三十一

 きょうもランニングだけの練習が退け、更衣室で学生服に着替えた。用があるからと関を先に帰し、校門で待っていた康男といっしょに神宮前のバスロータリーへ向かった。
「降りるときに見せるんやで」
「ほんとに、ばれないかな」
「松葉会の若頭(わかがしら)の部屋に、『敢為(かんい)』という額が飾ってあると兄ちゃんが言っとった」
「カンイ?」
「敢闘賞のカン、人の為のタメ」
 康男は埃で汚れた停留所の標識に、指でその字を書いて見せた。
「敢、為、か」
「押し切ってことをする、という意味やと」
 バスがやってきた。私はどきどきしながら康男に背中について『名古屋競馬場』行に乗りこんだ。
「ドンコ行は、平畑を通るで」
「うん。東海橋も通るから、康男はそこまでいけばいいね」
「俺も平畑で降りるわ」
「うちに寄ってく?」
「おまえの部屋にカバンだけ置いて、またバスで神宮まで戻る。神宮公園でアベックをからかったる。くるか?」
「いく」
 無賃乗車の冒険だけで終わりかと思っていたら、まだその先があるのだった。イヤだとは言えなかった。不道徳を糺(ただ)したり嫌ったりするまっとうな心の動きを恥ずかしく思うほど、私はあまりにも康男を畏敬しすぎていた。私は努めて無関心らしい顔を作り、小心さをさらすような不平はひとことも言わなかった。バスの窓から見える木の葉が十二月の風にふるえていた。
 平畑のバス停で必要以上に長く定期券を見せて降りた。気もそぞろだった。何の咎めもなかった。車掌がドアを閉めると、二人は早足で勉強小屋をめざした。シロがいっしょに走ってきた。康男は小屋の玄関から畳へカバンを投げだし、大声で笑った。私もユニフォームを入れた袋を放り投げ、敷居に両手をついて笑った。
「こんなにうまくいくと思わなかった」
「おう。またすぐいくぞ」
 二人は部屋に上がらないで外へ飛び出し、意気揚々と平畑のバス停に向かった。シロがついてこようとするので、両手を拡げて追い払った。シロは事務所の玄関まで駆け戻って腰を下ろし、私たちがバスに乗りこむのを見ていた。
「敢為、敢為。思い切ってやれば怖(おそが)いものはあれせん」
 今度も二人は何の問題もなく、神宮前のバス停で降りることができた。私はなんだか拍子抜けした気分で、康男のあとについて神宮の東門へ入っていった。人影のまったくない参道に常夜燈がぼんやり灯っている。康男はどんどん歩いていって、まばらな林の中に入りこんだ。
「ここは、ようアベックがくるんや。ベンチでいちゃついとるところを、ちょこっと脅したるとな、たいていカネ出しよる」
 からかうだけでなく、金を盗ろうと提案しているのだった。引き返したほうがいいかもしれないとチラッと思った。でも、心服して運命を預けている人間に、意見を言ったり逆らったりするのはそれこそ不道徳だと考え直した。実際、これまでほんのいっときでも、康男の影響力を重苦しく感じたり、疑ったり、やりきれないものに思ったりしたことはなかった。私は彼の言うことも、することも、すべて肯定し、愛してさえいた。
「おまえに迷惑はかけんわ。黙って見とればええ。金といっても風呂銭ぐらいのはした金や。痛くも痒くもあれせん」
 暗い林が途切れたあたりに、もっと暗い空間が広がっていた。かすかに聞こえる物音は木の葉の呼吸かもしれない。康男は木立の向こうの潅木の茂みへ忍び足で進んだ。私も腰を屈めて従った。
 茂みの隙間から、公園の周囲を縁どるように置かれたベンチの一つに一組の男女が坐っているのが見えた。康男は慎重に背後から近づき、ベンチのすぐ後ろにしゃがみこんだ。私も同じようにした。アベックの声が聞こえてくる。
「子供は、二人欲しいわ」
「ぼくは一ダースでもいいよ」
 女の細い首が応える。特徴のない髪型で、猫背のコロッとしたからだつきをしていた。
