛門が気持ちよさそうに収縮する。
「入れるよ」
「はい、ください―」
 こすっては止め、止めてはこすりして収縮を味わう。うねっては緊縛し、緊縛してはうねる。脚を大きく開き突き上げる。腹が跳ねる。両手をつかみ合わせ、目を合わせる。百江は懸命に笑う。目の焦点が合わなくなる。結合部を見下ろすと、小陰唇がぴたりと包みこんでいる。淡いピンクのクリトリスが極大になっている。達し方が限界の様相を呈してくる。
「百江イクよ!」
「はい!」
 返事をすると同時に、うねりが緊縛だけに変わった。唇を吸い、子宮にぶつけるように射精する。
「ああ好き! 神無月さーん、死ぬほど好きィ!」
 腰を烈しく突き上げながら私の尻を抱き寄せた。
         †
 九月二十五日木曜日。一度も目覚めず心地よく眠り、七時に目覚めた。神社の生垣に向かって少し開いた窓から雨のにおいがただよってくる。見えなくても雨は美しい。百江の姿はなく、枕もとに私の服がきちんと畳まれていた。
 玄関の傘立ての中から一本男物らしい傘を抜き取って差し、則武に帰る。五分も歩かない。朝の炊事をしていたカズちゃんとメイ子が明るく出迎えた。
「お疲れさま。ごはん食べたら少し寝なさい」
「うん。五時間寝たからだいじょうぶ」
 その場で全裸になる。
「ごはんはそのままにしといて。シャワー浴びたら走ってくる」
「もうすぐ菅野さんくるんじゃない」
「だね」
「私たちもお風呂入っていい?」
「する?」
「勃ってくれたら」
「もう勃ってるよ」
「する!」
 メイ子が、
「私は生理なので、残念ですけど遠慮して、ごはんを用意してます」
 カズちゃんの背中を風呂場の壁に押しつけ、口づけしながら片脚を持ち上げ、
「ひさしぶりにここに戻ってきた」
 挿し入れる。
「ああ、お帰りなさい、うーん、カチカチで大きい! 最高よ、キョウちゃん、気持ちいい! あ、すぐイクわ、あああ、イク、イクイクイク、イク! あ、ふくらんだ、いつでもイッて! 愛してるわ、死ぬほど愛してるわ、あ、きて、好きよ好きよ、あ、いっしょにイキましょ、イキましょ、イイックウウ!」
「イク!」
 たがいに何のわだかまりもなく痙攣し合う。カズちゃんの痙攣が止むのを見計らって引き抜き、抱えていた脚を下し、長い口づけをする。
「……ぼくは毎日何をやってるんだろうね」
「キョウちゃんのすることは、キョウちゃんを好きな人にはぜんぶいいことよ。好きでない人にはぜんぶ悪いこととも言えるけど」
「ガツンと言うね」
「心臓の務めよ」
 湯の中で抱き合いながら私は言う。
「カズちゃんは正直に話すのを好むから、ぼくも正直に言うけど、ぼくは十五のときに一人の女を真剣に恋した。恋人と呼べたかは怪しいし、いい関係でもなかった。でもじゅうぶんな恋愛だった。もともと人間と付き合うのが苦手なせいもあるけど、彼女と〈八方破れ〉の関係を保とうとしてことさら努力してしまった。でもそれは彼女がふつうとちがってたからじゃない。ぼくがちがってたからなんだ。……男と女はちがったままでいると不都合が起きる。そして実際起きてしまった。ちがっている自分をあえて意識しなくても愛し合える女がいつもそばにいたことに気づかなかったせいでね。でも気づいたので、その女を心から愛した。ふつうの女でなかったから、ぼくもちがったままでいられた。これほどの女には二度と遇えないと悟った。理想の女だった。……何を話したいのかな。ぼくはカズちゃんしか愛せないということなんだ。愛する努力をしなくても心から愛せる女。死ねばもうその女に遇えない。だからありのままの姿でいっしょに生きたいんだ、いっしょにね。……言っておきたかった」
「いつまでもいっしょに生きていくし、いつでもいっしょに死ぬわ。私も努力なんかしない。そんなものしなくても、心臓は勝手に動くのよ。二人の心臓は一つよ」
