三十五

 五月。雨の気配をただよわせて、どんよりと暗い空だ。一塁側の桜の下の草地一面にハナミズキが咲き乱れている。濃いピンクが目に沁みるようだ。桜が満開のころには、たしか三塁側の花壇に勿忘草が咲きそろっていて、この花は影も形もなかった。
 野球部に八人の新人が入った。キャッチボールを見ると、みんなまともなフォームをしている。とはいえ、即戦力になりそうなやつは見当たらない。でも、鍛えればすぐに頭角を現しそうな肩のいいやつが一人だけいる。たぶん小学校ではピッチャーをやっていたのだろう。痩せたからだを鞭のようにしならせる投げ方だ。
「あれが野津やが」
 デブシが言った。
 今年から本間がキャプテンになった。彼の発案で、今年のレギュラーの自己紹介は、新人を発奮させるために、それぞれの腕前を見せることにした。たとえばデブシは、片膝を突いたまま一塁へ矢のような送球して見せて新人たちのため息を誘い、私は十本ほどフリーバッティングを披露して、その飛距離で彼らの度肝を抜いた。
 三年生の数学を教えている和田先生が新監督としてやってきた。三十代の、ヒゲの青いノッポの先生だ。太縁の四角い眼鏡をかけている。
「岡田さんとはウマが合ってね。それで頼まれちゃった。きみたちのことはぜんぶ彼から聞いてる。ここしばらく、そのネット裏の理科室からじっくり観察もさせてもらった。打撃も守備もすばらしいチームだ。この数年低迷していた理由がわからない。今年が特別なのかもしれないね」
 よく響く低い声で言いながら、眼鏡の奥のやさしい目で一人ひとりを見回した。
「じゃ、レギュラーの発表をするぞ」
 みんな期待と不安にざわめいた。
「一番ファースト関、二番ショート高須、三番センター本間、四番レフト神無月、五番キャッチャー中村、六番サード大島、七番ライト高田、八番セカンド御手洗。ピッチャーは崎山、今(こん)、一年生の野津。控えは二年の田島、大曽根。キャッチャーの控えは、いまのところ、五代か陣内。今年こそ優勝を目指すぞ」
 新三年生のレギュラーは、本間を除いたら、ショートの高須、ピッチャーの崎山と今の三人きり、あとはぜんぶ二年生だ。
「金太郎」
「はい」
 いきなりあだ名を呼ばれてびっくりした。
「岡田さんが言っていたほど小さくないね」
 私はこの一年でかなり身長が伸びて、百六十八センチになっていた。もうチビには見えない。きっと今年じゅうに、百七十センチを越えるだろう。
「遠投のボールがやけに伸びるね。手首がいいんだな。たまにピッチャーをやってもらおうか」
「……やりません。せっかく右投げに変えたので、肩や肘をこわさないようにしなくちゃいけないんです。もう、この腕しかないから」
「聞いてる。ノーコンだってこともね。冗談だ、投げさせないよ。しかし、よっぽどのときは、一イニングくらい頼むことがあるかもしれない。荒れ球が功を奏するってこともあるからね。とにかく、崎山と今、それから一年生の野津を鍛えよう。バッティングは、金太郎はじめ、一流だからな」
 去年の秋、与野が去ったあとは、下手投げのピッチャーがいなくなり、全員オーバースローになった。スリークオーターさえいない。エース格の崎山はコントロールだけの男で、ボールにぜんぜんキレがないし、今はスピードがあって、カーブも少しいいけれど、真中にボールが集まりやすいのでいまひとつ信頼が置けない。大曽根はヘロヘロ球で、コントロールも悪い。田島は地肩がいいだけのノーコン。ここに野津が入部してきたのは、たしかに収穫だ。左ピッチャーだし、ボールは今より速くて、キレもある。
「キャッチャーは中村で文句なし。大島や関の堅い守備はみんなを安心させる。これは重要なことだ。御手洗や高須の俊足もすばらしい戦力になる。一年生も含め、あとの二、三年生合わせて二十数名は補欠。これだけレベルの高い補欠がいれば安心だ」
 補欠を持ち上げることも忘れない。彼らの中からいずれ半分くらいは退部することも計算に入れて、足止めをしている。
