七十九

 きょうノーヒットの江藤省三に代打が出る。
「江藤省三に代わりまして、バッター菱川、背番号4」
 菱川が三本のバットを頭上で振り回している。見かけだけだ。二者を還すために、大振りせず外角球をライト線へ狙い打つだろう。初球内角胸もとのシュート、腹を引いてよける。二球目、内角低目のシュート、素軽く振って三塁線へファール。
「ビッグイニーング!」
 半田コーチもわかっている。次だ。外角にカウントをとりにくる。江藤が、
「ぶち食らわしちゃれ!」
 やっぱり予想している。外角高目のストレートがきた。菱川がみごとなレベルスイングをする。打った瞬間にホームランとわかった。あっという間に中段に突き刺さる。スリーランホームラン。長谷川コーチとタッチ。私も江藤も両手を高く掲げて拍手しながら走る。大石が思い切りマウンドの土を蹴った。野球はツーアウトからという言葉が浮かぶ。菱川は跳び上がって水原監督とハイタッチ。監督も飛び上がる。ホームで揉みくちゃにされる。伊藤久敏が抱きついた。
「菱川選手、三十七号ホームランでございます」
 一対六。まったく当たっていない伊熊にピンチヒッター太田。菱川のホームランを目の当たりにして燃えている。彼らのアベックホームランは何度か見ている。キン! 初球の内角シュートを払う。お約束のように高々と左中間に放りこんだ。
「太田選手、二十八号ホームランでございます」
 ピョンピョン、ドタドタ、尻ポーン、揉みくちゃ。一対七。一枝フォアボール。ピッチャー短躯の秋本に交代。伊藤久敏三振。
「選手の交代を申し上げます。六番江藤省三に代わってサード菱川、背番号4、七番伊熊に代わってライト太田、背番号40」
 八回表。広島の攻撃は一番ポパイ井上弘昭から。筋肉質のころりとした体型。ヤクザ者のような眉の太い精悍な顔。二割五分、十二本塁打。バットを立て手首を絞った構えからパンチショットを繰り出す。手首がバカ強い男だ。初球のストライクシュートを打ち気なく見逃し、二球目のベースをよぎるスライダーをライト前へヒット。みごと。おととしのドラ一はダテではない。二番古葉。六年前長嶋と首位打者を争ったらしいが、バットの持ち方や振り方にシュアな感じがするだけで、これといった特徴がない。初球バント! あしたにつなげるというやつか? 井上二塁へ。
 ―六点差でなぜバントなんだろう。解く必要のない疑問だが、気になる。あと二回しかないんだぞ。一点を取りにいってどうする。
 山本浩司。バットくねくね、肩クンクンでリズムをとり、三球連続でファール。すべて一塁スタンド。一点を確実に返すための無理なライト打ちだ。四球目、腰を据えて真ん中高目のカーブを流し打ち。右中間をキッチリ抜いた。井上生還。二対七。山本一義ファーストゴロ。山本浩司三塁へ。衣笠、ブンと振り回して三振。
 八回裏。中日も一番から。きょうワンヒットの江島、好調を維持している。打率も二割三分を超えた。来年二割五分打てるようになれば、中との定位置争いが熾烈になるだろう。しかし、代打を出された。中! 中日ファンのための顔見世か? 秋本の初球、セーフティバント。もちろんセーフ。足の具合を確かめるためのピンチヒッターだったようだ。水原監督のパンパン。たしかに江島にはこの器用さがない。定位置争いをするには役者が一枚不足している。
 ドラゴンズには三割五分以上を打っているバッターが四人いる。中、高木、江藤、私。一番から四番だ。五番以下では、菱川三割四分、木俣三割二分、一枝二割九分、太田二割八分。常識では考えられない高打率のラインアップなので、ここ最近《神軍》と呼ばれている。三打席や四打席ヒットが出なくても、だれも心配しない。
 早打ちの高木は、秋本の初球、真ん中低目のカーブを掬い上げて、レフトスタンド中段へライナーのツーランホームラン。サッサとランナーを片づけていく。二対九。
「高木選手、三十七号のホームランでございます」
 高木とタッチしている水原監督を見て、ふと、彼が慶応時代、リンゴ事件のあと麻雀賭博で警察に挙げられ野球部を除名されたという話を思い出した。ギャンブルで利得を得ようとすることは男のサガにちがいない。しかし、正々堂々とやるかぎり、何の瑕疵(かし)もないように思われる。勝負に得失がついてくるだけの話だからだ。不正を働いて利得を得ようとするとき初めて、蛯名の言う下衆の所業となる。沢村賞を受けるよう水原監督が小川を説得した気持ちがよくわかった。
 江藤、高々と左中間上段へソロホームラン。二対十。下通のアナウンス。