「わかってる。だからカズちゃんが生きてるかぎり、ぼくも生きてる。……カズちゃんにまだ言ってない女が遠征先に何人かいる。カズちゃんが理想に近い女の形を教えてくれたので、これだと思って手当たり次第に手を出したり、惚れられて手を出されたりしているうちにそうなった」
「キョウちゃんのことを想うだけで私の頭はいっぱいよ。だから、そういう人のことは偶然会えたときに紹介してもらうことにするわ。キョウちゃんだって自分の心臓の鼓動をいちいち努力して聴いてられないでしょう? そんなことを私に報告しようとするのは、愛する努力をしようとしながらその人と時間をすごすことに罪の意識を感じるからよ。愛せなくてもいいじゃないの。私といっしょに抱いてあげてると思ってすればいいの。もちろん愛してると実感して抱いてあげたっていいし、愛してると錯覚して抱いてあげたっていいし、ただの性欲でしたっていいの。私と一心同体で生きようと思ってくれるだけでじゅうぶん」
 カズちゃんは先に上がった。私は歯を磨き、ひさしぶりに頭をしっかり洗って出た。


         二十六

 食卓で、メイ子が葉書を差し出した。ミヨちゃんからだった。
「きのう届きました」
 優勝達成と三冠王獲得への賛辞、五百野に感動したこと、青高が私の講演の話でもちきりであること、来年二年生になって勉強が忙しくなるので、遊びにいくチャンスはこの冬休みしかないだろうということ、都合のいい日時を知らせてほしいこと。細かい字で書いてあった。
「春に手紙に書いてきたことを律儀に守ろうとしてるみたいだけど、青森から名古屋にくるのは遠すぎる。十二月の頭に帰省することを伝えるよ」
 カズちゃんが、
「そのほうがいいわね。美代子さんも落ち着いて逢えるし」
「十二月一日から一週間ぐらいいってくる。男と女の関係になるのはもう少し待とうと思う。受験までしっかり勉強してほしいから」
「成りゆきにまかせたら? 恋愛と勉強は無関係よ」
 すぐに白百合荘のミヨちゃん宛にハガキを書いた。ヒデさんにも知らせてほしいと書き添えた。玄関に菅野の声がした。
「雨だけど、走りますかァ!」
「走りまーす、合羽着て」
 ランニングの道でハガキを投函した。
         †
 おトキさんが、
「やっぱりホルモンはやめます。煙が出ますし、焼く手間で、会話が弾まなくなります」
「ぼくはホルモンは大して好物じゃないからありがたい。祝勝会は飲み会じゃないし、ホルモンは合わないね」
 直人が、ごほんよんで、と言って大判の本を二冊持ってきた。この十日に大洋戦が雨で中止になった日、菅野や睦子たちとメイチカに出かけて買ってやった絵本だった。
『せかいにパーレただひとり』、『ゆめってとてもふしぎだね』の二冊。題名に含みのあるパーレを選ぶ。デンマークの児童心理学者イェンス・シースゴールの作品。昭和四十一年刊、訳・西郷竹彦、絵・太田大八。
 直人を膝に抱く。ページを開くと、ルオーやクレーを思わせるような鮮やかな色彩だ。
「じゃ、読むよ」
「うん」

 あさです。
 パーレは、じぶんのベッドで、めを さましました。
 まだ、ずいぶん はやいようです。だって、うちのなかは、しーんと しているのですから。でも、まどには おひさまが ぎらぎら かがやいて、もう ねむるのはいやなんです。
 パーレは、ベッドから おきあがると、つまさきで、そっと ろうかを あるいていきました。
 ほら、ここが パパと ママの ねている おへやです。
 パーレは、ドアを ちょっとあけて、へやの なかを のぞきました。だれも いません。
 パーレは、ママの ベッドへ よってみました。ベッドは からっぽです。パパの ベッドへ よってみました。ここも やっぱり からっぽです。
 ママと パパは、どこへいったのでしょう?


