五十五

 コーヒーになった。九時。
「じゃ、そろそろ失礼します。きょうはごちそうさまでした。お父さん、お母さん、雅江はぼくの永遠の伴侶です。心配なさらぬように」
「はい、心配しておりません。身に余る言葉です。―優勝戦のスクラップは丸々一冊になるでしょうね」
「郷さん、死ぬほど愛しとるよ。それだけが私の幸せなんよ。おとうさんおかあさんより郷さんこそ、私の幸せを心配せんでね」
 ニッコリ笑う。
 三人に見送られて玄関を出ると、菅野のセドリックが待っていた。夫婦は私と菅野にお辞儀をし、雅江は私に手を振った。大瀬子橋の半ばまで私も窓から顔を突き出して手を振りつづけた。
 大瀬子橋を渡って左折。白鳥橋に出て国道一号線に乗り、船方へ曲がらずに直進。菅野がバックミラーを見上げながら、
「つらくなかったですか」
「彼らがぼくに同調することがつらい。世間倫理的にまともな暮らしに戻らないと、いつか家族が破綻する。雅江はだれかと結婚して、子供を産むべきだ。ぼくの子供でなければいけないと考えるほど、両親はぼくにこだわっていないと思う。どんな男となした子供でも、娘の子供はかわいいはずだ」
「雅江さんの気持ちが許さないでしょう」
「いままでの彼女だったらね。いまはどこかむかしとちがう。いつかぼくと世間並みの暮らしができるという希望を持ったら、いずれ気持ちの収拾がつかなくなる。むかしはそういう欲をにおわせない女だった」
 六番町を右折して日比野に出る。
「……雅江さんが何か言ったんですか」
「何も言わない。いつもどおり。……ただ、へんに安心してる。ぼくを愛しつづけてきた自信と、ぼくの誠実な気質を信頼する心からだろうね。でも安心しちゃいけないんだ。安心すると人は気が大きくなる。不安の中でさびしく生きないと。ぼくはね、不安のない人間は、つまり死の見えない人間は敬遠したくなる」
「―神無月さんの周りの人間は、みんな命を捨ててますからね」
「そうだね……」
 八熊通から尾頭橋、山王橋、山王駅、西日置橋と通って六反に出る。
「雅江はむかしは、魂に滲みるようなやさしい言葉を吐く人間だった。命懸けの諦念を持ってた。脚が治らなければよかったと思うことがあるんだ。……彼女に関しては、さびしい女になるのを待つだけにするよ」
 下広井町、笹島、太閤通一丁目、笈瀬通、竹橋町。牧野公園に曲がりこむ。
「二十五分か。車はすごいな」
「渋滞にはまらなければね。はまったら鉄屑です」
 北村席に帰り着くと、女将とトモヨさん母子は寝間に退がって姿がなかったが、主人と厨房のほとんどのメンバーと、カズちゃんたちアイリス組やアヤメ組の女たちが、岐阜から戻った睦子と賑やかにやりながら待っていてくれた。
「起きていてくれたんだね」
 女たちの陰から千鶴が顔を出した。
「あれ?」
「うち、羽衣を辞めて、九月から三上さんとこちらの厨房に入ることになりました。二週間ほど見習いです。どうぞよろしく」
 睦子が、
「来年から中村高校に通うんですよね」
「はい、キッコさんの後釜です。キッコさんほど頭ええことないから、ちゃんと夜間に四年間かよいます。アヤメもときどき手伝います」
 キッコが、
「あんた化粧せんとかわいらしいわね。どぎつさが消えるわ。神無月さん好みの顔やし、ニクタイもええし。さすがナンバーワンやわ。お姉さんには遠慮するんよ。二十四日には帰ってくるさかい」
 二十三歳の千鶴が二十二歳のキッコにうなずく。菅野が横を向いてニヤニヤしている。
「もちろんやがね。みなさんにも遠慮します」
 睦子が、
「郷さんのことが好きなら、私たちには遠慮しないでね。好きでないなら遠慮して」
「最初に出会ったときから大好きです。姉の目を盗んでかわいがってもらいます。いまは厨房のことを覚えるので手いっぱい」
 幣原が、
「睦子さんのお土産出しますよ」
 睦子が、
「中津川のお土産買ってきました。栗きんとん」
 イネが、
「三箱もだでば!」
「はい、今年は二週間ほど早く栗の収穫が始まったらしくて、どこの和菓子屋さんでも売ってました。『すや』という老舗で買いました」
 ソテツと幣原が箱を開き、皿に載せて出す。私の好きな玄米茶もいれた。メイ子が、
「おせち料理の栗きんとんとはちがうわ。皮を剥いた栗の実を甘く煮こんだものじゃないのね」
 百江が、
「岐阜名物の栗きんとんは、炊いた栗を擂り潰したものに砂糖を混ぜて練ったものなんですよ」
 キッコが、
「それを茶巾で絞ったんやな。絞り目がついとるが。イネちゃん、お食べ。甘いもの大好きだったやろ」
 イネが竹の黒文字で切りこみ、突き刺して口に入れる。
