十

 七回裏。一枝センターフライ。水谷寿伸ファーストゴロ。中三振。スイングがするどい。だれも店仕舞いをするつもりはない。増上慢の心やさしさは水原監督に叱られる。
 八回表。二番阪本センター前ヒット。森本の代打島谷、センターフライ。何も起こりそうもない。長池サードゴロゲッツー。水谷寿伸の本領の変化球が冴える。
 八回裏。梶本が登板。相変わらずの快速球。長谷川コーチが、
「今年十八勝も挙げて好調なのは、フォークを覚えたせいだ。このあいだは一球も使わなかったな」
 ヒントになった。しかし、打てるとはかぎらない。高木、ファールを二つ打ってから、案の定のフォークをチョンと掬って、セカンド山口の頭を越す。
「江藤さん、もう一本!」
 私の声に江藤は素振りを一つして応えた。今度は初球からフォーク、フォーク。引っかけさせてゲッツー狙いだ。ワンワン。江藤はボックスを外してもう一度掬い上げるような素振りをした。梶本へのデモンストレーションだ。もう一球きたら打ちますよ。三球目胸もとの速球。ボール。水原監督のパンパンパンが出た。四球目、外角へスローボール、いや、パームだ! 秀孝より落ちない。田宮コーチの蛮声。
「いけ!」
 バット一閃、まともに芯を喰らったボールが長池の頭上へ伸びていく。長池は一歩も動かない。打球は右中間の看板を越えた。すぐに下通のアナウンス。
「ドラゴンズ、江藤選手、シリーズ第二号のホームランでございます」
 めずらしく江藤が跳びはねて三塁を回った。尻ポーン。ホームの仲間たちの中へ二つのこぶしを突き出して走りこんでくる。やさしい殴打。やさしいヘッドロック。やさしいバヤリース。四対十四。喧騒の中、つづけてバッターボックスに入る。喧騒が増幅する。水原監督がパンパンパン。
 初球、フォーク、急速に沈む、これを打つ! 腰を入れてゴルフスイング。ピッチャー返し。梶本ジャンプ。少し角度がついた。上がった。よしいった! センターフェンスへ一直線。大熊猛然と走る。フェンスの前であきらめる。バックスクリーンへドスン! 喚声と悲鳴と喝采の中を早足で回る。
「神無月選手、シリーズ第八号ホームランでございます」
 水原監督が両手を挙げてピョンピョン跳ねている。その掌へパチンとタッチ。
「ピッチャーがジャンプしたよ。おみごと!」
「はい、死ぬまでもう一本打てるかどうかの当たりです!」
 揉みくちゃ。ヘルメット叩き、尻叩き。コーチ陣まで参加している。四対十五。ベンチで江藤と並んでバヤリースを飲む。
「江藤さん、めちゃくちゃ飛びましたね」
「パームは梶本の得意球ぞ。水原さんから聞いて予想しとったばい。よう飛んだァ」
 半田コーチが二人の肩に手を置き、
「すばらし、コンビね。世界ナンバーワン。私、忘れないよ」
「何ば言いよったい、カールトンさん。さびしかァ。墓場にいくごたる口利いたらいけん。会いとうなったらいつでん会える。ハワイと日本、飛行機でちょいや」
 木俣が、
「江藤さん、飛行機苦手でしょ。カールトンさんにきてもらわないとあかんですよ」
「私、きますよ」
 ベンチに温かい空気が流れる。
「おー、痛くない、痛くない!」
 冷静な梶本が乱れた。菱川、フォークで一本空振りしたあと、カーブのすっぽ抜けが尻に当たって痛くないデッドボール。太田、初球高目のスピードボールに詰まりながら、レフト前段まで届くホームラン。
「こら、タコ、いっつもこうやな。仕方なか、迎えにいっちゃるか」
 みんなでホームベースへ走っていく。手荒い歓迎。小川が尻に一発回し蹴り。
「テテテ、それ、歓迎じゃないでしょう、拷問!」
「ドラゴンズ、太田選手、シリーズ第一号のホームランでございます」
 四対十七。ノーアウトで戸田にピッチャー交代。隙っ歯の小柄な本格派。球速は百三十キロ半ば。スライダーが不気味に曲がる。一枝、スライダーにバットの先を引っかけてセカンドゴロ。伊藤久敏ピッチャーゴロ。ベンチのみんながグローブを手にする。そのとたん、中の弾丸ライナーのホームランが右翼中段に飛びこんだ。田宮コーチが、
「タイ記録!」
 と叫び、ベンチを飛び出した。私たちも何が何やらわからず飛び出す。中が水原監督といっしょにホームへ走ってくる。最長老に手荒い歓迎はない。手や腕を握ったり、背中をさすったりする。
「中選手、シリーズ第一号のホームランでございます。ただいまのホームランでチーム得点が十八点となり、昭和三十八年読売ジャイアンツが日本シリーズ第七戦で記録した十八得点と並ぶ、日本シリーズ歴代最多得点タイ記録となりました」
