七 

「百江も連れてくればよかった。かわいそうだな」
 メイ子が、
「……いい人ですね、神無月さんは」
 カズちゃんが、
「かわいそうなんて言ってたらキリがないわよ。機会があったら連れてくればいいの。いまは、ここにいない女のことはみんな忘れて、ゆっくり食べましょ」
 そう言ってビールを流しこみ、春巻きを豪快にかじる。ココナッツミルクをすする。素子が、
「キョウちゃんはやさしすぎるんよ。そんなつもりがなくても、やさしくしてまう」
「気の毒になったんでしょ。やさしいというよりね。そういう気持ちのときは無理しちゃだめ。あとで暗い気分になってしまうから。その気分がキョウちゃんを追いつめて恐ろしいことにならないようにって、いつも祈ってるの。キョウちゃんは発作的に憂鬱な感じが襲ってくる人。好きな女と寝るのとはちがう種類の疲労ね。だから、ときどき、好きな女を抱いて生理的に満足しないと、憂鬱がピークになってしまう」
「憂鬱解消の道具だね」
「道具でいいのよ。愛はきちんと別のところにあることがわかってるから。からだが満足すれば生きる活力になるし、私たちもとても気持ちよくさせてもらえるんだもの、何の不都合もないわ。さ、食べて」
 ビールをあおり、微笑み合いながら、食い、すすり、十五分もしないうちにすっかり平らげた。
「ほら、食べられたでしょう」
 タイコーヒーを飲む。うまいので驚く。三人の女が目を瞠った。カズちゃんが、
「タイは世界有数のコーヒー生産国なの。南部でアヘン、北部ではコーヒーが栽培されてる。少数民族のアカ族が栽培してるそうよ」
 チラチラと私の顔を愛しそうに見つめる。素子が、
「お姉さんのキョウちゃんを見る目、女そのものやね。少女、女学生、熟女、母親、女のぜんぶが出とる。キョウちゃんを初めて見たとき、どんな感じやった?」
「そうねえ、ドブ川に金箔が浮かんでる感じ。キョウちゃんにハッと惹きつけられない人はまずいないんじゃないかな。もちろん私もそう。一目で惹きつけられちゃった。初対面で人は恋するわ。細かく知り合ってから、じわじわと深いものに変化するっていうものじゃないの。遇った瞬間に愛してしまうのね」
「うちも瞬間。……濡れてきた」
「場所をわきまえなさい。ほんとに素直なんだから。ところで、まだ三カ月も先のことだけど、日本シリーズのパレードを見るために納屋橋のリッチモンドホテルに予約を入れたわ。十二月三日、水曜日。十階の五号室から八号室。ゴール地点が笹島だし、そこでセレモニーもないみたいだから、駅前より納屋橋あたりがちょうどいいわけ。十階以上の高層階は二人部屋しかないって言うから、四部屋とっておいた。観たい人は、都合のいい時間に押しかけてね」
「パレードは何時からなん?」
「九時半に久屋公園で優勝報告会をして、十時四十五分に出発、笹島交差点で解散。そのあとの予定は知らない。逆のコースも考えられるわね。名古屋駅前から久屋公園まで」
 メイ子が、
「車は通行止めですか?」
 彼女の若々しい顔に驚く。考えたらまだ三十二歳なのだ。
「もちろん。すごい人ごみになるわよ。一時間半から二時間半ぐらいの行進だと思う。納屋橋を通るのは十二時前かな。逆コースだと三十分くらい早いわね。都合がついたらきてみて。歩いてくるしかないわよ」
 タクシーで引き揚げる。助手席にメイ子、後部座席に私とカズちゃんと素子。窓の外の街路に、高く、低く、極上のネオンだ。東京のようなゴミっぽく吹き溜まったネオンではない。
「ネオンてなつかしいものだけど、新宿や池袋はちがうね」
「ゴタゴタやかましい感じよね。渋谷もそう」
「名古屋がちょうどいい」
「名古屋はビルの広告ネオンも、飲食店やバーのネオン看板も、とても工夫があってきれいなことで有名よ」
「アイリスの看板もネオンも、最高やわ」
 則武に帰りつき、居間でういろうを食べながら四人コーヒーを飲む。カズちゃんがテレビを点ける。渋谷の幼児誘拐の事件を流している。今朝誘拐されたのだという。もう生きていないだろう。吉展ちゃん事件を思い出し、鬱々とした気分になった。記憶にあるのは吉展ちゃん事件だけではない。雅樹ちゃん事件、狭山事件、新潟デザイナー事件……。そういう剣呑な世相をまるで車窓の風景にして私は平和に野球をやっている。私ばかりでない。どんな人にとっても、世上に起こる事件は目の前を過ぎてゆくただの風景だ。
「殺されてるわね」
「たぶん」
 素子がしなだれてきて、
「キョウちゃん、あたし、したなった。お姉さんとメイ子ちゃんは?」
 カズちゃんとメイ子はうれしそうにうなずいた。カズちゃんが、