「うめでば!」
 みんなつづく。たしかに変わった舌触りで、うまい。天童が、
「粘り気がなくて、栗そのものを食べてるみたい」
「どれどれ」
 主人が黒文字で刺して口に入れる。
「うまい。初めて食う味だわ」
 菅野は手づかみで食った。
「こりゃうまい! たしかに初めての味です。岐阜は暑かったでしょう」
「はい、でも名古屋ほどじゃありません」
「素ちゃんと千佳ちゃん、元気だった?」
「すごく張り切ってました。朝から夕方までびっしり授業と実習。あれなら二週間で免許が取れますね。千佳ちゃんなんかビュンビュン飛ばして、教官に叱られてました。素子さんは意外と慎重派。山に囲まれた大空の下の教習所なので、環境は満点。二階建十二室のきれいな寮があって、宿泊だけの施設も付いてるんです。食堂のご飯もおいしかった。夕方から二人と近所を散歩しました。四方に山波、ぽつぽつ農家が立ってる農道。ほかに何もないんですけど、田んぼや草むらから蛙の声や虫の声が聞こえて、とっても趣がありました。お百姓さんがやってる露天で焼き栗買って、夜にお部屋で、ほかの教習仲間も呼んで食べました。蚊や羽虫がたいへんだったけど、ベープを焚いてなんとかしのぎました」
 カズちゃんが、
「ひさしぶりにいい空気を吸ってきたのね」
「はい。でも、北村席がいちばん。おしゃべりがあふれてるから」
 丸が、
「神無月さんがいるからでしょ」
「……はい」
 私は縁の戸を開けてたたずんだ。座敷の縁側は二方に延び、一方に裏庭の端の立ち木の繁みが眺められ、もう一方へ渡っていくと賞品小屋の隙から池のある芝庭が見下ろせる。
「ぼくも、北村席が最高。掛け値なしに明るい」
「ふうん、一般家庭はどこかきちんとして、堅いわね。精神衛生に悪いわ。雅江さんはいい子だけど、家庭は個人の思いを少し犠牲にして成り立ってるから、何か羽ばたけないでしょうね。虐待や過保護とかいう極端なことじゃなくても」
 カズちゃんは察したように言う。
「羽ばたかないのは彼女の拘りだし、拘りは一種の自由だから、人が云々することじゃないけど、雅江が微妙にさびしさを……人間として、いや女としてなくしてはいけないさびしさを空元気で吹き飛ばそうとしているのがわかるし、ぼくに対する家族の不安が……どこか滲んでしまうのが心苦しい。つまり、娘のために仕方なくぼくに合わせようとしているのが心苦しいんだ。合わせても失うものがない人といるときしか、ぼくはホッとできない。でも、ホッとしたがるのはぼくのわがままだと思ってがまんすることにしてる。……ただ、そういう中でも〈会話〉がほしいんだよね。音楽、映画、文学、趣味、エロ話でもいい」
 睦子が、
「巣立ちって、たいへんなことなんですよ。雛だけじゃなく、親鳥も、家族のみんなが巣立つ気持ちじゃないと、どこかギクシャクしてしまいます。おたがい犠牲になってるという気持ちがあると、どこかで摩擦が生まれてしまうんです。……でも郷さんは崇められる人で、そんな摩擦も吸収してしまう人ですから、回りの人たちを慈しんで思いどおりに行動していればいいと思います。みんな拝みたくて郷さんに接してるわけでしょう? 摩擦が起きるのは郷さんのせいじゃありません。むこうが勝手にギクシャクしてしまってるんです。だいたい神さまのせいで信徒同士がギクシャクするなんて話、どこかへんです。郷さんも生身は人間ですから、へんなことを見れば疲れるのは仕方ありません」
 菅野が、
「神無月さんはもう大瀬子橋にはいかないんじゃないかな。雅江さん自身がやってくるのを待つと思いますよ。私もこれ以上神無月さんがクタクタになるのを見るに忍びない。のんびりすごさせてあげたいです」
 私は縁から座敷に戻った。カズちゃんが、
「クタクタになるのが仕事の人のことを神さまと言うのよ」
 睦子がニッコリ笑った。近記と三上と木村しずかが神妙な顔で聞き耳を立てていたが、三上が、
「北村席は家庭じゃないですものね。ふつう、家庭というのは、おたがいをおたがいで囲いこむことが基本でしょう? 自由な人は近づかないほうがいいわ」
 千鶴が、
「賛成! 家族のドサクサは家族で解決すればええんよ。大事な人を引っ張りこんだらいかん」
 キッコが、
「引っ張りこめんほど急がしいんやさかい。神無月さん、あしたから八日間、また遠征やね」
 カズちゃんが、
「そうよ、だから今夜はみんな、オイタはだめよ。あしたキョウちゃん、昼前に出かけなくちゃいけないから」
「はーい」
 みんなで栗きんとんを口に放りこむ。男どもも放りこむ。睦子が、
「私はあしたの朝早く、金魚の世話に帰ります」