 轟々という歓声。これでは高木は打ちにくい。慎重にボールを選びすぎ、戸田の外角スライダーに空振り三振した。みんなでいっせいに守備に散る。
 九回表。スタンドの北村席の連中を見る。和やかに語り合いながら、マウンドに上がる水谷を観ている。阪急最後の攻撃。大熊ライトフライ。ウインディの代打アグリー、ショートゴロ。中沢、ライトファールフライ。ゲームセット。球場が一瞬静まり返る。中日ドラゴンズが強すぎることに感銘する静寂だ。四時十四分。きょうも長い試合だった。ベンチに走り戻る私たちを讃えるように、静まり返った観客席から大きな拍手が上がる。三連勝。阪急のベンチが悲愴感に満ちている。西本監督の姿はとっくにない。インタビューは星野と水原監督。みんなでロッカールームに引き揚げる。宇野ヘッドコーチが、
「太田がウィニングボールを捕った瞬間、シーンとなってさびしかったね。強すぎると孤独なものだよ。早く慣れないと。強いというのは、山あり谷ありのドラマがないから、平坦すぎて人気もなくなるしね。反感じゃないんだ。庶民は心の底で強さを求めてるんだけど、強すぎることは最終的な願いじゃない。彼らの理想は、六十本前後でホームラン王になること、四割前後で首位打者になること、百五十前後で打点王になること、九十勝四十敗くらいで優勝すること、四勝二敗か三敗くらいで日本一になること。彼らが好むのは〈適度〉なんだ。人間の能力に対してうなずける範囲内で満足したいんだよ」
 星野を連れて戻ってきた水原監督が、
「宇野くんの声はよく徹るから、ベンチまで聞こえてきましたよ。われわれは、今年にかぎって言えば、宇野くんの言っていたような要望に応えることができなかった。しかし来年もこのままいきます。強すぎるチームになってしまったんですから、それを貫きましょう。自然体がいちばんです。勝てるときは勝ちましょう。少なくともきみたちの雇い主とファンは喜んでくれますよ。きみたちは図らずも、日本の経済活動に多大な影響を与えています。人気取りよりもずっと高度の活動をしてるんです。あしたも勝ってください」
「オー!」
 菱川が、
「アイラブユー!」
 水原監督が、
「アイラブユー、トゥー!」
 江藤が、
「ウワハハハ」
 監督も歯を出して笑いながら、
「星野くんが孤独に投球術を研究してたことは、みんなわかってましたね」
「オース!」
 と太田。
「見え見えやったぞ!」
 と江藤。
「冷やひやしたぜ!」
 と高木。
「球軽いぞ。ストレートを投げるときは三振取れ!」
 と小川。
「日本一!」
 と私が叫んだ。
         †
 やはり選手用バスに乗らずに、仲間たちより五分ほど退場を遅らせて着替えをすまし、菅野のセドリックに乗って帰った。ハイエース一台と、女たちを乗せたクラウン二台がつづいた。
「どんなに観客がシラけても、勝つことにしました」
 菅野が、
「だれもシラけてませんよ。アナウンサーの声が聞こえてきたんですが、感動的な静けさです、感きわまった静けさです、これほど強いチームがこの世に出現したことを心から讃えたいと思います。―声が上ずってましたよ。敵も味方も、みんな同じ気持ちです。あしたも勝ってください」
「はい」
 千佳子が、
「日本シリーズ初のアベックホームラン。二本とも場外ホームラン。ああいうものを見てシラける人がいたら、よほどの嫉妬焼きですね。自分ができないことにお金を払ってることを忘れてしまってるんじゃないでしょうか」
 主人が、
「強いことにケチをつけるのは恥ずかしいことやから、マスコミも表立ってはクサさんやろうが、インテリがマスコミにおったら危ないわ。うまくクサすでな。やつらは天才が気に食わんから。それが同じような気持ちの人間に大きな影響を与えるんや」
 睦子が、
「どんなふうにクサすんですか?」
「巨人、大鵬、卵焼きはバカが好むもの」
「卵焼きも子供のおかずの中では最強です。ぜんぶ強さで権威が確立したものです。確立した権威を好む人は、バカと言われても傷つきません。もともと権威に守られてますから。権威の確立していないものの強さを認める人が、バカとクサされるのはつらいことですね。傷つきます」
「最初からそういうものだってあきらめてれば傷つかないよ。巨人、大鵬、卵焼きをどこかしっくりしないと感じる時代はこないだろう。ぼくたちのような成り上がりはそう感じられる時代がくる。永遠に逆風の中だ。それが楽しい」