「レギュラーは、練習のときは、なるべく一けたか、二けた、多くて四十番までの正式な背番号をつけろ。それを励みにして、練習のときからベストフォーを目指さなくちゃいかん。試合のときに外せばいい。マジックで直接書かないようにな。縫いつけるんだ。ベストエイト以上までいくんだという覚悟を、ふだんから身に沁みこませよう。だれがどの番号を使うかは、お互いに話し合って決めろ。背番号は神宮前の運動用品店で手に入る。洗濯しても色の落ちない、ビロードの生地を型抜きしてもらえばいい」
 早速その場で話し合いになった。私は8番を申告、デブシは何の工夫もなくキャッチャー番号の2を主張した。三年の本間は長嶋茂雄の3番にこだわって受け入れられ、崎山は稲尾の24番、今は尾崎の19番、ショートの高須は面倒くさいと言って6番、王を尊敬する関は1番、大島は、
「デブシ、2番くれないか」
「いいぞ、広岡やろ? じゃ俺は、藤尾の9番でええわ」
 あっさり譲った。高田は阪神並木の7番、御手洗はみんなの嫌う4番を申し出た。一年生の野津は上目で考えていたが、
「金田の34番」
 と言った。
         † 
 五月二十日。日曜日。名古屋市のトーナメント戦が始まった。初戦は西区の天神山中学校。強敵ではない。場所はホームグランドの宮中。私にとって、中学に入って初めての公式戦だ。一回負ければ、それで終わりなので、かなり緊張する。ホームラン記録は、公式戦で打ったものだけが加算されていく。勝ち進んで、十本以上打ちたい。たまたまきょうは日曜日だけれど、タイミングよく試合の日が休日に当たるとはかぎらず、授業を抜けて出かけなければならないことが多くなる。遠征のときは一限から抜けるし、宮中がホームグランドのときは、たいてい二限から抜ける。
 この五日で十四歳になった。そんなことはおたがいふだんの意識にもないことだし、これまで私は一度も声をかけられたことはなかったけれども、カズちゃんだけは憶えていてくれて、勉強小屋にチョコレートを持ってきた。そして、左肘の回復具合を気にかけながら、私の将来の夢をうっとり聞いて帰った。
 きのうの夕方丁寧に洗って、朝乾いたばかりのユニフォームとストッキングで身づくろいをした。ユニフォームはどうせ汗でグショグショになるので、アイロンはかけず、もちろん背番号は外した。スパイクとグローブにしっかり脂を塗る。グローブはもう完全に手に馴染んでいる。持ち帰っていたタイガーバットを一本持った。
 十時、上のグランドに集合すると、一塁側の桜並木の下や、三塁側の花壇前に、見物の生徒たちが大勢腰を下ろしている。日曜日なので、スナック菓子持参でやってきたやつもいる。見回すと、加藤雅江と杉山啓子が目についた。手を振っている。桜の木に凭れている顔がある。康男だった。走っていった。
「よくきてくれたね」
「中学第一号のホームランボールをいただこうと思ってよ。それ拾ったら帰るわ」
「生垣の外に出ちゃうよ」
「ちゃんと見つけたるわ」
「わかった。ぜったい打つからね」
 走って仲間の中へ戻る。布テントを張った両軍のベンチが、一塁ベースと三塁ベースの脇に、桜の木と花壇を背にしてしつらえられた。長椅子が二列ずつテントの中に並んでいる。桜の崖側は天神山中、花壇側は宮中だ。補欠メンバーが七、八人出てきていない。このまま退部してしまうのだろう。
 何を思ったか和田先生は、大切な初戦なのに、控えキャッチャーの五代をはじめ、たまたま出てきた補欠の三年生に同情して、都合三人を起用すると発表した。外されたデブシと関と大島が呆れ顔をしている。
 おまけに、本間がジャンケンに勝って後攻を取った。関が舌打ちした。彼は、先攻重視の千年小学校のメンバーだった。
「ひょっとすると、この試合やばいで」
 彼の言ったとおり、和田先生のつまらない同情と、本間の後攻策のせいで、初回から試合が危うくなった。