「じゃ、今夜はこれで解散しましょう。そうだ、ムッちゃん、あなたまだアヤメにいってないでしょう。あしたの朝、食べて帰りなさい」
「はい、そうするつもりでした」
 千鶴が、
「うち、今夜はお風呂に入ったら、厨房のメモを見ながらムッちゃんといっしょに寝ます」
「アヤメのごはん、いっしょに食べましょ」
「厨房はサボれんから」
「そっか」
 ソテツが、
「千鶴ちゃん、ムッちゃんと食べてきてください。それも勉強です」
「じゃ、そうする。ムッちゃん、おごったるわ」
「ありがとうございます」
 天童が、 
「この一週間、アヤメは忙しくてたいへんだったわね」
 キッコと丸にうなずきかけた。カズちゃんが、
「もう一週間もすれば、お客さんのほうも混み具合がわかって、人数が落ち着くでしょう。ところで、八月は直人とカンナだけじゃなく、百江さんと、東京の法子さんも誕生月だったのよ。来年はいっしょにお祝いしてあげないと」
 主人が、
「法子さんから子供たちにお祝いの品とお金が届いとったな」
 菅野がもう一つきんとんを口に放りこみ、茶をすすった。
「細かいことを把握してるところが、お嬢さんの女王たるゆえんですね。じゃ、私見回りをしてから帰ります。神無月さん、あしたのランニングは―」
「八時くらい」
「わかりました。則武のほうにいきます。社長、いきましょう」
「おし」
 主人と菅野はかしましくしゃべり合いながら玄関へいった。
 キッコと連れ立って千鶴、天童、丸が終い湯を使いにいく。私はカズちゃんとメイ子と百江の三人に合わせて腰を上げる。近記れんと三上ルリ子と木村しずかは二階へ上がった。睦子は厨房の女たちといっしょに私たち四人を式台まで見送った。


         五十六

 表の通りはひんやりと肌寒かった。まだ八月の半ば過ぎだが、すでに冷えびえとした風が吹いている。夜空に白い雲がかかっている。民家の薄暗い植えこみにコスモスやダリアが咲き、草むらに虫がすだいている。新築成ったアイリスを見にいく。
「二回りも大きくなったみたいだな」
「百江さんの家と塀がくっつき合ってるのよ。一メートルもないの」
「なんだかうれしいです。……みなさん地盤をしっかり固めて、生きいきと仕事をなさってますね。おかげで私も生きいきと生活できます。神無月さんもプロ野球選手がすっかり板について、逞しくなりました」
 メイ子が、
「みなさん順調で、なんだか怖いくらいですね」
「ぼくは、ちょっと不順なくらいのほうが、ファイトが湧くんだけどな」
 カズちゃんが、
「余計なことを考えなくてすむからでしょ?」
「うん」
 百江が、
「順調だと、落ち着かないんですか?」
「身に合わない気がしてね」
 百江は痛ましそうに首をかしげた。カズちゃんが、
「百江さん、キョウちゃんは不順が好きなわけじゃないの。順調にいかない時期が多かったから、ものごとがスムーズに運びはじめると何かそわそわしちゃうのね。ねえ、キョウちゃん、たまには順調な時間も楽しむことよ」
「うん」
 踵を返して百江を椿神社の家の玄関に見送り、夜空に椿の大木を見上げる。則武の家に帰り着いて、三人居間で日本茶を飲む。カズちゃんが、
「順調な人生のほうがめずらしいってことは、みんなわかってるの。だからこそ楽しまなくちゃ」
「そうだね。このまま順調にホームランを打ちたいね」
 メイ子が、
「二百本いくんじゃないかって、旦那さんが言ってました」
「それは無理だな。せいぜい百五十本」
 カズちゃんが、
「永遠に破られない記録ね」
「ホームランはたぶんそうだね。打率六割というのは、ソフトボールではザラにあることだから、そういう選手が出てきたらいつか破られる。いずれにしても、こういう大記録を立てられるのは今年かぎりだと思う。来年からは、打率四割、ホームラン率三割を目標にしてがんばる。五百打数、二百安打、六十本」
「そういうことをサラリと言えないような逆境に見舞われるかもしれないわよ。そうしたら待ち構えてた逆境の中でファイトを湧かせられるじゃない」
「来年は二億だなんて新聞に書いてありましたけど、ほんとですか?」
「デマでもほんとうでも、どうでもいいけど、持っていても仕方のない金だから、必要な人にどんどん使ってもらう。なかなか使ってもらえないけど」
「ほら、ほしくもないお金をもらいすぎるのも不順の一つでしょ。雅江さんの家から帰ってくると、いつも暗い顔をしてる。何かを強制されたって感じ。子供でもほしいってお願いされたの?」
「……」