「あきらめて楽しめるのは神無月さんぐらいのものやろ。たしかに、名前のでき上がった巨人でも大鵬でも、ほんとうに強いものを好むのはバカやないと思いますよ。ただし、もっと強いものが出てきたときに、むかし強かったものを庇うんはバカや。神無月さんやドラゴンズをクサすやつにワシは徹底して逆らいますよ」
 菅野が、
「ほんとうの強者は、秀才や鈍才にクサされながら、孤独に自分の道をまっとうする者だけです。権威と言うのは、天才より何ランクも下の秀才が好むものです。秀才は世間の階段を上るための努力が大好きです。神無月さんやドラゴンズの選手たちが好きな努力は自己練磨のためのもので、世間の階段とは関係ありません。そこが彼らの敏感に嫌うところでしょう」
 千佳子が、
「菅野さん、頭いいですね」
「ふつうです。少し考えればだれでもわかることです。私のような半端者でもね。庶民の中の多数派に神無月さんがいじめられるのは、小さいころからの宿命だったんですよ。いいかげんにやめさせないと、と思っても、彼らはやめません。うようよいますから。神無月さんの言うとおり、あきらめるしかない」
「きょう、宇野ヘッドコーチも同じことを言ってました。強すぎるのは孤独なものだって」
「わかる人はわかってます。あしたもホームランを打ってください」
「はい。あしたはランニング休みます」
「了解」
 主人が、
「神無月さん、ワシらが孤独にさせんからね」
         †
 十月三十日木曜日。八時起床。ゆっくりいつもの日課。うがい、歯磨き、排便、シャワー。気温十二・五度。庭に出る。快晴。風なし。ランニングを含め、朝のいっさいの運動を慎む。すべての体力と関心をこの一戦に注ぎこむ。百江の声。
「ごはん、できました」
 ステーキの焼けるにおい。カズちゃんが、
「いっぱい精をつけて、最終戦を乗り切りましょう。きょう優勝したらかならずスーツが必要になるから、持っていってね」
 キャンプの紅白戦から始まって百五十試合以上、カズちゃんが言うように、正真正銘これが最終試合だろう。負ける要素がない。練習から試合終了まで、投打の感覚を確かめながら、一つひとつのプレイを繊細に、かつ大胆にやり遂げよう。
 新聞に、沖球審世紀の大ファインプレー、という写真が載っている。岡村が山口からの送球を受けた瞬間、少し浮いた尻のあいだから高木の左足が入りこんでしっかりホームベースを踏んでいた。キャッチャーミットは高木のすねに触れる寸前だった。それから高木は岡村のブロックに弾き飛ばされたのだ。高木の電話インタビューも載っていた。
「阪急のミスは江藤さんを殺せなかったことですね。彼を殺しておけば、私がホームインしたって、ツーアウトランナーなし、まだ阪急は三対一で勝っていたんですよ。江藤さんと私にしても大ミスだ。ノーアウト一、三塁で走る必要なんかなかった。金太郎さんに外野フライかホームランを打ってもらえばよかっただけのことだもの。でも、金太郎さんが見逃し三振をした瞬間を江藤さんが目にして、思わず走っちゃったんだね。それじゃというわけで私も走った。一挙六点取って結果オーライだったけど、薄氷もののプレイだったですよ」
 感動が甦ってきた。西本監督のすばらしいひとことも載っていた。
「写真がどうした。アウトはアウトだ」
 勝敗に頓着しないロマンチックな言葉だ。岡村を誉め讃える衷情にあふれている。メイ子が、
「男の世界って、表現しようがないほどすてきですね」
「真剣に生きてる男の世界はね」


         十一
 
 中日球場。九時半。十五・一度。無風。日本シリーズ第四戦。きょうも野球ができる喜び。グランドに蝟集するカメラマンの中に蒲原がいる。浅井もいる。スタンドのどこかに白川もいるはずだ。
 ポール間を鏑木と競歩、三往復。これがけっこう疲れる。江藤たちとインターバルダッシュ、一往復。五、六人フェンスに並んで倒立腕立て。太田が、
「ようやく十回できるようになりました。三十回はまだまだです」
「追々ね。素早くやらないようにすること」
「はい」
 江藤が、
「ワシャ二十回やが、それ以上は無理せん」
 二十回やれるのは、ほかに中、高木、一枝、菱川、三十回できるのは私と木俣だ。小川もやれるかもしれない。
 菱川とキャッチボール。二十メートル、四十メートル、六十メートルと延ばしていき、そこまでしかやらない。大きくからだを使うという高木の教えを守る。基本中の基本としてしっかり身についた。七十メートル以上の遠投は守備練習で。