「江藤選手、六十六号のホームランでございます。昭和三十四年、中日ドラゴンズに入団以来十一年目の今年、ベーブ・ルースの六十本、ロジャー・マリスの六十一本の記録を次々と塗り替え、ただいま三百九号に到達いたしました。輝かしい記録に惜しみない拍手と声援をお送りくださいませ」
 湧き上がり、鳴り止まない拍手、江藤! 闘将! という声援。江藤が両手を挙げてスタンドの歓呼に応える。フラッシュが瞬く中、衣笠が三塁側ベンチから自発的に江藤に走り寄り、力強く握手する。江藤は帽子を尻ポケットに入れ、礼をして握り返す。広島ベンチの全員が拍手している。
 心地よいざわめきの余波を受けて打席に立った私も、初球の低目カーブを心地よく打って、ライトポールに当たるソロホームラン。
「神無月選手、百五十五号のホームランでございます。―私、一介の場内アナウンサー下通は、地上に生まれた天馬が前人未到の高みへと昇っていく歴史的な時間に居合わせた奇跡に心から感謝しております。観客のみなさまも、選手のみなさまも同じ気持ちかと思います。神無月選手、ありがとうございます……」
 喉が詰まっている。嵐のような拍手と歓声が湧き上がった。二対十一。
 木俣がつづく。レフトポールを巻くソロホームラン。
「木俣選手四十五号のホームランでございます。野村克也選手のシーズンホームラン記録であるとともに、捕手シーズンホームラン記録でもある五十二本を目指して、来年、再来年、一年でも早く達成なさることをドラゴンズファン一同心から応援しております」
 ふたたび歓声と拍手の嵐。二対十二。
 菱川がライト右を破る二塁打、太田が右中間へ二打席連続の二十九号ツーランホームラン。二対十四。一枝がレフト前段へひさしぶりの十六号ソロホームラン。二対十五。ピッチャー交代の気配がいっさいない。伊藤久敏三振。中、大きなライトフライ。高木レフトライナー。ようやく怒涛の攻撃が終わった。
 九回表。興津の代打水谷実雄(下あごがモッコリ長い異相だ)、内角の速球を振って三振。水沼セカンドゴロ。秋本の代打朝井ショートフライ。四時四十分。ゲームセット。伊藤久敏六勝目。チーム九十九勝目。
「ごらんのとおり、中日対広島二十四回戦は、二対十五をもちまして中日ドラゴンズの勝利となりました。一シーズン、チーム勝利数九十九は、昭和三十年の南海ホークスと並ぶタイ記録でございます。なおそのときの試合数は百四十三でございました。ドラゴンズは百二十一試合で達成でございます。この先の百勝以降はすべて日本新記録となります。第二試合開始は五時三十分からでございます」
 江藤や小川たちとすたこらロッカールームへ逃げ、半田コーチからバヤリースをいただく。紫煙が上がる見慣れた光景。菱川が洗面台で顔をばちゃばちゃ洗っている。
 同点打を放って反撃の口火を切った高木を連れて監督コーチ陣が戻ってきた。高木が仕方なく勝利インタビューを受けたようだ。
「高木さん、お疲れ」
「みんな逃げちゃうんだもんなあ」
 高木はアンダーシャツとユニフォームを着替えた。ダブルヘッダーでユニフォームを着替えるのは高木一人だ。江藤が、
「第二試合、有効打を打てたら、ワシが立っちゃる」
 水原監督が、
「みんなご苦労さん。土屋くん、よく七回まで一点に抑えた。みごとだった。伊藤くんのストッパーぶりも堂に入っていた。六勝目おめでとう。第二試合は小川くんだ。彼は重大な発表をしたばかりだ。罪もないギャンブルごときでね。みんなで敬意を表して二十四勝目を奉るんだよ。じゃ、私たちはめしを食ってくるから」
「ウィース!」
 高木が着替え終わるのを待って、江藤と半田コーチを除いた全員も選手食堂へ移動していった。残された私はソテツ弁当を開く。江藤は売店から焼きソバの大盛りとラーメンをとり寄せた。半田コーチもバスケットを開けてサンドイッチを取り出す。
「金太郎さんはクリーンな人ネ。いっしょにいると、自分の汚さがいやになる。小川さんも菱川さんも、今年から人が変わったのはそのせいヨ」
「ワシも変わったばい。粉砕された。金太郎さんがおらんかったら、水原監督との仲もギクシャクしたままやったろうもん。首位打者二度獲って天狗になっとったところがあったし、商売もうまくいっとらんかったけんな。ま、そげん欲得の話やなく、ワシャ、くどいようやが、心底金太郎さんに惚れとるばい」
 うまそうにラーメンをすする。どうしても自分を悪者にしなければ、心の折り合いをつけられないようだ。私は江藤に手を差し出して握手した。江藤もしっかり握り返した。
「半田コーチはいまおいくつですか」
「三十八よ」
「日本にいらっしゃったのは?」