「図星みたいね。当たらずといえども遠からずでしょう。それもキョウちゃんには大きな不順。雅江さんはどちらでもかまわないんでしょうけど、雅江さんの家族にとっては最大級の順調。自分だけの不順を楽しみなさい。子供そのものはなんとかなるわ。命を得た者は強く生きていくし、強く生きようとする者には手を差し伸べられるから。キョウちゃんに関わって子供を産む女も、それ相応の覚悟を持って産むわけだから、そういう生き方に心動かす人たちから手を差し伸べてもらえるの」
「恐ろしいのは、どうして女がそんな運命になったのかということなんだ。どうしてぼくが女たちの運命を握ることになったのか、どうして彼女たちの一生に大きな影響を与えることになったのかということなんだ」
「キョウちゃんのせいじゃないわ。みんなで作り上げた運命よ。みんながキョウちゃんの一生を握ってるとも言えるでしょう? 運命共同体というのはいい言葉ね。ああしなかったら、こうしなかったらなんて考えるのは、まったく意味のないことよ」
 私は思わず大きく笑った。
「どんな不順にもいくらでも対処法があるもんだね」
 メイ子が、
「私はそんな大げさなことは考えてないんですよ。神無月さんのおかげで幸福でいられることに感謝してるだけです。はい、恐ろしいお話はこれで終わり。ところで、シーズンオフはどういう予定になってるんですか」
「各賞授賞式と、球団納会が主立ったところかな。一度野辺地に帰ってくる」
「お祖父さんお祖母さんですね。おいくつですか?」
「何歳かって尋いたことは一度もないんだけど、ぼくが四歳のときに、じっちゃは還暦を迎えたばかりだったし、ばっちゃは彼より六つ七つ年下だと聞いた覚えがあるから、いま七十六と七十くらいじゃないかな」
「毎年会いにいってあげないと。いつ亡くなってもおかしくないお齢ですよ」
「うん。どんなに忙しくてもそうしようと思ってる。ぼくにいちばん欠けてるものは親族愛だからね」
 カズちゃんが、
「さ、きょうはこのへんにして、寝ましょう」
「キョウちゃんは遠征、私たちはアイリスとアヤメ。精いっぱいやらないと」
「はい、じゃ、お休みなさい」
「あせらず、たゆまずだよ」
「林さんに聞いたわ。順風逆風頬に受けよ、でしょ」
「そう。お休み」
 順風を頬に受けることはしても、順風の中に私は安住できない。恐怖からではなく、嫌悪から。私はいろいろな環境を転々としながら、独りよがりな信条に固執し、正義をてらい、あえて逆風を吹かせてきた。順調であることを嫌悪するのは無能者の証だろう。何ものとも比較しがたいほどの無能。無能者は苛烈な広い世界を軽蔑し、狭い世界の一時的なきらめきを恃(たの)んで生きる。しかし、そんな逆風を吹かせられるのは、狭い世界で才能を認められ、好む道を進めるゆえの増長であって、広い世界に存在する好まない道も得手でない道も含めて、もろもろの生まれ持った能力を問われると、まったく別の話になる。その話をするなら、私は劣等な人間に属する。あえて吹かさなくても、運命づけられた逆風に吹かれていたということだ。その運命を私は残念に思わないし、愛してもいる。
 プロ野球選手という身分を得て十カ月間、野球に関して才能豊かな人びとに立ち混じって緊張しながらプレイをしているうちに、たしかに私の気持ちは素朴に高揚し、愛にあふれ、湧き上がるような生命力を感じるようになった。人生最大の喜びと言っていい。しかし、プロ野球選手という特殊な身分で遇され、その狭い世界での才能を高く評価されながら、一方で、それまで私が嫌悪してきた広大で普遍的な世界でもそれを評価されていると知ったとき、深い侘びしさを覚えるようになった。自分は生来普遍的な世界を愛していないし、そこに安住する能力がないこともわかっているからだ。普遍的な世界から受ける順風そのものは嫌悪すればすむが、普遍から遠く生れついた、つまり無能に生れついた自分という人間の言行や、気質や、才能を心にもなく褒め立てられると、いよいよ侘びしさが募ってくる。そのせいで過剰な内省に冒されることになる。普遍に染まらずにどうすれば生きていけるだろう、と。肉体の疲労だけがその内省を鎮める。内省を鎮め、才能だけを恃んで行動することに精力を注ぐ時間、その時間にだけオアシスを見出す。
 自分の寝部屋に横たわって、目をつぶる。あしたは菅野とどちらの方角へ向かって走ろうかと考えながら、睡眠を引き寄せる。
         †  
 八月十九日火曜日。七時半起床。すでにカズちゃんたちはいない。よほどソッと動き回るのか、彼女たちが玄関を抜けるときも目覚めたことがない。大切にされていることがわかる。カーテンを開ける。晴。タイメックスは二十四・一度。うがい、歯磨き、爪切り。