「できる?」
 私もうなずいた。
「こんなニュース観ると、生きてることを確かめたくなっちゃうわね」
 素子が私の手をスカートの下のパンティ中へ持っていった。湯のあふれるぬめった彼女の秘部に触れると、椅子の背凭れをつかんで腰を浮かせた。
「がまん、がまん」
 素子があごを上げながら呟く。カズちゃんとメイ子は笑って素子の表情を見つめている。
「私とメイ子ちゃんはいちばんたくさんしてもらってるから、申しわけないみたい」
「ほんと、そうですね。あいだを置いたら素ちゃんみたいになるのもあたりまえです。でも、ほんとはお嬢さんだけのオチンチンなんですから、私こそ申しわけない気持ちでいっぱいです」
 メイ子が静かに言う。カズちゃんが、
「きょうのメイ子ちゃん、さびしそうよ」
「いえ、そんな」
「私の目はごまかせないわよ。私とキョウちゃんは十年の付き合い、素ちゃんは三年。私たちに敵わないと思ったんでしょ。それはちがうとだけハッキリ言っておくわね。付き合いの長さなんか関係ないの。私たちはみんなキョウちゃんの女だってことを肝に銘じないと。同じように愛されて幸せだってことをね」
 二人の話に指がおろそかになる。クリトリスが隆起し、達する気配を見せたとたんに指が離れる。すると素子がゆっくり腰を下ろす。気づいてそれを繰り返すと、素子も同じ動作を繰り返す。
「キョウちゃん、お願い……」
「あ、キョウちゃん、いたずらしてる。イカせてあげなさい」
 カズちゃんとメイ子がくすくす笑う。もう一度指を触れると、素子は唇を硬く結びながら、クウ! とうめき、椅子の背をつかんで腰を突き出した。
「私たちの出番よ」
「はい」
 二人は気持ちよさそうに痙攣している素子の横にやってきて、スカートと下着を下ろすと尻を向けた。私はズボンを脱ぎ捨て、メイ子に一突きする。しっかり濡れている。数秒で激しく達した。ソファに両手を突き、腹と尻をわななかせる。抜いてカズちゃんに挿し入れる。温かく包みこまれる。
「うう、キョウちゃん、愛してる、好きよ、死ぬほど好き、イク!」
カズちゃんから離れ、素子を抱き上げキッチンテーブルに掌を突かせて挿し入れると、
「グ、イックウ! 愛しとるう!」
声高らかに叫んで瞬時に達した。引き抜いて、メイ子に挿入し、彼女が繰り返すアクメの中で時間をかけて射精を呼び寄せ、ふたたびカズちゃんに挿し入れて、ほとばしりと律動のすべてを与える。
 昇るのも退くのも早い二十九歳の素子が最初に回復し、体力のある三十五歳のカズちゃんが次に回復し、射精を呼ぶために長く抽送したメイ子の回復がいちばん遅くなった。私はカズちゃんと結び合ったまま、静かな波動を亀頭に感じながら、三十二歳のメイ子の背中をさすって荒い呼吸が治まるのを待った。
「ありがとうございます。もうだいじょうぶです」
 素子が、
「信じられんくらい気持ちよかった」
 メイ子が、
「私も。腰がガタガタです。あしたのレジが心配」
 私を納めた姿勢でカズちゃんが、
「南山大学さんに交代してもらうから、心配しないで。……あら、私少しオモラシしちゃった。トモヨさん、よく電気が走るって言うけど、稲妻が走ったわ。ビカッて。そしたらジョッて出ちゃった」
 素子が床を覗きこみ、
「ほんとだ。お姉さん、かわいい」
「キョウちゃん、抜いてちょうだい。もうイケないから、そっとね」
 私はカズちゃんの腹を抱えてサッと抜いた。
「こら! あああ、だめえ、イクウウ!」
 ガクン、ガクンと痙攣する背中に、素子がキスをした。引き抜いた亀頭をメイ子が咥えた。
         †
 風呂から上がり、メイ子の離れで四人、手足をくつろがせて床に入った。
「ちょっとしたことで興奮しちゃって、私たちだめねえ」
「ちょっとしたことであれせんよ。どぶ川に金箔やよ。エロフィルムより興奮するが」
 起き上がって私のものを握り締め、
「キョウちゃん、ナンパなんかしたらあかんよ。何十個もキョウちゃんを待っとるホールがあるんやから、休み休み私たちとすればええの」
「うん。……一穴主義の人に申しわけないな」
「ナンパや浮気でないならええんよ。うちらぜんぶで一穴やもん。そう思えんなら仕方あれせんけどな。実際一穴やないとしても、キョウちゃんが一穴ですますのは罪深いことやわ。名刀を持っとるんやからしょうないでしょ。痩せマラの男は一穴ですましとかんと犯罪や」
 女三人の笑いが破裂した。素子と手をつないで眠りに落ちた。カズちゃんとメイ子は私たちの両脇で眠った。
         †