 ドラゴンズと入れ替わりに外野芝を走り回る阪急チームのだれにも親しみが湧かない。他チームの選手に対するこの感覚は、一年じゅう変わらなかった。尾崎、杉浦、江夏、平松、そして衣笠だけが例外だった。山内にも張本にも親しめず、王も長嶋も稲尾も金田もだめだった。北村席での長嶋の茶番が苦々しい。しかしそのおかげで、来年から野球をやる気分がスッキリしたものになった。きょうもただ自分の練習をまじめにやり終え、交代して敵チームの練習を眺めている。気分爽快だ。
 十時。ドラゴンズのフリーバッティング開始。バッティングピッチャーは水谷則博。
「カーブのショートバウンド、五本!」
「はい?」
 私はバッティングケージの後ろを振り向いて、監督コーチ陣に笑いかける。水原監督が、
「フォーク想定だね」
「はい」
 田宮コーチが、
「米田は最後まで投げないと思うがな」
「それでも備えておきます」
 バットを折らないように気をつけながら、グローブで掬うように軽く打つ。外野までなんとか飛んでいく。頭を越えることはない。ヒットになればいい。木俣も、
「顔のあたり五本!」
 などと叫んでいる。これはスタンドにポンポン打ちこむ。きのうと同様開場を一時間早めたため、すでに観客が八割方埋まっている。まだ空きが目立つのは指定席だ。北村席の連中は、ネット裏と、一塁ベンチ上の定席を占めた。 
 十一時。阪急のバッティング練習開始。ドラゴンズと彼らのバッティング練習は明らかにちがう。阪急は娯楽とデモンストレーションを兼ねてやっているので工夫がない。ただホームランを打とうとするだけで、平凡な当たりと快打を繰り返す。
 適当な暇を見つけて、ロッカールームでソテツ弁当を食う。こんな自分の律儀さも楽しく感じる。一人で食っていてもさびしくない。そこへレギュラーたちがドヤドヤとやってくる。江藤が、
「めしは一人で食ったらいけんぞ」
 すぐに彼らに選手食堂のヤマヤ出前定食が届く。重入りで、焼き鮭、卵焼き、冷奴まるまる一丁、糠漬けおしんこ。ヤカンの麦茶も添えられている。
「ソテツちゃん弁当にはかなわんばってん、そこそこいけるばい」
「岡村が打ってましたけど、退場って、次の試合に出られるんですか」
 中が箸を動かしながら、
「出られないのは退場になった試合だけ。あとで制裁金を課されることはあるけど、よほどの暴力行為を働かないかぎり、出場停止は喰らわない」
 先発の小川が、
「長池、どうしちゃったんだろう。バッティング練習もぜんぜんだった。張り合いがないな。きょうは俺一人で投げ切るから、だれもブルペンにいかないでよ。気が散っちゃう」
 星野や伊藤久敏が、
「わかりました! 太田コーチに命令されたらどうします?」
「いくしかない。キャッチボールしながらブルペンから俺のピッチング見とけ」
 菱川が私に、
「長池はペナントの最終試合まで当たってたのに、急にスランプになっちゃいましたね。きのうも二本で終わり」
「あの構えは基本的に高目を叩くダウンスイングでしょう。木俣さんから柔軟性を取っちゃったやつ。内、外の低目はまず打てない。ここまで十三打数三安打一ホームラン。二割三分。チャンスにことごとく凡打。中日のピッチャーのコントロールにやられたら、まず打てません」
 星野が、
「きのうのホームランは、ぼくが不用意に投げたインハイです」
 私は、
「パリーグのピッチャーは高目ばかり投げるんでしょう。インハイはあの構えにドンピシャです。セリーグにきたら二十本打てるかどうか。大学生のころまでは、あの構え好きだったんですけどね。いまは関心ありません」
「金太郎さんは熱しつづけるか、すぐ冷めるかやけん。さ、守備練習にいくばい!」
「オス!」
 どやどやとベンチへ。
 阪急ブレーブスのフリーバッティング終了と同時に、ノッカーの田宮コーチと、返球を受ける新宅が出てきて、守備練習開始。新宅の控えにつくブルペンキャッチャーの高木時は日本シリーズのベンチ登録をされていない。内野からノック開始。高木守道の神業。一塁送球二本、ダブルプレー五本、バックホーム一本。一枝、菱川と同様につづき、江藤ダブルプレー五本、バックホーム一本。外野ノック。ここから実質遠投の練習に入る。きょうの田宮コーチは、ラインぎわのゴロやファールフライを打ってくる。センターはフェンスまでかっ飛ばして背走練習。左中間、右中間は、江島や千原や伊藤竜彦を実際に塁間に走らせて、二塁のタッチプレイを実戦形式でやる。
 十二時十五分、守備練習終了。引き揚げ。客席がほぼ満席になった。足木マネージャーが、
「三万三千三百人の発表です」
 両軍の整然とした応援が始まる。