 少し早めに迎えにきた菅野とランニングに出る。私は上機嫌に話しかける。
「竹橋町を一周しましょう」
「おもしろいですね。まず北の区切りは、椿神社から環状線の則武本通三丁目までの駅西銀座です。あの昭和通り商店街は四百六十メートルしかないんですよ。西の区切りは、そこから太閤通の中村区役所電停まで五百四十メートル、南の区切りは、そこから笈瀬通の電停まで千九十メートル、東の区切りは、そこから笈瀬川筋を北上して椿神社まで五百七十メートルです。計二千六百メートルちょい」
 詳しい。あごが外れる。
「歩いても三十分で一周できる。走っても十分ぐらいかな」
「もうちょいでしょう」
 菅野が説明したとおりに走る。駅西銀座。駅正面とちがって哀れなほど鄙びた商店街。かつてやったのと同じように一つひとつ看板を確認しながら進む。ビジネスホテル第一スターナゴヤ、洋傘卸小出商店、クツ野口、婦人子供用品きくや、ぜったい入りたくないシミだらけの鬼頭不動産、おさかなの店吉田屋、ウバ車〈好〉、大人のおもちゃピンク。
 環状線、則武本通三丁目。ここからはツマラナイ幹線道路。中村区役所を過ぎ、太閤通三丁目交差点。ここからも変哲もない背の高いビル街。市電だけが美しい。竹橋町の信号を越えて二筋目、二軒の瓦屋根の二階家に挟みこまれた道を左折。直人の通い路だ。アヤメの前に待ち行列ができている。繁盛ぶりがわかる。北村席帰還。途中にかなり信号があったが、十五分で走り終えた。菅野のランニングスピードに驚く。
「菅野さん、肺も強くなったし、スタミナもつきましたね」
「神無月さんと走りつづけてきましたから」
「ただいまぁ!」
「お帰りなさい!」
 ソテツが出てくる。
「下痢、下痢」
 服を脱ぎ捨てて便所へ直行。菅野はシャワーへ。腹に汗をかいたせいで吐瀉便。便所から出ると直人が飛びついてきて、裸の尻に抱きつく。イネが走って捕まえにくる。私の下着とジャージを持っている。
「お風呂どうぞ。直ちゃん、ごはんだでば。かっちゃに叱られるど」
「おとうちゃん、やちゅう」
「おお、東京から帰ってきたら、あのバットとボールでいっしょにやろう。いい子で待ってるんだぞ」
「うん」
 イネは直人を脇に抱えて廊下を戻っていく。下着とジャージで前を隠して風呂場へ。菅野と並んでシャワー。菅野が先に出ると尻を洗う。洗髪。タスキ掛けをした幣原が入ってきて、からだを洗ってくれた。
「アヤメの早番の食事は何時から?」
「六時からです。三、四人ですから何ということもありません。十一時に帰ってくればお昼ご飯なので、朝はコーヒーだけ飲んでいく人もいます」
「厨房の仕事って、たいへんだろう」
「スピードが重要です。旦那さんと女将さんには、高血圧と糖尿病に気をつけて作ったおかずを出します。直ちゃんの食事は、ペースト、ソフト、きざみに気をつけます。ほかの人たちは何でも食べてくれますから気を使いません。食材や、塩加減、砂糖の加減をしっかり考えて、料理を一から作るのは、ソテツちゃんとイネちゃんと私です。ほかの人たちは、簡単な下ごしらえと調理です。調理で難しいのは、ボイルと、とろみ。基本は、おいしく食べてもらいたい、喜んでもらいたいという気持ちです。その気持ちが料理を楽しくします。料理をすることが楽しくない人は仕事ができないということです」
「病院や養老院や学食とはぜんぜんちがうんだね」
「はい、その種の仕事はレシピどおりのオートメーションです」
 私は湯から上がり、からだを拭いてもらって、身づくろいをし、座敷へいく。ソテツやイネたちの落ち着いたおさんどんの中で、カズちゃんのアイリス組が食事をしていた。直人がスプーンを持って走り回る。居間でトモヨさんが女将に見守られながらカンナに乳を含ませている。主人は鋏を手に新聞を読んでいる。
         †
 北村席に迎えにきた江藤たち昇竜館組と十一時過ぎの新幹線で上京。車中の話題は、きょうの先発が予想されている高橋重行について。私を含めて、八年選手の彼について知らない若者たち(星野、太田、則博、土屋)は、江藤と菱川の話に耳を傾ける。
「三十九年に十七勝ば挙げて新人王ば獲っとる。翌年は二十一勝たい。ガッチリした大男ばい。速球と縦割れのカーブだけのピッチャーばってん、ときどき投げる超スローボールにようやられた。サイド気味でテンポよう投げる。速球で三振もよう取る。菱、おまえも苦労したピッチャーやろう」
「はい。俺は一年二軍にいて、四十年から一軍に上がって、九月五日に初めて対戦して三振を喰らいました。やっぱりそのコンビネーションでやられました」
「高橋の全盛期やったろう」
「はい、二十勝投手でした」