 九月十一日木曜日。快晴。いつの間にか九月も中旬に入って、ひんやりした風の吹く日が多くなった。午後三時。二十九・四度。対大洋二十四回戦。球場周囲はいつもとちがって芋洗い状態ではない。優勝戦に押しかけようというつもりだろう。
 仲間七、八人で鏑木とポール間ジョギング五往復。カメラ記者連中がバッティングケージの周囲でうろついている。まだ取材熱を感じない。スタンドに視線をやる。きょうの開門はふだんどおり四時半なので、まったく客はいない。大洋チームの姿もない。
 三時半。私と江藤がバッティングケージに入る。スタンドまで届くのがやっとだと思えるほど、球場が広く見える。からだに力がみなぎらない。島田源太郎の先発予想なので、ストレートの重い外山が投げている。ケージの後ろから水原監督が、
「金太郎さん、江藤くん、きょうの試合は、みんなホームラン一本打ったら交代ね。打たなかったら最後まで」
「わかりました。早いうちからホームランを狙います」
「右に同じ」
 十本打ち終わり、一人で外野フェンス沿いにじっくりランニング。五十メートルダッシュ三本。鏑木が、
「残り二十九試合を利用して、ワイドスタンス・スクワットで内転筋を鍛えておきましょう」
 脚を大きく広げてやるよく見かける柔軟体操だ。
「二月キャンプで肉離れを起こさないようにね。家でも夜寝る前に三十回やってください。一分ですみますから」
「内転筋て何ですか」
「太腿の内側の筋肉。太腿の前後と外はふだんの運動で鍛えられてます。内転筋は骨盤や脚の動きを細かくコントロールするんです。全身の動作が安定するので、肉離れなどを起こしにくくなります」
 ワイドスタンス・スクワット三十回。股関節によさそうだ。観客が詰まってきた。七分の入りで頭打ちになる。野球そのものよりも勝敗に関心のあるファンがふだんは三割くらいいるということか。勝った負けたで喚声を上げる客がいないと、球場はじつに静かだ。二軍の試合がこの雰囲気だったことを思い出した。いいプレイを見せられそうだ。
 ベンチに戻り、代わり映えのしない大洋のバッティング練習を眺める。きょうもヒット五本がいいところだろう。こんなチームを優勝させた三原監督は、よほどのスゴ腕だったのにちがいない。
「ファールボールにお気をつけください」
 下通の明るい声が立ち昇る。彼女はいつも変わらない。
「昭和三十五年の大洋のレギュラーメンバーを憶えてますか」
 ベンチ前で屈伸をしている中に尋く。
「大洋が奇跡の優勝をした年だね」
「はい」
「印象深い年だったので、よく憶えてる。六年連続最下位から、一躍優勝だった」
「はあ、そういうことは詳しく知らないんです。ぼくはそのとき小学校五年で、大洋と大毎の日本シリーズなんて何の興味もありませんでした」
「当然だよなあ。三十五年は、私は入団六年目、初めて三割を打ち、初めて盗塁王を獲った年だ。あの年の大洋は、四番の桑田を除いて打順はまちまちだったけど、代打男の麻生や、鼻っ柱の強い新人の近藤昭仁、職人近藤和彦、近鉄から獲った内野手鈴木武、ほかに岩本、渡辺、黒木、芝野なんてのがいた」
 聞いたことのない名前ばかりだ。
「ピッチャーは秋山ですね」
「うん。それから、完全試合をやった島田源太郎、鈴木隆、ドロップ権藤、キャッチャーは土井、そういった選手がじつに細かく、うまく噛み合ったんだね。三原監督は超二流選手の団結とか言ってたけど、私にはそう見えなかったな。前の年新人でホームラン王を獲った桑田は三割打ったし、近藤和彦も三割打った。秋山と島田は二十勝、権藤十勝というふうに、すぐれた個人の活躍が核になってた。超二流なんてとんでもない。いまの大洋よりずっと上だった」
「やっぱりそうですか。基本的にスラッガーのクリーンアップと、ピッチャー三本柱というのがチームの推進力になりますね。チームの顔が小粒だと、弱小の観は否めない」
 高木が、
「金太郎さんと出会ったら、いつの時代も、どんなチームも、木っ端微塵に吹き飛ばされて弱小になってたよ」


         八

「守備練習時間、ただいまより両チーム十五分間でございます」
 下通がいつになく細かく放送する。大洋の守備練習中にロッカールームでソテツのすき焼き弁当。自軍の守備練習。ショートへ中継送球五本、ワンバウンドのバックホーム三本、ノーバウンド一本。ホウというため息。これがいちばんうれしい。グランド整備。メンバー表交換。高く澄んだ下通の声が流れる。