「どこにいっちゃったの?」
「どこだろうね、もっと読んでみよう」
「うん」
 読み進める。睦子と千佳子がやってきて私に並びかける。
 外に出てもだれもいない。思いがけず、拘束のない自由な世界になった! パーレはお菓子屋へいき、八百屋へいき、食べ放題、取り放題。路面電車を運転してぶつけてもだれも叱らない。銀行からお金を持ち出しておもちゃ屋へ買い物にいっても売ってくれる人がいない。消防車を運転しても火事がない。公園にいってシーソーに跨っても向こうにだれも坐っていない……。背中が冷える思いに襲われる。直人の目も真剣味を帯びてきた。結論は見えているが、二歳児にその観念があるか? 孤独、さびしさ、絶望。本能には訴えるかもしれない。
 飛行機を操縦して月にぶつかり、ウワーッと転落したときに目が覚める。ぜんぶ夢だった。ハッピーエンディング。希望。傑作。
「よかった!」
 と言って直人は私にしがみついた。千佳子が、
「青高の二年生のときに初版を買って読んだ本だわ。絵がすてきなの」
 睦子が、
「内容がすばらしい……」
 私は直人を抱きしめながら、
「自分以外だれもいない世界は静かだ。でも恐ろしい。……みんなといられることのほうが夢に思える。さ、直人、お姉ちゃんたちと積み木崩しをして遊びなさい」
「はーい」
 三人が積み木を築きはじめたので、私はもう一冊の本を開いた。今年出版されたばかりの本だ。著者はアメリカ人のウィリアム・ジェイ・スミス。挿絵ドン・アルムクィスト。開くと色彩が薄い。

  へんだなあ。おうちが とぶなんて。
  おうちは おうちなんだもの。
  ふうせんじゃ ないんだもの。
  おつきさままで とんでいける はずが ないんだもの。
  へんだなあ。


 こちらを選ばなくてよかった。積みき崩しに参加する。
         †
 一家の服装に合わせて、きちんとブレザーに身を固めた。
 四時半過ぎにチャイムが鳴った。アイリス組がちょうど切り上げてきて座敷に坐ったところだった。主人と菅野と三人で傘を差して門に出た。雨の中でフラッシュが何発も光っている。門前に松葉会の組員がずらりと並び、対峙するように大傘差したカメラマンたちが構えていた。テレビ中継車はいない。きょうの会合はごく一部の報道関係者にしか知られていないようだ。
「一足先に参りました」
 足木マネージャーが脚立を担いだカメラマンの浅井慎平を紹介し、浅井は私たちに深く辞儀をした。インタビューマイクは差し出されてこない。主人が、
「いらっしゃい。きょうはくつろいでいってください」
 浅井は、
「小山球団オーナーから打診を受けて、一も二もなく飛んできました。一夜、おじゃまさせていただきます」
 目の光の強い、骨ばって浅黒い顔をした短髪の男だった。タクシーが帰っていった。浅井は傘も差さずに、数寄屋門の両端の家紋のついた行灯を見つめている。二人を門内に導き入れ、浅井に傘を差しかけて無言で歩く。主人がキョロキョロ庭を眺めている浅井に、
「きょうは長丁場になると思いますが、よろしくお願いします」
「あ、はい、緊張してます。神無月選手は美男子と聞いておりましたが、そういう形容にははまらないですね。見つめられないほどのまぶしさです。こんなに美しい男性は―」
 菅野が言葉をさえぎり、
「浅井さんのような新進気鋭のかたに写真を撮っていただけてありがたいです」
 浅井は屋敷を見上げ、
「木造二階建て、玄関は東向き、屋根は切妻造りの桟瓦(さんがわら)葺きか。正面に出格子を渡した表屋造り、家紋入りの軒灯もランタンふうですばらしい。艶っぽいなあ」
 しきりに小型カメラのシャッターを押す。