「十一年前、ショワ三十三年の春。長嶋がジャイアンツに入団した年ね。ハワイの高校時代にピッチャーで全米代表に選ばれて、それから大学、マイナーリーグと野球をつづけてたら、日本に誘われたのね。奥さん連れていっしょにきたよ。南海で四年やりました。ショワ三十七年に、中日で一年だけやりました。そのときモリミチさんにバックトス教えたのよ。現役はその年でオシマイ。たった五年よ。それから南海のコーチをオットシまでやり、去年から中日のコーチにきました。金太郎さんに比べたら簡単なジンセイです」
「オールスターで板東さんからホームラン打ったんですよね」
「はい、ショワ三十五年のオールスター第二戦でした。一塁に田宮さんを置いて、ラニングホームランを打ちました。シュッと投げただけのふざけたボールでした。でも、いい思い出よ」
 江藤が感慨深い顔でうなずき、
「ワシはその年は選ばれんで、テレビで観とった。ばってん、板ちゃんの事情はよう知っとる。カールトンさんも知っといたほうがええ。思い出がしっかり固まると思うけん話ばするけん。板ちゃんはあのとき結婚直前でな、オールスター休みということで、第二戦も葉山で婚約者といっしょにテレビば観ながら食事しとった。そしたら、第一戦で足ば痛めた桑田武がとつぜん辞退して、板ちゃんが水原監督の推薦で急遽繰り上がった。第二戦の試合前の選手紹介で自分の名前が読み上げられて、板ちゃんびっくりしてすぐ後楽園球場に電話ば入れた。どうなっとるんやてな。そしたら足木マネージャーが、英二さんどこいってたんですか、連絡とれなかったじゃないですか、すぐきてください、ちゅうわけで、あわててタクシーに飛び乗って、一時間半かけて後楽園に駆けつけた。七回に秋山が田宮さんを出したところで登板指令。ブルペンで二、三球練習してマウンドへ上がったところへカールトンさん登場や。シュッとゆるいボールがきたのはふざけたんやなくて、そのせいなんや。センター前へカーン、利ちゃんが前進につぐ前進で、ポーンとワンバウンドした打球が頭を越えて転がってった。フェンスの下でピタッと止まった。そのあいだに二人ホームインしたというわけや」
「はっきり思い出しました。118という数字の下で止まったんです。小馬鹿にされてシュッと放られたと思ってたら、ちがってたんですね。ほんとにいい思い出になりました」
「板ちゃんが大まじめやったことは知っといてな」
「はい、エトさん、ありがとう」
 監督一行と選手たちが食堂から戻ってくる。五時十五分。監督とコーチ連はミーティングルームへ。両チームのスターティングメンバーがロッカールームのスピーカーに流れる。
 ドラゴンズは変則メンバーになっている。一番レフト菱川、二番ショート一枝、三番セカンド高木、四番キャッチャー木俣、五番ライト伊藤竜彦、六番ファースト葛城、七番センター江島、八番サード太田、九番ピッチャー小川。
 中と江藤と私は代打用の控えだ。
 対する広島は、一番レフト井上、二番セカンド苑田、三番センター山本浩司、四番ライト山本一義、五番ファースト衣笠、六番サード朝井、七番キャッチャー水沼、八番ピッチャー西川、九番ショート今津。ほぼ変化なし。
 頭の中で復習する。中西二世の苑田、よし、思い出した。次に西川。
「西川? だれだっけ」
 サード先発の太田が尻ポケットからパンフレットを取り出して読み上げる。
「西川克弘、六年目、二十五歳、広島との秘密契約が明るみに出てアマチュア資格を剥奪され、十九歳で関大を中退して広島に入団」
 江藤が、
「いわゆる、西川事件たいね」
「秘密契約?」
「大学野球のシーズン後の契約なら問題ないんですが、契約したうえで、リーグ戦に投げていたんです。これまで六年間で四勝十二敗。武器は速球と大きく曲がるカーブ」
「六年で四勝……。秘密契約をするほどの選手だったの?」
「春のリーグ戦で、ノーヒットノーラン、六勝。秋に五勝して優勝に貢献。一年生の時点で十一勝七敗。三十九年にプロ入り後、すぐ一軍で三勝。次の年に、ウェスタンリーグでノーヒットノーラン。ドラゴンズが相手でした」
「それが六年で四勝十二敗か」
「大学や二軍で活躍しても、プロの一軍には太刀打ちできないということです」
「金太郎さんは何気なく一軍におるけん、わからんやろう。一流のプロはそれほどのものだっちゅうことばい。ま、金太郎さんは、プロとか一軍とかそんなものは関係のなか場所におるけんのう」


         八十

 五時半。第二試合開始。佐藤球審のプレイのコール。江藤と中と私はベンチの声出しに控える。江藤が、
「健太郎、軽くひねっちゃって!」