「でも、楽じゃないのよ、子供を産んで育てるのって。……貯金しなくちゃ」
「がんばって働くよ」
 二人が唇を合わせる。やがて女のおかしなあえぎ声が聞こえてきた。ベンチの背でさえぎられているので、彼らが何をしているかわからないけれど、男が女の肩を抱いて耳のあたりに唇をつけ、下のほうに伸ばした片手をもぞもぞ動かしている。その行為の意味は、あの机の下に貼りつけた本で知っていた。でも、実際にどういう具合にやっているのかわからなかった。康男が口を捻じ曲げて薄笑いを浮かべている。
「てめえら!」
 突然立ち上がって叫んだ。アベックがあわてて離れた。康男は彼らの前に回りこみ、ゆく手をふさぐ形をとった。私は自然と康男に並びかけた。
「いちゃいちゃしやがって」
「なんだ、きみたちは。まだ子供じゃないか」
 男も女も眼鏡をかけていて、二十代半ばくらいの顔つきだった。
「なんだきみたちは、ってか? 少し恵んだれや」
 悪ぶった巻き舌が耳に心地よく聞こえた。
「こんなことをして、ただじゃすまんぞ」
「早く出せや!」
「出せ!」
 私は自分が康男と一体の生きものであるかのように声を合わせた。自分の声ではないようだった。女がぶるぶる震えて、ハンドバックを探りはじめた。痩せた男はあらぬほうを向いて黙っている。さびしい荒寥とした感情が胸を圧した。正直なところ、警察に見つかって捕まるかもしれないという恐ろしさもあったけれど、なぜだろう、それよりも、彼らがいま大声で助けを呼ぶことで、何か騒がしい悲劇的な結果が持ち上がればいいという期待のほうが強かった。そうしたら康男との冒険がもっと彩り鮮やかなものになる。
「これで勘弁して」
 女は小さな巾着(きんちゃく)みたいなものを地面に投げ出すと、男の腕を引いて早足に去っていった。康男はまじめな顔でそれを拾い上げ、公園のわずかな灯りに照らして見た。色とりどりのビーズ玉で飾った赤い布でできている古ぼけたガマ口だった。
「チェッ、しけとる。三百十一円だとよ」
 康男は舌打ちをし、ガマ口と硬貨をバラバラと林の茂みへ放った。不意に胸が痛み、目頭が熱くなった。
「気分わりィわ。なんや、あの男、案山子(かかし)になりやがって」
 そう言って、地面に唾を吐いた。
「ちょっとさびしかったね」
「さびしかった、か。ええ言葉やなあ。ほや、さびしい気がしたな。スケベったらしくいちゃついてよ、ガキの一人もでかすと、親づらしてふんぞり返りやがる。やるしか能もねえくせに、いい気なもんやで」
 へんに目が光っている。今朝文を蹴ったときの目だ。康男は頭がよくて、残酷だ。彼の目がこんなふうに冷たく燃えているときは、だれも容赦しない感じになる。そんな目を見るのはつらい。彼の目には、やさしい感情や、明るい笑いが似合うのだ。
「クマさんにも子供が生まれたよ」
「飯場の男は別や。人間のデキがちがう。やるのはついでや。さっきみてえに女が危ねえときに、ボーッと突っ立っとらんやろ」
 高潔な単純さ、無限の人間信頼―私たち二人を結ぶ絆だ。
 帰りもバスに乗った。私は座席で揺られながら、きょうのすべてのことを思い返してみた。財布を差し出した女の恐怖に引きつった顔や、子供じゃないか、と言った男の軽蔑した目つきを思い出して心が騒いだ。けれど、康男のドスを聞かせた声を耳に甦らせたとき、なぜか胸がときめいた。これまで経験したことのなかった悦びが頭の中を通り過ぎた。康男の横顔を見ると、思いにふけるように唇を噛んでいた。車掌が近づいてきた。康男が耳打ちした。
「その定期は使わんと、記念にとっとけ。試したかっただけだで。ほれ十五円。これでちゃんと切符買え。俺はホンモノの定期で降りるわ」
 私は康男の顔を見た。康男は目を合わすのを避けていた。
 平畑で降りたとたんに、またシロが道を渡って走ってきた。康男は口笛で呼び寄せ、しゃがみこんでシロの全身を激しく撫ぜた。