 十二時半、阪急の守備練習終了。グランド整備終了。少年ファンたちが、もうすぐ始まるゲームへの期待を胸に、ズボンの膝にきっちり両手を置いてグランドを見つめている。トランジスタラジオのイヤホンを片耳に、ビールを飲んでいる勤め人たちもいる。どちらも胸躍らせているのに変わりはない。彼らのために、どんな瞬間も手を抜くことはできない。あこがれの選手の一投、一打、グラブさばきの一挙手一投足に目を瞠り、瞳を輝かせている人びとを裏切ることはできない。ネット裏の金網室ではなく、観客席最下段に小山オーナー、村迫代表以下中日球団フロントがずらり。その上方に北村一家。一塁ベンチ上にもカズちゃん一行。その一塁側スタンドをしばらく見回していく。加藤雅江一家の顔はない。ネット裏かライトスタンドかもしれない。時間をかければ見知った顔をたくさん見つけられるだろう。
「お客さんの目を見てみい。熱心なこったい。友だちや親戚が出場しているわけでもなかばってんが。ありがたか」
 小川が、
「慎ちゃん、家族は観にこないのか」
「こん。福岡やけんな」
「飛行機に乗れば目と鼻の先だろう」
「ウィークデーはみんな忙しか。北村席の女神さんたちがゴソッときとるけん、それでじゅうぶんたい」
 中も、高木も、木俣も、小川も、家族が観にきているという。一枝が、
「俺は、オヤジが一人でホテル経営してるから、天涯孤独みたいなもんだ。北村のみなさんにピースサインでも送るか」
 菱川が、
「俺も、タコも、秀孝もきてませんよ。優待券は送ったんですがね」
「空港に出るだけでクタクタになってしまうんやろう。スタンドは阪急の家族まみればい」
 水原監督が、
「私も家族はきてませんよ」
 と発言すると、コーチ連が、俺も、私もと言う。水原監督はつづけて、
「そう言えば、きのうは北村さんが差し入れてくれましたが、きょうは私が矢場トンを差し入れます。約束してたのをコロッと忘れてました。五回裏か六回裏の攻撃前がいいですね。足木マネージャー、よろしく」
「わかりました。百本差し入れます。いいおやつになるでしょう」
 メンバー表交換。水原監督と西本監督の握手。下通のスターティングメンバー発表のアナウンス。
「中日ドラゴンズ対阪急ブレーブス、日本シリーズ第四戦をまもなく開始いたします。先攻は阪急ブレーブス、一番センター大熊、背番号12、二番ショート阪本、背番号4……」
 徳武が、
「お、きょうはホームランを言わないね。まともだ」
「ええ声やのう。この声聞くのも、今年最後たい」
 小川が、
「球団納会に出てくるよ」
「ボールボーイまで出てくる馬鹿げたパーティやろ。ワシャ、選手納会にしか出ん。よかろ? 監督」
「はい、自由にやってください。選手納会には監督コーチは出ませんから、オアイコです」
「三番サード森本、背番号9、四番ライト長池、背番号3、五番ファースト石井晶、背番号6、六番レフト当銀、背番号41、七番キャッチャー岡村、背番号29、八番セカンド山口、背番号1、九番ピッチャー宮本、背番号14」
 中日ドラゴンズのスタメンは、中、高木、江藤、神無月、木俣、菱川、太田、一枝、小川。先発ピッチャーを除いてきのうとまったく同じ。主審は長嶋が幻のホームランを打ったときの一塁塁審竹元。塁審、一塁沖、二塁筒井、三塁田川、線審、レフト久喜、ライト岡田功。
 一塁ブルペンで小川と門岡、三塁ブルペンで宮本と足立が投げている。きょうもセレモニーはなく、トンボが入る。ホームベース付近のライン引き。鳴り物のない、渓流のせせらぎのような喧騒。ライトスタンド最上段に〈目指せ日本一!〉の横断幕。
 第四戦試合開始一分前。守備に散る。内野のボール回しを横目に、外野三人でキャッチボール。レフトスタンドで阪急の球団旗が振られている。これまでの三試合と変わらない応援風景だ。
「一回の表、阪急ブレーブスの攻撃は、一番、センター大熊、背番号12」
 大熊が打席に入る。
「プレイ!」
 球審竹元のコール。一時ぴったりにプレイボール。満員の観客が律儀に拍手する。背番号12の背中がレフトの守備位置に立つ私とほぼ正対する。大熊忠義、尾崎がいたころの浪商の二番打者。長打力あり。応援にリズミカルな手拍子が加わる。きのうまでなかったものだ。
 小川、初球外角カーブ、ボール。二球目、三球目と外角カーブ、ボール。小川のからだが溌溂と弾まない。そっと投げている。四球目、内角シュート、ボール。ストレートのフォアボール。先頭打者を出すまいと警戒しすぎたようだ。まあ、いつもの出だしだから心配ない。