 井上が打席に立つ。初球、バッターボックスでスッと伸びていた背番号25の背中が急に丸まり、フルスイング。一塁ベンチ前へ詰まった小飛球のファール。一塁手の葛城走ってきたが追いつかない。小川のスピードボールにバットが押されている。二球目、同じ内角の高目をフルスイング。一枝の後方にフラフラと上がって、差し出したグローブの先にポトリと落ちた。根性のヒット。
 二番苑田。こいつもフルスイング。ピッチャーフライ。三番山本浩司。小川慎重に外角カーブでツーナッシングに追いこむ。三球目、内角高目速球。予測していたように派手なオープンスタンスで内角高目の速球を弾き返す。打たなければボールだった。あっという間にレフトポールのネットを直撃してグランドに落ちた。江藤に似た怒り肩がダイヤモンドを回る。
「山本浩司選手、十二号ホームランでございます」
 失投ではない。交通事故。だから、内野のだれも小川に声をかけない。私たちドラゴンズベンチも静かにしている。ベンチの端にいた水原監督が、
「エンジンスタート!」
 二対ゼロ。小川が上半身を回しながら腿上げの運動をする。エンジンを温めにかかる。ビュン、クネ、フワリ、山本一義三振。衣笠セカンドゴロ。
 全員ベンチに戻ったとたん、半田コーチが、
「ビッグイニーング!」
 と叫ぶ。みんな感じていたことだ。水原監督が三塁のコーチャーズボックスに向かう。
「まず十点、いくぜ!」
 菱川がベンチから飛び出していく。西川初球外角低目ゆるいストレート。菱川しばいて火を噴く当たり、ライト前ヒット。
 一枝、初球内角低目スピードの乗ったストレート。それでも百三十キロ程度。あれで精いっぱいのようだ。三遊間を抜く痛烈なヒット。西川が恐怖に目を見開いている。二人で終わった。西川はメロメロになる。高木ストレートのフォアボール。〈ノーダン〉満塁。
 思わず頭をよぎった。小柳徹の『ホームラン教室』。

 ノーダン満塁、それチャンス、大きなホームラン、かっとばせ……

 青木小学校の帰り路にどこかの家から流れ出てきたのを聞いたというのは、ひょっとしたら記憶ちがいかもしれない。西松の飯場に入った秋、野球に夢中になりはじめたころに初めて聞いたような気がしてきた。横浜の下校路は貸本漫画を読みながら帰っていた。物音は耳に入ってこなかった。ワンダン、ツーダン。〈ダン〉とはダウン、つまり死(アウト)の意味だと知ったのは、中村図書館にかよっていたころのことだ。野球辞典で知った。
 ブルペンに竜憲一が早足で歩いていく。宇野ヘッドコーチがノンビリした口調で、
「来年からうちは外人を採らないことに決まったよ」
 長谷川コーチが、
「外人には悩まされてきたからね。巨人も与那嶺を三十六年に、エンディ宮本を三十八年に放出してから純血宣言してずっとやってきて、四十年から四連覇だもの。でも、一度決定をくだしたのに、いつのまにか立ち消えになっちゃうってことが多いからね。足木マネージャーの推薦も絡んでくるだろうしなあ」
「監督が任にあるうちはというんじゃなく、球団側の決定だ。足木さんの推薦は当分ないだろう。巨人以上の連覇を見据えてるね」
 木俣、初球、顔の前を通過するストレート。だれも騒がない。顔を引いただけでよけられるあまりにも力のないボールだ。たとえ六年間でも四勝したのが不思議なくらいだ。二球目、顔のあたりから大きく曲がり落ちるカーブ。木俣が左足を高く上げ、ビュッと振り下ろす。まともに芯を食ったボールが左中間スタンド上段に突き刺さる。第一試合につづいて、きょう二本目。グランドスラム。
「木俣選手、四十六号ホームランでございます」
 二対四と逆転。高らかに進軍ラッパが鳴った。伊藤竜彦フォアボール。葛城、高いワンバウンドのサードゴロ。朝井ジャンプして捕球し、一塁へ送球。ショートバウンドを衣笠が掬い損ねて後逸。伊藤竜彦三塁へ。ラッパが鳴りつづける。江島センター前へ打ち返して一点。ノーアウト一、二塁。ワンアウトも取れず、ピッチャー交代。
「広島カープ、選手の交代を申し上げます。ピッチャー西川に代わりまして竜、ピッチャー竜、背番号21」
 細身の右ピッチャー。リリーフ一筋十年。数年前にピークは過ぎた。ほとんどスライダーとカーブ。池田ほどの切れはない。
 太田、外角スライダーを難なく引っ張って左中間奥へ。二者生還。二対六。ノーアウト二塁、三塁。小川、ゲーム進捗のための三振。ようやくワンアウト。打者一巡。菱川、右中間を深々と破る二塁打。さらに二者生還。二対八。一枝三振。高木三振。ん? 高木が首を振っている。何が起きた?