「おお、大将か。久しぶりだな。めし食ってけ」
 事務所の玄関で吉富さんといっしょに煙草をふかしていた小山田さんが、道の向こうから声をかけた。母が出てきた。いまにも小言が飛び出す気配だ。
「腹へっとらん!」
 康男は小山田さんに大きく声を返すと、勉強小屋へのろのろ歩いていった。母は安心したように食堂に引っ込んだ。私は康男を追いかけながら、
「食べていきなよ」
 とすがるように言った。康男は放り出してあったカバンをつかみ、
「送らんでええ。千年まで歩いて、そっからバスでいくわ」
 私を見向きもせずに手を振った。
「さよなら!」
 遠くの闇で康男の手がひらひら動いた。小山田さんがやってきた。
「キョウちゃん、俺たちきょうはめしが遅かったんだ。いっしょに食おうや。大将どうしたんだろな、遠慮しちゃって」
「康男はかあちゃんが苦手なんだよ」
「わかる。俺もだめだ」
 吉富さんが足で煙草をもみ消しながら言った。
 何週間か経ったある日曜日の夜、私はもう一度だけ偽造定期を試してみた。事務所の前を避けて、大瀬子橋の停留所からバスに乗った。終点の神宮前で降りた。車掌は私の差し出した定期を見もしなかった。すぐに折り返しの名古屋競馬場行に乗りこみ、大瀬子橋で降りた。やっぱり何ごとも起こらなかった。私は橋を渡りながら、定期券をブーメランのように空へ放った。


         三十二

 正月になるとかならず、母の心に守銭奴のような貪欲がきざしてくる。今年の正月も、小山田さんたちからもらったお年玉を母にすっかり巻き上げられた。軽く二万円を超えていた。
「中学生お年玉は、四、五人からもらったって、せいぜい千円がいいところだろ。それでじゅうぶん。ほら、千円やるから」
 今年はとうとう口ごたえをした。
「一万円くれないかな。買いたい本や参考書もあるし、ユニフォームだって膝のところが擦り切れてるから」
「ほんとうに必要なときは、ちゃんと買ってやる。いままでだって、そうしてきただろ」
 学生服や帽子のことを言っているのだろうか。それならたしかにそうだ。ほんとうに必要なものだから。しかし、それ以外のものは? あの封筒をなくした夜の漫画雑誌を最後に、少なくともこの数年間の記憶にはない。
「でなけりゃ、いまここにおまえは生きてないだろ。はい、千円」
 そうして、またいつものように埼玉のサイドさんのもとへ追い立てられた。母がすでに用意した片道切符と、着替えと、椙子叔母宛ての封筒を持たされた。封筒の中には、ささやかな食費が入っている。
         † 
 昼下がりの上野駅のホームに、薄茶色の背広を着た善夫が待っていた。
「バリッとしてるね」
「二級ボイラーマンだ」 
「資格取ったの?」
「ああ。飯田橋の日本医大という病院さ勤めてる。いまネ、特級の国家試験の勉強をしているのサ。特級取ったら主任になれるからネ」
 言葉がおかしい。語尾に苦労しているようだ。悲しいことに微妙な訛りを隠せない。
「その言葉、なんか善夫らしくないよ」
「やっぱし、そう思うか。だども、ズーズー弁は馬鹿にされっからな」
「だれも馬鹿にしないよ」
 山手線で池袋に出た。西武新宿線に乗り換え、所沢経由で入間に向かう。
「小説は書いてないの」
「そんな暇、ねェ。読むことは読んでるけんど」
 善夫は電車の窓から力のない視線を空へ向けた。残念そうな顔はして見せても、いまの環境にそれほどの悩みがないことはすぐわかった。彼の視線の先の晴れわたった冬空に凧が揚がっている。書くというのは、きっと暇なときにすることではないだろう。暇がなくても書かなければならない。いや、たぶんそんな義務感もなく、書いてしまうものにちがいない。
「サイドさん、手ぐすね引いて待ってるど」
「どういうこと?」