 二番阪本。小川、木俣のサインにうなずいて、アンダースローから真ん中のスピードボール。バント。小川捕って一塁へ。大熊二進。走り寄った高木に何か言われて小川がうなずいている。無闇に牽制球をよこすな、投球に集中しろとでも言ったのかもしれない。
 三番森本。初戦から気になっている角面のサングラス男。コールマン髭、ヘルメットからはみ出た長髪、グローブは銀色ときている。最初はヤクザが野球選手になったのかと思ったが、太田の話では立教大学出身で西本監督の後輩だという話だ。実直そうでないのは外見だけなのだろう。二十七歳。長打力あり。ボールを捉えるのがうまい。小川は内角高目のシュートを二球つづけた。森本うまく捉え切れずサードゴロ。二塁の大熊動けず。四番長池、警戒しすぎてフォアボール。ツーアウト一、二塁。
「冗談だろ!」
 高木が大声を上げた。きょうの小川は固い。なぜか緊張している。五番石井晶。初球ど真ん中ストレート。ストライク。ようやく小川のからだが弾んだ。二球目、内角ストレート、サードゴロ。チェンジ。高木が機嫌を直して、小川の肩を叩きながらベンチに退がる。
 ―小川さん、崩れてもいいですよ、一試合くれてやりましょう。ここから四連敗さえしなければ、水原監督の胴上げです。
 私は心の中で呟きながらベンチに走り戻った。
「ネット裏の女房のことが気になっちゃってさ。おふくろもきてるんだよ。すまんすまん」
 小川が木俣の肩に凭れかかる。高木が、
「俺は気になんないぞ」
「見物されるの初めてでさ。ガキたちもきてるんだ」
「どんどん増えていくな。親戚もきてるんじゃないのか」
 二人の掛け合いは耳に快い。


         十二
 
 一回裏。初登板の宮本幸信の投球練習を見つめる。足立より死球が多いと太田が言ったピッチャーだ。オーバースローから切れのいい速球とドロップカーブを投げる。眼鏡をかけている。中大からドラフト二位で入団、三年目、二十四歳。百八十二センチ、八十六キロの巨漢。おととし三勝四敗、今年七勝三敗。
「さ、いこ!」
「きょうはどうだ!」
 中、初球のストレートをバックネットへ真っすぐファールチップ。二球目のカーブドロップの落ちぎわを流し打ってサードフライ。いつものようにピッチャーの決め球にあえてバットを出していく。
 高木には三球連続ストレートで押してきた。ツーワンから四球目、高目の速球を打ち損なってキャッチャーフライ。
 江藤じっくり見てフォアボール。私、外角ドロップを精確に捉え切れず、レフトへ高く舞い上がる凡フライ。水原監督が額に手をかざして私の打球を見上げた。空がまぶしい。
 二回表。当て馬当銀の代打ウインディ、ストレートとシンカーで三球三振。岡村ワンナッシングからサードファールフライ。山口、初球真ん中高目の速球に詰まってセカンドフライ。小川がほぐれた。もうここから阪急は打てない。ベンチに戻るとき、北村一家の大拍手。グローブを振る。球団旗が激しく振られ、鉦太鼓、拍手が何十倍にもなって返ってくる。
 二回裏。木俣、ファールで七球も粘ったあと、インハイのシュートを叩き下ろしてレフト前ヒット。菱川、初球真ん中のドロップにヘッドアップ、サードぼてぼてのゴロ、木俣封殺。太田インハイのストレートをこすってレフトフライ。一枝、ツースリーからフォアボール。ツーアウト一、二塁。小川レフト前ヒット! 水原監督の腕がぐるぐる回る。ウインディのバックホーム。肩が弱い。菱川美しいストライドで悠々生還。一枝三塁へ。まず景気づけの一点。始まった。
「よっしゃ、健ちゃん、バットのお仕事終わり!」
 田宮コーチの大声。小川が一塁ベース上で手を振る。
 中、どうしてもカーブドロップを打って先鞭をつけたいらしく、二球ストレートを見逃し、三球目のカーブを流し打ってレフトフライ。ゼロ対一。中と守備に走っていく。
「こだわってますね」
「自分なりにね。外から落ちてくるカーブに自信ありそうだから」
「叩いておかないと」
「そう」
 ピッチャースマウンドで右と左へ別れる。
「宮本に代わりまして、正垣、バッター正垣、背番号13」
 ―あれ、代えちゃった。キッチリ抑えこんでいた宮本をどうして代えるんだろう。こうなるともう西本監督の道楽だな。
 正垣は第二戦で二打数二安打。彼に期待して突破口を開きたい気持ちはわかるが、好投の宮本があまりにもったいない。