「内角のストレートが伸びだした」
「ストレートですか?」
 一枝が、
「死ぬ気で投げだしたよ。肘やられてるはずなんだけどな」
 バラバラと守備に散った。なるほど、カーブやスライダーは肘に負担がかかる。えいやと直球を投げれば、そのほうが楽なはずだ。
 二回表から六回表まで、小川は打者二十一人に対して、ヒット四本、三振五個、フォアボール二。わざとらしいほどの緩急をつけながら、ボールを適当に散らし、制球し、みごと零点に抑えてマウンドを降りた。絶好調とは言えない出来だったが、さすが仕事人、終わってみると一回の二点しか取られていない。
 竜も二回以降は六回裏まで、太田に三遊間ヒットを一本許したきり、打者十六人を零封した。みんな高目のストレートに詰まってポップフライを打ち上げた。竜は肘を庇うように腕を直線状にし、腰の回転で振り下ろしていたが、百三十キロ半ばしかない直球ながらたしかに伸びがあった。奇跡の投球に思われた。
 七回表。星野秀孝登板。広島は万事休す。八番の竜に代打山内一弘が出る。あえなく三振。今津、詰まったレフト前ヒット。井上、ショートゴロゲッツー。
 七回裏。竜の肘の負担を考えてか、広島のピッチャーが池田に代わる。ピッと伸びるクセ球だ。菱川センター前ヒット。代走に中。一番レフト菱川は三打数三安打でお役御免。中がセンターに入り、江島がライトに回り、私がレフトに入るだろう。ライトの伊藤竜彦はベンチへ。私の打順は五番ということになる。一枝三振。高木三振。時間短縮。中は走らない。木俣、三遊間ヒット。ツーアウト一、二塁。
 私は予想どおり伊藤竜彦の代打を命じられた。初球内角低目のスライダー、軽く掬い上げて、ライト中段へ百五十六号ツーラン。私の仕事はこれで終わり。二対十。葛城の代打千原、バットの先に当てるサードゴロ。
 八回表。ファーストには葛城の代わりに江藤が入り、ライト伊藤竜彦の代わりにサードから太田が回り、中がセンターに入り、レフト菱川の代わりに私が入った。苑田セカンドフライ。山本浩司、私への凡フライ。山本一義、セカンドゴロ。すべてパームボール。
 八回裏。江島ライトフライ。太田、三塁ベースに当たる二塁打。星野ライト前ヒット。太田生還。二対十一。中ファーストライナー。高木レフト前ヒット。木俣、レフト線へ二塁打。星野還って二対十二。私の代打吉沢セカンドライナー。全攻撃終了。
 九回表。吉沢が生まれて初めてレフトを守った。グローブは私が貸した。彼は溌溂とレフトの守備位置へ走っていった。
 衣笠外角速球をフルスイングでレフト上段へ十五号ソロ。星野秀孝は素朴に驚く爽やかな顔でホームランボールを見送った。失点一。朝井の代打興津キャッチャーフライ。水沼の代打小川弘文センター前ヒット。池田の代打藤井セカンドフライ。今津セカンドゴロ。ゲームセット。三対十二で中日の勝利。木俣がマウンドへ走り寄り星野と握手する。マウンドを降りた星野は水原監督につづいて小川と握手。小川二十三勝目。チーム九十七勝目。勝利インタビューは小川と、決勝の満塁ホームランを打った木俣。
「小川さん、二十四勝目、おめでとうございます」
「どうも」
「禊とおっしゃった直後のピッチング、おみごとでした。情報によると、やはり沢村賞は小川さんに本決まりのようですが、どうしても辞退なさいますか」
「当然です。球界浄化のためです。今年の私は賞をいただく資格がありません。高橋一三くんこそそれにふさわしい。あんなめでたい賞は一生に一度でいいです。残り試合で最多勝を目指します」
 歓声、拍手、鉦太鼓、球団旗。
「木俣さん、マサカリ打法炸裂でしたね」
「物真似打法です。打つ直前に一本足にするのは王さん、グリップを極端に下から上へ持っていくのは、じつは、金太郎さんがインパクトの直前に手首を寝かせるのを、逆に立ててみただけ。金太郎さんは必然的にアッパーになり、俺はダウンになる。芯を食えばどちらもブッ飛んでいく。江藤さんやモリミチのレベルスイングも同じ。結局、ボールを下から叩き上げたり、上から叩き下ろしたりしないで、芯を食わせる工夫です。芯を食わせる自分なりの作法をそれぞれが身につければ、打撃は開眼します」
「現在、王選手が四十一本ですから、四十六本は江藤さんに次いで三位です」
「キャッチャーはインサイドワークが命。そこをしっかり心がけて、それから打撃です。今年は王さんにホームランでリードすることだけを目標にします」
 ロッカールームで葛城が着替えながら、
「健ちゃんには感服した。じつは俺も、田中に誘われてオートレースにいったんだ。あれが八百長だったかどうかわからないが……たぶん八百長だったんだろう、健ちゃんの三日後に俺も警視庁で取調べられたわけだから。ま、灰色の行動をしたことにはちがいない。水原監督はその筋に根回しして庇ってくれたんだが、情報を耳に入れた阪神フロントが受け入れをためらってる。来年の移籍は危ないかもしれん。そういうわけだ。俺を他山の石にして、ぜったいに胡散くさそうな連中に近づいたらいかんぞ。くだらんことで野球をやめることになったら、いくら人生を悔やんでも悔やみきれんからな」
 みんな神妙にうなずいた。小川が、