 足木と浅井は玄関で一家に腰を折ったあと、居間に導かれ、コーヒーを振舞われた。女将につづいて、直人を抱いたトモヨさん、おトキさん、キッコ、カズちゃん、素子、千佳子、睦子、百江、ソテツ、イネ、カンナを抱いた幣原、千鶴、と自己紹介をしながら挨拶していく。浅井は女たちの美しさに目を瞠っている。それから室内に関心を移し、見上げたり、見回したり、振り返ったりしながら、
「新築のようですが、ここはかつての置屋さんと聞いてます。立派な造りですね。揚屋とちがって、風流で小粋な感じがします。母屋は鰻の寝床でなく、間口が広く、奥行きもあって、間取りがとても複雑です。玄関木戸を開けて十畳敷きの三和土の土間に入ると、右手に客用の玄関、その奥が寄りつきの板の間で、二階へ上がる大階段と、奥座敷へつづく暖簾のかかった廊下に分かれます。客を導く廊下がジグザグと変化するので、待ち構える空間が劇的に感じられます。大階段の手すりが曲がりくねっているのもいい。階段が四箇所もあるのは生業からうなずけます」
 カズちゃんが、
「詳しいですね。むかし、駅西はその手の旧家が軒を連ねていて、北村家も代々置屋をしておりました。いまも似たような仕事をしています」
 主人が、
「大門のほうに二軒のトルコを経営しております」
「なるほど。ちょっと廊下を歩いてみてもいいですか」
「どうぞ」
 浅井の語りに興味を惹かれてついていく。菅野も直人を抱いてついてきた。暖簾の先の廊下へ進む。一階北側に並ぶ座敷群。初めて見た。田の字形に座敷が並ぶ構成で、座敷を挟みこむように東西に趣のちがう庭が造られている。これほど造りの複雑な屋敷だということをいまのいままで知らなかった。西側の見慣れた庭は坪庭ふうのしつらえで、庭を覆う深い庇を支えるように、五間ぶっ通しの磨き丸太が貫いている。浅井はパチリパチリとやりながら、もう一度玄関へ戻り、
「玄関右の二十帖の厨房と十帖の竃の間、小廊下を隔てて帳場、居間。さらに小廊下を隔てて南に女中用の十畳、風呂場、隣り合って居室、便所。広大な座敷は、居間に接した大廊下を隔てて十六畳が三室、隣り合って遊ばし部屋、演芸部屋。大座敷の端部屋の廊下を隔てて玄関左の南西隅の十畳の客部屋、便所。そして濡れ縁廊下の前面に大庭ですか。すばらしい」
 私もそのすばらしさにあらためて気づいた。
「客部屋の小廊下を隔てて三部屋つづく十六畳を主座敷にして、さらにそのつづきに八畳の控え部屋、演芸部屋という配置はシンプルなのに、それをぐるりと囲む部屋や空間の配置が複雑で、歩き回ると探検をしているようです」
 主人が、
「おたくが遊ばし部屋とおっしゃった部屋は、ステージのかぶりつきの場所になっとります」
「はあ、ステージというのは、遊ばし部屋の奥の十六帖の演芸遊興(ゆうきょう)部屋のことですね。がんらい稽古事の部屋だったんじゃないですか?」
「そのとおりです」
「演芸部屋の外の回廊には、つづき便所、女中部屋などもありますね。便所が四箇所もある。北東部は衣装や布団の納戸部屋。納戸奥の渡り廊下から離れに通じてますが……」
 菅野が、
「この子と母親の一戸建てです」
「はあ、なるほど。座敷の天井の桟には細かいナグリが入り、床の間の地袋(じぶくろ)も同じしつらえです。主座敷側の庭は、苔むした地面に庭木とともに石灯籠や手水鉢が据えられ、変化に富んだ美しい眺めが拡がってます。計算されてますね」
 カズちゃんと素子、千佳子や睦子もやってきた。
「五時ごろ監督さんたちがいらっしゃるそうです。よろしければ二階もどうぞ」
 直人を抱いた菅野は居間へ戻っていった。男二人と女四人で二階へ上がる。優子や信子たちとお辞儀をしてすれちがう。