「本日はご来場くださいましてまことにありがとうございます。ただいまより中日ドラゴンズ対大洋ホエールズ二十四回戦を開始いたします。きょうも昨日に変わらぬ熱いご声援をお願い申し上げます。両チームのスターティングラインアップ、ならびにアンパイアを発表いたします。先攻は大洋ホエールズ、一番セカンド近藤昭仁、セカンド近藤昭仁、背番号1、二番ライト近藤和彦、ライト近藤和彦、背番号26、三番センター江尻、センター江尻、背番号19、四番サード松原、サード松原、背番号25、五番ファースト及川、ファースト及川、背番号44」
 右ピッチャーの及川を当て馬で出してきた。左の星野だとわかったあとで左の中塚を出してくるのなら、無意味な当て馬だ。
「六番レフト重松、レフト重松、背番号6、七番キャッチャー伊藤、キャッチャー伊藤、背番号5、八番ショート松岡、ショート松岡、背番号23、九番ピッチャー島田、ピッチャー島田、背番号20」
 静かだ。ネット裏にパリーグの偵察が数人きている。阪急の梶本、米田、岡村。もう二人、離れた席に座っているのは近鉄関係者かもしれない。外人の姿もいくつかある。
「引きつづきまして、後攻は中日ドラゴンズ、一番セカンド高木守道、カンド高木守道、背番号1」
 場内がどよめく。高木時夫と区別して、守道とはっきりアナウンスしたのも初めて聞いた。
「二番センター中、センター中、背番号3」
 どよめきが高まる。中と高木は初めての打順入れ替わりオーダーだ。
「三番ファースト江藤、ファースト江藤、背番号9」
 どよめきに安堵の拍手が混じる。
「四番レフト神無月、レフト神無月、背番号8、五番キャッチャー木俣、キャッチャー木俣、背番号23」
 クリーンアップがいつもどおりだとわかって、これまた安らぎの拍手。
「六番ショート一枝、ショート一枝、背番号2―」
 拍手が静まった。こうなると何か新しい趣向だと感じたようだ。中日ベンチの表情も引き締まった。
「七番サード菱川、サード菱川、背番号4、八番ライト江島、ライト江島、背番号37、九番ピッチャー星野、ピッチャー星野、背番号20」
 大きな歓声が上がった。新しい才能の定着を喜ぶ歓声だ。
「審判は、球審大里、塁審は一塁竹元、二塁手沢、三塁丸山、線審はレフト山本、ライト松橋(初戦で控えだったんだな)、以上六名でございます。試合開始までいましばらくお待ちくださいませ」
 七分の入りのままだ。物売りの声がクッキリ聞こえてくる。水原監督がウィンドブレーカーを脱いで壁のフックに吊るした。太田と千原がロッカールームへ素振りにいった。星野と新宅がブルペンに向かう。私たちは守備に散った。
「お待たせいたしました。中日ドラゴンズ対大洋ホエールズ二十四回戦、試合開始でございます」
 中と江島と三人で入念なキャッチボール。手首を利かせて、山なりでちょうど届くようにしたり、肩と手首を利かせて胸もとでキャッチできるようにしたりする。肘を意識することはない。不思議だ。小山田さんたちとキャッチボールしていたころは、腕のどこにも確かな感覚がなく、ボールが飛ぶ方向にも確信が持てなかった。箸でつまんで投げているようだった。
「プレイ!」
 大里のコール。バットを長く持った小柄な近藤昭仁がバッターボックスに入る。小さいくせに大振りするタイプだ。星野のパームと速球にかすらず三振。近藤和彦、ボールを天秤に載せられず三振。江尻、私の前へ振り遅れのヒット。松原三振。
 星野はそのまま八回まで被安打四、三振十個、フォアボール一個、失点ゼロで投げ切り、九回表を門岡に預けた。
 一回裏中日の攻撃。
「一番、セカンド高木、背番号1」
 きょうからじっくり仲間の野球を観察し、馴染み、血肉にしていこう。高木は小首をかしげ、ピッチャーを覗きこむ格好で上体を前傾し、バットを投手から隠すように低く腰へ引きつける。近藤昭仁と同じような大振りでも、高木はからだの軸がぶれない。大振りが効果を発揮する。担ぎ投げの島田の初球、胸もとをえぐる速球。平松のようなうなりは上げないが、高木の前傾が崩れ、腰が引ける。ボール。顔面へのデッドボール以来、内角高目は高木のトラウマだ。今年もこのコースを無意識に力なく振って三振することが多った。二球目も胸もとへシュートが曲がりこんできた。高木は少し反り返るようにからだをよけ、左手一本でバットを一閃させた。
「食った―」
 どこに突き刺さるかもわかる。ポールのそばの左翼最前列。刺さった。先頭打者ホームラン。何号だ? 浮かばない。
「高木選手、第三十二号のホームランでございます」
 そんなに打っていたのか! 島田はポカンと口を開けながら、レフトスタンドを見つめている。高木が内角打ちに開眼した瞬間かもしれない。水原監督と握手するとき、おみごと、という声が聞こえてきた。一本ホームランを打ったので高木お役御免。代りに江藤省三が出る。ネット裏の偵察隊がノートや手帳にこそこそと書きつけている。