「葛城さん、だいじょうぶだ。阪神でやれるよ。葛城さんはタイトルもベストナインも何度か獲ってるし、大毎時代、あの榎本喜八をライバルにして闘ってきた男だ。これまでの実績がちがう。弱気にならずに、一年でも長保ちしてくださいよ」
「そうだな。おたがい野球があればめしもいらない野球バカだからな」
 木俣とロッカールームに入ってきた水原監督が、
「ほかにギャンブル好きはいないか?」
 パチンコ、麻雀ぐらいならと何人か手を挙げた。
「そんなもの、球界のほぼ全員がやってるよ。オート、ボート、競馬、競輪なんかのことを訊いてるんだ」
 私は手を挙げ、
「ぼくは先日、北村席のご主人に連れられて名古屋競馬場にいってきました」
 みんな苦笑いした。
「外で言っちゃだめだぞ。公営ギャンブルには連盟が目くじら立てるからね」
「はい」
「で、楽しかったかい?」
「はい。迫力がありました」
「儲けた?」
「はい、十五万円」
「何をやらせてもすごいね。ダービーでも儲けたって、北村席のご主人に聞いたよ。しかし、麻雀も花札もやらないそうだね」
「はい、頭が回らないほうなので、才能やキレを必要とするものはやりません。麻雀は一度挑戦しましたが、尻尾を巻きました。あれは天才たちのゲームです。花札はトランプの七並べみたいでやる気がしないし、ギャンブルとは言えないかもしれませんが、碁将棋は難しすぎるのでハナから覚える気になりません。競馬だけは例外です。動物が走るせいで、究極的な予測が難しい。血統がどうの、タイムがどうのと言ったところで、その日の馬の調子で決まることなので、結局、勘や運に頼るしかない。そういうギャンブルは楽しいので連れていかれればやります。オートも、ボートも、基本がマシーン頼みなので趣を感じません。競輪は奥が深そうなので、機会があれば一度やってみたいとは思っています。いずれにせよ、金儲けしようと思わないので、危ない人に関わることはいっさいないでしょうね」
「年に一度か二度のギャンブルか。健康的だね。賭けゴルフよりもいい」
 宇野ヘッドコーチが、
「水原さん、人聞きが悪いですよ。めしを賭ける程度で賭けゴルフなんて言うと、金太郎さんに誤解されますよ」
「球界のほとんど全員がゴルフをするようですが、ぼくはやりません。誘われてもけっして参加しませんから、誘わないでください。ドライバーがどうの、アイアンがどうの、やれスライスだ、やれフックだと、穴一つに落とすのに技術が複雑すぎます。シンプル・イズ・ベスト。投げて、打って、捕って、走って。目指すものはスピードと距離。野球ほど単純で爽やかなスポーツはありません」
 太田コーチが、
「お説ごもっともなんだけどね。やれやれ、納会ゴルフは金太郎さん参加せずか。手取り足取り教えてやろうと思ったのにな」
「すみません。選手納会のほうには参加して、宿でゴロゴロしようと思ってます」
「絵になるのは野球だけでいいでしょう。野球一本。ところで、とうとう百勝達成です。みんな、おめでとう!」
 水原監督が顔をクシャクシャにして笑った。
「おめでとうス!」
 宇野ヘッドコーチが、
「あと四勝すれば、チームシーズン勝率日本新記録達成だ。できるだろう」
「できます!」


         八十一

 帰りの車中で蛯名が、今回の八百長に関する興味深い裏話をした。
「プロ野球のチケットの売り買いにヤクザが関係しているんで、選手に融通をきかしてやっているうちにこういうことが起きてしまうんですよ。チケットの都合をつけてやったことがきっかけで親しい付き合いになる。八百長を頼むというのはその流れです。ほとんどピッチャーです。バッターは自分が三振したくらいじゃ試合の流れを変えられないですからね。勝ちたいときは、うん十万やるから俺の投げる試合では打たないでくれ、相手はわざと三振する、負けたいときは、自分がわざと打たれる。大阪や神戸の野球賭博専門プーの命令でやるわけです。いきの車でも言いましたが、そいつらはヤクザ組織と顔見知りというだけで、ホンモノのヤクザじゃありません。でも素人にはコワモテします。そんなやつに大借金したのが、このあいだ水原さんに切られた田中勉です。プーに誘われて野球賭博をする。それがきっかけです。当然負けがこむ。とても人が肩代わりできないほどの借金にふくらむ。チャラにしてやるからと騙されて、同僚に八百長を頼みこむことになる。勝負に響くほどの実力のある後輩に目をつける。先輩後輩の関係があるので断り切れないからです。断ったら、預かってくれ、渡したと相手に納得させたいだけだ、とくる。預かったら終わりです。その場で突き返したから小川さんは何とか助かった。受け取ったやつは言語道断ですが、預かったやつはいずれ大勢出てきますよ」
         †
 遅い食事のあと、
「いってらっしゃい。溜まってるころよ」
 そう言ってカズちゃんが立ち上がった。座が色めき立った。素子が片目をつぶる。睦子がうれしそうに笑う。
「ムッちゃんたちのあと、まだ力が余っとったら、一人でも多く抱いてやってな。大して時間はかからんのやから」
「うん」
 カズちゃんたちが引き揚げたあと、中庭を見下ろす睦子の部屋にいく。千佳子とキッコとソテツもついてきた。きのうの夜カズちゃんとしていたので、かえって下腹に力が横溢している。女たちのふくらはぎや尻がなまめかしく、しかも愛らしく見える。
「おお、いい部屋だね。暮らしやすそうだ。マンションより温かみがある」