「一階と同じ田の字形の廊下に区切られた座敷群ですね。一つの桝に三部屋ずつ。六畳二つ、八畳一つ。計十二部屋。廊下の太柱、細柱から見て、すべて接客部屋ですね。まちがいなく、南の端部屋からの庭の眺めの工夫が凝らしてあるでしょう(丸の部屋だ)。開けなくてもわかります。ここにも便所が四つか。ものすごいな。上下の部屋を合わせたら二十は超えますね。どうもありがとうございました」
 みんなで階段を降りる。私はカズちゃんに、
「探検でもしないかぎり、家じゅうを見尽くすことはできないね。置屋がこんなにすごい建物とは知らなかった」
「ほんと」
 睦子と千佳子が階段の曲がり丸木をしみじみとさすった。
「あの棟梁の腕のよさは折り紙つき。二、三十人の大工さんで造ったのよ。則武の家も今度じっくり見といてね。四つぐらい手つかずの部屋があるから」
 浅井は宴席撮影の準備と言って、三部屋つづきの座敷の二隅にカメラを載せた三脚を立て、小型カメラや重そうなカメラを手に、廊下を往ききしたり、もう一度階段を昇降したりして家じゅうを歩き回った。直人がついて歩く。足木は居間で北村夫婦やトモヨさんといっしょに茶を飲んでいた。浅井は興奮しながら、
「非常に古い建築様式なので興味が尽きません。北村さんご一家や周囲の人物を写しこまないという条件で、古様式の建物の内観写真として、遊郭街の写真と合わせて使ってよろしいでしょうか」
 主人が、
「どうぞどうぞ。トルコ風呂関係の女が一人でも写りこんだら、公式には使わないという約束を守ってくださいよ」
「わかりました」


         二十七 

 やがて江藤たち数十人が続々とタクシーでやってきた。高木と小野はそれぞれ白のムスタングと赤のリンカーンをガレージに入れた。車庫はファインホースが建てられる以前に、思い切って増築され、十台以上の車が入れるようにしてあった。彼らは一家の者たちや浅井と足木に挨拶をすませると、まとわりつく直人を順繰り膝に乗せたり、肩に乗せたりした。直人の喜びようは尋常でなかった。浅井はその様子を真剣な目で撮りまくった。言い含められているらしく、直人がだれの子かとけっして訊かなかった。
 五時を回り、おトキさんや厨房連中に傘を差しかけられて、水原監督はじめフロント陣や一軍のコーチ陣が玄関にやってきて、主人夫婦以下一同に丁寧な挨拶をした。社用車を列ねてきたらしく、先回とはちがって球団社員らしき運転手が何人か、傘を差しかけながらつき随っていた。榊は、眼鏡をかけた小柄の男を連れていた。二軍コーチ陣や、鏑木トレーナーたちや、池藤の姿がないのは、二軍があるかぎり年中暇なしだからだ。
 水原監督と小山オーナーはたがいに見知った表情で浅井と簡単な挨拶をしてから、座敷の所定のテーブルにコーチ陣といっしょに着席した。茶が出た。ときを合わせて、賄いを除いた一家の女たちも一堂に会した。文江さんや節子、キクエも駆けつけた。女たちの声がかしましくなった。弱い冷房が入った。
 ステージ部屋の前の〈遊ばし部屋〉の十人用テーブルに、トモヨさん母子、文江さん、節子、キクエ、千佳子、睦子、素子、キッコが並ぶ。服装も表情もあでやかだ。次の十六畳間の大テーブルの一つに、主人夫婦を上座に、水原監督はじめ、小山オーナー、村迫球団代表、榊渉外部長、一軍コーチ陣、足木マネージャーらが向かい合う。カズちゃんが同じテーブルの端についた。フロント三人には座椅子が用意された。