 一回表に先発の崎山が長打をつづけて打たれ、一挙三点。すぐさま今につないだ。彼はのらりくらりと後続を断ち切った。一回裏と四回裏に、それぞれ私と本間がツーランを打って逆転したものの(康男が下の校庭に走っていったまま姿を消した。正門からライトの民家の群れまで戻ってボールを捜さなければならない)、五回の表に今の小便球がつかまって同点にされてしまった。リリーフした野津もランニングホームランを打たれて再度逆転され、そっくり正規メンバーに入れ替えた七回の裏に、デブシの二塁打で二点入れて、ようやく六対五のサヨナラで勝った。
 負ける寸前で首の皮一枚残して勝ったので、見物の生徒たちはキャーキャー言って大喜びしたけれども、部員たちはだれも喜ばなかった。ほんとにこれっきりになるところだったのだ。危ない目に遭って、和田先生もつくづく懲りたのだろう。
「次回からは、レギュラーで通す」
 と言って、頭を掻いた。補欠もホッとした顔をしていた。
「二人で作りました」
 試合のあとで、加藤雅江と杉山啓子が二段の重箱に詰めたいなりずしを差し出した。全員に一個ずつはいきわたらないので、レギュラー以外の選手は遠慮して手を出さなかった。和田先生もつままなかった。デブシと関とほかのレギュラーは一個ずつ、私は強く勧められて二個食べた。
「危なかったがや、先生。俺を外すからやで」
 デブシが言った言葉を批判と受けとり、和田先生はまた頭を掻きかき、
「みんな、悪かったな。作戦ミスだった。二回戦の今池中と、三回戦の前津中はコールドで勝てると思うが、四回戦の沢上中は伏兵だぞ。油断すると、やられる」
「その言葉、先生にお返ししとくわ」
 関が苦笑しながら言った。
「本間さん、これからはジャンケンに勝ったら、先攻を取ってくださいよ」
 関がまじめな顔で本間を睨んだ。
「なんでや」
「先手必勝だがや。サヨナラ期待するんは、最初から劣勢を予想しとることになるやん。初回からドカンといきましょうよ」
「オッケー。次の試合からは、金太郎さんを中心にして、初回からドカンと打ちまくって勝とうぜ!」
「オー!」
 正規のメンバーが総力挙げて進撃し、八月までなんとか勝ち進むことができれば、九月には決勝戦、しかも中日球場で試合ができる! 最後にみんなで円陣を組んで、
「エイ、エイ、オー!」
 の勝鬨を上げた。



         三十六

 何日か雨がぐずぐず降って、ランニングもバッティングもできないので、体育館の隅での素振りだけになった。みんなつまらながり、私とデブシと関の三人を除いた全員が、中間試験の勉強を口実に参加しなかった。問題作りで忙しいらしい和田先生は出てこないし、大島も御手洗も休んだ。
「これが優勝を目指すチームかよ」
 デブシはやけくそにバットを振った。私は語りかけた。
「このごろ歩くときに踵が痛むんだ。走ってるときはなんともないけど」
「俺も去年そうやったで。一カ月ぐらいで治ってまった。和田先生に訊いたら、成長痛だと言っとった。膝とか、踵が痛むんやと」
 目の前を、横一直線に隊列を組んだバスケット部員が颯爽とドリブルしていく。中に加賀美の溌剌とした姿が混じっていた。
「俺たちも五、六周走って、さっさと帰ろうぜ」
 キットを買って組み立てたというゲルマニュームラジオを、素振りの足もとに置いて流していた関が、拾い上げてスイッチを切ると尻ポケットに入れた。坂本九のスキヤキがかかっていた。
「最近、そればっかりだね」
「おお、素振りも、スキヤキも、飽きあきだで」
 三人、館内のランニングに切り換えた。ストッキングが滑るので、大股で走れない。
「これじゃあかんわ。俺たちも、中間試験の勉強しに帰ろまい」
 ついにデブシが音を上げた。
         †
 雨がつづくようになってから、一度だけ康男が小屋にやってきて、ホームランボールにサインを求めた。
「よく見つけたね」
「おっさんがボール持って、道に立っとったわ。玄関の磨りガラスが割れとって、もう三度目らしくてな。今度宮中に弁償してもらったら、板の戸に替える、言うとった。これでホームランボールが二個になったわ。前のDSは手垢で汚れてまったで、漂白かけて、自分でサインしたった。冴えんわ」