「大学を出ても、ずっとここにいるつもりです」
 机や書棚の運び入れのときは気づかなかったが、八畳の広い部屋だ。蛍光灯が明るい。机の上に万葉植物事典をはじめ、一連の専門書が開かれている。ノートも何冊も積んである。キッコとソテツがめずらしそうにキョロキョロする。机の前の壁一面に、何十もの花の名前と歌が対で書きこまれていた。自分で撮った写真を貼りつけたものもある。聞き慣れない名前の花が多い。カタカナのほうが現代名のようだ。
 アカメガシワ(あづさ)、クサイチゴ(いちし)、ギシギシ(いちし)、イタドリ(いちし)。いちし、としか詠われていないのかもしれない。アサザ(あざさ)、キササゲ(あづさ)、スベリヒユ(いはゐづら)、オケラ(うけら)、フジバカマ(ふじばかま)、ナンバンギセル(おもひぐさ)、シラン(けい)、ササユリ(さきくさ)、チカラシバ(しばくさ)。
「しばくさなら、よく野原で見かける。猫じゃらしのことだね」
「はい」
 ヒルムシロ(たはらづみ)、サンカクイ(しりくさ)、カジノキ(たく)、ノハナショウブ(はながつみ)、ヘクソカズラ(くそかずら)。
「どうしてクソなんて名前がついたんだろう」
「茎や葉を切ると、うんこのにおいがするんです。かわいらしい花なのに、気の毒」
 千佳子が、
「イヌノフグリという花もあるけど、気の毒よね」
「トンボ草に似たかわいらしい花だよね。実が二つ並んで、犬のキンタマにそっくりなんだ。しかしこれはすごいものだ。頼もしいな」
 妖艶なからだに知性がいっぱい詰まっている。私は感嘆の意味をこめて睦子のせり上がった尻を撫ぜた。睦子は、ふふ、と笑って身をくねらせた。ほかの三人の女の頬が赤らんだ。書棚にギッシリ本が埋まっている。棚の中段にはめこまれた小さなスピーカーがいじらしい。ミルドレッド・ベイリーのLPを手にとってかけようとすると、ソテツが、
「神無月さんが疲れてるでしょうから、すぐ抱いてもらいましょうよ」
 焦って言ってデニムのスカートを脱ぐ。書棚と反対の壁ぎわに、しっとりと三組の蒲団が敷いてあるのに気づいた。敷布の上にタオルが何枚も敷いてあった。
「見てください」
 ソテツは少しスクワットをする格好で、穴開きのパンティを穿いていることを示す。千佳子が、
「わ、やっぱりグロ。ドキドキする!」
「どうして女が女のものに興奮するんだろうね。男は男のものを見たって何とも思わないのに」
 睦子が、
「男の人のものはオシッコをするホースってすぐわかりますけど、女のものは見るからに妖しいからです。オシッコはオマメちゃんの下からついでに出すので一生うまく飛びませんし、オマンコの形自体がセックスにしか使わないことが一目瞭然ですから」
 ソテツは期待に満ちた目で私の服を脱がせ、蒲団に横たえる。
「きれい!」
「きれい!」
 女たちは口々にため息をつき、私の胸や腹や性器を触りまくる。ソテツは私の顔の上で開脚してシックスナインの形をとり、血の入りかけた亀頭を大事そうに含む。パンティの隙間が見えるように進んで尻の位置を定める。
「見えます?」
「よく見えるよ」
 ほかの三人も覗きこむ。睦子が、
「うわあ、ほんとにグロテスク。私たちも後ろから見たらこう見えるのね」
 入り組んだ襞や突起が光っている。それを見て私がたちまち屹立すると、睦子たちもうれしそうに全裸になる。きょうの彼女たちはふつうの下着をつけていた。ソテツがいざっていってむこう向きに膣口を亀頭に接した。尻を落とす。前傾した私のものがソテツの中でたわみ、いきり立った。
「あ……すごい、神無月さん……きつくて、す、すぐイク……」
 ソテツは私の足首をつかみ、快感を確認するように尻を上下させる。白いパンティの裂け目の黒ずんだものに、ソテツの意のままの速さで陰茎が出入りする。十七歳の少女らしくない貪欲さだ。膣壁が成熟したうごめき方をする。
「ソテツ、いいオマンコになったね。とても気持ちいいよ」
「は、はい、私も……イクウ!」
 私は快感が増すのを意識して抑えた。ソテツはイクイクと叫びながら、連続して十回ほど達すると、狂うほどの乱れようで転がり落ちた。大股開きで激しく痙攣しながら、小水と見まがう愛液をパンティの隙間から吐き出す。千佳子がやさしく腹をさすり、キッコが不思議そうに覗きこむ。
「女の神秘やわ。罪深いわァ」
 千佳子がソテツと同じ格好で腰を落とす。ヌルッと入っていく。キッコが、
「わァ、この瞬間が気持ちええんよね! 早くうちもほしい!」
 私が腰を動かすと、千佳子はたちまち悶えはじめる。
「か、神無月くん、イク、あああ、気持ちいい! イク!」
「千佳ちゃんの腰の動きがセクシー。わああ、すごい、びらびらがグニュグニュ動いとる。あ、だめ、ジーンとしてきた。神無月さん、イキたなったらちょうだい!」
 千佳子のすぐ横に裸の尻を向けて構える。
「あ、イク、神無月くん、好き、イク、イクゥ! ぐ、ぐ、イクウウ!」
 荒い呼吸を一瞬止め、
「も、もう一度、イキます、う、うん! イイック! あああ、神無月くん、ふくらんじゃった、ふくらんじゃった、あんんん、気持ちいい、イックウウウ!」
 みずから引き抜いて転がったので、キッコの尻へ突き入れる。