 横並びの二卓目には主立った選手たちが坐った。私は上座に坐らされた。選手の顔ぶれは私から始まり、江藤、高木、中、木俣、一枝、菱川、太田らレギュラー野手陣、小川、小野、伊藤久敏ら投手陣。つづき部屋の一卓に、水谷寿伸、星野、水谷則博、土屋といった投手陣、葛城、徳武、江島、千原、伊藤竜彦、吉沢ら控え陣が坐る。横並びの二卓目には、菅野を頭に、アイリス組やアヤメ組の主立った女たちが坐り、端座敷には賄いや非番のトルコ嬢たち、料理人や運転手たちのために三卓のテーブルが設けられていた。八つのテーブルが親しい間隔で並んだ。計六十数人が八つのテーブルに向き合って坐ったさまは壮観だった。それでも縦横(たてよこ)に広い座敷なのでビッシリという感じには映らない。重厚な卓はすべてトモヨさんの離れの裏の納戸小屋から賄いたちが運んできたものだった。ふだんは三つの座敷に三卓しか置いていない。この世界には財力さえあればどんな都合でも叶えられる場所がある。自分の望んだことではないけれども、私はそういう場所にいる。
 浅井は腰を下ろさずに小型カメラを手に接写したり、遠くから写したり、忙しそうに動き回っていた。どことなく気圧されているふうだった。賄いたちが目立たないように空いたコップにビールをついで回る。
 榊が連れてきた眼鏡の小柄な男がコップも持たずにカズちゃんの横に控えていて、榊に手招きされた。主人夫婦に進み出て、
「法元でございます。きょうは榊部長に特別に連れてきていただきました。今年からスカウトの仕事をしております。今後ともよろしくお願いいたします」
 とにこやかに挨拶してから、部屋を分かつ敷居のあたりに腰を下ろした。主人が、
「関大を中退して三十一年に投手として入団なされたんでしたな」
「はい。投手としては九登板、零勝一敗でした。三十二年からはバッターに転向して、昨年まで控えで十二年間やらせていただきました。生涯打率二割三分九厘、打点百十、本塁打十三本。目立たない選手でした」
 そのことに関してはだれからもフォローはない。私も、ときおり代打で出た背番号40しか憶えていない。彼の背番号を太田が受け継いだのかとふと思ったが、口にしなかった。榊は主人に、
「スカウトは基本的に選手と親しくしてはいけないことになってるんですが、きょうはこの種の会合の要となる北村席さんに慣れてもらうために連れてきました。彼は忙しい身なので、一時間もしないうちに中座しますが、気になさらないでください」
 法元が主人に、
「出迎えの迫力ある女性たちには驚きました」
 カズちゃんが、
「この家の守護神たちです」
 私は、
「来年から押実さんがドラゴンズのスカウトに加わるんですよね」
「はい、出先方面はちがいますが、よきライバルになります」
 それきり法元は沈黙した。
 浅井は部屋の隅の三脚へ移動して、中腰で何枚も写真を撮っている。彼にまとわりつく直人を睦子が抱き取り、走り回らないようにした。水原監督がビールを含みながら、
「足木くんの話だと、金太郎さんのお母さんから球団本部に電話があって、優勝の祝いとともに、息子を一人前の人間に仕上げてくれてありがたいという内容のことを言ってきたそうだ」
 私の隣に坐っていた江藤がギロリと庭へ視線を投げた。雨の糸がくっきり見えた。
「しかし、私から言わせれば、息子の出世を喜べるほど一人前になったのはお母さんのほうだね。息子は生まれたときから百人前だったんだから」
 水原監督に言われて私は素直な気持ちで、
「あたりまえのことですが、同じ世界に暮らしていても、個人はほかの個人とちがった世界を持っているんですね。でも、血が個人の行方を決めることも否定できません。彼女の息子である以上、ぼくにも彼女の血が流れています。野球の才能がなければ、彼女と同じ世界で頑迷な人間になっていたかもしれません。紙一重でしょう。血が未来を方向づけます。ある意味、その諦念のおかげで自分の未来の姿を責めずにすみますけど、個人のなすべきことは、あえて血の欠陥を責めながら努力して進みつづけることだと思います」
 小山オーナーが、