「今年はいまのところ……」
 太田が、
「五勝七敗です」
「今年を見るかぎりでは、そろそろ下り坂やな。金太郎さんはやつから初三振を喫しとるばってん、四十号と四十一号と……」
 太田が、
「百二号です」
「金太郎さんにはなんちゅうこともなかピッチャーたい」
 ホームランは思い出せないが、下あごの大きな顔と、初三振はときどき思い出す。五月一日、外角高目のシンカー、空振り。目玉のマッちゃんの右手がクルクル回った。


         五十七

 川崎球場、対大洋十八回戦。大洋のユニフォームの左袖に染め出された赤い〈丸は〉のマークが目に心地よい。先発は高橋重行、中日は星野秀孝。好試合になりそうだ。
 一回表、ツーアウト、一塁に江藤(三遊間安打)を置いて、私は真ん中高目のシンカーをライト場外へ百十六号のツーランホームランを打った。
 一回裏、意外にも星野が打たれた。初球の外角ストレートを打ってライト前ヒットで出た近藤昭仁を一塁に置いて、近藤和彦がワンワンから真ん中に切れこむカーブをうまくバットに乗せ、ライトスタンドへツーランホームラン。あっという間のできごとで、さすがの星野も蒼ざめたろうと思ったが、外野を振り向いた顔が微笑していた。
 たがいに隅二のまま投手戦に突入し、七回裏まで膠着した。
 大洋は四回から池田につなぎ、七回から平松へつなぐ。その間私は高橋のスローカーブをセンターライナー、池田の内角胸もとのスライダーをファーストフライ。八回平松からはスコアボード直撃の百十七号ソロホームランを打った。
 そのまま三対二で逃げ切った。星野七勝目。二時間一分の試合だった。
         †
 八月二十日金曜日。午前九時起床。一度も目を覚まさず熟睡した。二十七・七度。大洋戦中休み。浴槽に湯を溜めて浸かる。歯を磨く。頭を洗う。途中で腹が渋ってきて下痢。シャワー。
 和朝食のルームサービスをとる。焼魚、野菜の煮物、ダシ巻き卵、味噌汁、漬物、焼き海苔、納豆、白米。満足。
 フロント階の老舗らしき理髪店で散発する。いやに丁寧な慎太郎刈りで、二千五百円も取られた。
 今夜いくとネネから電話あり。快く了承する。
 一日テレビを観てすごす。徹底して休む。
 十時五十分、NET藤原弘達ニュースの目。創価学会と公明党の政教一致。意味がわからないのでチャンネルを替える。読売テレビ、昭和二十七年のアメリカ映画『その女を殺せ』。三年前、西高に転校したばかりのころ、名古屋駅前で『ミクロの決死圏』という興味をそそられる看板を見たが、リチャード・フライシャーなる人物はその映画を撮った監督のようだ。殺されたギャングの会計係の未亡人を証人として法廷に無事送り届けるまでの、護送列車内で追いかけっことかくれんぼ。人物関係が入り乱れ、だれが味方でだれが敵かわからない。一時間十分、二転三転、とんでもなくおもしろいサスペンス。おもしろいとしか言いようがない。まちがいなく傑作なのに、聞いたこともない名前の俳優ばかりが出演する映画だった。悪しきが挫かれ弱きが助けられてハッピーエンディング。仮眠。
 夕方六時に起きて、TBS『コメットさん』の再放送。九重佑三子がかわいらしい。七時半から金曜ナイター。神宮球場のアトムズ―巨人戦。満員。石岡と渡辺秀武。三回を終わったところから観ることができた。一対一。巨人の一点は一回表の長嶋の十八号ソロ。アトムズの一点は、三回二塁打の木戸を置いて加藤俊夫が二塁打で還したもの。塁に出た両チームのランナーがみんなヘルメットをかぶったままのことに気づく。いつのころからかこんな風潮になってきた。ドラゴンズはやらない。かならずボールボーイにヘルメットを渡して、ふつうの帽子をかぶり直す。身動きが軽くなるからだ。義務づけられてはいなかったが、バッターがヘルメットをかぶるようになったのは昭和三十年ごろからだ。たしかに四打席四三振した長嶋はヘルメットをかぶっていた。
 五回裏渡辺は三点取られ、継投した高橋明が二点取られた。六回表長嶋は二打席連続の十九号ソロ。六回裏から七回裏にかけてアトムズは田中章と宮田から四点追加。二対十。八回表、三者連続フォアボールのランナーを置いて、長嶋がライト前へ二点適時打。石岡は浅野に交代。四対十。八回裏、センター前ヒットで出た加藤俊夫を浅野がバントで送り、福富がライト前ヒットで還した。十一対四。放送時間九時十五分まで延長。九回表、土井三振、高田三振、黒江セカンドゴロ。