 私は、軟式ボールのデコボコした表面に、ひらがなで、《中学生1号 かんなづききょう 康男へ》と書いた。気恥ずかしかった。
「やっぱり、本人が書くとええな」
 康男は大事そうにポケットにしまうと、じゃな、と手を振ってさっさと帰っていった。
「夕ごはんよ」
 めずらしくカズちゃんが呼びにきた。おかずはハンバーグだと言う。
「私が作ったの。パン粉じゃなく食パンを混ぜてね。おいしいわよ」
 生まれて初めての食べものなので、おそるおそる食った。肉のくさみがなく、甘辛いソースも利いていて、驚くほどうまいものだった。
「おいしいよ、カズちゃん」
「うまい!」
「絶品!」
 西田さんや原田さんや、女史の兄さんまで声を上げる。
「ありがと。お替りあるわよ」
 母の、蓮根とこんにゃくの煮物の影が薄れた。どんぶりめしを二膳食った。カズちゃんは母もテーブルに着かせて、一皿用意した。母は、ふむ、ふむ、と言って食っていた。けっして褒めなかった。
「土方殺すにゃ刃物はいらぬ、てか。菜の花も漬物みたいになるって言うからな。一年でいちばんいやな季節だ」
 小山田さんがけっこううれしそうな顔で言った。
「菜の花くたしですか。骨休めに、映画でもいきましょうよ」
 吉冨さんの提案に小山田さんは激しく手を振り、
「いかないよ。腰が悪いから長く椅子に座ってられないし、映画は骨休めにならん。このごろは胃も具合が悪いんで酒を断ってるしな。麻雀やろうや。久しぶりに徹夜しよう」
「腰が悪いのに?」
「麻雀のときだけ、ヘルニアが引っこむ。ところでよ、吉展(よしのぶ)ちゃんは生きてると思うか」
「さあ、可能性は薄いんじゃないすか。外国なんかじゃ、足手まといの子供はすぐに殺してしまうようですよ」
 このごろ吉展ちゃん事件がしきりに取りざたされている。東京の下町で四歳の男の子が誘拐され、犯人に五十万円の身代金をまんまと奪われたきり、行方がわからないのだという。東北訛りの脅迫電話の声が、ラジオやテレビに公開放送された。私の耳には、青森弁とちがってよほど聞き取りやすく聞こえた。
「この犯人、四、五十代じゃないよ。舌が速いでしょ。年寄りはもっとゆっくりしゃべるもの。二十代後半から三十代前半、若い人だと思う。それから、青森とか岩手、秋田、山形の訛りじゃないね」
 私が言うと、小山田さんが、
「郷刑事の推理では、犯人は若者、青森岩手秋田山形以外の東北人。こりゃ、身内の密告でもないかぎり、つかまらんな」
「キョウちゃん、第一号の飛距離はどれくらいだった?」
 吉冨さんが尋いた。
「九十五、六メートル。ライナーだったから、あまり大きくなかった」
「ホームラン打者復活か。安心したよ。肘は痛まない?」
「ぜんぜん。ゴリゴリいわなくなって、腕立て伏せもふつうにできるようになった。どこもいじらないで閉じたのに、不思議だね」
「才能が奇跡を起こしたんだね。よくよく右腕を大切にしなよ」
「うん」
 中間テストの準備を少しずつつづけながら、毎晩遅くまで小説を読んだ。ダッコちゃんにもらったパステルナークの『ドクトル・ジバゴ』は手をつけずに放ってある。たまたま原田さんの本棚で見つけた昭和日本文学全集を、二冊、三冊と読んだ。難しい言葉が続々と出てきた。たとえば、

  大智は凡愚に似たり。

 といったようなものだ。ことばノートに、自分なりの解釈と言葉で、

  博識と愚者は紙一重。感動しないで身につけた知識は、馬鹿のもと。どんな知識も感動して身につけること。

 と書きつけた。そんなふうに、たいていの作品がいちいち考えなければならなくて読みづらかったけれど、武者小路実篤の『愛と死』と、林芙美子の『魚と風琴の町』はすらすら読めた。中に安岡章太郎の『サーカスの馬』という短篇があった。学校では鈍才で、目立った特技もなければ、不良にもなれない、まったくのダメ中学生が、サーカス見物にいったとき、背骨のへこんだ貧相な馬に心ひかれ、その哀れな馬に自分の境遇を重ねた。ところがその馬は、じつはサーカスの花形だったということがわかる。中学生は呆気にとられ、たちまち目覚めたような明るい気持ちになって一生懸命拍手をしていた―。