「身内ほど血の共通性にこだわるけど、身内ほど血の異質性に鈍感だ。無理に背負わなくていいよ。あのお母さんと金太郎さんの性質に共通点はない。努力する気質にも共通点はない。金太郎さんのどこに欠陥となるような問題点があるんだ? 金太郎さんはわれわれと国民を背負うので手いっぱいだ。くだらない反省をしている暇はないよ」
 村迫が、
「そうです。神無月さんは、才能で人と世界を別にしてるんじゃないんです。本能的な潔さ―。私は神無月さんの家系の人たちの潔さにも驚いてるんです。神無月さんを捨てたお父さんはけっしてマスコミに名乗りを上げることはないし、親族にしても金銭的に神無月さんに刺さってくることがない。お母さんも例外じゃありません。こういう世界ではめずらしいことです。神無月さんが悩んでいる血は潔いですよ。ただお母さんには、神無月さんにはない欠陥がある。人格的な平凡さ、権力欲や名望欲といったものの強さです。それがますます神無月さんと一線を画しています。神無月さんはお母さんの血とは関わりのない、別世界の住人です」
 中が、
「親族が潔いのは、金太郎さんの潔さの影響でしょう。女性もいっさい表に出てこないですよね。確実に影響を受けてる。だいたい悪さをする輩は、人を御しやすい浮わついた人間としてナメるか、敬愛しないかのどちらかです。そんなやつは語るに足りない。神仏のような人間は俗界の思惑とは無縁ですよ」
 そう言って私をやさしい目で見つめた。法元がようやく口を開いた。
「プロ野球史上ただ一人、契約金はいらないと本気で言った人間ですからね。スカウトの悩みの種は、金銭です。選手の家族や、選手本人が、みんな神無月さんみたいな人だったら何の苦労もない」
 小山オーナーが、
「契約金もはずみたくなる。今年はケチってしまったがね。反省してます」
 千佳子がスタンドマイクの前に立ち、
「そろそろ優勝祝賀会を始めたいと思います」
 いっときに台所の動きがあわただしくなった。賄いたちがしきりに往ききし、新しく栓を開けたビール瓶が林立する。ビーフカツレツ、ミートローフ、カボチャコロッケ、ピラフ、エビフライ、ウインナースパゲティ、ボンゴレ、キムチピザ、ポテトサラダ、レンコンハンバーグ……。テーブルいっぱいに大皿小皿が並べられていく。
 直人の食事が用意され、ソテツとイネが寄り添う。トモヨさんはカンナの世話をするために、きょうだけ雇った乳母といっしょにいったん離れへ退がった。カズちゃんたちアイリス組やアヤメ組の手で球団メンバーにビールがつがれる。法元にもビールがつがれ、皿に盛った惣菜が用意された。千佳子が、
「では、北村席のお父さん、北村耕三さまからひとことご挨拶があります。お父さん、どうぞお願いします」
 千佳子に促されて、着物姿の主人が控え部屋まで歩いていってスタンドマイクの前に立つ。いっせいに拍手。
「中日ドラゴンズのみなさん、優勝おめでとうございます!」
「ありがとース!」
 みんないっせいに辞儀をする。
「……ええ、本日はまことにお忙しい中、かくもめでたき祝勝会を催さんとて、陋居北村席にお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。心よりお礼を申し上げます。ぶっちぎりの優勝をこの目に収めた瞬間、天にも昇る心地でございました」
「ご主人、固かよ」
「……あ、はい、錚々たるかたがたのお顔を前にして緊張しきりでございます。大正期よりつづく老舗とは言え、一介の置屋風情の北村席が、今年から誉れ高い中日ドラゴンズの集会所とさせていただくことになりまして、感謝感激でございます。それでは、おめでたい祝宴を始めさせていただきます。ええ、北村一家がこのめでたい席に連なる栄誉を賜りましたのも、ひとえに、そこにいらっしゃる神無月さんのおかげでございますし、彼を愛でてくださるドラゴンズスタッフのおかげでございます」