 フロントに降りて、あしたのなだ万弁当を注文。九時半からザ・ガードマン。十時半、蝶々・雄二の夫婦善哉。各局のニュース番組を流し見る。スポーツニュース。夏の甲子園大会の決勝で三沢高校と松山商業が十八回零対零の引き分け再試合になり、きょう四対二で松山商業が勝ったと放送していた。三沢高校の太田幸司の投げ方は西鉄の池永に似ているが、池永よりも腕がしなっていなかった。下半身もドタドタしていた。日本テレビの11PMで視聴終了。放送休止。二日間徹底してテレビを観たので、もう二度と観ないという気になった。
 十二時にネネがやってきて、一度交わったあと、服を着直し、海鮮雑炊をルームサービスでとって食べた。銀の平鍋にたっぷりとした量が入っていたので、二人とも満腹になった。
「やっぱり、ネネのおいなりや海苔巻がいいな」
「これからはかならずそうします」
 ネネは先日孫たちと楽しんだはとバス観光や、球場の意外な雑用仕事についてくつろいだ話をした。睦まじい時間だと感じた。気に入った人間の話はどんな話も飽きない。それからもう一度二人裸になってベッドに横たわり、四方山話をした。
「きょう、太田幸司のニュースを観た」
「甲子園のアイドルと呼ばれているらしいの。女性ファンが、コーチャン、コーチャンってうるさいんですって」
「ネネはあんまり好きじゃないの?」
「顔がツルリとしてる」
「ハーフらしい。素人人気のもとはそれだね。来年はゼロ勝でもオールスターに出るだろうから、彼にホームランをプレゼントするよ。プロではせいぜい五十勝を挙げて終わりだと思う」
「神無月さんがアイドルって言われないのはなぜかしら」
「とっつきの悪さ。よく見ると美男子でないからでもアール」
「ふふ……。超がつく美男子だからでしょうね。近寄りがたいんだわ」
 川崎球場のセリーグの試合の売り上げが去年の八倍を超えたと話す。
「でも、私たちのような球場従業員には何の還元もないんですよ。五十五歳で定年になったあと、五年間の雇用期間を保証されるだけ。それでもありがたいわ」
「お金に困ってる?」
「ぜんぜん。月五万ももらってるもの」
「五万……」
「そう。楽々暮らせるわ。お恵みはいやよ。シラけちゃう」
「シラけても気にしない。それに、恵みじゃないよ、分配だ」
 私は裸のまま立っていって、クローゼットのジャケットから八万円抜き出し、
「これ、受け取って。これからは遇うたびに渡すからね。勝手にシラければいい」
「……ありがとう」
 帰りの新幹線代は残した。雅子やトシさんから調達するのはいやだった。
「礼を言われるほどの額じゃない。要らないなら、貯金して」
「いいえ、いろいろなことにきちんと使わせていただきます。今度は九月十六日から二十一日のあいだ。それきり来年のオープン戦まで逢えませんね。……半年。気をしっかり持ってがんばります」
 私の手を痛いほど強く握った。私は笑いながらネネの尻をポンポンと叩いた。それが刺激になってもう一度抱き合い、当分の名残を惜しんだ。丁寧に、長く交わったので、ネネは初めて喪神した。
 深更の二時にネネは帰っていった。
         †
 八月二十一日土曜日。九時半起床。晴。二十七・七度。ルーティーン。十一時から江藤たちと清水谷公園五周。素振り、三種の神器。
 サツキで昼食後、地下のショッピングアーケードで大きなバウムクーヘンを買って北村席へ送る。ホテルが製造したものだ。直人の笑顔が浮かんだ。
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 十九回戦も四対二とオーソドックスな点差で連勝。二試合とも品のいい勝ち方をした。勝利投手は無理をして六回まで投げた小野(ホームラン一本を含むヒットを九本も打たれたが二点に抑えた)、十四勝目。七、八、九回の継投は門岡。打者十人をヒット一本に抑えた。大洋は森中が五回まで、山下が九回まで投げた。一枝が森中から十一号ツーラン、江藤が山下から四十八号ツーランを打った。大洋の二点は伊藤勲が小野から打った十九号ツーランだった。私は森中から四球、レフト前ヒット(盗塁)、山下から四球、ライト前ヒット(盗塁)だった。ホームランは出なかった。決勝ホームランを打った江藤と水原監督がインタビューを受けた。江藤は淡々と標準語で応えた。
「優勝目前の意気ごみを」
「ふだんどおり気負わずにがんばります」
「EKコンビがほんとうに絶好調ですが、そのあたりどうですか」
「二人と言うより、チーム全体が非常に打線につながりがあって、だれも目立とうとしないでしっかりチームプレーに徹しとります」
「江藤選手の打撃、絶好調ですよね」
「自分ではそれほどと思ってません。一、二、三番が出れば、後ろに還す能力の高い金太郎さんがいるので、そこにつなげられればいいかな、と。なんとか塁に出て、金太郎さんのヒットで還ってこられるようにしたいと思います」