 私はぽろぽろ涙をこぼした。『フランダースの犬』と同じように、心臓をギュッとつかまれた感じで、息苦しかった。
 ある晩、裏庭で素振りをしているところへ、タイヤの細い新型の自転車に乗って石田孫一郎が訪ねてきた。小さな荷台に二つ折りの座布団が細紐でくくりつけてある。
「ここを知ってたの?」
「加藤さんに聞いた」
「また加藤雅江か。顔の広いやつだな」
 孫一郎は座布団のあいだに挟んであった切手帳を取り出して、私の目の前に広げた。
「すごいやろ。値上がりしたら、財産になるで」
 印刷の精巧なきらびやかな切手が、何ページにもわたってきちんとセロファン紙に包んで並べてある。孫一郎は買い求め、分類整理し、宝箱にしまう。それが仕事だ。
「貯めて、貯めて、それからどうするの? ぼくも小さいころビールの栓を貯めたことがあったけど」
「そんなものとぜんぜんちがうわ。ビールの栓なんか、売れェせんやろ」
「なんだ、売るためか」
「売る気はないけど、金になる財産や。いまから、見にいけせん?」
「何を」
「切手だよ。いつか約束したこと忘れてまったの」
「約束した覚えはないよ。切手なんか興味ないし」
 薄く汗をかいたからだに涼しい風が吹いてきて、自転車で夜の散歩をするのも悪くないな、という気持ちになった。直井の塾へいくのに吉冨さんに借りて以来、すっかり私物にして勝手に乗り回している。ときどき夕方にシロを連れて、浄水場から熱田高校のあたりまでぶらぶらすることもある。吉冨さんは仕方なさそうに笑って、新しいライトまでつけてくれた。
「見るだけでええから、いこまい」
 アスファルト道はまだ濡れていたけれども、雨の落ちてくる気配はなかった。孫一郎が荷台の紐を解き、座布団を指差すので、
「そんな荷台に乗ったら、尻がいかれちゃうよ。自分の自転車がある」
 笑って言うと、孫一郎はまた座布団を紐できちんと縛り直した。
「スタンプ捺してあるやつ、少し分けてやるわ」
「ほんとに興味ないから。自転車で散歩したいだけなんだ」
 二人黙々と自転車を漕いだ。大瀬子橋を渡り、神戸町から宮の渡しを過ぎて、内田橋を右手に見ながら伝馬町へ曲がる。散歩の気分なので、孫一郎が黙っているのがありがたかった。名鉄神宮前に出る。痩せ腕を振り上げる踏切を越えて、長い坂を立ち漕ぎで登った。
「この坂の向こうが、千種区だが」
 坂のいただきからブレーキをかけずに走り下る。湿った風が鼻の奥に入りこむ。坂のふもとに駄菓子屋のように小さな店があった。牛巻(うしまき)スタンプと看板が出ている。
「知る人ぞ知る、有名な店やで」
「知る人ぞ知るなら、あまり有名でないってことだよ」
「そうなん?」
 狭い店内のガラスケースに、法外な値段の切手が陳列されていた。新品、スタンプの捺された使用済み品、非売品というやつまであった。非売品なのに値段がついていて、見ると十二万円となっていた。孫一郎は千五百円もする浮世絵柄の切手を選び、大切そうに収集帳に収めた。
 ―千五百円! ラーメンが三十杯食えるぞ。切手ごときにそんな大金を使って、こいつ馬鹿じゃないだろうか。
「買いたい切手ある?」
「あるわけないだろ」
 どの切手もきらびやかで、ときどき取り出して眺めるには楽しいものにちがいないけれど、身近に置いて観賞したいほどの魅力を感じなかった。
「孫ちゃんは、毎月お小遣い、どのくらいもらってるの?」
「五百円。俺、買い食いしたりしないから、すぐ何千円も貯まってまう」
「ぼくは、ゼロ円だよ」
 孫一郎はホラでも聞かされたように横を向いた。
 帰り道も二人黙々と走った。神戸町の宮の渡しの前から、またね、と言って孫一郎は道を曲がっていった。またはないぞ、と声をかけたくなった。



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