 二番中、セカンドライナー。一打席でも多く出場したいので、ホームランを打たないようにしている。三番江藤、サードゴロ。四番私、レフトライナー。江藤と私は最後まで出場しそうだ。水原監督がニヤニヤしながらベンチに引き揚げてきた。ゼロ対一。高木が、
「入っちゃったぜ。つまんねえの」
 二回裏。五番木俣、三振。六番一枝、フォアボール。七番菱川、三振。一枝今年初の盗塁。成功。ツーアウト二塁。八番江島、左中間を抜く二塁打。一枝生還。ゼロ対二。九番星野、レフト前ヒット。江島生還。三点目。江藤省三センター前ヒット。ツーアウト一、二塁。中、レフトフライ。
 三回から六回まで、ドラゴンズ打線は救援の池田の前に、安打一、六つの三振、一つの四球で沈黙した。私はライト前ヒット、一フォアボールだった。
 七回裏。池田続投。ワンアウトから中がライト前段へ十九号ソロ、お役御免、代わりに千原。江藤がセンターフライ、私がライト中段へ百三十四号ソロ、お役御免、代わりに太田出場。木俣、レフト前ヒット。菱川、右中間を深々と破る三塁打。木俣生還。ゼロ対六。一枝、ライトフライ。
 八回裏。江島三振。星野三振。江藤省三フォアボール、千原フォアボール、江藤、レフト看板へスリーランホームラン。ついに五十六号! 振り抜いたあと一塁へ駆け出すときの彼の美しい姿勢を目に焼きつけた。
「江藤選手、五十六号、通算二百九十九号のホームランでございます。このホームランにより、王選手のシーズン記録五十五本を破り、神無月選手に次いでシーズンホームラン記録日本二位となりました。おめでとうございます」
 スタンドの喝采。江藤は水原監督と抱き合い、私たち全員と抱き合った。振袖姿が走ってきて、胸いっぱいの花束を差し出した。江藤はゆっくり深くお辞儀して受け取り、スタンドに高く掲げて示すと、大事そうにベンチに持ち帰った。足木マネージャーが受け取り、これまた大事そうにベンチ裏へ持っていった。
 ゼロ対九。太田、レフトオーバーの二塁打。木俣の代打新宅、ライト前ヒット。太田還ってゼロ対十。菱川、センターフライ。
 九回表門岡登板。一番近藤昭仁の代打長田、一塁線を抜く二塁打。近藤和彦ライト前ヒット。一点。江尻、初球を右中間へ十五号ツーラン。三対十。反撃もそこまで。松原、中塚、重松と凡退してゲームセット。星野九勝目。
 星野や打撃陣に関して激しくメモをとっていた偵察隊も、門岡についてはそれほど手を動かさなかった。門岡は三十七年の新人のとき十勝、六年目のおととし九勝を挙げている息の長いピッチャーなのだ。彼のスライダーやフォークを見くびるとえらい目に遭うぞと思った。
「本日の中日ドラゴンズ対大洋ホエールズ二十四回戦は、ごらんのように三対十で中日ドラゴンズが勝ちました。なお、中日スタジアムの次回開催は九月十三日土曜日、中日ドラゴンズ対アトムズの二十二回戦、六時三十分試合開始予定でございます。どうかご家族ご友人お誘い合わせのうえ、こぞってご来場くださいませ」
 スコアボードの結果標示は、阪神―巨人一対四で巨人の勝利。
「太田、マジックは」
「残念ながら減りません。4のままです。あした巨人が勝っても同じです」
 二位チーム残り試合全勝を基本にして、それを上回る勝率に必要な一位チームの勝利数を計算するようで、太田の言うとおりのようだ。
 半田コーチがバヤリースを大盤振舞いする。ふだん飲めない連中がベンチにふんぞり返ってうまそうに飲む。マスコミの関心は熾烈な優勝争いをしているパリーグにすみやかに移ったので、試合後にベンチまでつきまとってくる記者はあまりいない。ポツポツと照明球が消えていく中、満足顔の観客がぞろぞろと昇降口へ向かう。水原監督と星野がインタビューを受けている。海の凪ぎのように、スタンドもフィールドも静かな一夜だった。あさってのアトムズ戦からはもう静けさは望めない。私は田宮コーチに、
「むかし阪神タイガースに、並木輝男という背番号7のバッターがいたんですが、いまどうしてますか。けっこう好きなバッターだったんです」
「去年かぎりで引退したよ。まだ三十歳だった。最後の二年は東京オリオンズにいてね。おっさん顔に似合わない、きれいな構えをしてた」
「はい、スッとバットを立てた自然体で、長打力もありました。大きい人だったような気がします」
「意外や意外、高木とドッコイドッコイ」
「百七十四センチですね」