「役所の休みを余計にもらったツケ。おめを鍛えるんだと。特訓よ。あの人は勉強が趣味だすけな」
 これまでなら怖気をふるっていたところだけれど、勉強に免疫ができた中学生のいまは、なぜかファイトさえ湧いてきて、
「そんなの、平気だよ。ドンとこいだ」
「君子もくるど。英語漬けになら」
 興味もないブリキの飛行機をもらって、義一にくれてやったことを思い出した。
「ワはおめを届けたら帰るすけ、会わねですむ。君子は苦手だじゃ。すぐアメリカ、アメリカってへってよ。でねば、金、金だ」
 入間の家に到着し、椙子叔母さんに挨拶してすぐ、サイドさんの書斎で英会話の特訓が始まった。会話用の薄いテキストを与えられた。
「Would it be all right to ask you something ? ちょっと質問してもいいですか。ハイ、日本語も」
 テキストを見ながらたどたどしく英語をしゃべる。
「Would it be all right to ask you something ? ちょっと質問してもいいですか」
「What do you mean by the Liberty Bell ? 自由の鐘とは何のことですか。ハイ」
「What do you mean by the Liberty Bell ? 自由の鐘とは何のことですか」
「ワット、ドゥユーじゃない。ワジュ、ワジュ、ワジュ、ミーンバイ。ベルじゃない、ベオ、ベオ」
「ワジュ、ミーンバイ、ザ、リバティ、ベオ」
「よし。How long have you been thinking of that ? どのくらい前からそのことを考えていたのですか。ハイ」
「How long have you been thinking of that ? どのくらい前からそのことを考えていたのですか」
「シンキンゴブ」
「シンキンゴブ」
 中学校ではぜったい習わないような珍しい形の文章を唱えながら、しゃにむに暗記させられる。
「英語は疑問文を征服すれば、あとはなんとかなる。ふだんの会話で思わず口をついて出るのは疑問文だからね」
「What can this be? これはいったい何ですか」
「What can this be? これはいったい何ですか。……このcanて、どういう意味? できる、じゃないの」
「いったい、という意味だ。疑問の強調だ」
 とにかく理屈抜きで覚えろと言われた。
 夕食のテーブルが整うまで、口の中がカラカラに渇くほど暗誦を繰り返した。あまりのつらさに、最初のファイトがしぼみかけ、こんなやりきれないことは早くやめて名古屋へ帰ってしまいたい、とつくづく思った。でも、サイドさんの真剣そのものの顔を見ていると、なんだかおっかなくなり、天才の特訓のクモの巣から脱出することは到底できないと観念した。
         †   
 翌日になっても善夫は帰らなかった。善郎や寛紀とキッチンテーブルで書き取りや算数のドリルをやったり、いっしょに犬小屋を作ったり(犬なんか飼っていないのに)、それに飽きるとみんなで打ちそろってテレビを観たりしていた。しかし、夕方になって、
「あした、君子くるな。だば、ワは帰るじゃ」
 と言って、晩飯も食わずに帰っていった。
 どうしたことか、椙子叔母はくだくだしい身の上話を私に仕掛けてこなかった。私の関心のない応答ぶりから、打ち明け甲斐のなさを感じ取ったのだろう。あまり近づいてもこなかった。
 寛紀はいつもにこにこと愛想よく笑いかけてくるけれど(私といっしょの蒲団で寝たいと言い出したほどだ)、善郎は私と顔を合わせると、瞬きもしない眼を当ててくる。
 ―こいつ、いやな感じだ。
 勉強の合間に私はサイドさんに言った。
「寛紀は愛想がいいけど、善郎はなんだか無愛想だね。赤ちゃんのときぼくにコブを作られたのを、まだ恨んでるのかな」