 傍らに控えていた水原監督にマイクが替わり、
「これだけゲーム差がつくと、気持ちにたるみが出ませんか」
「出ません。短期決戦の日本シリーズが控えてますから」
「日本シリーズとなると、作戦的にいろいろ考えなければならないと思いますが、そのへんはどうですか。もう対策はボチボチ―」
「スターティングオーダーですね。やはりペナントレースよりも、ある程度チームの形を整えた状態で臨みたいと思う。あとは私自身がまちがわなければいいと」
「目標は日本一ですね」
「はい、この勢いで」
 ホテルに戻って、きょうの分の汚れ物を北村席へ送る。ロビーで数人と歓談。中が、
「金太郎さん、ニグロリーグって知ってる?」
「いえ」
「大正九年から昭和二十三年まで存在した黒人だけで構成した七つのリーグのことでね、大リーグとの交流戦も行なわれるくらいの強力なチームが多かった。実力は大リーグよりも上だったようだ。昭和二十年にジャッキー・ロビンソンが黒人で初めて、カンザスシチー・モナークスから大リーグのドジャーズ傘下のモントリオール・ロイヤルズのマイナーにスカウトされて入団した。圧倒的な成績だったわけじゃないし、ほかにもサチェル・ペイジとか、ジョシュ・ギブソンなんていうとんでもない選手がいたんだけど、人格が円満ということでロビンソンが引っ張られた。大リーグのレベルを上げようと思ってのことだったろうし、黒人と白人の協和が話題になりだしていたころだったからね。彼は二十二年にメジャーのドジャーズに昇格。攻走守にわたって大活躍した。彼のおかげで大リーグはもちろん、ほかのスポーツ界、さらにアメリカ社会全体でも、黒人の地位向上が図られるようになった。偉人になったんだね」
「その、とんでもない選手というのは?」
「ニグロリーグ最高の選手は、サチェル・ペイジってピッチャーだ。百七十キロ以上のスピードボール、二千五百試合に登板して二千勝などという伝説の持ち主だけれど、オープン戦、紅白戦、交流戦、オールスターといったこまごました試合や、練習試合めいたものまで含めるとそうなるってことだ。でも、すごいことはまちがいない。一説では百八十キロあったといわれてる。計測器のない時代だからあてにならないけどね。ただ、火の玉投手のボブ・フェラーが、あいつの投げるボールが速球なら俺のボールはチェンジ・アップだと言ったそうだから、球速もそれほどの脚色はないだろうね。昭和五年のニグロリーグ対大リーグ選抜の交流試合で投げて、二十二奪三振で完封してる」
「すげえ!」
 菱川が声を上げた。
「三十歳ぐらいのときに肩を壊したらしいけど、自然治癒したというんだから、これもすごい。彼はロビンソンに三年遅れて、昭和二十三年にクリーブランド・インディアンスに四十二歳で入団した。六勝一敗だった。四十五歳で十二勝してる」
「化け物ですね。ホームランバッターはいませんか」
「いる。そのもう一人のとんでもないやつだ。ジョシュ・ギブソン。ペイジのボールを受けてたキャッチャーで、黒いベーブ・ルースと呼ばれた。金太郎さんが生まれたころに三十五歳で死んでる。ペイジかギブソンが黒人大リーガーの一号になって当然だったんだけど、ギブソンは酒と脳腫瘍で若死にした。通算九百七十二本塁打。ニグロリーグ戦公式記録は百数本なんだけど、リーグ戦以外の試合数はペイジと同じ事情だ。ある年に、百七十試合で八十四本打ったという話も残ってる。金太郎さんのホームラン数がそれほど異常じゃなく思えるくらいだよ。ヤンキーズ・スタジアムの場外ホームランはこれまで三本出てる。そのうち二本を彼が記録してる。歴代最長飛距離で百七十六メートルだ。もう一本はミッキー・マントルで屋根の端にぶつかって飛び出た。百七十メートルくらいだろう。ベーブ・ルースでも百七十五メートルだった。金太郎さんがいかに超絶かがわかる」
「どんなスイングだったんですか」
 太田が、
「記録フィルムで見たことがありますけど、前のめりでクラウチング気味に振り出すレベルスイングでした。最後の重心は前足に残してます。どちらかと言うと女子の振り方に近いですね。神無月さんは屁っぴり腰でさえ重心は後ろ足に置いてますから。ギブソンはコンパクトにボールにバットを当てるだけでどこまでも飛んでいったと言われてます。百八十五センチ、九十九キロ、ベーブ・ルースとほぼ同じ体格です。よほど怪力だったんでしょう」



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