「だな。ただ、体重が八十キロ近くあった。日大三高のピッチャーで四番。昭和三十二年に大阪タイガースに入団して、開幕戦からライトで出場した。開幕戦出場は高卒新人ではセリーグ初のことでね、八本ホームラン打ったが、これもセリーグ初だった。肩が強くて俊足で、金田正泰、いまの阪神の監督の後藤次男、それから俺というふうに続々と三番バッターが抜けたあと、三十五年から三番センターに定着した。オールスターにも二回出たな。日本シリーズにも二回出たけど、大試合には弱かった。オリオンズに移籍して、アキレス腱を切っちゃって、終わった。並木の結婚式の仲人は勝新と中村玉緒だよ。いまは神戸の三宮でスナックを経営してる」
「田宮コーチの知り合いだったんですね」
「三十二年、三十三年と同期だった。三十四年には俺は大毎に移ったから、噂でしか知らない」
「どういう人でした?」
「老け面だけど、都会っ子だからね、食通で、オシャレで、垢抜けてた。裕次郎みたいな白いジャケットばかり着て歩いてたな。人付き合いが広くて、芸能界にも顔を利かせてた。水原弘なんかとも友だちだった。野球に関しては、少々のボール球でも手を出してバンバン打つバッターという印象が残ってる。それでも二割五分は確実に打ったからな」
 中や江藤がなつかしそうに目を細めた。
「並木輝男か。憶えとるばい。打席でバットを構えながら、クン、クン、と肩を縦に揺する癖があったな。格好よかったばい」
 監督と星野のインタビューが終わった。みんなでロッカールームに戻る。
「田宮コーチ、今度、藤本の話も聞かせてください」
「ああ、チヨちゃんの話もな。しかし、またどうしてとつぜん、並木とか藤本とか訊きたがるんだい?」
「記憶に残ってるなつかしい人を、詳しく知り直したいんです。せっかく記憶に残ってるわけですから、その理由を確かめたいんです。なつかしくない人はどうでもいいです。ときどきポツポツ訊きますが、いいでしょうか」
「ああいいよ、知ってるかぎり答えるよ」
 水原監督が、
「藤本勝巳くんか。天覧試合でホームラン打ってたね。顔色なからしめるというほどのバッターではなかったが、いまはどうしてるんだろうね」
 選手通用口を出て、数十人しかフアンのいない道を歩く。水原監督が、
「江藤くん、次はマリスの六十一本だよ。いけるでしょう」
「は、がんばります」
 夜空の下の駐車場で、寮に戻る仲間たちや、ホテルに帰るハイヤーや自宅に帰る自家用車に手を振り、あたりがガランとなってからセドリックに乗った。


         九

 九月十二日金曜日。ドラゴンズにきょう予定されている試合はない。朝から雲母がきらめくような上天気だ。高い空。筋トレからランニングまで一連の日課を終え、菅野とアヤメにいく。
 私は中華飯の大盛り、菅野はカツ丼。腹がふくれた。北村席に戻ってコーヒー。菅野が、
「消化試合は、みんな記録狙いでいきますよ」
「星野は最優秀防御率獲れるかな」
「百パーセント獲れます。規定投球回百三十は超えるでしょう。江夏がいま防御率一・七か一・八。星野は○・七九。消化試合であと五、六試合投げて数字を落としたとしても、一・ニかそこらでしょう。確実に獲れますね。彼は《中日の星》です」
 私は安心してうなずき、
「いままで優秀なピッチャーをいろいろ見てきたけど、一度打たれだすと歯止めが利かなくなる。能力のあるなし関係なくね。星野はそういうことがないんですよ。レベルがちがう。コントロールばかり重視して、腕を思い切り振らずに球を置きにいくピッチャーじゃない。防御率歴代最高は?」
「藤本英雄の○・七三です。それを狙うような欲を出さないほうがいいと思います。とにかく慎重にタイトルを一つ獲ることが大事です。二年目からは、ちょっと失敗しても、ジンクスとか言ってこだわらないこと。一年目以上の結果を求めないこと。神無月さんみたいにマグレと開き直れないなら、それきりです」
「開き直れないようなヤワになっちゃいけないね」
 主人が、
「神無月さんがほとんどの賞を総なめですわ。MVP、新人王、三冠王、最多安打、最多出塁数、最多出塁率。オールスターも日本シリーズもね。神無月さんが獲ることがあまりにもあたりまえになってまって、大して騒がれんやろうけど、永遠に破られない記録ですよ。偉業です」
 菅野が、
「どの一つも、だれも破れないでしょうね」
 私は、
「バッターだったことが幸運でした。ピッチャーだと、壊れるのが宿命ですからね。肩肘は使いすぎなければ十年くらいは保つでしょうが、使いすぎて腕や指が血行障害になったらもう救いようがない。変化球を投げすぎると指先が強くこすれて血管が縮むので、かならずと言っていいほど指の血行障害になる。最悪、壊死して切断まであると聞いたことがあります」