「あいつらは、どっちもカボチャが悪い。佐藤家の血を引いたら、もっとできるはずなんだが。椙子も、おまえの母ちゃんも、女学校じゃよくできたそうだ。……俺のカボチャに似たのかもしれないな」
 と見当はずれなことを言った。
「叔父さんが頭悪いなんて!」
「実際がどうだか、だれにもわからんさ。勉強に関するかぎり、自分は馬鹿だと思って打ちこむ心がけがいちばん大事だ。自惚れちまったら、それっきり進歩しない。自信の根拠なんて心細いもんだ」
 サイドさんは自分の飛び抜けた能力の拠りどころを、劣等感に駆り立てられた努力という、聞く人を安心させる理由へもっていこうとした。気に入らない子供たちや女房のことをしゃべる声には、どこかトゲトゲしいところがあったけれども、私に向かって勉強の話をするときはやさしい調子でしゃべった。
「でも、叔父さんは、ドイツ語も、フランス語もすごいのに」
 サイドさんは深いため息をついてから、まるで勉強の同志を諭すように言った。
「俺はね、飛べないニワトリみたいなもんで、生まれつきにぶい頭を持った男だったんだが、社会に出たらまぐれ当たりで一級通訳官にまで出世してしまった。そんなわけで、ニワトリの分際もわきまえず、ひどく自惚れが強くなってしまってね。何ごとにつけ、独りよがりの生き方をするようになった。独学で何ヶ国語に挑戦しても、だいたいうまくいくんで、いっそう自惚れに拍車がかかってね。俺は飛べるって思いこんじゃった。馬鹿さかげんが手のつけられないものになったわけだ」
「それって、天才ということでしょ……」
「いや、そうじゃない。俺はいやしくも通訳だぞ。通訳は、話を通じさせる役目だ。最低限、母国語に通じていなければ役立たずだ。日本人のくせに、俺の日本語はいまもってオシャカなんだよ。日本語を聞いて外国語に変換するのはスムーズにいくが、外国語から日本語へ換えるのが、とんでもなくへたくそだ。日本語がへたくそだというのは、日本人として根本的な教養に欠けているということだ。秀才ぞろいの同時通訳官にも、そういう人間は多くてな。とにかく日本語に長(た)けなくちゃダメだ。大事なのは日本語だ」
 その日、二人の息子たちは、夕食もそこそこに、テレビの前にちょこんと坐って『鉄腕アトム』を観ていた。サイドさんがそれを眺めながらため息をついた。
「どこがおもしろいんだろなあ。この漫画は、アメリカのNBCと年間三億円で放送契約を結んだんだよ。商品価値が相当あるってことなんだろうけど、俺にはわからん。あっちじゃ『アストロボーイ』という名前で放送されるそうだ。くだらん」
 私も『少年』で連載されているころからこの漫画にまったく胸が躍らず、たとえ貸本屋で少年を立ち読みするときも、そこだけ飛ばし読みしていた。
 翌日、アメリカのユタ州のソルトレークシチーから、君子叔母がやってきた。ジェフリーという名の三歳になる子供を連れていた。私は一目で彼女が嫌いになった。理由はその目つきだった。佐藤家の人たちはほとんど鋭い目つきをしているけれども、じっちゃや英夫兄さんの眼差しには、その鋭さの中に慈しみのようなものが感じられる。もちろん椙子叔母にも曲がりなりにもそんな温かみがある。でも君子叔母の、人を値踏みするような強い視線に突き当たると、私はつい目を伏せてしまう。それに彼女の陰気な表情も気に入らない。母に似て整った顔立ちはしていても、母よりも男性的で猛禽のようにいかつい。そのいかつい表情を保ちながら、人の話には加わらずに、いかにも馬鹿にしたように口の端に薄笑いを浮かべている。
 サイドさんも私と同じような気持ちらしく、カローラで羽田に迎えに出て家に連れ帰ったことを除けば、君子叔母になるべく近づかないようにしていた。次女と三女、姉妹で茶を飲みながら、日本の天気や道路事情や物価などについておしゃべりがつづいているあいだ、彼はこっそり庭に出て盆栽や鉢植えの花をいじったりする。私は庭に出るわけにもいかず、二人のそばでテレビを観ていた。君子叔母が話しかけてきた。