 三回表。正垣、ツーワンからスローカーブにタイミングを外されてショートゴロ。温情あふれる西本監督からすれば、ちっとももったいなくないワンアウトなのだろう。たしか宮本はペナントレースの天王山でサヨナラホームランを打っている。彼にこそ期待できたはずだ。代える必要のない宮本を代えたのは、総力戦に備えて登板を待っているほかのピッチャーへの配慮なのかもしれない。つまらない気遣いだ。みっともなく勝利に貪欲になれとは言わない。勝てる可能性があるなら、そのように最善を尽くすべきだ。すぐれた才能と高度な技術の凌ぎ合いをファンに披露しながら、彼らとともにみずからも勝利の可能性を期待すべきだ。一勝でもしてあすの希望につなげるべきだ。きょう負けたらあすはない。選手たちへの温情がそれ以上に大切だとは思えない。
 大熊、外角カーブを引っ張って私の前へヒット。痛烈な打球。トンネルをしないように腰を落としてガッチリ捕る。阪本、ツーツーから小川が勝負にいった速球を打ち返してセンター前ヒット。森本、敬遠気味のフォアボール(髭とサングラスに威圧されたわけではないだろう)。ワンアウト満塁。長池を迎える。拍手、鉦、太鼓、旗、笛、歓声。
 小川は落ち着いてツースリーまでもっていき、外角の小さなカーブでピッチャーゴロに仕留めた。1―4―3のダブルプレー。長池不振の極み。しかし、こういう失敗が積み重なっていく展開こそ野球の醍醐味なのだ。
 三回裏。ピッチャー梶本に交代。ショートリリーフで三連投。
 高木、シュッのストレートに食いこまれてサードゴロ。江藤、外へ逃げるシンカーにやられてライトフライ。私、内角胸もとのシュートをよけ切れず、胸のロゴをかすめるデッドボール。ネット裏で、
「キャー!」
 と叫んだのは睦子だろう。そう思って一塁ベース上からネット裏の年間席を眺めると、主人と菅野に挟まれてイネが座っていた。イネの声だった。カズちゃんや睦子たちは一塁ベンチ上に陣取って、夢中でグランドを見つめていた。木俣、初球の内角カーブを素直に弾き返してレフト線二塁打。ウインディが打球をジャッグルする間に私は一挙にホームへ。クロスプレーになりそうだったので、岡村が追いタッチをするミットをかいくぐって、ホームベースタッチのスライディングした。セーフ。大歓声。われながらいい見せ場を作った。
「金太郎さん、グッド!」
 ベンチの暖かい拍手。ゼロ対二。ツーアウト二塁。菱川セカンドゴロ。両チームとも残塁が多い。きょうも長い試合になりそうだ。
 四回表。八打数二安打一ホームランの石井晶、内角ストレートを私の前へ小気味のいいヒット。出っ歯のゴリラ顔。かつてスペンサーを押しのけて一シーズン四番を打った男だ。この三年は活躍しなかったが、このシリーズで復活を果たすかもしれない。要警戒。小川はわかっているだろう。日本シリーズになってから、いやにレフト前ヒットが飛んでくる。けっこうするどい当たりが多いので、いつかエラーしそうでいやな感じだ。ウインディ、詰まったサードライナー。まったく当たっていない岡村、ピッチャーゴロゲッツー。
「アー」
 というスタンドのため息が何回となく繰り返される。耳について胸が悪い。西宮球場のような罵声の連続で通してくれたほうが安らぐ。そのほうが素朴に楽しんでいることがわかるから。
 四回裏。もうそろそろドラゴンズ打線が爆発するころだ。爆発すれば味方ベンチも、ファンも、敵もときめく。太田サードフライ。阪急にお付き合いしている。一枝セカンドゴロ。江藤が、
「梶本のフォークが切れとるのう。金太郎さん、フォークの練習しよったろう。打てそうね?」
「ひさしぶりにショートバウンドを打ち返してみたくなりました。でも、その前に西本監督の病気が出て、宮本みたいに代えてしまうかもしれません」
「病気が出てほしいのう」
 小川ショートゴロ。お付き合いもここまでだ。
 五回表。山口、ヒット性の浅いライトフライ。太田スライディングキャッチ。何気なさそうに見えるが、高度なファインプレーだ。太田はむかしから守備がうまい。安心して見ていられる。
「ナイスプレー!」
 グローブを叩いて遠く声をかける。中もグローブを叩いている。太田がグローブを上げて応える。梶本の代打に岡田が出る。そら病気が出た。ブレーブスの連中は内心トホホという感じだろう。岡田、カーブ、ストレートをファールしたツーナッシングから、内角シュートをバットの根っこに当ててファーストフライ。一振りで決めなければならない代打のくせに、じつに杜撰だ。バッターボックスに入ったときの狙い球が小川の切れのいいシュートだったはずがない。狙い球が決まっていなかったのだ。
 ―試合を捨てたのか? まだゼロ対二なのに?