 主人が、
「ピッチャーは悲しいね。星野だいじょうぶやろか」
「彼は鞭のように腕をしならせてしっかり振りますが、担ぎ投げや力投型でないので、腕に負担がかかりません。指がどうのこうのというのも聞いたことがないですね。あと十五年は投げるでしょう。来年、もう一人すごいのがくる予定です。小川さんと小野さんがあと二、三年保ってくれれば、打撃陣が空回りしないかぎり五連覇できると思います。ドラゴンズは猛特訓しません。巷の評判はよくないですが、それが連覇の鍵です」
 菅野が、
「春先は、よく不まじめと言われましたよね」
「水原監督の決死の革命だったんです。革命は怖がられる。たしかに、まじめであることは悪いことじゃない。でも、まじめであることイコール効率じゃないんです。プロで大成する人は、かならずどこかで才能に見合った適度以上の鍛錬をしていますが、平均して適度へ持っていく。才能が限度を知らせるからです。そのアラームがなく、まじめに猛練習するだけだと壊れます。プロ野球は、まじめに練習するだけで大成する世界じゃないんです。まじめさというのは、平凡な大人のモットーで、社会人としては立派かもしれないけど、プロではやっていけない。才能豊かでないただのまじめ人間を集めたら、フィールドはサラリーマンの草野球場になる。お金を払って観る価値のないものになります。ファンは社会人の練習成果を観たいんじゃない、天才たちの華々しい輝きを観たいんです」
「お説のとおりですよ。河原の土手で見る草野球に金なんか払いたくないですからね。きょうの午後からアイリスとアヤメは二日間休業です。繰り出しますよ」
 主人と菅野は午前の見回りにいった。私は則武に戻り、机に向かった。堀江謙一著『太平洋ひとりぼっち』。七年前の出版。
 小型ヨットマーメイド号による日本からサンフランシスコまでの太平洋横断航海記。九十日間の記録。冒険は他人ごとでも心が沸き立つ。
 関西弁の描写力は粗悪。とりわけ技術的な内容は退屈。ただ、膨大な積荷品を羅列するだけの〈搭載品〉の章がおもしろい。水を極限まで減らして軽量化を計るくせに、プラスチックは口当たりが悪いというわけで瀬戸物の食器を運びこむ。抒情がある。
 青い海と月光と満天の星。恐怖を飲みこむほどの原始的な郷愁。精神的な孤独と物理的な孤立の世界が小さな船に乗って海面を流れる。
 四時半。何かやり残したような気分が衝き上げてきた。百江のさびしげな背中がまぶたにある。つい三分先の家へ出かけていく。早番か中番なら帰っているはずだ。百江の家の前に立ち、祈るような気持ちで玄関のガラス格子を叩く。明石からこちら、彼女は哀切な気持ちを催させる女になっている。
「はーい!」
 帰っていた。カラリと引き戸を開け、
「わァ、神無月さん!」
「やっぱり帰ってた。逢いたくてきた」
「うれしい! 入ってください」
 スカート姿の百江は玄関戸に鍵をかけ、抱きついた。
「すみません、気を使っていただいて」
 土間に立ったまま唇を吸い合い、服の上からたがいの性器を掌でさすり合う。たちまち百江にふるえがきたので、胸と陰部を除いた全身をくまなくさする。感激が強すぎたのだろうか、
「あ、だめ、神無月さん、イキます」
 私の胴に回した腕に力をこめ、強くふるえた。すぐに式台で二人全裸になり、風呂場へ急ぐ。湯を張っていない浴槽の縁に坐らせる。口を寄せようとすると、
「待って神無月さん。どうしましょう、またイキそうなんです。胸を吸ってください……」
 両方の乳首を交互に吸う。
「あ、イク……」
 慎ましく腹を縮ませた。唇を吸いながら、膣に左指を使う。すぐに指を締めつけてきたので、屈みこんでクリトリスを吸い上げる。
「ああ、イク!」
 痙攣する下半身を抱いて後ろを向かせ挿入する。
「あ、神無月さん、あ、だめ、ううう、お、大きいい! イク! むむむ、イクイクイクイク、イク! 好き好き好き、神無月さん、愛してます、あああ、イク! あああ、気持ちいいぃぃ! イク! 神無月さん、ごめんなさい、こんなみっともなく、あ、あ、死ぬほど気持ちいい! イグ!」
 抜き離れ、湯殿に横たえる。丸くなって痙攣する百江の両脚をこじ開け、ほとばしるスキーン液を口中に受ける。甘苦い味わいが拡がる。私は舌で勢いよくクリトリスをこすり上げた。
「あ、あ、そこはもう無理、イク、イク……イク!」
 愛液が間歇的に真っすぐ前方に飛ぶ。私は仰向けになって百江を腹の上に抱え上げ、愛液の放射を下腹に受けながら挿入した。動かないまま抱き締める。