「キョウ、おまえ、大した頭がいいらしな。高校出たらアメリカさこい。ユタ・ユニヴァーシティさいかせてやる。永住してユタで結婚しろ」
 突拍子もないことを言う。何十年もアメリカで暮らしているせいか、東北弁の混じった日本語もかなりヘンだ。ジェフリーというガキも、手のつけられないほど行儀が悪い。昼寝している母親の顔をわざと踏んで歩いたり、私が彼の英語を聞き取れないと、私の顔につばを吐きかけたりして始末に終えない。善郎たちをあごで使って、庭に置きっぱなしの自分の玩具を取ってこさせたりもする。
「Do that!」
 命令口調で言う。すると君子叔母がすぐ飛んできて、
「Could you do that?」
 と言い直しを命じて、従わないと顔を思い切り平手打ちする。そしてそのあとで、
「これがアメリカの教育」
 と得意げに周囲を見回すのだ。
「べつに、アメリカなんか、いきたくないよ」
 サイドさんが庭から戻って、聞き耳を立てている。
「視野広くしねば、ダメよ。サンフランシスコのディズニーランドはくだらねが、ネバダのラスヴェガスはすばらしい。昼間から何千ものニーオン灯って、街ぜんぶ宝石みてにきらっきらっする。ニーオンの光いきいき、元気な広告の光いきいき。アメリカのほんとの姿よ。ソートレイクシティもきれいよ。マーモン教のヘッド・テンプル。マーモン教はイズリアルの子を連れて歩いたモウゼルがもと。街は広い、広い。ふつうの人は呆れるよ。ゆらゆら揺れる、蜃気楼だじゃ。通りが広いのは、果てしね平原を渡ってやっとたどり着いた人たちが、街を作ったからネ。オゴソカよ、イカメシよ。マーモンチャーチみてに。オラはマーモン教徒でないがネ。ねえ、サイドさん、ヘッド・テンプルは、日本語でどう言うんだべ」
 そういうのって、視野が広いと言うのかなあ、と思いながら、私はうんうんと生返事をしながら聞いている。問いかけられたサイドさんは、
「総本山」
 と答えたきり、また盆栽の手入れをしに庭へ退避していった。
「かあちゃん、元気か」
「うん」
「オラ、おまえのかあちゃん、きらい。わがまま女。会いたくない」
 どっちもどっちだと思った。椙子叔母があわてて、買い物にでもいかないかと誘った。
「いがね。日本の物価、アメリカの十倍。五十倍のこともある。針一本、買いたくね」
「じゃ、おめ、一日じゅう家にいるってが」
「That depends. 歌舞伎座はいきて。皇居にもいってみて」
「叔母さん、一度野辺地にきたことなかった?」
「ある。昭和二十八年の二月。おめが幼稚園さ入る年」
「井戸で洗濯した?」
「したこった。おめやカズの下着洗った覚えがある。おめのかっちゃは好きでねたって、おめはめんこくて、こましゃくれてて、てめの子にしてと思ったくれだ」
 井戸端にしゃがんで、盥に洗濯板を渡して、手の切れるような水でごしごしやっていた彼女の姿を思い出した。
「いつか、アメリカに遊びにいくね」
「いつでもこい。なるべく永住するつもりでな」
 サイドさんは五日目の特訓の終わりに、ゴールズワージーの『林檎の樹』とヘミングウェイの『老人と海』という原書をくれた。
「中学を終わるころまでには老人と海を読んでおきなさい。辞書をしっかり引いてね。林檎の樹は古い英語で書かれてて難しいから、高校いっぱいかかってもいいし、もっと先でもいい。キョウはよく寝るようだけど、寝床に親しむのは頭が鈍るもとだ。睡眠も度を越すと、頭の働きを重たくして脳みそを腐らせる。じゃ、今年の夏も待ってるからね」



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