 試合を捨てるような気の緩みなどもってのほかだ。三連敗のあとの四連勝は、昭和三十三年に西鉄がやっている。まったく可能性がないわけではないのだ。たぶん西本監督は、打たれてからでは遅いと感じて、小刻みな継投で凌ぎながらチャンスに一挙に大量点を入れて試合を決めてしまおうと目論んでいる、と好意的に考える人もいるかもしれない。しかし好調の投手を継投する必然性がないし、この三戦を見ても、大量点を入れて決めてしまえるほど打線に爆発力がない。
 大熊、初球高目のストレートをファール。スパイクの裏をバットの握りでコンコン叩く。尾崎といっしょに甲子園で優勝した男。ファール打ちの名人。ファールで粘った六球目、外角パワーカーブをうまくミートするも、セカンドライナー。
 五回裏。大石登板。彼も、第一戦、第三戦につづいてショートリリーフの連投だ。へろへろ球。ドラゴンズにとっては、どうぞ打ってくださいとお膳立てしてくれているようなものだ。
 中センター前ヒット。すぐさま盗塁。高木セカンドゴロ。中三塁へ。江藤三遊間奥へショートゴロ、阪本遠投、間に合わず内野安打。中生還。ゼロ対三。私は敬遠気味のフォアボール。ワンアウト一、二塁。木俣ライト線二塁打。江藤と私が生還。ゼロ対五。菱川セカンドゴロ。少し試合が動いた。
 六回表。阪本強い当たりのサードゴロ、名手菱川が弾いた。一塁セーフ。小川、菱川に向かってドンマイ、ドンマイ。少しも動揺せず、また森本に意識的なフォアボール。ノーアウト一、二塁。長池、性懲りもなくゆるいサードゴロ、菱川は三塁ベースを踏んで一塁へ送球するも阪本の封殺のみ。足の速い阪本を封殺できてホッとする。当たっている石井晶、またも私の前へヒット。私の肩を警戒して森本三塁ストップ。ワンアウト満塁。阪急はチャンスの連続だ。ウインディの代打矢野、大きなレフトフライ。フェンスすれすれでキャッチ。森本タッチアップして本塁へ滑りこむ。私はバックホームせず、菱川へふつうの強さの返球。ツーアウト一、二塁。不発の岡村、ピッチャーゴロ。一対五。
 スタンドのざわつきがだんだん高まってくる。トンボが入る。バッターボックスのラインが引き直される。かすかに聞こえるアナウンサーの声が入り乱れている。
 六回裏。足立登板。水原監督がスタンドを振り仰ぎながら、三塁コーチャーズボックスへ静かな足どりで向かう。不意にさびしさがやってきた。大して打たれてもいないピッチャーを交代させる。……西本監督には、一矢も二矢も酬いて西宮に戻るという気持ちはないのだろうか。これは温情というより、選手、ファン引き連れての無理心中だ。おそらく初戦の大差敗けに驚き呆れて八方破れになってしまったのだろう。もちろん、きょうの試合に策を講じて勝つ気はあったにちがいないけれども、それは、ひたすら多量の銃弾を浴びせて一発でも当たれば儲けものという〈無策〉に近いものだった。選手たちは、日本シリーズというせっかく踏み慣れた舞台で、ひとりよがりの舞台監督に奇妙な演技を命じられて足を踏み外し、奈落の底へ落ちた気分になっているだろう。
 太田、浮き上がるシュートを肩口にぶつけられ、さりげなく一塁へ走る。まちがいなく大量点になる。水原監督がパンパンパン。気配を察したベンチが、
「ヨ!」
「ホ!」
「ヨーオ!」 
「ビッグイニーング!」
 無理やり声を振り絞る。一枝、一、二塁間深いところへ内野安打。小川さりげなく三振。中、足立のシンカーをむんずと芯でつかまえてレフト前ヒット。ワンアウト満塁。一塁側の応援が急にかしましくなる。一塁側にかぎらず、応援の声は上げなくても内外野ともに八割から九割の観衆がドラゴンズのファンだ。カズちゃんたちやネット裏の主人たちに目がいくが、視線は留めない。今年最後の進撃をするときだからだ。阪急のブルペンに戸田と石井茂雄が出る。足立が打たれても打たれなくても彼らは登板する。何が何やらわけがわからないというところだろうが、彼らは表情に出さない。監督やコーチのいうことにまじめに従う。そうやって勝ってきた。
 高木、一塁ベースに当たる内野安打。二塁打がシングルヒットになってしまった。太田がのんびり生還する。一対六。江藤、初球、外角スライダーをこする大飛球。ライトポールぎわへファール。すぐさまオープンスタンスに構える。思惑どおり内角にシンカーが落ちてくる。ガツンと掬い上げてレフト上段へ満塁ホームラン。一対十。
「ビッグイニーング!」
 半田コーチの声が響きわたる。
「江藤選手、シリーズ第三号のホームランでございます」
 金太郎さん! 金太郎! 金太郎さん! 金太郎! 
 私は内角高目のストレートを二球見逃し、外角シンカーを二球見逃してツーツーのあと、真ん中低目に落ちてきたフォークを掬い上げてライト中段へ低い弾道のホームラン。一対十一。
「神無月選手、シリーズ第九号のホームランでございます。なお、日本シリーズ個人最多本塁打記録は三試合で四本の関口清治、長嶋茂雄、七試合で四本の豊田泰光、王貞治の四人でございましたが、神無月選手は二試合で六本、四試合で九本を記録いたしました。なお日本シリーズEKアベックホームラン三回となりましたが、これまではONの一回でございました」
 湧き上がる拍手の中、木俣は初球の胸もとのストレートを正調マサカリで叩きつけ、レフト上段へ一号ソロ。
「木俣選手、シリーズ第一号のホームランでございます」
 三者連続ホームランで一対十二。菱川センターフライに倒れ、打者一巡。太田セカンドライナー。




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