 大きな拍手。
「ええ、私の掌中の珠である神無月さんがこの家に飛びこんでまいりましたのは、四年前の春六月でございます。遡ること十年前、不思議な巡り合せで十歳の神無月さんと飯場生活をともにした娘の和子が、彼を心から慈しむようになって以来……ええ、有為転変を繰り返したのち、七年後、高校生に成長した神無月さんを青森から連れてまいったのでございます。そのころは、神無月さんに関しては、新聞の片隅に載っていた〈北の怪物〉という評判しか存じ上げませんで、今日のごときとんでもない栄達の姿は想像もできませんでした。もちろん、私どもがタニマチの役回りを果たすようになろうとは思いもよりませんでした。みなさまもご同感でしょうが、神無月さんは信じられないほどの幸福を私どもにもたらしました。逆もまた真なりで、神無月さんは、私どもやみなさまのことを自分に幸福をもたらした青い鳥と考えていらっしゃいます。私ども凡夫は措くとして、華々しい野球人であるみなさまについては、まことにそのとおりだと考えます。そうであるかぎりは、私どもはみなさまがたのタニマチでもあるわけです。微力ではありますが、末永くご援助させていただこうと思っております。きょうはどうか楽しいひとときをおすごしくださいませ。優勝おめでとうございました!」
「ヨシャ!」
「感激ばい!」
 嵐の拍手。直人もつられて拍手。浅井のフラッシュ。女たちのバカチョンのフラッシュ。
「それでは、水原監督、ひとことお願いします」
 水原監督が主人に代わってマイクに進み、
「中日ドラゴンズの監督、水原茂でございます。本日は、最高唯一のタニマチである北村席さんのご好意で、かくも盛大な優勝会を催していただき、感謝の至りでございます。去年の十一月、東海テレビのスタジオで、中くん、江藤くん、高木くんと堅く手を組み合わせて、今シーズンの飛躍を誓い合いました。その手が二十にも三十にも増えて、ついに優勝を勝ち取りました。まだ日本シリーズが残っておりますが、これまでどおり野球愛を貫き、勝敗にこだわらない、みずからも感動できる闘いを闘いたいと思っております。選手諸君にひとこと言っておきます。感動に慣れちゃいけません。感動を失ったら、人間オシマイです。常に新しい感動を求めて、いついかなるときもそれに浸ることのできる感性の持ち主でいてください。では、乾杯の声をお願いします」
 コップを持った菅野が水原監督に代わってマイクの前に進み出て礼をする。コップを掲げ、
「お座りになったままでけっこうです。それでは私、北村席社長補佐、菅野茂文、乾杯の音頭をとらせていただきます。中日ドラゴンズ、優勝おめでとうございます!」
「オース!」
「すばらしいゲームを一年じゅう堪能させていただきました。名古屋市民に代わってお礼を申し上げます。このままの勢いで日本シリーズも優勝されることを祈って、カンパイ!」
「カンパイ!」
「カンパイ!」
 全員コップを干す。直人はジュースをゴクリ。菅野は一礼し、
「ご唱和ありがとうございました!」
 会食が始まる。男たちがたがいにビールをつぎ合う。ソテツが、
「ごはんになさりたいかたはおっしゃってください。ご用意します」
 千佳子が、
「ご飲食をなさりながら、いつでもお気軽にマイクの前へどうぞ。お好きなことをお話しください。時間はたっぷりございます。お席に坐ったままでもけっこうです。無線マイクをお回しします。気が向いたらどうぞご遠慮なく」



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