「んんん、大きい! すぐイク、すぐイク、あああ、神無月さん、出して出して! いっしょにイク」
 吐き出さない。
「あああ、イクイクイク、イク! うん、うん! イッ、イッ、クウウウ!」
 キッコは肘をついて尻を上げ、トシさんのように腰を前後に動かしながら、愛液をシーツにほとばしらせる。私は引き抜き、キッコを仰向かせ、両腿を抱え上げて股間の愛液をすする。水鉄砲のように噴き出す。痙攣が終わるまでそうしている。横たわって様子を見ていた睦子がムックリ起き上がり、
「私、オシッコしてきます」
 と廊下へ急いだ。千佳子とキッコはソテツの横に転がって悶えている。キッコが丸くなってふるえながら、
「神無月さん、死ぬほど好きや、あたしには神無月さんしかおらん、うーん、止まらん、イク!」
 トイレから戻った睦子は、仲間たちの視線に頓着せず、愛しげに私の胸に両手を突くと腰を落として包みこみ、味わうようにゆっくりと腰を上下させる。
「愛してます、ああ、気持ちいい、すぐイカないわ、とてもいい気持ち……あ、ああ、だめです、もうだめ、郷さん、愛してる、イク、イクイク!」
 愛らしい声を上げて数回気をやり、限界までふくらんでいく私の亀頭をしっかりとつかむ。
「ああ、ください、好き、好き好き、郷さん、愛してる!」
 叫ぶと、全力でからだを痙攣させた。私が射精する瞬間に合わせてしとどに愛液を滲み出し、子宮でしっかり私の精液を受け取った。連続する律動の突き上げを懸命の形相でこらえる。苦しげに悶え、ふるえる動きが急に止まり、両手を胸に突いたまま陰阜の機械的な痙攣の繰り返しになったので、尻を持ち上げて引き抜くとほとんど喪神していた。
 素子の言ったとおり、まだ精力が余っていた。回復の早い千佳子が、私の一物がいきり立っているのを見て、
「きょうしたかった人がもっといるはずです。声をかけてきます」
 服を着て出ていった。しばらくして有志の女たちと戻ってきた。幣原、優子、イネの三人だった。彼女たちは、快感に浸っている仲間を見て、たちまち興奮し、全裸になった。幣原が騎乗位で交わって心ゆくまでアクメを味わう。名器の優子の緊縛のせいで持ちこたえるのが危うくなった。優子がうめいて離れたとたん、これまた名器のイネに跨られた。その一瞬に力尽きかけた。イネは貪るように私の数往復と律動に陰阜を打ちつけた。
「好ぎだ、神無月さん、イグウウ!」
 それからしばらく往復してから、激烈にふるえて離れた。その瞬間、千佳子が大きく口を開けて咥えこんだ。
         †
 翌朝、カーテンが薄明るいうちに幣原が起き出し、ソテツとイネをやさしく揺すり起こすのを夢うつつに眺めた。端の畳に近いあたりで優子とキッコが並んで蒲団を引きかぶっている。幣原は、
「神無月さん、ありがとうございました」
 と小声で呟き、唇にキスをした。ソテツは穴開きパンティを脱いで手に握り、デニムのスカートを穿いた。三人きちんと身仕舞いをし、いっしょに出ていった。睦子の乳房を握りながら、うとうとした。背中に千佳子の乳房があった。やがてカーテンがかなり明るんできて、キッコが起き出すのが見えた。優子も起きて身仕舞いを始める。
「またね―」
 私は薄い意識の中で言った。キッコが、
「好きや。いつまでもそばにおるよ」
 そう言って長いキスをした。優子もディープキスをして出ていった。何時だろうと思いながら、ふたたび眠りに落ちた。
 目覚めると、九時だった。たっぷり眠った。睦子と千佳子の乳房に挟まれていた。二人にキスをし、微笑む。愛してます、と二人で言った。
「風呂に入ろう」
「はい。千佳ちゃん、私の下着穿く?」
「うん、そうする。ブラも貸して。同じ大きさだから」
「郷さんの下着もたくさんあります」
「そう? じゃ、それ着る」
 風呂に入り四方山話をした。また竜飛岬の話に花が咲いた。旧友たちの名前が次々に出た。西沢先生の片肺の話も出た。千佳子が言う。
「山口くんのコンサート、なんとかいきたいね」
「いきたい」 
「水原監督もいくそうだよ。ぼくは名古屋に巡回してくるまで待つよ。コンサートが終わったあと、北村席で山口といっしょにくつろぎたいからね」
 千佳子が、
「私たちは暇だから、いってこようよ。林くんや御池くんに会えるかもしれないし」
「そうね、いきましょ。グリーンハウスにも寄ってきましょ」
「出演日を電話で確かめてね」
 からだの隅々まで流し合ってサッパリし、睦子の部屋で着替えてから座敷へいった。主人夫婦とトモヨさん母子と菅野が、五、六人の女たちとにぎやかに笑い合っていた。直人が私の膝に飛びこみ、
「おとうちゃん、おはよう!」
「おはよう。そうか、きょうは日曜日か」
「やきゅう、やきゅう」
「うん、牧野公園でやろう」
 長めのプラスチックバットとゴムボールで、飽きるまで遊んでやろう。ソテツとイネが明るい表情でコーヒーを持ってくる。
「カンナは?」
 ソテツが、
「奥さまのお乳をもらって、すやすや寝てます。朝ごはん用意しますね」
 女将が、
「あんたらピカピカしとるねえ。女の命はあれなんやね。つくづくわかるわ」
 睦子と千佳子が女将の膝に手を置いてしなだれかかる。トモヨさんが恥ずかしそうにうつむいた。



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