「あああ、神無月さん、好きです、好きです、ううう、感じる、あ、もうだめ、ああ、またイキました、も、だめ、イキそ、イキそ、イク、イクイク、ああああ、イクイク、イクイク、イク!」
 すごい勢いで尻が跳ね上がる。痙攣のたびに愛液がほとばしるのがわかる。奥を素早く激しく突く。百江は失神したことがないので安心だ。
「あ、神無月さん、だめだめだめ、あ、イッちゃう、イッちゃう、だめえ、イク! ウン!」
 愛液が止み、尻を持ち上げて覗きこむと、私を包みこんでいる陰唇がヌラヌラ光る。
「あああ、愛してます、またイキます、ああん、イク! ああ、ま、またイキます、イクイク、イク! あ、神無月さん、もうすぐですね、ください、ください」
 私の射精の気配を察して、達しつづける膣のうごめきが絶妙な緊縛に変わった。
「百江、イクよ!」
「はい、いっしょに! ああ、あああ、気持ちいー! 好き好き好き、愛してます! あああ、イク! あ、イク! あああ、イク! もうだめ、神無月さん、もうだめ、死んじゃう、ウウウン、イックウウ!」
 こらえ切れずに発射した。苦痛を与えないように律動を途中にして引き抜き、百江の陰毛の上に残液を吐き出す。
「ああ、神無月さん、うれしい! イキますう! イグ!」
 私のものを撥ね上げながらガクガク痙攣しつづける。愛しくて、ふるえる尻をやさしく撫ぜた。陰茎が萎みはじめたので、湯殿に仰向いて百江の回復を待った。彼女はメイ子よりは回復は遅いが、カズちゃんよりは早い。横に、シミ一つない五十歳と思えないかわいい顔がある。目を開いた。華やかに笑った。道頓堀以来の満面の笑顔だ。
「だいじょうぶだった?」
「はい。ありがとうございました。……幸せです。……テレビ中継を毎日見てました。神無月さんのいる場所だけ別の世界。おっしゃることも別の世界」
 愛しい顔を撫ぜる。
「跨って、オチンチンにオシッコかけて」
「え! そんなこと」
「そうしてほしいんだ」
「……わかりました。うまくできればいいですけど」
 百江は私の膝のあたりに屈むように跨って、萎れた陰茎を見下ろした。ふたたび勃起してきた。
「まあ……」
 しばらく穴の開くほど性器を見つめている。狙いを定めているのだ。やがて小陰唇を押し分けて、小便がほとばしり出た。少し上向きに飛んで臍にかかった。
「あ、恥ずかしい」
 そう言いながらわずかに腰を上げ、水の先が亀頭に当たるように調整した。
「これでいいんですね」
「うん、じょうずだよ」
 当たりつづける。
「ああ、興奮します、腰が抜けそうです、ああ、熱い」
 放出を終えて水切りが始まったとたん、尻をつかんで抱き寄せ、もう一度挿入した。
「うううーん! 気持ちいいー! 神無月さん、気持ちいい!」
「動いて! ぼくの胸に手を突いて、根もとまでぶつけるようにして」
「はい、ああ、すごい、すごい、熱い、ああああ、ウン、ウン、ウン、イクイクイク、イク、神無月さん、イク!」
 痙攣で動きが止まったので、尻を掌で持ち上げ速いピストンをする。
「あ、だめだめだめ、ううう、出る! 出る出る出る、出るウ!」
 吸引とうねりが始まった。上半身を抱き寄せ、キスををしながら、
「百江、イクよ!」
「ああん、いっしょに、いっしょに、あ、苦しい! イクイクイク、イク!」
 ガクッと首が垂れ、崩れ落ちてきて、私の頬に百江の頬が接着した。勝手に尻が跳ね狂っているが、押しつけている顔が動かない。頭を持ち上げて見ると、いつかカズちゃんがそうなったように薄く目を剥いて失神していた。目は黒いままだ。初めてのことだ。私はそのままの姿勢で待った。膣が強く脈打っている。やがて、潜っていた水中から浮かび上がったように、パアと深く息を吸うと、
「イックウウ!」
 と叫んで、私の胸を強く押して上半身を起こし、反り返った。
「むむん、むむん」
 とうめきながら、五度、六度と痙攣する。トシさんのように動物的な前後運動を何回も繰り返してようやく落ち着いた。もう一度倒れこんでくる。強く抱き締めてやった。
「ありがとう、神無月さん! 私、生まれて初めて、心から、心から、男の人を好きになって……ああ、いい気持ち、ウン! ああああ、ウーン! か、神無月さんが萎んでくれないから抜きます!」
「そっとね、ゆっくり」
「はい、ああ、抜けました、あ、だめ、ウン!」
 私の尻を横抱えにしながら腹を打ちつける。今度はすみやかに治まってくる。荒い腹式呼吸をしている。
「ああ、幸せ、幸せ―」




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